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2007年11月

2007/11/30

山村が歩む道

徳島では大学内宿舎に泊まった。誰もいない学内……。

本当は今日、徳島県の池田にある樹恩ネットワークの割り箸工場を視察したいと思っていたのだが、午後に会議が入ってしまった。そこで早々に大阪へ帰る。そして生駒山系歴史文化研究会に出席。ここでは生駒山の活性化について話し合う。強行軍だあ。

一昨日は、大阪で「田舎でシニア起業」シンポジウムに顔を出して、昨日は徳島大学のセミナーで山村問題を論じ、今日は都会に近い里山・生駒山について協議……限界集落の話から、都市の再開発と森林公園や観光客の誘致までまたがる話題だ。しかし、意外とどのテーマもつながっているんだな。

なぜなら田舎で起業を目指すことは、田舎の活性化を目指すことであり、それは都会に近かろうと遠かろうと方法論的に同じだからだ。

山村地域が今後歩む道として、私は徳島大学で次のように提示した。

1、地元民が頑張る。都会の人はそれを応援する。

2、IターンUターン者を呼び込んで、頑張ってもらう。

3、都会の人が田舎のためになる事業を都会で行う。

4、何もしない。

実は上部ほど難しく、下部ほど現実的。さあ、貴方ならどの選択肢を選ぶ? どこの部分に関われる? いや高みの見物か?

2007/11/29

徳島大学

徳島大学
今日は徳島大学のセミナー。山村問題を論じる。ちょっと衝撃を与えたかもしれない。(((^_^;)
でもまあ、若い人たち向きに話すのは、わりと好きである。拙著も売れたし。
実は大阪で田舎起業に関するシンポジウムに出席した。そこで考えたり仕入れた情報も話していたよ。

夜は同じ講師と飲み歩く。やっぱり飲み屋のない山村には住めないな……。

2007/11/28

読売新聞11/26

割り箸シンポが開かれた11月26日。

読売新聞の夕刊に「吉野杉割り箸」が紹介されていると連絡を受けて、急ぎ購入した。

あるある。「mono語り」というコラムで、なんと拙著『割り箸はもったいない?』を読んで、秋葉原の老舗(箸勝本店だな。シンポにも社長以下、たくさん来てくださっていた。)に割り箸を買いに行った、と書かれてある。200~300種類の中から「利久箸」を選んで買ったそうだ。(でも写真を見ると、バラ利久、らんちゅうのようだが)

割り箸シンポについては触れていないし、この日に載ったのは偶然だろうが、なかなかのグッドタイミングである。

2007/11/27

割り箸シンポ雑感

東京から帰って来ました。
割り箸シンポの様子を簡単に紹介しつつ感じたことを書いてておこう。講演は私を含めて二人、それに加えてあと二人がパネラーである。

ちょっと意外だったのは、私以外の人は、直接割り箸について触れない内容を話すことだ。せいぜいゴミ問題ジャーナリストの江尻京子さんが、割り箸をゴミの立場から語る程度。それもライフスタイルが主要テーマである。樹恩ネットワークの理事さえ、樹恩割り箸についてあまり触れない。何も割り箸のシンポジウムで森林ボランティアとか、森林の二酸化炭素吸収の説明をしなくていいじゃないか。あえて避けている? それとも何か深い考えがあってなのか? それが不思議だった。

そこで私が、ほかの講師にバンバン噛みついて? 強引に割り箸の話題に引きずり込む状況となった。

最後にマイ箸派のおば様が食いついてきたのだが、その論法は「せっかくリサイクルとかゴミ減量の運動をしているのに、いきなり割り箸を使えと言われても困る。今は過度期だから……」という内容。そこで生ゴミを燃やすのに重油を使っている、いないという末梢的な論争になったのだが、重油を使わないかわりにプラスチックゴミを投入しているんでは同じやん。
まっ、この言い争いは、会場が盛り上がったという点で、主催者側から高い評価をいただきました(^o^)。

私が主に展開したのは、「使い捨て」とは使って捨てることである、という点。使ってから捨てるのになぜもったいないのか? それなら使わずに捨てている間伐材はどうなるのだ、焼却処分されている端材はどうなんだ、ということを考えていただきたい。とくに切り捨て間伐は、税金を使って木を捨てているわけで、非常に怒りを覚える。

そして、馬鹿の一つ覚えの長伐期施業。木を太くすれば高く売れるなんて、幻想だ。細い間伐材、小さな端材を、いかに高い商品にするのか、というのが林業の本質だと訴えた。その点から割り箸は、非常に優秀な林業の象徴なのだ。

終わってから、会場で割り箸業者や林材業関係者が挨拶に見えられた。なかには北海道でかつて割り箸を製造していた人もいた。吉野からも人が来ていた。彼らと熱い握手を交わした。これを機に割り箸の反転攻勢に期待したい。

