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森と林業と田舎の本

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2007/07/01

朝日新聞版『割り箸はもったいない?』

昨日で、6月はブログ皆勤賞。実は以前のブログも名称を変えて時々更新しているから、かなりの多作ブロガーになってしまった。でも、こんな無茶はせずに、今後はのんびりやります。

さて、6月30日の朝日新聞奈良版にドカン、と大きな記事が載った。Photo_7

                                             

                                        

おおお、驚いてしまった。デカイ顔写真まで付いている。同時に、「今頃……」
実は、この取材を受けたのは1ヶ月以上前。このブログにも5月17日版に書いている。忘れたころに記事になった。

奈良版だから読める人は少ないと思うが、マイ箸派にも取材しているから、お薦めである。まだネットにはアップされていないようなので(そのうち出ると思うが)、とりあえず画像で。なんとか字は読めると思う。

少しだけ雑感と反論を。
まず、マイ箸派の本音は、「中国産より国産割り箸を」というのはわかりにくく面倒、ということだ。マイ箸のような○○の一つ覚えを口にする方がなのだ。
次にマイ箸を推進するのは「むしろ国産割り箸を応援するため」というマイ箸運動の持論が登場する。マイ箸が増えて割り箸の需要が落ちれば、中国産が薄利多売できなくなり、大量生産できずコストが上昇する、すると国産割り箸が価格面で対抗できる……なんて理屈を述べている人がいるが、それは真反対である。
仮にマイ箸で割り箸が売れなくなったら(そんなことあり得ないけど)、中国側は値下げするだろう。何がなんでも売るために。むしろ、日本が欲しがっている現在、中国側は強気に値上げを要求してきている。それが経済原則というものだ。
ただ環境問題や、木材産業の優先順位ということで、割り箸の生産量が落ちて値上げすることはあり得る。しかし、価格以前に日本の生産力の衰えが最大の問題である。

ちなみに記者は、国産割り箸をマイ割り箸に持ち歩くそうだ。私も負けないようにしよう。

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割り箸」カテゴリの記事

コメント

かっこいいからマイ箸というのは笑える。
気分としてのエコ。
事実なんかはどーでもいい。
そんな人がいるのは事実でしょうね。

しかし新聞記者も取材相手を少し調べてから
話を聞いたほうがいいと思う。
地球村なんて、最近、大顰蹙なことをやっているわけで。
http://d.hatena.ne.jp/NATROM/20070619#p1

写真で紹介していただいた新聞紙面を拝読する限りですが、この記者さん、朝日新聞社にしてはよくバランスのとれた感覚のように思いました。 「かっこいいからマイ箸」という言い方をそのまま紙面にしたあたり、川柳に通じるセンスがあるんでは?

ごめんなさい、肝心のポイントを書き落としていました。 この記者さんが紹介している記事末尾の「住宅建築が輸入材から国産材中心に切り替わった上でなら」という理事長さんの談話がありますが、全体がこれで締めくくられている所に共感を覚えます。

ブログのデザインを変えたことを忘れて開き、わっ、と自分で驚いてしまった(^^;)。

この記事、「地球村」に話を聞いたことが正解だと思いますよ。マイ箸の底の浅さを浮かび上がらせたのだから。
また高松の寺山さんのように「ファッションとしてのマイ箸」論も、拙著に記した通り、温かく見守れるなあ。私はマイ箸撲滅論者だけど、環境をに対する免罪符意識をふりかざさなければ、お互い頑張りましょう、という程度のもの。どちらが支持を広げられるか、いわば競争ですな。

なお、この取材記者は、吉野の歴史や文化、そして林業にも造詣が深いですよ。

さっきNHKのニュースでマイ(割り)ばしを放送していた。

主題はどうやらゴミの減量化。割りばしが大量に捨てられるのを防ごう。そのためにマイ割りばしを持参という主旨。

千葉県柏市の市役所では先日からマイ箸持参になり、割り箸を持ってきた弁当屋に「要らない」とご丁寧に断っている画像を放映した。
ついでに居酒屋チェーンのボトルキープならぬ割りばしキープも紹介。
買うと260円だそうだ。それを従業員が使用後に手洗いしてキープする。
これによって、自分の店という感覚が持て、売上を80%伸ばした店もあるそうな。

