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本の紹介

2017/05/27

認定された「日本遺産」のキャッチ

ふと覗いた文化庁のホームページ。

 
そこで目に止まったのが、認定された『日本遺産』である。今年は17も選ばれたのだ。それを目に通すと、中身はさることながらそのキャッチが楽しい。いくつか紹介すると……。
 
 
≪江差の五月は江戸にもない ─ニシン繁栄が息づく町─≫
 
≪荒波を越えた男たちの夢が紡いだ異空間 ~北前船寄港地・船主集落~≫
 
≪サムライゆかりのシルク 日本近代化の原風景に出会うまち鶴岡へ≫
 
≪忍びの里 伊賀・甲賀─リアル忍者を求めて─≫
 
≪「最初の一滴」醤油醸造の発祥の地 紀州湯浅≫
 
≪日が沈む聖地出雲 ~神が創り出した地の夕日を巡る~≫
 
≪きっと恋する六古窯 ─日本生まれ日本育ちのやきもの産地─≫
 
≪関門“ノスタルジック”海峡 ~時の停車場、近代化の記憶~≫
 
……これ、観光ポスターのキャッチコピーか!
自治体の担当者が知恵を絞ったのか、広告代理店や観光関係者に知恵を借りたのか。ある意味、これは遺産という名を借りた、観光客誘致合戦なのだ。
もともと「日本遺産」には“ストーリー”が求められる。もの、こと、だけでなくドラマ性のあるものを選ぶと定められているから、余計に観光向きなのだ。
 
応募されたものをそのまま使っているのだろうが、みんな凝ったなあ。
 
どうせなら、申請された地域全部 を眺めると、もっと面白い。79の応募があったらしい。中身は知らんが、キャッチコピーだけなら、認定されたものよりこちらの方が面白そう、というものもあれば、こんなテーマで応募したのかよ! と突っ込みたくなるものまで。
私の知っている地域や「ストーリー」もあるが、それは無理だろ、というものもあるが、なんと認定されているのだから恐れ入る。
 
今回の認定の中には森林や林業系は見当たらない。申請地域の中には宮崎県の飫肥杉があるけど。また日本一の木彫刻のまちとか、木蝋とか、薬草木などもある。(薬草木は奈良なんだが、これは本草学と日本の秘境探検と結びつけたら、面白いのだけどなあ。)
 
 
脱線すると、文化庁では「国宝・重要文化財建造物の保存修理で使用する漆の長期需要予測調査」というのもやっていて、理想的な修理周期において国宝・重要文化財建造物の保存修理で使用する国産漆の需要量は,年間平均約2,2トンが必要……という結果を出している。
 
現在の国産漆の年間生産量は、約1,2トンなので、あと1トンの増産が必要と……。それを平成30年までに達成したい? 無理でしょ(笑)。
漆を取るにはウルシノキを10年くらい育てないといけないから、今年から何十ヘクタールかの漆の植林を毎年続けないと。漆掻き職人も育てないとねえ。

2017/05/26

Yahoo!ニュース「養蜂で重要なのはハチミツより…」を書いた裏事情

Yahoo!ニュースに「養蜂で重要なのはハチミツより花粉だ 」を執筆しました。

 
 
実は、前日にブログにアップした「違法ジビエ」のことをYahoo!ニュースに書こうかと思っていたのだけど、推測が多く、もう一歩裏取りが必要として控えた。だから「思いつき」ブログに掲載した(笑)。こちらなら許されるよ?……ホントか。。。
 
で、穏当な養蜂のお話をば。
 
う~ん、違法ジビエよりインパクトは弱いかもなあ。 でも季節的には今がイチバンだ。
またハチミツを買いに行こう。
 
そのうち、もう少し情報を詰めてから違法ジビエのことも公のメディアに書きたいと思う。誰か、野生鳥獣の(違法)解体に関した情報ください。
 
 
ちなみに、銀座の養蜂の話に触れたのは、同姓同名のこの人との縁である。
 
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NPO法人銀座ミツバチプロジェクト農業生産法人 のことは、また別の機会に。

2017/05/25

違法ジビエは諸刃の剣

政府の「農林水産業・地域の活力創造本部」が、獣害対策の一環として、野生鳥獣の肉(ジビエ)の利用を拡大し、2019年度にジビエの消費量を倍増させる目標を立てたそうだ。
 
それによると、全国に12のモデル地区を指定し、ハンター養成に加えてハンターに仕留めた獲物をジビエとして商品化する処理方法を研修するほか、捕獲後すぐに処理できる移動解体車や、年間1000頭以上を処理できる処理加工施設を整備する。
さらに野生鳥獣を適切な衛生管理の元に処理する施設を認証する制度や、捕獲日や捕獲者などの情報を提供する情報管理システムの開発支援……だそうだ。
 
 
う~ん。ジビエを普及させることが獣害対策につながるかどうかはかなり疑問なのだが、その前にこの手の策から浮かび上がるジビエ利用の現状を思い出してしまった。
 
これまでのジビエと言えば、(輸入品は別として)猟師が獲ってきた肉の“おすそ分け”として存在した。見知ったハンターが獲った獲物を分けた肉である。その際に金銭のやり取りがあるかないか。あっても、あくまで個人間のお礼レベルだ。
だから、仮に食中毒が起きても、問題化しにくい。またE型肝炎への感染リスクがあると思いつつも、シカの生肉の刺身をオイシイheartと食べている。
 
 
では、彼らがどのように獲物を処理しているか。私も目撃したことがあるのだが、多くのハンターは、仕留めた獲物(シカやイノシシ)をその場、つまり野外で解体する。血抜きして毛皮を剥ぎ、渓流などに獲物を浸して肉温を下げ、また内蔵を捨てる。オイシイ肉部分だけを持って
帰るわけだ。
 
しかし、それが何を意味しているのか。何よりも衛生的でない。地べただったり、段ボールを敷く程度。川の水も、どの程度衛生的か怪しい。
 
これは、はっきり言って食品衛生法の違反である。だから販売してはいけない。しかし、実際には出回っている。これは違法ジビエだ。
 
さらに野外に血を流したり川で肉を洗うのだから水を汚すことにもなる。解体後の死体の処理も、しっかり穴を掘って埋めるとは思えない。川岸に放置したり、ブッシュに投げ込んで終わり。それが環境破壊になるどころか、クマの餌になったりもする。
 
 
上記の施策は、違法ジビエを排除することを目指しているのかもしれない。というと良いことのように思えるが、完全に実施すると日本で出回っているジビエの多くが消えるだろう。
 
なぜならハンターの多くは、ジビエ利用(野生肉のおすそ分け)を諦めるから。ジビエを遵法化しようとすると、すごい手間とコストがかかるが、それを嫌うのである。
現在でも、ジビエに参入するハンターは、ごくわずか。少しでも駆除個体の有効活用したいと思うからだが、始めたら「全然儲からない」どころか「赤字で首が回らない」話が出てくる。やってられないだろう。仕留めて1時間以内に解体処理場に運び込めと言われると、農地の側で仕留めるのならともかく、山の中ならいかに大変か。
 
そんな苦労しないでも、有害駆除報償金を受け取っておけばよい。そして、自分の分の肉だけを(違法に?)解体して持ち帰るのではないか。それを有償おすそ分けしたら、犯罪になってしまうから。
 
 
ジビエ倍増作戦が、逆にジビエ消費量を激減させるかもしれない。
 
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シカ個体の3分の2が、ゴミとなる。

2017/05/24

名前のわからないキノコを食す

生駒山の森の中で、枯れ木についたヘンなキノコを発見。

 
一瞬、キクラゲの一種かと思ったのだが、白い姿にハナビラタケ? かと思い直す。
 
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毟りとる。意外や、軟らかい……というよりゼリーみたいだ。水分が多すぎるのか?
 
よくよく見ると、透明感もある。
 
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ハナビラタケなら食用にできる。薬効もあるという。が……イマイチ自信がない。
 
えい、やっ! と持ち帰り、よく洗って汚れを落とす。そして熱湯で茹でてみた。
 
その後、水分をとり口に含むと、味はあんまりない。むしろゼリー感が強い。
 
大丈夫かなあ、と迷いつつ、ポン酢に浸して口に……。これは美味かった(笑)。
 
しかし゛やっぱり同定できないまま食すのはまずいだろう、とこれまでにした。いや、これまでのところで食べちゃったんだけどね。。。
 
さて、正体はなんだったのか。誰か、詳しい人、いる?

