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森と林業と田舎の本

2020/03/28

「奈良モデル」に森のようちえんが?

「奈良モデル」ジャーナルが届いた。存在を知らなかったのだが、もう6号も出しているようだ。刊行は奈良県である。

奈良県では、「奈良モデル」というのを提唱していて、さまざまな新しい取組を始めている……というのだけど、6号では「新たな森林環境管理制度」を取り上げている。ま、ここには私も一枚かんでいたわけだが。

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ちょうど、そのための新しい条例も成立したところ。「奈良県森林環境の維持向上により森林と人との恒久的な共生を図る条例」という。長い……。ともあれ、奈良県が奈良県フォレスターという役職をつくることと、その人材を養成するための大学校(奈良県フォレスターアカデミー)の設立、そしてめざすは恒続林! と謳い上げている。恒続林を条例ではっきり位置づけたのは画期的だろう。

そして荒井知事と村尾行一氏(愛媛大学客員教授)の対談も収録している。

探してみたら、ちゃんと県のホームページに載っていた。詳しく読みたい方は、そちらへ。

さて、その中でも私が注目したいのは、対談の中の知事の言葉。

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森の幼稚園を作ろうかと思ったりもしています。

この言葉が出たかあ。私は、こちらも画期的だと思っている。実は条例づくりの際に、森の機能の一つに「レクリエーション」があるが、これは遊戯やレジャーではなく「命の再生」だという話になって、森のようちえんのような教育分野への利用も取り入れたいという意見が出ていた。結果的に条例にこの言葉を入れ込むことはできなかったのだが、少なくても奈良の森を使って教育することも条例は後押ししている、森のようちえんを県が認めているんだよ、と打ち出したかった。

すでに全国各地に森のようちえんはできて、奈良県内にもいくつかあるのだが、どこも運営は厳しいのが実情だ。完全民営だと金銭面も人員面も無理がある。活動する森の確保も大変。その中で鳥取県と三重県、長野県では認定制度をつくって合致したところには県が補助して運営を安定させる施策を取っている。今回の発言は、奈良県もそうする可能性があるのだよ、ということにならないか。

だから、もし奈良県内で森のようちえんを運営している、あるいは新規につくりたいと思っている人がいたら、新条例の項目に注目してほしい。立ち上げ時に必要となる市町村との交渉でも、知事の言葉がありますよと強気に出られるはずだ(笑)。

ちなみに私は、森のようちえんの先を考えている。だから、こんな記事も書いているのだ。

森の妖精ムッレを知っていますか Yahoo!ニュース

Yahoo!ニュースに「「森の妖精ムッレ……」を書いた裏側

これは5年も前の記事。森のようちえんから、一歩先の環境教育に進めたい。単に自然に触れ合うだけでなく、自然界の循環を子供たちに体感してもらい、自然を守る人材育成をめざして幼児(5~6歳)対象に行うものだ。今度のモデルはスウェーデンである。

なお、私は取材を通してムッレ教室の指導員の講習会に参加している。資格は取っていないけど、それなりに経験者だよ(⌒ー⌒)。ムッレも民間レベルでは広がっているけど、公的に取り入れているところはないだろう。先んじたら全国初が謳えるぞ。環境教育先進地を打ち出して「奈良モデル」にしないか。

 

 

 

2020/03/27

Y!ニュース「野生動物に気をつけろ!新型コロナは…」書いた裏事情

Yahoo!ニュースに「野生動物に気をつけろ!新型コロナはペストと同じ人獣共通感染症」を書きました。

今月は、コツコツ小ネタを書き続けているが、ちょっと本丸ぽい?

私にとってYahoo!ニュースは、新しい思いつきや情報のメモの役割を果たしている。それをそのまま留めるのではなく、いま少し調べてある程度読める記事に仕立てるのだが……今月はコロナウイルスと結びつけると書きやすいという(笑)。記事にしておけば、いつか別の形で日の目を見ることもあるから。

事実、今私は野生動物の問題について調べている最中だったので、わりとリンクしている。

困ったのは写真かな。本当は野生動物と人間が絡んでいる写真があればいいのだが、と思って探してもない。中国の野生動物市場があれば再興なんだが。しかしないからと、かといってアリキタリのコロナウイルスで右往左往する写真じゃ面白くない。そこでいっそシカ刺しの写真にしてしまったという\(^o^)/。美味しそう、思って読む人がいるかもしれないじゃないか。

ともあれ、想定以上に広がった新型コロナ肺炎は底が見えない。ペスト、それに天然痘などの疫病は、当時の世界人口の何割かを死なせているから、今回だってどこまで行くかわからない。ねして、さらに次の感染症が登場する可能性だってある。

改めて、「野生動物にはご用心」あれ。

 

2020/03/26

奈良護国神社の境内林

奈良護国神社を訪れた。あまり知られていないが、若草山から見渡せる位置にあり、山辺の道の近くだ。その社殿はかなり立派。そして敷地は数ヘクタールと広くはないが、森に覆われている。しかも境内とその周辺には5つもの古墳がある。さらに壊したものが9つもあるというのだから、古墳の上に建てられたと行っても過言ではない。

護国神社というとおり、明治以降の戦争で亡くなった「英霊」を祀るために設けられたものだが、意外と歴史は浅く昭和17年に創建されたらしい。そして奈良歩兵138連隊はインパール作戦の主軸だったらしく、悲惨な状況にあったようである。

さて、なぜ訪れたか。実は英霊とは何の関係もない。関係のあるのは明治神宮の森なのである。明治神宮は、来年100年を迎える。この森が人工的に造成された森であることは知られているが、そのために全国から献木を求め、勤労奉仕で植えられたのである。ところが同じく神社造営のためにつくられた人工の森として、この奈良護国神社の名が上がっていた。それは見ておかねば……と思った次第。

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訪れてみると、サクラの蕾が膨らんでいた。サクラの名所でもあるらしい。そして……境内の森は、なかなえこんもりと繁っているのだが、やけにツバキが多い。献椿の碑まであったところを見ると、ツバキを多く植林されたらしい。

しかし……何か違和感。この境内林の内部を見てほしい。写真ではあまり伝わらないかもしれないが。。。。

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こんもり繁っているが、自然界ではこんな配置で樹木は生えないだろう、と感じてしまったのだ。ヒノキの脇にツバキがお成し間隔で並んでいたり、大樹とその下の低木のバランスが悪かったり……。

ツバキを献納する人が多かったこともあるのだろうが、やっぱり人為的なものを感じると、森は不自然となる。いっぱい苗木を植えて、その後放置して勝手に育ってくれれば森になるよ、というほど単純なものではない。樹木自体は育っても、森林生態系になりきっていない。地表部に草があまり生えていないのも気になるところ。

そう考えると明治神宮の森は、見事な森林生態系をつくっている。やはり本多清六を始めとする森林の設計者が偉大だったんだな、と思わざるを得ない。

2020/03/25

ツバキ林を外と内から見る

よくよく見れば(歩けば)生駒山は、ツバキ林が多いようだ。アチコチでツバキ(と思う)が群生している。わざわざ人が植えたようには見えないのだが……。

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こんなにも咲き誇っているところを発見した。赤が美しい。サクラの前のツバキの最後の華やぎ。

その中に入ってみる。なかなか優雅な気分。

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花も赤だけでなく、白もあった。

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ツバキは、花がぽとりと落ちるから侍に嫌われたという。首が切り落とされるイメージなんだろう。しかし明治になって、サクラはパッと散ることを喜ぶ世相となった。

それでも、人気があるのはなぜか。

ただ……奥に入ると、こんな具合になるよ。

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ツバキの骨の森、みたいな風情。葉も花も内側にはない。緑の部分はアオキである。ツバキは裸状態。これはツバキという樹の特性か、それとも密生して枝葉が落ちたのか。ちと不気味。

 

なおモクレンの林もあった。これは……人が植えたみたいだなあ。黄色の花はヤマブキ? ちょっと花は早い気がするが……。 (調べてみると、この季節に咲く黄色の花にダンゴウバイがあった。こちらか?)

