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2007/11/03

果無集落

2日間、奈良の山中を彷徨っていた(笑)。

いや、裏ブログにも書いた通り、マツタケ食って、温泉何度もつかって、ご機嫌だったんだけど。

宿を出る際に、目についたのが大きなポスター。そこに写るおばあの表情がよいので、女将に聞くと、「果無集落」だという。実は、最近は有名になっている。熊野古道が世界遺産に指定されて、その際にアチコチ写真に使われたのだ。宿から比較的近かったので、私も行ってみることにした。幸い自動車道もある。

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それでも、おおお、と驚くような急坂を登る。そして、いきなり広がったのがこの景色! 本当に雲が下にたなびいている。そして山、山、山。まさに果てし無く山が続いているように見える。果無という名も、普通に考えるとひどい?名称だが、今や地名がブランドになったのではないか。

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そんな景色の中に畑を耕す人。 ここに住みついた先祖はすごいなあ、と思う。ここで暮らしたら、人生観が変わる気がする。

もっとも、山の上だからすごい、のではないだろう。かつては山の上、尾根筋こそ街道で、谷底は通り道ではなかった。古道も、決して自然と親しむ道ではなく、重要な幹線だったはず。

宿の女将は、「この村の人は、100%市町村合併に反対ですよ」と言っていた。なぜなら、近隣で合併したところが、今どうなっているのか身近に感じているからだ。
でも、反対して自立の道を選んだからには、自分でやらねばならないことも多くある。この集落のような条件の土地を保つ方策も考えないといけない。

                                            

しっかり、世界遺産の碑もあった。9

今回は朝早かったし、天候がイマイチだったから古道歩きの人は見かけなかったが、それなりに人もくるようだ。

その後、幹線を走るのを止めて、いろいろ裏道を選んで走る。多くの集落を見て、いろいろ考える。それはまた別の機会に。

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地域・田舎暮らし」カテゴリの記事

コメント

うわあ・・

おはようございます。
「市町村合併したところが、今どうなっているか」が、
すごく気になります。知りたいです。いろいろ、実感のある話を聞きたいです。

読者の中で、市町村合併を経験した地域の人がいたら、ぜひ書き込んでほしいのだけど……。

私の見聞きした例では、それまで地域づくりが盛んだった地域ほど沈滞していますね。そこそこ観光地だったところも、主体性を失っている。おそらく行政だけでなく産業団体も一支部となり、推進力がなくなり、気が抜ける?のでしょう。
また吸収した側の町にとって、周辺地域が勝手に盛り上がるのを良しとしない雰囲気があるみたい。

でも、中には小が大を飲む! と吸収した町側に浸透しようとしている旧地域もあります。NPOがかつての行政機能を肩代わりする例も。

うんうん、合併前の様子と、合併後の様子で、
市町村がやろうとしていた方向が変わってしまったり、
進むベクトルが違うゆえにか、膠着してたりを
感じることがあります。

でも、それをじかに声で聞いたことがない。
感じるけど、実感として、感じてみたい。

合併の後は、外から見ると何だか寡黙なんです。合併してしまった後だから?合併したら、内輪の話になるから?

合併で何が良かったのか、何が悪かったのか、
地元紙に、合併したからと嘆く住民の声がちらと見えたけど、詳しいことがわからないです。
きっと様々な事例があるんでしょうけど・・

「実感」するには、やはりその地域に出かけてください(笑)。

案外、合併に関して深く考えていなかった町村民は多そうですよ。前首長が合併しようと言ったので反対しなかった、という感じ。でも、合併してしまうと、目の前の町(村)役場が市庁になるだけかと思ったら、そこに詰める人の数が半減して閑散としたのを目の当たりにする……。遠い本庁舎まで通わなくなった……その時初めて「合併は反対すべきだった!」と感じる。遅いって(笑)。

