曲がる割り箸
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
沖縄の某村の森林組合の話になったとき。
今後どうすりゃいいかね?
木だって、リュウキュウマツのほかはイタジイしかないし。天然林ばかりだし。
木炭も焼いてるけど。木工品も作っているけど。
森林セラピー事業始まったけど、興味示さないし。
仕事ないよ。
本当だ。展望が見えない。仕方なしに、私も各地の例をいくつか紹介したが、今更画期的な商品開発を独自にできると思えないし、そもそも伐る木がないんじゃねえ。
紹介した中では、チェンソーアートに興味を惹かれたようだが、これだって講師がいないと難しい。
おいとましてから、ふと思った。山に伐るものがなかったら、海はどうだ?
サンゴを養殖して、育ったサンゴを伐って売る(~_~)。サンゴって、木に似ているじゃないか。それにインテリア用品とかアクアリウム関係にサンゴは人気があるはずだ。
これ、森林組合の仕事にならないかなあ。
ダメかなあ。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)

沖縄で泊まったのは、リゾートではなく、ゲストハウス。エアコンなしのベッドだけである。少しは若い頃の旅の感覚を取り戻してみようという試み。
それにしてもだれた猫である。
| 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)
26日の話。
事前にこの日の昼の番組「おもいっきり! イイテレビ」で割り箸問題を取り上げるという情報を得ていた。
しかし、この日は東京へ向かう日。諦めていたが、乗った新幹線が、たまたま静岡駅に止まったのが12時22分。しかも6分間停車しているという。
そこで携帯のワンセグを起動させてみた。
なんと! ちょうど「マイ箸vs割り箸」と、クイズ形式でやり始めたところではないか。
内容は、まず環境にやさしいのはどっち、と示して、それはマイ箸だと回答が出る。しかし、そこから「実は割り箸の98%は中国産だが、2%だけ国産で、これは間伐材から作っている……」といった説明が始まる。
決論的には、国産割り箸を使えばエコだ、という終わり方。そして林野庁の「木づかい運動」に触れるという展開。
う~ん、私は中国産だって、たいして環境に悪いと思っているわけではないし、間伐材と端材を混同している点も気に食わないが、とりあえず国産割り箸の振興を訴えた点で満足。
少しずつ、こうした情報発信が増えつつあるのは歓迎だ。
ちょうど新幹線が動き出したところで、番組の割り箸部分は終わった。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
東京より帰りました。
観光……いや、ちゃんと仕事もしたんだけど(^^;)、それなりに羽を伸ばしたので、身体は疲れたけど、心はすっきり\(^o^)/という気分。
その中でいくつか印象の残った一つが、浅草の箸。
仲見世通りにある箸の専門店で、様々な箸を見た。割り箸はないが、千差万別の塗り箸は、それなりに面白い。写真のように、豆腐箸、蕎麦箸、うどん箸、ラーメン箸にスパゲティ箸まである。
実際には、どこに工夫しているのかわからないものもあったが、この商品開発の努力を、割り箸業界もすべきではないか。
驚いたのが、「江戸木箸」という世界があったことだ。
これは、硬い木で作る素の箸で、何も塗らないそうだ。素の木の箸という点では割り箸に通じるものがある。素材はタガヤサンなど南洋の鉄木のほか、桑など。曲がった桑の木でも箸にしてしまうところは、機能性ではない価値があるのか。
もう一つ驚いたのは、駅前の露天で見かけた箸売り。
すごいでしょ。この十把一絡げの箸の売り方(^^;)。
l一応、塗り箸なんだけど、「手づくり」と書いてある。さらに「高級」の文字も。そしてお値段は……120円(爆笑)。どこが高級で、どこが手づくりなんだ!
