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本の紹介

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2008年7月

2008/07/31

蕎麦いっぱい

木曽で蕎麦を食べた。目にメニューに得盛りというのがあるので頼むと、店員が止めた。大盛より上で量が多すぎるそうだ。
それでも蕎麦なら…と頼む。が、出て来たのは、大盛の三倍くらいあった。それでも食った。
その時は平気だったが、後で吐きそうになる…。

2008/07/30

キノコ豊作

キノコ豊作
まだ7月なのに、森の中はキノコがいっぱいだ。雨がとくに多い訳ではない。
でも信州は秋のように涼しいよ(*^^*)

2008/07/29

森林ヨガ

森林ヨガ
霧に包まれたブナ林で行った森林ヨガ。もう、森林セラピーは古いぜ。

2008/07/28

森林セラピー料理?

森林セラピー料理?
信州に来ている。今日は飯山市。泊まったホテルででたのは、森林セラピー料理である。
でもこれって、玄米菜食料理やん。美味しいんだけど…やはり物足りないなあ。ちなみに普通食は?と聞くと、「馬刺に、地元のポークのしゃぶしゃぶ…」!
ああ、普通に食べたい。

2008/07/27

日本林業再生の道シンポⅣ

京都のキャンパスプラザに出かけた。

着いてみると、なんだか森林関係の会合がいっぱい。
まず「NPO森林再生センター」の総会があって、次に
シンポジウム「かしこい植樹・かしこい市民」というのも開かれている。

だが、私の目的は、毎年恒例?のシンポジウム「日本林業再生の道Part IV」に参加するためである。かなり専門的な、中身の濃いシンポなのだが、なんだか会場は見たことある顔ばかり(^o^)。4回目ともなると、参加者も常連と化すのか。

今年のテーマは、「人材育成と社会システムの構築-」で、ドイツからフォレスター(森林官)である元ショップハイム営林署長   Gerhard Rieger 氏を招いての話とパネリングだ。
   パネラー  ・Gerhard Rieger 氏( 同 上 )
                     ・池田 憲昭 氏 (ドイツ在住ジャーナリスト)               
          ・長谷川 尚史 氏(京都大学フィールド研)
          ・佐古田 睦美 氏(近畿中国森林管理局)
          ・小林 耕二郎 氏(日吉町森林組合)                
コーディネーター:相川 高信 氏 (三菱UFJR&C)

Photo                                                

                                               

                                                   

話を聞いていると(もちろん通訳あり)、ドイツの林業の仕組みが見えてくるのだが、その中で印象に残ったのは、休憩時間に日吉町森林組合の湯浅参事と話したときのこと。

「昨日はリーガー氏を日吉町の現場に案内したんだけど、そこにあった重機類(ハーベスタやグラップルなどか?)を見て、『これと同じ機械は、20年前に林業の遅れているイタリアで、古いものを見たことがある』というんだ。20年前に古くてボロボロだったというから、30年40年前の機械ということか」

日吉町森林組合は、日本では機械化が進んでいるところとして知られている。Jフォレスターの養成も行っている。それがヨーロッパの30年以上前の状態とは……。

08                                                      

                                                

写真は、日吉町森林組合の重機                                             

でも池田氏の最後の言葉、「ドイツの森林は1000万ヘクタール。日本の人工林と同じ面積で、林業関連業界でGDPの5%を稼ぎだしている。そして雇用者数は自動車産業よりも多い。もし日本が同じことをすれば、地方を再生することができるだろう」に共感。

終了後、その場に居合わせたメンバーで反・新生産システムのための謀議。

 

2008/07/26

書籍は著者のもの

以前より、昨年の割り箸シンポジウムを元にした本を作らないかという声がかかっていた。

もちろん割り箸に関する本が一冊でも多く世に出るのは望むところだが、シンポを元にまとめるとなると、出席者がそれぞれの立場で執筆することになる。それぞれ違うスタンスをどうするのか、という点が引っかかっていた。
産業としての割り箸なのか、シンボルとして割り箸を取り上げるのか、時として正反対のスタンスになりかねない。あるいは、仕方なしに割り箸を容認するという立場の人もいる。

昨夜、それが事実上流れた旨の連絡があった。

それでよいと思う。本は著者のもの、というのが私の考え方だ。
実はその裏には「雑誌は編集長のもの」「新聞は会社のもの」といった思いがある。雑誌・新聞という様々な記事が載る媒体の場合は、どれを採用するか捨取選択する立場の人の色が強く出る。会社レベルの立場か、編集担当個人かは別として、その枠内で著者は執筆する。

だが、書籍は著者のものだ。著者が、自分の思いを一字一句託して執筆するものだ。今の本づくりでは、タイトルやデザインなどを分業することが多いが、それでも文章部分は譲れない。共同執筆する場合は、まとめる編集者がいることになるが、それでも著者の色合いが濃い。それが一冊の本の中でバラバラでは困る。少なくても訴求力がなくなる。

一冊の本に複数の執筆者がいる場合、意見が違っているのは構わないと思うが、向かうベクトルが違っていてはつまらない本になる。割り箸シンポでは、割り箸以外のことばかり話している出席者もいたからなあ(^^;)。

さて、実は別のところから割り箸のことを書いてくれという依頼がある。こちらも共同執筆の本にする話だ。割り箸の本ではなくて、環境の本。この場合のベクトルも見極めないといけない。

2008/07/24

明治神宮の森の未来

明治神宮の森について少し調べている。

ご存じの方も多いだろうが、明治神宮は明治天皇を忍んで建設されたが、その森づくりの指揮を取ったのが、本多静六林学博士。当時、ススキ原やアカマツ林だった代々木の土地にどんな森を作るか考えて、目標としたのが、仁徳天皇陵だったという。

天皇陵の墳墓は、人が入れないから原生状態となっている。それを再現しようと考えたのだ。彼は、100年かけて極相の森になるように設計して、当初はマツ林と落葉樹林、次にスギやヒノキの針葉樹林、そして最後に常緑広葉樹、つまり照葉樹林の森になるように植栽した。

