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本の紹介

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2008年4月

2008/04/30

爪楊枝入れ「ひのぴ」

奈良県の観光連名が「観光みやげもの大賞」最優秀賞に選んだのは、携帯爪楊枝入れだった。

その名は「ひのぴ」。実は東吉野村の旅館「杉ヶ瀬」にしか売っていないのだが、若女将が考案したヒノキの枝を活用した代物だ。直径12ミリ、長さ75ミリ。

つまようじ入れ「ひのぴ」

女性ならではの発案らしいのだが、何よりヒノキ製なのがいい。しかも枝をくり抜く形で仕上げているのもいい。村内の筆職人と開発したとのことだが、東吉野村に筆職人がいたことにもびっくり。
しかし、賞を取ったのだから、もう旅館だけの販売に留めておいてはいけないだろう。しっかり量産して、各地に並べないと。さもないと、単なる形だけの受賞だったかと疑ってしまう。奈良のお土産として普及させねば。

そして、できれば割り箸入れも考案してほしいね(^o^)。本来、割り箸入れは割り箸産地の奈良が作らないといけないものだよ。

ちなみにPR大賞の特別賞には、小説「鹿男あをによし」が選ばれたそうだ。

2008/04/29

タケノコ豊作

気がついたらゴールデンウィークに入っているらしい。

全然自覚のないまま、山へタケノコ堀りへ。

前回より1週間ほどたっている。かなり出ているだろうという予測だったが、それが大豊作。それこそウジャウジャ出ている。一応、雑木林なんだけど。

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なかには写真のように、一度に3本も生えているところもあった。地下茎の同じところから複数タケノコが出るのは、ちょっと気持ち悪い。
2本くらいはザラで、前掘った跡近くから出ているものもある。

おそらく30本以上掘っただろう。でも、伸びすぎたのは捨てる。持ち帰れない。道に運び出すだけで重労働だった。デカイのは、ラッキーガーデンに上納。こちらの店、今日はお客さんでテンテコマイ状態。ほかにも陶芸家のところなどいろいろ配る。

我が家は、いらない(^^;)。前に掘ったのが、まだ冷蔵庫に眠っているから。

2008/04/28

移住先探しと拙著

IJU info」という雑誌をご存じだろうか。「農林漁業就業・ふるさと情報」というサブタイトルも付いている。全国農業会議所が発行している無料の田舎暮らし(第一次産業就業)情報誌だ。

IJUとは、移住と読んでもいいし、Iターン、Jターン、Uターンのことでもある。サイトでも内容はアップしている。

2008年初夏号の特集2は、「近畿地方のIJUライフ」であった。それに目を通していると、次の記事が目に止まった。

「山への切符は1冊の本」と名打って、二人の移住者を紹介している。ところは、奈良県川上村の有限会社ヤマツ産業。

詳しくは記事を読んでいただけたらよいが、ようするに林業への就職を考えた二人は、たまたま読んだ1冊の本に影響されて、その本の著者・辻谷達男氏の元(ヤマツ産業)を訪ねた、というものである。

この本のタイトルは、「山は学校だった」(洋泉社)。著者の半生記である。

で、この本を執筆したのは、私(笑)。書名をクリックしていただければわかる。
つまり私が書いた本が、少なくても二人を林業の世界に誘い込み、田舎暮らしさせたことになる。よかったのかな~。

もちろん私は、今も辻谷さんとはおつきあいがある。お世話になりっぱなしだ。前にお会いしたときは、この本の続編を書きたいと言っていた。残り半生を描く。タイトルは「山は病院だった」(笑)。

残念ながら、この本はすでに絶版。興味のある方は、図書館などで目を通していただきたい。

2008/04/27

カタクリ群落

昨日は、うだうだ書いたから、今日は爽やかに(^o^)。

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上越市の「くわどり市民の森」で出会った、カタクリの大群落。

とにかく山の一面が全部カタクリの花!

こんな凄いのは見たことない。カタクリは、春植物と言って、樹木に葉が付く前に葉を延ばし花を咲かせて太陽エネルギーを蓄える。落葉樹林帯を代表する草花だ。花が咲くのは一週間くらいの間だから、こんな満開時に訪れられたのは運がよかった。しかも「市民の森」自体はまだオープン前。つまり、ほとんど見る人のいない群落だった。

下草を刈り込まないと育たないだけに里山の典型的な生態を示す。ときとして保護を巡って対立が生じるが、いまどきスキー場くらいしかないなんて言われるほど。それが、こんなところに大群落が育っているとは。

実は新潟では珍しくないらしい。カタクリは、食べるという(^^;)。おひたしなどにする。

だったらカタクリを山菜として売り出せないかと考えたが、フキノトウ(こちらも恐るべき群落が各所にあった)のようにとってもまた出てくる種類ではない。土の中に7年育って、ようやく花が咲くともいう。

