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本の紹介

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2007年10月

2007/10/31

紅葉の現場

今日は、快晴。今も仕事場から青空が見えている。が、明日からまた崩れるらしい…。

紅葉はまだだ。関西では12月になるんじゃないか、という声もある。実は先日の東北でも紅葉はイマイチだった。通常なら10月半ばに色づき始めるそうなのに。

しかし、岩手県北部の山中を走っていると、紅葉に出会った。やはり標高が高いのか?
とくに目に止まったのがコレ。

5_2                                                               

                                                

この紅葉は、どんな場所かわかるだろうか。写真では伝わりにくいが、実は紅葉している部分の周辺は人工林で緑がくっきり残っている。
そう、この場所は皆伐された跡地なのだ。おそらく数年間、再造林もされずに放置したのだろう。そして灌木が繁った。灌木は、ほとんど落葉広葉樹であり、紅葉する。それが期せずして紅葉の名所? を生み出したのだ。

再造林放棄がよいことだとは言えないけれど、結果的に森にはなったのだから崩落などの心配はないし、美しい景観を作り出したのなら、それもよし、かな。

さて、明日は紀伊半島の山中に入る。果たして紅葉は見られるか?

2007/10/30

諫早湾干拓地

長崎で飲んだ際、諫早湾干拓地の話題が出た。

思えば10年前の1997年4月、ギロチンのごとく湾の潮受け堤防の水門が閉め切られる映像で話題となった。「止まらない公共工事」の代名詞となり、海苔の不作、タイラギガイの全滅……と騒がれた。
実は、私も閉め切って遠くない日に現地を訪れて、干拓地を歩いた。沖に向かって行けども行けども、泥の海が続いていたが、もう足は深く潜らず乾きつつある大地だった。

今ではすっかり忘れられている? あの当時、「もし民主党が政権を取ったら、すぐに堤防を開ける」と菅直人代表(当時)は言い放った。だが、その海苔不作に関して開放実験を行うよう答申が出ても、結果的に堤防が開けられることはなかった。しかし、今や民主党の政権奪取が現実味を増してきている。近い将来、民主党政権が生まれたら、今からでも開門できるか?

絶対、無理、というのが県庁の声だった。

すでに堤防内は農地になっている。それを水没させることは不可能だ。海苔だって、今では豊作だそうだ。一時期混乱した生態系も、諫早湾がないものとして再構成され、落ち着いたのだろう。もし無理に開門したら、農地の有機物が海中に流れだし、またもや生態系破壊が行われるだろう。そして、再び元の干潟生態系にもどる保証は何もない。

最初の干拓計画が正しかったかどうかはともかく、時間が作る結果を巻き戻すことは至難の業だ。
同じことは、山でも感じる。ダムの撤去が話題になることがあるが、それは今あるダムとダム湖を含んだ生態系の破壊にほかならない。ダム湖に棲む生物の全滅と、止水域を利用した鳥獣の生活圏もあるだろう。水位の変化による地下水脈の変動、堆積物の分解、そして貯水しないことによる影響……。それを覚悟しないと、ダム撤去はやらない方がよい。(逆に言えば、覚悟した上で、ダムでも何でも撤去してほしい。)

森林も、天然林の伐採は、その後同じ植生を復活させるにはとてつもない時間が必要となるだろう。

自然保護、あるいは開発計画において、単に時間を巻き戻すことを願うよりも、新たに何が作れるのかを念頭に置いてほしい。止まらない公共工事を止める時には、その後何が起こるか考えておく必要がある。

今の干拓地の姿を見てみたいと思っていたが、残念ながら時間の関係で見逃した。次に期待しよう。

2007/10/29

国産材商品の販売の裏

先日、霞が関の農水省にある「消費者の部屋」を訪れた。ここでは生活アートクラブが国産材によるオフィス商品の展示を行っていたことは、以前少し紹介した。

私が以前訪れたときは、あまりに展示がつまらなくて3分で部屋を出たが、今度は30分以上見ていても飽きない。あくまで展示なのだが、その場で買いたいという声が上がっていた。事実、後で注文も来ているようだ。

Shohisya_room                                                

開展同時に人が流れ込んできて、なかなかの賑わい。

                                                         

並べられている品が興味深いのはいうまでもない。木織りのバッグや名刺入れ、木製の卓上クリップ、マグネット。 国産材による紙……。3みんなデザインもよい。                       

紙製のデスクと椅子。もちろん座って執務できます。

                            

だが、見せ方が違う。配置の仕方、ディスプレイも見せる。そして、何より生活アートクラブのメンバーが、熱心な人には解説している。何も商品の特徴ばかりしゃべっているわけではない。素材の故郷、作る人、そして産地の環境。そうしたドラマとストーリーが、見る人の感性に触れるのだ。

今や、日本は商品の機能を買う時代ではなく、商品のストーリーという情報を買う時代になったことを如実に感じた。

逆に、国産材商品を扱う上で問題点は何か。これは生活アートクラブの富士村さんに直接聞いた話だが、「安定供給」だそうだ。

素敵な国産材商品を発見して、製造元がどんな製造態勢をとっているかを問い合わせる。しかし、たった一人の職人が、1週間10か20くらい作っている、あるいは妻が夜なべ(^^;)して作っている……という話を聞くと、取引するのに二の足を踏むそうだ。さらに作り手の覚悟も問題となる。急に注文がしたら、休日返上で作る心構えがあるか、そして絶対契約(納期・価格など)を守る気概があるか。
生活アートクラブが売ると、ロットは何百という単位で注文が来るのだ。それに対応できないと、会社としても信用を失う。また契約途中に投げ出されてもたまらない。残念ながら、その当たりに不安を感じると取引しない。

売るのはストーリー。作り手は安定供給。これが国産材商品のキーワードかな。

2007/10/28

朱雀門と長崎

昨日の続き。

ちょっとした雑談から驚く事実を知ってしまった。

長崎の島原の地に育ったヒノキが奈良に送られていたのだ。そして何になったかというと……。これ!

