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2008/01/03

年賀状

年末年始、堅いことを書いてしまった。が、時流に棹さすスタンスとしては、悪くなかったかもしれない。世間がめでたい、めでたいと言っている時は、要注意。

で、謹賀新年である(^o^)。

そこそこの枚数の年賀状が来た。私がすでに出したものと、出していないところから来たものを区別する。そして、こちらからも追加で出すべきかどかを考える。

ところが、一枚、どうしても誰なのかわからない人がいるんですよ(-_-)。名前を見ても思い出せない。住所を見て、内容から考えて、ストックされた名刺を確認するが見つからない。こちらの住所を知っているのだから、おそらく名刺交換したはずなのだが…。昨年は、かなり多くの名刺交換したのだが、こういう人もいたかなあ。私は、名刺交換した人なら、ほとんど覚えている(人物の顔などは忘れていても、どういう状況か、は把握している)つもりだったのに。向こうは名刺を出さなかったのだろうか。

困ったなあ。誰かわからないまま、こちらから出すべきかなあ。

悩んでいます。

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コメント

謹賀新年。

今年も、ますます超新発想ますます超新機軸の新刊、ワクワク待っています!

たとえば貴著の一節

>実際に自然を゛壊す゛ことで、多くのことを学んだ気がする。
(刈って燃やせば「森は守れる」p2)

これは生き方であり、敵対する二者を抱きかかえて二者とも生き残れる、たぶん唯一の知恵に違いないでしょう。

同意です。

森林の死の中に次代の森林の生を洞察し、生の中に死を悟る視点で、先ずは日本の森と民衆をイヨイヨ元気にしてください!

不器用な私もしっかり行動しますが、獅子奮迅の田中さんの筆、強く強く祈っています。


ミス入力、申し訳ございません。

>刈って燃やせば
ではなく、
>伐って燃やせば
です。

訂正します。


そんなこと、書いたかなあ…(^^;)。

自然を破壊することは、本当に自然破壊なのか、という逆説的なテーゼを掲げることで見えてくるものがある、という気持ちです。

勘違いされがちですが、私の記すことは異説や奇説、トンデモ学説ではなくて、むしろ学界では定説に近いものが多いと思います。ただ世間一般では誤ったとらえ方をされていることが多いだけで。その点では、問題とはなるのは、マスコミ報道でありジャーナリズムなんだと思います。

そうですね、マスコミ報道のあり方、それを無防備に受け入れる視聴者のあり方に問題があるんでしょうね。

・・・といってしまえば今までのジャーナリズムと同類です。

対象の中に踏み込んで問題を語るといっても、土砂降りの岸壁から台風をレポートするのと、焚き火やチェンソー伐りの゛常習者゛が自然破壊を自分の問題化するのとは視点は異なるはずです。

そう、もっと真剣に貴著を読み直します。


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