ただし、付け加えておくと、私は皆さんが思っているほど、割り箸そのものに熱い思いをもっているわけじゃない。もし、割り箸以上に端材が高く売れる商品が開発されれば、割り箸は海外に任せたっていいのだ。ようは林業を再生し、森林を元気にすることが究極の目的である。その点をお忘れなく。

割り箸シンポの出来事

昨日は東京で割り箸シンポ。詳しい状況はまた紹介するとして、情けない出来事があった。
拙著、割り箸本と森ポンの二冊を見本に展示しておいたら、なんとなくなったのだ。無料配布ではありません(泣)
場所柄シンポの参加者以外立ち入らないところだけに、絶対会場に犯人いるはずなんだが。悔しい…

2007/11/24

奈良の魅力

昨日に引き続いて、今日も奈良の街。

この連休3日間は、完全に快晴が続きそうで、しかも紅葉真っ盛り。観光客・行楽客は、かなり多い。外国人の姿も目立つ。

004 これでも官庁通り                                           

                                            

奈良の魅力を自然の面から考えると、やはり県庁所在地の都心部に野生の鹿が走り回り、広い芝地と豊かな緑が覆っていることだろう。県庁の目の前に世界遺産に指定されている原始林があるのだ。こんな都市は、日本でもほかにないし、世界でも珍しい。

たまたま知り合った若い女性は、「一人旅で奈良を訪れて、気に入ったので住みついた」と言っていた。これは、すごいことである。いや、一人旅でなく二人旅でも、目的が観光でなくコチラにいる彼氏に逢うためでも何でもよいのだが、訪問者から滞在者へ乗り越えさせた都市の魅力は誇るべきだと思う。

008西日が枯れ葉を光らせる                                                                                             

実は私は、近頃総務省だったか国交省だったかが提示している「交流人口」をあまり信じていない。完全に移り住むのではなく、観光などで、その地に通う人を増やすことで地域の活性化を目指すという考え方だ。

正確に言えば、通う人を増やすのは賛成なのだが、それが観光的な訪問だと、経済面だけならともかく、地域活性化にはほとんど効果がないように感じるのだ。それは一方的な関係だからである。金を落とすだけでなく、地域で稼ぐビジネス関係まで行って、ようやく本当に活性化とか分かり合えるのではないか……と思う。

だから移り住んで、コチラの会社に勤めている彼女は、奈良の本当の魅力を知っているのだろう。

今日は夕日が美しかった。そして満月は夜の森を賑やかにしていた。

2007/11/23

奈良の鹿

奈良の鹿
奈良公園に来ています。鹿は、やっぱり可愛いねえ(*^^*)
先日は鹿の血みどろ解体を見学し、毎日鹿肉食べているが、全然違和感ないのが私なのであります。

2007/11/22

村営水力発電所

昨日の「丹波竜」発掘現場だが、ここで私は化石発掘より興味深いものを見つけた。

村営水力発電所跡である。

16                                                

発掘している河原のすぐそばだ。なかなか赤煉瓦の素敵な建物である。今は廃屋だが、リノベーションすれば、結構お洒落なレストハウスにでもなるのではないか。

                                          

これは、現丹波市、旧山南町のさらに前、大正年間にあった上久下村が建てた水力発電所なのだ。ランプ生活が続いていた中、ここで水力発電をするこを思いつき、8集落がお金を出し合って建てたのだという。かかった約11万円は、山を売ったりして苦労して調達したというから、地元の人にとってはかけがえのない施設のはずだ。

しかし戦中に統合されて関西電力の一部となり、昭和37年まで稼働していたという。

電力まで自らの力で調達していた当時の自治意識に感服する。

と同時に思うのは、山里はやはりエネルギー基地だったということだ。古くは薪や木炭の形でエネルギー、時には石炭としての供給もあっただろう。木質バイオマスだけでなく、水力も山里ならではのエネルギーである。いわば位置エネルギーの供給と言えようか。

位置エネルギーの復活も、今後の山里の産業を考えると重要になるのではないか。大規模な水力発電ダムを作れというのではない。小規模水力発電、それにインクラインのような水を使った輸送態勢は、各地にあった。戦前から戦後すぐの時代には、かなり盛んだったのだ。それを中央集権的に大規模な発電所に取って代わられてしまったことが山里の没落も進めたような気がする。

丹波竜だけでなく、エネルギーの発掘もできないだろうか。

2007/11/21

丹波竜

丹波を訪れたもう一つの理由は、丹波竜である。丹波竜を解体して、肉をブランド化して……というのではなく、昨年夏に恐竜化石が発見されたのだ。ティタノサウルス類の全身骨格が眠っている可能性が高く、日本では初めての大発見である。
おかげで、現地は大賑わい。一躍丹波といえば恐竜となった。地元・丹波市には「恐竜課」が設けられたほどだ。(正確に言えば「恐竜を活かしたまちづくり課」だが。)