ならば「幻の白いカタクリを探せ!」ツアーなんてのもいいかもしれない。

もう一つあった。

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コゴミの群落だ。

こちらはカタクリ以上に広範囲に芽吹いていた。生半可の量ではないし、山菜としても人気だから、カマでばさばさと切り取って収穫するそうだ。

こちらも緑が抜群に美しい。沸き立つような気持ちになる。

2008/04/26

若者たちの2地域居住

国土交通省が言い出した、2地域居住。対象にリタイヤ組を思い描きつつ、都会と田舎の両方に家を持って通いながら住もう、という発想である。ようするに両地域のいいとこ取りをして、豊かな老後を、というわけだ。

私は、常々この構想を批判してきた。田舎暮らしの過度的な形態に過ぎず、決してよい結果を生まないと考えるからだ。実行者にとっても、腰掛けで住まれる田舎にとっても。

しかし、このところの取材で別の意見が生れてきた。そして昨日の新潟・上越で見聞してきたことで、確証的なものを得た。「若者たちの」というただし書き付きで2地域居住を肯定的に見られるかもしれない。

上越で訪ねたのは、NPOの「かみえちご山里ファン倶楽部」。ここには8人の若者がいた。ほぼ全員がヨソモノだ。年齢的には20代から30代前半。女性も多く、しかも高学歴。大学院卒や海外留学組が目立つ。あるいは社会人転進組もいる。設立して7年、入れ代わりはあるが、構成員の条件はほとんど変わらない。

仕事は、一言で言えば、山里の活性化だ。そのための事業を数多く、それこそ網の目のように広げていて、みんな自分の事業を展開している。農業をやり、廃れた行事を復活させ、隠れた伝統と技術の記録と継承に取り組み…環境教育もあれば土木事業や収益事業も企てる。

極めて優秀な人材の宝庫である。話をしていて秘かに舌を巻くことが幾度もあった。
彼らは古民家に住み、肉体労働多く、田舎のじっちゃんばっちゃんとつきあう。特化せず様々な生きるための技術を身につけ磨く。
正直言って給料は極めて安いのに、どうして縁もゆかりもないこの土地に集まり田舎暮らしを行うのか。結婚している人も少なくない。女性は配偶者のところに行くのではなく、この地に根付かせる例もある。さらに彼らだけでなく、無給の学生インターンも招く。毎年、多くの学生が山里に住み込みながら働き学ぶ。
ここだけでなく各地に同じような例を見た。若者が山里を、離島を、田舎をめざす現象が確実に起きているのだ。隠岐の海士町に若者が集まっていることは、以前にも書いた。

ただ彼らは、その田舎に骨を埋める覚悟をしているわけではない。若い一時期、距離やしがらみ、そして世間の壁を乗り越えて、そこで自らのエネルギーとアイデアを絞り出し、その後は風の吹くまま……。

こうした2地域居住、いや2地域生活圏と言った方が正しいと思うが、都会の目を残しつつ田舎に若いエネルギーを発散する存在は、田舎にとっても益となるのではないか。地域は若者を教育する。若者は地域の壁を乗り越える。崩壊寸前だったコミュニティを再び紡ぎ、旧来の行政単位を越えたクニを築く。クニは国ではなく、新しいコミュニティの単位。霞が関が100年かかってもできないことを彼らは実現しているように思う。

もし私が、彼らの年にこうした現場と知り合えたら……私には飛び込む勇気があったかどうか。なかっただろうな(^^;)。

2008/04/25

富山で増殖中

富山で増殖中
信州、新潟からの帰路、富山で途中下車。
見かけたのがマイ箸であった。売っているのは輪島塗箸、つまり石川県産なんだけど、増殖しているなあ。

2008/04/23

カタクリ

カタクリ
信州に来ている。
森の中のベンションに泊まっているが、その庭先でみつけたのがカタクリの花である。春を呼ぶ花が他にも水仙など。
桜は満開だし、なぜかミズバショウまでさいている。そして背景には、雪残る山々が広がる。信州だなあ、という気分。

2008/04/22

CO2削減は町内会の役員から

表題を見て、地球温暖化防止の運動も町内の小さな活動から……という意味と想像してはいけない。そんなくだらないことは書かない。

昨夜は、横浜から来た旧友と何年ぶりかに会った。そして飲み食いしながらいろいろな話をしたのだが、彼はかつての知床伐採反対運動の裏側を見てきた男。環境問題にも関心が強い。

一方、私は一昨日に地元町内の自治会総会に参加してきた。議長を務めたのだ。
そんなこんなの話の中から出た二人の結論は、「CO2削減は、町内会の役員を務めてから唱えろ!」である。

これは私の持論であるが、小さな自治会の役員や小学校など子供関係の組織の役職なども、政治であること。場末の政治場だ。自治会役員なんて、何の権限もない中、さまざまな意見と利害がぶつかる町内をまとめていかねばならない。あちらを立てればこちらが立たず、ときにクレーマーとぶつかり、ときに論客をなだめ、行政組織となれあい、それでも必要な目標に近づけていく。

実は、この作業が市議会、県議会、国会、そして国際社会にも広がっていく。どの場でも、それそれの言い分と利害をどうさばくか、一見みんなが納得するアンサーを見つけつつ、実は自分の利益もちゃっかりとる……そんな芸当を繰り広げる。