| 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)

霞が関から六本木へ。まず六本木ヒルズを見学。本当は東京タワーに上りたかったんだけど。
ゴタゴタしてから、神保町へ。こちらで打ち合わせして、ついでに古本屋を覗く。東京観光は続く。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)

昨日から東京に来ている。全国町村会の研修で講演を頼まれたからである。実は今、出番待ち。
この会合では、いろいろ知り合いや会いたかった人がたくさんいた。もちろん新しい出会いも。
東京には明日までいる。楽しんでいます(*^^*)。
| 固定リンク | コメント (4) | トラックバック (0)
NHK教育で、「福祉ネットワーク」という番組を見た。
漫画家の西原理恵子が登場していたからである。テーマはアルコール依存症。
ファンなら知っているだろうが、西原の夫だった故・鴨志田譲は、アルコール依存症だった。そして癌を患って亡くなった。その体験を語っているのだが、それは凄惨な生活である。
私は、西原のマンガも、鴨志田のエッセイや小説も読んでいるから、だいたいの状況は把握していたつもりだが、やはり生に語る迫力は凄い。
アルコールに限らず依存症者を抱える家庭は、とてつもなく闇の生活を覚悟させられる。周辺の人の介入もまずないし、できない。的確な助言をできる人は少なく、また聞く耳持たないところもある。目の前の事態をやりすごすことだけに縛られ、根本的に打開する行動はとりにくくなるらしい。ある種の「共依存」関係を築いてしまうのだろう。自縛されてしまうのだ。
やがて依存症者は、健康をむしばみ、人を人でなくす。
アルコールに溺れる者は、怠け者、気の弱い人間と思いがちだが、発症するまではともかく、中毒になった時点で、完全な病気なのだ。本人の努力だけではいかんともできず、治すことはできない。
結局、依存症から脱出するには、専門家のカウンセリングと治療法、家族・周辺の人々の堅い結束と支え、そして本人の強い意志がないと無理…だと結んでいた。
この話を聞いて、思わず連想したのが、山村問題。 (^^;)イヤな奴
衰退していく山村は、お上と補助金の依存症という病にさいなまれているのではないか。いけないけいないと思いつつ、補助金にすがり、目の前だけ安楽に生き延びることを考える。そして自立する道を選べない、選ぼうとしない。
やはり山村問題を解決するには、山村だけに自立を求めて突き放すのは非道であって、共依存になった国が目覚めて距離を置きつつ支えないとダメだし、専門家による的確な処方箋を示す必要もある。そして当人たちの自覚も求められる。それぞれを精妙に組み合わさせて臨まないと、山村は、お上頼みの体質からは脱却できないのではないか……。
鴨志田さんは、最後にはアルコールから離れることができて、そして死んでいく。最後の言葉は、「人として死ねてよかった」だそうだ。山村も、本来の村にもどらないと、たとえ消滅せざるを得ない運命にしても虚しいよ。
なんで、こんなこと考えているんだろ? と思いつつ、西原の涙につられて私も涙をぬぐったのであった。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
6月23日の読売新聞に全面広告が載った。
「みんなの力で、山村を元気に!」と打って、山村再生を謳っている。
ようは、林野庁系の都市農山漁村交流活性化機構の助成制度で山村再生プランを募集しているのだ。昨年までの「森業・山業」事業と「山村力」事業を統合したものである。
そして例として上げられている10の事業の一つに、吉野チェンソーアート事業が紹介されている。森業・山業に採択されたからだ。前回の福岡の山村再生セミナーに続いて、大きな宣伝になったと思う。
なんたって、読売新聞全国版となれば1000万部を越える世界一の大新聞。この告知効果はかなりのものだろう。
真ん中の段。読めるかな?