着工が1915年(竣工は1921年)だから、もうすぐ100年になろうとしている。そして、見事に照葉樹の森が明治神宮を覆っている。植生遷移を計算した見事な森づくりだった。

その目的は、やはり自律的に生育するから維持管理費がいらないことだそうだ。そして土地か照葉樹林に向いていると判断したのである。

ところで、現在の生態学では、極相という考え方が否定されつつある
極相とされる植生も、それで安定するのではなく、再び破壊されることで、遷移のサイクルを回すと考えられているのだ。自然界では、森林火災や洪水、山崩れ、気候変動、病害虫、そして局所的には寿命の来た大木の倒壊も含む。数百年単位なら、十分起こることだとされる。

では、明治神宮の森は、100年以降、どんな方向に向かうのだろうか。雷でも落ちて焼けるか、致命的な樹木の病気が蔓延するか。それとも温暖化の影響で亜熱帯植物が繁茂するのだろうか。
そして、その時に人間は、手を出すのだろうか。火事が起きたら消すだろうし、何らかの理由で木々が枯れたら捕植するかもしれない。でも、それでは本多博士の狙いとは違うような気がする。

ところで、明治天皇に森があるなら、昭和天皇も崩御後に記念公園が作られたはず……と思い出して調べると、「国営昭和記念公園」が東京立川にあった。が、ホームページによると、完全なファミリー公園のよう。バーベキューハウスまである……。ここに荘厳な森を望むべきもないが、神社林ではないのだから仕方ないか。
でも、維持管理に手間がかかるだろうし、どんな森を作ろうと考えたのか、哲学がないよな。100年後のことを考える気にもならない。

2008/07/23

マイ割り箸増加中?

先日、地元選出の国会議員からメールが来た。

地元だけに知らないわけではない。以前、飲み屋で偶然会って話し込んだこともある。ただ森林・林業分野に興味がある様子ではなかったので、それほど深い政策論議をしたわけではない。
ところがメールによると、今林業政策について勉強中だという。日吉町森林組合の研修にも行ったらしい。そして、いくつかの森林政策の提言を考えていた。

そのアイデアは、実現性はともかく面白かったのだが、それとは別に、
「奈良県選出の議員なんだから割り箸を」と、拙著『割り箸はもったいない?』をお勧めした。

ところが、なんとすでにマイ割り箸を持っているというのだ。
なんでも、私が新聞のインタビューを受けた記事を読んで、国産割り箸を使いだしたのだそうだ。

国会議員にも広がる、マイ割り箸の輪!

そういえば、国会議事堂の食堂でも、国産割り箸を使っていた。こちらは、おそらく木づかい運動の一環だろうが、国産割り箸にだって反攻の芽はあるぞ。

製箸業者の多くは、マイ箸という名のプラスチック箸の蔓延に心を痛めいじけている(^^;)が、割り箸に味方する人もいないわけではない。もっと誇りを持ってアピールすべきだろう。割り箸の故郷である奈良県選出議員はもちろん、ほかの地域にも割り箸産地は多少残っているわけだ。地方議員も含めたら、それなりの人数になるのだから、アタックすべし。

マイ箸が広がるきっかけにはマイ箸を愛好する芸能人の存在が大きいが、マイ割り箸にも広告塔は必要だろう。広告に協力する人には、直販を含めて安く手軽に届ける方法も模索したらどうだ。国産割り箸の弱点は、価格と、売り場が少ないことだ。議員特区?のつもりで、新たな流通網を構築する実験をしてみるといい。でも、無料はダメだよ。賄賂になるから(笑)。

2008/07/22

間伐の必要性を問う

しつこく、海上の森の講演の際の話だが、

「100年単位のスパンで考えた場合、間伐しなかったら、森はどうなるのか」

という質問が出た。

なかなかよいところというか、痛いところを突いている。私も、話の流れ上、人工林は間伐しないといけないよ、と口にすることはある。一応、注意深く、「林業を行うには間伐が必要」という言い方をしているが、とりあえず間伐の必要性を認めている。

だが、これも林業施業としての間伐であり、短期間(100年以下)のスパンで考えた場合だ。林業は主伐に相当する木を太く育てることを大きな目標にしているし、間伐材も何らかの需要がある。(だから切り捨て間伐は林業ではない、と言っている。)木材生産の場としては、間伐は必要な技術なのだ。
しかし100年単位、つまり200年300年と長期間に渡る森の状態を考えると、私は間伐の有無はあまり関係ないと思っている。

たしかに1haに3000本植えて、その後の変化を短期間で見ると、間伐しないとブッシュとなり、立ち枯れする苗も出て、線香林と呼ばれる細くてひ弱な森になることが多い。また林内は暗くなり、降雨で土壌がえぐられ、見た目も生物多様性の面からも、国土保全上も問題だろう。

しかし、さらに時間をかければ、枯れる木は枯れ、すると光が林床に差し込み、やがて生き残った木が大きく樹冠を広げて生長する。1ha1000本くらいは生き残るし、数百本は大木になるのではないのか。その数は、現在の主伐の本数と同じだ。つまり、無間伐でも立派な森は成立するだろう。

それは実験でも確かめられているが、何より日本の林業は、一部の例外地域を除いて、古来より無間伐だったことが、それを示している。それでも森林は育ったのだ。
1ha3000本植えという基準を作ったのは、戦後の林野庁であり、以前は1000本、1500本植えのところも多かった。それは無間伐が前提の植え方だったんだろう。それを、一律1ha3000本植えに強制した(さもないと補助金が出なかった)ことで、林業の地域差を破壊し技術を消してしまったのである。今は、基準が緩められたが。

ようは、森林(人工林)を、目先の景観や土壌流出防止などを重視した目的で造成するか、緻密な木材生産を行う林業を計画する場合に間伐が必要なのではあるまいか。あるいは、間伐をすることによる補助金目当ての林業も……。

最近は、林業の低コスト化が叫ばれているが、伐出コストばかりではなく、育林コストを考えた場合、間伐のいらない施業も視野に入れておくべきだろうな。

2008/07/20

緑の小径

Photo                                                  

写真は、海上の森の中の小径。

                                               