                                                                          Photo

 平城宮跡に復元された朱雀門! 当時の都の南の門である。

ここには、直径80㎝を越える太さのヒノキがふんだんに使われているが、その木は、長崎産だったのだ。なんでも、奈良の業者が買い付けに来て、70本ほど引き取ったという。長崎にそんな大木が? と半信半疑だったらしいが、ちゃんと管理されていたのである。まだ数百本はあるそうだ。

Photo_3                                              

写っている女性と比べたら、柱の太さがわかるだろう。

                                              

Photo_2

朱雀の額もかかっている。

                                             

ただし、吉野など紀伊半島と違って生長がいいから、太さの割には樹齢は短いという。そして油っ気が少ないという。だが、それがよかった。というのは、写真で見たらわかる通り、復元された朱雀門は、赤く朱が塗られている。これが当時の建築だったからだが、塗料を塗るには、油っ気がない方がよいらしい。下手に吉野産だと、うまく塗れないのだ。

ともあれ、こんなところで長崎と奈良がつながっているとは。
現在復元中の大極殿にも、ヒノキの大木がふんだんに使われている。紀伊半島で集めたと聞いているが、実はもっと全国各地から運ばれてきたかもね。

2007/10/27

長崎の林業

昨夜、長崎から帰って来た。
25日に開かれた第44回全国林材業労働災害防止大会にお呼ばれしていたのである。ここでは小難しい林業の話は急遽カットして、ひたすら楽しく地域づくりにつながるチェンソーアートの話をしていた。だって、皆さん、せっかく長崎の夜を楽しみにしているんだもの(笑)。

私も、懇親会に二次会、三次会と飲み続け、国・県・森林組合から木材関係者と「懇談」した。もちろん全国から集まってきているのだが、やはり九州の人、長崎の人が多い。そこで感じたのは、九州の林業はやはり元気なことだ。(全国全体と比べて、という意味だけど)

機械化は(内容はともかく)とりあえず当たり前。近畿などの林業地だと忌み嫌われている? 列状間伐も抵抗なくやっている。新生産システムも絡んで、質より量の素材生産を行い、またそれが時流にあっている。

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列状間伐地。3残1伐だから、間伐率は30%を越える。

でも、意気盛んな「量を出す林業」は、再造林をしないから、今後が心配。禿山ばかりにしないでくれよ。

ところで、九州と一括りにしても、実は長崎の林業は多少南部(宮崎・熊本・鹿児島)とは違う。そこで翌日見せてもらったのが、この山。

Photo                                                   

島原半島の鍋島林業                                              

スギ・ヒノキの大径木が林立している。なんだか吉野の風景と似ていると感じた。そして話している打ちに、実際に吉野と関係が深いのだ。明治時代に吉野から種苗が持ち込まれているうえに指導したのが本多静六で、遡れば土倉庄三郎との関わりが透けて見えた。意外なところで、吉野林業の拡散を感じることができたのである。そして今の奈良とも……(以下、続く)

2007/10/25

隠れチェンソーアーティスト

岩手で車を走らせて、道の駅「石神の丘」に入った。すると店の前に並ぶのが、これらの作品群。

1                                              

                                             

彫刻だ。サル、トリ、イヌときて、写真には写っていないがイノシシもある。
手彫り? いや、チェンソーアートらしい。が、これまで目にしてきたチェンソーアート作品とは、どうもテイストが違う。
中に、作者の紹介記事が張ってあった。どうやら作者は還暦をかなりすぎた人らしい。道の駅のオープン時に、どうも寂しいと、チェンソーで彫刻をすることを思いつき、毎年、干支の動物を作り出したそうだ。それが四年前。つまり、今の日本のチェンソーアートの潮流とは外れたところで始めたらしい。

もしかしたらテレビなどでチェンソーアートを見るなどしたかもしれないが、誰にも教わらずに我流で始めたのそうだ。だから、作風が独特なのだ。またチェンソーアート以外にも、木の根っこなどで作品づくりをしているとか。チェンソーアート自体は、日本に導入された最初期から扱っているベテランである。

まあ、こうした独自にチェンソーアートを始めた人は、結構たくさんいるのではないか。インディペンデントと呼べようか(笑)。技量の進歩という点からは遅れるかもしれないが、むしろ独自の作風を生み出せるかもしれないな。来年のネズミはどんな姿になるだろうか。

ちなみに吉野チェンソーアートスクールでも、次回(11月24,25日)に干支づくりを行う。その見本が、これ。Nezu3

                                                

 

                                                                                         

俵の上に乗ったネズミ君だ。これを作成したスクールの校長・福本さんも、実はインディペンデント。誰に教わるでもなく、また情報も得ずに自身で始めた。しかも1990年代だから、かなり早い。 こうしたインディペンデント大会を開くと面白いかもね。

                                                                                        

2007/10/24

書く理由

今日は、ちょっと真面目?な話。

様々な記事を書いていると、当事者が読むこともある。とくに、このブログには森林・林業関係について記すわけだが、そこに登場させたり関係している人が、プログを読んでいるケースも少なくないようだ。

取材した人はもちろん、周辺の人も。単に見てきたことを書いただけでも、見られた人がいる。すると、読み手の中にそういう人たちがいることを最初から想定しておかないといけない。そこで問題となるのは、どれだけ配慮して書くべきか、という点だ。

私の文章は、辛口だと評せられることが多いが、もし配慮が強まれば、本来の自分の意見や感想、そして書くべきことが抑制されてしまわないか。それはよいことなのか、それとも堕落なのか。

結果的に私が選んだのは、読み手の不愉快さも引き受けた上で書くことである。不愉快にならないよう、悲しまないよう、怒らさないよう、と考えて書いたのでは、その時点で書く価値は失われる。ただし、不愉快、さらに怒りも引き出しかねないことを充分に自覚して、それでも書くという理論武装を自らの中に持たねばならない。
その点から言えば、私の職業は、まさに因果な商売なのだ。

当然、書いたことに対するリアクションをも引き受けなくてはならない。
もちろんそれは表に出さないことなのだけど、相手の痛みを知りつつ書く。そうした痛みを想像できないまま書く方が、よほど危険なことだと結論づけた。

こんな執筆活動をしていると、反発もある。とくにネットは、まさに他人の痛みを引き受けない言語であふれている。それに触れて、一晩眠れない思いをしたこともあるが、それでめげているわけにはいかない。単に泣くのではなく、反発するのでもなくて、図太く対応する覚悟を持つ。これも、私なりの結論だ。
ネットで自分に対してイヤなことを書かれたことがあるだろうか? 経験としてはなくても、最近は、知らないうちに、どこに何が書き込まれているかわからない。
一番簡単なのは読まないことだけど、むしろ読んだ上で鈍感力を身につけることも大切だと感じている。知らないでいるより、知って無視するか、反論する力を身につける。

