薪割りと割裂性
今日は、吉野チェンソーアートスクール開講日。
私もお手伝いに行くが、仕事は受付のほか……薪割り。使い物にならないスギの丸太を伐って、割って薪にする。
と言っても、実は斧で割るのではなく、薪割り機があるのだ。油圧でバシッと割っていく。随分楽になったものである。
これが面白い。単に割るという行為だけでなく、スギは実に割裂性のよいことが実感できる。そして割れ方を観察すると、木目の繊維がよくわかる。節があると、その節の周りに曲線を描いて割れる。赤身と白身の間が削げる時もときもある。これで「樽丸」を作ったり、ヘギ板を生み出した先人の知恵を感じる。
そして何より美しい。切ったのではなく、割った表面は繊維のデコボコがあるが、それが光を乱反射して、えも言われぬ陰影をつくる。微妙に不規則な木目は、幾何学模様とは違った安心感がある。これが「自然らしさ」なのだろう。
日本は縦挽きのノコギリがなかなか誕生しなかった。たしか室町時代までは横挽きしかなかったのだ。縦挽きできないと板を作りにくく、建築も発達が遅れる。それでも済んでいたのは、スギに代表される割裂性のよい木材が豊富だったからだろう。同時に、昔からスギは板材として使われたことも感じる。
割ることで板をつくることは、効率は悪い。下手すると1本の丸太から1枚の板しか取れなかったりする。しかも表面はまっ平らとはいかない。その後ヤリガンナで削って成型するとしても、微妙なずれが出るに違いない。それでも、室町時代以前の日本人は、これでいいかぁ、と思っていたのかもしれない。こうした板の表面が気に入っていたのかもしれない。そして、こうした板の様子が日本文化に影響を与えたのかもしれない……。
……とまあ、薪割りをしつつ、こんな大袈裟なことを考えていた。薪割り機のおかげで疲れないから考えられたのかも。斧を振るっていると、頭は真っ白だからね。
割った薪を積み上げた。
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