この道を歩くと、木漏れ日のシャワーを浴びます。

やがて視界が開け、白い光に包まれます。
目の焦点がようやく合うと、そこには緩やかな棚田と畑、そして農家が映るでしょう。
あるいは池が目に入るかもしれません。水面には立ち枯れた木が林立しています。

鳥の鳴き声が聞こえます。風を感じます。土の臭いがしました。

……と、五感が働くと、気分が変わる。これが、森林療法の効果の元かもしれない。まっ、実際は暑かったんだけどね(^^;)。

と、そんなことを考えたのは、ダーウィン展に、よく似た展示があったからだ。
ダーウィンが研究にいそしんだロンドン郊外のダウン。ここに後世ダウンハウスと呼ばれるダーウィンの屋敷があるが、その屋敷内には散策路が作られていた。距離は約500mだという。繰り返すが、屋敷内である。それはサンドウォークと名付けられている。
ダーウィンは、この小径を散歩するのが日課だった。ここを歩きながら研究の段取りを考えたり、論考を深めたとされる。

ダーウィン展には、この小径を1・5mごとに写真に撮って、それを大きな液晶画面に数秒後とにスライドさせて映し出していた。それを眺めていると、あたかも自分がその小径を散歩しているかのように景色を味わうことができる。学芸員が実際に(自費で)訪れて撮ってきたのだそうだ。

ダーウィンは、知らず知らず森林療法を施していたのかもしれない。だから身体が弱いといいつつ齢80を越えるまで生きられたのか(笑)。

その翌夜、「隣のトトロ」がテレビで放映されていた。同じような緑の小径が随所に描かれていた。それどころか、トトロに会う重要な小道具でもある。アニメの中で緑の小径を歩く疑似体験ができる。これが「トトロ」がジブリの中でも最高の人気を持つ秘密かもしれない。

2008/07/19

ダーウィン展

大坂でダーウィン展が開かれた。アメリカで開かれ好評を博したので、日本では東京に次いで開かれたものだ。東京展を見た人もいるかもしれない。

実は私は、昨日の内覧会に参加。と言っても、私が招待されたのではなく、招待された人の代理なのだが、一足先に楽しませていただいた。それにしても、内覧会だというのに、物凄い人、人、人だった。大阪人て、ダーウィンが好きなのかね。

いろいろ感じるところは大だった。だいたい青少年がかぶれる科学者といえば、アインシュタインかファーブル、ワトソン、フロイトなどだが、それにダーウィンも加えねばならない。私は、高校生の時は意外やアインシュタインだったのだが、大学生になると進化論にかぶれたこともあるなあ。

2                                          

           

ダーウィンがメモ書きした、おそらく人類史上初の系統樹。生命は進化して別の生物になるという発想を示した記念すべき絵だ。

       

さて、書き出したらきりがないが、展覧会には、「種の起源」発行にまつわるエピソードも紹介されている。例のウォレスとのやり取りだ。

ダーウィンは、生物は自然選択によって進化するという理論を思いついたのだが、それを発表するまでに20年もかけている。それは、確証を得るためのデータを集めるためだが、やはり革命的すぎて躊躇する点もあったのだろう。ところが東南アジアの動植物を収集していた若きウォレスは、軽やかに自然選択の生命進化を思いつき、論文を書いたのだ。

幸か不幸か、ウォレスは、その論文の発表先をダーウィンに紹介してもらおうと送ったのである。自分が温めてきたアイデアをあっさりまとめたウォレスの論文を読んで、焦ったダーウィンは、15年前に友人に送った手紙(自然選択のアイデアについて触れている試論)を付けて、2つ揃えて学会に発表したのである。

おかげでウォレスのことを「ダーウィンに消された男」と評する人もいる。ただ、内容的にはダーウィンの方が深い考察とデータを揃えていたし、何よりウォレスはダーウィンのやり方に賛同して、感謝さえしている。

なんで、こんなエピソードを紹介しているって?
それは、完璧を期すことを考えて、発表を先に延ばしていると、先人の栄誉を失いかねないよ、という教訓にしようと思ったからだ(笑)。私も、いろいろ手がけているが、つい資料を収集すること自体に夢中になって、肝心の執筆を先延ばしにしてしまう。早くまとめて本にしないと、もしかしたら同じテーマで先に誰かが出版してしまう可能性だってなきにしもあらず、だ。

もし、私の元にウォレスの論文のようなものが送られてきたら?

そりゃ、握りつぶすでしょ(笑)。それとも自分の執筆の「参考資料」にしてしまうという手もあるかな……。

Photo                                                 

「種の起源」の初版本

2008/07/18

森の物質は循環しているか

海上の森大学で、隣に座ってお話しした「本物の大学の先生」は、森林の物質循環が専門だった。思わず、森林の物質から見た将来について言葉を交わした。

小難しいが、こちらの問題も取り上げてみよう。

実は私も大学の研究室の指導教官は、森林立地学といって、まさに物質循環を扱っていた。おかげでリター(落葉・落枝など)を集めたり、その重量や成分を調べたりしたものだが、それが嫌いで私は一人勝手に森林動物学に手を出したのである。だから、はっきり言って教授には嫌われたが……。

それはともかく、森林の物質循環という点で最大の疑問は、「人工林の山は痩せるか」という命題である。

人工林である限り、最終的に木は収穫される。つまり森林外へ持ち出される。その点は、先の炭素固定と同じ土俵だ。持ち出すから、炭素を長く固定される……ことになるかどうかが議論になるわけだが、森林側から見れば、森林内の資源(養分)を奪われたことになる。

もちろん炭素の場合は、CO2という形で空気中から補給できるので問題はない。しかし、植物の栄養素となるリン、窒素、カリウム、カルシウム……などはどうだろう。これらは林業が幾度も収穫を繰り返すたびに山から失われることになる。ただ窒素は、やはり空気中から得られる。カリウムなどは、土壌に大量にある。最大のネックは、リンだそうだ。

吉野のような古い林業地になると、植え付けと収穫を何度も繰り返している。そのたびに間伐・主伐ともに木材が持ち出される。リンを始めとするミネラルは失われる理屈になるだろう。