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2020/03/24

「油ヤシ記事」から考える林業の犯した愚

22日の朝日新聞の1面トップに油ヤシ問題の記事が掲載された。それは2面にも続く大きな扱い。1、2面をぶち抜く記事って、通常は大スクープのはずだが、内容的にはいま改めて新事実が出てきたような記事ではなく、知っている人は知っている、油ヤシプランテーションが熱帯雨林を食いつぶしている話である。
なぜ今、これほど大きく扱うのか。記事には「環境転換点2030」というロゴが入っているから、何かキャンペーンがあるのか。

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ちなみにネットでは、こちら。ドローン映像まで載せている。また本紙記事より分量も長いし写真も多いようだ。紙面では省略した部分がかなりありそう。

この記事を書いたのは、神田明美記者。私は以前会ったことがある。たしかスウェーデン大使館だったと思うが、ブリーフィングの際に隣の席だったので少し話した。その際は、環境はともかく森林問題に興味があるとか詳しいようには思えなかったのだが、その後すぐにボルネオに行って、いきなり熱帯雨林問題を書き出した。その後、朝日環境フォーラムでも見かけたかな。

今回の取材先はインドネシアだが、幾度も通って熱帯雨林問題が得意分野ぽくなっている。潤沢な金と時間をかけて取材できて、デカい発表舞台もあって羨ましいという面もあるのだが、基本的にどんどんやってくれ、という気持ち。私はメジャーな情報は扱わない、手を引くというスタンスだから、この手の記事はお任せしたい。フリーランスは常にニッチを狙うのだよ。

ちょうどWEBRONZA「論座」にも、「パーム油の何が問題なのか?」という記事が載った。(これも朝日系の論壇だから、やっぱり朝日新聞あげてのキャンペーンか?)

 

ここで私の立ち位置を記すと、単にパーム油を批判し、企業を批判し、それを消費する市民を批判しても意味はないと思っている。その点は、Yahoo!ニュースに「グリーン・ライ(環境の嘘)をつくのは誰だ」という記事も書いたとおり。

パーム油は油脂としては非常に優秀で、ほかの植物からの油脂生産よりもマシな面がいろいろある。そして消費者はそれを求めているという点で、いくら批判しても空砲にしかならない。
また誤解もあって、油ヤシプランテーションすべてが熱帯雨林を破壊して開いたわけではないし、パーム油によるバイオマス発電も、本来は廃油(パーム油を精製する際に出た非食用部分)を燃料にするものだった。それなら問題にするほどのことではない。だが、現実には始まれば大量に必要となり、廃油だけでは絶対に足りなくなる。結局、食用油も含めて燃料にしてしまうのは目に見えるからケシカランのだ。
これは木質バイオマスエネルギーでも同じだ。本来は廃材や製材葛を熱エネルギーに変えて利用するものだった。ところが、熱より発電に傾斜し、さらに燃やすために伐採する、そのため補助金や割り増し電気代を出すという本末転倒の政策になっていることを批判する。

油ヤシプランテーションの問題は、油そのものではなく、経営の問題だ。労働問題など多方面にあるが、一つ上げよう。
油ヤシは植えて15~20年もすると収量が落ちる。だから植え替えるのだが、その際にやっているのは、これまでのプランテーションを放棄して、新たに天然林を伐り開いて(焼いて)土地を確保する企業が多い。その方が安上がりで簡単だからだ。老いて巨大になった油ヤシは伐採しても、その幹の搬出だけでも大変だし、処理が非常に面倒だ。すぐ腐って悪臭を放つし、使い道もない。目先の利益を追って森林を安易に消費している。

油ヤシプランテーションの拡大は、日本の拡大造林を連想させる。戦後、大造林を推進したが、もう植えるところがなくなったときに、造林政策を転換させずに、それならと天然林・里山林を伐って造林する土地を確保したのである。結果的に、不成績造林地を増やし、育林を放棄し、生態系も景観も破壊し、増やしすぎた人工林そのものが問題となった。そしていま、持て余している。
本来、造林ははげ山をなくし緑化と木材生産の両面で価値のある手段だった。だが手段の暴走が、造林と人工林そのものの価値を落とした。その愚を熱帯で繰り返しているように感じる。

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とりあえず取り組むべきなのは、新たに伐り開かず、プランテーション面積を今以上に増やさないこと。すでに農地としたところを持続的に循環させて再利用することだろう。それだけで、かなりの問題が抑え込める。そして生産量ではなく、商品の質を上げ価格も上げること。安すぎるパーム油は無意味な使い道を助長するが、高価格になれば生産量を伸ばさなくても利益は伸び、大切に使うだろう。

それは、日本の林業でも同じである。

2020/03/23

オーストラリア 巨岩のロストワールド…「聖地」がある意義

NHKプレミアムの『ワイルドライフ』で「オーストラリア巨石のロストワールド 未知の生命を発見せよ!」を見た。

いやあ、驚いたわ。こんな世界があるなんて。

オーストラリアのヨーク半島に、不思議な巨石の山がある。サバンナの林に囲まれて、巨石が積み上がっているのだ。登るのは不可能。一枚岩ならともかく、一つが10メートルを越す岩がゴロゴロ、スキマだらけなのだ。ところが、その山の台地状の山頂(直径3キロほど)の窪みには、熱帯雨林が広がっている。そこにヘリコプターで調査隊が着陸して、未知の動物を探す……という話。

20200323_205414 周辺の岩

20200323_205457 台地上の森林

なんとも不思議な世界。周りは乾燥しているうえに岩だらけでスキマの底はどこにあるかわからない(試みに潜った日本人は、30メートル下っても底に着かなかったそう)というのに、湿潤酷暑のジャングルがあり泉までわいて池があるのだ。誕生して2億8000万年、周りから孤絶して少なくても数千万年だという。

なんかコナン・ドイルの「ロストワールド」と設定が似ている。

たった3日間の調査で、トカゲ、ヘビ、ヤモリ、カエルなどの爬虫類、両生類、それにクモや昆虫の新種がわんさか見つかるのだ。哺乳類はネズミ類が見つかった。世界最大級の巨大クモ、オタマジャクシにならないカエル……奇妙奇天烈である。植物も調べたら新種だらけだろうな。

なぜ、こんな地形地質になったのか、気候が湿潤なのか……などは番組に任せるとして、ここが人の手が入らず守られたのは、もちろん周辺数十キロが車もなかなか入れられない場所で、山にも登れないという物理的な地形が大きいのだが、重要なのはアボリジニーの聖地であること。昔から近づいてはイケナイ場所だったのだ。今回もアボリジニーの許可をもらって72時間だけの滞在だった。

聖地という概念がなぜ生まれたか、その効用は何か……と思わず考えてしまう。聖地には人為を精神的に拒否する力がある。

今の日本では、聖地をパワースポットとか言い換えて人々が殺到するのだけど、もっとタブーとしての聖地は必要ではないか。さしづめ天皇陵などはそれに近いだろうが、もともと人工物だからな……。しかし人工林の中の巨木は、もともと育てて伐るために植えたはずなのに聖的な価値を持って伐りにくくなってしまう。

この「聖地」の概念を突き詰めたら、新しい土地の概念が生み出せそうと思うのだが……。

日本にも、あるかもしれないよ。聖地・ロストワールドが。

※3月30日、再放送予定。

2020/03/22

小松左京『イッヒッヒ作戦』で知った森の奥深さ

新型コロナ肺炎の蔓延で、よく引き合いに出される小説が、小松左京の『復活の日』だろう。新型インフルエンザ(実は細菌兵器だった)のパンデミックで地球が滅んでいく壮大なSFだ。

私も、高校生の時に読んだシーンを覚えている。静かに、深く、インフルエンザが流行し、社会が、国が、世界が滅んでいく描写は鮮烈で、今も脳裏にいくつものエピソードが浮かぶ。映画化されて、後半の南極基地からの復活がクローズアップされた作品になってしまったが、本当は前半の病魔の描写がすごい。

が、実は私が小松作品ですぐに思い出したのは、短編『イッヒッヒ作戦』なのである。こちらは快作、怪作である。早くから気になっていたのだが、ようやく書庫から、この作品を収録している文庫本を見つけ出した。

Photo_20200322232201『最後の隠密』に収録

おそらく1960年代に執筆されたと思われるが、舞台は(おそらく)アフリカの独立間もない小国ボロボル共和国。そこに学術調査の下働きで訪れて居ついてしまった日本人“ジジ”(あだ名)が主人公であるが、このボロボルを併合せんとして隣国アリアリアが大国の支援を受けて侵略しようとしている。しかし人口わずか20万人のボロボルがまともにぶつかって勝ち目はない。国際世論も興味を示さない。

そこでジジは、この国で微生物を研究しているドイツ人のカールと策を練って、生物兵器作戦を展開するのである。

何をしたか。アリアリアの進軍コースにある砂漠とジャングルに、ノミやダニ、ダニ、ブヨ、蚊……などを撒いたのだ。さらに相手の兵舎に忍び込んで、給水タンクにアメーバ赤痢や寄生虫卵を放り込む。戦闘機の操縦席には水虫菌ときた。かくしてボロボル領内に入ってきた時には、アリアリア軍はボロボロ。全身疥癬にまみれ、下痢・嘔吐に悩まされ、すでに戦意ゼロ状態。そこに毛ジラミ爆弾を打ち込む……。

かくして戦わずして勝つ\(^o^)/。しかも、ボロボルのジャングルにはこれらの病気の特効薬があるので、この特許を押さえて、大儲けするのである。おかげでイッヒッヒと笑いが止まらない。