2017/05/23

でき損ないの「木×仏像」展

私は、わりと博物館などの展示施設が好きだ。今回は、大阪市立美術館で「木×仏像」展をやっているというので足を運んだ。。

仏像にたいして興味はないが、木彫仏にこだわっているというからだ。開催が「美術館」ということに一抹の不安はあったのだが……。
 
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結論から言えば、期待外れ。飛鳥仏から円空まで、素材となった木材とともに語るという趣旨とはほど遠い内容。
 
だって、単に仏像を陳列しているだけだよ。。。その素材については、わずかに一部の仏像にクス、カヤ、ヒノキ、ときにサクラ……と記されているが、なんら詳しい記述はない。
 
なぜ、この木を使ったかとか、樹種によって仏像にどのような違い(美術的センスとして、あるいは製作過程で)があるか、についてほとんど説明なし。時代ととにも扱う木材の種類がなぜ変わったか。当初の一木彫りから寄木造りに移った理由もちゃんとした説明なし。それらのメリット・デメリットもなし。当然、時代ごとの森林事情を説明することもなく。
 
さらに言えば、飛鳥・奈良時代に盛んだった木彫が一時期廃れて金属仏・石仏に替わるのだが、再び復活して世界的に稀なほど木彫仏が多くなった理由……なども考察なし。
仏像という精神性の高いものと木材の特質に対しても考察なし。
もちろん円空の特異な彫り方にも言及なし。。。。
これって企画倒れ? 
 
 
最後の出口に、素材の木材を並べているが、付け足し感がすごい(笑)。
本気で展示するなら、クスの仏像のところにクス材、カヤの仏像のところにカヤ材……を置いて、その場で触ってもらうぐらいのアイデアはなかったのか。
あるいは木造と塑像、金属仏と並べて違いを比べてもらう展示なんてのも考えられる。 
 
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つまり、私の興味の中心に何一つ応えていなかった。せっかく仏像の素材にテーマを置きながら、これではなあ。ようは美術品としての仏像展示にとどまっている。展示方法が平凡というか、観覧者の気持ちをくすぐる工夫が感じられない。国宝・重文ぞろいの仏像を並べるんだから、黙っていても見に来るでしょ、と思っているのか。
いっそ自然史系か歴史系の博物館が、この企画をやった方がよかったのではないの? 
 
某大臣が、「学芸員がガン。観光マインドがない」と暴言を吐いて騒ぎになったが、私に言わせれば、観光マインドのあるなしとは次元の違う、見せる技術・アイデアがないように思う。これでは学芸員が観光に寄与したいと思っていても、観覧者の心に響く展示ができないのではないか。
 
私が、仏像の材質がせめて針葉樹なのか広葉樹なのか木目を見て判断しようと身を乗り出したら、監視が飛んできて止める。触ってないよ。鑑賞気分を削ぐことこのうえなし。こういうのもホスピタリティの問題なんだろうな。「見てもらう」より「規制する」「注意する」のが仕事と思ってるのだろう。
 
学芸員は、研究者と一般人の間に立ってインタープリターの役割を果たさないといけないのだが、資格取得の際にそうした技術を教わっていないのか。大臣の発言で存在意義が問われているのに、この有り様では……。
 
いやいや、ときに感動するようなすごい展示をしている展覧会・博物館もある。以前、ムンクやシャガールの絵画展に行った際は、素晴らしい展示と新しい見方を発信していて圧倒されたことがある。ようは、担当者の才能の問題だろうか。
 
 
そういや、先日、某県の某者(実は大学林学科の同級生)から講演の打診が来たのだが、話す相手が森林の〇〇や林業の○○な人々の集まりで、そこで私が森林の〇〇や林業の〇〇を話してもしょうがないんじゃないの、と悩んだ。
まだ決定していないので説明は控えるが、そこでふと思ったのは、彼らは、一般人へのインタープリテーションについては素人だろう。その点、メディア界に沈殿している私は多少ともハウツウを知っているから、そうしたことなら話せるかな……と考えたのであった。
 
逆に考えれば、私もインタープリテーション精神と技術を失ったらアウトだわ。。。。
 

2017/05/22

超レアな洞窟が続々と

始めに言っておくが、今回は森も樹木も木材も登場しない。あくまで私の興味の対象であり、その備忘録的な意味で記す。

 
 
先週は、NHKで洞窟の番組が続いた。
 
一つはNHKスペシャルで、ロシアの水中洞窟。なんと真冬極寒の大地の底に発見された水没した洞窟に潜るのだ。全長5キロ以上。このオルダ洞窟は、世界一美しい水中洞窟と言われているらしいが……。
 
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一方、BSプレミアムでは、ギアナ高地の洞窟をやっていた。俳優の桐谷健太が潜るのだが……。
 
1_2
 
 
私は、かつて洞窟潜り、いわゆるケイビングをしていたのでどちらも注目したわけだが、興味深かったことがある。
それは、オルダ洞窟が石膏洞窟であり、ギアナ高地の洞窟は珪岩洞窟だったこと。これは仰天だったのだ。
 
一般に洞窟と言えば、石灰岩洞窟だろう。石灰洞窟、あるいは鍾乳洞と呼ぶものだ。石灰岩はCO2を溶かし込んだ水によって溶ける。だから穴が穿たれるわけだ。
ほかに比較的知られるのは熔岩洞窟だ。主に火山活動によって玄武岩質熔岩が流れる過程で、熔岩が流れ動きガスが抜けることで空洞ができる。
ほかにも海岸などには海食洞窟とかもある。また特殊なものなら氷河の中にできる氷の氷河洞窟なんてのもある。
 
 
しかし、今回は石膏に珪岩だよ。こんな洞窟は極めて珍しい上に、ここまで巨大な洞窟を形成するとは……。石膏(硫酸カルシウム)は、まだ理解できないことはないが、もっとも硬い岩の一つである石英などの珪岩に空洞ができるとは。
 
一応、番組では生成過程を説明していた。
 
5  7
 
ギアナ高地の洞窟は、イマイチ理解しにくかったが……。
 
 
私がソロモン諸島のシンボ島でケイビングしたパツキオ洞窟は、火口に空いている。火口洞窟自体はよくあるが、そんなに深くない。ところが、この洞窟はかなた深く、しかも岩は安山岩だったのだ。これは珍しい……と思っていたら、その後安山岩洞窟は各地で見つかり、何も特殊なものではないことがわかってきた。流動性の低い安山岩でも、高温になれば割れ目をつくるのだろう。
 
1_4 パツキオ洞窟の洞口
 
ところが奥へ奥へと進む(下る)と、石膏に覆われたホールに出た。岩から石膏が噴き出して表面を覆っているのだ。柔らかくて、泥のようだった。
 
1_5 石膏に覆われたホール
 
その一角には、謎の結晶ができた壁もあった。
 
3_2 結晶
 
方解石か、塩類か……。標本取って持ち帰ればよかった。。。
 
 
まだまだ洞窟には知らないことがいっぱいある。今回の番組は、地学マニアの血が騒いだのだった。
 
※シンボ島の探検の話は、『森は怪しいワンダーランド』に記しました。
あるいは、拙ホームページ にも一部掲載している。
 

2017/05/21

Wedge6月号~ジビエ・ビジネスの光と影

現在発売中のWedge6月号に記事を書きました。

 
記事のテーマはジビエ。最初は獣害対策についてルポするつもりだったが、編集者と話しているうちにジビエと一線を画すために、まずジビエ・ビジネスについて記そう、次の段階で獣害対策へ……ということになり、第1弾を執筆したわけ。 
 
Img002
 
 
世間では、獣害 ⇒ シカ ⇒ 駆除 ⇒ ジビエ = 獣害対策……という連想が広がっていて「鹿肉を食べたら、獣害が防げる」というトンチンカンな声が流行っていることに物申したもの。
今回は、とくに鹿肉はビジネスの俎上に乗るか、という点から切り込んだ。
 
実際、いろいろ見えてきた。あんまりジビエブームとやらに踊らされたら痛い目に遇う。
今回はあえて書かなかった裏側もあるのだが、それは次の機会に……。
 
 
Img001
 
 
ちなみに「Wedge」誌は、知っている人はよく知っているけど、縁のない人もいるでしょう。主に新幹線の中、もしくは新幹線駅で見かけるはず。実はウェッジ社は、JR東海系の出版社なのだ。だから東海道新幹線、山陽新幹線の駅なら、駅ホームのキオスクでも扱っているし、車内販売でも扱っている。
だから新幹線によく乗っている人なら、結構な頻度で目にしているはず。
 