友人は、現在国際的な仕事をしていて、フィリピンや中国に通っているが、そこでも同じことが起きている。NPOやNGOだって、まったく同じ。日本のチャチなNGOは時に甘ったれた理想を掲げるが、海外のNGOなど、もろ国益で動く。

それらを捌くには、町内会の役員でもして、利害調整の手法を学んだ方がよい。理屈をこね、情に訴え、おどしすかし、頭を下げ、なんとかまとめていく町内会役員を立派にこなせたら、国際会議の場でも、活躍できる……かもよ。

2008/04/20

シラカバ花粉症

奈良では、いよいよヒノキ花粉が終焉に近づいたという報道がされていた。

そうか、スギの次にヒノキ花粉が散っていて、それで花粉症になる人もいたんだ。そのことを思い出した。

ところが、別のニュースで、北海道ではシラカバの花粉が例年より10日以上早く飛び散り始めたと伝えている。しかも史上最大規模だという。

シラカバ花粉も、花粉症を引き起こすらしい。スギ花粉に悩む人が、スギのない北海道に逃避旅行をすると言われているが、北海道には北海道の花粉症が待ち受けていたことになる。

スギやヒノキの花粉症の人は、シラカバ花粉にも反応するのかどうかは知らない。しかし、花粉症からは逃げられない日本列島なのだ。

ちなみにシラカバの花粉がそんなに北海道で増えたのは、植林したわけではなく、おそらく過去の開墾地が放棄されて、そこに自然繁殖したのだろう。これでは誰かに罪をなすり付けることはできないねえ。

テンプレート変更

久しぶりにデザインを変えました。

発作的、です(笑)。

今回は、ちょっとお酒が飲みたい気持ちが強いのかもしれませんねえ。

2008/04/19

見えない桜

雨上がり。気分転換に裏山を歩く。

ふと気づくと、足元は、桜の花びらがてんてんと雪のよう。

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が、見上げてもサクラの木は目に入らない。もともと雑木林であり、結構繁っているから、上の木は見えにくいのだ。しかし花びらがあるんだからサクラが咲いていたのだろう。

しばらく行くと、道一面がサクラの花びらに覆われた。

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しかし、サクラの木は見えない。かなりの大木で、背も高いのだろう。

ようやく広い道に出た。

あった!

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結構、大木だ。この木が花びらをまき散らしていたのか。でも樹木の花よりも地面の花びらに見とれてしまう。

                                       

サクラというと、今や密植されたサクラの園が当たり前になっているが、本来のサクラは数ある樹木の一つとして、里山に点在しているものだろう。しかも山桜のように葉と一緒に咲く種である。つまり、ほかの木も若葉が繁りだしているから、花はあまり見えないのが普通ではないか。

サクラは人間の鑑賞のために花を咲かせるわけではない。
でもサクラの花からはハチミツが採れるから、ミツバチは確実にサクラを見つけ出してくれる。しかしミツバチの目は、色がわからないはず。言い換えると、ミツバチは、視覚ではなく匂い?でサクラを発見しているのだろう。そこでは匂い物質で森林を感知している世界があるのだ。

視覚で森を見ているのとは、違った世界が作られているのではないか。人間はその森林には気づいていないのかもしれない。

せめて、落ちた花びらから桜吹雪を想像する感性くらいは持ち合わせたい。

雨上がり 靴の裏みて花見かな

2008/04/18

中国製割り箸はどうなった

割り箸カヌーで思い出したが、最近の割り箸事情はどうなっているのか。

ちょっと思いつくままに並べる。

●この4月から、中国の割り箸に対する輸出税は上がったはすだ。昨年10月より上がったというが、猶予期間があった。それが完全になくなったと聞く。
加えて今年より中国でも社会保険の負担が増えたそうだし、最低賃金も上げられた。人民元の引き上げも行われた。そして原油高は世界的傾向だ。

となると、中国製割り箸の価格はいよいよ上がっていくはず。

●加えて餃子事件で、検閲が厳しくなり、残留農薬の検査が割り箸でも行われている。となると、その経費とリスク(もし回収することになったら…)も増えて、価格はさらに上がる。現在の輸入価格がどうなっているか確認していないが、1膳2円を超えるのはそう遠くないと思う。その割には、中国製割り箸が減ったように感じないのだが…。

●それに対して国産割り箸はどうなっているのか。千載一遇のチャンスと捉えているのかどうか。
私のところに新規参入したいという人がたまにメールを送って来るが、実際に新たな工場を立ち上げて稼働するまではまだ時間がかかるだろう。

●使用済割り箸を集めてペレットの製造を始めたところが広島に現れている。

●今年の入試には、『割り箸はもったいない?』からの問題がかなりたくさん出たようだ。確認しただけでも10を超えている。なんと、前書き部分まで使われていた。ちょっと私生活をさらしたようで恥ずかしい(^^;)。

●マイ箸運動は下火になったように感じるのだが、逆に店側の非割り箸化が進んできたように感じる。ただし増えているのは、プラスチック箸のような気がする。塗り箸よりもプラスチック。なんとも矛盾を感じる。