同時に傷つかないのがよいとは思わない。むしろ傷つきながらも、傷に負けない回復力も持ちたい。傷つき、傷つける。鍛え鍛えられて、次の段階に進める。それがフリーランスになって十数年の間に身につけた技だろうか。

……以上の文は、ある特定の人に送ろうと思って綴ったメールを元に記した。結局原文は、送るのは止めたのだけど、改めて自分のスタンスを確認する作業になったという点で書いてよかったと今では思っている。

2007/10/23

スギ林のアジサイ

4日間の旅行では、牛タンは食べられなかったが、ジャージャー麺と手打ちそばは食べた……という話はまたにして、岩手行で見聞きした中で、もっとも感心したのは、この写真にある「スギ林のあじさい」だ。

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よく見てほしい。スギ林の林床を覆っているのは、全部あじさいである。種類は250種、数は、以前に2万5000株まで数えたが、今はいくらかわからなくなっているそうだ。とにかく15ヘクタールのスギ林があじさいに埋めつくされているのだ。もし花が咲き乱れるシーズンに行けば、どんな風景だろうか。

あじさいの栽培には、水気が必要だが、スギ林には適度な湿りけがある。直射日光を遮りつつ、大きなもので高さ2メートルを越えている。あじさいのトンネルができそうだ。
スギも、非常に美しく伸びていた。どうやら、スギとあじさいは相性がいいらしい。

実は、あじさいは園芸的に世界的な花だ。それも日本を発祥としてシーボルトがヨーロッパに伝え、向こうで育種的に大きく開花した。西洋アジサイというのも、実は日本のあじさいの遺伝子なのである。そして世界あじさい大会も開かれている。バラに匹敵するほどの広がりがあるのだ。

もともとは、スギ林を花で覆って美しくしてやろう、という意図で植え始めたらしいが、見学客が多いので、今では「みちのくあじさい園」としてオープンしている。散策コースを設け、中に食堂やらも開いて、今では観光林業化しているようだ。
実は、それだけでなく、あじさいの花自体も出荷している。その当たりの事情は、なかなか面白く、今後の活路を開けそうな部分なのだが、それはまた改めてにしておこう。 ただ、林床栽培の換金植物として有望ではないか、と感じた。

おそらく日本一のあじさい園である。それなのに、あまり知られていないのは惜しい。                                                     

2007/10/22

農水省の書店

帰りました。……疲れた。さすがに丹波-仙台-一関-盛岡-葛巻-東京と移動した4日はきつかった。でも、最初に大阪駅で生活アートクラブの富士村真知さんと出会ってスタートした今回の旅、最後は東京の農水省「消費者の部屋」で再び富士村さんに逢って終わったのは、何か締めがよかった気がする。

生活アートクラブに関しては、http://ecodepa.jp/を。

岩手の山間部では、紅葉が見られたのが収穫。

もう一つ重大な収穫を発見をした。農水省地下の書店では、いまだに『割り箸はもったいない?』が平積みされていたのだ。そして『森林からのニッポン再生』も4、5冊あったこと。さらに『田舎で暮らす!』も書棚にあった。
さすが、“私の本がもっとも売れる書店”とされるだけあるV(^0^)。

2007/10/20

野外講演

野外講演
野外の講演、しっかりやりました。幸い雨も止んで、パワーポイントもちゃんと動いて、子供の多い聴衆相手だけど、なんとか終了。今晩は盛岡の夜を楽しみます。

2007/10/19

丹波から仙台へ

丹波から仙台へ
丹波では、森林ビジネス塾。今日が最終回だが初の女性講師である。楽しく終えて、私はとって帰って飛行機で仙台へ。遅すぎて牛タンは食べられませんでした。

2007/10/18

焼き芋となまぐさ話

今日は朝から某県庁に某件で電話する。

思っていた通りの反応。そこで某件関係者に電話をかけまくって連絡と情報収集に時間を費やす。それを元に作戦を練る。情勢はなかなか厳しいぞ。これまで私自身は、あまり表に顔を出さないで正攻法で行こうと思っていたが、少々方針転換しようかな。 頭の中でいくつかのルートを模索する。

午後、父が育てたサツマイモを持って山へ。庭ではできない焼き芋をするため。

今日はよく晴れて暑いほど。久しぶりの森遊び研究所だ。ナタで指を切ってから初めてか。まだ落葉もないし、虫はブンブン飛んでいるが、さっそく焚き火を起こす。枯れ枝をたっぷり燃やしておき火を作り、その中へアルミホイルでくるんだイモを3つ放り込む。さらにその上から枯れ枝をどっさり入れて炎を起こす。灰に埋めるようにするのが焼き芋のコツだ。本当は枯れ葉が一番なのだが。

煙から逃れて、コナラの大木に登ったり(昇るための足場が腐りかけていた。ちょっと怖い)、デッキの上で一休み。森の中にいる気分になる。
そこでおもむろに取り出した携帯電話で、某政治家の秘書に電話。某件について、あれこれ事情を説明してアドバイスをもらう。某議員を動かしてくれることを約束してくれた。

焼き芋が焼けた。本当はゆっくり森の中で賞味したいところだが、時間がない。すぐに戻りかけたら電話。例の件、OKが出た。感謝。私の考えていたことよりも先んじて手を打ってくれている。

帰宅すると、すぐに某件の資料を作ってFAX。その合間に焼き芋をむさぼり食う。

と、また電話。某件(^^;)の事務局より様子伺い。向こうも動きだしたか? ああだこうだとコチラも文句を言いつつ、アドバイスをもらう。でもチクリと皮肉もいう。そして中華鍋を振る。ただ、私の正体がばれていることに気づいた。

なんだか丸1日、生臭い話と森のエキス(笑)を混ぜたような過ごし方をした。こんな生臭いことするのは、何年ぶりかな。前回は生駒の子供たちを泣かさないために、としゃかりきになったが、もう二度とやりたくねえ、と思っていたのにな。

明日から、丹波経由で東北巡りに出る。奥州では紅葉が見られるだろうか。牛タンジャージャー麺手打ちそばを食べられるだろうか。そしてパワーポイントがちゃんと映し出せるだろうか。天候が心配だ……。

