ボルネオの限界集落化
先にボルネオをテーマにした会を開いたと記した。
そこで気になったのは、ボルネオは代々貨幣経済が発達した地域であったということ。意外や秘境どころか、交易のメッカであったのだ。だから比較的裕福だった。
交易の品は、森林産物(ゴム、ラタン、香料…)だったり、木材だったり、石油だったりと時代とともに変化してきたが、今ではバイオマス・エネルギーが主流となりつつある。パームオイルやアカシアの植林も大々的に行われている。
しかし、これらは装置産業であって、みんな出稼ぎに出るようになってきた。
そこで広がっているのは、各地の集落の過疎・高齢化の劇的な進行であり、限界集落化である。若者は、みんな町に出て働き、ジャングルの村にはもどって来ないのだ。
実は私も体験している。それこそ丸1日、ひどい林道をトラックの荷台に乗ってたどり着いた村には、老人しかいなかった。巨大なロングハウスも、空き部屋が目立ち、賑わいがないのだ。
私は、日本の山村で進行していることが、ボルネオでは猛スピードで先を進んでいると感じた。ほんの10数年前まで、こんなことはなかった。日本が戦後50年かけて進行させた過疎・高齢化を、ボルネオはその何分の1かの時間で進ませてしまった。
ボルネオのジャングルは、先住民の世界である。そこが限界集落から消滅集落となると、それは少数民族の文化が消滅することを意味する。日本の村から祭りが消えることを嘆くどころか、下手すると言語が消える。風俗慣習が消える。血も絶えるかもしれない。
ただ。ここで件の先生は、言った。「それでも、ボルネオは最低ラインの生活はできます。米は作れるし、村の周辺を歩いたら、何か食べられる草が生えている。だから飢え死にすることはない」
この先生、1年半ほど、実際に部落で生活していて、米と草しか食べない生活を送っていたそうだ。貧しいが、死ぬほどではない、というのは、ボルネオといを熱帯の世界の豊穣性を表すと同時に、抜本的な改革が行われるきっかけをつかめないことを意味する。
私は、日本の山村でも「無理な改革をしないという選択肢」を示したことがあるが、ボルネオでは無言で進行中だ。
ボルネオのジャングルで進行していることは、日本の山村のモデルになるかもしれない。
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