いろいろな動きが散見されるのに、全体像が見えない。

2008/04/17

割り箸カヌー

「郡山カヌー工房」を開く大河原秀平さん(57)は、市役所の食堂の使用済割7382本りばしを集めて、長さ約4メートルのカナディアンカヌーをつくったそうだ。大河原さんは、元福島県郡山市の林業担当職員だったそうである。http://www.asahi.com/life/update/0406/TKY200804060003.html

完成したカヌーは、まだ進水実験をしていないので浮くかどうかわからない。重さは約30キロ。スギ材製に比べ、8~9キロ重いというが、おそらくこの割り箸のほとんどは白樺製だろう。そんなに重いわけない。この重さは接着剤やガラスクロス、合成樹脂塗料の分だろう。
その点をついて、全然環境に優しくないやん、と突っ込むのは大人げない(^^;)ので止めておくが、ようは趣味の話。

ここまで行くと、割り箸かどうかではなく、木の小片を集めるとこんなものまで作れるのだなあ、という面白みが出る。

2008/04/16

初タケノコ

夕方になって、ふと思いついてタケノコを堀りに行くことにした。

標高が少しあるため例年だとゴールデンウィーク前なのだが、今年はよく雨が降って、しかも温かい。これは出ているはずだ。

さっそくスコップ持っていくと、我が森遊び研究所の山林がやたら荒れている。
誰か、先にタケノコ堀りをしたのか?

いや、その掘り返し方はイノシシのようだ。すでにタケノコが出ていて、それを掘り返したのだろう。これはいかん。

探すと、まだ穂先がほとんど出ていないタケノコを3本発見。すぐに掘った。
今年の、初物だ~。結構立派なものなので、1本をラッキーガーデン(スリランカ料理店)に上納?する。スリランカ人のシェフは、「やっときた!」と喜んだ。毎年、タケノコを持っていくのが恒例と化しているのだ。しばらくタケノコ料理とイノシシの捕獲話で盛り上がった。お茶をごちそうになる。

今晩のメニューを考える。当初予定していたメニューを変えて、すぐにタケノコ料理に。
ワカメがなかったので、若竹煮は諦めて、鰹節にまぶした土佐煮と、姫皮の梅肉あえ。それに穂先は吸い物。

今春は、タケノコの争奪戦になるかもしれない。
昨年までは、ハイカーが勝手に入り込んで掘られてしまったのだが、今年はイノシシが参戦である。タケノコが雑木林に出るのは阻止しなければならないので、イノシシがほじくり返すのも歓迎だが、やはりある程度はこちらも収穫したいからね。

2008/04/15

緑の羽根

今朝、NHKの「おはよう日本」をみていたら、登場するアナウンサーや解説者など、みんなが胸に「緑の羽根」を付けていた。

これ、緑の募金の印である。昔は、緑の羽根募金だったかな。

まだ、続いているんだ、というのが率直な思い(笑)。

私の子供のときからあったのを覚えている。小学校で募金運動をしていたのだ。
これこれスギの子、起きなさい、なんて歌もあった。

そう、緑の羽根は、植林のための基金集めだった。戦後の大造林時代である。林業推進のための募金だったのだ。
それが今は、緑化基金になっているのかな。少し調べると、主催は国土緑化推進機構になっていた。毎年23~24億円は集めている。でも、昔ほど学校など一般から集めていないのではないか。奉加帳回しているのかなあ。
使い道は、緑化工事など幅広くなっている。海外の緑化にも回っているらしい。まあ、天下り団体の人件費や経費に費やされていないことを望む。

緑化募金が悪いというわけではない。しかし、一度作った制度は、役割を終えてもなくならない、趣旨を変えて存続する、という典型かもしれない。道路特別財源と同じように。
本来なら、植林基金は打ち切って、緑化用の新しい募金を始めるべきなのだが。

なお、4月の「おはよう、ニッポン」平日から、お気に入りの首藤奈知子アナが消えた。土日祝日版に移ったらしい。ちょっと寂しい…(^^;)。

2008/04/14

山主は山師

今日は、久しぶりに土倉庄三郎関連の話題。

実はお孫さんにお会いしたのだが、そこで聞いた話で興味深かったこと。

土倉家のかつての山林財産は、どのように形成されたか、というのがわりと大きなテーマなのだが、今推測できるのは、庄三郎の父・庄右衛門の代であること。それ以前からも山林はあっただろうが、さほど多くはなかったようだ。

それを倍増、いや、もっと増やして大山林主へと成長したらしい。

ところが、得られた証言は、「庄右衛門は、一度失敗して、ほとんど財産を失ったと聞いたことがある。その後、飛脚をしてお金をため、再び財産を取り戻し、大きく成長させたらしい」

これは、考えてみれば凄い話である。飛脚うんぬんは別として、一代で財を失い、再び財を成す。だが、おとぎ話ではない。実際にあり得るのだ。
山林-木材の価格は急騰・急落する。ほんの少しタイミングを間違えると、あっさり財産を失う可能性があった。まさに山師の世界なのだ。