2007/10/17

割り箸シンポジウム要項

いつぞやお知らせした「割り箸シンポ」の要項が決まった。

内容は、見てのとおり「割り箸の危機」を訴える立場からで、国産割り箸の復興を林業再生の一助にする意図を忍ばせている。参加希望者は、お申し込みください。

 ■□■□■復活made in Japan『割り箸からの挑戦』■□■□■
 ~迫り来る「割り箸消滅の危機を前に、
           今一度「割り箸の存在意義」を考える~

          シンポジウム受講者募集中

   11月26日(月) JJK会館(東京都中央区築地)にて開催

 迫り来る「割り箸消滅の危機」を前に、今一度「割り箸の存在意義」
を考えるシンポジウムを開催いたします。

 ●開催概要●

 日 時:2007年11月26日(月) 13:00~16:20
 会 場:JJK会館(東京都中央区築地)
     最寄駅:東銀座(日比谷線・浅草線)徒歩3分
         築地市場(大江戸線)徒歩5分
 主 催:株式会社日本総合研究所
     財団法人日本環境財団(共催)
 協 力:特定非営利活動法人JUON(樹恩) NETWORK
 受講料:無 料  ※事前登録制

 【プログラム】                     
 13:00-13:05 開会挨拶 株式会社日本総合研究所

 13:05-13:20 基調講演
         大島 裕司
          株式会社日本総合研究所 研究員

 13:20-13:50 特別講演1
         大槻 幸一郎
          技術士(森林部門)・前千葉県副知事・
          特定非営利活動法人空とぶ森 理事長

 13:50-14:20 特別講演2
         田中 淳夫
          森林ジャーナリスト

 14:20-14:30 休 憩

 14:30-16:20 パネルディスカッション
        「割り箸の存在意義、マイ箸運動の意義等、
                割り箸を取り巻く歴史、情勢」
        「割り箸の国産化の復活とそこからもたら
         される可能性や実現に向けてのモデル・課題等」
        ◎パネリスト◎
         江尻 京子
          ごみ問題ジャーナリスト・
          多摩ニュータウン環境組合
                    リサイクルセンター長
         大槻 幸一郎
          技術士(森林部門)・前千葉県副知事・
          特定非営利活動法人空とぶ森 理事長
         佐藤 敬一
          東京農工大学 農学部 准教授
          特定非営利活動法人JUON NETWORK
          割り箸担当理事
         田中 淳夫
          森林ジャーナリスト

 16:20     閉会挨拶

  ※都合によりスケジュール、内容等が変更となる場合があります。

 ●申し込み方法●
  下記の様式に必要事項をご入力の上、下記メール宛にご返信
  いただくか、様式を出力し必要事項をご記入の上、FAX
  にてお申し込みください。

 ●申込締切●
  2007年11月19日(月)
  受付完了後、入場引換券をお送りします。

 ●事前質問の受付●
  割り箸の国産化等に関する質問がございましたら、併せてご連絡
  ください。
  ※但し締切は11月12日(月)とさせていただきます
  ご質問の多かった内容については、パネルディスカッション
  にて回答させていただく予定でございます。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■「復活made in Japan『割り箸からの挑戦』」に関するお問合せ先
  財団法人日本環境財団 事務局
  Tel:03-5413-4730 Fax:03-5413-4727
  e-mail: info-jef@jef.jp
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

↓以下の様式を当メール宛にご返信ください
==============================================================
     「復活made in Japan『割り箸からの挑戦』」
  ~迫り来る「割り箸消滅の危機を前に、
           今一度「割り箸の存在意義」を考える~

          ◇シンポジウム 参加申込書◇
==============================================================

氏名

団体名

部署名

ご連絡先住所

ご連絡先電話番号

参加人数
(必ずご同行者様の氏名、団体名、部署名をご記入ください)

ご質問

e-mail宛先:info-jef@jef.jp
FAX宛先:03-5413-4727

==============================================================

テンプレート変更

発作的にテンプレートのデザイン、変えました。

まだ昼はTシャツ1枚で過ごしているけど、そろそろ秋の装いをしてもいいかな、と。

紅葉や落葉、ドングリの季節はこれからです。

2007/10/16

講演会場

近頃、パワーポイントを購入して遊んでいる。

講演で、何もオシャレな動画などを駆使して粋がろうというわけではない。これまで、写真などを映し出すにしても、なかなか自分のイメージどおりにならないことが多かった。それを少し自分でいじろうという小心な発想である。

で、その第1回目となりそうなのが、この週末だ。岩手県にお呼ばれしている。その担当者から、会場を設営しています、というメールとともに会場写真が送られてきた。それが、これ。無断で転載ね。

Photoどひゃ! 松林の中の完全な野外である。そして 椅子は丸太の輪切り。

育樹祭の会場です、とは聞いていたが、てっきり野外ステージみたいなところがあるのだと思っていた。まさか。

これで晴れていたら、素敵な環境だ! ……と喜びたいが、肝心のパワーポイントのデビュー、上手くいくかなあ(^o^)。

2007/10/15

謎の巨石群

昨日の吉野の用件は、比較的早く終わったので、その後はアチコチ寄り道しながら帰った。その一つが、これ。ところは宇陀市某所。

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これ、嶽太郎

                                            

                                             

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こちらが嶽次郎さん。

                                              

  

                                                                                           

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当然、嶽三郎もいますよ。

                                                 

                                                      

何かわかる? そう、石です(^o^)。それも結構大きい石。

写っているもので、高さ2~3メートルくらいかな。

しかも立っている! ここがミソ。森(松林やスギ林)の中に巨石が林立しているのだ。ざっと十数個はあって、名前は全部にはついていないけど、全体で「嶽の立石」と呼ばれている。ほかに「寝石」「蛇石」もあるけど。3

嶽の何番目の兄弟かな。

                                            

これをメンヒルと見立てることもできる。いや、見立てている。さらに宇宙の星座との関係を説く人もいる。すでに全国でも知る人ぞ知る名所だ。
巨石マニア、オカルトマニアには、嬉しいところではないか。

しかも、これらは昔から知られていたのではなく、最近作られた。山の中に岩が林立していることを知って、遊歩道を作ったり、名前をつけて立て札付けたりと、努力が実って売り出し中なのだ。もちろん、巨石文化の名残として。

