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2008年12月

2008/12/31

林業の将来を占う

とうとう、大晦日。今年は早めに(プログを)打ち止めにしようと思っていたのだが。

昨日から一転、未来、とくに林業の将来を展望しよう。

おそらく来年からの1年2年は厳しい状態を覚悟しないといけない。不況で建築業が落ち込み木材需要も減るからだ。今回はそれに円高も加わっている。

ただ、長期スパンで考えた場合、私は日本の林業を極めて明るくなったと感じる。
いや、正確に言えば「明るくなれる可能性がある」ぐらいか。いくらチャンスがあるとしても、それを活かすも殺すも、今後の林政、そして現場の人々の舵取り次第だからだ。

なぜ明るいかと言えば、日本に潜在的に莫大な木材需要があり、それに対応できる木材資源も十分すぎるほどあるからだ。逆に外材は細る。そして、資源をどのように利用すれば活かせるか、方向性もどうやらわかってきた。すでに実行している先駆者も続々と現れた。

原木の価格はたいして上がらないだろうが、伐って出すやり方、そして売り方次第で利益を出せる方法はわかってきた。

原木をどのように加工すれば売れるか、わかってきた。商品価格を左右する要素もわかってきた。

人材面も心配していない。昔風の親方-丁稚奉公的な学び方ではなく、ちゃんとした教育機関を作れば短期間に林業技術者は養成できるだろう。そして、山仕事を希望する若者は決して少なくない。
重機の操縦は半年程度でマスターできるし、現場で必要な山の知識を身につけるのもそんなに時間はかからない。……これは予想ではなく、実際に社長も社員も20代だけの素材生産業者が立ち上がっている例から感じることだ。

もちろん緻密な山の知識と林業技術を持った人も必要だろう。そうした達人は10年以上現場で鍛えられないと登場しないかもしれないが、幸いそんな人に、みんながみんな、ならなくてもよい。指導者として少数存在してくれたらよい。

一方で森林経営のプロも必要だ。こちらは森林所有者になれと期待するのは無理があるから、代行のプロを養成するべきだろう。そうした制度もほしいが、十分可能だ。

……と考えていくと、将来は明るいのであるV(^0^)。

ほんの数年前、私は某国会議員の勉強会に呼ばれて、ほぼ同じことを言った。林業を立ち直らせるには育林と素材生産のやり方を見直すべきであり、商品開発が大切だと。しかし、多くの議員はポカンとして私の意見を受け付けない。いかに補助金をつぎ込むか、その名目ばかりに頭が向いていた。

ところが、今や議員も変わってきた。細かな点で異議があるものの、機械化とか人材育成などに目を向けつつある。

もう一つ言いたいのは、林業の将来が明るい最大の要因に、不況になったことがある。

これまで幾度かあった林業改革の芽(チャンス)を潰してきたのは、突然の材価高騰や、政府がジャブジャブ見当違いの補助金をつぎ込んだことだった。誰だって今のままで十分稼げたら改革なんてしない。公共事業で目先の利益を確保できたら、面倒なことはしたくない。コストがどうの、生産効率がどうのとシビアなビジネスとして取り組んだら疲れる。税金もらう方が楽なのだ。……かくして、現在の体たらくに陥った。

小泉改革で補助金が削られた(と言っても、ほかの業種よりよっぽど出ていたが)ときは、さすがの森林組合も改革せざるを得ない危機感を持っていた。
ところが次の内閣(誰だっけ?)で松岡大臣が地球環境問題にかこつけて? 6年間は潤沢な間伐補助金を出るとわかった途端、多くの森林組合は何もしなくなったのを目の当たりにしている。先のことは考えない。だって組合長は交代して自分じゃないだろうから。国有林も採算度外視で間伐やるし。その次の内閣(誰だっけ?)も一緒。そもそも林業に興味なかったよう。で、今の内閣(誰だっけ……)と来たら。。。

まさか、今度は不況にかこつけて、雇用のためとかいう名目で、またもジャブジャブ林野に金をばらまくことにならないことを願いたい。
どうせ出すなら、改革意欲を引き出す(やらざるを得なくする)ような出し方してほしい。たとえば5年後に森林組合の特権を全部なくして民営化するとか言って。そうなれば、必死になるだろう。

だから、きっと日本の林業の将来は明るいのだ。

2008/12/30

回顧する1年

久しぶりにコナラの木を伐りに、山へ父と行く。

シイタケの原木にするためだ。今回は道端の木を選ぶ。なるべく細いものを、と思ったが、みんな太くなっているから根回りで60センチくらいあるだろう。ただ枝分かれしているから、上の方はわりと細身の幹を収穫する。車の後部座席が原木で一杯になった。