そう考えれば、庄三郎が晩年に財産を失ったのも、それほど珍しいことではないのかもしれない。先祖代々の土地、なんでのは嘘くさく、実は3代前の土地を引き継いでいる家はほとんどいないとも聞いたことがある。

今でも、財産を失うのは早い。回復するのは至難の業ではあるけれど。

2008/04/13

菜の花まつり

今日は、菜の花まつりの取材……。

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といっても、場所は生駒の棚田地帯で、自宅から車で5分。実はまつりを取材するつもりはなく、主催しているNPOの取材なのだが、時期的にちょうどこのイベントがあったわけ。

菜の花というのは、菜種油を絞って、その廃油をバイオディーゼルして……という循環を目指すもので、実は生協の申し出によって実施したそうだ。そして折々にまつりを開く。

今日は200人あまりの来訪者がいて、太鼓にオカリナにハーモニカの演奏もあり、さらに山菜の天ぷらなども供された。イベントとしては成功だろう。

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ただ、裏を聞くと大変(^^;)。

まず菜の花を栽培しても、そのまま油が取れるわけではない。花のきれいな品種と油が取れる品種は違う。そして油がとれても人の身体にいいかどうか別で、健康に害する成分を含まない菜の花品種でなけゃならぬ。ところがそれは東北の品種で、門外不出とか…。ようやく手に入れたら、F1で来年度以降は自家播種ができない。

そして搾油もどこでもできるわけではなく、専門家にお願いしなければならない。

そして生協も、必ずしも廃油を集めているわけではないし、循環というにはほど遠いのだ。

ま、それでも硬いことはいうまい。とりあえず春の日に満開の菜の花を見つつ、みんなが楽しんでいるのだ。私も、車で5分でここに来れる環境を喜んでおこう。

2008/04/12

吉野アートスタジアム

また朝から吉野。

で、先週から何をやっているかと言えば、吉野アートスタジアムの看板づくり。

吉野アートスタジアムとは、チェンソーアート常設練習場のこと。道沿いだが、意外と気がつきづらい場所にあるので、前から看板を掲げる計画が進んでいたのだが、だんだん大がかりな話となり、製作日数と経費ば莫大なものになりつつある……

で、今日は棟上げくらいかな。まだ全然完成していないが、とりあえず立ち上げた。

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なんだか、鳥居みたいでしょ(^^;)。もちろん全部吉野杉で、しかも太さは半端じゃない。高さも3mを越えるのだ。作るのも大変なら立てるのも大変。トラック、クレーン車、ユンボなど重機も総動員。今後、どのように作られていくかはまた報告するが、今日は疲れた……。

2008/04/11

取材抜きの執筆

また、愚痴。

仕事の依頼を受けて、勇んでそのテーマに合う取材先を考えた。

2カ所考えた。一つは地元だし、もう一カ所も近畿圏だから比較的近い。取材経費のことも配慮したつもりだ。

ところが、その点を説明すると、「取材はいらないんじゃないか」というのだ、編集長は。
一応、いうには経費を惜しんでいるのではない。1~2カ所を取材して、そこを詳しく書くのではなく、いくつもの事例をたくさん紹介して、全体をまとめてほしい、というものだ。
これまでの著作で取り上げた事例を並べて、考察するような記事……をイメージしているらしい。

まあ、そんな記事もあるけどさあ。そんな記事も必要だけどさあ。これまでも、そんな記事を書いたことがあるけどさあ。

おれ、基本的に取材抜きで記事書くの、いやなんだよなあ。最新の情報仕入れて書きたいし、そもそも取材しなければ、情報の持ち出しで、自分には何も残らないし。

何より、取材するぞ、と探して見つけて盛り上がった自分の気持ちがしぼむんだよね…。

でも、今後引き出しの中身は自分で増やして、依頼は吐き出しになることが多くなりそうである。私に求められているのは、そうした役割なんだろうか。

……でも、取材抜きで記事書くの、いやなんだよなあ。

2008/04/10

原稿料トラブル

トラブル発生。

昨年書いた原稿のギャラがまだ振り込まれていないことに気づいた。
これは、間に知り合いのフリーの編集者が入っていて、まったく知らない雑誌編集部から頼まれた。打ち合わせや原稿送付も、その編集者を通している。本来なら2月には入っているはずのものだ。短文だから金額は些少だが……。

お恥ずかしい話だが、件の編集者から連絡があるまで気がつかなかった。当時、同じような単発の小さな仕事をいくつか重なっていたので、混乱していた。すでに入っているはずと思って通帳を確認すると、入っていない。打ち合わせた形跡もない。