僕自身は国産割りばしをもっと消費。でもゴミにはしないような工夫をすべきだと思うけど。

たしかに割り箸批判の理由には、よくゴミ問題が上げられますね。割り箸がかさばるのは事実だけど、どの程度の影響か微妙ですね。同じくレジ袋もゴミ問題に取り上げられるし、ごみ量の増大にはほかの要素も多いのではないか……。

ポリ系のレジ袋より、木製割り箸の方が、ゴミとしては環境に優しいと思うけど。焼却の補助燃料にもなる。かさばる点は、収集方法など別の工夫はないものでしょうか。

一人暮らしのときは,箸をもたず,割り箸を洗いながら3~4膳/年くらいで消費していましたっけ.掃除で割り箸が必要になったら,いつも割り箸が大量に捨ててあるゴミ捨て場からひろってきたなあ(不衛生・・・).

ところで,大怪我をして病院から松葉杖を借りたところなんですけど,かつて同じように杖を借りたときは木製だったのに今は金属(アルミ?).ちょっと残念.かつて木製の取っ手の形状があわなくて,木綿の手ぬぐいで緩衝材をカスタムで作ったものだけど,いまはラバーで覆われた取っ手です(これがなかなかいい.汗さえかかなければ).

いつか「マイステッキ」を作るときは,ぜひ国産材で作りたいものです.

かつて木製だったのが、金属やコンクリート、プラスチックに置き換わったものは多くありますが、松葉杖もそうだなあ。
こうした積み重ねが、日本の林業危機を呼んだような気がする。

わー大きな記事!すごい。
先日、風邪で寝込んでいましたがテレビをつけっぱなしにしていたら、
NHKでやってました、割り箸。
セロ弾きオーボワさんが見たのと、一緒かな?
昼間と、夜と、違う構成でやってたけどぼおっとしててちゃんと見れなかったのが残念。

松葉杖は、看護師さんが以前話していたけど、軽さと強さを考えるとアルミのほうが患者さんには
評判がいいみたいです。

かつて木だったもので、今は木じゃないけど
やっぱり木のほうがいいなって思うものと、
そうじゃないもの、
かつては木じゃなかったけど、今は木でも作れて
なかなかいいじゃんてものと、いろいろありますねえ。

>軽さと強さを考えるとアルミのほうが患者さんには評判がいいみたいです。

やっぱりそうですか.なんといっても同じ強度をだすために必要な重量が少ないようですからね.

日ごろ重たいバッグを担いでいるあがたしからすると,すこし重めのほうが扱いやすい(慣れの問題もあるけど)のだけど,患者のマジョリティはむしろ軽めの杖が合うんでしょうね.

>かつては木じゃなかったけど、今は木でも作れてなかなかいいじゃん

ふふふ,木製PC筐体
→http://akiba.ascii24.com/akiba/news/2005/11/04/658907-000.html
そういえば木製マウスもありますね.

室内クライミング用ホールド(てがかり)は樹脂製が主流ですが,近年木製も出てきています.

風邪、治りました?

>かつて木だったもので、今は木じゃないけど
>やっぱり木のほうがいいなって思うものと、

たとえば、サッシなどは、日本ではアルミ全盛だけど、木のサッシを復活させられないかと思います。筆記具も、シャープペンシルから鉛筆に少しはもどってほしい。
そんな点を探れば、商品開発のアイデアも浮かびそう。

木製サッシは引き違いのよい物があると好評かも

問題は構造とか性能より細かいキズや表面処理を問題にするユーザがどれだけ受け入れてくれるか…
ニッチにしかならないかなぁ

室内建具だったら寸法安定性のよいスギがよいと思うのですが
スプルスのよいものとか北海道のエゾ・トドと競合しますが

割り箸については、ほとんどが輸入をしてまで作るのはやめましょう。ということと、もっとも身近で毎日のことから見直そうということです。
割り箸をマイ箸にするのは、考えるきっかけであり、取り組みのひとつです。使い捨て文化の象徴である割り箸から、生活を見直していこうというのが趣旨です。もったいないということです。増やす必要がないゴミを出さないこと。

割り箸ではなく、国産の間伐材で、住宅や店舗で使う内装材、椅子、テーブル、そして大切な木を使い捨てる割り箸でなく、普通のお箸を作り、流通させ日本の林業を守るようにすることが大切だと思います。間伐材の割り箸を擁護する主張にはいつも疑問を持ちます。林業を守るための間伐材産業を盛り上げるなら、もっと高価値になる他の商品開発をすることが効果的だと思うのですが・・・。