これだけで、結構汗をかいた。

原木に菌のコマを打ってシイタケを栽培するのは父の仕事なのだが、原木調達は私の仕事。今年は珍しく、一緒にやった。老いた父はよく転んだが(^^;)、無事にコナラの原木を持ち帰った。
なんだか、年末の風物詩(笑)か、毎年繰り返している気がする。

そこで世の習いではないが、1年を回顧してみたい。

いろいろあった。

仕事の面で言えば、新たな仕事もたくさんできたし、切れたかと思っていた仕事が復活した。そして懐かしい仲間がゾクゾクと再登場した。自分の関心のあるテーマに取り組めることが多く、非常に充実していたと思う。何より、フィールドに多く出ることができた。

今年は出版しなかったが、来年への種子はたくさん播いた……というより育てたから、いよいよ収穫したいと思っている。

ところが、秋から釣瓶落としのような景気失速と派遣切り、リストラの嵐の世相を間近に感じて、過去から怨霊が甦ってきた気持ちになった(x_x)。頭の片隅で、そのうちアメリカのバブルが弾けるだろうことは予想していたが、こうも早く日本まで飲み込まれるとは……。そして十年、いや何十年前と同じ状況が繰り返されるとは。

思えば、初夏に訪れた沖縄で、私は南洋の光を浴びながら、20代の悪夢をフラッシュバックさせた瞬間がある。
失業、サービス残業、給料遅配、無ボーナス、無年金、派遣。そして首切り。会社に寝泊まりする、ワーキングプアの世界をどっぷり演じていた時代。私は、自分が体験するだけではない、横目で見たり行使する側にも回った。

間近にそんな世界に浸っていると、大会社や公務員など、安定した職に就いている人(就きたがる人)に対する憎悪が生れる。もっとも当時は若くて、これも修業みたいな気持ちがあった。底辺這いずる快感? だってあったのだが。

それでも現在の社会状況を真正面から考えると、血が沸騰する思いにかられる。当時の私と同じ思い、いや何十倍も厳しい思いを抱いている人が街に満ちているのではないか。

さて、フリーランスの私は、世間がどうであろうと自らの力で世の中渡り歩くしかない。

2008/12/28

朝日新聞・森守る「間伐材割りばし」

今日の朝日新聞の環境ページ・環境ルネサンスで、割り箸を取り上げていた。

森守る「間伐材割りばし」  というタイトルで、ほぼ一ページを割いている。

内容は、ようするに国産の割り箸は間伐材・端材で作られていて、森を守るという観点からの記事である。そして、樹恩ネットワークの割り箸や、広告付き箸袋のアドハシを紹介している。ここでも触れた、ハートツリーのナチュラルローソンを巡る動きも押さえていた。

割り箸袋の広告は、特定の相手に発信できる優れた広告媒体、というコメントに将来を感じる。今後広告で伸びるのは、ネットと箸袋だ?

隅っこに、「使い捨てなのにエコ」という文字が。このコピーはいいね(^o^)。

ようやく、マイ箸礼賛から、割り箸の意味を真正面から考える程度までは押し返せたかな、と思う。私の著作も、多少はその動きに関与したと思うと、ちょっと誇らしい。

もちろん量的にはまだまだで、今後どのように国産割り箸を広げていくか(復活させていくか)という課題は、まさに正念場だ。今、この時期に本気に取り組まないと、きっとまた輸入割り箸に押されてしまうだろう。円高は、輸入割り箸の価格を下げることにもなっているからだ。

2008/12/27

効率よりシステム

列島は、ようやく寒波に襲われたようだ。

これまで雪不足に泣いていたスキー場などが喜んでいる様子がテレビに映し出されている。生駒でも雪が舞いだした。今のところ積も理想にないけれど……。

それで思い出したのは、宮崎で聞いた話。

スウェーデンに視察に行って、「この冬は雪が少ないから、木材が出せない」と嘆いていたというのだ。雪の上を木材滑らせて出す量がバカにならないらしい。そう言えば、北欧の小規模林家では、いまだに馬橇で木材運搬していると聞いた。それが決して少なくない量を担っているという。そして集荷してからトラックに載せる。だから木材の出荷量が減って、結果的に世界的な木材不足につながったというのだが……。

