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本の紹介

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2008年10月

2008/10/31

日曜市のからくり

今日訪れた某山村では、日曜市を開いていて、農産物などが安いとかで評判だ。

ところが、そのからくりを聞いてしまった。

もともと農業は自給用だったこの地域、市を開くために出荷を促したが、あまり出ない。そこで農協が高く買い取ることにしたのだ。たとえばハクサイの卸値は通常100~200円なのに、300円で引き取る。ほとんど末端価格である。そして売値は100円

その差額はどうするか。なんと、農業振興局、つまり県の出先機関が補助金として拠出していた。つまり税金だ。

ようするに、日曜市を成功させるという目先の目的のために、金で繕っていたわけだ。昨日記した「金で政策を実現する」という姑息な手段である。これでは日曜市が流行っても、地域に何の変化も起きず、補助金の切れ目が日曜市の切れ目となるだろう。持続的な地域づくりにはならない。表面的に賑やかさを作りいかにも活性化しているかのように見せるため、補助金で糊塗しているのだ。
金(税金)で政策を実行させることは、地域のために全くなっていない。みかけの賑やかさの演出で担当者は出世できるのかもしれないが、地域はむしろ衰退するだろう。

そこに、ある学生(当時)が入って、その野菜を観光地の飲食店向きに販売することを思い付いた。その野菜のレベルが高くて、売れると思ったからだ。彼は会社を設立し、地域に入って提案した。とはいえ、買値はハクサイ300円なんて不可能だ。

そこで彼は、説得した。そして通常の卸値で買い取ることを了承させた。その代わり、定期的に出荷し、また売れる野菜を企画して栽培させることにも成功した。その輪は徐々に広がり、ビジネスとして育ちつつある。地域もやる気を見せている。年寄りが野菜栽培に力を入れ出し、その出来や調整作業(出荷用の手入れ)を気にし出している。

これこそ、地域づくりである。そして、「金を出さずに、口を出す」行政仕事のお手本ではないだろうか。行政と農協は、彼のやり方を真似なければならない。金も出さずに口を出しても誰も従ってくれないよ、という言い訳が通用しないことの証明である。

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林業の村に、意外な資源(高原野菜)があることを発掘するのも、地域づくりの出発点となる。

2008/10/30

金は出さずに、口を出せ

昨日は、終日、徳島のシンポジウムに出席していた。テーマは、農山村の地域づくりである。私は、基調講演とパネルディスカッションに出た。200810291453000_2

                                               

ここで私が口走ったのが、上記タイトルの「金は出さずに、口を出せ」である。これは行政側への注文である。一般に言われる地域づくり主体側の「金だけ出して、口出すな」の反対だ。

その前には、「補助金を当てにするな」と強調しておいた。

「補助金は麻薬」
「補助金止めますか、それとも地域づくり止めますか」

とも口走った(^^;)(^^;)。

その上で、行政側には「金を出さずに、口を出せ」と訴えたのである。
この場合の口出しとは、地域づくりの内容を規制することではない。もちろん行政側の都合を押しつけたり、担当者の勝手な思いや暴走させることでも絶対にない。
あくまで前向きに、地域づくりを手伝うことである。たとえばアイデアを出す。法的な問題をクリアする方法とか、各地の手法などをアドバイスする。人脈を紹介するなり探し出す。面倒な手続きなどを手伝う……などいくらでもある。

ただ、金を出さない人のいうことを聞いてくれるのか、という点が最大のポイントになる。そこで求められるのが、知識と智恵と情熱だ。ヨソモノで、マチの人である行政関係者が、ムラに入るのに必要なものではないか。それらがあれば、金は使わなくてもムラ社会で一目置かれて地域づくりに役立つはず。
逆に言えば、知識も智恵も情熱もない行政マンは役立たないということ。金をばらまく、つまり金で人や施策を動かそうとするのは、ある意味楽だが、それを仕事だと思っている人はもはや必要ない。

さて、できるかな?

やっぱり、みんな補助金もらいたがるだろうな。行政も補助金出したがるだろうな。だって、みんな麻薬中毒者だから……。

2008/10/28

森林美学

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京都の北山杉並木である。と言っても、別に街道ではなく、あくまで山の中の作業道。

これを美しいと感じて、ここで結婚式の写真を撮ったお二人に会った。写真を見せてもらうと、夏の結婚式だったので、なんだかフィリピンかバリ島のお二人のようだった(^o^)。

なるほど、この木立は美しい。北山杉は人工林の極致とも言われるように、徹底的に人の手をかけた森林だ。細く、真っ直ぐ、枝もない幹を作り上げる。もちろん、それが磨き丸太などにして、高級床柱など商品にするための施業だった。

それが今では売れなくて困っているのだが、その商品生産の意図から離れて美しい景観を作り出している。今では、この山主もほとんど趣味のように山の手入れをしているそうだ。ここは個人所有の山だから、誰もが入れるわけではないのだが、それでも美しくしておきたいと思っているのだろう。

景観としての森林は、一般的には原生林の方が人気だ。人の手が入っていないのが自然だという意識が働くのだろう。ところが、実際の森や写真で天然林と人工林を見比べると、ぎうやら人工林の方が美しく感じるらしい。(もちろんちゃんと手入れのされた人工林でないとダメだが。)

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こちらは、北海道の森林。原生林ではなく、一度伐採された後に再生した二次林らしいが、とくに人の手を加えたわけではない。ただ、林床に生えるミヤコザサは丈が低く、また雑木も少ないため、このように見通しのよい森林となった。