最近では珍しくなった?辛口で硬派の記事が多い。
 
特筆すべきは、新幹線のグリーン席には常備していること。これは無料で持ち帰ってもOK。(あまり雑誌への執筆は告知しないのに、今回お知らせするのは、新幹線さえ乗れば無料で手に入るぞ! という意味をこめて(笑)。)
 
もちろん書店でも扱っているので、よろしく。
 

2017/05/20

湿原にて

いい天気なのにパソコンの前に座っているのがイヤで飛び出した。

 
どこへ行こうか、と迷った末にふらふらと湿原へ。
 
ちょっと花の季節には早かったかもしれないが、アヤメや黄ショウブは咲いていた。
 
Photo  4
 
つい、カメラ小僧になる(~_~;)。
もう少しで、ミズバショウやギボウシ類も花開くだろう。
 
いつもは静かなこの湿原も、さすがに土曜日ということもあって人が多かったね。
 
生駒山は、コナラ林に照葉樹林、それに竹林にスギやヒノキの人工林……が広がっているが、考えてみれば、湿原もあれば草原もある。川も滝も渓谷も池もある。それらがみんな家から10分20分で着くところだ。さまざまな植生を目にできる、なかなかの好立地だ。
 
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亀だっている(^o^)。
 
 
ちなみに薄暗い林間の中の小道も、ナラ枯れが進んで伐採されたことで、明らかに日照がよく入るようになって森が明るくなっていた。すると、いろいろな草木が生えてきた。
 
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これらを日替わりで散歩しているのは、いわば定点観察しているようなもの。少しずつ変化することに気づいて植生の遷移を実感できるのであります。
 
 
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こんな草原もある\(^o^)/。つい最近も、巨大建造物の遺跡が見つかったなあ。
 

2017/05/19

Yahoo!ニュース「老木ほど生長する!」を書いた裏側

Yahoo!ニュースに「老木ほど生長する!森の扱いを考え直せ 」を執筆しました。

 
たまたまフェイスブックで友達申請があって、ちゃんとメッセージを寄こしたので承認したのだけど、そこで「50年皆伐に興味あります」と書かれていた。
何のことかな? と思ったら、2年前のYahoo!ニュースに書いた「なんかヘン。森林・林業白書が皆伐を推進する理由 」のことだった。
 
そうか、こんなこと書いていたのか……(笑)。ここでも「伐期が来た」ことのおかしさを追求している。
 
でも、それから2年経っても何も変わらんな。。。。ならば、もう一回書くか!
 
というわけで、いきなり執筆を始めたのでした(~_~;)。
もちろん、切り口は変えないといけない。というか、別のことを書こう。そこで思い出したのがネイチャーの記事と、藤森さんの話。
 
いやあ、いい記事になった\(^o^)/自画自賛。
 
 
たまには、こんなことがきっかけになるのですよ。
 

2017/05/18

チェンソーの目立てをなくす

散髪に行った。

 
そこでヒゲソリもしてもらうわけだが、剃刀を当てながら店主と会話。
「この剃刀、新製品なんですよ。先日、業界の集まりで紹介があって購入したんです」
 
と言っても見えないが……どうやらT字状の安全剃刀的な形らしい。ただし家庭用と違って柄が短く手のひらにすっぽり包める。これまでのナイフ状のプロ用剃刀とは違うのだ。
 
「これ、刃の角度が特別なんです。非常に細かな角度の設定がしてあって、それだと皮膚の上を滑るような感覚で傷がつかない。そんな特許があるらしいんです」
その後も興味深い話が続く。一般に使う電気カミソリは、回して様々な角度から刃を入れるため実は皮膚を傷めやすいとか、勉強になる。
 
が、私が引っかかったのは、この手の新式剃刀は研がないという点だった。替え刃なのである。切れ味が落ちると交換する。
これまで理容師というのは、剃刀を研ぐ技術が非常に重要だった。毎日1時間かけて研いでいたそうだ。だが、T字剃刀は替え刃だから自分で研がない。
 
そういえば私が学生の時に引っ越し手伝いをして訪ねた理容師の家で、鉄板があった。これは砥石の面直しをするものだ、と教わった。
砥石も常に使っていると表面が凹んでくる。それでは上手く研げないから鉄板で砥石をこすって面を平面に仕立て直す。ところが砥石の表面の形状が変わると、また研ぎ方が変わるので剃刀は全部研ぎ直さなくてはならない……。
 
「今は、剃刀を研ぐのは流行らなくなったんです」
 
若い理容師は、もう研ぎの練習をしなくなったそうだ。全部替え刃で済ます。
ちなみにこの理容師は、昔の剃刀も新式も両方使う。だから研ぎを止めてしまったわけではないそうだが、年寄りの理容師の中には替え刃に抵抗があるらしい。
 
まあ、時代の流れといえば流れ。
それで思うのだが、チェンソーのソーも、そのうち目立てなんかせずに替え刃になるのではないかね?
 
私も、多少チェンソーを使うわけだが、目立てが下手で、毎回切れ味が違う。よく伐れるようになったかと思うと、目立てして前より伐れなくなっちまった……と唸るときもある。
もし、交換するだけで切れ味が甦るチェンソーがあれば……。
 
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もちろん1枚ずつ付け替えるなんてできないだろうが、チェーンを丸ごと新品と交換するというのは経費の問題がある。紙製、プラスチック製のソーをつくれないか。使用可能時間は1時間ぐらい。
外したチェーンを機械にセットしてボタン一つ押すと瞬時に研ぎが終わる……なんてのはどうだ? いや、外さないでバーを目立て機械に突っ込むだけで目立てをしてくれる機械とか。あ、チェンソーの構造を根本的に変えて、使い捨てバー。
 
どんな方式が有り得るのか見当もつかないが、目立てのいらないチェンソーが登場したら大ヒットまちがいなし。林業機械のイノベーションにならないか。
使い捨てのコンタクトレンズとか衛生ゴム手袋とか、最近のウォシュレットトイレと同じになるかもしれない。
 
でも、年寄りとか職人肌の人は嫌がったりして(笑)。「自分で研がなきゃダメだ!」と言い出しそうだな。 

2017/05/17

「林業」は現場にはない

タイトル、正確には「林業を学ぶ場は」現場にはない、である。

ちっと省略したら、ぎょっとした人、別の意味に捉える人もいたかもしれない。ネットでは、タイトルしか読まないでコメント付ける人もいるようだから、楽しみだ(笑)。
 
先日、来月からフィンランドで林学を学んでくるという学生が、出発前に日本の林業を知っておきたいと訪ねてきたので、いくつか紹介した。それで彼は九州は鹿児島から宮崎、大分と回り、関東も東北も行くつもりらしい。
なんと意欲的なことか。私もそんなに熱心ではない(^^;)\(-_-メ;)。
 
で、視察場所や会うべき人を紹介しておいてナンだが、私は「現場ばかり見るのではなく、まずは本で勉強を」と忠告した。何も私の本を買って読めという意味では……少しはあるかもしれないが、現場、現場という点に、少し水を差したのであった。
 
勉強というのは情報の理解と整理が大切なんだが、現場ばかりでは理解する暇がないし、整理の仕方も間違う。整理するスキームづくりを先にしておかないと、ただ情報を溜めるだけでは無駄になる。
 
 
別の機会に新聞記者と話す中で「現場、現場という前に調べることあるだろう」という話で盛り上がった。
 
記者という職業も、「まずは現場に足を運べ」と言いがちだからだ。
 
現場に行くことを否定はしない。。。というか、現場に行かずに取材したとは言わない。それは当たり前だ。しかし順序として、まず広く全体像をつかむ勉強をしてから現場に行くのではなかったら、現場で何を見聞きするのだ? どんな質問をするのか。先方の答をいかに理解するのか。
 
実際、まずは現場に駆けつけインタビューを試みても、先方に質問内容で理解度を読み取られて、話す情報の質も左右されるのである。
 
いや、もっと単純な話、「訪れる現場」をいかに選ぶのか。自分の知っている現場を100回訪ねても、しょせん既に知っているところを再確認することにすぎない。そしてお会いして話を聞かせてもらった内容を金科玉条のように信じるだけになる。
まずは多くの事例を知って、どれとどれを取材したら核心に近づけるか、と読み取らねばならない。そのためには、やはり文献を漁って全体像を知る必要がある。この人の意見と真反対の意見はこの人が持っている……と知ってから両者に話を聞くとか。あるいは自らの仮説をぶつけるのに適した人物を探すためにも文献は大切だ。
 
 
……そんなことを考え出したのは、やはり現場に出かけるのは疲れるし、金もかかるし、老いてからも仕事ができるよう、手抜き取材を正当化する安楽椅子ジャーナリストをめざそうかな、と思ったからかもしれないねえ(^O^) オイオイ

2017/05/16

新大阪駅のトイレ

新大阪駅に行ったとき、寄ったトイレは、なんと「日本トイレ大賞」を受賞していた!(平成27年)

 
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このトイレのどこが「大賞」なんだ? 一応、壁面を緑にしているが、これ造花(葉)だし。
が、中に入ってわかった。
 
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壁面は、木の木口で覆われていたのである。
アップすると、こんな感じ。
 
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木材の色を上手く模様にしている。
 
……なんだか、木を内装に取り込んだら、すぐに評価が上がるような気がしてきた。インテリアを手がけているデザイナー諸君。木という素材は狙い目だよ(⌒ー⌒)。

2017/05/15

箱根細工はツキ板?