まさか林業先進国で出材に雪橇が重要だとは思わなかった。

日本でも北陸-東北-北海道などは、雪を利用した木材運搬があったらしいが、それも山村の一部だったろう。今やまったくない。伝統の再現としてイベント的に実施することもあるというが、目的が違う。

040222_019                                                  

                                                  

機械化ばやりの林業昨今だが、実は機械化しても、あまり効率化しない、生産性が上がらないという話をよく聞く。ようするに高価な重機を使いこなすには、ちゃんとしたシステムが必要で、それがないと機械も宝の持ち腐れとなる。単純に言えば、玉切りするプロセッサがあっても、伐採が遅ければ原木自体の数が少なく機能を十分に発揮できないわけだ。

逆に昔の技術を見直して、それをうまく運用するシステムを作れば、意外と現代社会にも十分に使えるようである。
そういえば、修羅(丸太の滑り台。昔の木材運搬施設)は、低エネルギー・低コストだからと見直されつつあるらしい。たとえば山の斜面から重機やトラックが入れる道まで伐った木を集めるには重宝するのである。これが太い丸太だと修羅を作ること自体が大変だが、小径木とか、シイタケ原木などなら、そんなに難しくない。修羅も、自作せず合成樹脂製を持ち込む手もある。

これはバイオマスでも感じたのだが、効率とか生産性を考えると成り立たない分野が必ずあるが、それでもシステムを工夫することで生き残れる方法があるのではないか。

家庭菜園の野菜は、そのままで卸売市場に出荷する量はないが、みんなが持ち寄り直販所で売れば儲かるように。
おそらくスウェーデンの雪橇出材も、効率の面では割に合わないけど、農家個人が何本か木を伐って売るにはよいシステムなのだ。そして、少量の木材を集めて大工場に輸送するシステムもあるのだろう。

2008/12/26

木材自給率グラフ

先日執筆した林業関係の記事。

それに添える写真を送ったが、それに木材自給率のグラフを付けてくれ、と編集担当者に頼んでおいた。すると担当者は、平成19年度森林・林業白書のグラフを引用したのだが、あまり変化が出ない、と言ってきた。

昨今、合板などに国産材が使われるようになって木材自給率が回復していることを示そうとしたのだが、それは平成16年度をボトムとして4年連続上昇している。ところがそのグラフは、平成18年度までしかなく、まだ反転上昇したのはわずかにしか見えない。昭和30年代からのグラフの中ではぱっとしないわけだ。

そこで私は、20年度の速報値は使えないとしても、19年度までの数値はあるのだから足してください、とお願いした。

そしてできてきたグラフ。合板だけが異常に高くなって、自給率50%を越えている……。

さすがに担当者は、これでよいのか聞いてくるのだが、私もデータを持っていないからわからない。すると元にしたデータを送ってきた。

そこには18年度、19年度の国内生産量と総需要が記され、それに対前年比増減率も付いている。そして、付け足したグラフの数値は増減率なのだ。

酔っぱらって帰ってきた私は、それを見てひっくり返りそうになった。19年度の自給率を出すには、国内生産量を総需要で割ればいいだけのことなのだが、それに気づかなかったらしい。それにしても、自給率のグラフに増減率の数字を使うとは……。

グラフ作った人も、編集者も、文系の人だ(~_~;)。

計算し直すと、合板の自給率は14,5%ほどで、急進しているものの、妥当な数字。木材全体では22,6%である。

このままチェックがもれて掲載されていたら大変な騒ぎだったろうね。気にして確かめようとした点だけは褒められる。

2008/12/25

東京とんぼ返り

昨日は、東京へ行って、とんぼ返り。

本当に駅から出版社に直行して、みっちり打ち合わせを行い、終わると帰るだけ……
では寂しいからと、先週このブログで募集したところ、Kさんが立候補してくださりました。

そこで帰る前に合流して一献を傾けてきました。おかげで、無味乾燥な東京往復に色がつきましたsun

ただ、往復の新幹線、やたら空いていたのが気になる。クリスマス・イブだからなのか、イブにもかかわらず、なのか。

出版界も不況の色が濃い。私が訪れた会社も、40代以上で退職勧奨が始まったとのこと。現在の急激な不景気は、個々の努力では如何ともしがたい面があるが、各自引き締めて臨まなくては仕方あるまい。