この日は、第二次発掘が始まる日であった。そこで発掘現場を訪れると、

3                                               

おお、すでに恐竜が復元されているではないか(^o^)。

                                                                                              5 地元の小学校も見学に来ていた。ちなみにこの日は関西の全テレビ局・新聞社が詰めかけたそうだ。

                                           

9                                                

これが発掘現場。白いところは、昨年掘られたところ。まず最初に、削岩機で上層の岩を取り除くことから始めている。

19                                                 

これが全景。なかなかの景勝地である。

実は、化石以外にも、この河岸の地層は、興味深いところがいくつもあった。まずマグマの貫入が見られるほか、堅い岩盤と柔らかい岩盤の繰り返しの地層のため、波石が形成されている。そしてほとりには、明治時代に作られた赤煉瓦の水力発電所跡もある。これについては、また別の機会に。
しかも清流だし、紅葉もしているし、近くに単線の電車が走っているし、景観も売り物にできそうだ。今のところ、近くに「恐竜うどん」を出す店ができた程度だが、整備次第で楽しめるはずだ。これは、大きな資源を手に入れたものである。もっとも、今後、予想通りの全身骨格が見つかった場合の話だが。

最後に、近くの駅前にできた像。1
                                             

2007/11/20

丹波鹿

また丹波を訪れたのだが、今回の目的は2つ。

そのうちの一つが、丹波鹿だ。ようするに有害駆除される鹿の肉をちゃんと供給して、「丹波鹿」ブランドを作ろうとしている人に会いに行ったのだが、今日は話だけの予定だった。通常、鹿の搬入は、地元の猟師が活動する土日に集中していると聞いていたからだ。

ところが、話を聞いている最中に、鹿を撃った人が持ち込んできた。事前連絡などなく、契約ハンターでもなく、初めての人でも持ち込めるのがウリだ。何より鹿は、すぐに処理しないと肉が臭くなって売り物にならなくなる。そこで、話を中断して解体処理に取りかかった。

おかげで私は、解体の一部始終を見学できることになった。実は、それを見たかったのだが、日程的に合わずに諦めていたのだ。

いや、それはなかなか興味深い過程であった。本当は各工程を全部写真で押さえたのだが、それを掲載するとマズいかなあ。せっかくだからおとなし目の1枚だけ紹介するが、気の弱い方、動物愛護に狂信的な方、菜食主義者の方、血を見るのがいやな方は、拡大しないでおいた方が無難かも。

017                                                

                                               

                                             

ちなみに獲物は2歳の雄で、30キロくらいの中型である。

解体は、30分とかからなかった。撃ってから時間がたっていないので、ほとんど臭わない。また弾は、首筋に当たっており、非常に条件がよい。背や腿に当たっていたら肉は食えなくなるし、内臓でも臭いが肉に移って売り物にはならなくなる。

私は、何も動物の解体を見るのが好きなわけではないが、はっきり言って平気である。いや、興味津々だ。こういうシーンを見ることを避ける人は、肉を食うな、と言いたい(また暴論を)。私は、ちゃんと鹿肉を購入して帰った。明日にでも料理するつもりだ。

そういえば、先日の奈良県の知事を囲む会?で、各山村の首長は、獣害を口々に訴えた。いまや、イノシシより鹿の方が被害が大きいそうだ。
そこで私は、「駆除するだけではもったいないから、それを食べるなど産業化できないか」と発言したのだが、その直後気づいた。「奈良で鹿を食べたらマズいか」。

そうであった、奈良では鹿は神の使いなのであった。その場でこの発言は撤回した。いや、奈良公園の鹿を食べろというわけではないのだが。

獣害、そして2つ目の目的については、また別の機会に。

2007/11/19

マツタケと木材

丹波木材フェアでは、半年間私が主催した森林ビジネス塾のメンバーが、出展した。

テーマは、木材を一番高く売る商品開発。

そこで考え出されたのが、「マツタケの重さと同じ木材を伐ろう」というゲームである。

5 9量りの上にある巨大マツタケと同じ重さの木材を、丸太から伐りだすのである。もしピッタリならマツタケのプレゼント。(ちなみに、もっとも近かったのは2グラム差。最終的に、その御仁に渡されたそうだ。)

                                    

このゲームが1回300円。外れても切り出したヒノキの円盤はもらえるし、ほかに賞品もある。  ヒノキだから、断片はよい匂いがする。 

                                        

11_2                                

ちなみにカンナ屑も売っていた。一袋50円。

                                                 

結果として4万5000円稼ぎだした。丸太そのものは、2mで材積からは原価1000円以下。実際は細い間伐材であることから、300円くらいの価格しかつかないという。それが単純計算では150倍の価格に化けたことになる。