先日の「ブラタモリ」は、箱根の関所がテーマだったが、目を引いたのは箱根寄木細工だった。

色の違う木材を張り合わせて模様や文字を絵画的に描いた木工品(主に小箱)だが、ちょっと想定していなかった点があった。
 
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すごく細かな模様だが……これ、木を寄せただけではなかったのね。
 
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鉋をかけるのだった。
 
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なんと! この模様は鉋クズとなってしまうのだ……。
 
いえ、もちろんクズではありません(~_~;)。 暑さは0,2~3ミリくらいだろうか。これほど薄くして、別の木工品の表面に張り付けることで完成なのだった。こんなに薄くして利用するなんて。
 
箱根細工について詳しく考えたことはなかったが、なんとなく寄せた木の板をそのまま小箱などに仕上げるイメージを持っていた。しかし、模様と本体は別だったのだ。
 
 
そこで気になるのは接着剤。寄せ木の接着もだが、本体に張り付ける際には何を使っているのだろうか。現代はなんとでもなるが、江戸時代の接着剤は何を使ったのかね。ニカワでそんなにきれいに張り合わせられるのだろうか。接着面が極薄になっても離れない品質が求められる。
 
 
それにしても、ある意味、現代に通じるのではないか。きれいな模様のあるのは表面だけでいい。内側は見えないのだし。銘木のツキ板を無骨な集成材や合板に張って、豪華な無垢材に見せる技術に通じる。
いわば寄木細工は、化粧ツキ板みたいなものである。
 
現代は、集成材とかツキ板張り付けとかいうと、なんとなくまがい物のイメージがあるが、箱根細工は伝統工芸だ。ツキ板使って、箱根細工の現代版を生み出せる可能性もありそうだ。
 
 
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現代のツキ板でも、こんな象嵌ぽいことも行える。

2017/05/14

もと来た道をもどらない

しょっちゅう生駒山周辺を散歩している私だが、歩くルートを決める際に、自分なりのルールがある。ルールというよりこだわりというべきか。

 
それは「同じ道を歩きたくない」だ。
もう少し正確に言えば、「歩いてきた道をもどりたくない」だ。
また「できるかぎり知らない道を選ぶ」でもある。
 
さすがに毎回違う道というわけにはいかないが、できるかぎり順路は変えるし、未知の道があったら、そこを選ぶ。また後戻りはしたくない。
どうにも行き止まりになってしまえば仕方がないが、そうならないように神経を尖らす。この道はどこかに抜けられるか……というのが重要となる。一見行き止まりぽくても、どこかに抜け道がないか。ときには道ではない農地やブッシュを横切って抜けられないか……とも思う。
 
新たに見つけた山道を歩いたときは、なかなか選択が難しい。
 
 
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今回の選んだ道は、わりとよい道であった。
が、進む方向が、私の行きたい方向とは違うんだよね。。。(ーー;)。
最終的には車を止めているところにもどらなくてはならないのだけど、この道は真反対の方向に伸びている。逸れる脇道も見つからないし。。そろそろ諦めるべきか。。。このままだと大和郡山に抜けてしまう。生駒にもどるのは不可能になる。
 
が、イヤなのであった。後戻りしたくない。もう少し行けば方向を変える分かれ道が現れないか……。
 
もう少しだけ。あとカーブまで行って、分岐がなければ諦めよう。
 
そう思って行くと、カーブを巣で来たらまたカーブ。じゃあ、そこまで。
そのうちに急な登りになり峠ぽくなってきた。これはヤバイ。屈辱の後戻りをするか。。。
 
だが、そこに救世主的?な小さな谷を発見したのである。山道の脇から水が流れたかのようなガレ場。この谷の伸びる方向は私の帰りたい方向。よし!
 
谷のブッシュをかき分けて下る。落ち葉が分厚く積もっていて、枯れ枝が谷をふさぐ。
ただ勝算がないわけではない。奥に水面ぽい光が見えたからだ。山の中で水面というのは溜池の可能性が高い。そして溜池とは人がつくったもので、池の端には必ず道があるはず。だから溜池まで下れば活路は開ける。
 
そう判断したのだ。
 
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出ました。溜池でした。そして、溜池の堰部分にちゃんと人の歩ける道がありました。
 
読みは当たったね。
 
一気に下る。やがて農地に出た。
 
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なかなか気持ちのよい段々畑であった。新緑と青空の映えること。当然、農道があるのでさっさと下れる。方向的にも駐車場へ向かっている。
 
……で、ちょっと脱線。
 
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道沿いに古墳がありました。墳丘がはぎ取られているが、そこそこの規模だ。奥に石の棚があり、中央に石棺桶ぽい痕跡もある。わりと珍しい形式のようだ。この辺りは古墳地帯なのであった。
 
やっぱり「もと来た道をもどらない」と、いろいろ発見があり、新たなものが見つかるのだよ。

2017/05/13

愛媛県が外国人林業研修生?

愛媛県が、今年度から3か年の「林業担い手外国人受入れモデル事業」をスタートさせたことを知った。

具体的にはベトナム人研修生を毎年5名程度招き、林業事業体等に就業できるまでの教育や技能講習等について支援するのだそうで、2800万円程度の予算が付けられている。
 
これまで林業現場に外国人労働者を受け入れる案は幾度も登場しているし、一部には日系ブラジル人など外国人を就労させるケースはすでに行われている。また建築現場や農業でも年々、外国人労働者が増加している現状がある。
その背景には慢性的な人手不足があるわけだが、行政が積極的に関与して林業界に受け入れる例を私はほかに知らない。
 
 
しかし、今回の事例で苦笑いしたのは、事業内容が「林業における新たな担い手を確保するため、全国初となる短期の外国人技能実習生の受入れを支援するモデル事業に取り組み、継続的な受入体制を整備し、林業の活性化を図る」とある点だ。
 
3年間の滞在が終わったら帰国する外国人を担い手とするのは、ようするに林業は単純作業で3年ごとに入れ換えても大丈夫という認識か。多分、さほど技術を必要としない下刈りや切り捨て間伐のような作業に従事させるつもりだろう。それが技能実習か。
農業界の外国人研修生が年々増加しているが、数々の問題が噴き出して批判を浴びていることを知らないのだろうか。下手すると人権問題にもなりかねない。
 
一方で、その他林業労働力の確保の促進に関する事項の中には、
愛媛県の造林・緑化・木材の搬出等の優れた林業技術の移転を図ることは、諸外国の経済発展と国土保全を担う人材育成が成される重要な国際貢献であり、林業労働力の確保にも繋がるため、外国人を継続的に受け入れる体制を整備を検討していく。
と記している。
 
この点に関するパブリックコメントの複数の批判的な指摘に対して
外国人技能実習生の活用につきましては、現在のところ、農林水産業において、林業のみが外国人技能実習生の実習期間を2年以上に延長する制度の対象になっておらず、活用されていない現状であるため、今後の国の制度改正を見据え、法律に準拠した適正な制度の運用を行う体制づくりを検討していくこととしたものですのでご理解をお願いします。」と木で鼻をくくったような返事を繰り返している。
 
担い手確保とか国際貢献という、本音と建前のような言葉の羅列はおいといて、愛媛県の優れた林業技術、とあるところで爆笑した。どこが? どんな優れた技術があるのか、ぜひ具体的に教えてほしい。日本の林業技術は遅れているからと、ヨーロッパから指導者を呼んで学ぼうとしている最中ではないか。(ちなみにドイツ人フォレスターが、日本の林業現場は30年遅れている、と言ったのを聞いたことがある。)
 