出版する本、売れるかなあ~。私のこれまでの路線からは、ちょっと毛色が違うかもしれない。でも、乞う、ご期待。

2008/12/23

年賀状

今日は1日中、原稿書きばかりしていた。

同じ原稿ばかり書いていると頭がパンクしそうになるから、いろいろやる。その一つが、年賀状。

私の年賀状は、小さな字で近況報告を載せる。できるだけ具体的に、この1年に起きたことや取り組んだ仕事について入れ、多少の宣伝もする。
と言ってもハガキだから分量に限度がある。いかにコンパクトに、それでいて伝えたいことを詰め込み、さらにほんわかできる話題やドーデモよい話題を入れ、年賀らしくめでたく締めくくるか……というとてつもなく面倒なテーマを抱えた執筆活動だ(@_@)。

コンパクトにと考えつつ、ドーデモよい話題を入れるのは、なかなか文章修業になる。

そもそも、ブログを2つも書いていると、ほとんどのテーマはすでに公表していることになるから、非常に書きにくい。

今年は、時間がなかったので、途中で妥協したよ。だいたい今年は出版しなかったので、宣伝する本がない。

あとは宛て名と送る相手への直筆のメッセージを書かねばならない。

明日は東京へ出かけるから、25日までの投函はほとんど絶望的だ。

2008/12/22

ブログ紹介

世間では、年の瀬の休暇の谷間。

まあ、私には関係ないんだけどねえ。

そこで、ちょっと林業関係のブログを紹介。

森田稲子のブログ

会員制寄稿誌「日本の森林を考える」編集長のブログである。

長く林業と向き合ってきた人だから、結構林業界の裏話が出る。ン十年前の林業界の意識はこうだったんだ、という点でも勉強になる。もちろん、現在進行形の話もある。

ちなみに「日本の森林を考える」は、年間4冊発行。会費は1万5000円。高い? 私も先日、泣きを入れながら払いました(^^;)。会員にならないと読めないのはもちろんだが、執筆も会員にならないとできない。私にとっては、お金を払って原稿書いてる媒体になる。

でも、かなりディープな情報や論戦が載っている。日吉町森林組合がメジャーになるきっかけだって、この誌に寄稿があったからじゃないかな。読者(会員)は、森林組合や研究者、官公庁の人が多いような気がする。
その発行者兼編集長のブログである。

2008/12/21

アド箸の裏側

この秋、ナチュラルローソンが、弁当に付ける割り箸を国産化し、1000万膳の注文を出したことを伝えた。

これは「吉野heart」プロジェクトの一環だが、その仕掛け人は、㈱ハートツリーの服部進社長。とりあえず来年は700万膳からのスタートだそうだが、その件についてのインタビュー記事が掲載されていた。日経BPネットに、3回に分載されている。

http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20081205/117793/
http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20081212/119146/
http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20081219/120931/

割り箸に興味をある人は、お読みいただきたい。その仕組みや理念がよくわかる。

なかでも印象に残るのは、3回目にある

「林業業者は良い木材を提供すること、各種製品加工業者は良い製品を製造することに徹する。ハートツリーは企画、営業、PRなどを担当する。間に立つNPOは、吉野の業者とハートツリーをつなぐ窓口業務を手掛ける存在としたいと思っています。1つの会社の中で工場、営業、マーケティングと役割分担があるように、「Yoshino Heartプロジェクト」でも役割分担をきちんと決めて、プロジェクトを運営し、拡大していきたいです。」

つまり、餅屋は餅屋、素人がマーケティングに手を出そうとするよりは、プロと分担しよう、という点だ。

たしかに何でも一人で優れた能力を発揮できるスーパーマンは滅多にいない。分担せざるを得ない。だから必要なのは、分担してくれる仲間をいかに作るかだろう。単に金払って、プロのマーケッターやデザイナーに依頼するのではない。それは零細業界には金銭的にも無理があるし、所詮は1回ずつの取引となって熱がこもらない。

共感し合って、結びつかねばならない。幸い吉野割り箸は、よいパートナーと巡り合った(というより、向こうから声をかけてくれた)が、自分たちで見つける手だてを考えなくてはならないだろう。

2008/12/20

学生起業

今、地域づくりの現場で目立つのは、学生だ。
大学生(と、そのOB)が、田舎に入って様々な事業を起こしたり地域づくりに参加するケースがよく目に止まるのである。

もはや、若者が都会に憧れる時代は終わりつつある、と感じる。

きっかけは様々で、研究室の調査フィールドとして田舎に接したケースもあれば、地方の大学ゆえに、ごく自然に田舎が舞台になったケースや、最初から田舎との交わりを意識して飛び込んだ者もいる。たまたま町のイベントから地域づくり活動に目覚め、それを田舎に移行させた場合もある。いや、最初から起業が目的で、その舞台として戦略的に田舎に焦点を絞った強者さえいた。