実際、吉野でも再造林地の苗は、生長が遅いことが知られている。もっとも遅い方が年輪が密になるので困ることはない。成長が遅いことをよしとするのである。
だが、早く生長することを念頭にしている林業地、たとえば宮崎など九州はどうだろうか。戦後の造林地は40~60年で大木になったから、次回も同じサイクルで考えていたら、そんなに早く太くならないかもしれない。森林計画に狂いが生じる可能性がある。

とはいえ、リンが尽きて草木が育たなくなることはないそうだ。その点が畑地と違う。肥料はいらないのだ。

その理由は、まだ突き止められていない。なかには海に流れ出たリンが魚を育て、その魚を食べた海鳥が山にきて糞をすることで循環させているという論もある。鮭など川を遡行する魚が、上流で息絶え、森の動物に食べられることで、リンが山にもどされるという意見もある。
まあ、一部の地域ではそんな可能性もあるだろうが、日本の山全体をそれで説明するは難しかろう。やはり、岩が風化して崩壊する過程でリンが放出され補給されていると考えるのが自然らしい。つまり、山は、基本的にリンを始めとする様々な成分を巨大な量プールしているのだ。多少の木材収穫と森林外持ち出しでは影響を心配しなくてよいらしい。

リンは、循環していないのだ。山から川、海へと一方通行で流れていく。何千万年も立てば、海底の隆起で地上にもどるのかな。

ただ、リンを始めとしてミネラル分は、葉っぱに多く含まれる。木質部分にリンなどミネラルはあまり含まれていない。現在の林業では、この葉を切り捨てて林地に残しているが、それが腐朽して土にもどることで、リン類を循環させている。
もし枝葉も山から持ち出す全木集材が主流になると、林地からリンのより多く減ることになって将来の樹木の生長に変化が現れるかもしれない。

2008/07/17

間伐とCO2吸収

「海上の森大学」の講演で、少し森林のCO2吸収の話をした。
会場には林野庁の人も、県の農林関係者、森林組合関係者もいたので、意外と林業分野のことも話すことを期待されたようだ。

もちろん、私が話す限りは「森林は二酸化炭素を吸収もしないし、酸素の排出もしない」という世間の期待を裏切るものだ(笑)。ただし、木を伐って、それを木材として使うことで街に炭素貯蔵の「森」をつくる……という考え方を紹介した。
それについて、終わってからも反響があったこともあり、少し深く考えてみた。

林学を少しかじったことがある人なら、「一定の林地の森林蓄積量は、木の本数に関わらず変わらない」という法則を教わっているはずだ。つまり、たくさん木があると、それらの木は細くなる、本数を減らすと太くなる、というわけだ。
これを元に、間伐すると木を太くできることを知る。林業的には一般に太い木ほど価値があるとされるから、間伐の必要性を示せる。

これをイマドキの森林のCO2吸収論に応用すると、間伐したって、森林の炭素固定量は変わらないということになるんでないの?

それどころか、現実の森林を考えると、間伐して残った木が太る量は、完璧に(間伐で)減った分を穴埋めするとは考えられない。おそらく理論上の最大蓄積量には届かない。
つまり、間伐したら、森林の炭素固定量は減る可能性が高い。この点は、実は森林総合研究所が出した研究にもある。

国は、日本のCO2排出量の3,8%分までを「1990年以降に整備された森林」がCO2を吸収することを認められたとして、整備する(間伐する)ことに躍起になっている。しかし、これは単に国際政治上の取決めにすぎない。本当は、間伐すればするほど、CO2を排出していることになる

もちろん、間伐に重機を使えば、そこで消費する化石燃料のエネルギー分も排出に回るし、切り捨て間伐なら、切り捨てられた木が腐るなり燃やされることで、さらに排出される。

唯一、間伐した木を木材として利用し、人間社会に腐らないよう(建築物や家具の形で)保管された場合だけが期待できる。まあ、これだって数十年~200年程度で廃棄され燃やされるか腐らせると、またCO2排出になるんだけど、タイムラグを作るという効果はある。それに古い建物を破棄すると同時に新たな建物を(木材で)建築すると考えれば、カーボン・ニュートラルだ(笑)。

ともあれ、政治的な思惑によって作られた施策と、科学的な真実は違うのである。

2008/07/16

魚の流通

昨日、全国の漁業者が一斉に休業した。燃料費高騰で漁に出れば出るほど赤字だということを訴えるためである。

その問題はともかく、昨日の休漁により、今日以降、店頭に鮮魚が並びにくくなると報道される。私も昨夜、魚を食べておいた(^^;)。

だが、ちょっと待て。本当に昨日の休業が、今日に響くか。私は以前、水産物流通関係者に取材して驚かされたことがある。

漁で水揚げされ都会の魚屋の店先に並ぶまで、実際は1週間くらいかかっている」と聞かされたからだ。特別な産直ルートを使わぬ限り、3~7日かかるのは当然だというのだ。実際、水産物流通は複雑で多段階の業者が関わっているからだ。
だから「鮮魚」といいつつも、結構古い魚を食わせられているのだという。もちろんコールドチェーンの整備により、水産物の痛みを少なく抑える技術が開発されたことも一因だ。

そういえば、もう時効だが、私は学生時代に魚市場でアルバイトをしたことがある。
そこで、昨日の売れ残りの魚に水をかけてみずみずしく仕上げ、当日の入荷に見せかけて店頭に並べる仕事をさせられた。あれを仕入れた小売店は、さらに時間をかけて店頭に並べるのだろう。

今後は、産地偽装ではなく、水揚げ日偽装?も問題になるかもしれない。

コンビニなどの発達を見ていると、日本の流通網はすごいな、と感心するが、実はかなりの曲者である。水産物だけでなく、野菜など農産物もそうだし、木材流通がおかしいことは何度も指摘してきた。

