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2008/11/26

年輪の偏り

昔、冒険手帳とか冒険ブックといった読み物が多くあった。少年向きのマンガ?週刊誌にも特集が組まれていて、サバイバル技術を紹介していた。

その中によくあったのが、「もし森の中で方向がわからなくなったら、切り株を見ろ。たいてい年輪の中心は真ん中からズレている。また年輪の幅を見て、大きく広がっている方が南である。なぜなら南から日が照るため、生長がよいのだ」的なことが書いてあった。

森の中で道に迷った時に、運良く切り株が見つかるかどうかわからないが、私はそれを信じていた。ところがある日、たまたま方位磁石を持っているときに切り株を多数発見(ようするに伐採跡地に出たのだろう)したので、年輪が指す方向を計ってみた。

見事に、違っていた(笑)。幅が広い方が南であることはほとんどなかった。それ以来、この手のサバイバル技術を安易に信じないようになった。

そんなことを思い出したのは、先日の鹿児島大の講座で講師から「間伐後に日が射すようになったら、その方向に木の年輪は開くか」という質問が出たからだ。

受講生(林業のプロたち)の多くが、イエスと返事をした。もちろん、間違い。年輪幅の偏差は、光の射す方向ではなく、斜面の方向に従っている。それも針葉樹は下に、広葉樹は上に広がるのだ。

年輪の偏りは、斜面に垂直に幹を立てるためにできるアテである。重心が幹の中心に落ちないために年輪はズレるのだ。光がどこから射そうと、葉っぱで光合成して作り出した養分は幹に満遍なく行き渡る。年輪幅を変えることはない。

しかし、造林地が斜面なら、そこに生える木はみんな中心が偏るわけで、真円の年輪を持つ木を育てることは不可能になる。講師も、そう言った。

ところが、吉野の木はいずれも真円であることが多いのである。急傾斜ばかりなのに。その点を質問すると、講師のセンセイは、しばらく考えて、

「おそらく枝打ちを工夫して、木の重心を調整することで、斜面に生えた木でも重心を幹の真ん中に持ってきているのだろう」

だとしたら、吉野の先人の技術は凄いとしか言いようがない。

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コメント

木の重心を考えながら枝打ちですか・・・
そりゃすごいですね。
木に登ったらどの枝を打つのかの空間認知、絶対にわからなくなると思う。

ところで、年輪の偏りは”なるほど!!”と合点が行きましたが、幅の違いは?
光合成が良かった⇒日射量が多かった  ????

てなことはないですよね?

吉野の枝打ち技術も、今後ちゃんと伝承されるだろうか……。

幅の違いは、やはり生長量によると思います。九州のスギは生長がよくて年輪幅が非常に広い。日照や水分量、土壌養分だけでなく、葉量も関係するのでしょう。枝打ちで葉を減らすと年輪幅は詰まるから。
昔、テレビのミステリーで、木の下に死体を埋めたら、木の生長がよくなる、そこで年輪を調べて埋めた年(殺した年)を割り出した……なんてドラマやっていました(^o^)。

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