形態的には、個人、サークル活動からNPO(任意)、NPO法人、株式会社までいろいろ。

もちろん玉石混淆だが、彼らの中には超真面目で本格的なビジネスである取組も少なくない。

私はその動きをいくつか追ううちに、地域づくり、あるいは経営学の中に「学生起業」というカテゴリーを作れないかと考え出した。

学生の起業は、なかなか特色があるのだ。もちろん、向こう見ずとか、思いつきとか、読みが浅いものも少なくないのだが、若さゆえ地域に受け入れられやすかったり、行動力、瞬発力、そしてネットワークなどが新鮮な学生も多い。いわゆる「若者、馬鹿者、よそ者」の三拍子揃った姿を見られる。

もう一つ、特徴的なのは、何もその地域に骨を埋めるほどの覚悟を固めているわけではないことだ。これは通常なら弱点だが、むしろフットワークの軽さが幸いすることもある。気軽に飛び込み、地域に大きなインパクトを与えつつ、時期が来たらさっと去っていく姿はすがすがしささえある(笑)。

地域を本当に守るのは、地元の人々だ。よそ者の学生(OBも含む)は、彼らにやる気やノウハウを与えて、自身の既得権益には頓着しない。気持ちが揺れると、これまで積み上げたものをあっさり譲って去る。

彼らと如何に組むか、というのも地域づくりの当事者の考えるべきところだろう。

とはいえ、大学側とか地域側が学生さんに起業してもらおう、と思って誘致しても成功しないだろうな。学生が挑戦したくなる気持ちの醸成を行えるかどうか、である。

2008/12/19

木材価格、暴落

>東濃森林管理署のヒノキの3メートルの直経12から22センチの込み柱どり丸太が立体2000円で入札、落札されました。五十年のヒノキが一本、なんと、150円です。

以上のようなメールが来た。東濃と言えば、東濃ヒノキ。一時は吉野材に並ぶ値がついた高級ヒノキの産地である。そこで、この価格。

なぜ、ここまで暴落したのか……。詳しい事情は、まだ何もわからない。

もしかしたら金融危機の煽りかもしれないし、大量に国産材を集めていた合板・集成材メーカーの動きと関係あるのかもしれない。誰か、情報を持っている人がいたら、教えてほしい。

何かイヤな予感がする。ここ数年は、一部で思わぬ活況を呈した木材業界だが、ちょっと先が読めないなあ。

2008/12/18

感動経営と不機嫌経営

ミゾウユウの大不況が広がりつつある。このままでは「バルブ崩壊」時の不況なんて、可愛いものだった……と言われるかもしれない。

モノが売れない時代になる。
そこで、最近耳にするのが「感動経営」だ。顧客を感動させることで、モノを、サービスを売るという発想なのか。

たとえばスーパーマーケットやファミレス・居酒屋などが、テーマパークのように飾りつけたり魅せる、笑える、驚かせるイ商品展示にする。ときにパフォーマンスもある。
宿屋・ホテルが、手書きのメッセージやら、グッズ類で心憎い演出をする。
手取り足取り、かゆいところに届くようなもてなしとサービスを行う……。
さらに、商品の完成までのドラマをつけ、製造者の顔を見せたり、開発秘話を語る。ついでにトレーサビリティまで保証する。

私も、顧客の立場からすると、そうしたもてなしを受ければ嬉しい。喜んで、また買おう、また行こうと思うかもしれない。

だが、疑問を持っていた。そうしたもてなしやサービスの対価はどうなっているのだ?
過剰なインテリアなどを設置すれば、コストに跳ね返る。手間暇かけたサービスを従業員がすれば、その分の人件費は誰が払う? モノやサービスの価格を上げているのではないか。もし払わずに従業員にただ要求しているだけなら、それは労働強化であり、雇用主の傲慢ではないか。

これが非日常の旅先や宴会だったら、多少高くなっても喜びの方が大きくてもいいかもしれないが、日々の食品を買うスーパーだったら、「そんな演出いらないから、価格下げてください」と言いたくなるだろう。過剰包装したって、家に持ち帰ると破って捨てるだけなのである。

今や、全国どこでも同じメーカーの商品が手に入り、マニュアル化した同じサービスが受けられる時代だ。系列店では、価格まで差がつけにくい。「感動経営」とは、そうした一律の商品を並べた店が、他店と差別化を図るために行うことではないだろうか。いわば消費が飽和した時代に生れた販売方法に思う。

それが、この不況時代、環境問題を抱えた時代に必要なのか。過剰投資・過剰もてなしでが必要なのか。消費飽和状態はいつまで続くのか。

そう、思っていた。

ところが、ちょっと考えが揺らいできた。「感動経営」の主体を勘違いしていたかもしれない、と思い出したのである。感動するのは、消費者ではなく、事業側のスタッフではないか?

