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2007/07/16

助成金申請

先のシンポジウムのつづき。

会場からの声を拾ったところ、実際に街づくり事業を行っている人の声として面白いものがあった。「行政からの何の援助ももらわずやっている。でも金はほしいし必要だ。そこで助成金はないかと探すが、その申請書類を見たらイヤになる」
そして、「申請書を簡単に書ける人は、町おこしなんかしない。役所は書類を書かせることばかり考えないで、口頭で事業の説明を聞いて、現場に足を運んで実際にやっていることを見て、判断してくれ」

思わず会場から拍手と笑い声が起きた。
その通りと思う。分厚い申請書類を書く時間と手間があったら、ほかにやりたい、やるべき仕事が溜まっているのが現場だ。結果的に、申請書を書くのが得意な人材がいる団体ばかりががっぽがっぽと補助金(助成金)をもらって「使い切れない」と笑っている構図があるのだ。

本気で役に立つ助成をしたいと考えているなら、せいぜいペラ1枚の申請用紙で、そこに書くのもマークシート式とか箇条書きで済むようなものにすべきだ。それを元に部署で判断の上で、これはと思うものを選んで現地に足を運び、関係者から聞き取りをし、さらにふるいにかけて本気で取り組む価値があるものを見抜いて、役人自らが正式な申請書類を作る方式に変えられないか。
窓口の役人にとっても、自分で作った申請書が上部で審査を受けて通るかどうかが問われるわけだから、結構必死になるだろう。査定にもなる。通る申請書にするために現場に通い打ち合わせをすることで、一体感が出て、事業にも影響を与えるはずだ。仮に通らなくても、行政との関係は良好になるだろう。

実は、田舎に行くと、補助金の申請は、役場が実質的に代行しているところもある。いや、そもそも助成事業に申し込むのも、役場主導だったりする。やる気のない人を焚きつけて補助金を取らせるものどうかと思うが、地域に金を落とすために努力している。

申請書類という関門をクリアできずに、実のある活動が進まないNPOは多いのではないか。

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政策・行政関係」カテゴリの記事

コメント

申請書を簡略化すべきというご意見。

ごもっともだと思います。
実はこうしたことについては常々考えています。

が、行政に身を置く者として、敢えて一言だけ言わせていただきます。


如何に複雑怪奇な書類であっても、所定の内容すら書くことが出来な人が、本当に自らのやろう、やりたいと思うことを実現出来るのでしょうか。

ましてや、買って知ったる極く身近な人に限らず、これからどんどん活動に巻き込んでいこうとする人達に対して、しっかりと説明することが出来るのでしょうか。

申請書だけを見れば、これは補助金を得るための単なる事務的な関門に過ぎませんが、行政的(少なくとも私にとっては)には、申請書を通して相手の説明能力(プレゼン能力)を推し量る機会にもなっているのです。

だからといって、複雑怪奇な内容で良いとは思いませんし、自らが現場へ赴き、真実を見極めることは必ず必要な行為だと思いますけれど。

「面倒くさいから書きたくない」という意志が見え隠れする人達には、如何な行政といえでも人間ですから、本気で応援したくはないのです。

THE RIGHT STUFF さんの意見、もっともだと思う。

すでにTHE RIGHT STUFF さんがある程度書いておられるので、別の観点からコメントします。ちょっと飛躍しますが、説明責任が何事においても必要とされるようになりつつある昨今、申請書が書けないとそれに対応できないのではと思う。

かつて在籍していた企業の研究所、自分の研究開発に対しての予算取りは、当たり前ですが社内予算ですら、企画提案書(助成金に対しては申請書)の作成が求められる。

提案書の作成、実は別の効能もあって、最初は「ひらめき」や「思いつき」から始まる研究開発内容の再チェックにとても有効なのだ。特にそれなりの額を必要とするような内容まで発展してくると、より詳細な実現化計画とそれへの投資見積もりが不可欠となる。