編集者自身も、踏み倒されているそうだ。それもかなりの金額。

ところが、雑誌編集部の人間が雲隠れしたとのことで、内容証明送付や裁判所からの支払い督促の手続きに入ることになった。最悪、破産されてしまうと、手に入らなくなる。

私も、これまで支払い遅れなどは経験して、取り立ての経験もあるのだが、最終的にはほとんど損害を被らずに済んできた。しかし、今回はどうなるか。

フリーの仕事とは、こうしたリスクも背負っている。

もっとも、ゴルフ場の本のように、1冊分執筆したのに出版できなかったようなリスクに比べれば、たいしたことないか……。

2008/04/09

木材自給率のからくり

林野庁の作成した木材(用材)需給見通しが出た。

平成19年度の木材自給率は、22,1%だったそうだ。前年(20.3%)より1.8ポイントアップ!
そして今年20年度は、さらに上昇して22.9%と予測している。17年から4年連続で上昇することになる。この調子だと、数年以内に木材自給率25%(4分の1)まで到達できる可能性がある。

だけど、よく見ると、木材の総需要量そのものが減っていた。
19年度が8,242万立方m、そして20年度予測では8,036万立方mに縮小すると予測しているのだ。こちらは毎年ずるずる減少することに歯止めが掛かっていない。

なるほど、国産材の利用は多少増えたが、この分母が減ることによって、より木材自給率は上がるという現象が起きていたのだ。

しかも、国産材需要の増加を支えているのは、合板業界だ。合板に使われるB材は、いわば売れ残りの安い材。あまり利益につながりにくい。しかも、供給もいつまでも続かないのではないかと予想している。出せるところは、限られているからだ。
やはり製材の売行きと価格が伸びないと、国産材業界は元気が出ないだろう。合板のような木材の使い方は、木材の良さを世間にあまり伝えないから、もしほかの素材が便利になれば、すぐにそちらへ移ってしまうように思う。木材は、使わなければないで何も生活に困らない。

それにしても、一見世の中は自然素材がブームのような見方をしているが、木材の使用量が減少し続けていく原因はなんだろうか。単に木造住宅の着工件数が減っただけなのか、それとも根本的に木材の消費に変化が現れたのか。
そこのところがよく見えない。自給率がアップしたと言っても、実は社会で木材がたくさん使われていることにはならないような気がしてきた。

2008/04/08

書評「桶屋の挑戦」

昨夜、「桶屋の挑戦」(加藤薫・著 中公新書ラクレ)を読み終えた。

深夜、お酒をチビチビ飲みながら(最初は焼酎だったが、やはり桶の話だから、途中から日本酒に切り替える)…読み終えるまでにぐいのみ4杯空けてしまい、かなり回った。朝方だったかもしれない。

さて、この本で描かれているのは、人物である。桶、ではなく、桶屋だ。

最初は、若くして桶づくりに取り組み始めた人。その師匠、そして知り合った大桶づくりの人々、木桶で酒を醸そうと大馬力で動いたアメリカ人女性…登場する人々は数多いが、みんなつながっている。そして、それぞれのドラマを通して木桶の世界を描いている。

その点が、私と違うところだ。私が桶の世界を描こうと思えば、『割り箸はもったいない?』のように桶の歴史や製造から入り、文化性や機能性へと踏み込むだろう。そして木桶を巡る社会を描き、やがて木と森林世界へとつなげていく。人物は、その端々に折り込む。

ところが、この著者は、あくまで人物なのである。桶職人、桶製造所の営業担当者、桶で酒を仕込む杜氏、その会社経営者、そして味噌や醤油の職人…。もちろん、合間に桶づくりの工程や歴史なども紹介されているのだが、人物の魅力で全体を引っ張る。そして木桶の復興を感じさせる。それは人のストーリーであり、生き方のドラマだ。

一見バラバラの活動に見えた人々が、桶をキーワードにつながる。それは桶世界の狭さとともに、木を通じた人のつながりの広さも浮かび上げる。
そして、割り箸と同じく、一見林業の周辺産業・周辺商品に思わせる樽桶こそが、実は林業の王道であることも感じさせる。桶を作るために100年の育林をする世界を忘れては、林業の再生は厳しい。

ただ読後感として、やはり木桶は絶滅危惧種なのだろう、と感じた。
たしかに一部では復活の動きはある。ゼロだった木桶仕込みの酒蔵が、現在は30ばかりになったそうだ。さらに味噌、醤油など食べ物業界、そしてインテリアまで広がりつつある。しかし、その扱いの大変さと経済的な不利さ・そしてリスクを考えれば、今後も十分に増える要素はない。再び樽丸林業が活性化する可能性は、ゼロに等しい。

また、今の吉野林業は、過去の遺産で食っていることも感じさせた。たしかに吉野の材は樽や桶にぴったりの材質だ。だが、それは100年も前からの育林の成果で、今育てている山から、そんな木が取れるのか心配になる。

そして酒は、味ではなく、ドラマで飲ませるものだとも感じた。美味しい…という不確かな感性は、思い入れで変わる。木桶で仕込んだというドラマが、味を変化させる。

私は、時折バーで「口が曲がりそうなフレーバーのスコッチをくれ」とバーテンダーに頼むことがある。それにどんな酒を出してくるか楽しむのだが、一口含んでグエッとなる味も、それを作った人々の顔と、その工程を想像するとうまくなる。スコッチは木樽仕込みだが、木樽の歴史を感じるのだ。