まさに『復活の日』のパロディのような小説だが、結構含蓄がある。何より森林には未知の微生物・病原菌がウジャウジャいること。その治療薬も同じ森林内にあること……そこに国際政治の裏側もひっかけてひねった、短編ながら怪作であった。こちらの作品も、深く私の脳裏に刻まれたのであった。

 

現在、世界中を悩ませている新型コロナウイルスの発生源はどこかわからない。コウモリではないかとかいろいろ言われているが、ようは自然界に昔からいた種が、人間が触れたことで変異を起こしたのか環境に過適応を起こし、爆発的に増加したのだろう。自然界のバランスを崩せば、どこかしらに異常が発生する。この小説では「ボルボロ領ジャングルのたたり」とされているが、コロナウイルスは何を人類に教訓として与えてくれるだろうか。
小松作品は、笑わせながらも「森を舐めるなよ」と教えてくれたと思っている。

 

2020/03/21

巨木アートの美術館へ

軒並み、美術館が閉館している中で、新たな美術館がオープンした。さっそく行こうと思うが、問題は場所だ。一応奈良市内なのだが、中心部から車で走ること訳30分。それも山道だ。うねうね曲がる山道を走りつつ峠を越えて、なんだか谷間の隠れ里?(壬申の乱の落人部落とか…)を思わせるような地域に入る。狭山というんだが、歴史は飛鳥時代からあるんだそうで。

ようやくたどり着いたのだが、気合いる。なんと手招きされた。(ちなみに、公共交通を使うかあるいは山越えがいやならJR笠置駅からたどった方がよい。こちらからなら5分くらい。)

着いたよ、ふじい忠一記念館

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ふじい忠一という名は、私も覚えがあった。スギの巨木をぐんにゃり曲げるアート作品で有名だ。奈良県出身だが、全国各地に作品が展示されているし海外でも活躍されたのだという。それが、なぜ落人部落、もとい狭山に記念館を設けることになったかというと、もう年をとり身体も動かなくなったので、手元にある作品をどこかに寄贈したい、と考えていたら、さまざまな縁でつながって狭山にたどりいたのだという。地元もそのために熱心に各地の作品を見て歩き、とうとうNPO法人手力男(たじからお)を立ち上げて、誘致することにした。

そして廃業していた農協の建物を買い取り、米の倉庫を作品ギャラリーにするほか、木工芸家の作品を展示即売するコーナーもつくった。これを地域起こしの拠点にしようという力の入れようだ。

さて、作品を見てみよう。巨木アートが8点並ぶ。ふじい忠一氏の作品が、これほどまとまって見られるところはないのではないか。

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なかなかの迫力。運び込むのが大変だったそう。重いし、設置するのも大仕事だ。
どうやってスギの丸太を曲げたのかは秘密だが、ようはワイヤーで引っ張って時間をかけてつくるらしい。加熱圧縮とか、薬品を浸透させるとか、電子レンジでマイクロ波にかけるとか、製材するとか刻んで集成するのではなく、そのまま形を変える。スギ丸太の新たな使い方を示しているかもしれない。

これらの作品をどう評価するかは、人それぞれだろう。素直に造形に見ほれてもいいし、いかに作り上げたのか製作方法を想像するのも楽しい。ただ……せめて背景となる倉庫の壁はもう少しなんとかならなかったのか(^^;)。倉庫そのものではねえ。

なお向かいの事務所の方は、木のおもちゃのショップ「MOKMOC(モクモック)」があり、家具や木工品の展示販売のほか、木の玩具を使う木育拠点にもなっている。モンベルと関係があるらしい。東京おもちゃ美術館がかかわっているらしい。さらに地元の工芸家のほか、なぜかオークヴィレッジの作品も並んでいた。
さらに4月には、ギャラリー「陀敏知(ダビンチ)」もオープン予定。ここで彫刻や陶芸などの各界のアーティストの展示も行っていくそうだ。不思議な人脈である。

私も、入場料代わりに木の玩具を購入。まだ馴れない地元のおばちゃんが対応。「キャッシュレス対応 2%オフ」とあるが、とても無理そう(^^;)なので、現金で払いました。

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美術作品だけで地域づくりは難しいだろうけど、せっかくの寄贈だ。上手く利用してほしい。
丸太を曲げる過程を見学しませんか、2年かかるけど。なんてイベントやって、毎月どんなけ曲がったか見学会&体験会を開けば、10回ぐらい通ってくれる\(^o^)/。丸太芸術の普及センターに仕立てたいなあ。いっそチェンソーアートの拠点なんてのも考えられる。あるいは彫刻や陶芸の場を提供することで移住者を迎えるとか、できることはいろいろある。

 

ちなみに展示してあったふじい忠一氏のインタビュー記事に目を通すと、なんと一時期は生駒山中に住んでアトリエを構えていたらしい。どこだどこだ、意外と我が家の近くではないのか。知っていたら生駒で出会って製作風景を見たかった。

 

 

 

 

2020/03/20

Y!ニュース「日本人は森がお嫌い? 森林公園を訪れて……」書いた裏事情

Yahoo!ニュースに「日本人は森がお嫌い?森林公園を訪れて気づいた人々の集う場所」を書きました。

今は何の記事を書いてもコロナウイルスに持って行かれる中、小ネタをコツコツ書いた3月です(^o^)。

ま、これは実体験から来ている。急に公園に人が増えた気がする。

そういえば今日は、奈良公園方面に車で走ったのだが、「きっとがらがら。シカがどうしているか見てみようか」と思っていたら、いきなり渋滞に突入。車が動かなくなった。なんてこった、みんな出かけているぞ。そして、ようやく奈良公園が見えてくると、わりと人がいるじゃないか。ただし日本人ばかりだけどね。

もちろん、ピーク時と比べたら減っているのだろうけど、やはり3連休ともなれば、みんな出かけるのね。考えてみれば、奈良公園ほど適している場所はない。野外で風は吹いているし、美術館等は閉まっていても、芝生がある!シカがいる!シカと遊ぼう。シカに鹿せんべいを。これでストレス解消、元気になる。そして各神社仏閣で、コロナ肺炎解消祈願をしてくるのが、今もっとも正しい休みの使い方ではないか。

とまあ、現状を横目で見ながら、私は奈良公園を通りすぎたのであった。

脱線した。ようは、普段は森林公園など行かない人が行くと、何をしてよいのか思いつかないのね。数ある林内コースを歩こうとも思わない。芝生で寝ころがって、弁当食べて、子供はボール遊びをしたりして……森林目当てに来たわけではないから、遊び方がわからんのかも。

まあ、それもいいか。無理して森、森、森と言い続けるのもオカシイ。好きにしてよいのよ。野外の楽しさを感じてもらえば。

2020/03/19

臭いで感じる橿原神宮の鳥居

台湾ショックのさめやらぬ今日、橿原神宮へお参り。コロナウイルス退散祈願をしてきたが、そこで見かけたのが、この鳥居。

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おや、新しくなっている。さっそく顔をつけて臭いを嗅ぐ(^o^)。

うむ。このバタ臭い臭いはなんだ。ヒノキというよりマツ、いやもっと脂っぽい。それも日本にはない臭さ。以前来たときは、ヒノキチオールの香りがした。つまりタイワンヒノキ製だったのだが。

橿原神宮の創建は明治23年創建だが、その時は急ごしらえであり、その後幾度となく拡張されていく。そして紀元2300年を迎える1940年に向けて大きく改築された。その際に使われたのが、タイワンヒノキである。鳥居のほか、本殿など大きな建物の豪壮な柱などは、ほとんどタイワンヒノキで建てられたと言ってもよい。

だが、約80年経った昨年、ついに傷んできた一の鳥居、二の鳥居を新たに立て直したのだそうだ。

使われたのはカナダヒノキ。なるほど、バタ臭いはずだ(笑)。それでも樹齢1000年ものの大木だそうである。ただ、すべてが腐っていたわけではないので、柱の部分を使って横木(島木)に作り直したそうである。だから、島木は色が違う。台湾とカナダの合作であった\(^o^)/。

外国産木材を使ったというのはちと残念である。カナダだから違法伐採木材ではないと思うが……。明治神宮のように吉野杉でつくろうとは思わなかったか。やはりスギには抵抗あるのかもしれない。しかし、臭いではカナダヒノキよりスギの方が芳しいと思うよ。

なお手洗い所や南門、北門、そして本殿など全般はみなタイワンヒノキの建築が残っているようである。こちらを嗅いで、行けなかった台湾に思いを馳せよう……。

 

