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森と林業と田舎の本

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2007/11/27

割り箸シンポ雑感

東京から帰って来ました。
割り箸シンポの様子を簡単に紹介しつつ感じたことを書いてておこう。講演は私を含めて二人、それに加えてあと二人がパネラーである。

ちょっと意外だったのは、私以外の人は、直接割り箸について触れない内容を話すことだ。せいぜいゴミ問題ジャーナリストの江尻京子さんが、割り箸をゴミの立場から語る程度。それもライフスタイルが主要テーマである。樹恩ネットワークの理事さえ、樹恩割り箸についてあまり触れない。何も割り箸のシンポジウムで森林ボランティアとか、森林の二酸化炭素吸収の説明をしなくていいじゃないか。あえて避けている? それとも何か深い考えがあってなのか? それが不思議だった。

そこで私が、ほかの講師にバンバン噛みついて? 強引に割り箸の話題に引きずり込む状況となった。

最後にマイ箸派のおば様が食いついてきたのだが、その論法は「せっかくリサイクルとかゴミ減量の運動をしているのに、いきなり割り箸を使えと言われても困る。今は過度期だから……」という内容。そこで生ゴミを燃やすのに重油を使っている、いないという末梢的な論争になったのだが、重油を使わないかわりにプラスチックゴミを投入しているんでは同じやん。
まっ、この言い争いは、会場が盛り上がったという点で、主催者側から高い評価をいただきました(^o^)。

私が主に展開したのは、「使い捨て」とは使って捨てることである、という点。使ってから捨てるのになぜもったいないのか? それなら使わずに捨てている間伐材はどうなるのだ、焼却処分されている端材はどうなんだ、ということを考えていただきたい。とくに切り捨て間伐は、税金を使って木を捨てているわけで、非常に怒りを覚える。

そして、馬鹿の一つ覚えの長伐期施業。木を太くすれば高く売れるなんて、幻想だ。細い間伐材、小さな端材を、いかに高い商品にするのか、というのが林業の本質だと訴えた。その点から割り箸は、非常に優秀な林業の象徴なのだ。

終わってから、会場で割り箸業者や林材業関係者が挨拶に見えられた。なかには北海道でかつて割り箸を製造していた人もいた。吉野からも人が来ていた。彼らと熱い握手を交わした。これを機に割り箸の反転攻勢に期待したい。

ただし、付け加えておくと、私は皆さんが思っているほど、割り箸そのものに熱い思いをもっているわけじゃない。もし、割り箸以上に端材が高く売れる商品が開発されれば、割り箸は海外に任せたっていいのだ。ようは林業を再生し、森林を元気にすることが究極の目的である。その点をお忘れなく。

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割り箸」カテゴリの記事

コメント

表ブログさん、初めまして!
(裏から入っちゃうあたりが私の性格を表しています…)
割り箸シンポの記事、読ませてもらいました。
まさに24日私のところに、「マイ箸派のおばさま」と同じことを言う、30代の男女が来られました。
私は基本的に「遠くの地球を考えるのではなく、身近な真っ暗なスギ林に関心を持ってもらいたい」なので、今世の中は、国産割り箸をそんな風に見ていたのか…。と正直驚きでした。ブログ「割り箸職人のつぶやき」をみていますが、たびたび落ち込まれる原因の一つがわかった気がしました。
何日かたった今、こう思うようになりました。
「国産割り箸を非難するところからでも、身近な森林に関心を持ってもらうきっかけになる…」
これから少しづつ、その男女に食いついていきたい!議論をするなかで、こちらの意図は届くと思います。行けなかった割り箸シンポですが、新潟で小さな小さな数人単位の割り箸シンポ、やっていきたいと思います。

かーちゃんの「国産割り箸を非難するところからでも、身近な森林に関心を持ってもらうきっかけになる…」
まさにそのとおりだと思います。
それぞれの世代でカリスマ的存在だったタレントの皆さんが何か発言してくれれば、議論爆発になるのでしょうけれど。