木桶、あるいは木樽は、果たして郷愁の対象なのだろうか。それとも、新たな役割を与えられるだろうか。

木を巡る職人、そして産業に興味のある方は、ご一読をお勧めする(サイドバーに掲載)。

2008/04/07

お土産

昨日のチェンソーアート練習場「吉野アートスタジアム」からお土産に持って帰って来たのが、これ。サクラだけではないのだ。

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ようするにスギの原木の元玉(根元)の輪切り。大きさを比較できるようにと、靴を置いてみた。
長径は1m近くあるかな。ただ年輪は幅広いので吉野材らしくない。樹齢は100年行くかどうかだろう。

こんなのがスタジアムに転がっていて、「邪魔だから燃やす」と言うので(事実、もう1枚あったのだが、燃やされた)、もったいなく感じて持って帰って来た。

できればテーブルにしたい。いや、まな板もいいなあ…と考えては楽しんでいる。表面をツルツルにするのは大変だから、鉋を手に入れようかと思う。もっとも、置くところがないので、庭に設置しようとも思う。そこでお茶するのだ。それなら、あまり磨かなくてもいい。

ほかにも130年生のヒノキの片ももらってきた。これは車に積んでおくと素晴らしい芳香剤になる。香りが、普通のヒノキとは少し違う。

こんなお土産がいっぱいある。

2008/04/06

さくら、さくら…

早朝6時半に車で家を出る。
向かうは吉野。道行く沿線には、桜が咲き誇る。同じ並びなのに、一方は満開、その隣に葉桜…しだれ桜も八重桜も見かける。

せっかくだから、音楽は森山直太朗の「さくら(独唱)」を聴く。
桜の木の下には死体が埋もれている…と言ったのは誰だったか。梶井基次郎だったか。運転しながら考える。そんな連想がはたらくほど、サクラの花は、人の心を湧き立てる力がある。

一斉に咲いて一斉に散るサクラの花を日本人の心と謳う人もいる。
和歌に歌われた「敷島の大和心を人問わば 朝日に匂う山桜の花」がそう示す。
そして神風特攻隊の名前に使われた。しかし、パッと散るのは、ソメイヨシノの特徴だ。明治になってからの品種である。山桜は、葉とともに花をつける。こちらの方が日本人の心ではなかったのか。

車を運転していると、次々連想がはたらく。パッと咲いてパッと散るのが人気だったら、スギもパッと花粉を散らしたのに人気が…出なくなった。今、遺伝子をいじって無花粉のスギを作ろうと研究されているが、いっそスギにもパッと咲く花をつけさせる研究をしたらどうだろう? 人気が出ないか?

吉野に近づく。いつもより車が多い。吉野山も下千本が花盛りだから、人波に埋もれているだろう。晴天の日曜日である。奈良はサクラの古木が多い。
土倉庄三郎が、このサクラを買い取った話がある。薪にされようとしているのを知って、サクラを守ったのだ。
今、その逸話の裏を取ろうとしているのだが、まったく出て来ない。本当なのだろうか? 

吉野に着いた。実は目的は、サクラではなくチェンソーアート場の当番である。

が、受け付けが終わると、仕事はサクラの苗を植えることだった。
なぜか大量のサクラの苗木が届いた。それをチェンソーアート場の周りに植えようという計画である。ただ掘り出すと、あまりに土質が悪いのでまいった。石だらけだ。かつて吉野の山でスギの造林を手伝ったことを思い出す。あそこも石だらけだった。その時習った吉野式造林法を試す。
20~30本植えたが、根付くかどうか心配。水もないので撒けない。今晩から雨が降るという予報に期待する。いつか大きく育ったら、新しいサクラの名所になってほしい。

日が暮れて、帰り路に着く車には余ったサクラの苗木を積み込む。家の庭に植えられるだろうか。

サクラ尽くしの1日。私にとってのサクラは、カードキャプターだけではないのだった。

2008/04/04

木桶と郵便局巡り

昨日紹介した「桶屋の挑戦」を私に教えてくれた友人が、たまたま今日、生駒にやってきて少し話した。

彼は、伝統工芸関係を得意とするカメラマンで、桶づくりに関しても撮影を進めているのだが、そこで出たのは、「桶は絶滅危惧種」。

そうなのだ、木桶とか木樽は、すでに絶滅の域に入っている。だいたい、「桶屋の挑戦」を少し読んだだけでもわかるのだが、木桶は絶対に必要な道具ではない。代替え品がすでにあって、そちらの方が使い勝手も、性能的にもよかったりする。多少は有利な部分もあるが、それだって程度の問題。

はっきり言おう。木桶は現代に必要ない。ほかにも必要ない木製品はたくさんある。

ところで、この友人は、郵便局巡りを趣味にしている。各地の田舎の郵便局を訪ねては、そこで1000円ずつ貯金する……というみみっちい(^^;)趣味だ。都会よりも田舎の小さな局を回りたがる。愛好家は結構いるらしいが、民営化した郵便局を回るのもアリ? とちょっと意地悪な質問をした。