ところでマツタケは、彼らが自分で山に入って取ってきたというが、今年は不作なうえ、丹波マツタケである。買えばおそらく1万円以上するだろう。この価値は、どこから生まれるのだろうか。味はそれなり、香りも媚薬ではないのだから。
ようするに「マツタケ」という記号が、「高価」につながり、同時に「秋の味覚」「欲しいもの」につながっている。この連鎖がわかれば、ヒノキをマツタケにする方法も見つかるかもしれない。

                                                     

2007/11/18

スギとヒノキの合作

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この写真は、木のペン立て。よくある木工、とも言えるが、じっくり材質を見てもらいたい。

そう、これは外がスギで中の仕切り板がヒノキ製である。つまり、スギとヒノキの合作なのだ。簡単なことなのだが、意外と今までにない品に仕上がった。ほんの少しのアイデアを出すことが大切。

これは、今度の丹波木材フェアの記念品用に試作されたもの。

同じく、割り箸入れもある。

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3                                               

どうだろうか。赤と白の対比が美しい。

ちなみに割り箸入れは、昨年のものが、コンパクトな鞘式だったのだが、中が洗えないという注文がついたことから作られた作品。割り箸も4膳入る。その分大きくなったので、少し持ち運びには大きなバックが必要になるかもしれない。そこで、丈の短い割り箸を前提にした小型版を今度作ることになった。また角を取って丸いデザインにすることも考えられている。

うまくいくと、ちゃんと販売する計画だ。でも私は、マイ箸用に塗り箸入れに転用さないか心配(^^;)。塗り箸は1膳だけだろうから、入れたらガサガサになるかな?

感想を聞かせてください。

2007/11/17

石垣の表情

石垣にも秋が見られる。

  003004

                                          

                                      

でも、

13_2 これは…。

もともと棚田のところに木を植えたのだろうが、まるで木を植えるために石垣を積んだようにも見える。山村では、木こそ作物だから。

ちょっぴり石垣の表情が暗く感じる。

2007/11/16

飫肥杉

やっぱり宮崎に行ったのだから、飫肥杉と、飫肥杉の生える山を紹介しておこう。
飫肥杉は、非常に生長がよいが、油分が多く、昔は船材として重宝された。江戸時代から造林は進められたが、やはり大半が戦後だ。だから林齢は30~40年が多い。それでも、かなりの太さだ。吉野杉の2倍くらいあるように感じる。

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県南の飫肥地方は、まさに一面、スギ、スギ、スギ。尾根までスギである。吉野もスギだらけの山だと思っていたが、負けた、と思ったね(笑)。

で、問題の伐採だが、

6                                               

たとえば、こんな感じ。大面積皆伐までは行かないが、モザイク状に伐採が進んでいる。ただし、この写真のところは再造林をちゃんとしている。

11                                                 

こちらは、イマドキの重機を入れて伐採したところだろう。最近らしく、まだ造林も行われていない。重機用の作業道が生々しいが、これくらいなら傾斜もきつくないし、崩落はしいなだろう。

最近は、宮崎の機械化林業を紹介すると、「あれは土壌を荒らすし、再造林をしていないから、禿山になってしまう」という反論がよく出る。

それは一面の事実ではあるが、再造林率は75%だという。意外と多いように感じた。もちろん裏を返せば、25%、つまり4分の1が再造林をしていないわけで、それなりに問題はあるが、すべての山全体を放棄しているわけではない。
また、私も皆伐すべてをケシカランというつもりはない。皆伐は、それなりに優れた施業法である。また、事後の処理の仕方次第で治山や生態系への影響は、最小限に押さえることができるはず。

話題になったNHKのクローズアップ現代の映像(熊本の100haあまりの皆伐・再造林放棄地)に関した裏話も聞いたが、まさに一部をクローズアップしたのだろう。

こうした風土・地勢抜きに宮崎の林業は語れない。

2007/11/15

林業先進地・宮崎

宮崎でもっとも印象に残ったこと。

それは、講演後の懇親会2次会で聞いた話。
その場にいた30代の集成材メーカー社長は、ウラジオストックに視察に出かけて、そこでロシア人の業者がやたら「ドバイ、ドバイ」と口にするのを聞いた。ドバイは、言うまでもなく中東のアラブ首長国連邦の一国だ。最近は金融センターになりつつあるとか、何かと注目されている地域である。ロシア材が大量にドバイに輸出されているらしい。

そこで、急遽ドバイに飛ぶ。(本人に言わせれば、以前から気になっていたが、このロシア人の言葉がきっかけになっただけ、とか。)
で、ドバイで耳にしたのは、フィンランドである。フィンランド材が中東への売り込み攻勢をかけているのだ。

そこで、すぐさまフィンランドへ飛ぶ。

ところが、フィンランドは温暖化で大地が凍結しないことが問題となっていた。彼の地では、冬の凍結を利用して木材の搬出を行っているからだ。凍らないと泥沼になってしまい、木材を森から出せない。