これも、地域づくりである。近頃は、隣接地にヤマザクラの名所づくりも行われているようで、両者合わせて今後が楽しみ。ちなみに手がけているのは、有志だそうだ。

こういうネタも、恥ずかしがらずにやらないと。

さて、その後は、宇陀の室生を回った。こちらも岩を御神体?とする龍穴神社はお祭中で遠慮して、女人高野と呼ばれる美しい室生寺は、時間がないのでパス。

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拡大しないとわかりにくいが、岩には弥勒磨崖仏が彫られている。高さは10メートル以上あるだろう。

  

                                                                                  

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その対岸の大野寺。ひなびた小さなお寺なんだけど、縁の行者が開創し、空海が堂を建てたという由来のある古刹。磨崖仏の遥拝所でもある。

室生は、山間に集落が点在しているが、吉野ほど険しくない地形のおかげで、たおやかな日本の原風景が残されている。

2007/10/14

山と里の結界

今日は、古文書関係で吉野歴史資料館に出かけていたが、そこで館長と吉野談義を長々としてしまった。

吉野というと、一般にはサクラの吉野山とか、多くの史跡を思い浮かべるようだが、そうした吉野と山深い吉野がある。その境界は宮滝ではないか、という話から、古今東西の文化と歴史の話となり、古来から吉野が聖地として見られていたのはなぜか、と広がった。

それこそ神武の東征、丹生川上神社の水銀、分水嶺の水分神社、壬申の乱……。大海皇子が吉野離宮(宮滝)で立ち上がったことで始まる古代の大乱は、吉野を聖地とするきっかけであるなどと、結構スケールの大きい話となった(笑)。

それはともかく、大和朝廷が奈良盆地に勢力を広げた里の文化圏だとしたら、やはり山の世界に対する畏怖と警戒があり、それが結界を生み出したと考えられる。

実は、この考え方は、全国どこでも通用するのではないか。里と山には、あきらかに文化の違いがある。その境目には結界がある。この結界の存在を忘れていることが、地域社会をややこしくしているではないか。そのうえ今や表層は里の文化が全国を覆い尽くしているが、深層には山の文化が埋もれている。それも本当の地域性を読みにくくしているのではないか。

日本列島を、里と山の二つの社会から成り立っていると見ると、山村の存在意義とか、都会人の田舎暮らし志向などを理解しやすくなるのではないか……。

Photo

宮滝は奇岩の景勝地として知られる。

2007/10/13

テスト問題

今日届いた郵便物の中に、某教育関係の出版社からの通知があり、そこには拙著の文章が、このほど実施された中学3年用の国語のテスト問題に使われたとあった。

それは『割り箸はもったいない?』の一節。といっても割り箸に関するところではなく、日本の森林問題の本質をまとめた部分である。世界の森林問題は木を伐りすぎたことだが、日本の場合は木を伐らなさすぎること、という趣旨である。それを元に6つの設問がされている。私も解こうと思ったが、頭が痛くなったので止めた(^^;)。

これを中学3年生約5万1000人が解いたのか。いや、解けたかどうかは知らないが、少なくても問題文として読んだだろう。もちろん、あくまで問題を解くために読んだのだろうが、少しは内容も印象に残ったかな?

思えば、私も学生時代に教科書やテスト問題などに登場するエッセイなどをかなり読んだはずだが、なかには面白くて問題そのものより覚えているものもある。
たとえば「蛇、長すぎる」とかいうエッセイでは、なぜ蛇が嫌われるか、怖がられるか、という分析をしていて感心した記憶がある。トカゲは平気で触れる人でも、蛇はいや。その差は形状や動きが、人間にとって違和感があるからではないか……といった話だったと思うのだが、さて、それがどんな問題だったか、それとも教科書の一文だったかも覚えていない。でも、普通に学生生活を送っていたら読まなかっただろう、一文だった。

さて、拙文を読んだ学生は、日本の森林問題に対して少しでも理解してくれただろうか。もしこれを機会に日本の森林に興味を持ってくれたのなら幸いだ。

2007/10/12

山に木道を

公共事業に国産材を、という声は、いまだに強い。

木造ガードレール、高速道路の木造遮音板、木造砂防ダム……どれも悪くはないと思うが、イマイチだ。それに無意味に木材を使っても、機能が劣れば悪影響が出るし、高いから税金の無駄遣いにもなる。何かよい新しい木材の使い道はないかと考えていた。

そこで思いついたのが、コレ!

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写真は、どちらも屋久島の縄文杉への道のりだが、ほとんどの行程に木道が敷いてあった。トロッコ道はもちろん、登山道になっても、7割がた木道があったのではないか。おかげで急斜面も階段が刻んであるので、難なく登れる。

もちろん目的は、膨大な登山者から山を守るためだろう。地道を年間7万人も往復したら、すぐに山の表土はえぐれて、そこに雨が降ろうものなら、ずたずたになってしまいかねない。それに怪我人が出たら、救出もやっかい。展望台を築いたのも、縄文杉に近づきすぎないよう、いわば隔離するためだ。それにしても、よく、これだけの木道を作ったな、と感心した。

これらの木道や展望施設に使われる木材の量は馬鹿にならない。ここに国産材による木道キットを考案して、投入するのだ。もちろん、腐食防止措置は必要だし、スギのような柔らかい木を木道にするには工夫がいるだろう。だが、それは技術がカバーするはずだ。

全国の国立公園・国定公園のハイキング道、そして森林公園の遊歩道なども、全部木道で整備する公共事業を発案したらどうだろうか。
建設には山を知っていないといけないから、雇用も地元の人優先になるだろう。山の中の建設は大変そうだが、先にモノレールを設置して材料や作業員を山に上げて、モノレールに沿って木道を敷設するなど、工法はいろいろ考えられる。何より環境を守ることに貢献すると訴えられるから、反対意見も少ないだろう。

一部の登山家は、自然の道を歩きたいと反対するかもしれないが、「あなたの足跡が山の自然を破壊しているのですよ」と反論すれば黙らせられる(笑)。うだうだ言ったら、入山規制するぞの脅しもかけられるなあ。

これこそ、正真正銘の緑の公共事業だ。木材使って緑を守るを地で行く。

どうだ?                                                                                             