だったら佐川急便とかヤマト運輸の基地を回るという趣味だって成り立つはず。

もちろん、そんなことはしない。郵便局だからよいのだ。民営化はしたが、かつての全国津々浦々にある郵便局を訪ね歩く風情がよい……その感覚を聞いて、これは木桶と同じだと感じた(^o^)。絶滅危惧種ゆえの郷愁

最近、木桶を求める人が、少しだけ増えている。使い道としては、インテリアだったり看板だったり。お風呂で使うにしても、オシャレだから。いわば実用品ではなく飾り用である。しかし、桶職人にとっては、飾り用に桶を作るのは忸怩たる思いがあるらしい。

伝統工芸ではない、実用品としての木製品が必要だ。
現在の木製品が飾りと化し、伝統工芸とされたときは、絶滅へ一歩進んだときではないか。

2008/04/03

「桶屋の挑戦」に…

友人から、拙著が紹介された本があった、と連絡を受けた。

中公新書ラクレの「桶屋の挑戦」(加藤薫・著)だそうだ。たまたま大阪に出て書店に寄ったので、この本を探してみた。

ありました。桶屋を主題にするとは面白い本だが、桶のことを追いかけたら否応なしに吉野に行き着く。そこで吉野林業を紹介する中で、拙著『日本の森はなぜ危機なのか』からの引用がされていた。

買いました(^o^)。

思えば、桶とは、樽の兄弟分とも言えるが、樽丸から作る。樽丸は、年輪の詰まった大径木から木取りするが、樽丸こそ吉野林業の大きな商品だった。
そして樽丸を樽や桶に加工する過程で出る残材を利用して、割り箸が生れた…。

この一連の流れを追うと、林業の本質に迫れるかもしれない。割り箸の一つ前の姿、源流が見えてくるかもしれない…。

まだ買ったばかりだから、ちゃんと読んだら、また書評の形で紹介しよう。

ちなみに、全然別のことに気がついた。

「桶屋の挑戦」の著者の略歴に「大洪水で消えた街」(草思社)がある。
この本を、私は拙著で紹介したことがある。それは『伐って燃やせば「森は守れる」』の中だ。そこで洪水と被害の問題について考察して、この本の内容を取り上げたのだ。フィリピンで起きた洪水で8000人もの被害者が出たのだが、それは洪水が大きかったからか、それとも水没するところにスラム街が形成されたからか…。

おあいこ、ね(^o^)。

2008/04/02

また世界チャンピオン

今日は、お休みにしようと思ったが…

昨夜飛び込んできたのは、北海道のチェンソーアーティスト木霊さんが、オーストラリアのタスマニアで開かれたチェンソーアートの世界大会で優勝したということ。
つまり、世界チャンピオンだ。

城所啓二氏に続く、二人目の日本人チャンピオンの誕生というわけである。

日本のレベルは相当高まっていることを示せたか。

実は同時刻の昨夜から、私は森業山業関係の決算書類づくりに追われていたのだが、これで再びチェンソーアートに注目が集まれば、スクールも人気呼ばないかな(^o^)。

2008/04/01

カードキャプターさくら

以前、「カードキャプターさくら」というアニメが好きだった(*^^*ゞ

Photo                                                  

                                               

どんな話か説明するのは難儀だが、ようするに凄い魔法使いクロウが作ったカード(それ自体が様々な魔法を行う)が暴走したのを抑えるために後継者となる少女さくらが活躍するお話である。なんか、書くの恥ずかしいな。

その中に「フラワー」というクロウカードがあって、花びらを学校の校庭にどんどんまき散らして、みんな腰まで花びらに埋まりながら体育大会を行う、というオバカな話があった。これが私、好きだったのよ(^o^)。花びらの中を泳ぎながら走るのが。

そのシーンを思い出したのは、au のコマーシャルで、これまた降りしきる花びらに埋まってしまうシーンがあるから。有機ELディスプレーと何の関係があるんだ? と思わぬでもないが、結構笑える。

ここ数日、花冷えが続いている。生駒では5分咲きのまま、サクラの花は固まってしまった。おかげで長持ちするかもしれない。花びらが散るのは少し延びそうだ。

この花びらは資源とならないのだろうか、と思ったのだ。花びらは多くの場合、都会では掃かれて捨てられるか、地面に吸収される運命である。
これを集めて何かに使えぬか。肥料にするとか、マルチング材というのが順当であるが、いま一つ面白くない。花びらから香りを抽出できたらよいのだが、ソメイヨシノでは無理だろう。流行りのバイオマスエネルギーとして、ここからエタノールを生成するというのはどうだろう。

木の実、木の幹、そして木の葉までは、なんとか人が利用することを考えるのだが、散った花びらは、さすがに利用価値が見つけにくい。

花びらを色落ちしない加工をして、利用するのはどうか。たとえば…花びらでプールを作って泳ぐ(^o^)。だめだ、アニメのシーンが頭から離れない…。

実は、私はカードを持っている(一応、娘のものですが)うえ、カードキャプターのイラスト葉書なども保管している。1枚、仕事場の壁に張っている(*^o^*) ↑写真

衝撃の告白である。

そうそう、主人公の木ノ本桜は、4月1日が誕生日だそうである。

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