朱雀門と長崎
昨日の続き。
ちょっとした雑談から驚く事実を知ってしまった。
長崎の島原の地に育ったヒノキが奈良に送られていたのだ。そして何になったかというと……。これ!
平城宮跡に復元された朱雀門! 当時の都の南の門である。
ここには、直径80㎝を越える太さのヒノキがふんだんに使われているが、その木は、長崎産だったのだ。なんでも、奈良の業者が買い付けに来て、70本ほど引き取ったという。長崎にそんな大木が? と半信半疑だったらしいが、ちゃんと管理されていたのである。まだ数百本はあるそうだ。
写っている女性と比べたら、柱の太さがわかるだろう。
朱雀の額もかかっている。
ただし、吉野など紀伊半島と違って生長がいいから、太さの割には樹齢は短いという。そして油っ気が少ないという。だが、それがよかった。というのは、写真で見たらわかる通り、復元された朱雀門は、赤く朱が塗られている。これが当時の建築だったからだが、塗料を塗るには、油っ気がない方がよいらしい。下手に吉野産だと、うまく塗れないのだ。
ともあれ、こんなところで長崎と奈良がつながっているとは。
現在復元中の大極殿にも、ヒノキの大木がふんだんに使われている。紀伊半島で集めたと聞いているが、実はもっと全国各地から運ばれてきたかもね。
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聞いたところによると、
全国から集められ、吉野では東吉野から出された映像をみせて頂きました。
投稿: ジェリー | 2007/10/28 10:29
大極殿に使われるヒノキの柱は、奈良、和歌山、三重産のものだと公式には言っているのですが、どこまで本当かは???です。
東吉野からも、当然出ているでしょうね。ただ、吉野でもヒノキの大木はかなり少ないと思います。
投稿: 田中淳夫 | 2007/10/29 00:33