産地に加えて、価格形成もブラックボックス。そして入荷・生産期日も怪しい。

木材の場合、生産日はあまり気にする必要はないかもしれないが、樹種や強度などはどうなるかね。

ちなみに先に取材した水産物流通関係者は、その狭間を捉えて漁協と直接結んだ新たな流通網づくりに取り組んでいた。ここにベンチャーのシーズがある。

2008/07/15

反・新生産システム

「森林組合員の林業経営意識と組合経営の課題と展望」という難しいタイトルの論文をいただいた。「農林金融」の7月号である。執筆者は、 秋山孝臣氏。

主に森林組合のよび組合員へのアンケートを元に現状を浮き彫りにしたものだが、それがなかなか興味深い。とても全体を紹介できないが、日本林業が極めて厳しい状況にあることを示している。「荒廃林が全人工林面積の3割から4割」にのぼっているというのだ。そして、山を守ることに疲れ果てた声も聞こえる。

それとは別に、ちょっと面白いのは、いかにも特定の誰かを指したような指摘が散見されることだ。

「特に昨今,一部の極端な低コスト林業推進論者の間に,森林組合は国産材を低コストで,より大量・継続的に伐採・搬出する役割を担っていたにもかかわらず,その使命を果たしていなのではないか,という論調がみられる。
また,森林組合は伐採等の販売系の事業が非効率なのであるから森林管理に特化すべきであり,販売系の事業は他の事業体が担ってゆくべきである,といった極端な論調も一部にみられる。結論から言えば,これらの議論は国内林業の実態を見誤った近視眼的かつ偏った主張である

「わが国林業の地形的条件不利による高コスト体質,大量で均質な木材の伐採・搬出が困難であることを,すべて森林組合や森林所有者の怠慢と考えるのも明らかに現実を知らない誤った議論である」

低コストでの国産材の大量伐採の必要性を一方的に説き,あるいは森林組合は管理系の事業のみに特化すべきであるといった主張のような,山元への無理解な負担を強いる一部の偏った論調

う~む。誰だろう。私ではないよな……(笑)。

多少、脱線するが、上記の「偏った論調」を支えているのは、林野庁の進める新生産システムだろう。私は、この政策に疑問を持っていた。これは、表面的には林業を活性化するだろうが、根っこの部分で地域林業を破壊するではないか、と危惧するからだ。めざすのは、いわば林業界の中央集権化ではなかろうか。もっと言えば帝国主義的(^^;)。体力のない林業地は、木材系大企業の草刈り場・植民地にされるだけに終わる。
そして、肝心の大企業も、長く持つまい。製材所は、大きく画一的になると、利益が小さくなる。スケールメリットが通じない世界だからだ。

新生産システムに加えて、最近では都道府県レベルでも同じことを真似ようという動きがあるが、さらに危険を感じる。素材を集めるのも、それを加工するのも、そして売るのも、量が増えたら小回りが利かず身動きできなくなる。そして破綻する。誰かストップをかけないか。

今後の私のスタンスは、反・新生産システムにしよう。新月伐採の次のターゲットだ(笑)。

2008/07/14

マイクロクレジットと消費者金融

海上の森を訪れた際に、なんでか国際連合の人と知り合った。
そこで話題になったのが、バングラディッシュのマイクロクレジット。農村の人の起業に少額貸し付けるNGOの銀行が始めた制度である。このおかけで、貧困から抜け出る人が続々と出ている。

グラミン銀行は、ノーベル平和賞を受賞して有名になった。

だが、もっとも規模も大きく、重要な役割を果たしているのは、ブラック(Brac)銀行だ。

いずれも担保がとれない貧しい人が対象である。彼らに事業計画を立てさせ、場合によっては修正させたり足りない部分を支援したり、商売のそのものを教育したうえで、貸し付ける。担保がない代わりに5人組で連帯保証をさせる。そして、利子は結構高いという。
それでも返済額は99,5%と驚異的に高く、貧困層の底上げに役立っているのだ。政府の助成や、各国の経済援助が軒並み機能せず、腐敗の温床になったりする中、確実に人々を生活向上に貢献している。

思わず感じたのは、担保なしの高利子による貸し付けとは、日本ならば消費者金融と同じだということ。いわゆるサラ金。まさにサラ金が貧困を救っている構図だ。

もちろん、両者には大きな違いがある。NGO銀行では事業計画の徹底した審査と教育を行うことだ。理由も聞かずに(事業ではなく、生活費やギャンブル費用でも構わないというのが実態だろう)貸し付け、いかに取り立てるか指を鳴らしている日本のサラ金とわけが違う。そうした教育指導のコストもかかるから利率が高いのだ。

ただ連帯保証させることは、事業に失敗したら周辺の人に迷惑をかけることになるから、下手すると同じ村に住めなくなる。それだけに真剣に事業に取り組む。

ODAも、みんな紐付きにして、取り立てるようにしたら、効果的ではないか?

日本の助成制度も、そうしたらどうか。失敗したら取り立て、成功したら返還しなくてもよい、というのもいいな。いやいや、そもそも行政的な助成制度ではなく、地域づくり専門貸付の消費者金融を誕生させるというのはどうだ。
ハコモノ行政や思いつき研修などを排し、地域で本当に事業を成功させるための個人起業家に援助する。もちろん、地域に関わる事業であることが条件だ。地元の産物を利用する、地元に雇用を生み出す、など見込めれば貸し出すのだ。もちろんビジネス研修付き。結果的に地域づくりにつながるはずだ。ある意味、ベンチャーキャピタルである。
以前、テレビで流行らない料理店を番組内で店主を鍛え上げて立て直させる企画があったが、そんな金融会社があってもいい。

なお、マイクロクレジットは、本当の最貧者は相手にしない。事業能力のない人を助けるのは、また別の役割だ。底辺層のやる気と能力のある人をすくい上げ、その起業成功者が最底辺者を雇用などすることで彼らを救うことに期待しているそうだ。

2008/07/13

モリコロパーク

海上の森から帰った。

なかなか面白い経験や人にも会ったのだが、その話は改めてするとして、海上の森が舞台になった「愛・地球博」は、実際には隣接する長久手の公園を会場とした。そこが、現在パビリオンなどを撤去して整備中である。

そして、その名前が「モリコロパーク」。

記憶にある人もいるだろうが、実はこのブログの前身(現在は裏ブログ)は、『だれが日本の「森」を殺すのか』というタイトルだった。なぜなら、拙著のタイトルをそのまま使ったからである。そしてこの長いタイトルの略称が、森コロ、モリコロ、である。

もちろん公園名のモリコロは、博覧会のキャラクター、モリゾー・キッコロの略なのだが、思わず、看板に目が行ってしまった。

思えば、このブログ、拙著の発売記念に思いつきでスタートした。ほとんど頭に浮かんで十数分後に作っていたもんね。そして期間限定?のつもりだった。本の販売が一段落したら止めるつもりだったのだ。
それなのに続いているねぇ。それどころか、プログが二つになっちゃったし。

また、模様替えしようかな(^o^)。

2008/07/12

海上の森

海上の森
愛知県の海上の森を訪ねている。かつての地球博会場だ。
森は意外と密度が高く、人工林も多い。それにしても、なんたる猛暑だ!