さっそく今日(25日)に青森から反応があった。もちろん、この距離だから、すぐに何か成約するというものではないが、名を売るということは重要なことだ。
実は、助成制度の採択を受けるのは、補助金をもらうこと以上に、世間の認知度を上げることに価値があると私は思っている。
なんていうと、顔をしかめる人がいるかもしれないが、単なる新ビジネスではなく、地域づくりに寄与する事業という、大げさに言えば国のお墨付きをもらったことになるからだ。
その代わり、中身を伴わせないといけないけどね(^^;)。
| 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)
幾つものファミリーレストランをチェーン展開する「すかいらーく」が、2008年7月までに全国約2500店舗で割り箸の使用をやめ、樹脂製の箸に切り替えるニュースが駆けめぐっている。
すでに「ジョナサン」が06年中、07年中に「すかいらーく」、08年5月までに「ガスト」で切り替えが完了していた。今後は「夢庵」は同年6月、「バーミヤン」を同年7月をめどに切り替えることで完了するそうだ。
牛丼チェーンでも松屋フーズが全店舗、吉野家も着々と樹脂箸に切り替え中だ。容易ならざる事態である(-_-)。
実は、先日「ガスト」に入った。頼んだのは和食だったが、そこにナイフとフォーク、それに樹脂箸が出てきた。私は意地でも樹脂箸を使う気になれず、フォークで飯を食った。連れは、ウェイトレスを呼んで、「こんなプラスチック箸は食えない。割り箸はないか」と要求した。すると慣れたように、ちゃんと割り箸が出てきたではないか。
皆さん、臆せず要求しましょう。おとなしく樹脂箸で食っていてはダメだ。
これらのチェーン店が割り箸を廃止したのは、環境のことを考えたわけではない。割り箸の供給不安がもたらした現象である。割り箸の量が十分に揃わなかったり価格が高くなりすぎた場合にそなえて樹脂箸に変えたのである。本当に環境のことを考えたら、石油製品の箸なんぞ使うわけない。それとも木製より樹脂製の方が環境に優しいと思うほど、担当者の頭はカラッポというのか。
おそらく洗浄などのために従業員の労働強化が起きているだろうが、今やアルバイトの労働の方が使い捨てで安いのかもしれない。もしかしたら洗浄用に日雇い派遣でも使っているのではないか。
日雇いは 割り箸よりも 使い捨て
| 固定リンク | コメント (4) | トラックバック (0)
今日のお客さんを生駒の棚田地帯に連れて行って雑談していると、橋下徹大阪府知事の高校時代のラグビー部の先輩に当たるということがわかった。
そこで橋下知事の人物評価になったのだが、意見が合ったのは、彼の人の心を読めないこと、人づかいの下手さ加減。人、とくに部下の動かし方があまりに稚拙であることだ。
政策論は置いておくが、少なくてもいきなり給料を下げると言われて、誰が熱心に働く気になるか。しかも自分はテレビに出ずっぱりで出演料を稼いでいるのである。ついでに政治資金パーティーも開いて何千万も集めている。それなのに公務員は副業禁止。これでは、政策に賛同する人も動かなくなる。給与カットは、ほかの施策をやり尽くして万策つきた最後の策である。人の心が読めないと、どんなよいアイデア・施策があっても動いてくれない。当然何も実現しないという、極めて当たり前のことがわかっていない。
それで思い出したのが、先日の葬儀で久しぶりに顔を合わせた従兄弟だ。彼は、葬儀の合間にふらりと出て行ったかと思うと、教会の隣にあったドラッグストアに行っていた。そして何やらレジ袋をぶら下げて帰って来た。
袋の中を覗くと、リアップとか育毛剤セットが入っていた(^^;)。
「いや、社員に頭の毛が薄い奴がいるんで、気にしとるからお土産や」
話を聞いていると、ほかにもギャンブルに入れ込んで給料使い切ってしまう社員には、無理やり社内預金用に天引きしているそうだ。そして100万円溜まったら通帳を渡してやる。実に従業員にきめ細やかな対応をしている。
「これくらいしないと、社員は根付かないで。大企業と違って、中小企業は辞められたら補充は大変やから」
彼は十数年前に30代半ばで父の会社を継いだ。従業員は全員年上で、しかも彼は次男。父亡き後、経営は決して楽ではなかったはずだ。ちょうどバブルが弾けた後である。
それを軌道に載せて、昨年は過去最高の利益を上げたという。人の使い方のうまさに私はうなってしまった。私より年下なんだけどね。
実は、どんな組織も経営術は同じで、適材適所に人を配置して、重要なのは、それぞれがやる気を出して取り組む体制をつくることだ。起業アイデアとか運営システムなどより人の動かし方が大切なのだ。