2020/03/18

オーバーハングのサバイバル植物

ど根性か虐待か、さてさてスキマか戦う植物か。サバイバルする植物シリーズを久しぶりに。

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これ、山の一角にあった崖。花崗岩がどんどん崩れているらしく、深く抉られて洞窟的になっている。つまり壁はオーバーハングしているのだが、そこにも樹木が生えていたよ。

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ちょっと写真ではわかりにくいが、かなりせりだした岸壁に生えている。花崗岩だから、そのスキマに根を下ろしたのだろう。水も染みだしているのだろうか。このまま大きくなったら、岩を割ってしまうかもしれない。そうなると落ちるわな。それとも、さらに奥深く根を伸ばしてしがみつくか。

 

2020/03/17

シイタケ気分

今夜になって飛び込んできたニュース。日本人は台湾への入国が実質的に無理になったらしい。コロナ禍だ。

詳細は省くが、4月に台湾へ行く計画を進めていたのに、ぶっ飛んでしまった。(4月に解除されるわずかな可能性は残されているけど。)

気分は……こんな状態。

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我が家の庭で採れたシイタケ。2枚が重なってこんがらがってるよ。。。。ま、食べたけど。

2020/03/16

台湾の植林史の始まり

このところテレビを見ていると、真昼や深夜だけでなくゴールデンタイムでさえ、ACジャパンの公共広告が流されている。最近は、イヌネコを捨てるな、ちゃんと最後まで面倒みろとか、防災がどうのこうの、癌検診、ちゃんと受けましょうね……なんてコマーシャルが目につく。

ようするにこれは、企業の広告がない場合に代わりに使う広告だ。無料の代わりに放映料も取らない。テレビは番組放送中に何も流すCMがないときに流す。大震災のときも、テレビはこれ一色だったが、ようは新型コロナ肺炎は、それに匹敵する災害ということか。言い換えると、広告を打つ企業がガタヘリしているのだ。

経済が傾きだした証拠だろう。

私は私で、確定申告の期限が延びたということで、今頃まだごそごそやっている。すると、届いていない支払い調書を発見したり、新たな経費を計上したり。さらに忘れていた原稿を発見して、焦って書いたり(^^;)。

一方で取材しづらい。みんな休んでしまっている。締切りまでにできるかどうか際どい。それに図書館が閉まっているのも結構な打撃。私の仕事は、結構文献探しが大きいから。とはいえ、ネット時代が救いだ。頑張ってネットでネタと文献探しをする。

それで気づいたのだが、1917年発行の「台湾の植林の歴史と現状」というのを発見した。

台湾に苗畑を開いて研究したというのだが、それが明治28年12月。これって、台湾を日本が領有した直後だ。この時期に早くも植林計画を進めていたのか。これは後の林業試験場になるようだ。日本が台湾で林業を行おうとしたのは、かなり早い時期からだったのだ。
興味深いのは、冒頭で台湾の山が荒れていることを記している点。薪に不自由するほどであったという。これは清国時代に乱伐をしたせいだとしている。イメージ的には、当時の台湾は未開の緑溢れる島なのだか、それほど単純に見るべきではないかも。

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気になるのは、同時期に土倉龍次郎も林業の計画を立てて動いていたこと。そして一万町歩の山林を租借して、そこに独自に15ヘクタールもの苗畑をつくっている。どちらも台北近郊だし、わりとダブっているのではないか?

この点を調べだすと、また深みにハマりそうである。ただ、龍次郎の台湾時代を追いかけるヒントになるかもしれない。……て、こんな記事を書かしてくれるところはない。締切りのある記事は、何をテーマにしよう。。。


4_20200316220101 龍次郎のつくった苗畑。

 

2020/03/15

ツバキかサザンカか

このところ、あんまり楽しい話題も書かなかったので……。

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生駒山は、粉らが多いが、基本的には照葉樹林だ。そこで多いのがカシ、シイ類だが、あとこの花木が多い。一部には純林なみにこの木が繁っている。もちろん人が植えたわけではなく、自然に増殖したようだ。典型的な照葉樹だろう。

これ、最初はツバキと思っていたのだが、調べるとサザンカだったりする。でも、今回見かけたのはツバキか? 葉っぱを見ても区別がつかないが、花はこの季節なら寒椿かなあ。落ちている花も、花弁がバラバラになっていない。

ところで、写真を撮ったのは生駒山と言っても道のないところ。頂上から道のないところを下山していたら、そんなツバキ?サザンカ?の純林に行き当たった。そして、ちょうど花が落ちる時期なのだろう。

ともあれ、人が目にすることは滅多にない場所で花を咲かせ、そして散っていたのであった。こんな冬に咲く花は、花粉は誰が運ぶんだろう……。

 

2020/03/14

もはや春の風物詩……

今年は暖冬で、春も早い。サクラも咲きだした。そしてタケノコも……。

生駒山でタケノコが出るのは若干遅くて4月下旬なのだが、世間ではタケノコの新物が出回っているし、一つ探してみるか、1か月早いけど。

そう思ってタナカ山林に向かう。

で、見つけた。もはや、ここ数年の「春の風物詩」ともいうべきものを。

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タケノコは、たしかにもう出始めていたらしい。が、見事にイノシシに荒らされている。食われた跡が3つ4つあったが、それ以上に穴だらけ。徹底的に掘りまくったようである。イノシシは臭いでタケノコを探すから、目で探す人間様に勝ち目はない。

もともと雑木林に隣の竹林から越境してくるタケノコのわけだが、かつて4~6月に100本ぐらい掘った記録もある。通常でも30本は堅い。

しかし、ここ数年はほとんど採れない。なぜならイノシシに先んじられるから。昔からイノシシはいて、そこそこ食われていたのだが、それはむしろタケノコの増殖を抑えるお手伝いみたいなものだった。どうせ食べきれないのだから、イノシシにやろうという気分にもなれた。
ところが、このところは全部やられるのである。それだけイノシシが増えているのか、あるいはこの場所を餌場として居ついたヤツがいるのか。

それにしても、森の荒れ方がすごい。一つには、ナラ枯れが発生して大木は枯れたこと。台風で倒木が多く出たこと。そして獣害のすさまじさである。この森の居心地がよくなくなってきたから、足が遠のく面もある。今は別の場所に「秘密の花園」(笑)づくりをすることにした。

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これなど、まるでトラクターを入れたかのような有様。なぜ、ここまで耕すのか謎である。
いずれにしろ、もはやイノシシがタケノコを掘った跡を見るのが「春の風物詩」となったのであった。

2020/03/13

『英雄たちの選択』に金原明善が登場

3・11のBSプレミアムの『英雄たちの選択』では、治水三傑を紹介していた。そこで武田信玄らと並んで紹介されたのが、明治の金原明善。天竜川を鎮めた男である。

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もともと金原家は豪農であり酒造や質屋を営むが、天竜川の氾濫に苦しめられ、明善は資財を投げ打って治水に取り組む。後に堤防建設は国の直轄事業となったので、今度は治山へと向かっ。そして荒れた天竜の山々を植林するのである。これが現在の天竜林業の基礎である。

ま、ここで私としては土倉庄三郎が登場してほしいのだが(^^;)、残念ながら番組ではパス。植林の苦労については触れなかった。実際は、土倉家に番頭を送り込んで植林技術を学んだり、いろいろ試行錯誤しているのだが。

ただ、明善の経営力については触れていた。

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彼は、林業だけに特化せず、木を伐りだした跡の運輸会社や製材所、そして銀行まで設立しているのである。その点が土倉庄三郎と違うところだ。吉野には製材や商品化を担う部門が周辺の地域にあり、自ら手を出す必要がなかったし、出すべきではないとかんがえていたフシがある。実際は銀行設立や鉄道会社設立などに資金を出しているのだが、あくまで支援であり、自ら経営するつもりはなかったようだ。

が、結局はそれが分かれ目となった。息子たちはさまざまな事業に手を出しては失敗するのである。

庄三郎と明善が直接どのようなつきあいをしていたか記録はないのだが、出自も天下国家の考え方も似ている。

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明善の生家に残されている銘ぜんの住所録には、土倉庄三郎の名があった。

 

 

2020/03/12

生駒市にバイオマス発電所建設計画!

昨日は、生駒山にできたメガソーラー計画を記したが、なんと生駒市にはバイオマス発電所計画があるという。その説明会が開かれたらしい。

私は、日本でもっとも木質バイオマス発電を批判している一人である。山ほど記事を書いてきた。

今すぐ読めるネット系の記事を並べるだけでも、Yahoo!ニュースには

バイオマス発電の輸入燃料が急増。日本の電力料金の海外流出は増えるばかり

パーム油燃やすバイオマス発電の異常

本末転倒の巨大バイオマス発電所の建設が進む

バイオマス発電が世界遺産を破壊する

国産の紙おびやかすバイオマス発電

ドイツのFITが変わった! バイオマス発電は小型に限る

誰がバイオマス発電を推進しているのか

木質バイオマス発電は林業を救う?それとも破壊する?