いらっしゃい(^_^)/

シンポが終わってから、件のおば様と話したんです。彼女は、私の本を読みたいと言って、書名をメモしていきました。
現場では、あえて「言い争い」を演出しましたが、それが最初の一歩です。

同じく、国産割り箸と輸入割り箸は敵対すべきではないし、塗り箸も同じです。(プラスチック箸は、敵対すべきかな)

新潟での割り箸シンポ、応援しますよ。

うちの県庁でも、とうとうマイ箸運動がスタートしてしまいました。

環境部署が担当するこの運動。
どうもブーム的な陰が見え隠れするのは腑に落ちません。田中さんの著書を読んでるのかどうかさえも怪しいし。

何もしないよりましとは思いますが、イメージを前提とするような上辺の活動じゃないということぐらいは、もっと丁寧に説明してもらいたいです。

ちなみに私の部署は県産材を使いましょう!という部署なので、敢えて庁内で反旗を翻し、マイ割り箸利用促進運動に取り組むのも、一興かも知れないと真面目に思います。

行政が追随し始めたら、運動も末期……と思いたいですが。

ちょうど月刊「環境ビジネス」1月号に、私がインタビューされた割り箸の記事が載りました。環境部署なら、まずこの程度は目を通してほしい。
またテレビ番組でも、割り箸を取り上げたいという連絡も来ています。マジに、今どきマイ箸運動に便乗したら、時代遅れになりますよ。

会場での使い捨てに関する議論、気になるのが精神論をベースにしていること。
で、精神論をベースに議論をしていくと、とたんに感情論に行く。(マイ箸派のおば様もそうだった)

田中さんが言われたように、塗り箸にしろ、プラ箸にしろ、最大の消費をしている外食産業では1か月で取り換えてる。洗浄やら、煮沸・消毒やら、そのための人件費まで加味したら、割箸の方がずっと安い。環境負荷だってずっと少ない。

利に聡い外食産業に費用対効果の数値をきちんと示せば、一気に割箸に傾倒することは必至!
でもその時、国産にするための仕掛けが必要ですね。

主催者の○○総研、本気で割り箸をきっかけに林業再生に取り組もうとしているのか、適切とは言い難いパネリストを選んだセミナーに出て余計疑いたくなった。

 セロ弾きオーボワさんの仰るとおりですね。
観念でフワフワ動くのではなく、現実をしっかり見据えて行動を起こすべきだと言うことを、今回講演会に参加させていただいて痛感いたしました。
そうでないと逆効果になることもあり得ますからね。

11月28日付[THE RIGHTSTUFF]さんへ

せっかくだから、一緒にマイ箸運動したら?

もちろんまずは県産材の箸で乗り込むんです。
(県産材の割り箸が用意できるなら「県産材」の箸もありますよね)
地産地消の木、顔の見える木、マイ箸族でこだわりを持ち始めた人なら絶対喜ぶはずです。

そこで、今の身近な森の窮状を伝えたらいいじゃないですか。
チャンスですよ!
今まで、遠くの地球に目は向いてても、身近な森林に関心の無いひとたちがほとんどなんだから。
森林・林業の人は「悲しい」「暗い」モードにどっぷりつかりスギですよ。
前向きに楽しく!が本当に人を惹きつけると思うので、マイ箸に関心を持ってる人を県産材普及のターゲットにするんです。
どうでしょう?