こちらも美しい。どうやら見通しがよいことが、森林美に影響があるようだ。

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では、こちらは。沖縄の亜熱帯林である。広く見回し風景として眺めるとイマイチ映えない。だいたいブッシュになっていて、見通しが効かないから全域を見るのは至難の業だ。ところが、一本一本の草木をクローズアップすると、どれもこれも観葉植物になりそうな美しさを感じる。
写真は、クワズイモだろうか。

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山形のブナ原生林で見かけたキノコ。こちらもアップにすると美しい造形を発見できる。

景観も森林の資源と考えた場合、遠目の自然と眼前の自然についての法則性を見出せないだろうか。

2008/10/27

雨の日の焚き火

昨日は、朝の6時から夜の8時まで取材で出かけていた。

で、移動の乗り物と取材で入った建物の中以外は、ずっと雨の野外。小雨だったけど、これは結構きつかった。
あるNPOの主催するイベントで、森で木を伐って、それを薪割りするという内容につきあっていたのだが、寒いし、濡れるし、座れないから疲れるし、たまたま足で折ろうと踏み込んだ木が跳ねて右足の間接を直撃、じんじんしびれるほど痛いし……。

その中で、私の慰めは焚き火だった(^o^)。

伐採風景は、私が立ち会っても邪魔だろうし、私にとっても見慣れている?ので退屈。そこで、昼飯用に焚き火をするというので、私はこちらにつきあった。

雨の中でも、焚き火は難しくない。もともと多少の乾いた薪と落葉を持参されていたので、すぐに火をおこした。地面に薪を引いて、その上に粗朶を乗せて一気に火力を付けると、その上に濡れた薪を積み上げて、乾かしながら燃やすのがコツである。

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おかげで雨の中の焚き火で温まることができた。そしてダッチオーブンが持ち込まれて、焼き芋とみそ汁が作られた。ほっ。

                               

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※画像の表示の仕方を以前と同じようにもどしました。画像をクリックしてください。

                                            

2008/10/26

木造住宅裁判

面白い判決を見つけた。

木造住宅で、木材が割れるのを欠陥だとして出たクレームに対して、住宅建設会社が木材業者を訴えた裁判の判決が、東京高裁で出たのだ。
http://kenplatz.nikkeibp.co.jp/article/building/news/20081017/527180/

結果は、極めてまっとうに、木造で構造材(柱や梁)が、乾燥によって割れるのは欠陥ではない、というもの。そもそも未乾燥材を使ったことの認識が住宅会社側になかった(グリーン材という言葉も知らなかった)というのだから、当たり前と言えば当たり前。

一部を引用すると、
●住宅会社の主張
・総額3500万円の木造住宅を個人の建て主に引き渡した後、建て主から「木材の割れる音が絶えず、不安を感じる」、「建物が緩やかに揺れ続けている」というクレームを受けた。このクレーム対策として1600万円の補修工事を実施した。
・割れるような木材を注文した覚えはない。この補修工事の原因はグリン材が割れたことにある。

●木材業者の主張
・見積書には「米松GRN材」などと記している。
・グリン材が乾燥で割れるのは当然。多少割れても強度的な問題はない。取り替え工事は住宅会社側の過剰な対応だ。

●裁判所の判断
・請求を棄却する。訴訟費用は原告(住宅会社)の負担とする
・住宅会社は、もともと『グリン材』という言葉は知らず、木材業者から構造材にふさわしくない材を納入されたと主張しているが、それは、住宅会社関係者が建材に対する知識や配慮を欠いていたことを示しているだけに過ぎない。
・グリン材が『安価だが十分乾燥していない含水率が高い木材』であることは建築業界の一般常識。
・一般的に、木材には乾燥収縮による干割れなどが生じる。グリン材ではより起こりやすいのは確かだが 貫通割れがなければ強度上の問題はない。

木造住宅のなんたるかを知らない建設会社も怖いが、本当にクレームを付けて1600万円の改修をさせた施主も怖い。これでは、住宅メーカーが未乾燥材の多い国産材住宅を建てたくなくなる気持ちもわからないではない。本来は、施主へ説明能力のないことが問題なのだが、それを面倒と感じるのだろうか。

ここではっきり判例を作って、世間に流布する努力も必要だろうな。でも、それをやると、木造住宅からの忌避が強まったりして……。

2008/10/25

セブンイレブンの割り箸?

妙な記事を見つけた。
http://www.news2u.net/NRR200838407.html

実は、この記事は「でんぷんで作った爪楊枝」を紹介しているのだが、その前段にこんな記述がある。

今、コンビニや飲食店で使う割箸がエコの観点から問題になっている。有限な資源である木材を利用した使い捨て割り箸が問題になっている。最近ではセブン&ホールディングズのコンビニ、セブンイレブンが通常割り箸用に使っている木材より、速く成長する、白樺などを使うことによって、エコな割り箸へのアプローチに成功した。

おいおい、なんだよ、これ。木材が有限な資源という言い方はおかしいだろ。そして「通常割り箸用に使っている木材」とはなんなんだ? 白樺などの割り箸がエコな割り箸?