すぐに日本に、電話した。「増産だ!」
フィンランドから木が出なければ世界中が木材不足になると睨んだのだ。

その読みは当たった。もっとも当たったどころではない。その会社の増産くらい焼け石に水にしかならないほどの木材不足が生じたからだ。

ともあれ、木材は国際商品であり、林業は世界的な需給状況の上に成り立っている。それを読んで動く人が宮崎にはいた。

私は、常々、日本の林業は世界につながっていて、世界中では林業は活況を呈していると発言してきたが、それを聞いている日本の林業家の反応の鈍さにうんざりしていた。海外だけでなく九州では、林業で沸き立っておりイケイケドンドンだ、といっても信じない。
いや林業家だけでなく、都会のビジネスマンだって林業は遅れた産業という固定観念を強く持っている。

情報はあるのに(教えたのに)、反応しないのだから始末に悪い。

宮崎だって、すべてがうまく行っているわけではないが、少なくても世の中の動きに反応する人がいる。先を読んで動く人がいる。それがない地域との差は開くばかりだろう。
すでに林業先進地は宮崎である。

2007/11/14

割り箸とチェンソーアート

宮崎に行っていた。非常に密度の濃い2日間を過ごさせていただいた。

一応講演の仕事なんだが、その演題は「割り箸はもったいない? ~森林からのニッポン再生」。どうだ、まいったか! と言わんばかりの拙著2冊のタイトルをくっつけたもの。弁解しておくと、私が付けた演題ではない。でも、タイトルのおかげか、持って行った本はよく売れました(^o^)。

内容は、割り箸の歴史的・そして林業的意義を説明しつつ、林業復興・山村振興・日本再生に必要なものは……犬小屋とチェンソーアートだ!  (^o^)という内容である。チェンソーアートは将来の割り箸になる? 
これだけ読んでも、何のことかわからないだろうけど、我ながらすごい論法だと思ったよ。

でも、その後の懇親会でも、チェンソーアートを始めたいという人も現れたし、犬小屋を作りたいという声も出た(いよいよわからんだろうな)。

ともあれ、その後も宮崎ではみっちり詰まった日程をこなした。そこで感じたことは、日を改めて。今日は疲れた……。

2007/11/13

白神山地の無断伐採事件

ちょっと気になっているニュース。

世界自然遺産に登録された白神山地で、ブナに巻き付いているつる植物約220本が無断で伐採されていたことが今月初めにわかり、警察に被害届を出した、というものだ。
その場所は、国定公園内の第三種特別地域だから、県と町は自然公園法違反容疑での告訴も検討しているとか。

ただ、よくニュースを読むと、伐採されていたのは白神岳の人気のある登山道沿いで、ブナに巻きつくツルアジサイやツタウルシ、イワガラミなどのつる性植物が、高さ1―2メートルのところで切断されていたというもの。切られたつるの太さは1㎝から10㎝で、発見されたのは9月末らしい。

ここまで紹介すればわかるだろう。おそらく“犯人”は、ブナの幹を締め付けているつる植物を除いてやろうと、「善意」で切ったことが推察される。たしかに放っておくと、ブナが枯れる恐れもある。ただ、ツルアジサイなどは美しい花を咲かせるので、それを破壊した面もある。

私は、このニュースを二重の面で面白く感じた。
まず、四角四面に法律を適用して、世界遺産・国定公園内の植物を無断で傷つけた、と騒ぐ人々。
一方で、ブナこそ大事とつる植物の排除を善意で行った人。

どちらが正しい? いや、どちらも馬鹿げていると思うな。
これがスギやヒノキの人工林なら、つる植物を除いてやることは重要な育林だ。他人がやっても感謝されるだろう。「他人の森であっても、つるを払ってやる」ことを美徳とする杣人の話を聞いたこともある(土倉庄三郎も言っている)。その善意をブナにも適用したのは、案外林業家かもしれない。

が、すべての植物を保護し管理下におこうという法律の元では、ケシカランことになってしまう。法律違反なのは間違いない。しかし、あまりにせこい了見だ。枯れたつるが、下を歩く登山者を直撃する危険性もあるなんて理由を付けているが、ブナが枯れたら、その枝も落ちるかもしれないよ。

私は、ブナのためを思ってツルアジサイを伐った“犯人”の気持ちはそれなりにわかるが、問題視されることに同情する気持ちにもならない。が、こうしたことで摘発を考える輩に対してはもっと胸くそ悪い。騒ぎ立てるほどのことじゃないだろう。まさか、本当に犯人探しをしないだろうな。いよいよ、自然に触らぬ神にたたりなし、になっちゃうよ。

