長男なのに庄三郎
昨夜は、某歴史学者とお酒を飲んだ。
そこで、江戸時代のイメージを覆すようなさまざまな話を聞いたのだが、そこで思い出したことを聞いてみた。
土倉庄三郎の名前である。彼は長男なのに、庄三郎。土倉家は、代々「庄右衛門」という名を付け継いでいる。父は3代目庄右衛門だった。彼も4代目庄右衛門になるはずだったのに、幼名「丈之助」から庄三郎になってしまった。
そして次男は平三郎、三男が喜三郎である。なぜ男3人を三郎と名付けたのか。
なんでも幕末に、右衛門、左衛門などの名前は禁止になったという噂が流れたことがあり、そのためみんな改名したという説があった。その真偽は?
なんと、本当だというのだ。噂ではなく、本当に右衛門とか左衛門、兵衛門などは禁止するお触れが出たというのだ。それは公家の出す位階に通じるから、下々の者が使うことはまかりならん、と官軍側が出したという。
となると、これで土倉家の名前の秘密が説明がつくぞ。
それにしても、幕末にはヘンなことがいっぱい起こっている。川上村も天誅組との関係をもっと洗い直した方がよい。
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コメント
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こんばんは
ワクワクしてきました。
そんな理由があったのですか。上にお二人早世されたのかと思っていました。
でもなぜ次男さんが平三郎さんなのでしょう?
天誅組もそして、長野修繕のこともお願いしますね。
投稿: 花姥 | 2008/08/31 17:54
遅くなりました。
今、その裏付け資料を送ってもらっているところです。あの時代は、ヘンなことがいっぱい起きていますねえ。
なお天誅組は、蜂起の地五條や終焉の地東吉野は知られていますが、実は川上村でもいろいろ絡んでいるのですよ。まさに庄三郎の時代です。
投稿: 田中淳夫 | 2008/09/04 11:37