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2007/12/12

オセアニア大航海展

大阪の国立民族学博物館では、12月11日まで「オセアニア大航海展」をやっていた。

私は、開会当時から行きたい行きたいと思いつつ、機会を取れずにいたのだが、最終日となって無理やり時間を割いて駆けつけた。雨の日のためか渋滞に入り込み、イライラしつつたどり着く。

そこには、かつて私が訪れ、苦くも甘い思い出のある景色が広がっていた。

オセアニアの大航海というのは、ミクロネシア・ポリネシアへの人類の拡散を意味している。太平洋の諸島は、人類最後のフロンティアであった。なぜなら大陸周辺に拡散するのには時間をかけなかった人類も、大洋の向こうの芥子粒のような島々にたどり着くには、まず遠洋航海のできる船(アウトリガー付きカヌーやダブルカヌー)が必要であり、同時に航海術を身につけないといけなかったからだ。動力なし・コンパスなし、何より地図もない世界に出かけるには、莫大な経験と炯眼なくして不可能だったのだ。

そうした展示を見つつ感じたのは、巨大なカヌーを建造するためには木材がある土地でないといけないということだ。そしてたどり着いた島には、珊瑚礁のため真っ当な植物も土壌もない。そこで、それらも運ぶ必要があった。椰子の木もみんな移植したものだ。

しかし、それらの島で暮らすにも、カヌーは必要だ。交易するには遠洋航海しなくてはならない。結局、木材の取れる土地から離れると、身動きとれなくなるという事実に気がついた。またイースター島のように戦乱と乱開発で森を失い、かつての文化を忘れてしまった島もある。舟が作れず、交易できなくなったことが致命的だったのだ。

今、それらの島々は、地球温暖化による海面膨張によって波に削られ沈みつつある。これも森を失った結果だろうか。

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森林学・モノローグ」カテゴリの記事

コメント

非人為のエリアで森が誕生した事例があるに違いないと思っています。

事例がもし、なければ人類が知らないだけではないでしょうか。

地球の生命力は蘇生可能レベルにあると信じないわけにはゆきません。。。

PS
今日は貴著「田舎で起業」が届きます。
強い関心と強い好奇心で読ませていただきます。

もちろん、人為がなくても多少の草木は生えます。ガラパゴス諸島や小笠原諸島のように。

ただ人が生きていくための資源となる植物はほとんどなかったようです。椰子の木は、アフリカ原産ではなかったかな。食糧となるイモやパンの木も人間が持ち込んだものですね。

『田舎で起業!』ありがとうございます。その続編が『田舎で暮らす!』です(^o^)。

多少の草木に昆虫が来る→鳥が来る→小型哺乳類が来る→糞に混じり木の実と種子が来る→藪→雑木林・・・

森の誕生でしょうか。

星の盛衰と同じように森も生まれ死んでいくリズム。
人口衛星は確認していないでしょうかね?

失礼しました。

人口衛星ではなく「人工衛星」です。

私の想像では、
海鳥が来る→糞に草木の種子が混じっている→草木が茂り昆虫が大風に乗って渡ってくる→流木などに乗って小型小動物(両生類・爬虫類・哺乳類?)が渡ってくる…という順序かなあ。コウモリも渡れなくはない。
最後に人間が漂着する→一緒に犬猫鼠が渡る→無人島生活を送り増殖する→海賊が来て財宝を埋める……。

返コメント、毎回ありがとう。

海をわたる蝙蝠、いるかもしれませんね。

財宝を埋めた後、海賊はどうするのか・・・

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