2007/11/12

丹波木材フェア

昨日まで、丹波木材フェアに行っていた。

何も鶏の燻製だけではなくて、その名の通り、木材関係の出展が多い。いや、木材ばかりと言ってもよい。

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小物・大物、スギ・ヒノキに限らず広葉樹材もあるし、丸太からおが屑まで、様々な木材製品が並んでいる。ログハウスや国産材の家のブースもある。チェンソーメーカー、そして竹細工などで遊ぶコーナーも設けられていた。そして、かなりの人出なのだ。
イベントとしては小規模なものなのだが、朝から待っている人がいて、一斉に木材を選んでいる。そして、結構な量を買い込んでいる。なかには業者もいるようだが、多くは日曜大工用、つまりDIY愛好者だ。

なるほど、訪問客の多くは本気なのだ。休日の過ごし方として来る人もそれなりにいるだろうが、大半は木材を見にやって来ている。神戸からのバスツアーもあるほどだ。

時間をかけて木材フェアを定着させてきた努力もあるだろう。しかし、DIYに特化しても、それなりの集客力があることを感じさせられた。

いっそ、日曜大工用品とかも出展させたり、DIYコンテストなどを開いてはどうだろうか。日曜大工の祭典として位置づければ、全国的に有名になり、DIYのメッカにすることも不可能ではないぞ……と想像する。

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ちなみに、私は燻製以外に鹿肉も食べました(^o^)。

2007/11/11

鶏の薫製

鶏の薫製
丹波の木材フェアに来ています。鶏の薫製に行列。やっぱり食べ物は強いわ。

2007/11/10

足元の秋

いまだに昼間は陽気が残っていて、暑いほどの日もある。

だから秋を感じにくいのだけど……

002_2                                                       

                                                    

足元に秋を見つけた。

そういえば、月下美人が咲いたので、月を空に探したら見当たらない。考えてみると、立冬。旧暦の月初めということは、新月の時期か。秋から冬へと向かっていたのだった。

2007/11/09

書評・日経エコロジー

またまた遅ればせながら、の書評。

日経エコロジー10月号に『割り箸はもったいない?』の書評が載っていたと連絡を受けて、FAXしてもらう。10月号ということは、9月発売かな。

なかなか大きく取り上げていて、半ページを割いている。
多くの人は森林が危機と聞けば木を伐るのに反対し、木製品を使わない方が良いと考えがちだが本当にそうなのか。健全な林業発展のためには確実な需要が必要。」

日経エコロジーと言えば、どちらかというと企業向けの環境雑誌である。つまり環境ビジネスを手がける企業関係者が主な読者層だろう。その点に、期待したい。
割り箸はあくまで産業である。いわば環境に対するツールである。やり方次第でよくも悪くも関与できる商品なのだ。まず割り箸の需要があって、それを供給する意図の元に、環境に悪影響が出ない製造の仕方を考え、さらに環境がよくなるような作り方、使い方を考える……それが理想だ。もしかしたら、やはり割り箸は使わない方がいいという結論が出るかもしれない。その時初めて廃止を考えるべきと思う。幸い、私の取材では、割り箸による林業振興は充分可能だと結論づけた。

と、月刊環境ビジネスという雑誌でも、割り箸問題を取り上げるようだ。これは1月号になるらしいが、こちらにも期待しよう。

拙著は、もともと割り箸問題に関心があった(賛成か反対かを問わず)人よりも、あまり関係なかった人が読んでくれた方が有り難い。そして割り箸を使って環境ビジネスが起こせるのではないか、と思ってくれたらよいのだが。

2007/11/08

稲干し

昨日のコメントの続きではないが、秋の田園風景と言えば、稲刈りと稲干し。

だけど、最近はガードレールに干す例が多くなっている。011

                                               

こんな具合。あるいは 13

ま、干し架を準備しなくていいから楽でいいし、道沿いに干すのは便利でもある。でも、風景的にはちょっと残念。

やはり014

こういう風景でなくちゃ。013

                                                                          

やっぱり絵になる。

Photo こういう形態もある。

                             

だけど、だんだん寂れていくだろうな。人工的な乾燥も増えているし、金属パイプで組んだ干し架台もみかける。
しかし、稲干し架は、かつて細い間伐材の有力な用途だった。そのおかげで、直径数センチの丸太がよく売れたのだ。

017 はい、稲穂を片づけた骨組み。昔は2段3段組とか、円柱型など様々な様式があった。この干し架台を作るのも文化だったのだろうが、もはや消えつつあるのではないか。ちょっと残念である。

2007/11/07

消えた黄葉風景

この写真を覚えているだろうか。

Photo                                                   

                                                 

昨年の11月に、旧ブログ(現・裏ブログ^^;)に掲載した景色である。

ある奈良の袋小路のような谷間の集落に入ってみると、そこには美しい“日本の秋”が広がっていた。とくに気に入ったのが、このイチョウ。思わず、うっとりした。

この景色を今年も見たくて、また車を走らせた。

? ない。見落としたかな? 車を反転させてもう一度。やはり見つからない。
おや、この家屋は覚えがある……が、イチョウがない!