だったら、中国製の割り箸もほとんどエコ。いや、竹やアスペンなども白樺以上に早く生長するからエコだろう。おそらく現在出回っている割り箸の9割以上がエコになる。つまり、割り箸の何が悪いの? ということになってしまう。

そうか、国産割り箸(下川製箸の白樺割り箸を除く ^^;)よりも、中国製割り箸を使え、という主張か。

生半可に割り箸について語ると、こんな妙なことを書いてしまうんだという見本。

それにしても、セブンイレブンが何か割り箸に関する新たなアプローチをしたのだろうか。そちらの方が気になる。誰か、知っていませんか。

2008/10/24

高飛車願望

昨夜、鹿児島から帰宅した。

鹿児島大学の林業技術者養成講座に出ていて、朝から晩までみっちりと路網の作り方を学んでいた(具体的には四万十方式に近い作業道の敷き方)わけだが、残念ながら2日目は雨で実践編が日延べになる。私は次は出られないなあ。これで林道づくりの名人になれない(^^;)。

実習がなくなり時間が余ったので、私も割り箸事情などを発表して時間稼ぎもするが、結果的に早めに終了した。

で、何だかんだと雑談する中で出たのが、某ライターが国の審議会委員になって、やたら威張っている話題。その人物は役人呼びつけて、ああだこうだと指図するらしいし、詳しくもない分野まで口を出して各地で顰蹙を買っている。さらに、自分の取材力が足りずに間違えたことでも相手に噛みついて、被害者がゾロゾロ出ている。たった年に数回の審議会に出ることが、そんなに大きなことなのかね。

「大学の教員にも、審議会委員になった途端に威張る人がいますよ」ということだったが、思わず私が口にしたのは、
「ああ、私もそんな高飛車やってみたい」。

だいたい取材などで各所を訪れると、腰を低くするのが常だが、肩書つけて、威張ると楽しいかも。自分でせっせと情報収集していたことを、命令して持ってこさせたら楽だろうし。

でもね、そうして他人を動かしているつもりで、実は役人にいいように操られていることを、当の本人は気がついていないのだろう。本当に必要な情報も得られないし、分析なり論考さえ、自分で行わなくなり提供を待つようになる。その言動は、今や業界?ではお笑いネタになってしまい、まるでピエロである。

ああ、でも、ピエロでもいいから、高飛車やってみたい(笑)。

2008/10/23

鹿児島大学のセミナー

200810230910000

昨日から鹿児島大学の林業技術者セミナーに参加。
みっちり朝から夜まで講義を受ける。参加者の熱心さに感心した。(参加者は、九州一円の林業従事者。)
ただ講義室の椅子が、写真のような丸椅子なんだねぇ。背もたれがないから、結構きつい。
居眠り防止という説もあるが、腰が痛い…。ようやく治りかけていたぎっくり腰が再発しそうだよ。

※ 写真を間違えていました。丸椅子がちゃんと写っているものに張り替えました。

2008/10/21

鹿児島鹿屋

鹿児島
鹿児島の鹿屋市に来ているここで地域づくりの現場を訪ねたのだが、その晩街を歩いていたら、この看板を見つけた。
で、その店舗はもぬけの殻だったんだけどねえ。大丈夫か?

2008/10/20

人工林面積を考える

日本の人工林面積は、1032万ヘクタールだそうである。

だが、この数字は多少ずれているのではないか、と思う。人工林を厳密に森林化している土地と捉えると、おそらく1000万ヘクタールを割っているのではないか。
なぜなら伐採跡地を含めるかどうかの問題があるからだ。

それなりに森林に見えるには、少なくても植栽後5年は立たないとマズいと思うが、とりあえず伐採跡地に木の苗を植えたら良しとしよう。それでも、伐採後の放棄地が増える一方であることを考えると、数十万ヘクタール単位で少なくなるのではないか。統計上の未植栽地は2万5000ヘクタールだそうだが、その数倍はあるだろう。
さらに放棄されて人工林の体をなしていない森林もかなりあるはず。今更間伐してもどうにもならない状態である。当然、木材の収穫もできまい。

ちなみに世界一の人工林面積を持つのは、中国だ。その面積は7132万ヘクタール。世界の人工林の3分の1を占める。その後をインド、米国、ロシアと続き、日本は第5位の位置づけになっている。
ただヨーロッパは、天然更新するので人工林と天然林を区別しないところが多く、面積が判然としない。たとえばドイツの森林は約1000万ヘクタールだが、それらはすべて木材生産林でもある。だから実際は、日本がヨーロッパ諸国の後塵をきしている可能性は高い。

中国の人工林の内訳は、もっとも多いポプラが700万ヘクタール。そのほか桐、ユーカリ、ゴム、アカシアなど。いずれも広葉樹である。

2008/10/19

秘密の?割り箸生産国

国産割り箸に注目が集まっている、という紹介をしてきたが、今日は少し水を差す(笑)。

中国が輸出を止めると言われたときは、輸入商社はロシアの沿海州やベトナムへ工場を移し始めた。結果的に中国からの輸入は続いているが、これらの新工場もたたむことなく、生産しているのだろう。

実は、最近新たな割り箸の生産国を知った。

どこだと思う?

