古代の木材カスケード利用
今の林業を衰退せしめたのは、木材利用の歩留りの悪化だ。
とまあ、そこまで断言はしないが、木材価格が落ちているのに歩留りまで悪化したのでは、林業は儲からない。
そんなときに見かけたのが、古代の木材のカスケード利用である。
そこは藤原宮跡資料室。平城宮に先んじた日本最初の都城跡だが、その一角に奈良文化財研究所の藤原宮跡資料室がある。ここにも寄ってきた。なかなか穴場で人は少ないのだが、展示品は第一級だし、無料観覧できる。第一、立地が遺跡の真ん中(^_^) 。
ここにもハニワや土器がいろいろ展示されているが、やはり目を引くのが、巨大な丸太。
古代の藤原宮の宮殿に使われたと思われる柱なのだが、実は出土したのは平城宮跡。そしてよく見ると。
このように中がくり抜かれている。なぜかと言えば、樋に使っていたからだという。まあ、今なら土管か側溝のような用途かもしれない。ちなみに本当に土器で排水施設もつくられていたから、それは土管そのものだ。
藤原宮は、その規模は1辺5キロを超す大規模な都だったのだが、飛鳥宮から遷都後十数年で、平城宮にまた引っ越す。その際に、宮殿などは解体して部材を平城宮まで運んだようだ。もっとも、再び元の用途には使えない木材もあったから、それを再利用して樋などをつくった模様。まさに木材のカスケード利用である。木材資源は貴重だったのだろう。
ちなみに木材は、当時から滋賀県の田上山から運んだとある。それを川を使いつつ陸上も運搬して藤原宮、つまり橿原市まで運んだのに、またそれを平城(なら)まで移動させたのだから、たいした輸送力だ。ちなみに丸太には、運ぶ際の筏にするための穴まである。
余談だが、こちらには日本最初の貨幣・富本銭の展示があった。実は、明日香村の萬葉文化館で本物の富本銭を展示している。それが有料で、私も入場料を支払って見たのだが、なんとこちらでは無料で、しかも常設展示(^^;)。国(奈良文化財研究所)と県、市町村と管轄はバラバラなので、こういうことが起きる。穴開き銭だからではないが、穴場。
なお、この横に、富本銭より前につくられたと思われる国産通貨もあった。それを無文銀銭という。何の紋様も字も書かれていない、単に丸くて穴の空いているだけ。しかもいびつで、大きさも定まっていなかったようだから、地金の塊で、試作品みたいものだ。畿内で少しだけ流通したようだが、中国の唐銭も入ってきた中、自作したのだろう。みんな試行錯誤しているだよ。
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