1                                                 

                                                

あわてて車を降りて、近づく。

010                                                 

切り株があった……。

伐られてしまった。なんでだろ。別に家屋(庫裏のよう)側に倒れそうな様子もなかったが。あるいは台風にやられたか。まさか木材として高値で売れたから…とは思いにくい。

あの景色が失われたのは残念だなあ。そのように感じるのはヨソモノゆえか。でも資源としての景観が失われたわけで、地元の人も望んで伐ったわけではないだろう。

この地区は、実は最奥部にトンネルが掘られている。来年には開通するが、そうなると袋小路ではなくなるわけだ。何処も変化する。

惜別の気持ちをこめて、昨年の写真を、今再びパソコンの壁紙にしよう。

2007/11/06

森業・山業の交付金

そろそろ報告しておこう。

夏ごろに、応募しようかな、どうしようかな、と書いていた「森業・山業創出支援対策事業」と言う名の、ようするに林野庁系の補助金システムだが、結局、応募した。

そして採択された。内容は「吉野チェンソーアートスクール事業」である。
http://www.mori-yama.net/thepress/index.html

チェンソーアートそのものを取り上げるのではなく(それは、すでに2年前に採択済)、その普及のためのスクールを開く事業である。すでに昨年からやっているので実績はあるし、内容はシステマティックに詰めているから自信はあった。私としては、お国のお墨付きをもらえば何かと便利という点と、この1年は設備関係を揃えるためにボランティアに近かったので、そろそろ本当の事業として収益を上げる体勢を作り出したいという考えである。

結果から言うと、取るのは簡単だった。が、その後が大変。

というのも、交付金の受け取りは採択と別なのだ。夏の記事でもブー垂れたが、そこには国の採択だけでなく、自治体等と民間の支援も取り付けること、という条件がある。

これも、私は粘り強く交渉すれば採れる自信はあったのだが、ぶっ飛んだのは、その締切が12月末であること。そして事業終了が今年度中、つまり3月までということ。私はてっきり来年度中のことと思っていた。
採択の通知がきたのが10月(正式には11月)なのに、年内に自治体と民間企業から支援を取り付けるのは至難の業。だって、予算を組んでいないのだから、出しようがない。事業だって1年間かけて行うスケジュールを事実上5カ月以下で行わねばならない。

この誤算のために、今アチコチ走り回って難渋している。皆さん、プラン自体は好意的に捉えて知恵を絞ってくれるのだが、いかんせん時間と(お金の)ポケットがない

さて、どうなりますやら。

2007/11/05

ショートカット

山の中を走って感じたのは、道路の変化。
かつては4時間かかった道のりが、今や3時間になっている。これは道路改修が進んだからである。それで気がついたのは、道路改修とは、単に道幅を広げて2車線にすることてはなく、ショートカットであるということ。トンネルや橋梁で、道がまっすぐになり、ルートの距離自体も縮んでいる。それがスピードアップの主要因だ。

で、へそ曲がりの私は、ショートカットされた旧道を走りたくなる(^^;)。

そこには、懐かしい景色が広がっていた。うねうね道沿いに民家がある。田畑も見える。ときに、かつては賑わっていたかもしれない商店街が続いている。以前は幹線ゆえ、山の中としてはかなりの車の量だったのに、今やど真ん中に軽トラを停めても文句言われないような雰囲気がある。私は困ったが。

そして、ショートカットされたところこそ、田舎の原型ではないか、と思いついた。
そもそも田舎は、人々の集結地域から外れることで生まれるのではないか。かつては主要ルートだった街道が、ショートカットされたり、別のルートに変わることで往来が減る。すると集落の人口や経済力も落ちるだろう。それは、田舎生成理由の一つのはずだ。

実際、幹線沿いに開かれた店も少なくない。それが、新道の完成とともに旧道となって往来が減れば、客も来なくなる。店じまいに追い込まれるケースも少なくない。そのために消える宿場町もある。

各首長は、道路整備を口々に訴えていたが、もしショートカットが進めば、村の中心地には時間短縮効果が期待できるが、街道沿いの集落は死活問題かもしれない。

田舎の中の田舎生成……そんな理論を考えながら、山の中を走り続けたのであった。

                                                     

5

高さ日本一の谷瀬の吊り橋。 観光用ではなく、生活道路であったのだが、観光客が殺到し、そのため付近に渋滞が起きた。そこでトンネルで集落ごとショートカットされる。そのためフリーの客は減った。土産物店やお茶屋、駐車場経営は、困っているかもしれない。

でも、ここ目当ての客もいるからね。

2007/11/04

書評・田舎暮らしの本

『田舎暮らしの本』12月号が届いた。

パラパラ開いて、おおお、なんと『森林からのニッポン再生』の書評が載っているではないか。なんで今頃……なんてこと、言っちゃいけない(^^;)。ありがとうございます。