この朝日新聞の記者さんを知っていますが、取材も記事も偏った考え、自分の主義を通そうとする堅物の人だと聞いています。窓際記者あのかな?
インタビューでも自分の主張ばかり話をして、あまりきちんと聞かないらしいし・・・。今回の記事内容も、かなり取材内容を自分の都合で切り貼り編集をしているようです。客観的に事件を伝えるなどの記者としての資質に欠ける感じがしました。

>増やす必要がないゴミを出さないこと。

これ自体は賛成ですが,では国産間伐材の背板をふくむ「端材」(Dさん自身はご承知の上で書いているのでしょうが,割り箸の原材料を明記してはじめて対話が成り立ちます)が,割り箸でなければいったい何に使われうるのかを承知でないといけません.もちろんその需要-供給バランスもかんがみてです.

林業を成り立たせる過程で必然的に端材が産出されるならば,そして現状でかんがえられるその有効なつかいみち(年間の需要供給バランスを考えたうえでの話し)のひとつが割り箸ならば,すくなくとも現状で割り箸「産業」は林業に貢献しているといえるし,そうでないならば考え直すところはたくさんある.

失礼ながら,Dさんのご発言そのものからは,そういう考え方の基礎を踏まえた考察はよみとれませんでした(田中さんの割り箸本も,その点は100点ではない.だから文章だけからその著者のレベルを推測するのは避けていますが).割り箸を使い続けることが「使い捨て」への抵抗感を下げてしまうという心理的側面を危惧しているならばそれはそれでありだとは思いますが,しかし間伐材云々の議論とはずれています.もちろん大きな枠組みのなかでは

・割り箸にしなければ捨てられてしまっていたかもしれない端材のコスト
・割り箸「産業」が失われたときの国内山村の疲弊・ダメージ(中国を含めた外国の話はここではおいておきます.いずれ重要ですけどね)
・端材を割り箸以外にひろく用いようとするときの山村社会構造変革のためのコスト(およびそれを実現するためのインセンティブ)
・割り箸が社会で広く使われていることに起因する,「使い捨て文化」の蔓延の危険性

を全部いろいろ勘案しながら,社会全体として道を決めることになります.

逆にそこまで踏まえて国産材の有効活用や流通のありかたを考えるならば,おおいに意味はあるでしょう.

>割り箸をマイ箸にするのは、考えるきっかけであり、取り組みのひとつです。

それ自体は同意しますし,やっているひとを止めはしませんが,ちょっともじって

>マイ割り箸を持ち歩くのは、考えるきっかけであり、取り組みのひとつです。

ともいえます.

=====
>インタビューでも自分の主張ばかり話をして、あまりきちんと聞かないらしいし・・・

ネガティブキャンペーンですか.これについてはblog主の田中さん自身実際に取材を受けているはずなのですから,コメントを待つことにします.

コメント欄にdさんとDさんがいるので混乱しないようにしたいですが……私が書こうとした趣旨の多くをあがたしさんにされてしまったようです。

そこに付け加えるならば、拙著にも書いたし、この記事の冒頭にもあるのですが、「考えるきっかけ」「生活の見直し」という運動のシンボル的な扱いのために、山村で割り箸生産に従事されている人々を犠牲にすることに関しては、どのように考えているのか、という点があります。シンボルのために零細な産業を痛めつけることに対して、私は「志が低い」と記しました。

次に中国を始めとする海外の割り箸ですが、仮に割り箸生産を止めても伐採は止まりません。同じ木を集成材やパーティクルボードなどの材料にするため伐採するだけだからです。ここでも、割り箸はシンボル以上の意味を持っていません。そして、いうまでもなく中国でも割り箸産業が多くの人々に雇用を与えています。

また、あがたしさんの繰り返しにもなりますが、間伐材では割り箸を作っていません。そして端材としての割り箸は、高付加価値商品です。あの一片の木材が5円にもなる木材の使い道は、ほかに浮かびませんから。量で計れば、割り箸は家具や建築材よりも高いかもしれないのです。

なお記者のことを知っているといいつつ、伝聞で書いているのは解せませんね。窓際かどうかは本人に聞いてほしいですが、私の取材時はよく話を聞いてくれましたし、林業等の基本的な知識を持っているので、説明に助かりました。また広大な吉野郡を担当していますが、フットワークが軽くて 全域を走り回っている様子でした。