たとえば熱帯と温帯という決定的な風土気候の違いに加えて樹種も生態系もまったく違う中で、どんな造林を教えるのだろう。日本固有種のスギの造林法をベトナム人に教えるのだろうか。それとも熱帯産のチークの育て方を日本の林業家は知っているのか。
木材の伐採や搬出も、低効率が指摘されているのに何を教えるのだ。林業機械の操縦を教えても、ベトナムにない機材だと意味がない。
 
もっと本音を言えばよい。低賃金で危険な仕事は外国人にさせたいと。使い捨てしたいと。
 
 
実は林業は、第一次産業の中で若者率が伸びている職種だ。実際、希望者は比較的いるのだ。自然の中で働きたいという声はよく聞く。
 
しかし結果的に日本人の林業の担い手が少なくなるのは、あまりの待遇の悪さに起因する。事故率は全産業の平均の12倍に達するのは安全教育がなおざりになっている証拠だ。毎年、多くの人が林業現場でなくなったり大怪我を負っている。
また給与は日当払い・出来高払いがまだ多数を占めているうえ、額も平均以下だ。独り暮らしならなんとかなるが、家族は養えない……と結婚退職(もちろん男子)が多い所以だ。家族ができたら生活を送れないからである。
だから全国に林立し始めた林業スクールの卒業生も、いざとなると林業に就業しない人が少なくない。
 
 
どうせなら2800万円を現在の林業従事者の給料に上乗せしたらどうか。離職を防いで定着率を上げられるし、新たに参入するケースも期待できるだろう。
 
 
日本中、どこも腐った政策が横溢している。

2017/05/12

謎の虫食い?

タナカ山林で妙な状態の木を見つけた。

 
太い二又のコナラの一方が折れていたのだが……これはなんだ?
 
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一瞬、鉈かチェンソーで切り込みを入れたのか、と思ったが、よくよく見れば虫食い。しかし、こんな穴を開ける虫とはなんだ? かなりデカいぞ。
それに切り口が妙だ。誰か、刻んだのか。たとえば虫の幼虫を探すためとか……。幹が折れたのもなぜだ。
ナゾを感じる倒木であった。 
 
 
全体は、こんな感じ。
 
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2017/05/11

国の森林環境税で思い出す森林交付税構想

森林環境税構想、国は本気らしい。すでに総務省で検討会が開かれている。

 
これ、少々勘違いされがちだが、すでに森林環境税に類する独自課税をしている県は、たしか34ぐらいある。これは県税に上乗せ方式だ。
それに対して国は住民税に上乗せして全国民から徴税しようという魂胆。そして市町村に配分するという。
 
言い換えると、多数の県では森林整備目的で県税と住民税の二重に課税されるわけだ。 ようするに増税。すでに森林環境税を取られている私からすれば、ええ加減にせえ、と思う。
 
全国町村会は賛成。全国知事会や全国市長会は慎重……というところか。
 
 
ツッコミドコロは満載なんだが、もともと森林環境税のある県は森林面積が広いわりに人口が少なかったのだから、東京など大都市圏から徴税すれば総額として増えるのは間違いない。
 
 
どうせなら県の森林環境税を撤廃して国税に一本化したらどうか。そして森林面積割にして配分する。それが都道府県単位か、市町村単位かは悩ましいが。。。東京都23区とか大阪市なんか、取られるだけでほとんど受け取れないんじゃないか(笑)。
 
 
ここで思い出すのが「森林交付税構想」だ。覚えているだろうか?
 
これは和歌山県本宮町の当時の中山町長が提案して、それに呼応するように全国で賛成の声が上がり、森林交付税創設促進連盟みたいなのができたはず。
 
これは、新税を徴収しようというものではなく、正確には森林交付税交付金構想である。
通常ある地方交付税交付金は、国税を各自治体に配分するものだが、これは基本的に人口配分である。すると人口が少ない自治体に不利なのだ。そこで森林面積割にしてくれ(人口が少なく森林面積の広い自治体に多く配分してくれ、という提言である。
 
森林整備関連の配分は補助金などの形であるが、これらは厳しく使い道を国に規定されて使いにくい。というか、無駄な使い方をしたり、余計な事務手続きばかりがかさんで、小さな自治体にとっては負担ばかりがあった。だから自由に使える交付金がほしいというわけだ。
つまり地方交付税交付金の配分規定に森林面積を加味することを陳情した。
 
私は、発案当初から取材していた。参加自治体は1000近くまで膨れ上がり、通信も発行され……と盛り上がったのだが、結果的に国は動かなかった。  
そんなときに高知県で森林環境税がつくられたこともあって、連盟も解散してしまった。
 
 
さて、今頃になって国が森林環境税を導入しようというのなら、もう一度、森林交付税の発想を取り出してもよいかと思う。当時の検討内容を引っ張りだせば、配分方法や、使い勝手の参考になるかもしれない。
 
ただ、都道府県でも市町村でも、「自由に使える金」というのは、目先のバラマキになるのが目に見えている。森林に使われないかもしれない。森林関連というのがどれほどの縛りになるか。かといって、使い道を国が規定したら補助金と変わらない。
思いっきり使い道をオープンに住民に示して、批判に耐えるのがイチバンだと思うが。。。
 

2017/05/10

鏡の中の青空

ちょっと足を延ばした散歩で訪れた、御嶽山大和本宮。

 
これ、木曽の御嶽山を御神体とする御嶽教という宗教団体なのだが、本部は奈良にあるのだ。森の中にひっそりとたたずむ……と言っても、近年は周辺が宅地開発されてしまって、なんだか新興住宅地の中になってしまったが、それでも本宮の回りは森が保たれている。
その中に不動尊やお稲荷さん、神武天皇まで神仏混交で祀られている。
 
そして森の中には、木曽の御嶽山の山上が模されている。本家?が噴火で近づけなくなったから、こちらをお参りしてください。。。
 
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これが本殿。結構、立派な建物だよ。その中に見つけた。
 
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青空と緑の外苑が鏡の中に入っていた。
 

2017/05/09

火の生態学

連休後半から各地で強風にあおられた大火事が相次いでいる。なかでも森林火災、山火事は関東~東北で頻発した。栃木の那須、福島の浪江、宮城の栗原、そして岩手の釜石。何日経ってもなかなか完全鎮火しないようだ。

現地では、関係者みんな大変な思いをしていることと思う。早急な鎮火を祈念したいが……。
 
 
ここで思い出したのがfire ecology、つまり火の生態学だ。
 
世の中には、自然環境に与える火事の影響を調べる学問があるのである。森林火災はもちろん、野火や焼畑まで含む。実は、私も焼畑に興味を持つ中で、結構調べて勉強したり取材した記憶がある。
 
なかには火事で焼けないと発芽しない植物の種子があったり、火事の後に繁殖する植物や昆虫、そして動物種まである。また一定期間ごとの火事の発生によって植生の遷移が進む構造も見つかっている。畑で同じ作物ばかり植えていると連作障害が起きるが、火入れをすることでそれを解消する効果まで確認されている。
実は、アマゾンの大ジャングルもそうした火災を繰り返してきたのだという。
 
 
さて、そんな目で森林火災を見ると、意外と焼けるのは表面だけだそうだ。樹冠が燃える姿は巨大炎が立ち上り恐ろしいが、実はその下ではあまり温度が上がっていない。とくに土壌は、植物が燃える程度ではほとんど焼けず、数センチ地下になると常温だとか……。むしろ水蒸気の影響で土がふかふかになり、地下水が毛細管現象もあって上がってくる。だから焼畑では、まだ煙がくすぶるなかで種まきをしても良く育つわけだ。
多分、焼けた森からは一斉に芽吹きが始まり、再生へと歩み始めるだろう。
 
2 (金剛山の森林火災跡・松田育子氏提供)
 
 
ちなみに福島は帰還困難区域の火災で、放射性物質の飛散が心配されている。
私は現地の状況に関して十分な情報は持ち合わせていないが、少なくても森林の樹木が焼けても放射性物質は飛散しないだろう。
なぜなら6年の間に葉は落ち、枝や幹も降水で洗われているから付着していないという調査結果が出ているからだ。落ちた放射性物質は土壌内の粘土質コロイドに吸着されているはずだ。そして通常の森林火災は樹木や下草が燃えるだけなので、たとえ灰が舞っても心配ないと想像する。
 
むしろ鎮火寸前まで行って、おき火、つまり炭の状態で林床にとどまっていると腐葉土が燃え、土壌の温度を上げてしまう可能性が高い。その結果がどうなるのか私には想像できないが……。
 
 
ここは火の生態学を研究している人々が、それなりの所感を発表すべきではないかと思う。現地を知らない、調査していないからと及び腰になるのではなく、これまでの研究内容を援用して想像できる範囲を、ていねいに説明するのも学者の役割ではないか。
そしてマスコミもしっかり取材してください。。。。私? 私に仕事として発注してくれるのならやりますけどね(^o^)。