ちょっと意外だったな。

それは……チリ。そう、南米である。日本から見て地球の裏側である。

針葉樹林のある地域だし、木材を輸入することがあることは確認していたが、割り箸とはねえ。やっぱり安いのだそうだ。中国一辺倒の輸入先を分散するのはリスク管理的には賛成だが、ウッドマイルズ的には遠いなあ。

実はチリから割り箸を生産輸入するのは今に始まったことではなく、かなり昔からやっていたようだ。それもそこそこの量を出している。

いくら割り箸の供給不安が起きても、国内で生産強化して補おうという動きに一足飛びにはつながらない。

ちなみに、これまで確認した珍しい割り箸輸入国は、パプア・ニューギニアに始まり、アメリカ、カナダ、メキシコ、北朝鮮、インド、パキスタン、南アフリカ、チェコ……。すぐに途切れたところもあれば、結構続いたところまで、さまざまだ。

2008/10/18

野生動物による田舎度判定法

山形で、野ザルを見かけた。048

                                    

                                  

最近、山村に行けばサルを見かける確率は高まっている。それでも、林道などに下りてきたサルが多いのだが、木の上を渡っていくサルの群を見るのはなかなかない経験だった。

そういえば、先日は吉野でイノシシを見かけた。まだウリボウだったが、二匹林道を走っていた。車で通りかかると必死で逃げる姿を眺めてしまった。

ちなみに、サルやシカ、イノシシなどを見かけて喜ぶのは、まだまだ都会人らしい。
チェッ、と舌打ちするのが田舎人(笑)。

実際、田舎では獣害被害が半端でなく増えている。だから、野生動物を見かけることは、何らかの害を及ぼされる可能性がある。田畑だけでなく、人への被害も起こりうる。喜んでいいられないのだ。

奥多摩では、世界的登山家の山野井泰史が、自宅近隣でクマに襲われた。ジョギング中だったが、おそらく母子熊が道を横断中で、彼が走っているうちに母クマと小グマの間に入ってしまったのではないかと推測されている。

奥多摩役場では、その直後から電話がなりっぱなしで大変だったそうだ。山野井さんの容態を心配するのではない。この事件があったからと言って、クマを駆除するな! という抗議?の電話やメールが殺到したのである。

彼らの言い分では、クマのテリトリーを犯した山野井が悪い、山の素人だ、というものである(^o^)。彼が山の素人だったら、誰が玄人なのよ。人よりクマの命の方が大切だと考える人も都会人には多いらしい。
だいたい襲われたのは、集落近郊の遊歩道であり、山の中というほどの道ではないのだが……。

野生動物に対する反応を見ると、精神的都会人か田舎人かの判別ができる。

2008/10/17

白い彼岸花

先日、高知に行った際に、白い彼岸花を見かけた。

思わず叫んだが、他人の運転する車だったので、止まってゆっくり観察することも撮影することもできなかった。

それでも、赤い彼岸花に混じって、かなりの量の白い花が咲いていた。形は彼岸花だったのは間違いない。

そうか、白い彼岸花もあるんだ。変種か亜種か……と思っていた。

ところが、たまたま資料の整理をしていたら、昔の新聞の切り抜きを見つけた。今から14年前の記事である。
それは、赤い彼岸花の中に白い花が増えている、というニュースだった。初めて見つかったは京都の盆地内。白や白い縁入り花弁の彼岸花だそうだ。その後、熊本、千葉でも見つかったという。

そこで新品種として学名も付けられた。和名は、ワラベノカンザシ、白縁はニシキヒガンバナとなったそうだ。

ところが、その白い彼岸花を栽培すると、翌年には半数が、翌々年には全部、普通の彼岸花になってしまった。染色体も通常の彼岸花と違わない。

そこで、白い花は、農薬か除草剤の影響か、ウイルス感染の変異だと考えられている。白い花も美しいと思っていたが、そう単純に新種発見とは喜べない。案外、環境要因による変異というのは多いかも。

う~ん。あの白い彼岸花、写真撮れていたら貴重だったかも……。

せっかくだから、正常な彼岸花の写真を。

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2008/10/16

地域づくりの打ち上げ花火

昨日は、思わず取材上の内幕(^^;)を語ってしまったので、第2弾を。

某自治体である。ここは全国的にも地域づくりが熱心で有名だ。町も森林組合も有志も、何やかや、新しい取組を次々と行っている。そこへ別件の取材で訪れたが、やはりお会いする方々と、その話に。どうして、そんなに事業を連発できるほど元気なの?

が、実態はかなり違っていた。いろいろの人に話を聞くと、別の構図が浮かび上がってきた。

たしかに次々と新しい取り組みが発表されるが、なかなか大きく育ったものは少ないのである。一つどこかの部署が何か仕掛けると、負けずと次の計画が作られるが、たいてい数年で萎んでしまう。最初に立ち上げた計画では、補助金を取って始めるが、計画年度がすぎて補助金が打ち切られると、事業自体も消えてしまうわけである。だから打ち上げ花火なのだという。
面白いのは、その打ち上げ花火を見て、ああ、きれいだな、私も便乗して打ち上げようと思う連中が必ずいるらしい。

たとえば、今打ち上げているのはバイオマス。注目される分野をちゃんと意識している。
ちょっと面白い発想でバイオマスエネルギーの素材(燃料)を調達できるかどうか実験するという企てを発表する。すると都道府県も国も、面白そうだ、俺たちもやろう、と補助金をいっぱい持ってきてくれて、それぞれ実験を始める。

これで町は潤う(笑)。打ち上げ花火が消えたら、また別の事業を打ち上げる

それぞれは実証実験なので、一応実験期間が終われば、「成功裏に」終了させるわけである。そして2度とやらない。持続的事業ではないのだ。補助金の切れ目が事業の切れ目。

もし、これを確信的にやっているのなら知能(犯)的だ。国もマスコミも面白い事業に取り組んでいるな、と思って飛びつくわけだが、実は飛びつかせて補助金を取ってくることが事業なのであって、花火の色や柄は関係ないのである。国も騙されているのか、あるいは騙された振りして補助金使って遊びたがっているのか。

地域づくりとか、地域再生は、政策的に大きなテーマだ。だから、どんな方法があるか模索している。少しでも目新しい計画があると飛びつく。だが、飛びつかせることが目的だとしたら……。