2008/07/11

モディリアーニ展にて

大阪・中ノ島に人に会いにリーガロイヤルホテルに出かけた。

その帰り、せっかくだからと近くの国立国際美術館へ。ちょうど「モディリアーニ展」をやっているのだ。正直言って、モディリアーニは、そんなに好きな作家ではない。しかし、このチャンスを逃すとまた見逃す。

200807111552000                                                

会場は地下3階である。

モディリアーニと言えば、ポスターにもなっているように、肖像画が多く、しかも傾げた長い首に瞳のない目……が特徴だ。言い換えると変化に乏しく表情がない。

ところが、会場でまず見せられたのが若いころの習作とも言えるスケッチ。古代ギリシャやアフリカ、オセアニアに見られる原始を感じさせるプリミティブ・アートに影響を受けた作品群だ。
なるほど、アフリカの民俗の仮面は、みんな瞳のない目に細く伸びた首と顔だ。この影響を受けてモディリアーニの作風が生れたのか。

なかなかうまい見せ方だ。その後時代を追う中で、なかには瞳を入れた絵もあり、それが実に素敵なのだが、それでも一貫して首は異常に細長い。そのほかマリー・ローランサンの肖像画があったり「ミラボー橋」のアポリネールとお友達だったのか、など楽しみつつ、途中絵を見ながら居眠りもしつつ(^^;)、出たところに特設のミュージアムショップ。

なんと、プリミティブ・アートの作品群。アフリカの木工品やらアクセサリーやら。モディリアーニのレプリカなどは脇に寄せている。私には、こちらの方が興味あったよ(笑)。なかなか商売っ気があるではないか。

2008/07/10

廃墟テーマパーク?

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これ、なんだかわかるだろうか。

ベンジャミンという観葉植物でつくったテラス。しっかり編み込んである柱が怖い。よくぞ作った。実は、沖縄の「ビオスの丘」というテーマパークにあった。ほかにも、植物による様々な造形があった。これも、木造建築物?

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これは?  実はごみ箱。金網のごみ箱にうまく植物が絡ませて生育し、見事な造形になっていた。

                                         

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これは、ベンチ。でも、座れねえ。なんだか廃墟みたいだ。あえて草を生やして残しているのだ。シュールだ。

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少し背景に溶け込んでわかりにくいが、休憩所の屋根には草木が生えていた。もちろんわざと屋根の上に土壌を敷きつめたのである。背丈1m以上のマツなど案外大きな木も育っている。

「ビオスの丘」は、もともと禿山の荒地に蘭の栽培所を作る計画でスタートしたのが、生態系の復元に取り組み、今は結構な観光地にもなっている。人工湖があって、以前はいたブラックバスなども駆逐して、在来種の生物だけにしたそうだ。そこにはボートも遊覧する。

ちょっとマニアックだけど、自然復元技術としてはなかなかのものである。かつての荒地に、昔あった沖縄の自然が甦っていた。そして驚くのは、こうしたテーマパークが、それなりの人気を集め、単年度では黒字経営なのだ。たいしたイベントも打たず、ひっそりとやっているのに、それなりの客を引きつけている。

こうした静かなテーマパークもいいね。

2008/07/09

使用済み割り箸チッパー

香川県に、「割りばし循環サイクルプロジェクト協議会」が設立されたそうだ。

協議会には、県内の飲食店や材木業者のほか、市民団体、行政などの代表が参加している。もともとはNPOグリーンコンシューマー高松が企画した「割りばし回収システム地域実験モデル事業」が、農林水産省の助成事業の採択を受けことがきっかけとなったらしい。
目的は、県産木材の間伐材で割り箸を作り、使用済み割り箸を回収し、紙に再利用するシステムの構築だという。活動には「割りばし回収ボックス」を公共施設や飲食店に計100個設置することを挙がっていた。


この事業の中身について私は知らないが、面白い試みだと思う。何より、県産材で割り箸づくりを行うなら、それにこしたことはない。さらに回収システムができたら、とかくゴミ問題(割り箸がゴミの量を増やす点)とリンクさせられることに一石を投じられる。

ただ、私は使用済み割り箸は、燃やすのが一番だと思うけどなあ。製紙会社に運ぶ手間やコストを考えると、環境にあまりプラスにならない。香川のお隣の愛媛には製紙会社があるから比較的近いけど、おそらく製紙会社も歓迎していないはずだ。環境に気を使っていますよ、というスタンスを維持するために受け入れているのだろう。

それより、割り箸はかさばるから、手軽に使用済み割り箸をチップにする機械を開発したらどうだろう。ミキサーかシュレッダーのような小さなもので良い。チップにしたら一気にかさを少なくできるからゴミ増量問題は解決する。
チップは、生ゴミに混ぜたら消臭にもなるだろうし、水分を吸収して搬送も楽になる。そして焼却炉の中では、よく燃える。なんたって木材なんだから燃料だ。生ゴミの処理には、わざわざ重油かけて焼却しているところが多いが、重油の量を減らせるだろう。化石燃料の減量は、コストとCO2排出にも役立つわけだ。

もちろん、どうしても紙にリサイクルしたければ、チップの状態で製紙会社に持ち込めば良い。その方が喜ばれる。ただチップの大きさは製紙会社の指定したものに合わせないといけないけどね。
あるいはペレットにして、燃料にする手もある。マルチング材やバーク肥料、ボードなども考えられる。いずれもチップにしてから作るものだ。