実は、『森ポン』の肝は、田舎論だと思っている。森林・林業・山村(田舎)の3つのテーマを融合させることをめざして執筆したのだけど、森林論と林業論は、これまでにも各所で触れてきた内容である。もちろんブラシュアップしたつもりだし、新たな事例や切り口も取り込んだつもりだが、基本的な論調は変わらない。

一方、山村(田舎)論は、非常に悩んで書き下ろした。いくつかのテーマは既述の切り口ながら、田舎の存在意義と本質を紡ぐ作業に苦しんだ。あやうく出版予定日を遅らせかねないほど、ギリギリまでかかったのである。

その点から、『森ポン』は田舎暮らし関係の雑誌に紹介されるのは本望なのである。ただ、田舎暮らしに憧れて物件情報あさりしている読者に伝わるかどうか……いえいえ、そんな傲慢なこと言っちゃいけませんね(^^;)。

ちなみに本雑誌は、10月号より定価を、なんと半額以下の680円に下げた。(これまでは1500円) 手に取りやすくなったのではないかな。

もう一つ。『割り箸はもったいない?』に関する書評を書いてくれたプログを発見。割り箸本を紹介してくれたHPはたくさんあるのだが、ここのはずば抜けて深い考察をしているので一読の価値あり。そうか、そんな意味があったのか(^^;)と、著者の私が思ってどないするねん。http://d.hatena.ne.jp/garak/20071003

2007/11/03

果無集落

2日間、奈良の山中を彷徨っていた(笑)。

いや、裏ブログにも書いた通り、マツタケ食って、温泉何度もつかって、ご機嫌だったんだけど。

宿を出る際に、目についたのが大きなポスター。そこに写るおばあの表情がよいので、女将に聞くと、「果無集落」だという。実は、最近は有名になっている。熊野古道が世界遺産に指定されて、その際にアチコチ写真に使われたのだ。宿から比較的近かったので、私も行ってみることにした。幸い自動車道もある。

1

それでも、おおお、と驚くような急坂を登る。そして、いきなり広がったのがこの景色! 本当に雲が下にたなびいている。そして山、山、山。まさに果てし無く山が続いているように見える。果無という名も、普通に考えるとひどい?名称だが、今や地名がブランドになったのではないか。

4

                                            

そんな景色の中に畑を耕す人。 ここに住みついた先祖はすごいなあ、と思う。ここで暮らしたら、人生観が変わる気がする。

もっとも、山の上だからすごい、のではないだろう。かつては山の上、尾根筋こそ街道で、谷底は通り道ではなかった。古道も、決して自然と親しむ道ではなく、重要な幹線だったはず。

宿の女将は、「この村の人は、100%市町村合併に反対ですよ」と言っていた。なぜなら、近隣で合併したところが、今どうなっているのか身近に感じているからだ。
でも、反対して自立の道を選んだからには、自分でやらねばならないことも多くある。この集落のような条件の土地を保つ方策も考えないといけない。

                                            

しっかり、世界遺産の碑もあった。9

今回は朝早かったし、天候がイマイチだったから古道歩きの人は見かけなかったが、それなりに人もくるようだ。

その後、幹線を走るのを止めて、いろいろ裏道を選んで走る。多くの集落を見て、いろいろ考える。それはまた別の機会に。

2007/11/01

印刷の板目

さる大型の喫茶店に入ったときのこと。

その店は、内装・外装に木をたっぷり使っていた。テーブルも木製。壁も腰板を張っている。なかなか気持ちよい。が、一緒にいた「森の名手・名人」氏は、天井を見上げて、
あれは、印刷やな」。

えっ? あれが??  本当???

Photo                                               

                                                

私には、本物の木の板にしか見えない。色合いも、別に違和感はない。
それでも、じっと見つめているうちにわかった。節の配列がまったく同じ板がある。またそっくりの節が繰り返し登場する。

いやはや、一目で見破った眼力もすごいが、最近の印刷にも参る。これまで木目を描いた印刷物はよくあり、私でもたいてい見破れたが、今回のはかなりハイレベルだ。しかも身近な部分(テーブルなど)は本物の木なのだ。天井だけにプリント木目のクロスを使うとは、なかなか手が込んでいる……と思ったが、なんで、全部本物の木を使わなかったんだ、と逆に腹が立ってきた(笑)。

以前、人の感性から見た木目の研究をしている研究者に会い、どんな文様に人は「自然」を感じるかという調査の結果を教えてもらった。様々な要素があって、それが自然な木目と人工的な木目の違いとなることがわかった。
が気がつくと、その研究は、どんな要素を取り込んで人工的に木目を描けば「自然」に見えるか、という答えにもあることに気がついた。つまり、ばれない偽装の方法を開発しているということになる。

その点を研究者に問うと、「そうなんですよ」と困った顔をして、そんな目的のために研究しているのではないことを示した。
でも、今回のプリント木目を見ると、いよいよそのレベルまで達してきたことを感じさせる。

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森と林業と田舎