もちろん、担当者はそんなこと言いませんよ。表向きは真面目に取り組んでいます(^o^)。
でも、その計画を10年20年と息長く続けて、事業そのものを大きく育てて地域を盛り上げようと思っているかというと……。
マスコミだって、その事業の結果を検証をしないし、その場限りで面白い記事書けたら仕事は終わりだもんな。私は……そのことを知ってしまったけど、どうしようか(-.-)。

でも、そんな自転車操業、本当の地域づくりにはならない。

2008/10/15

役人より役人らしい

先の取材旅行の間の話。

先方の案内人と森を歩きながら、今回の取材に関係する某役所の外郭団体の人物の話題になった。私は思わず

「お役人根性丸出しの人ですね」

と言ってしまった。自分の都合と思いばかりを仕事相手に押しつけてくるからだ。そこに権限なども臭わせてくる。
だが、よく考えると案内人こそ地元の役所の役人であった。笑いながら

「最近は、役場よりも関連団体の人の方が、『役人より役人らしい』と言われていますよ」

たしかにそういう傾向はあるなあ。森林組合しかり。と、ここでお互い森林組合の悪口を言い合った(^^;)。相手も、それなりに酷いネタはいっぱい持っているようだ。
なんでも、その人の役所では、常に接客態度などの教育が行われているそうだし、目安箱じゃないけど、市民からの声を募集していて、苦情や文句があると、すぐに該当部署に届けられて改善を徹底しているのだそうだ。私も、第一線の現場職員の意識は、かなり改善しているように思う。ただ役職が上がると初心を忘れて? 組織内の自分の地位と退職後のことで頭がいっぱいになるようだが。

そういえば我が地元・生駒市も職員を民間企業へ研修に出すなどやっている。単独で、それも2~4週間程度では足りないと思うが、やらないよりマシ。

しかし関連団体は、そうした改善努力が見られない。改善圧力もない。ある意味、一般会計は議会のチェックを受けるが、特別会計は闇の中なのとよく似ている。
一方で本物の役人がそれなりに持っている公的意識は薄まり、「公務員じゃないから、利益を追求してもいいんだ」と金儲けに走りがち。各地の自治体のなけなしの金を搾り取って、自分たちの欲しいもの(一応、職務に必要な物に見せかけている)を購入したりする。

そんな悪口言っていると、「よく、そんなこと言いながら、この仕事受けられましたね」と呆れられた。私は、そんな性格なのよ(~_~;)

2008/10/14

落書き

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写真は、山形県小国町のブナ林で見つけた落書き。この写真ではあまり読めないと思うが、年月日や自分の名前が書いてある。

これをケシカランと思う? 

しかし、これを落書きしたのは、地元の人、それもマタギだ。山とともに生き、クマ狩を続けてきた人々である。観光客の落書きとは違う。

「昔から、マタギは木にこうして書きつけるんだよ。そして何年かしてから、ああ、あの時はどうだったかなと思い出す」とは、現職のマタギの言葉。たしかにいくつもあった。20年も前の書込を見つけて感慨にふけることもあるとか。

最近、白神山地のブナに鉈で傷つけた跡が見つかった、とニュースになっていた。観光客か登山客の仕業とする見方で報道されていたかと思う。でも、あの報道した人が、こうした落書きを観たらなんというかな。記事にできたかな。

落書きがよいとは言わないが、別にたいして害のない行為でもある。いや、傷ついた木を見て観光客が嫌がったらブナのブランドイメージが傷つくかもしれないが。

2008/10/13

引っ越しの日

10月13日は何の日か知っているだろうか。

「体育の日」だけではない、「引っ越しの日」だそうである。なぜなら、140年前のこの日に、明治天皇が京都御所から現在の皇居(当時の江戸城)に引っ越したから。俗に言う遷都だが、実はちゃんとした手続きを踏んでいないから、とくに京都の人間は「単なる引っ越し」という(笑)。
ともあれ当時の公家さんは、関東に足を踏み入れて何を感じただろうか。

先日、山形から新潟を抜け、群馬を抜け、埼玉近辺から関東平野に入ったと感じたが、山また山の風景が、だだっぴろい関東平野に変わった時は何となく「ここまで来たか」という感慨があった。いや、5時間を越える長旅に疲れていたんだけどね。それにしても、関東平野は、日本列島で最大の平野であり、十分な広がりのある唯一の沖積平野である。本当の意味での地平線が見える可能性があるのは、日本でここだけだ。

関東平野に生まれ住んだ人以外は、東京に入ってしばらくは気になることがあるという。「山が見えない」ことだ。それが精神的にまいると言う人は意外と多い。私も、長く滞在すると、そんな気分になったことがある。

どんな都会にいても、日本の他の地域なら、少し高いビルの窓から見渡せば、たいてい山が見える。しかし関東平野に入ると、視界に山はほとんど入らない。天気がよければ富士山辺りが見えるそうだが、それもあまり期待できない。何気なく普段目に入っている地形がないと、落ち着かなくなるものだ。これが精神に及ぼす影響は、案外大きいと思う。

明治天皇も、しばらくは神経衰弱になったのではないか(^^;)。

ちなみに、私は関東平野から一気に奥多摩に入ったから、その山の険しさに驚いた。ほとんど紀伊半島並。東京も広い。

ところで明治神宮を訪れた後に、私は日比谷公園を訪れようかと考えていた。なぜなら日本初の洋風公園である日比谷公園は、本多静六の設計だからだ。

奥多摩を東京の水源として森林整備を進めたのも本多静六なら、明治神宮の造営設計を担当したのも本多静六。本多つながりのつもりだった。
しかし、当日、日比谷公園では鉄道イベントが開かれる吊り広告をJRの車両で目にした。ごった返している中、ザック背負った大人が一人歩いていたら、鉄道オタクと思われそうで止めた……。

なお10月14日は、鉄道記念日。1872年10月14日に新橋駅と横浜駅を結んだ日本初の鉄道が開業したからである。

2008/10/12

「分権・共生社会の森林ガバナンス」……書評未満?