合併後の市の名前を口にすると、そおっと旧名に訂正するケースもあるなあ。

辺境の集落は、その存在する市町村が合併する、しないに関わらず消滅していくのだと思います。物や情報の流通が過去とは格段に多くなっているのですから。辺境の集落でも車で買い物に行って、テレビやインターネットで情報を得ることはできます。でも、都市住民の生活様式がスタンダードになっているから、自分たちの生活様式が「遅れている」とか感じてしまいます。子供たちも、都市の生活様式が当たり前だと思うのです。
江戸時代だって、それらの抑止をするために士農工商をしていたのでしょう。農山村の生活が都市生活よりも格(質)が上だとか、所得が高いとなれば、また様子が違ってくるかもしれません。
市町村が合併して、一つの行政エリアに超田舎と都市が存在するところが多くなりました。おそらく、市庁舎が存在する都市の考え方や住民要求が主導しているのでしょう。例えば、その行政区域の都市住民の環境を守るための流域環境景観維持だとか・・・。
山間地の生活が何なのか、そこに住んでいる人たちにとってどうなのかを考えていないから、市町村合併の弊害ばかりが表面化しているのではないでしょうか。
我々、山間地の住民は高度経済成長のころからもう何十年も卑屈になっているように思えます。だって、都市に住んでる連れのほうがいい生活しているように見えていたから。今でもそうです。自治体の職員の給料だって、県職員や政令指定都市の職員の給料のほうがすごく高いから。親父やオジイがやってきた農林業(家業)をあきらめて(親父の意思だけど)、他の職業を選択して、生活は出来る。でも、大学の連れの生活に比べて所得は低いし、やることもおおい。田舎の生活を心から楽しめる、そんな人は超田舎に本当に楽しく住めると思います。
市町村合併なんて別に関係なく。だって、インターネットで商売できる時代なのですから。(だったら自分がやれよって、友達からは言われますけど・・・)

私も、地元の人が自分たちの暮らしを「遅れている」と感じていることが、最大の問題点だと思います。少なくても情報は、都会との差が格段に減ったけど、それに対して物流や交通の整備はまだ進んでいないため、実際以上に「遅れ」「格差」を感じてしまう……。

また不便さも含めた田舎暮らしを求める人々もいるのは事実なんですが、あくまでそれは個人の思いですね。仮にそれが夫婦であっても、子供たちまで押しつけられない。また物理的に学校などの問題から超田舎に子供たちは住み続けられない。
そのため地域の持続性の維持が不可能になりつつある。

おっしゃるとおり、大勢として超田舎集落は消えゆく定めなのかもしれません。それを認めつつ、何ができるかと考えてしまうのですが。

あっ 私も合併されて方の住人だった・・・。

私の住所は「若山牧水のふるさと東郷町」。日向市に編入合併でした。宮崎県には、教科書級の偉人が少なく、若山牧水が多分一番でしょう。

宮崎県では一級のお宝を持つ東郷町との合併ですが、やはりうまく活かしきれていないようです。人口が5分の1に増えて、面積が3倍になったのですからまだまだ試練があると思います。

それでも第二、第三の合併があるのでは、と思います。すんなり、合併してしまうと人口7万人で面積が香川県より大きい市が出来上がってしまいます。(笑)

合併をしなかった市や町のところの県の出先機関が統廃合の対象になっています。財政難と行政改革の一環だとの見解ですが、アメとムチなのかなあ。県も来るところまで来ますよ。宮崎の場合。

だって、たぶん若いやつらは、ドラマのワンシーンみたいにベイエリアで愛を語り、くどき、くどかれたいと思うでしょう。かっこいいし。こっちだと、こそこそしないとならない。高校生の恋愛は大変なのです。
昔は情報の差があったから(自分たちと違う生活の内容を知ることがなかった)から、全てが当たり前だと思っていたのでしょう。
では、どうするか。田舎に所得と暇をつくること。それも相当な。ベイエリアで愛を語りたければ、たまに行けばいい。田舎の生活がトレンディにならなくても、余裕があればいい。親父や母ちゃんが”ぼやく”のではなく、自信と誇りがあれば自ずと子供は住む。彼女も来る。
農業も林業も個人事業では無理かな。特に、畜産業は。会社組織にして、差別化かな。林業は、集約化とコスト削減では追いつかないか。これも会社組織にして・・・。市場出荷では、単価が上がらないから、流通を考えて・・・。製材所は相応の規模か特殊加工技術しかないのだろうか。とにかく超田舎集落に住む人が霞を食って細々と生きていくようでは、年寄りはOKでも、子供たちはNG。金銭的に充実することが不可避だと思うのですが・・・。都会の人たちのイメージとはかけ離れてくるのでしょうが・・・。