>割り箸をマイ箸にするのは、考えるきっかけであり、取り組みのひとつです。

>マイ割り箸を持ち歩くのは、考えるきっかけであり、取り組みのひとつです。

私ももじってみました。

>国産割り箸を使うのは、林業について考えるきっかけであり、日本の森を救う取り組みのひとつです。

記者のインタビューについては、結局、こっち側かあっち側という話かなと客観的に読ませていただきました。自分と同じ意見なら意気投合して盛り上がり、話も聞けるし、そうではなければ相手の話は聞けない。それだけなんじゃないでしょうか。その方を知らないので一般的な人間関係やコミュニケーションにおける感想です。

どっちもどっち(笑)
どちらの見解も正しいと思います。
どちらも頑張ってください。

割り箸の話で盛り上がっていますね。やっぱり、この手の話が、多くの方の共感を生むんでしょうね。

割り箸で子どもたちの教材ができないかと考えています。でも、なかなか良いアイデアが浮かばないんです。

かつては木材が当たり前だったのに別の素材に取って代わられたモノがたくさんあります。代わった理由をもう一度検証しないととんでもないことになるような気がする今日ごろです。

読者の反応の中に、「小学生の時に学校で箸づくりの授業があった」というものが何件かありました。

いっそ、材料となる端材を持ち込んで、鉈でうまい具合に割れ目を入れられるか体験させてもいいかも。今や産地でも、その技術を持つ人は少ないと思いますから(割れ目・小割りを入れる作業は、自動化した機械が行います)、案外盛り上がるのではないですか。
それに材料が端材であることも見せつけられるし、語る内容はたくさんありそう。

割り箸はともかく、ほかの木製品が別の素材に置き換わった理由は、検証に値しますね。
木製サッシは、日本では廃れましたが、欧米では今も主流です。

田中様

「小学生の時に学校で箸づくりの授業があった」いいなあ。私の小学校ではなかったなあ。

教材にするには、いくつかの壁を乗り越えないとなりませんが、価値はありそうですね。

割り箸ではありませんが、ちょっと長めの菜ばし作りはどうでしょうか。「お母さんへのプレゼントを作ろう!」と題して・・。

半製品化した割り箸の最後の工程を自分でやるのは、確かに面白いですね。

箸の文化を守るきっかけにつながります。

高知県の、牧野植物園ではアースデイに
間伐材を使って箸作りのイベントがあって、好評だったそうです。

いいなあ楽しそうだな~

私は、マイ割り箸のストックが残り僅かとなってしまいました。
なので、大事に使っています。
先日は、お弁当の箸を忘れた上司に一膳差し上げまして、
いい箸で少し贅沢な気分の昼食になった、と喜ばれました。

>どっちもどっち

確かにそうですね。お互い敵対せずに仲良く環境やエコのために頑張りたいです。マイ箸と森林里山保護は協力できると思います。

最初のコメントを書いたdです。
後半に「どっちもどっち」というコメントを、同じdという名で書き込んでいる人がいますが、私ではありません。

私の立ち位置は、マイ箸は気分としてのエコ(現実に影響をほとんど与えない)という見解です。だからこそ、同種の気分としてのエコであり、新手の募金活動であるTeam gogoの批判サイトをリンクさせました。

書きたいことは、だいたい田中さんと、あがたしさんが書かれているので、繰り返しませんが、割り箸はイカンと、十把一絡げにして、環境問題のシンボル化することは、事実に目を塞ぐ行為になるので、看過できません。

私が最初のdであることは、田中さんがアクセス解析して、書き込みのIPを調べればわかることです。

最初のdさんが、「どっちもどっち」のdさんと別人であることを確認しました。

極めて悪質な書込であると判断して、「どっちもどっち」のdさんを、今後書込禁止の処置にしました。
こうした行為は、厳に慎んでいただきたいものです。

誤解の可能性もあるというのに
田中淳夫さんに失望しました・・・

同一項目内で他人のハンドルネームと同じネームでコメントを寄せることが誤解とか偶然だとは私は思いません。しかも私は「dさんとDさんがいる」ことを指摘しています。

ちなみにdaiさんは、Dさんと同一人物ですね。IPで確認していますよ。同じ人物が同じ項目内のコメントで別のハンドルネームを使うこともルール違反です。こちらも厳に謹んでいただきたい。

普段はdと名乗っていますが、dさんがいたのでDとしました。
Dとdは紛らわしいと思いdaiで、投稿しました。

なので、ここで私が発言したのは、Dとdaiです。
逆に紛らわしくてすみませんでした。

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