なかでも役職に上下関係がほとんどないNPO的な地域づくり組織の場合は、顕著だ。とくに利益もさほど出ていない場合、仲間づきあいが楽しくて参加しているケースが多い。それなのに行動や発言で仲間の和を乱すと、あっと言う間に空中分解する。
橋下知事の改革がどうなるか、私は知らないし興味もない(だって、私は奈良県民だもん)。だけど人の心が読めないと、苦労ばかり増えて成果は上がらないよ。
| 固定リンク | コメント (4) | トラックバック (0)
今日は、天の橋立のある京都府宮津市に行ってきた。日本海望む景勝地である。
往復6時間以上車を走らせ、かなり疲れた。最後の方は、高速道路を居眠り運転していたんじゃないか(笑)。しかも雨だから、最低のコンディション。景色も何も見えない。
そこで、天の橋立温泉につかってきた。でも、それだけじゃあ……。
せめてお土産に海産物でも、と思ったが、なんと土産物店もほとんど閉まっている。仮にも日曜日だよ。雨降ったら、客は来ないと見込んでいるのか、あるいは最初から日曜休みと決まっているのか。
仕方なく、高速道路のサービスエリアを覗くが、イマイチ欲しくなるものがない。干物はあるが、冷凍物。触るとカチカチだった。それでは、近所のスーパーで買っても同じ。地元食堂で食べた昼飯の干物は抜群に美味かった。生だったからだろう。
代わりに買ったのは、ソフトクリーム(笑)。こうした冷たいものを食べて、眠気を覚ます魂胆だ。多少は効いたかな。
ところで、これは、先日生駒を吉野川上村から訪れた私の林業の師匠? からいただいたもの。
ちまきである。もちろん、手づくり。
ちまきと言えば端午の節句だが、川上村は旧暦なので6月なのだ。
通常は笹の葉で巻くが、これはなんだろう、笹にしては大きすぎる。それをくくってある紐も、植物性の繊維だ。そのくくり方が不思議。結び目がどうなっているのか……。こんなところにもノウハウというか、伝承文化がある。
これを蒸すと、茎の部分から蒸気で出る。すると出来上がり。私は、ちょうど川上村で買ったユズ味噌をつけて食べた。
やっぱり、お土産とはこうしたものを指すのだよ(笑)。
| 固定リンク | コメント (7) | トラックバック (1)
「イーストサイド」(east side)という雑誌が届いた。
北海道東部で発行されている~カントリースタイルマガジン」だそうである。今年から年に4回発行するらしい。
ここに『割り箸はもったいない?』の書評が載った。発行から1年後に載るなんて、素晴らしい(^o^)。
そこでは北海道の割り箸製造について触れられている。たしかに、かつて北海道は日本一の割り箸産地であった。しかもシラカバ材で造る割り箸の嚆矢である。
実は、私も今こそ北海道で、割り箸生産を復活させてくれないか、と思っている。なぜなら、吉野などで造られている割り箸は高級割り箸に特化している。それではコストが高くて使えない店が大半だろう。第一、ラーメン食うのに似合わない。
また、現在問題となっている中国産の割り箸は、大半がシラカバ・アスペン、竹などの安い代物だ。それに対応するには、高級割り箸ではダメで、同じ土俵の安くて手軽な元禄タイプの割り箸を増産してほしい。
そのためには、ロータリー法で大量生産する必要がある。
北海道なら、シラカバはたくさんあるし、伐ってもすぐ生えてくるし、またパルプ材の生産も続いているのだから、その中から割り箸用を調達することも可能ではないか。技術もまだ残っているだろう。ただ、かつて中国とコスト競争に破れたことを思うと、それなりの最新鋭機械を導入する必要はあるだろうな。その機械は、中国から導入しよう(笑)。流通も、既成のものではなく、直販など輸入割り箸ルートに便乗するべきだ。
ところで、「イーストサイド」だが、リージョナル・マガジンにありがちな、店記事など地域情報ばかりに陥った雑誌と違って、なかなかの執筆陣を揃えて読みごたえがある。北海道に住まない人でも、結構楽しめるよ。
こういうのを読んでいると、北海道に行きたくなる。道東のカントリースタイルに触れたくなる。ついでに割り箸工場も見て歩きたくなる(笑)。
実は、来月沖縄に取材に行くので、今沖縄について調べていて、早くアチラの生活に触れたいと気分は南国! 化していたのだが、今度は北国! 化しそうだ。どちらも、リゾートではなく、ゲストハウスなんぞに泊まり歩く、バックパッキングの旅がしたいなあ。この年になって甦る、青春の旅感覚(笑)。
| 固定リンク | コメント (3) | トラックバック (0)
地域づくりの運動で最大のネックは何だと思われるだろうか。