その結果、研究開発が終了した時点ではそれなりの結果に対する検証とその責任が発生してくる。

だから問題があるとすれば、助成を受けた方も出した方も結果を検証し、公表し、社会の評価を仰がなければならないはずなのに、それがほとんど行われていない。説明責任を果たすことをしていないのが実情。

個人的には、社内から調達した研究開発費用は結果の検証を厳しく問われるのに対して、外部からの助成金に対してはそれなりの厚さの報告書を作ればよいので気が楽だった。

ちなみに助成金の申請、10本書いて1本採用されれば良い程度の打率です。
以前にもコメントしましたが、僕に説明してくれれば代行しますよ。

私は、ちょっと違った視点で考えています。

まず、説明能力、プレゼン能力は、文章力だけではないということ。話すのがうまくても、書くのが苦手な人は多くいます。特に熱意や奥深い洞察を文で描くのは難しいこと。逆に物書きである私のように、文章で人をだませる自信がある人がいる団体ほど(^^;)、申請書類は有利になります。

ただ、申請に苦しめられた人の中には、大学の教授や元銀行マンのように文筆には比較的なれた人も少なくありません。私も含めて、文章が書ける人でもイヤになる申請書類ってなんだ、と思います。

さらに、ここで設定しているのは、これから事業を立ち上げるための申請というよりも、すでに何らかの取組をしている団体・個人であること。実績はゼロではないのです。
忙しい中で分厚い書類を作る時間も惜しいし、現場を見ればわかってもらえる面が多くあります。

最後に。これは、いわば役人を鍛える提案でもあります。書類だけを見て善し悪しを判断する現状があまりに多すぎる。自分の目と足で確認して、判断できる能力、そして結果に対する責任を持ってほしいと思います。

助成金といえば、自身が関与しているNPOの名前を使われ、助成金取得詐欺事件に巻き込まれたことがあります。それは、田中さんが書かれたような、プレゼン上手な人たちが起こしました。

行政の助成金というのは、「地元の人が地元のために何かをする」という構造を求めますね。当NPOは神奈川県認証ですが、雪崩の啓発活動をしていますから、長野県など他府県のフィールドを使うことになります。地方にも会員がいたりするのですが、事務所が神奈川県にありますので、他府県では、助成金申請書すら出せない、というのが実際です。

そんな状況があり、長野県のある自然学校系のNPOが「雪崩講習会を開催するといえば、助成金が取れるに違いない」と思ったわけですね。で、こちらの了解のないまま勝手に名前を使って、助成金申請をし、見事、お金をゲット。その後、お金を取りましたから、一緒にやりましょう、と・・・。いやはや。


わざわざ横浜から長野県庁まで出かけ、一体、どのように申請書をチェックしているのでしょうか? と聞きに行きました。通常、財団などの助成金申請の場合、あるプロジェクトに他団体が関与する際は、その団体や個人から、「このプロジェクトに参加協力するのは事実です」という書類の提出を必要とします。これは、他者の名前を使った詐欺行為を防ぐためです。しかし長野県では、それが成されていなかったのです。

有識者と呼ばれる人の申請書類審査会のようなものが開催されていますが、それも機能していなかった、ということですね。それに、その詐欺を行ったNPOは、これまでも助成金を受けており、審査委員にとって馴染みの団体であった、という背景もあります。

結局、その詐欺を働いたNPOは助成金を長野県に返還しました。金返せば問題解決か? と言われれえば違うと思うのですけどね。トンデモな人たちを相手に、それ以上コトを荒立てても意味ないですし、長野県側が、システムとして教訓にしてくれればよしということで終わりにしました。


そんなわけで、田中さんの「書類だけを見て善し悪しを判断する現状があまりに多すぎる。自分の目と足で確認して、判断できる能力、そして結果に対する責任を持ってほしい」という言葉には、深く同意します。