「里山資本主義」は可能? バイオマス発電の虚実

探せばまだあると思う。ほか、BLOGOSにも書いている。

そして書籍では『絶望の林業』でも、もっとも長い章が「再生不可能なバイオマス発電」だ。また2005年発行の『だれが日本の「森」を殺すのか』でも、バイオマス発電が上手く行かないことを記した。まだ日本にバイオマス発電所が一つもない時期だが、すでに怪しげだった。

ともかく、そんな私の住む町にバイオマス発電所が建設される?

まだ内容はよくわからない。ただ仮称が北田原発電所だから、北田原(生駒市北部の農地と工業団地が混ざった地帯)に建設するつもりなのだろう。発電規模は9900キロワット級。なんと年間9万トンの木材を燃料とするという。これが、どれほどの量かわかっているのか。奈良県の木材生産量は年間18万立方メートル。ざっと10万トンだ。それを全部食ってしまう。もっとも、現在は大淀町に一基あり、さらに五条市でも建設中だから、木材は余っていない。しかし、使うのは「未利用材」と「生駒市内で発生する木質廃棄物」だという。

生駒市内で発生するのは、剪定枝なんてわずかだし、木質廃棄物もしれている。また当然ながら生駒市は内陸都市なので、海外からの輸入燃料(木質ペレットやPKS)は使えないだろう。港で陸揚げしてトラックに積み替えて……としたらコストが跳ね上がる。ならば何を燃料とするのか。おそらく産廃、建築廃材しかない。ちなみにFITで買い上げる価格は、未利用材は32円/kWだが、廃材では13円である。しかも、この値段は今後どんどん下がる予定だ。もし廃材を未利用材と偽れば詐欺行為である。割高な電力料金を払わされているのだ。しかも有毒ガスを排出する可能性もある。ま、みんなやっているが。

では、どこが、この計画を進めているのだろう。それはわからないが、現在生駒山の大阪側にある発電所がBPS大東という会社だから、ここが増設する形で行うのではないか。しかし、この会社、ようは産廃会社だ。わざと周辺に丸太を積んであるが、本当にそれらを燃料にしているのか怪しい。量が全然足りないのだ。“見せ丸太”だろう。

7_20200312230001 BPS大東の発電所

親会社は都市樹木再生センターという名で街路樹などの剪定木を処理しているのだが、それを発電にも使っているという。が、馬鹿げた言いぐさだ。仮に街路樹1本から10キロの剪定枝が出るとしても、1万トン集めようとしたら1000万本必要となる。BPS大東は約6万トンの燃料を必要としているはずだが、それなら6000万本。そこに9万トン級の発電施設を稼働させたらプラス9000万本だ。日本中の街路樹を全部集めてもこんな本数ない。公園木だってない。

しかし、いまだにバイオマス発電所が環境に優しいと思っている人が多いのに驚く。少しは勉強してもらいたい。ちなみに生駒市長は環境省出身者だが、本気でこんな計画を認可するつもりなのだろうか。

ともあれ、いかなる計画か、今後も注視していきたい。

2020/03/11

生駒山にメガソーラー計画

生駒山を大きく切り開いてメガソーラーを設置する計画があると知って、現地を見てきた。

と言っても、正確にここの山林というほど詳しくないが、だいたいこの辺り、ぐらいのである。

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ここは生駒市南隣の平群町。肝心の山林は山腹というより、尾根に近く、かなり標高は高い土地だ。傾斜は急とは言えないが、細かな谷が多く入り起伏は細かく激しい。この山の斜面、約48ヘクタールの土地を削って、メガソーラーを設置するという。どんな造成の仕方かわからないが、木々を全部伐り払い平坦にならすのは間違いない。このところの気象変動を考えると、防災上かなりの疑念がある。

私は、ソーラー発電を比較的認めている。とりあえず原発よりはマシだし、そのためには電力供給を増やさないといけない。しかも一度つくれば燃料の購入がいらないうえ、メンテナンスも少なく、ランニングコストは安い。20年後のFITの期限が切れて買取価格が急減したとしても、コストが低ければ維持できる。仮に放棄しても、基本的にはソーラーパネルを撤去するだけなら、低コストで行える。巨大プラントの廃墟化よりよいだろう。少なくてもバイオマス発電よりはマシだと思っている。

ただ、メガソーラーは広大な森林破壊を引き起こす。本来、建物の屋上や遊休用地、耕作放棄地で行う想定だったのに、農地は法律上難しいので、簡単な山林を切り開く例が増えている。まったく不本意だ。規模も小さく、1ヘクタール以下で行うべきだろう。

地元に反対の声も高まっているようだが、本気で取り組めるかどうか。古くからの農家にニュータウンが混じった複雑な地域だ。

ちなみに傾斜地の造成には、排水法とか地滑り防止法とかいろいろ適用される。ほかにも自然公園法や鳥獣保護区や保安林指定とか、農地法、都市計画法とか、さまざまな省庁が勝手な法律をいっぱいつくっているからねえ。国交省、環境省、農水省、林野庁、その他いろいろ。
抵抗手段としては、立木法を利用して立木トラストを仕掛けるとか、3月末に成立予定の新森林条例も使えるかもしれない。

 

それにしても生駒山には、大阪側が木質バイオマス発電所を建ててしまったが、ここにメガソーラーとは。いっそ尾根沿いに風車を並べて風力発電もしたら、「再生可能エネルギー」の立地オンパレードになるかなあ。

追記・奈良県より情報提供があり、メガソーラー計画地48ヘクタールのうち15へクタールは残置森林だそうである。ソーラーパネルが設置されるのは16ヘクタール。残りは造成後に緑化したり調整池を設ける土地になる。そして、すでに開発許可が下りているとのことだ。

2020/03/10

Yahoo!ニュース「侵略的外来種から新型コロナウイルスを……」を書いて気づいた裏事情

Yahoo!ニュースに「侵略的外来種から新型コロナウイルスの今後を考える」を書きました。

まー、ブログネタをYahoo!ニュースに転換したわけだが(笑)、こんなことを考えてみたのだよ、という。

このところ、また野生動物について調べている。ナラシカで終わったつもりだったが、ほかにも動物はいっぱいいて、それぞれの事情を調べていたのである。しかし取材も行きにくいし、図書館も軒並み閉まっているし。空いている奈良公園にまた行こうか。しかし、この状況は、ホントやばいよ。。。と調べているうちに、なぜか国会図書館関西館が開館していることを知る。東京館は閉まっているのに。

ともあれ、野生動物とコロナウイルスが妙にシンクロしたのでした。

ちなみに確定申告の締切りが延びたのでのんびりしていたら、これまでこぼれ落ちていた支払い調書とギャラを発見。これは特需だ(笑)。

 

2020/03/09

フリーランスの森林生態系的経営

コロナ肺炎の蔓延で、学校などの休校、イベント中止、お出かけそのものを自粛……を受けて経済的に苦境に陥る人々や会社が続出すると想像されている。おそらく日本だけでも経済的損失は数千億円になるだろう。つくづく経済は、人と物が動いて成り立つものだと思う。そこに移動学を提唱するのだが……。だから補償問題が持ち上がっている。政府も補償をする旨のコメントを出している。

一瞬、私にも補償があるのか?と思ったりもしたが、フリーランス、つまり自営業者にはない。せいぜいつなぎ融資をする……程度だ。融資って、借金だよね。。。就業時間も損害額も計算できないからだ。

まあ、大変な人たちが多いのは実感する。ここは堪えどき……。私も、取材も行けず静かに暮らしているよ(笑)。

私自身は、フリーになったときから心がけていた経営哲学?がある。それは、森林生態系的経営だ。一言で言えば、多様性経営。難しく聞こえるが、ようは仕事の幅を広げておくこと。それも仕事先・仕事内容の多様性だ。加えて短期収益と中期収益、長期収益に分けて仕事を考えること。書籍出版は長期収益。連載記事は中期収益。単発記事や講演は短期収益

具体的に言えば、まず仕事を発注してくれる場をできるだけ分散多様化すること。どこかの編集部に専属にならない。当初は5社7雑誌をめざした。しゃにむに営業をかけて、それを達成したこともあるのだが、ある時期、なんと半年で半分が消えてしまった。担当編集者の異動、雑誌の休刊、方針転換……などのために、次々と仕事が消えたのである。仕事先の多様性だけではダメだ、と痛感した。

そこで書籍出版に切り換えた。目安は1年1冊の出版。本を出すと、付随して雑誌の仕事、講演の仕事も来ることがわかった。これで落ち着く。

ちなみに昨年は、『絶望の林業』がヒットしたので長期収益を膨らますことができたのだが、見事に講演が消えた(笑)。短期収益は減損したことになる。講演依頼は、従来林業系が多かったのだが、あの本の内容ではなあ。でも、委員会出席が入った。これはそこそこ連続するので中期収益か。金額は小さいけどね……。
ここに、長期展望を持った投資も必要になる。ようは将来出版・記事にする可能性のあるものへの先取り取材である。報われるかどうかはわからないが、情報とアイデアを持続的に生み出すためには絶対必要である。

いやあ、このように考えると、経営って面白いですね(⌒ー⌒)。実は、この考え方を敷衍したのが、『絶望の林業』の中の「希望の林業」の中の、ポートフォリオとしての林業経営である。

そんなわけで、自粛ムードの中、わりとのんびり暮らしているが、このところ他人との接触がほとんどない。出会いがない。話し相手もいない。このまだと投資が滞る。寂しい。それに客が減って困っている店が多い。彼らを支援するつもりで、誰か飲みに行きませんか……。(イマココ)

 

2020/03/08

チェンソーアートの原点?