なんだか、チャット並のコメント応酬ですが…。

たしかにベイエリアで愛、語りたいですね。私も(笑)。憧れて当然で、それで出て行くのも当然。ただもどってくる(あるいは旅先としてのベイエリアに留める)基盤と可能性は残したい。

後継者を失った集落は、早晩消えるわけですが、それを防ぐには会社というか法人化しかないと思います。地域社会ではないけれど、人為的な組織が後継者(新入社員?)を引き込むようにすることです。また仕事も、個人で生産も加工も販売も宣伝も、というのでは都会の市場に適わないから、分担するためにも法人の形しかない。そしてシステマティックに収益を上げることで、住民の所得も増やす。
でも、農林業の法人化に反対するのは、地元の人なんだよなあ。


若山牧水、宮崎が故郷でしたか。なんとなく静岡の沼津のような気がしていた。白鳥は悲しからずや…の句のためか。

市町村合併に題材を戻させていただきます。
果無集落のような集落は全国に数多くあるのでしょう。このような集落は市町村合併にはあまり影響を受けないのではないかと思います。より影響を受けるのは、吸収される側の町村の中心集落です。これまで中心集落だったのが、単なる田舎集落になるのですから。中心でなくなった時点を境にそのエリアの住民に「中心であったことの自負」が無くなっていくのです。
合併する市町村の数が多ければ、かつての中心地が寂れる数も増えます。
さて、果無集落のような集落はどうすればいいのでしょうか。外野がとやかく言うことはない。住んでいる人やこれから住む人が考えること。でも、最低限の設備(電気、道路)などは必要。それから、少なくても通える範囲に病院と小中学校がほしいです。市町村合併で通える範囲にあった小中学校がなくなるとおしまいかなって思います。
市町村合併が果無集落のような集落に与える影響は、合併によりこれまで使えていた公共施設が施設統合により遠くになってしまうことです。でも、過疎市町村においては、学校の統合は児童生徒数の減少とともに浮上してくる課題だろうし、病院は元々診療所程度しかないし・・・。
自給自足的に生活できた時代は生活の場だったけど、様々な流通や情報によって支えられる時代になった今日においては生活するのにあまりに厳しいといわざるを得ないのでしょう。消極的ではありますが・・・。では、土地をどうすれば保持できるか。自分のために土地なり、財産なり、金銭を管理するのですから、住民が居住しなくなったら、放っておくか、公益性があれば、森林にするほか無いのでしょうか。

そう、市町村合併で危険なのは旧中心集落です。かつては中心ゆえに多少はあった賑わいを、新中心集落(都市部)に吸収されてしまうのだから。

学校がなくなるのは、もしかしたら医院がなくなるより問題かもしれない。子供のいない集落は、まさに火の消えたようになります。
実際、合併したら学校が統合されてなくなる、と反対運動をした地域もありますが、合併を拒否しても財政難で統合しなくてはならないことがわかって意気消沈してしまいます。

後継者を失った集落の維持は、これまでの地域社会とは違った枠組が必要になるでしょう。

こんばんは。
私の地元は編入合併しました。
過疎の進んだ村に、選択の余地は無かったのです。
編入先とは昔から交流があり、多くの人が親近感を持っていました。
そのため、合併は比較的順調に進みました。
一方、隣の土佐町は紆余曲折した結果、単独維持となりました。
山一つ隔ててこうも違うものか、としみじみ思ったものです。

もともと不便な土地だったせいか、特に生活の変化は感じません。
合併したのが何年前だったのかさえ、忘れておりました。
ここのコメント欄を読むと、いろんな問題があるようですね。
日本の田舎の現状について、もっと深く考えたいと思います。

今年8月に土佐町を訪れましたが、比較的元気なイメージがありました。とはいえ、いつまで続けられるかはわかりません。

もしかしたらTAKAさんの所も訪れたかもしれませんが、進むのも立ち止まるのも難しい時代になりました。

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