まず、地元のやる気のなさ(笑)。
たしかに最大の問題点ではある。でも、これは、ほとんど折り込み済。たいていの地域では、すでにやる気が失せている。ただ、全員かというとそうではない。なかには熱心な人、好意的な人もいる。外部のアドバイザーがいかに地元の人々のやる気を出させるかは、腕の見せ所かもしれない。
私が、もっともやっかいだと感じるのは、自己利益と地域利益の相剋ではないか、と感じる。もう少し簡単に言うと、「総論賛成、各論反対」である。地域づくりといいつつ、それが自身の損益に関わったときの振る舞い方が事業のネックとなりがちだ。
誰でも自らの生活を抱えているから、地域づくりの事業を本業にする場合は、そうした判断が入ってくるのは仕方ないのかもしれない。しかし、副業でも、いや趣味に近くても、案外、関係者は自らの利益には敏感だ。
そのため地域づくりには賛成だが、自分が少しでも損をするのはイヤ、という声が出てくる。なお損というのは、何も金銭的な面だけではなく、労力、プライド、主導権も含めた様々な点がある。
ともあれ地域づくりのために始めたにも関わらず、ノウハウや顧客などを囲い込み、外に出さないようになることがある。あるいはライバルを増やさないことに腐心する。
本当は、ライバルが生れることは損ではなくて、市場を広げ、自らのスキルアップのチャンスなのだが、どうも素直に喜べないケースがあるようだ。
たとえばチェンソーアートを例にとると、これを本業にすると、チェンソーアートの技を他人に教えるべきか、という悩みが出てくる。ショー出演や作品販売を生活の糧にすると、技術そのものが財産だ。そこで“サーカスの技”“マジックのネタ”のように秘匿した方がよいのではないか。同じ技を持つ者が増えたら、自分の仕事に跳ね返って来ないか……。それに趣味でやる人が増えると、危険な行為も行われるかもしれない。
このように初期のチェンソーアーティストは考えることもあったという。
しかし、秘匿してもチェンソーアートは徐々に広がるだろうし、我流で試みて事故でも起こされたら、一気に 市場を失いかねない。それよりも積極的に安全普及して底上げを図り、そして地域づくりに貢献した方が自分もみんなもハッピーになれる、と考え直した。そもそも日本にチェンソーアートを導入したのは、地域づくりのためであったのだから。(そうでしたよね、城所さん 笑)
現実に、技を他人に教えることでチェンソーアート人口が増えたら、必ず自分にも返ってくるものだ。世間の認知が進むことで、ショーも作品購入者も増える。もちろん、そのために技術を常に磨いて、他者の追随を許さないよう努力するのは言うまでもないが。
ほかにも事例はたくさんある。多くのところで、「総論賛成、各論反対」にぶつかっている。
しかし、私が取材した地域づくりに成功した地域は、どこもオープンだった。なんでもノウハウは教えますよ、という対応をしているところが多い。徳島・上勝町の葉っぱビジネスも、高知・馬路村のユズ戦略も、長野・信濃町の森林療法も、和歌山・すさみ町の協同組合式ダイビング会社も、日吉町森林組合も、開けっ広げに教えてくれる。
いくら教えても、簡単に真似できないよ、それにこちらは常に先を行くから。そんな自信がみなぎっていた。
本当は視察に行ったら、そんなオープンな心構えこそ、学ぶべきなんだけど。
このネックを克服しないと、周辺の応援者は引いてしまう。地域づくりには協力する覚悟が強くても、個人の利益獲得に協力する気になれないのはいうまでもない。結果的に結束が乱れ、事業そのものも、伸び悩み衰退する。各論反対の破壊力は強いのだ……。
でも、それはヨソモノが口を出せない範疇である。地元の、地域づくりを主導する人が自ら決めねばならないことだろう。
| 固定リンク | コメント (8) | トラックバック (0)
「竹の経済史」 岩井吉彌・著 思文閣出版 4500円(税別)
なぜか、この本が送られてきた。乞う、書評……ということなのだろう。
この本、結構特殊である。なぜなら、これまで竹、それも竹材の流通や加工に関する業界について研究されたことも、執筆された論文・著作もないからだ。言われてみれば、竹細工の世界を工芸や民俗学的に取り上げたものはあるかもしれないが、竹材産業のものを見たことはない。
しかし、竹林も森林の一部として扱われており、竹材も林業の一分野なのである。
そう思って読むと、なかなか興味深い。取り上げているのは、西日本の竹産業で、大分、鹿児島、熊本、そして京都ではあるが、輸入竹の動向にも触れられている。