1週間近く家を空けて、山形から始まって東京の山奥、そして歌舞伎町(^o^)とほっつき歩いて、ようやく自宅に帰ると膨大な事務仕事が溜まっている。ため息つきつつ、朝から片づけていた。本当は、原稿だって溜まっているんだけどな。

ところで、東京で目についたので購入したのが
「分権・共生社会の森林ガバナンス」(風行社 西尾隆・編)

なんだか難しそうな書名だが、パラパラめくると、日本とアジアの森林と林業について、幾人かの大学研究者が執筆しているらしい。制度や地域社会の観点から記している様子だったので、手にしたのである。

もちろん、昨日の今日である。まったく読んでいない。ただ、目次を見ていると、

第3章 制度改革・地域再編下の日本の森林と林業 の中に、

森林をめぐる「神話」

という節があった。そこには 2,間伐材と割り箸論争 という項目を目にする。

おやおや、割り箸論争を取り上げているのか、と感心する。マイ箸とか中国製吉野杉割り箸まで紹介している。加えて、1,日本の「森林荒廃」 とか、3,「高価な国産材」 などもある。日本の森林は世界有数でほとんど荒廃していないことや、国産材は高くないことを記しているのだが、これらはいずれも『森林からのニッポン再生』に書いたことだ。

あれ? と思っていると、注に拙著『割り箸はもったいない?』が紹介されていた。

わはは、と苦笑していたのだが、そこで気がついた。『割り箸はもったいない?』の著者名が、田中敦夫 となっているのだ!

う~ん、やられてしまった。この漢字誤記は、しょっちゅうなのである。

抗議して訂正を要求するほど今の私に元気や暇はないけれど、ここにしっかり記しておこう(^o^)。

だから、これは書評ではないよ。

2008/10/11

明治神宮の大鳥居

闊歩してきました、東京の森を。

今日訪れたのは、明治神宮。あいにくの雨模様だったが、負けずに境内の原生状態の森を観察してきた。シイ・カシの照葉樹林を基本にしながら、クヌギ・コナラなど落葉樹も少なくなく、クスノキも目立った。また「明治神宮御苑」に入ると、菖蒲園としての湿原や、草地も作られている。池もあるから、ビオトープ的でもある。ここは江戸時代には、井伊家の下屋敷だったそうだ。

まったく手が入っていないわけではないが、過度ではなく、極めて自然状態を保っている。これが140年ほど前に人の手で一から作られたと思うと、なかなか感慨深い。

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で、参道にもどると、「日本一の大鳥居」がある。これは木造としては日本一なのだそう。たしかに無垢の木で直径1,2m、高さ12mというのは記録的だろう。    

私は、近づくと、ひび割れに顔を押しつけた。

プンッ、と匂う。そう、ヒノキの香りだ。それも強い。木曽檜を思い出すが、もう少し甘いような気がした。

これは、タイワンヒノキだろう。

そう思って調べてみると、やはりそうだ。実は2代目だそうだが、初代、2代ともに台湾の阿里山から手に入れた霊木を使っているのである。

タイワンヒノキは、日本のヒノキとは種が違う。いつかタイワンヒノキを巡る歴史について調べたいと思うが、まずは明治神宮を支えている木として記憶しておこう。

それにしても、2代目は昭和46年に立てられたというが、それから40年近くたっているのに、いまだに強い芳香を放つ鳥居に脱帽。

 

2008/10/10

歌舞伎町

歌舞伎町
今夜は新宿歌舞伎町。昼間は森を歩いたから、夜は繁華街をと思ったが、ザック担いだ姿では、誰も声をかけてくれない(;o;)
若い女の子だったら身を任す覚悟していたのに…(~_~;)。明日はヒゲ剃って、バリッとしたシャツに着替えて、カッボするぞ!

2008/10/09

東京の村

昨日、東京の奥多摩に入って今日は檜原村。東京も奥深いなあ。
森の中をずいぶん歩いたなあ。

2008/10/08

ブナの巨木

ブナの巨木
昨日から山形に来ている。ブナの巨木がいっぱいの森。初めは感激していたが、すぐ飽きちゃった(*^^*)

2008/10/06

アド箸からアド森へ

昨日紹介した「yoshino-heart」の割り箸販売で、大きな意味を持つのがアド箸という考え方である。割り箸の箸袋を広告媒体とするのだ。その利益によって国産割り箸と輸入割り箸の差額を埋めるわけである。

この発想そのものは前からあって、拙著『割り箸はもったいない?』でも紹介したし、ほかにも自主的にやっているところはある。
ただ、規模が小さかった。イベント用だったり、自社広告だったりする。だから5万膳、10万膳という規模に留まる。これは割り箸消費量としてはいささか小さすぎる。

なぜか。その理由ははっきりしないが、広告となるとクライアント主を探さないといけないし、その広告づくりも必要だ。そのための営業が弱かったのではないか。最初に始めたのは広告畑の人が作ったNPOだから、イマイチ、力を入れられなかったのかもしれない。