2017/05/08

新緑の中のナラ枯れ

生駒山がナラ枯れの猛威にさらされていることは、度々伝えてきた。

 
この新緑の季節というのは、ナラ枯れがわかりやすい。
 
真夏に葉が赤茶けて枯れるのがナラ枯れの特徴だが、実はその時期はまだ枯れたとは言えない。たしかに葉に水分が行かずに葉が枯れ落ちるのは事実だが、樹木として枯れた(生命を失った)と判断できないからだ。
また冬になると、コナラなどは落葉広葉樹だから葉を落とすため、枯れたのか落葉しただけなのか区別が付きにくい。
 
だが、春になると、生きている木々は一斉に新芽を出し、緑に萌える。昨夏、ナラ枯れを起こした木々も、ここで復活する可能性が意外とある。枯れた半分くらいは新芽を出すようだ。意外としぶといのだ。
 
それでも新葉が出ないコナラは枯れたと確認できるわけだ。
 
 
そんなわけで、5月の生駒山の森を見る。
 
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ああ。やっぱり相当枯れているなあ。。。。全体の2~3割に達するんじゃないか。
まだまだ終息しそうにない。
 

2017/05/07

村尾行一著『森林業』は、森林文化論である

村尾行一先生の新著『森林業 ドイツの森と日本林業』、ようやく読み終わった。

 
1537 築地書館 2700円+税
 
さて、何から紹介すればよいか。この本の感想を記してまとめると、別に1冊の本になりそうな気がするのだが……。
 
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とにかく、気になるところに付箋をつけていくと、こんな感じになるわけ。内容的には村尾氏のこれまでの主張や著作の集大成であり、そして私は大半の著作を読んでいるのだが、それでも、こんなに付箋をつけてしまったのだ。
 
それなりに林業のことを知っている(つもりの)人が読めば、おそらく愕然とするに違いない。一体、これまで学んできた林業の理論や林業史は、さらにヨーロッパの森林史はなんだったのか、と。
 
目次は以前にも紹介したが、大枠だけ記すと
 
第1部 ドイツ林業の個性
第2部 ドイツ林業前史
第3部 ドイツ人にとって森とは何か
第4部 最高の頭脳の集まる森林業の人材育成
第5部 日本林業再興への処方箋
 
タイトルでわかる通り、ドイツの話題(一部スイス)が多い。またドイツ語も多出する。さらに膨大な見出しがある(詳しい目次は、版元ホームページへ)。
ただ見出し数に比して、全体は300ページあまりだから一文は短めで、読みやすい。文体も、村尾節ともいえる調子(^o^)なので楽しめる。
 
また一応テーマは林学・林業なのだが、ドイツ人の森に対する思いの変遷や、森とのつきあい方にもかなりのページを割いており、いわば文化論ともなっている。むしろ林業・林業史というより森林文化論と思って読んだ方がいいだろう。
 
 
全体を総括するのは難しいが、いくつか私があえて本文の言葉をいくつか引用するのなら
文化論なくして林業論なし であり、生態学的林学 であり、林業は社会的市場経済 であり、そこから導き出される フリースタイル林業……ということになろうか。
 
ドイツでは、100年以上前に木材栽培業の学問として生れたターラント林学から、生態系を重視しフリースタイル林業へとつながるミュンヘン林学に大変革された。そこでは主伐や伐期という考え方も、法正林や森林経理も否定されているという。
 
それなのに明治時代の日本の留学生は古いターラント林学を持ち帰り、さらに林業改革を打ち出した21世紀になっても古いドイツ林業から離れようとしないという失敗の上塗りをしているわけだ。
 
いくつか意外感のある記述を紹介すると、
 
ヨハンナ・シュピーリの『ハイディ』(日本的には「アルプスの少女ハイジ」の原作と言った方がわかりよいか)はマルクス・エンゲルスの『共産党宣言』よりもはるかに革命的な思想の転換を記した「ロマン主義宣言」だという。自然賛美を禁止していた従来のキリスト教に反して、初めて自然の美しさを唱えた書だからだ。
 
19世紀までドイツでは林業は賤業、林業従事者は賤民だった、とある。現在のドイツでは林業を憧れの職業だというが、真反対だったのだ。それはわずかな期間で逆転した。
一方で「私たちドイツの森林官はドイツ人の公徳心には全然期待しておりません」という言葉も紹介している。
 
 
私がとくに喝采したのは「保育間伐」「優良材生産」「将来木施業」の否定である。たとえば《優良材》という獣道への逃避 なんて言葉も登場する。やった! と思ったね。
 
私は、上記の施業が納得できずにいた。はっきり言えば間違いだと思っていた。
 
私の考えを簡単にまとめると、間伐はすべからく利用間伐(優勢間伐)であるべきで、保育のために木を伐り捨てる(劣勢間伐)のは労力も経費も無駄である。
 
また優良材とは高く売れる木材のことで、将来何が求められるかわからないのに木目や形状で「優良」と決めつけるのはおかしい。よって、将来に向けて優良材にする木を選んで育てる「将来木施業」自体が有り得ない……と思っている。(その代わりとなる施業の指針に関しては、私なりに考えるところはあるが、別の機会で。)
 
だが、いくら私がこんな主張しても林業界の面々には届かない。そこに村尾節が炸裂したのだ。私的には、溜飲の下がる思いなのであった。
 
 
最後に日本の林業の実態を紹介しつつ、再生の処方箋を示す。これも斬新な発想ぞろいである。その根幹には、森林業の人材育成の重要性を説く。
 
ちなみに私は、すべてに同意するわけではない。村尾氏は列状間伐は劣情間伐とあるが、私は、一部では列状間伐もアリと思っている。
また「日本でも天然更新は容易」とするが、私の意見は可能だが難関でコスト高だから、あまり採用すべきではないと思う。
木屑から野生動物まで全部資源という考え方自体は同意するが、これらの資源を経済の俎上に乗せるのがいかに難しいか、ということも指摘したい。
さらに含水率は9%以下にしろというスギ材の乾燥も簡単ではない。伐採時の方策だけでは厳しいし、普及もしない。
 
もう一つ違法伐採や盗伐を、かつての入会権の視点から敵視していないが、現在問題になっているのは、レベルが違ってあきらかに森林破壊である。あまく見ない方がよい。
 
何よりもドイツにならって行うべきとする林業人材の育成は、私には絶望的に思える。今から取り組んでも50年以上かかるのではないか。
 
ただ、「森林業は情報産業」という言葉は、私も20年ぐらい前から使っていて、我が意を得たり、であった。
 
 
とにかく、森林や林業に対して一家言ある人、興味のある人なら、本書を巡って話題は尽きないのではないか。議論のテーマを提供してくれるだろう。ここは賛成、ここは反対、ここの意味がわからない……等々、議論百出になったら面白い。
 
まずは一読を。
 
サイドバーにリンク
 
 
 

2017/05/06

宙に浮くサクラの花びら

例によって? 道からそれて森の中に入った。

 
理由は、カポカポと鳴る水の音に引き寄せられたのです(^o^)。
 
スギ林の中にせせらぎを見つけて納得。そのまま急斜面を登っていくと、いきなりサクラの花びらに包まれた。一応スギ林なんだけど……。良く見ると、山桜ぽいサクラの木があった。当然ながらこの花を見た人がいるとは思えず、人知れず咲いていたのだろう。
 
サクラの花びらは周囲一面に落ちているのだが、実は空中に浮いた状態の花びらも多数あったのだ。
 
 
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こんな感じ。何も散っている花びらの一瞬を切り取ったわけではなく、花びらは宙に止まっている。こんな状態が広がっているのだ。
 
ま、ナゾでもなんでもなく、クモの巣に引っかかっているのだけどね(o^^o)。
 
でも、風流である。これを楽しめたのは私だけなのだから。

2017/05/05

「謎の路上植物」の正体

昨年の夏だったか、自宅の前の道路のヒビから生えている植物を紹介した。

 
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秋になって、それを刈り取られる前に引き抜いてベランダのプランターに移植したことも紹介した。
 
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この草の正体は、最初はミントっぽいと言いつつ、どうも葉の形がはっきりせず自信がなかったのだが、思い切って葉をちぎって匂いを嗅いでみると、ちゃんとハッカ臭がするではないか。これでミントだと確定させたつもりたったが、では何ミントかわからない。
ペパーミントでもスペアミントでもアップルミントでもない。ブラックだのナンだの、ミントの種類は多いからなあ、と思っていたのだが……。゛
 
春になって、元気に育ちだした。新葉もいっぱい出た。すると色も変わってくる。
 
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おや、この葉の様子は……レモンバームじゃないか?
 