ちょっと言葉足らずだったようで、少し書き足します。

「文章が書ける人でもイヤになる申請書類ってなんだ」というご指摘。

先のコメントでも若干ふれましたが、これは本当に行政が反省しなくてはいけないところだと思っています。

で、何でそうなるかというと、結局のところ「相手と自分とは関係ない世界に住んでいる」って担当者が感じているからだと思います。

要するに、何のため、誰のための仕事なのかを考えないで、ただ自分の仕事をこなすことだけ考えているのです。

このあたりは国よりも県、県よりも市町村というように、基礎的自治体に近づくほど、日頃の業務を離れた地域の人間関係が生かされてくるので、無関心ではいられないはずです。

確かに、織田裕二の「県庁の星」みたいに、1件づつ懇切丁寧に、申請内容を関係者の人物像にまで踏み込んで確認すれば問題ないのでしょうが、最近の傾向として、人員削減と比例しない業務量が挙げられます。

そこで、私はいつも提案しているのですが、当事者同士で最も有効に税金が使われると思う企画に対して助成金を渡す、いわばセルフサービス的な助成システムを早く作るべきだと。(もう既にあるのかも知れませんが)

行政の役割は、大まかな目指すべき目標と成果を示すとともに、分野ごとの予算を用意し、相手を信じて任せること。

この「信じて任せる」という行為が行政は最も苦手だったりします。(私が最も違和感を感じている部分でもありますが。)


で、提案した内容に近い制度として「プロポーザル」等がありますけれど、たいていの場合、通常の申請書類よりも様式が複雑になりがちで、本末転倒気味かも。


「書類だけを見て善し悪しを判断・・・・」

そんな訳で、こうした実態がホントに多いんです。

そこで手っ取り早く行政担当者の態度を改めさせるのに有効なのは・・・・、

申請者の活動内容がきちんと履行されたかどうか確認する行為が、行政の助成金には一般的です。

通常は写真の提出等で済ませますが、そうではなく、行政の担当者をイベントなどに引っ張り込んでスタッフとしてこき使うことが、行政側から言えば履行確認も出来ますし、本人達の意識改革にもなります。

余りまとまってませんが、つまるところ、相手の実態を知らないで表面的なお付き合いをしている両者に課題があるということではないでしょうか。

ただ、この提案だと、相変わらず最初のうちは難解な申請書類を書かなきゃダメなのですけれど。

助成金取得詐欺なるものがあるのですね。ただ詐欺というよりは、担当者が非常識・社会性のない人間がNPOやっている……というのに近いのかも。それを見破る眼力も、お役人には期待したいところです。

ところで、私も、すべての申請ケースを自分の足で確認するのが物理的に不可能なのはわかります。だからペラ一枚の申請用紙、という条件を付けたのです。本当に熱意がある申請なら、言葉が少ない方が伝わるようにも思います。その時点でふるいにかければ、かなり負担は減るのではないでしょうか。

セルフサービス的助成は、理想ではあるが、私も危なっかしさを感じます(^^;)。それに信じ合う関係を築くまでが大変だなあ。
でも、その関係を築く行為なしで、税金をばらまくことが問題なんですね。

いまさら聞けない基本的な質問をさせてください。
補助金と助成金の違いは、何処にあるんですか?

そのくらいの知識もない海杉がコメントをするのも何ですが、申請も大変です。そのあとの縛りも大変です。

地元の市では、20万円以上の市民活動に書類(20万円以下は書類審査のみ)を出してプレゼンを審査員の前で行う事になっています。費用対効果と自己資金の捻出(自助努力)が大きなポイントです。でも、行政ってひとつの枠に入れようとすること自体が無理をしているみたいです。

そんなこと、私に聞かないでください。私だって区別つかないんですから(^^;)。

正式には助成金なのだろうけど、世間は補助金という言葉をよく使っているなあ、という認識です。だから本文でも混じってしまった。消すのが面倒なので、そのまま掲載したのです。

でも、日向市は、ちゃんと審査員の前でのプレゼンを取り入れているんですね。一歩前進ですよ。本当は、審査だけでなくコンサルみたいなアドバイスもあれば、「ひらめき」のアイデアを本物の事業にできるんでしょうが。

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