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森と林業の本

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2008/06/10

遺品

先週末、叔父が亡くなった。

私にとってもっとも近しい叔父であり、幼少の頃から世話になり続けただけに、記憶が数多く残る。クリスチャンであり、ボーイスカウトの指導者も務めた親族では変わり種? の叔父だ。私が「探検」に興味を高めたのも、ボースカウト体験から来るだけに、影響は大きい。
ところで私は、仏教の教えに共感し、多神教としての神道にもシンパシーを持っているが、一方で聖書をそらんじ、讃美歌を口ずさむこともあるのは、この叔父の薫陶を受けたからと言えよう。

そのため3日間葬礼の儀に張りついた。叔父夫婦に子供がいなかったため、甥たちが代わりを務める意味もあった。みまかった翌日は実家で偲び、次の日は通夜、そして葬式(キリスト教式のため、前夜式、告別式と呼ぶ)と続いた。

よく田舎の葬式は、仕事を3日間休まなくてはならない、と言われる。それを例に田舎の人づきあいの大変さを示すこともあるが、何も田舎だから、と決めつける必要はない。大阪でもそうした状況は起こりえる。ようは関係者の思いをどのように表現するかという差なのだろう。なんでも田舎と都会の違いにするのは間違っている。
それでも手慣れた業者が入って仕切ってくれるし、キリスト教式の葬式ということで、一般に比べるとかなり楽だった。葬儀は礼拝であり、通夜のように夜なべの宴席もないからだ。何より意味のわからない念仏ではなく、説教は現代語で意味がわかる(^o^)。

納棺の際には、故人の遺品も柩に納める。ところが、ここで意外なことを知った。必ずしも何でも入れられるものではないのだ。たとえば電子手帳など金属製品はダメ。メガネも金属製のフレームはダメ。燃えないからだそうだ。

自らの遺体と一緒に愛用品を棺桶に入れてほしければ、生前から燃えるものを選んだ方が良さそうだ。できれば木製の品を愛用しましょう……と、ここで強引にブログの趣旨に結びつける(^^;)。

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コメント

 故人を思う気持ちに共感しました。
  自分の人生に多大な影響を与えた人には、礼を尽くしたいといつも思ってます。

ありがとうございます。
私の周りには予備軍がいっぱいいますよ(笑)。
そして、自身も老後を考えてしまうなあ。

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