調べてみると、そっくりだ。たしかにレモンバームもミントと同じシソ科だし、匂いもよく似ている。ただハッカ臭というよりはレモン系の香りに入るのかな。
 
さっそく、摘み取ってはお茶にしてみたり、料理に使ってみたりしております。味? ビミョー(笑)。
 
しかし、路上からスタートして、結構な出世だわ(笑)。
 

2017/05/04

BLOGOS『「木登り伐採」流行の背景に…』書いた裏事情

BLOGOSに『「木登り伐採」流行の背景に林業界が抱える問題あり 』を執筆しました。

 
今度はBLOGOSである(~_~;)。
 
BLOGOSは、これまでも掲載されてきたが、それはブログの記事か、たまにYahoo!ニュースの転載であった。だから紹介することもなかった。
しかし今回は、それとは別に依頼されて執筆したもの。私も、昨今はネットに執筆することが増えたものだ。
 
 
さて、依頼は5月の連休中、みどりの日にちなんで「日本が抱える里山問題・環境問題について、読者に関心を持ってもらうきっかけ」の記事を……というものだった。
 
だが、真面目に林業問題などを論じたって、祝日のみどりの日が暗くなるだけだろ(-.-)。。。。と思って、提案したのが、昨今広がっている新たな林業界の潮流として木登りしつつ行なう伐採技。その背景に林業事情を絡めたわけだ。
 
ただ特殊伐採とかアーボリカルチャーという言葉を使っても一般人にはイメージできないはず。タイトルとしても引きが弱い。そこで「木登り伐採」と名付けたのである。ダサイが、一発でイメージできるだろう。
 
そして木登りと聞けば、わりと明るく楽しい雰囲気がある。ゴールデンウィークに向いているのではないか? それでいて、現在の林業事情も触れられた。
 
 
なお、私はこの記事で、今日がみどりの日だということを思い出した。

2017/05/03

Yahoo!ニュース「外資が森を買収……」を書いた理由

Yahoo!ニュースに「『「外資が森を買収」に対する山側の反応は… 」を執筆しました。

 
毎年発表される、この調査報告。林野庁もご苦労さん、と思う。余計な仕事を増やしやがって……と思っているだろう。だったら、1ヘクタール未満は、省いてもよいのではないか。どうせ森林の体を成していないのだから。
 
 
もっとも届け出なんぞしていない取引ケースは、統計の何倍もあると思うけどな。
 
私も、ブログや本や雑誌記事などには随分書いたから、もう触れないつもりだったのだが…… Yahoo!ニュースには書いていないことに気づいたのであった(笑)。
 
もっとも、いまさら水資源を狙っての森林買収なんて有り得ん! と解説するのも面倒なんで、ちょっと切り口変えてみた。
 
せっかくだから、用意したのに使わなかった皆伐の写真をば。
 
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2017/05/02

紳士協定

昨日は「業界」の閉じた世界に苦言を呈したが、それをいかに規制するか、について考えてみた。

 
たとえば木材価格が安い ⇒ だから山主は利益が出ない ⇒ 森林整備ができなかったり、皆伐後の再造林が進まない、という。
そこで何らかの方法で、山主への還元額を高めるとする。これだけの利益があなたの手元に残るんだから、その分を山に投資してよい森をつくってください、と要求する。
 
さて、山主は素直に多く出た利益分を山に再投資するだろうか。
 
……必ずしも期待できない(~_~;)。
 
増えた利益をそのまま自らのポケットに入れる可能性が高い。再投資するのは、現在の利益ではなくて将来への期待がある場合である。投資したら次の世代でも儲かると思わないと、せっかくの利益を捨てるも同然だ。
 
 
では、どうしたらよいか? 細かく規定した契約を交わすという手もある。利潤の何%を森に投資すること、あるいは必ず再造林して、その後最低でも下刈りを3回、除伐を1回すること、とか。
 
無理だ。おそらく抜け道はいろいろあるだろうし、何年も先の施業内容を杓子定規に決めても本当の育林はできまい。それに、仮に契約を破った場合、罰則に効力はあるだろうか。その法的な裏付けを得られるか。
 
 
そんなときに聞いたのが、「紳士協定」である。それも外国の例だ。
 
細かな条件を書きつらねた契約はしない。ただ「いい森をつくってください」とか「お互いの利益を考えましょう」とか「常に話し合いましょう」「約束を守りましょう」といった協定を結ぶ。
「信頼するから守る」という契約である。
 
細かな規約がないからこそ、常に意見交換しつつ決めていく。その手間を惜しまない。
 
それを守らなかったらどうする?
 
協定を違えることは、信頼を破ることである。侮蔑され、名誉を失い、今後の取引もなくなる。長い目で見てどちらの損害が大きいか。
 
意外と効くのではないか、と思った。結局、人間と契約するのだから。契約書のどの条文を守るか、その裏を考えるのではなく、「信用していますよ」という相手を騙す方が心理的抵抗感が大きいような気がする。
 
 
もっとも、口先三寸、やり逃げ的な商売も平気という輩が多いかもしれない。と考えた私は、やっぱり業界を信用できないのだろうな(-.-)。

2017/05/01

セミナーで「業界」について思う

先日、奈良県で開かれた「地方創生セミナー」を覗いてきた。タイトルが「山元への利益還元の在り方について」とあるように、林業をターゲットにしている。

 
演者は、銘建工業の中島浩一郎社長と、八木木材の八木数也社長
もっとも主催は、近畿財務局(+奈良県)という点は、地域経済がテーマなのである。だから参加者は林業家に木材関係者、それに自治体関係者。最後がイチバン多かったような気がするが……(^o^)。
 
私は、部外者ゆえ、あまり細かな話はついて行けなかったのだが……それでも感じたことをいくつか。
 
まず中島社長の話は、やはりCLTのことが大半だった。たしかに世界的にCLTの建築物は伸びていて、建材としての魅力はわかる。ただ、奈良県内でCLTを製造する動きはまだないわけで、CLT需要が直接影響するのは原材料としての原木の買いつけだろう。
 
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その中で私がひっかかったのは、ヨーロッパのCLT価格が立米6万円代に下がったという点。1、2年前は7、8万円と言っていたのに。そしてJASも取得して、日本への輸出を目指しだしたとか。。。。
それに対抗するには、日本製CLTも6万円代に近づけないといけない。
 
そのための原木コストはいくらになるだろう。それは奈良県の林業に貢献できるか。
 
仮に6万円代を達成しても、同じものをつくっていては勝てまい。日本製CLTが欧米製CLTと差別化できるものは何か。
いっそ化粧CLTなんかはどうだろう。現在のCLTは、外装・内装は別に必要になるから、それをいらなくする。内側に使う部分はモルダーかけした美しい壁面に仕上げる。吉野杉材を使ってもよい。
かつて吉野では化粧集成材をつくっていた(吉野杉のフリッチを貼って見た目は吉野杉の柱に見せる)のだからお手のものではないか? 
一方で外気に触れる部分は、 対腐朽性を持たせたCLTにする。……ケボニー化したスギのラミナを使うというのはどうだろう(^o^)。
 
そんなCLTを夢想してみた。うん、イケル気がしてきた\(^o^)/。
 
 
さて、より考えさせられたのは八木社長の話だ。
もともと運搬業だったところから素材生産業に参入し、その合理的で効率の高い搬出方法で一気に成長したことで知られる。そして次に兵庫県木材センター(製材所)の経営も任された。2015年実績で17万9000立米の木材を扱うまでになっている。
 
つまり八木社長は素材生産から流通、そして製材までの行程を全部経験しているのだ。
 
で、課題として上げたのが、有体に言えば、それぞれの業界・業者のいがみ合い。(本人は決してそんな言葉を使わなかったが、私はそう理解した。)
具体的には安定供給と安定価格が必要なのに、なぜ、それが達成できないか、という問題である。
 
パワーポイント資料を引用させてもらうと。
Img002 こんな具合。
 
私も両者の対立は各所で聞かされるのだが、広い意味での林業界を振興するには一体として取り組まないといけないのに、常に疑心暗鬼と出し抜き合いみたいになっている。
 
ああ、これだから「業界」はだめなんだな、と幾度思わされたか。そもそも「業界」という発想がいけない。外が見ようとせず、内向きの細かな事情ばかりを主張する。
大量に注文されたら単価が上がるのは当たり前。量が確保できないのはコレコレこういう理由なのだ。洋風住宅が増えたから国産材が売れない。和風住宅を建てない日本人が悪い、あいつらの言い分は間違っている、直すのはアチラだ。。。(;´д`)。
 
