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2008/02/26

個性化競争

たしか養老孟司の「バカの壁」だったかに、教育で子供の個性個性というが、それはおかしいということが書いてあった。

人だけでなくすべての生物は、一個体ごとにみんな遺伝子レベルから違いがある。最初から個性があるのであって、むしろ重要なのは「それでも人」であるという共通部分があることである、だから教育で教えるべきは、まずみんな同じところがあるんだよ、人はみんな同じということではないか……うろ覚えなので間違っていたらごめんなさいだが、そんなことを書いてあった(と思う)。結構、目からウロコであった。

最近は、どんな業界でも他者との差をいかに生み出すかということが至上課題になっている。ほかにはない商品を作れ、ほかにはないサービスを生み出せ、というプレッシャーが生れている。そして産地間競争を行い、工夫を凝らさないと生き残れない。
それは熾烈であり、ある種の自由主義経済にどっぷりはまることを意味する。

実は私もそれを田舎や林業に対して主張している一人であって(^^;)、ほんと、厳しい競争を煽っていることになる。

でも、ねえ。本当にすべての地域が地域の産物使って、個性あふれる商品やサービスを生み出せるだろうか。新商品開発にしのぎを削って、乏しい予算と人材をすべて費やしたあげくに失敗、ということはないだろうか。もてなし競争やって、結果的にもてなす側が疲れ果ててしまったり、十分な対価を受け取られずに破綻することだってあるのだ。そうなると、もはや立ち直れない地域も出てくるだろう。

仮に完成した新商品だって、あまりに親切すぎて必要ない機能を付けただけだったり、デザインやネーミングを一新しただけかもしれず、それって環境を無駄に消費したことになるかもしれない。
もてなしだって、かゆいところに手が届くようなことせず、自分でかけよ、と思ってはいけないか。そんな過剰サービスが、下手するとモンスターコンシューマーを生み出すのかもしれないよ。

それは貪欲なグローバル化の尖兵になる危惧だってある。反グローバル化の立場から地域の個性を売り物にした競争を展開することが、結果的に勝ち組負け組の色分けを推進する、それって自由主義社会に則している……皮肉な運命ではないか。

今本当に求められているのは、そんな競争ではないはずだ。大多数の「負け組」(競争しない組)に合わせた社会づくりが求められている気がする。それは福祉的に救ってあげるのではなく、「勝ち組」(競争大好き組)から切り離した社会を展開すること……。もしかして人生の選択としては競争しない方が勝ち、となるかもしれない。

※コンピュータを使って競争社会と共存社会のシュミレーションを行うと、結果的に栄えるのはお互いが助け合う共存社会となった実験があったっけ。相手を出し抜き合う社会では、一時期の繁栄の後に滅ぶのだ。

どちらの社会に入るのか、その選択権も個人にゆだねてほしい。……こんな思考をしているのは、私が疲れている証拠か?

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森林学・モノローグ」カテゴリの記事

コメント

お疲れ気味なのかもしれませんよ(^^;

勝ち組というのは昨日の自分に勝つことでしょう?

他人と競ってたら、そりゃぁ疲れますよね。。。

今まで考えていた事が、実は正しいとは言えないんではないか。
そんな考察ができることはすばらしいです。
そして、その弱い自分をさらけ出せる事がいーんじゃないですか?
色んな思いを聞かせてください。
それこそ目からうろこになるかもしれません。

たまたま読んでいた雑誌に、マイクロソフトは弱肉強食的に事業展開してきたが、グーグルは事業の共存共栄を進めている、そして今やグーグルがマイクロソフトを圧倒しつつある…てなこと書いてありました。
ビジネスモデルとしての共存共栄システムを考えるべき時期に来ているのかもしれません。

速水林業の経営がまさにそれだと聞いたことがありますが・・・。いま、話題に上っている林業家や林業経営者やしんくみのリーダーに共通していることのような気がします。木材の値段が高かったコロには当たり前のように(金銭的にも)実行できた。今でも実行していくのは、自分の経営を含めて、相当な工夫や努力が必要な状況にあると思う。すごいなーと思います。

速水林業の森林施業や経営術は、実はオーソドックスだと思います。極めて順当な、言い換えると当たり前の経営をしている。

それが日本でトップクラスの森林経営と言われるところに日本の林業界の問題点もあるような気がしますが、同時にその気になれば誰もが取り入れることができるはず。速水さんも隠していませんからね。まさに共存共栄の林業です。

田中さん他このブログを見ている方たちは話のオチにたぶん想像が付いていると思いますが・・・。
その、当たり前のことの実行と更にその継承が危ういです。林業者である父と私の間でも。そこをある程度カバーするのが、林業経営体の法人化又はFSCやSGECにまともに取り組むことかもしれません。継承と言うか、伝承ができていくツールが必要だと思います。
短期間に生産できる工業製品や農作物ならばあまり問題にはならないかもしれませんし、新規に取り組むことも時間的な条件に左右されないでしょう。個性化を発揮する必要条件として、個々の基本的事項の整理習得とそのツールが50年100年スパンで営んでいく林業の継承には必要な気がします。

最近読んだ速水亨氏の文章で、非常な危機感を持っていることがわかりました。もっともアクティブで前向きな経営者のはずの速水氏が、です。
とくに林業経営のリーダー育成が急務だと訴えています。まさに技術の伝承が途切れつつあることを間近に感じているのでしょう。

今、九州や東北の林業地が比較的元気なのは、伝統に縛られない施業をしているからですが、それは伝統がなくて森林の持続的経営の意識が薄いからとも言えます。

本当の林業危機は、ここから来るかもしれません。

最近、中川藤一著、「木材流通とは 国産材時代への戦略」を部分的に拾い読みしました。昭和59年に書かれた本らしいですが。すごい本でした。今にも通用するし、今に通用するとしたら、これまでやってきたこととはなんだったのか。でも、すごく参考になりました。「木の情報発信基地」というサイトで画面上で読んだのですが。
山元はどこまで考えて、林業をやったらいいのか。流通に手を出せるのか、出したほうがいいのか、出さないといけないのか、考えて行動するときだと思います。
環境も考えなくてはならないし。山のプロとしても技術を維持する必要があるし。でも、別に1人でやる必要はないのだから。組織として、法人として、連合体として、方法や手段はあるはずですし・・・。

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