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2008/04/06

さくら、さくら…

早朝6時半に車で家を出る。
向かうは吉野。道行く沿線には、桜が咲き誇る。同じ並びなのに、一方は満開、その隣に葉桜…しだれ桜も八重桜も見かける。

せっかくだから、音楽は森山直太朗の「さくら(独唱)」を聴く。
桜の木の下には死体が埋もれている…と言ったのは誰だったか。梶井基次郎だったか。運転しながら考える。そんな連想がはたらくほど、サクラの花は、人の心を湧き立てる力がある。

一斉に咲いて一斉に散るサクラの花を日本人の心と謳う人もいる。
和歌に歌われた「敷島の大和心を人問わば 朝日に匂う山桜の花」がそう示す。
そして神風特攻隊の名前に使われた。しかし、パッと散るのは、ソメイヨシノの特徴だ。明治になってからの品種である。山桜は、葉とともに花をつける。こちらの方が日本人の心ではなかったのか。

車を運転していると、次々連想がはたらく。パッと咲いてパッと散るのが人気だったら、スギもパッと花粉を散らしたのに人気が…出なくなった。今、遺伝子をいじって無花粉のスギを作ろうと研究されているが、いっそスギにもパッと咲く花をつけさせる研究をしたらどうだろう? 人気が出ないか?

吉野に近づく。いつもより車が多い。吉野山も下千本が花盛りだから、人波に埋もれているだろう。晴天の日曜日である。奈良はサクラの古木が多い。
土倉庄三郎が、このサクラを買い取った話がある。薪にされようとしているのを知って、サクラを守ったのだ。
今、その逸話の裏を取ろうとしているのだが、まったく出て来ない。本当なのだろうか? 

吉野に着いた。実は目的は、サクラではなくチェンソーアート場の当番である。

が、受け付けが終わると、仕事はサクラの苗を植えることだった。
なぜか大量のサクラの苗木が届いた。それをチェンソーアート場の周りに植えようという計画である。ただ掘り出すと、あまりに土質が悪いのでまいった。石だらけだ。かつて吉野の山でスギの造林を手伝ったことを思い出す。あそこも石だらけだった。その時習った吉野式造林法を試す。
20~30本植えたが、根付くかどうか心配。水もないので撒けない。今晩から雨が降るという予報に期待する。いつか大きく育ったら、新しいサクラの名所になってほしい。

日が暮れて、帰り路に着く車には余ったサクラの苗木を積み込む。家の庭に植えられるだろうか。

サクラ尽くしの1日。私にとってのサクラは、カードキャプターだけではないのだった。

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コメント

葉とともに花をつける。

この流れ、このリズム。

私もそうでありたい。

花?華?
アロハオエに添えるだけでよい^^

>桜の木の下には死体が埋もれている…と言ったのは誰だったか。梶井基次郎だったか。

 もちろん桜と死についてはもっと前から連想があったわけですが,この表現そのもので使ったのは梶井ですね.「桜の樹の下には」の冒頭にいきなり出てきます.しかも「!」付き. 旧かなおよび新仮名両方で,青空文庫に入っています.
http://www.aozora.gr.jp/index_pages/person74.html

とりあえず,新仮名版は
http://www.aozora.gr.jp/cards/000074/files/427_19793.html
です.下手するとWWWブラウザの一画面に入りそうなくらい短い文章ですが,さすがに強烈な印象を残しますね.

さすが、あがたし、あっと言う間に発見しましたね。

ちょうどこの記事を書いた直後に、来週友人が開くお花見会の案内が届きました。大坂城の八重桜の下で行うもので、ここ何十年か続いています。若き日、この場で「桜の樹の下には本当に屍体が埋まっているか」と論争したことを思い出しました。

今年はフラメンコのギターラ演奏と唄が目玉だそうです。桜の樹の下に、フラメンコが舞う…。行き倒れにならないようにしまょう。

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