しかし、吉野ハートで言われたことだが、アド箸は環境問題を訴えるツールではない。協賛企業も環境のためにやるのではない。箸袋の広告が事業に有効だから行うのだ。言い換えると、アド箸で紹介した商品の売上は伸びるのだ。
具体例としては、コンビニの弁当箸に飲み物の広告を付けると、弁当を買う際に飲料も買う可能性が高まると紹介された。

箸袋の広告量は、どこまで伸びるだろうか。

広告界は、常に新たな媒体(メディア)を探している。チラシに雑誌、新聞、テレビ……と広がり、新幹線の窓から見える立て看板だって、広告界では貴重なメディアだ。ほかにもビルの屋上やアドバルーンなど、「空中広告」という概念もある。
インターネットが広がった際、さっそくネット広告という分野が誕生した。今ほど興隆するとは信じられなかったが、すでにラジオ広告量を抜き、もうすぐ雑誌広告量も越えると言われている。IT企業の収益の多くは、ポータルサイトの広告で支えられている。もしかしたら箸袋広告だって大化けするかも……? 

この発想を、森林自体に広げることも可能ではないか。森林空間を広告メディアと捉えるのだ。すでに「企業の森」のように会社のイメージアップに利用するケースもあるが、もっと直截な商品広告に使えないか。

もちろん、人が見る森に看板を立てることもその一つ。木造住宅の宣伝になら使えそうだ。散策路にさりげなく商品が並ぶ(^^;)。さらに飛行機から見える森林が商品名を描いていたりして(^^;)。観光地なら効果は大きいが、見せ方次第では反発にもなるだろう。
その森林を見ると、ジュースが飲みたくなるとか、液晶テレビを買いたくなる……なんて無理か。

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写真は、吉野ハートの記念植樹したところの近くにあった木。山主と、それを検山した山守の日時が書き込まれている。これは広告ではないが、樹木に文字を入れて、他者の目を引くところは同じだ。

                            

広告媒体としての森林で収益を上げれば、これも林業である。アド森、アド林業(^o^)。

2008/10/05

吉野ハート・プロジェクト

昨日は、朝から吉野で植樹やったり、講演やったり、お酒飲んだり……で暮れた。

「吉野の地域産業を発展させる会(仮)の発足説明会」だったのである。これは吉野ハート・プロジェクトのスタートである。東京のマーケティングのプロたちが、吉野の産物を新たなブランド・yoshino-heartで売っていくというのだ。この計画の詳しいことは、http://blog.goo.ne.jp/tetsuda_n/e/35c7323ca0693e9852f4a7367e433bdfへどうぞ。

牽引役の服部進・ハートツリー株式会社社長は、拙著『割り箸はもったいない?』を読んで、この企画を思いついたという。有り難い。
しかし、驚かされるのは、いきなり国産割り箸1000万膳の注文を取ってきたことだ。さらに吉野の間伐材入りペーパーを製作して、CDジャケットにすることも決まった。夢物語ではなく、本当にビジネスとして動きだしているのである。
そして、行政がまったくかんでいない点も素晴らしい。民間だけの事業なのだ。会場には、森林管理局の人もいたけど(^^;)。吉野・下市・大淀の町長もいたけど(^^;)

ちなみに割り箸1000万膳の発注は、ローソンである。印象に残ったのは、「最初は全ローソンの弁当箸を国産に変えようと言われたが、それだと5億膳必要になる。それは、とても無理だから、当面はナチュラル・ローソンだけにした」という話。ナチュラル・ローソンは、今のところ関東圏に82店舗しかないが、それだけで、これだけの需要があるのだ。

5億膳! これは国産割り箸全部ひっくるめた量だ。しかもローソンが決行したら、おそらく周辺のコンビニ業界や弁当業界も引きずられるだろうから、その数倍の需要が生み出される可能性が高い。これが、東京のマーケッターの力か。
今後、本当に稼働し始めれば、どこまで需要が生み出されるだろうか。むしろ、生産・供給面が心配だ。

もう一つ、印象に残ったのは、「奈良の宿泊観光客の数は、全国最下位。総観光客数でも、29位」という数字であった。古都・奈良が? 観光資源てんこ盛りの奈良が?

いくら良質の資源があっても、放置すると、この有り様だ。吉野の木材も、まったく同じ構図ではないか。

2008/10/03

第二森林組合

夏に開かれた農協に関するセミナーで、東大の研究者は、現在の農協組織の根本的なズレ(組合員に本物の農家が少ない)を指摘して、新たな農協の設立をして競争原理の導入を訴えた。

一方で、農林水産政策研究所は、さすがに農協批判はできなかったようだが、市町村合併のために一自治体の中に複数の農協が存在する状態を指摘した。

実は、森林組合も同じ状況だ。あまりに堕落した森林組合が多く、絶望している森林所有者は多い。そして第二の森林組合結成の意見や動きさえ起きている。
また、市町村合併後も、森林組合の合併は進まず、同一地域内に2つ3つの森林組合が存在する例は少なくない。有名な日吉町森林組合も、実は自治体は合併して南丹市になっている。当然、ほかの地域には別の森林組合がある。

そこで、ふと思いついたのだ。

この同一地域複数森林組合というのは、案外よいのではないか。無理に統合させないでおくべきだ。いや、合併は阻止する。森林所有者からすれば、選択肢ができたことになる。従来のつきあいはあるだろうが、基本的にはどちらに加盟しても良ければどちらに仕事を頼んでもよい。
そして、競争させるのだ。