わぁ~やっぱりシンポジウム、聞きに行きたかったなぁ・・

私は最近、やっぱり一回使ったきりで捨てるのはもったいないと思うので、
洗って持ち帰ってまた使う~
外食だと、難しいけど・・

家で1回使っただけで捨てるものって何だろうなあ。
綿棒、ティッシュ、ペットのトイレシーツ、絆創膏、
衛生用品以外は繰り返し使うかなあ。
タブ式の空き缶とか調味料の瓶は私は1回しか使わないけど、リサイクルに出すし・・

森を守るためのマイ箸さんはともかく、リサイクルやもったいない理念でのマイ箸さんと、森林林業間伐材の割り箸さんと話したら、ぶつかるのは当然かもしれませんね。世界を共有していないもの。
森林林業間伐材を理解していただいたうえで、木の有効利用再利用についてアイデアを求め力を借りるとか
マイ箸さんを引き込む努力も面白そう。

シンポでは、江尻さんが「1回ではもったいなく感じる」というので、私は「割り箸は1回食べるために使って、燃やすことで二酸化炭素削減と場合によっては熱利用という使い方をしている、つまり2回使っている」と言いました。
すると今度は「4回くらいは使いたい」というのです(-_-;)。

私は、家では1膳の割り箸を1~2週間使う、つまり2,30回は使っています。もし外食でもやりたければ、中国産割り箸でもいいから出されたものを持ち帰って、家でお使いになることをお勧めします。これは江尻さん自身が言っていたことですが、マイ箸は極めて不潔です。

でも、割り箸を使わないことで、1度も使わずに木が捨てられてしまう現実に目をつぶって「もったいない」というのは、目の前だけの環境問題です。これぞ感情問題なのです。

確かに、一度も使わずに捨てられる木というのは目にすることがないので
イメージがわきにくいかもしれないですね。
割り箸が売れず、割り箸用の端材がどんどん燃やされている・・なんて映像を流したら、
さらに「もったいない!」ってなると思うけど。

でも、加工を経ているから、
一度も使われないままの木と、
一度加工した木を一度使っただけなのとは、
比べることができないです。
割り箸作りに費やされた労力とエネルギーを考えると、
私も2回じゃなくてもっと使いたいな。

加工後の回数となると、木がもったいないのではなく、労力に対しての感情ということになりますね。

……紙コップやティッシュ、綿棒の製造加工には、どれだけの労力が費やされているか。1回で捨てることが義務づけられている注射針はどうか。労働価値と消費価値を比べて、前者が大きかった場合に「もったいない」感情が発生するという仮設を立ててみると面白い。

そのように考えていくと、価値とは何が生み出すのかという問題になりそうです。労働価値説をとると、マルキシズム?だったりして。 

衛生用品はいいんですよ~、
繰り返し使うのが危険な注射針などは、
使い捨てたときと繰り返し使ったときのリスクが違いすぎるもの。

ティッシュは、なるべく無駄遣いしないようにしてます。
子供の頃は、ティッシュ、セロテープは使用禁止でした(子供はじゃんじゃん使っちゃうし、使い方下手だから)
紙コップは1回では捨てません。というかあまり使わないな。
でも外で出されたら(外のイベントとかで)持ち帰るわけにはいかないですね。
調剤薬局で、サービスのお水を飲んだときに使った小さな紙コップは、千代紙模様になっていて可愛らしかったのでバッグに入れて持ち帰りましたけど。

ペットボトルは、再利用しているけど使い方によっては
水筒がわりにすると不衛生らしくて、ステンレスボトルに変えました。ちょっと重いけどね。

今たまっている割り箸は、年末の大掃除で活躍する予定です!!
あとはどんど焼きで焼こうかしら。願い事でも書いて。

「もったいない」の心理学の公式を、次のように改めてみました。

素材価値+労働価値 > 消費価値+消費リスク

注射針は使い捨てOK(本当のリサイクル信者は、それさえも否定するそうだけど)というのは、リスクが大きく、商品価値より消費価値の方が高くなるからです。もっとも割り箸も衛生商品ではある。そのリスク係数をどの程度にするかによって不等号がどちらに向くか決まります。
さらに環境価値も加えてみることもできる。割り箸を使うことによる環境への寄与、地域経済への寄与も消費価値の一部に計算する。

この理論、もっと詰めると面白いですね。

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