昨日とは違う山だが……。

ハイキング道に、こんなものを見つけた。

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何やら私設休憩所みたいなものを設けているし、ハイキングで通り掛かる人向きのサービスなんだろう。

そして切株にチェンソーで刻んだようだ。木が細いこともあるが、技術的には稚拙なものの味がある。これもチェンソーアート、その中でも切株に刻むスタンプカービングだろう。

最近のチェンソーアートは進化しすぎて、芸術家の彫刻と変わらないレベルに達した作品も増えている。もはやチェンソーは彫刻刀に代わる道具であって、チェンソーアートはチェンソーで削ったことを主張する作品ではないのだ。何をつくるかが問われる。

もちろん、それはそれで素晴らしいのだが、こんな作品?を見ると、ほっこりする(笑)。自己流で、試行錯誤しながら楽しんだ様子が伝わるから。

2020/03/07

生駒山中に幻?の滝施設を発見

とりあえず家を出る。ずっとこもっていたら気が滅入る。で、どこに行こうか車を転がしながら考えて、青空だし山に登ろうかな、と思った。が、靴が革靴ではなあ……。

目的地があやふやのまま走っていて、不意に思いついたのが某遊歩道。大阪側に入るが、森の中ながら道がしっかりした遊歩道だから歩けるか。

そう思って向かう。以前、一度だけ来たことのあるルート。そして、ほとんど廃道になっている脇道に逸れる。ここから先はどうなっているか行ったことがないから歩いてみようと思いついたのだ。

しかし、倒木だらけ。道面はわりとしっかり残っているのだが、多分昨年当たりの台風で倒木が続出したのだろう。それをくぐって進むのはなかなか大変で、結局は結構な藪漕ぎと同じレベルになってしまった。そして、徐々に足元から水が湧き始める。少し湿っている状態から、徐々に泥道になって、もはや湿地湿原へと……。

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なんと、未知の湿原があった。生駒山中には、意外と湿原が多いのだが、またもや発見したか。多分、そんなに古くなく、ここ数年で水がたまったのではないか。この季節だから湿原植物に何が生えているかわからないが、今後を期待しよう。でも、ずぶずぶ沈む中を歩けないので、山へと逃げ登る。かつての遊歩道が湿原化した様子を観察するのであった。

そこから脱出すると、もう一つ人為的な平坦なルートがあったので、進む。今はブッシュになっているが、何十年か前には道があったのだろう。各所に加工した岩があり、また古いがプラスチックゴミが落ちている。一部に産業用資材(ドラム缶とかタイヤとか、ウインチのような機械とか)も散乱していた。ここで何か大がかりな工事が行われていたようである。

ところが、進むうちに意外な構築物を見つけた。

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あら、堰をつくっていた? ということは今進んでいるのは道ではなく水路?

さらに進むと、水路の幅は狭くなり、そしていきなり途絶えた。そこから断崖になっている。

Dsc04132 この先は、ない。

ということは、水路を流した水は、ここから落ちるのか。つまり滝になるのか。

なんとも不可解な遺跡である。生駒山中に何がつくられていたのか。大きなプールと水路を建設して何ができるか。鉱山? 金鉱でもあったか。おそらく放棄されて数十年、昭和の時代の遺物だと思うが。生駒山には謎の歴史がまだまだ残されている。

 

2020/03/06

養蜂業界が生き残るためのブランディングを考える

先日、玉川大学のミツバチ科学研究会で講演を行ったが、その主催者からハチミツが送られてきた。

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なんと5種類も! なかにはニセアカシアのほかケンポナシ、ハゼリソウなど珍しい花の蜜もある。さらに玉川大学内や山梨県で採れた、さまざまな花の蜜が混ざった百花蜜も。感謝感激だ。

さっそく味わう。すべての封を切ったわけではないが、ケンポナシの蜜は、なんというか、爽やか。通常ハチミツは濃厚な甘さが売り物だが、そこに爽やかさが加わる。なんでもケンポナシのエキスは二日酔いに効くと言うから、このハチミツにも効能を期待したい。

ニセアカシアは比較的淡白で食べやすい。百花蜜は、採蜜した地域でそれぞれ味が違う。その地域に咲いていた花が変わり混ざる蜜も変化するからだろう。香りとコクが微妙な違いを感じる。この香りはハゼリソウか、いやこちらの香りかも。と想像しても楽しめる。いや~ハチミツの世界は奥深い。

 

日本の養蜂業界は、現在厳しい局面に置かれている。とくに問題は蜜源が減ってきたことだろう。農業の衰退とも関わるが、蜜源がなくてはミツバチも生きていけない、ハチミツが採れない養蜂家も食べていけない……のだ。そして農地に撒かれる農薬の問題。ミツバチにつくダニの発生などもあるし、世界的に問題となっている謎の大量死と群崩壊現象。気象変動もヤバイ……あああ、養蜂は先行き不透明だ。

さらに後継者不足も深刻だ。加えて基本的にきつい肉体労働だし、蜜は採れたり採れなかったり自然に左右され収入も不安定になりがちだ。採蜜と並ぶポリネーション(交配)の仕事もあるが、これも農家の都合に左右されるだろう。

ただ、私に言わせれば、林業よりは将来性がある(笑)。

何より養蜂家個々人の腕と努力に左右される面が大きい。それに1年ごとに状況は変わる。今年は不作でも来年は多くの花が咲くかもしれない。そして蜜もポリネーションも食べ物が対象だから人々の関心も高い。業界全体が沈滞していて、個人の努力では如何ともしがたい面が強い林業より見通しがつく。

まず考えるべきは、出口戦略だ。養蜂家自身のハチミツの売り方に工夫の余地があると思う。単に仲買業者に卸すだけでは、結局は量の世界に陥る。外国から大量の安いハチミツが輸入されているのだから太刀打ちできない。引きずられて安価になりがちだ。もっと各人が工夫して採取したハチミツの付加価値を高められないか。

たとえば北海道の中川町のケースとして聞いたのだが、町で蕎麦栽培が盛んになったためハチミツにも蕎麦の蜜と花粉が混じるようになったそうだ。すると価格がガタンと落ちてしまい、養蜂家が生活できなくなった……という。日本では蕎麦のハチミツ好まれない。

だが、この話を聞いて私は逆のことを思った。たしかに蕎麦蜜はクセはあるし、蕎麦アレルギーの人には危険だが、世界的には人気のあるハチミツなのである。フランスなどでは高級品扱いのはず。それを卸し業者に任せておくから、安物にされてしまう。もっと蕎麦蜜としてブランディングすれば、むしろ高く売れるのではないか。

同じく、私は地元・生駒山で採れるソヨゴのハチミツが好みである。照葉樹のソヨゴは、最近増えてきた。しかし世間ではソヨゴ蜜は安く買いたたかれているらしい。これもブランディングの仕方がよろしくないのではないか。

ほかにも以前いただいたクマザサ味のハチミツとか、今回のケンポナシとか、希少な蜜をそれなりに活かしたブランディングを行い直販方式で扱えば、利益率を高められるだろう。

実は、これこそセイヨウミツバチの特徴なのだ。日本在来のニホンミツバチは、採取する花を選ばず、ごった煮的に集めてくる。だから百花蜜という言い方をするのだが、ようはさまざまな花の蜜が混ざっているから特徴を出しにくい。その点セイヨウミツバチは、採取する花を決めたら集中して集める。だから花の特徴をハチミツに出せるのだ。しかも採蜜力はニホンミツバチの十数倍にもなる。 

レンゲ、トチ、アザミ、ミカン、サクラ……その蜜の味の特徴を十分に世間に知らしめて、ソムリエのごとく紹介すれば人気を呼ぶだろう。サクラの香り、ミカンの香りのするハチミツの優雅さを知ってほしい。