2007/10/11

再び緑のオーナー制度

またお昼のワイドショーで、「緑のオーナー制度」を取り上げて、詐欺だ! と気勢を上げていた。しつこい(笑)。

まあ、林野庁もいろいろ不備のある制度を勢いで作り上げ、よく500億円も集めたものだと思うが、私個人としては、もう諦めろよ、と思ってしまう。
最大の問題は、リスクを明記していなかったことが詐欺に当たるのではないか、という点だ。しかし分収林制度は昔からあり、そこではリスク明記なんかされていない。まともな契約書さえない場合もある。山を金融商品として見るのは、現代の感覚すぎる。

思えばバブルの頃、私も銀行金利の低さに唖然として、かといって株式投資する気にもなれず(株の記事を書くために、毎日証券会社を取材していたんだけどね)、投資信託に預金を放り込んだ。その時の銀行マンの言葉は忘れない。
「絶対、元本割れはしません。いざとなったら国が補償しますよ」(このセリフを言った、当時の住友銀行生駒支店の●○氏。覚えているかね。)
だがバブル崩壊とともに、元本が危なくなってきたのに気づいた。しかし途中解約はできないのだ。ジリジリと待って、満期時には見事に元本割れして返ってきたよ(;_;)。

でも、文句は言っていない。自分の責任だと諦めている。国や大銀行がやっているから安心なんて甘い甘い。自己責任だよ。

そういえば、危険を侵してボランティアや報道のためにイラクに入って拉致・拘束された日本人に対して「自己責任論」をふっかけてバッシングした人々は、緑のオーナー制度を批判できるのだろうか。ちょうど、またイランで日本人大学生が拘束されたようだが……。

閑話休題。
私は、緑のオーナー制度には、別の疑問を持っている。これって、本当に分収林なのか、ということだ。分収なら、払ったお金は契約した自分の森林に使われるはずである。それならば、伐採時に思うような売上がなくても仕方ないと思う。

しかし、緑のオーナー制度で契約する森林は、多くが林齢30年以上のようだ。ならば何に金を使うのか。下刈りは必要ないし、徐間伐だっていらない時期に来ているはず。ほとんど保育時期が終わった森林を対象にするのなら、そもそも支払った金は何に使ったのか。本当に契約林のために使い切ったのか。

おそらく、緑のオーナー制度で集めた金は、契約した森林に使われていない。ほかの、荒れた森林に使ったと想像する。特別会計の中で、どんぶり勘定にしてしまったのだろう。つまり、最初から分収林ではなかった。ほとんど寄付金感覚で集めたのだろう。

いっそのこと、満期が来ても「今伐ると損です。伐期を延長して100年200年の巨木の森を作りましょう、ひいては管理費を追加で払っていただきたく……」と契約者に申し出たらどうだったのかなあ。

2007/10/10

水源の里条例

京都府綾部市では、今年度から「水源の里条例」を施行している。
これは、いわゆる限界集落対策だ。おそらく、自治体がまともに限界集落に取り組む唯一の例ではないだろうか。

具体的には、
[1]市役所からおおむね二十五キロ以上離れている
[2]高齢者比率が六〇%以上の地域
[3]世帯数が二十戸未満の地域
[4]自治会が水源地域に位置している
         ……などの条件を満たす地域を水源の里と定義づけた。キャッチフレーズは「上流は下流を思い、下流は上流に感謝する」である。

選ばれた5つの集落には、約4000万円の補助金が用意された。
内訳は、水洗化と公共交通の確保、空き屋整備と移住者向けの補助制度、地域特産物の開発、農林業を通じた都市住民との交流事業など。すでに山菜や栃の実などの特産品づくりや、フキ摘みのツアーで賑わい、移住予定者も現れたそうだ。

それらがどんな効果をもたらすか、は今後を見て行きたい。正直言って、多少の補助では、延命処置にはなっても充分な活性化にはならないだろう。しかし、消滅するまで放置するよりは一等マシである。

なかでも私が興味を持ったのは、この条例づくりに尽力した市長の言葉である。
市長は直に限界集落を歩いて、活気のあるところとない集落の差に気づいた。活気が残っている地域とは、生業のあるところだったのだ。仕事があり、都市部との交流があるところは活気があった。年金暮らしでは、なんとか暮らせても活気を保てない……。単なる金は、集落を支えず、自ら稼ぎだす金は、地域を活気づける。

屋久島に移住した詩人の山尾三省(故人)と逢った時、緑の美しさや夜の暗さ、雨の風景に満天の星空などなど田舎暮らしの素晴らしさを語ってくれたが、「では、田舎のよくないところは」との質問に、即座に応えた。
「そりゃ、金のないことです」
どっと笑いが起きたが、そこで彼は言った。「だって、そうでしょ。こんなに素晴らしいところなのに人が住まなくなるのは、金がないからですよ」

この言葉、今になって心に染み渡る。

2007/10/09

森の“聞き書き甲子園"と総合学習

今年も、森の“聞き書き甲子園"が始まっている。

森の生活の技術で卓越した人「森の名手・名人」を100人選び、そこに高校生が話を聞きに行く……という趣向。毎年100人なら600人もの名手・名人が選ばれたことになる。第6回ともなると、名人探しが大変だろう……と思ってしまう。ただ今年は、新たに選定した88人とこれまでに選定されている12人と合わせての100人らしい。もともと名人の顕彰というよりは、聞き書きする高校生の教育効果に重きを置いているのである。

ま、そんなことに難癖つけるつもりはないが、今春の森の“聞き書き甲子園"フォーラムで、第5回の選評を述べた塩野米松さんは、「今回はとくに優秀な作品が多かった」と言っている。その理由を考えたところ、「ゆとり教育の成果かもしれない」。

ゆとり教育。今や風前の灯火というか、むしろ否定されている。政府の方針は、再び学力強化に大きく揺れているからだ。しかし私は、塩野さんの言いたいことがなんとなくわかる。インタビュー(聞き書き)力とは、付け刃の知識では身につかない。自ら考え世間全体を見る力が必要だ。自分で調べるという経験を積み重ねないと、他人に話を聞けない。そしてゆとり教育の目玉が自ら調べる「総合学習」だった。

小中学校で総合学習の時間を通過した生徒が、ちょうど今高校生である。総合学習のために一般科目の勉強時間が減った、と一部の保護者や教育関係者に目の敵にされたが、それが森の“聞き書き甲子園"の優秀さを支えているとしたら……。

