古代の木材リサイクル
大阪に出た際に、多少の時間があったので、大阪歴史博物館に寄った。
展示はつまらなかった。江戸東京博物館の方がよほどよかった。
ところで、最初の部屋は難波の宮から。やはり大阪は難波宮から始まるのだ。
意外と知られていないが、古代史の始まりは飛鳥ではない。その前に河内王朝などがあり、大阪に都があったのだ。とくに難波宮は、副都として長く存在していた。奈良時代でさえ、聖武天皇が平城からアチコチ遷都したあげく難波に行き着いている。その後、また平城にもどるのだが、最後まで副都であり続けた。
それはともかく、10階建ての博物館の最上階に難波宮の大極殿が復元されている。といってもハリボテだが、太い柱があったことはわかるだろう。この木はどこから持ってきたのだろうか。現在、平城宮跡で本格的に復元している大極殿よりは小さいが、相当な大木を使ったのは間違いない。
記述によると、難波宮の宮殿などは、その後長岡京を建設する際に移築したそうだ。一方、平城京からも長岡京、平安京へと移築が行われている。言い換えると、木材のリサイクルだ。古代だからといって(古代だから?)大木は無尽蔵にあるわけではないし、伐採や加工の手間を考えると、古い材を使うことが重要だったのだろう。
幸い難波から淀川を遡れば長岡京だし、平城から木津川を下れば平安京に着く。比較的輸送はしやすかったのだろう。
そう考えると、平安京の宮殿は、随分お古だったんだね(笑)。
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