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蜜源も、農地の作物の花に頼ると、農薬問題が発生する。しかし樹木の花なら農薬を散布される可能性は低い。もっと地域と一体化して蜜源植物を育てられないか。今、各地でサクラの里づくりが行われているが、それと養蜂を組み合わせる仕掛けも考えられる。

さらにミツバチに花粉を運んでもらうポリネーションも、有機農法などと結びつけてブランディングすれば、無農薬栽培を支えているハチミツとして価値を高められるはず。あるいは、よりシステマティックにビジネス化すればハチミツ生産と区別して交配産業と位置づけることも可能だろう。

さらに花粉や蜜蝋、ロイヤルゼリー、プロポリス……と多様な商品化のチャンスが眠っている。

……そんな夢想をしていると、なんだ、結局はほかの産業(とくに林業)と同じだと気づく。流通を見直して無駄を排除し、商品の多様化を図り、広報戦略をしっかりして、ブランディングで価値を高める出口戦略で生産者にちゃんと利益が確保する道筋をつけることが大切なのだ。つまりビジネスの基本をしっかり押さえて展開すれば、養蜂は多くの可能性に満ちた産業になるだろう。

いっそ私も養蜂ジャーナリストと名乗ろうかな(⌒ー⌒)。

2020/03/05

食料と木材の自給率を上げる方法

日本の食料自給率が低いことはよく知られている。18年度で過去最低の37%である。だから国内農業が大切だ、という論法になっているのだが、少し風向きが変わりそうだ。

というのは、農林水産省は次年度「食料・農業・ 農村基本計画」から新たな計算方式を使った食料自給率の計算をして目標値も決める方針を明らかにしたからだ。

具体的には、輸入飼料を使って生産した畜産物を全て「国産」とカウントする

これは何を意味するか。まず現在の食料自給率という数値は、通常カロリーベースなのだ。ただ、そこで畜産などの餌がどこの産物かをこだわる。輸入飼料を使っている場合は、畜産物は国産とならないのである。だから畜産物の自給率はたった15%(飼料自給率は 25%)である。個別品目だと牛肉の自給率は11%だ。和牛がどんなに増えても国産とカウントされない。豚肉は6%、鶏卵も12%にすぎない。

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だが、飼料にこだわらなくなると、一気に自給率は上がる。全体で46%になる。ちなみに牛肉は43%、豚肉は48%、鶏卵に至っては96%に跳ね上がる。

一方で生産額ベースの自給率もあるが、18年度は66%。それが飼料にこだわらないと69%になる。

なぜ変えるのか。これまでは「農業を振興しないと食料安保が心配」だと感じさせるために、わざと?低くなるような計算式を使っていたのだが、さすがに頑張っても自給率が上がらないので操作する?いや、一応畜産業の「規模を正しく把握する」(農水省幹部)との狙いだそうである。それにしてもカロリーベースに生産額ともに2種類の計算をして、目標値を出すというのは煩雑すぎないか。

ちなみに食料自給率が低いから輸入が止まったら大変と言われるが、多分日本人は飢えないだろう。食品ロスが生産量の約半分を占めるからだ。飢える前にロス分を消費すれば、自給率は2倍になる。


思えば木材自給率も上げようと頑張っている。ちょうど現在は36・6%と約20年前の2倍になった。この数字は食料自給率と並んでいるのだが、これも数年前にバイオマス燃料もカウントするように計算式を変えたおかげだ。もっとも、今後はバイオマス燃料も増える一方だから、このままでは下がってしまうだろう。それともPKS(ヤシ殻)は木材ではないと外してくるか。それでも木質ペレットの輸入も増えているから、下げてしまうだろう。

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そこで提案だが、木材自給率からパルプチップを外せばよいのでないか。一緒にバイオマス燃料も外してもよい。紙や燃料にする原料は木材じゃない、とか言って、建築用材だけをカウントすればよい。すると60%はいくのではないか。製材は減っているが、合板は堅調だし、まだまだ国産建材が強いから、自給率は高く見せられる。

統計なんてちょろい。少し扱う数字を操作すれば、すぐに上下させられる。そして林業の「規模を正しく把握する」ためと宣言すればよいのである。

 

 

2020/03/04

三島海雲と土倉家の関係を示す写真見つかる

カルピスを世に生み出した三島海雲。彼と、吉野の山林王・土倉家は、深い関わりのあることを幾度も紹介してきた。


カルピスの日に思い出す、二人の「カルピスの父」

ただ、上記に記したのは、土倉庄三郎の次男・龍治郎との関係だが、先に知り合ったのは、五郎と四郎である。とくに五郎とは、三島と二人で日華洋行という貿易会社を立ち上げて商売をしている。土倉家の金で仕入れた雑貨を中国~満州で売って歩いたらしい。さらに内蒙古には軍馬の買いつけに動いている。

このことは三島も語っているのだが、それを示す物証的なものがなかった。

 

それを見つけた。龍治郎の孫に当たる方から提供を受けたのである。それが、この写真。

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写真に書き込みがあるが、前列左が三島海雲。そして右が土倉五郎。後列に四郎がいる。おそらく日華洋行時代に撮影したものと思われるが、一緒に写真に写っているのだから、確実である。ほかにも山田などの書き込みのある人物がいるが、何者かは確認できていない。おそらくビジネス仲間だろう。

明治時代、多くの日本人が大陸に自主的に渡った。そこで何をしたのかは千差万別だろう。仕事もあれば、研究、そして探検的な行動もある。なかには大陸浪人と呼ばれる怪しげなことに手を出した人も多くいた。ある意味、国家権力の空白地帯のような地域になっていた中国~蒙古である。

五郎は、三島との商売を止めた後は、馬賊のようなことをしていた時期もあるらしいが、結局は金を食いつぶしただけで日本にもどる。

四郎は、わりと早く大陸に見切りをつけて日本にもどって横浜正金銀行に勤める。そしてアメリカに派遣されて支店長を務める。ただ比較的早死にしたようだ。

そして三島は、辛亥革命によって財産を全部失って日本にもどるが、再起を図り、内蒙古の経験からヨーグルトや乳酸飲料の開発に挑み、カルピスにつなげた。そして90をすぎるまで社長を勤めている。

同じ場、同じ体験をしても、その後の人生はさまざまだねえ。。。

2020/03/03

「移動学2,0」序説

私は、昔から「移動学」というのを考えていた。これは物の移動がいかなる価値を生み出すか、いかなる影響を与えるか、という観点から世の中を考察しようという発想である。

調べてみると、最初に『「移動学」序説』を書いたのは2008年3月27日に遡る。この頃は、道路の存在とか乗り物の登場とかを考えていたようである。

それから2012年1月5日には『グローバル化と縄文時代の商人』翌6日には『修羅から考える移動経済学』を書いていて、こちらは移動にまつわる経済効果を主に取り上げていたらしい。
貿易のように物を移動することで、価値が跳ね上がることがある。生産地では価値がなかなか認められないものが、移動によって莫大な富をもたらすこともあるのだ。それは目に見える物質だけでなく、「情報」も含まれる。

ふと、このところの新型肺炎騒動を眺めていて、移動制限が急速にかかる中、またもや「移動学」構想を思い出したのである。そもそも新型コロナウイルスは、野生動物から人間に移ったらしいが、それが人によって媒介されて全世界に広がることになった。これも移動を伴う事象なので、移動学の範疇に入れられるのではないか、と思いついたのである。そのあげくは、媒介しないように移動制限を行うというのも、思考実験の材料になる。

そこで「移動学2,0」と名付けてみた。ヴァージョンアップである。次元が変わって、今回は人間社会の経済に閉じ込めずに細菌やウイルスから始まり、多くの動植物の移動まで考えてみるのだ。思えば家畜のほとんどは移入だし、野菜や穀物も外来である。そして病原菌は、人間社会を変える。

よくヨーロッパ人が新大陸を征服した、という言い方をするが、実は大西洋を渡った白人はごくわずかで、彼らが南北アメリカの先住民社会を征服することなんてできなかった。最初のうちこそ、銃やウマのような兵器や乗り物力を発揮したものの、圧倒的な人口差を埋めるほどではない。第一、ウマも銃も、すぐに先住民側も取り入れた。
にもかかわらずアステカ文明やインカ文明、そして北米の、いわゆるインディアンを倒せたのは、実は彼らが持ち込んだ病気による。結核や天然痘などは、免疫のない先住民の大部分を死に至らしめた。唐突な人口減、そして社会崩壊を引き起し、その場に乗じて占領したのである。

そのほか、PM2,5のような微粒子物質とか、海流や偏西風・貿易風によってもたらされた移動物質の影響もあるだろう。

こんな環境問題まで包含できる「移動学2,0」。移動の概念を入れることで、これまで説明の難しかった経済格差から社会変動、そして気候変動まで取り上げられないか……と夢想する。なかには空間移動だけでなく、時間移動もある。歴史をその点から眺め直すと、まったく別の世界が描けないか。