関係者の善意や無償の労力に期待した回収システムより、飲食店1軒に1台の割り箸チッパーを備えつける方が現実的ではないか。
ただし機械は小型で価格も1台数万円程度にしてほしい。1軒の飲食店で出る使用済み割り箸の量に対応できないと困るから。なんなら手動式で、ギコギコ手でハンドル回して割り箸をチップに砕く機械であってもよいと思うよ。

2008/07/08

林業の逆襲

昨日に続いて「逆襲」シリーズというわけではないが…。

近頃、マスコミに日本林業に復活の気配が出てきたことを紹介する記事が目立ってきたように思う。まあ、内容は私が以前から主張してきたこととたいして変わらない(笑)のだが、やはり影響力が違う。これまで新聞によく登場していたが、今目立つのは

毎日新聞社の「週刊エコノミスト」7月15日号に、梶山恵司氏が、

日本の林業は「成長ビジネス」になる 

という記事を書いている。ドイツやオーストリアの林業と比べ、それを見習うべきと主張。ようは森林施業プランナーの育成と機械化林業である。森林組合の質も問うている。

そして「日経ビジネスオンライン」には、

“終わった業界”が地球温暖化を救う 国内林業に復活の兆し(上)

“トヨタの森”を増やせ 国内林業に復活の兆し(中)

日本一の森林はこう作る~尾鷲の山を歩く 国内林業に復活の兆し(下)

という3本連載。こちらは、今なら読めるはず。登場するのは大手合板・製材メーカーと、日吉町森林組合と、速水林業。
どちらの記事も共通するのは、今後の林業は素材生産も製品生産も大規模化・機械化を進めて低コストで行うことで、利益を生むようになるというもの。

ちなみに梶山氏は、富士通総研気鋭の研究員。林野庁関係に気に入られたらしく、各地のシンポジウムやセミナーを飛び回っている。
私も会ったことはあるが、ドイツやスウェーデンなどヨーロッパの林業事情に詳しく、そのデータから日本林業のダメな点を鋭く(鋭すぎる?)指摘する。非常に明快で理詰めなのだが、実は「そんなの机上の空論だ」という林業関係者は多い(笑)。私は、彼の理論に賛同するところも多く文句をつける気はないが、なんとなく林業や山村に対する“愛”がないなあ、と感じる。

それぞれの提案する方向性は、林業再生の処方箋としては王道で、まったくそのとおりなんだけど、このベクトルに置ける施策では、おそらく日本の林業、いや山村の大半は、おいてけぼりだろう。どうにも機械化も集約化もできない地域は、今後どうなるのか。下手すると、林業栄えて山村滅ぶ、という可能性も拭えない。

実は、上記の記事にも登場する速水林業の速水亨氏は、日本でもっとも理論的な森林経営を行い、林業のオピニオンリーダーとも言える存在だが、その速水氏が現状に非常な危機感を持っている。世間が「林業が復活し始めた」と言えば言うほど、彼の言説が暗くなってきたのは意味深だ。

私も、こういうときは逆張りする(笑)。世間が「もう大丈夫だ」と言い出したら、「いやいや、極めて危険」といいたくなる。

2008/07/07

割り箸の逆襲

これまでマスコミに登場するのは、「マイ箸礼賛・割り箸批判」路線が圧倒的だったが、最近になって少し流れが変わってきたように思う。

先に紹介した「おもいきり イイテレビ」でも、限定的ながら国産割り箸はエコだ、と打ち出していた。

そして「ハイヒールと宝石が温暖化をもたらす」(村井哲之著・PHP新書)にも、「割り箸は環境破壊?」という項目があり、そこで割り箸・マイ箸について論じている。わりとスッキリ両者の立場を解説しながら、割り箸批判に一石を投じる内容。

一方、同じく割り箸擁護的な立場から「偽善エコロジー」(武田邦彦著・幻冬舎新書)でも、割り箸は端材から作っているから悪くない! と記している。

そのほか、雑誌などコラムでも「割り箸批判への批判」的記事が目につくようになった。まさに割り箸の逆襲が始まったのだ。
まあ、これまでも繰り返し行われてきたことで、割り箸批判の後には割り箸擁護に移るというマッチポンプである。その点では、時代の流れは変わりつつある。そのうち、マイ箸なんぞを持ち歩くと「カッコワルイ」と思われる風潮が広がるだろう(笑)。

ただ、ちょっと待ってくれよ、思うものも少なくない。上記の「偽善エコロジー」も、あまりにも目茶苦茶な数字と林業に関する解説で目が点になる。このことを読者がメールで教えてくれたのだが、私も目を通して仰天。
したり顔で林業を解説しているが、見事に間違いだらけ。割り箸に関しても、無茶苦茶。端材から作っていると強調しているものの、そもそも端材の意味をわかっているの? と疑いたくなる。いくつか抜き書きしよう。

間伐や枝打ちをしたときに出る端材

割り箸追放運動が起きた結果、日本で割り箸を作ることができなくなりました。

人工林と天然林の割合は、ほぼ同じ50%ずつ

しかも、最初に

公式数字は参考程度にし、その数字が「事実であるかどうか」を自ら調査し、確認し、整理したデータを載せている

と断っている。ようするに数字のおかしさを突っ込まれた場合の予防線を引いているのだろうが、自らどんな調査をしたんだ? どんな確認をしたんだ? と問い返したい。
まったく割り箸批判派よりも悪質である。実は、私の執筆スタンスを武田氏と並列的に語られることがあったのだが、止めてくれよ、といいたい。こんな確信犯的嘘つきと一緒にされたら困る。この件に関しては、割り箸批判派と共闘してもいい(笑)。

ともあれ、割り箸批判が行き過ぎてマイ箸運動がカルト的になっておかしくなったのと同じく、割り箸擁護も度が過ぎると、これまたカルトになる。相手を批判するためには嘘のデータを並べてもよいことにはならない。

