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2007/07/07

豪雨で集落孤立

梅雨のようで梅雨でない天気が続いているが、降るときはやたら降る。ここ数日は、九州地方で豪雨が続いており、山間の集落がいくつも孤立したというニュースが伝えられる。

その映像を見て感じたこと。

まず、道路が崩壊して脱出ルートさえない集落の今後だ。もちろん緊急の救出は行われるだろうが、完全に復旧することはあるだろうか、という心配。山間道路の復旧は難しく、コストもかかる。しかも、その奥に住む集落の人々ば高齢化の進んだ10人20人程度のところも多い。その修復に国や自治体は本気で取り組むだろうか。
かつては、それこそ公共工事であり、地場の土木会社の出番だったが、昨今の財政事情からは後回しにされるところも出るだろう。ブルドーザーで仮道路を作って、とりあえず通れるようにするだけとか、あるいは集落の移転を余儀なくされるケースも出てくると思う。仮に修復することが決まっても、完成まで何年もかかるだろう。それまで集落は持つか?
これこそ「消滅集落」への道だ。

豪雨や山崩れなどの自然災害を、地球温暖化による気候変動や森林整備の欠如に理由を求める声がある。ケースバイケースであり、そうした指摘が当たっているところもあるだろうが、本当に「未曽有の災害」なのかどうか。
人の記憶の伝達は、意外と続かない。おそらく一地域で過去の記憶として伝承されるのは、せいぜい祖父母の代まで。年数で言えば60年~80年程度ではないか。だが自然災害は100年以上のサイクルでやってくるものも多い。仮に100年ごとに山崩れが起きていたら、常に「未曽有の災害」になってしまう。
それに、そこに被害者がいるから「災害」なのであって、100年前には集落はなかったかもしれないし、あっても尾根筋の山道だけのアクセスの場合、孤立しにくい。また孤立したとしても外部に知られる情報量はしれているから問題として認識されにくい。住民はもともと自給自足的生活のため、孤立しても自助努力で済ませてしまう……。

ある意味、人間社会は常に変化することを前提に作られており、災害に会わない頑丈な社会基盤を作るよりも、災害時に被害を小さくし、すみやかに復旧できるシステムを設ける方が柔軟に対応できる気がする。

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