誰か取り組んでくれ(笑)。私の手には余る\(^o^)/。

2020/03/02

Y!ニュース「花粉とマイクロプラスチックは似たもの同士?」を書いた裏事情

Yahoo!ニュースに「花粉とマイクロプラスチックは似たもの同士?」を書きました。

世の中、コロナ、コロナ、コロナ。肺炎も付けずにコロナだけで騒いでいる。コロナビールの売上まで落ちたとか……。そしてテレビニュースもSNSも、Yahoo!ニュース欄さえ新型コロナ肺炎の記事で埋まっている。こんなときに森林の記事を書いてもアクセス伸びないし、そもそもネタもない。。。林業も森林に関する話題も世間から遠くなったかのよう。

一方で、スギ花粉の飛散がピークだそうだ。そんなときには花粉症に関する記事を書くものなのだが、こちらもネタ切れ?昨年、国の花粉症対策をばっさり切った記事を書いたから、これ以上書いても仕方あるまいとも思う。

……と思っておとなしくしていたのだが、ふと朝イチバンに思いついたのが、花粉とマイクロプラスチックの類似性だった。もともと花粉に関しては特異な物質だという思いがあったのだが、分解されないという点では、プラスチックと一緒ではないか。そう思った瞬間に記事を書くつもりになった。まあ、3月に入ったし、急ぎの仕事はないし。

本当は次の記事の取材に行こうとか、図書館で調べごとをしようとか、いろいろ考えていたのだが、気がつけばみんな休館(泣)。何もできない。これも新型コロナ肺炎のおかげだ。ちょっとヤバイ。4月の仕事を前倒ししておくつもりが……。

 

そこで、コロナに飽いた人が気分転換になれば、という科学的読み物記事を書いたのでした(笑)。

2020/03/01

TOKYOFM 「いのちの森」に出演

東京では、トウキョーFM(TOKYOFM)への出演もあった。3年ほど前にも出演した「いのちの森」にまた呼んでいただいた。前回は何を話したのか覚えていないが、「森林ジャーナリストって何?」的な話だったと思う。

今回は、話題としてはてんこ盛り。昨年来のアマゾン、オーストラリアの森林火災や、千葉の台風被害、緑のダム論、そして岩手県釜石市のウノスタこと、鵜住居復興スタジアムの話までいろいろあった。そして、やはり『絶望の林業』話も(^^;)。

ふと気づいたのだが、私がランダムにブログやYahoo!ニュースに書く記事のテーマだが、こうしてラジオの話題に選ぶというのは、やはり関心があるからだろう。私は忘れていた記事を選ばれたり、擬古国力を入れていたはずの記事がスルーされたり。ウノスタなどはラグビーブームの中の小さな話題のつもりだったがパーソナリティーの高橋万里恵さんも訪れているということもあって盛り上がり、話していると目頭がキュンとした。

その放送は、TOKYOFM「いのちの森」としては、3月15日(日)、3月22日(日)それぞれ5時30分〜5時55分(超早朝!)の放送である。ほか、全国ネットでは各局によるが、だいたい朝一番らしい。誰が聴くんだろうね。コラヾ(- -;)

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収録だから、多少の言い間違いがあっても修正は効くのだが、わりとスムーズに言いたいことを話せるというのは気が楽。


さて、トウキョーFMは、皇居の半蔵門前にある。せっかくだから、ちょっと見学。

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門の前まで近づけたらよいのだが……。堀の水もかなり水位を下げている。堀の底にもさまざまな構築物があることがわかる。「水蜘蛛」で潜入することは可能だっただろうか……。ちょうど夜に「ブラタモリ」を見ていたら、伊賀の忍者を取り上げていて、半蔵門の話が出たねえ。

ともあれ、春も近そうな風景だった 。それにしても皇居の自然は、大きい。これほどの空間を天皇家で使えるのか……と思ったが、考えてみたら、自身の意志で皇居内の自然をいじることも許されていないのかもしれない。たとえば花壇や家庭菜園づくりとか、秘密基地づくりをできるのか。天皇家は、土地を所有しているのか。自分のものでなって自分のものでない、不思議な立場なんだろう。

私も、これでお出かけは終わり。3月は引きこもる予定である。。。。

 

2020/02/29

日本に土地所有権はなかった

先日の会議でお会いした藤田達生・三重大学大学院教授の話は面白かった。藤田教授は日本近世国家成立史の研究を手がけて『藩とは何か』(中公新書)などを書いているが、日本における所有権の変遷について語られたのだ。

古代国家の成立時には、「公地公民」、つまり土地も民も天下(天皇)のものであった。時代が進むにつれて荘園などが発達し私有化が進むのだが、戦国時代から江戸幕府ができる過程で御破算になる。江戸幕府は土地の所有権を認めていないというのだ。だから大名の「国替え」なんてことが平気で行えた。江戸の大名屋敷も点々としていたらしい。位が上がると大きな屋敷に移るからだ。農民も、新田開発などをすると、集落中で土地の再配分などをするのが当たり前で、自分の土地を代々引き継ぐというものではなかったという。あくまで土地は天下のもの、それを使う権利を分割しているだけにすぎない。……この理屈は、現代の中国と同じである。
それが明治政府になって、欧米風の個人所有を認め、代わりに課税するのだが……。だから現在の土地所有権は、たかだか150年に満たない存在なのだ。

これを聞いて、私は、ピンと来た。江戸時代の吉野の山林所有について調べた際に、実は現代的意味による「山主」はいなかったのではないか、と気づいたからだ。つまり山主は森林の土地を所有していなかった。ただ、山に生えている林木に所有権があった。それが「立木一代限り」の制度で、吉野が借地林業と呼ばれる形態の元でもあるのだ。さらに立木の管理者として山守が登場して、所有と管理の権利が分離されていく。

明治になってから形だけの「山林所有」権も示されるものの、吉野では江戸時代的に立木権と土地所有権は別のものとしていたのだ。それが完全に崩れて山主=山林所有者になるのは戦後だろう。そして、立木権を保証するものとして「立木ニ関スル法律」がある。先に紹介した立木法だ。

このことは、もっと認識すべきではないか。本来森林は天下のものであり、個人(山主)が独占してよいものではない。現代の山主には扱う権利と義務が与えられている(発生する)だけだ、と捉えると森林(山)の扱い方が変わってくる。山主の一存で森を破壊してよいものなのか問われるだろう。

森林は天下のものと定義づけることで、所有権の壁をぶち破り、それを「預かっている」山主の権利と義務を明確化する。それを破壊的な無茶な施業を許さない理論的根拠にできないか。。。。もちろん、現在も「公的存在」という形で所有者の義務を規定しているのだけど、実質的には有名無実化というか、所有権の制限は極めて難しい。世界一強い所有権と言われるほどだ。

でも天下=国=政府=林野庁なんて発想で、しゃしゃり出る役所があったら困るけどね。
国有林をまるで自分のものとして、民間に樹木採取権を賦与する……という発想になるのは本末転倒だろう。

 

2020/02/28

トーキョーで奈良県会議の不思議

コロナウイルスの蔓延するトウキョウから無事帰還しました。オイオイ…。

地下鉄などはマスクマンだらけ、さすがにマスクの本場ですね……ということじゃなくて、私が危機感なさすぎ?

この時期に東京を訪れたのは会議に参加するためだったのだが、その内容は、奈良県の土地利用懇談会。

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当然、奈良が舞台なのだが、委員メンバーの多くが東京在住ということで、あえて奈良から東京にスタッフも含めて大移動して東京開催となったわけである。では、どんなメンバーかというと、元次官や元審議官、元某国大使……など官僚OBが多数。それに大学教授などもいる。ついでに言えば知事も元官僚・国会議員という経歴である。私は、一応森林地域の専門枠ではあるが、なんかアウェイ感がハンパない……。

でも、元官僚となると、奈良県の問題を考えるといっても国目線になりがちで、しかも硬くするんじゃないの、と気が重かった。

が、口を開くとみんな過激なこと。もう国の法律の悪口のオンパレードで、その問題点を抉りまくるし、さらにはそれらの法律を制定する時の官僚、政治家がどう動いたかなんて裏話も飛び出す。とうとう国が文句言ったら自治体と国の紛争委員会にかけたらいい、とまで……。

誰が何を言ったのかを記すのは遠慮しておくが、元次官がそこまでいうか! と穏健派の私がツッコミかけた。とはいえ、みんな練達のインサイド交渉人たちであるから、おそらくオトシドコロはわきまえているのだろう。いかに裏をかくか手練手管があるのだろう。

そんなわけで、予想に反して面白くなりそうである。ちなみに委員の出身省庁に林野庁は入っていない。

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