こんなことを考えたのは、たまたま娘に現在の総合学習について聞いたら、復習の時間に刷り変わっていたからだ。自主学習を過去の勉強を振り返る時間にするとしたら、まさに「ゆとり」は無くなっている。
私が常々娘に言っているのは、「勉強しすぎたらアホになる」であるが、ゆとりをなくしたら考える力は落ちる。

塩野理論が正しければ、数年後の森の“聞き書き甲子園"は、レベルが落ちていくかもしれない。

2007/10/08

木霊神社

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東吉野村の丹生川上神社中社の中にある木霊神社。

本殿の内と外に分かれて林立する夫婦スギ。寄り添っているようでも、立つ位置は別の世界なんですね。なんだか、人生を表しているよう……なんて書いたら、腹を探られ疑われるかも(笑)。

ところで、この霊木の樹齢はおそらく数百年ある。でも神社は、おそらく木材関係者が明治以後に祀ったのだろう。つまり、本殿建てる時にあえて2本の木の間に塀を作ったことになる。

2007/10/07

店番

今日は、吉野チェンソーアートスクールのオープン日(自由練習日)。私は、その「店番」に、吉野アートスタジアムに朝から詰めた。

朝8時半に各種の鍵を開けて会場を設定し、やってきた人々の受付と簡単な案内をし、必要な人に木材や燃料・オイルなどを販売し……それで、もう終わり。あとは、参加者自身が自由にやることになっている。

私は、小川のせせらぎと、のざわめきと、ラジオから流れるシューマンの音楽を聞きながら読書。と言いたいところだが、なんと言ってもチェンソーアートなんだから、みんなが練習を始めたらウィンウィンと轟音が響く。まあ、これもBGMのつもりで楽しもう。昨日に続いて、チェンソーアートに耳から浸る。
昨日のイベントは人が少なかったと書いたが、山の中に比べると人だらけだったな、と妙な感想を抱く。

今日はみんな朝から用事があって来れないということで私がピンチヒッターに立ったのだが、有り難いことに10時を過ぎた頃から続々とスタッフがやってきた。私一人では不安なのだろう(^^;)。おかげで話し相手にも不自由しないし、一方で携帯の電波も通じないし、のんびりした休日になったと言えるかもしれない。

2007/10/06

森林の市

大阪の近畿中国森林管理局前で開かれている「第1回水都おおさか森林(もり)の市」を覗きに行った。

会場は、JR桜宮駅を降りてすぐ、大川(淀川から分岐した大阪市内を流れる川)沿いである。「森林の市」と言えば、東京の日比谷公園で毎年開かれているものがあるが、その関西版というところか。

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写真は、できるだけ人の多いところを写したもの。

                               

しかし、規模はずっと小さい。東京の市が、全国の国産材商品が出展され、様々な催し物が行われる一大イベントなのだが、こちらは出展もちらほら。しかも府県のブースが多く、さほど見るものはなかった。当てにしていた食べ物関係も少ない。丸太切りとか、木工などのブースもあるが、イマイチ盛り上がっていない。目玉企画も見当たらないのである。

ただチェンソーアートショーが、行われていた。003_2  演者はなんと知り合いであった。

              

                                                                          

ステージもあるが、人がいたのは、無料の苗の配布する時だけ(^^;)。やはり、盛り上がりが足りないのは、来訪者がそんなに多くないためだろう。どの程度宣伝したのか知らないが、私だって、たまたま直前のML情報で知ったのだから、充分に告知を行っていたとは言えない。運営も不慣れなら、動員かかったお役人も大変でした。

007 これは一応あった、奈良ブース。非常に狭く、一つのテントを京都ブースと分け合い、ほとんど展示物がないのが辛いなあ(^^;)。

                                            

実は、自宅を出る直前に連れができ二人で訪れていたのだが、おかげで間が持てた。一人で来ていたら滞在30分で会場を出たかもしれない。

午後は、天神さんの古本市に行った。こちらの方は、なかなか賑わっていたよ。

2007/10/05

新米その後

先に建設会社から届いた新米。玄米のままなので困っているという話を書いた。

そろそろ自宅の米も底をつき、別途買うか、この玄米を食べられるようにするかの瀬戸際になった。私は、玄米ご飯を食べたいとは思わない。あれは消化に悪いでしょ。たまに一口二口なら悪くないが、毎日は辛い。だいたいロハスなんて、真っ平御免なのである。

そこで思い切って農協に飛び込む。すると精米機は、もうないのだという。
農協からも精米機が姿を消した? そう、今や農協の仕事から農業は消えつつあるのだ。だいたい生駒に専業農家は数軒しかない。兼業農家にとっては、農協はお金を預けたり借りたり、保険に入ったりという金融業である。農地つぶして駐車場にするには、どうしたらよいか教えてくれたりもする機関なのだ。
不思議と農協は、かなりの都会でもまだ存在するが、精米施設があるかないかが田舎の農協と都会の農協の分かれ目かもしれない。

が、自動精米機のあるところを教えてくれた。生駒も半分は農村?なので、需要はあるらしい。車で約20分のところに、ログハウス風の精米小屋があった。駐車場の一角である。自動精米機が設置されているかどうかも、田舎と都会の区分になるかもしれないな。

自動精米機を使うのは初めて。今は進歩していて、玄米を投入すると、精米具合も選べる。無洗米にすることもできた。10キロ100円~200円だ。私は、無洗米を選んだ。洗わなくてもよいだけでなく、きれいに糠が取れていて、味もよいと思う。
数分で終わり、受け口から精米済の米を袋に流し込んで終わり。結構楽しい(^o^)。

しかも、糠も取り放題。ちょうど自家製ぬか漬けに凝っているところなので、しっかり持って帰る。おそらく持ち込んだ玄米の糠以上の量をいただいた。今度は何を漬けようか。そういえば糠に使用済天ぷら油を染み込ませて肥料にしてみてもよい。昔、農家で教わったよ。

また、誰か玄米送ってくれていかなv(^0^)

2007/10/04

田舎の景観力

昨日は、また吉野に行っていたが、少し幹線を外して通った。
すると、細い田舎の里道に沿って、ドキリとする風景がそこかしこに広がっていた。

彼岸花が満開なのだ。

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  天気がイマイチだったのが残念。少し写真にすると発色が悪い。                                                   

                                              