2008/07/06

ワーキングプア時代

沖縄話は、軽いものばかり書いてきたので、たまには……

たしかに森遊び・川遊び・海遊びにいそしみ、そして街歩きも楽しんだ。ホタルにキノボリトカゲにヤンバルクイナ(嘘)など数多くの動植物に出会い、海にも潜ってサンゴに触れたし、幻の琉球紅茶も味わったし、市場では期待のオバァに出会えたし。毎晩酒を飲んで沖縄料理を口にした。朝の散歩も欠かさなかった。そうそう、米軍基地を間近に見る経験もした。異郷気分を満喫した、はずだった。
ところが、沖縄本島を縦断するように車で走る最中に、何かにつけて脳裏に甦り、記憶を反芻してしまったのは、かつて私が過ごした「ワーキングプア」時代である。

若い頃いくつかの会社を渡り歩いたが、概して楽しい時代ではなかった。
朝7時前に出社する日もよくあったし、帰るのは午前様がほぼ日常。土休もほとんど取ったことはない。週に1度は会社に泊まっていた。そのために社の自分のデスクの下には寝袋を備えていた。徹夜になって、会社で朝焼けを見た日もあったっけ。
もちろん残業代なんて言葉もなかった。有給休暇も名ばかり。身体を壊して入院し、1週間ほど休んでから出社すると、給料から休んだ分が引かれていた。
いや、給料そのものが遅配されることも多く、ボーナスはハナからなかった。年末に「餅代」1~2万円が配られる程度。もちろん定期昇給もなし。
一応株式会社の正社員ではあったが、保険さえ入っていなかった。そのことを社長に指摘すると、「入っていない会社、多いよ。国保に入ってよ」とシラッといいのけた。それでも、なんとか健康保険には入らせたが、厚生年金はどうなっていたのか今となっては忘れた。だから、今の年金問題なんて、鼻で笑ってしまう。何十年も前から末端では制度自体が機能していなかったのだ。

そうそう、私は部次長という肩書で、「名ばかり管理職」も経験している。何の手当ても権限もないまま、部下?やフリーの人々の管理をしていたわけだ。彼らの中には今で言う「派遣」もいた。他社に送り込んで、上前をはねるわけである。そのうち私まで派遣されそうになった。幸い逃げられたが……。

仕事先には、露骨な下請け扱いも受けた。大手には傲慢な態度を取る者が、必ずいる。会社の大きさが自分の実力と勘違いしている輩である。やつらは今でも許す気になれない。

今もワーキングプアのニュースに触れると、ときとして瞬間的に血が沸騰する思いにとらわれる。破壊衝動に襲われる。時を飛び越えて、当時の自分の鬱屈した感情にとらわれるからだろうか。それでも私は、親元から通っていた期間も長かったので住むところの心配はしなくて済んだ。やはり恵まれていたかもしれない。

なぜ、沖縄であの頃のことを思い出したのか。勤め先の会社の社長が南島出身者であったからか。あるいは、あの時代、心の中では南国の風景を見ていたからかもしれない。事実、会社を辞める度に出かけたのは南の国々だった。ほとんどバックパッカーとして異国に身を置いた。その旅が心の底に溜まった澱を溶かす役割をしていた。

あの時代を乗り越えられたのは、 若かっただけでなく、仕事がとにもかくにも望んでいた「書く仕事」だったからだろう。内容がきつくてもくだらなくても、修業と思って割り切れた。そして、いつか今の境遇から飛び立ち、自分なりの夢へと向かう気合を養えていたからだ。
仕事に飲まれず流されず、自分の立ち位置を見失わないこと。それが、心をすり減らしてしまうことを防いだのではなかろうか。

おかげで今の自分がいる。昔の友人と会うと、少し太って、目が優しくなったと言われる(^o^)。
それなのにフロントガラス越しに目に映る沖縄の景色がフラッシュバックを誘ったのか。その時は少しだけ、厳しい顔つきになっていたかもしれない。

2008/07/05

曲がる割り箸

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写真は、沖縄で食べたソバについてきたお箸。結構、高級店で、出てきたときは真っ当な?割り箸だったのだが、熱い汁につけたりしていたら、いつのまにかグニャリと(^^;)。

熱が加わると変形するなんて、すごい箸だ。

見たところ、シラカバ?の元禄箸で、おそらく中国製だろう。木目は見えないが、なんらかの要因で曲がっていたため、そこに熱が加わり繊維がねじれた結果と思われる。見かけだけでは見抜けない割り箸の品質である。

もちろん普通に考えれば欠陥品。
しかし、ここまで曲がると、滑稽で何か珍しい価値あるものに当たった気にもなる。

さすがに食べにくかったけど、新たな箸を要求する気にはなれなかった。

2008/07/04

沖縄の森林組合

沖縄の某村の森林組合の話になったとき。

今後どうすりゃいいかね?

木だって、リュウキュウマツのほかはイタジイしかないし。天然林ばかりだし。

木炭も焼いてるけど。木工品も作っているけど。

森林セラピー事業始まったけど、興味示さないし。

仕事ないよ。

本当だ。展望が見えない。仕方なしに、私も各地の例をいくつか紹介したが、今更画期的な商品開発を独自にできると思えないし、そもそも伐る木がないんじゃねえ。
紹介した中では、チェンソーアートに興味を惹かれたようだが、これだって講師がいないと難しい。

おいとましてから、ふと思った。山に伐るものがなかったら、海はどうだ?

サンゴを養殖して、育ったサンゴを伐って売る(~_~)。サンゴって、木に似ているじゃないか。それにインテリア用品とかアクアリウム関係にサンゴは人気があるはずだ。
これ、森林組合の仕事にならないかなあ。

ダメかなあ。

15

2008/07/03

沖縄の日差し

沖縄より帰って来ました。

やっぱり沖縄は、別の国だわ。この国で7月1日を迎えると、夏に入った! という気がした。日差しが半端でなくきつい。空の青みが深い。
街ゆく人も信号待ちで日陰を探して、横断歩道の前にあまり立たない。

ところで、那覇の街で見かけたビルディング。

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これほど高層まで蔦が繁っているのはすごいが、これが断熱効果を出しているのだろう。わざと育てたのかもしれない。

実は、那覇市役所である。

2008/07/01

夕焼け

夕焼け
沖縄の夕焼けです。

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森と林業と田舎