そこで提案されたのは、こんな言葉。
 
Img001
 
「安定利益」という発想を持ち込んだのだ。一緒に安定利益を目指しましょう、と。さらに業者だけでなく、国産材商品の利用者も巻き込んでの安定利益を求めるべきとした。
 
なかなかの炯眼だと思った。もっとも、実際に皆がその方向に進んでくれる方策が難しいのだけど。
 
 
実は、このセミナーの前後に会った人々とも「業界」の問題点をいろいろ話した。その結果は、やはり外部の血が必要なのではないか、ということになる。業界外から新規参入者が、現在の業界をぶっ飛ばす動きでもないと変わらないのではないか。。。業界の合意なんか求めず、従わせるような圧倒的な新商品を持ち込むとか。
 
 
とまあ、業界外の私が感じたのでしたよ(^o^)。

2017/04/30

「小屋」の可能性

本屋でふと見かけた雑誌……いや、ムック。思わず買ってしまった。

 
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モノ・マガジンの特集記事を集めたもののようだが、「小屋」である(笑)。
 
いや、これがなかなか見せるのだ。(注・まだ読んでいない。どちらかというと眺めて楽しむ本か)
小屋と一口に言っても、実にバラエティがある。倉庫のようなものや作業小屋から始まり、家畜の飼育小屋、山小屋、炭焼き小屋、そして美しい別荘かコテージ、ツリーハウス、キャンピングカーのような自動車、屋台、家の中の小屋……。作り方も、コンテナ改造からオシャレなハンドメイド、藁や土でつくったエスニックな代物まで紹介している。
 
いやいや、日本だって縄文・弥生時代の竪穴式住居というのは「小屋」だ。
 
1 鹿児島・縄文時代の上野原遺跡
 
思えば、私がかつてボルネオやソロモンで地元民の村に転がり込んで居候した場所も、たいてい小屋だった。ニッパヤシなどで葺いた高床式の家だが、広さからすると、ほぼ小屋の部類である。妙に心地よいのである。
 
2 ソロモン諸島シンボ島のニッパハウス
 
 
さて私が本書でちょっと現実的&気に入ったのは、小屋というより書斎?
 
Dsc_0497
 
周りがみんな棚になっていたら、さぞかし仕事が進むだろう……?
私は、資料類をデスクの周辺に積み上げたりばらまく癖がある。ちゃんと直すと忘れてしまうので、身近なところに置きたいのだ。また使い終わったものは、後背に投げる。かくして、数日ごとに片づけないと思いっきり散らかるのだが、こんな仕事スペースなら救われるんじゃね?
 
ま、これが置けるほどの廣井仕事部屋がいるのだが。
 
 
閑話休題。
 
小屋というのは、意外や日本人の感性に合うのではないか、と思った。大きな邸宅よりか小屋の方が楽しげなのだ。何やらドラマが展開される。あるいは建てるまでのストーリーが浮かぶ。
 
そして、小屋ならまだまだ需要があるのではないか。住宅建設は年々減少している。かつて毎年100万棟も建っていたのが異常なのだが、現在は80万棟くらいか。今後、急カーブで落ちていき、予測では40万~20万棟まで縮小すると言われている。
 
つまり住宅に頼る木材需要もその分だけ減るということだ。
 
もちろん、その対策に非住宅建設のほか、土木資材だとかリフォーム資材だとか、いろいろ提案されているが、「小屋」需要というのを考えても良いのではないか。
 
すでに一戸建て住宅に住んでいる人でも、家の中や庭に小屋を建てるという提案をすれば需要を喚起できないか。
 
小さな山林に、一坪か二坪の小屋を建てる(あるいは建てたものを運び置く)だけで、別荘になる。こんな小屋の大きさなら建築基準法も該当しないし、地目なども気にせず建てられるところがたくさんある。
 
キットにして、購入者が簡単に組み立てるものでもよい。
 
すでに、そんな商品も販売されているが、もっと大々的にブームをつくれば、木材需要の数%を占める程度なら可能ではないか?  これぞイノベーションである。
 
 

2017/04/29

タケノコ通貨の発行が……

先日、タケノコ堀りに行ったらイノシシにやられて全滅状態だった。

 
そこで、今度こそ! とまた出かけた。次に伸びてくるタケノコを、イノシシより前にゲットするのだ……!
 
そう勇んだのだが、なんと、前以上に森が掘り返されている。もはや耕運機を入れたのか゛と言いたくなるほどだ。
もともと雑木林なのだが、モウソウチクの地下茎がかなり入って毎年タケノコが出るわけで、それを「森を守るためにタケノコを駆除しているのだ」と嘯いていたのだが……。
 
今年は、イノシシさんがタケノコ駆除に協力してくれたらしい。
ありがとう……。
次は、イノシシを駆除したい(-_-メ)。
 
タケノコは、店で買うものではないと思っているから、今年はタケノコを味わうことは無理かと思えたのだが、しつこく探すと……ありました!
 
2
 
小っちゃ!  10センチくらいしかない。これの皮を剥くと、本当に小さくなる。
 
それでも、新物を味わいましたよ。美味しゅうございました。
しかし『森は怪しいワンダーランド』にタケノコは地域通貨だ、と記したが、今年は通貨の発行ができないかもしれない。自家消費するのが精一杯では、近隣に配れない。このままではデフレになるではないか。
 
もっと頻繁に見回ろうかな、と思った次第。まだまだ捲土重来、臥薪嘗胆、失地回復、起死回生、リベンジ……。通貨発行権を我が手に取り戻さねば。
 

2017/04/28

造園における自然美の変遷

朝日新聞の土曜別刷(beフロントランナー)に、島根県安来市にあるの足立美術館の庭師(庭園部長)が紹介されていた。(小林伸彦さん)

 
この美術館の庭園は、2003年からアメリカの専門誌が選ぶ庭園ランキングで14年連続の日本一に選ばれており、世界的にも人気が高い。国内外から年間50万人以上が訪れるそうだ。
 
そんな庭園をつくる大変さを語っているのだが、ふと、そうかと思ったのは、後半のこんなセリフ。
 
幹が太くなってくると、すぐに元の大きさ、形のものと植え替えられる
 
そのために仮植場に様々な大きさのマツを育てているのだという。また変色した松葉や鳥にほじくり返されたコケも、すぐに取り除いたり補充したりするという。
 
そうかあ。ここでは庭の美は、止まった時間の中にあるのか。。。庭を一幅の絵画のように、一瞬の景観を切り取りとどめるものかもしれない。
 
一方で「5年先、10年先の庭木の姿と庭園全体の調和を想像しながら剪定します」ともあるように、わずかな生長は計算に入れているのだろうが、絵画そのものを変化させてはいけないのだ。
なんだか、造園と森林の美の違いのようなものを感じた。
 
 
私が最近関心を抱いているのは、エルフガーデンだ。これは自然風花壇と訳すようだが、ようは自然景観のように仕立てる庭である。つくられた景観ではなく、自然景観に似せて造る。
 
具体的な条件には、
多様な種類の植物の植栽。
不規則な配置。
風にそよぐ植物の配置。
イネ科・カヤツリグサ科などの観賞用の草類。
実生で生える植物の自然な配置
支柱の必要な植物(とくに花など)は配置しない。
一年草より多年草
 
デザイン的には、より複雑になる。たとえば……
花よりも葉の形や色、質感などを重視する
一度に多くの植物が視野に入るデザイン
鑑賞期間の違う植物を組み合わせて、季節の変化を感じられるようにする。
裸地部分を極力減らす
結果的に、管理が楽になって除草期間も集中せずに労働を分散化されるそうだ。
 
なんだかんだ言っても自然そのものではなく人が計算して景観を作り出すのは変わりないが、少なくても時間を止めるのではなく、変化することを景観に取り込んだ庭園だ。
見た目も「写実主義の絵画」ではなく「田園の里山風」にするのだろう。もっとも絵画にだってバビルゾン派のような里山景観を喜んで描くものもあるが……。
 
もっとも、私もまだエルフガーデンについてはよくわかっていない。ただ庭園美の新潮流ではないか、という気がしている。
 
戦前、林業芸術論という論争があって、林業は芸術になるか、造園とは違うか、なんてことが議論されたのだが、ふと造園の世界でも美の変遷があるのではないか、と思った次第。

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森と林業と田舎