第2組合を作るより簡単ではないか。ただし、行政が両者に競争するようけしかける仕掛けはいる。さもないと談合しかねない(>_<)。
さらに森林簿の開示を後押しして、民間素材生産業者も加える。民間が事実上森林組合を乗っ取ることも可能にする。そんな政策つくれないか。

これも改革のインセンティブ+モチベーションにならないか。

2008/10/02

夢をかなえる……モチベーション

友人が、バリ島へ飛んだ。何をするのだと聞くと、「別荘をもらいに行く」のだそう。

金持ちが持て余している別荘(プール、メイド付き)をただでもらえることになったらしい。維持経費月2000円で、何人かの共同所有にする計画だそうだ。

そして、ベストセラー「夢をかなえるゾウ」の著者と会ってくる。金持ちが合わせたがっているから……なんで日本人の著者にバリ島で合わなくてはならないのかわからないし、そもそも本人は、この本を読んでいないのだが……。ま、お金持ちの道楽につきあうということだろう。

「夢をかなえる象」、私も読んでいないが、夢がかなえるためのノウハウを、小説仕立てにした人生訓らしい。ちなみに、ここでいうゾウとは、ヒンズー教の人象一体の神様、ガネーシャのことである。地元の宝山寺の本尊は聖天さんと呼ばれる秘仏だが、その正体はガネーシャだ。私は毎度拝んでいるから、聖天さんも、少しは助けてくれよ。

そして、この内容が、今晩からテレビドラマになって放映が始まった。本買うのはもったいないので、これを見ておいた(^o^)。
なんだ、成功のためのノウハウとして提示されることは、私がやっていることばかりではないか。ま、靴磨きしてないけど。腹八分目にもしてないけど。仕事終わっても、真っ直ぐ帰るのは嫌いだし、人を笑わせてないし、他人の成功助けてないけど。 あれ? 

しかし、夢をかなえる……というからには、夢を持っているのだろうし、それをかなえたいという欲求もあることが前提だ。私は、その前の夢をかなえようと思うモチベーションをいかにして持つかということに、興味がある。モチベーションがなければ、何も始まらないからだ。そして、モチベーションがない人が大半だと思うから。

たとえば林業改革が焦眉の急だ、と外野が騒いでも、当の本人らは全然改革意欲がないのが現状だ。面倒なこと(改革)をするくらいなら林業やめる、と思っている人が大半だ。
それは金が儲かるよ、と物欲を刺激してもダメらしく、面倒なこと(改革)してまで儲けなくてもよい、という田舎人は多い。
今のままだと食っていけないよと言っても、子供らは山を下りているからいい、自分は年金で暮らすからいい、面倒なこと(しつこいけど、改革)して疲れたくない、とのたまうのだ。
いうまでもないが、地球温暖化防止だとか空気や水の環境だとか景観を理由にしても、ダメ。

だから、その前のモチベーション論を勉強してみようと思う。何が人を動かすのか。何が人をやる気にさせるのか。それがわからないと、地域再生の処方箋は書けない。
そして、「夢を持ってみたいと思い、それをかなえようと面倒なことを始める気になったゾウ」の物語を書きたい。ヒットするかな?

2008/10/01

リスクヘッジ

午前中は昨日からの流れで、雨風、そして霧の多い天候だったが、午後は台風一過なのか快晴となった。空気が澄んでいる。
台風の余波は、田畑にかなりの害をもたらしたようだ。おそらく今後は山林被害も表に出てくるだろう。農林水産業は自然環境産業は、常に自然災害のリスクにさらされている。

ところでアメリカのサブプライム問題は、不動産バブルの崩壊とともに証券会社の破綻や保険会社、そして銀行と波紋を急速に広げている。そして公的資金の注入が叫ばれつつ、それを民意が否定して出血を増やす……住専、山一證券、保険や都市銀行の破綻と再編へ進んだ日本の1990年代に歩んだ道とそっくりだ。

国際的な金融問題はよくわからないが、気になったのは、リスクヘッジのあり方だ。先物とか証券、保険といった金融商品は、本来は商取引を円滑に進めるために作られたものであり、それぞれが現物取引のリスクを回避する手段でもあった。先物なんて、まさにそうだ。

ところが金融ゲームが行き着くところまで行くと、デリバティブなんて、よくわからん代物まで出て、ハイリスクハイリターンを狙いだす。そして保険も、現物に対する保証ではなく、証券のリスクに対する保険まで登場する。
どんなにハイリスクでも、保険をかけておけば安心だとなると、より過激なハイリターン狙いへと向かうだろう。しかし保険の信用がなくなれば……そりゃ、破綻するわけだ。

本当にリスクヘッジする手段を構築するなら、農林漁業に対しての金融商品はできないものか。今だって多少の農林関係の保険制度はあるが、ほとんど機能していないことは関係者が証言している。造林して10年ごとに育林の手間をかけた分だけ、価値の上がる証券を作るとか。50年後100年後の先物取引なんてあったら面白い。二酸化炭素の排出権取引を絡めると可能な気もする。
証券化も、出資者のリターン狙いではなく、原点にもどって取引の円滑さを進める手段に限りたい。たとえば森林・立木を所有権の移転のような面倒な手間なしに転売するために利用するとか。

ま、金融の素人が口を出すと火傷するが、もっと機能を素朴にしてほしい。そして、本当にリスクを抱えて自然相手に立ち向かっている人を支える金融制度であってほしい。

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森と林業と田舎