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あまりに無造作に、畦道だけでなく、自動車道沿い、そして空き地には乱れ咲きしているし、石垣にまで立体的に赤い花々が覆っている。驚いたのは、スギ林の林床に彼岸花が広がっているところさえあった。そこだけ世界が変わってしまったかのような赤だ。

これだけの景観が、ヨソモノなど滅多に来ないようなところに広がっているとは、田舎の底力を感じた。もちろん、観光用にしつらえた景観でもない。おそらく、地元の人にとっては見慣れた、もしかしたら飽きのきた風景なのかもしれないが、すごいインパクトのある世界だった。

田舎のこうした価値を、もっとちゃんと評価する方法はないだろうか。観光開発して何人訪問したか、なんて数字ではなく、こんな景色を維持している地域の力を現すような……。
森林認証制度ならぬ,里山景観認証制度みたいなものを作って、ちゃんとお墨付きを与える。今度「にほんの里100選」を選定するそうだが、もっと客観的な評価基準を決めて、田舎の景観力として認定する。

景観も、日本の国力である。そして財産である。

たとえば、それを地方交付税の交付金算定に加えることで、地域にも還元できるはずだ。今は森林面積も交付金の計算には加味しているのだから、不可能ではないと思う。  
結果的に経済だけでなく、田舎の生活に誇りを持たせるアイテムにもならないか。

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2007/10/03

奈良県立民俗博物館

奈良県立民俗博物館に行ってきた。漫才師「笑い飯」の持ちネタで有名になった、奈良県の誇る?博物館である。

ここで「木を育て、山に生きる-吉野・山林利用の民族誌」という特別展が開かれているからだ。この博物館に収蔵されている林業や木工の用具類1908点が国の重要文化財に指定されたことを記念しての開催だという。

正直言って、展示は旧態依然で、古い道具を単に並べているだけに見える。
どうせなら、現代の道具と並べて、その差を浮かび上がらせると面白いのに。昔のヨキとノコギリとチェンソーを並べてほしい。チェンソーだって、あと50年したら「チェンソーって、彫刻(チェンソーアート)の道具でしょ。こんなので林業できるの?」と言われるようになるかもしれない。伐採はみんなハーベスタになっていてもおかしくないからだ。今のうちに博物館で保存しておいた方がよいよ。

が、私が注目したのは、やはり割り箸製造の道具。昔の手づくりの過程がよくわかる。それに使い込まれた道具類。その手順を見ていると、昔の割り箸は、2本に分かれたバラ箸も多かったように思う。今のように途中まで切れ込みが入って、食べる前に割るのは、明治時代に簡単に切れ目を入れられる「小割り機」が登場してからでないと、あまり普及していなかったのではないか。

ちなみに展示は貧弱でも、出色の出来は、展示会のパンフレット。しっかりしたイラストと古い写真、そして専門家の解説は、貴重な資料となる。900円だが、迷わず買った……というより、これを手に入れるために博物館に行ったようなものである。

2007/10/02

割り箸シンポと「ちりとてちん」

以前も少し紹介したが、割り箸のシンポジウムの開催が決まった。

11月26日(月)である。13:00~16:20
場所は、銀座。東京都中央区築地の全国情報サービス産業厚生年金基金「JJK会館」2階多目的ホール……らしい。詳しいことはまた紹介する。平日だけど、興味のある人は来てください。
私のほか、林野庁OBで千葉県前副知事の大槻幸一郎氏も講演する。またパネル・ディスカッションの時間をかなり長く取り、本格的な議論を試みる計画だ。

ところで、先日「もてなし」でケチをつけたNHKの朝のテレビ小説だが、「どんと晴れ」の次は「ちりとてちん」だそうである。
そして最初の舞台は福井の小浜。小浜と言えば、塗り箸の産地で、昨年取材に行ったなあ……と思っていたら、主人公の祖父は、塗り箸職人だった。

もし、このドラマを見ている人がいたら、筋書きはどうでもいいから(^^;)、塗り箸づくりのシーンを見てみよう。
ただし、ここで描かれているのは、今から20数年前らしいし、登場する職人も、伝統的職人。つまり、漆を何度も重ね塗りして、さらに金箔やら螺鈿やらを張り付けて磨き……というスタイルである。こういった職人とそんな工程を経た塗り箸は、今はほとんどない。

伝統工芸士なみの人は、今や一人か二人だそうである。たいてい機械化して、「塗り」ではなく、「吹きつけ」になっているし、そもそも塗るのも漆ではなくウレタンやアクリル塗料だ。そして蒔絵や螺鈿細工もなく、プリントが主流になっている。

そんな予備知識を持って、古き良き?塗り箸職人の世界を見学するつもりで見てください。

2007/10/01

届いた新米

宅配便で、お米が届いた。新米である。

送り主に覚えがない。封を切って案内状を読むと、建設会社だった。
どうやら建設会社の協同組合に勤める旧友が手配したらしい。でも、なぜ建設会社から新米が送られるのか。

実は、この会社、とうとう農業分野に進出したのである。もともとダム建設を得意としていたのに、多角経営の一環で米づくりを始めたわけだ。水稲のほかにもシイタケ、それに産廃処理業も始めたらしい。

もともと地方の建設業で働く人は、実家が農家だったりして農業技術を持つ人も多い。だから公共事業の削減で土建仕事が立ち行かなくなると、農業への進出が可能な選択肢として上がってきたのだ。

もちろん甘くない。建設会社だから、作る技術はあっても売る技術がない。その点は公共事業への対応と同じだ。もちろん売上も小さい。とはいえ、有機農法に挑戦して10ha以上の農地を耕しているそうである。この試み、今後を見守りたい。

ちょっと厳しい見方をすると、地方の疲弊、田舎の衰退が言われているが、その理由に上がる公共事業削減とは、ようするに土建仕事の減少であった。逆に言えば、田舎は、農業ではなく公共事業たる土建仕事で生き長らえてきた。
だから公共事業が減って建設業が減るのは、当たり前であり、決して衰退ではないのだ。問題は、あぶれた建設業者が次に行う仕事が定まらないことである。その選択肢に農業が入るのは、理の当然かもしれない。

さて、送られてきたのはどんな米か、まだ食べていない。だって、玄米なんだもの(^^;)。

田舎なら、自動精米機が各所にあるものだが、生駒であるかなあ。なかったら、どうして食べようか。玄米ご飯を炊く元気は……誰か助けて。

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森と林業と田舎