なんでも、昭和の前半期が竹産業の全盛期なのだが、昭和50年ごろから急速に廃れていく。その理由として想像するのは、プラスチックなどに竹製品が取って代わられたこと、輸入竹に押されたことが考えられるが、実はそう一筋縄でいかないらしい。
たとえば大分では竹製品の種類を時代とともに変えながら、うまく生き延びている。徐々に高級品・装飾品へと変え、しかも輸入物にはない特色ある商品開発が行われた。そして全国的に竹産業が衰退していく中で、大分が全国をカバーするようになっている。
一方、輸入竹が増えた経緯も、想像する「安いから」というのは、どうも違うらしい。
まず国産ものでは供給が足りなくなったから、海外、台湾からベトナム、そして今は中国に頼るようになったのだ。折しもマダケの一斉開花があって、国内でマダケが足りなくなった事情もある。
この当たり、国産材事情と似ている。国産材も、足りないから外材を導入して、粗品外材にシェアを乗っ取られるのである。
そして興味深いのは、モウソウチクではマダケの代わりにならないこと。モウソウチクは太くてよい竹材のように思うが、実は細工物にはダメなのだ。仕方なしに使っている状態らしい。
竹割り箸についても触れている。熊本が主流だったのだが、輸入物に押さえ始めると、業者は中国での竹割り箸生産に乗り出す。つまり竹割り箸づくりの技術を移転したのだ。しかし、結果的に中国の業者に出し抜かれた……?らしい。
ほかにもいろいろ興味深い点がある。
竹材を林業の一部として見ると、新しい発想が生れるかもしれない。
追伸 この本、まだAmazonが対応していないようだ。サイドバーに載せられない。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
いまさらだが、バイオ燃料の花盛り。とくに穀物からのエタノールが食料危機を招いたと騒がれたために、次に目をつけられたのが木質系のバイオエネルギー。
ただ、私がバイオエネルギーに冷たいのは、著書を読んだらわかる(笑)。前世紀の頃は、木質発電とか熱電併給とかカーボン・ニュートラルなどを紹介して、新しい森林利用のあり方を提案したこともあるが、『だれが日本の「森」を殺すのか』当たりから否定的になり、今やかなり冷たい(笑) もう少し正確に言うと、熱利用には賛成だが、発電は単体では微妙、そして最近注目株のバイオエタノールなどは??? になっている。
その理由は、まず、技術がまだ伴っていないこと。実は木質のセルロース、ヘミセルロースを糖類に分解するのは理論的には簡単だが、現場では難しい。しかも分解してできた糖類をエタノール醗酵させるのはもっと難しい。通常の酵母菌ではうまくいかないのだ。だから遺伝子組換酵母なども使われる。現時点では、全部の木質をエタノール醗酵させていない。だから効率も悪い。
次に、工程が増えることのコストアップの足かせ。今稼働しているのは、ほとんど補助金絡みだ。
そして、重大な問題は、原材料不足。まともに稼働させたら、どれほどの木質材料がいるか。通常は木屑を使うが、製材が少なければあまり出ないし、廃材集めも限界がある。かといって未利用間伐材を森から持ってくるなんて、コスト面から夢のまた夢。
しかも、各所から木屑の奪い合いが始まっている。バイオ燃料だけでなく、発電にも使われるし、製紙チップも不足気味だし、敷き藁代わりの需要が生れたり……と未利用のはずの廃棄物が引っ張りだこだ。
実は以前紹介したドイツの大規模バイオディーゼル製造工場も、原料難だそうだ。ヨーロッパ中から持って来ないと足りない。木質だけでなく、牧草まで使うらしい。
大規模施設でないと効率が悪いが、大規模になるほど原料が足りなくなる。もともと木屑などは広く薄く存在するものだから。日本だと、さらに厳しいだろう。
付け足しに記すと、ちなみに現在の日本の未利用木質資源は、約500万トン。仮に未利用木質資源を全部投入して、バイオエタノールを生産しても、その量は120万キロリットル程度しか生産できない。これは日本の原油消費量の2日分だそうだ。
とても、化石燃料の依存から離れられない。
だから必要ない、ということではないが、過分な期待をせず、むしろ地方分散型のエネルギー源として活用した方がよくはないか。たとえばリグニン利用と組み合わせる。セルロース分解の糖分を食品工業にも活かす。その上で熱利用や燃料利用も考える。
少なくても中央集中型のプラントで生産するより、少量で効率が悪くても小さな拠点で生産して、地元で消費するようなビジネスモデルを考えた方がよいように感じる。
| 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)
最近のコメント