「感動経営」を売り物にする事業体は、従業員を感動させようとしていた。何もちやほやしているのではない。むしろ仕事はきつくなるけど、達成感とか、人の喜ぶ顔を見たいとか、仲間と楽しく仕事ができる、といった要素で感動させている。

思えば「ローカル線ガールズ」の書評で紹介したえちぜん鉄道のアテンダントは、その萌えるサービスで十分な対価を受け取っているわけではなかった。客の要望に応えることに生きがいを感じていた。
店をテーマパークのようにしたスーパーやレストランの人も、楽しそうに仕事をしている。みんな仲がよい。給与や待遇で対価を受け取っていなくても満足していた。

私が訪ねた元気な組織---企業やNPOから役所、学校まで---は、みんなそうだった。仕事・仕事場が楽しいから、対価をもらわないサービスをスタッフは行える、いや客や仲間の喜ぶ顔が対価になっている。また責任を負う立場になって、やりがいも出る。

※ 以前、雹でやられたキャベツ1600個を持ち込まれたレストランに居合わせたことがある。店の買い付け担当者は、まだ若い女性だったが、即決で全部購入した。そして捌くことに奔走した。その度胸と、売りさばく自信。その決断を支持して捌くのに協力する同僚。それが彼女のやりがいになっていた。

その雰囲気を言葉を変えて説明すると、「感動経営」になるのではないか。感動するのは、仕事をした従業員。これは、モノスゴイ経営資源だ。

すべてはお客様のために、ではなく、すべては従業員の満足のために(笑)

そう気がついた。

もちろん、そのための仕掛けはあって、そうした団体には内部に表彰制度を作っていたり、社内の風通しがよくして、権限が十分に移譲されている。
リーダーの資質も必要だ。先日訪れたNPOの代表は、多くの学生たちにいじられて笑われながらも、実はちゃんとみんなを指揮していた。スタッフの気持ちをうまく誘導しているのである。和を作る名人だと感じた。

逆に、一人でも和を乱すスタッフがいる組織は、空気が悪くなっている。それも、単に身勝手とか、空気が読めないなど個人の資質だけならともかく、始末に悪いのは、外づらはいいのに、内づらの悪い人。自分の意見・立場を通すために同僚に攻撃的となり、ねじ伏せることに満足を感じる輩だ。そうした人の存在によって、場の雰囲気はガラリと変わる。途端にほかのメンバーのやる気は失せる。

感動は消え、もはや、どんなよいアイデアも、提案も、システム改善計画も、機能しない。スタッフの気持ちがバラバラになったら、おしまいだ。

こういうのを「不機嫌経営」と呼ぼう。

そんな組織内雰囲気になったら、遠からず事業は沈滞するか、内容が変質する。
これが営利の縛りのないNPOなどの運営体なら、組織は分裂し、崩壊は近い。

……近頃、経営コンサルティング的な依頼もあるもんだから、こんなことも考えるようになりました(^o^)  でも未曽有の不況に突入したのだから、経営は真剣にね。

2008/12/17

杉玉細工

004智頭の町でよく見かけた玄関先の杉玉。

なかなかオシャレなエクステリア?になっている。

杉玉とは、スギの葉で作った球状の玉だが、普通は直径30センチくらいある。主に造り酒屋の軒先に吊るすもので、これが新酒の完成を示す。まだ青い杉玉が出たら、今年の新酒の売り出しだ。醸造が進むにつれ、茶色になる。

これを智頭では、町の象徴にしているらしい。写真のように屋根まで付けたり、フクロウの顔を作ったものもある。スギの葉細工を広げようという町おこしらしい。

「杉玉道場」という看板を掲げているところもある。観光客に杉玉つくりの体験をさせてくれるのだ。ただし、大きな本物は3、4日もかかるので、小さなものである。値段も1万円くらいはする。そこで小さなものを半日で作ってみようというわけだ。
とはいえ、手作業。スギの葉を針金の玉に差し込み、それをチョキチョキハサミで切って球に仕上げる。

こうした伝統的な細工物を、今風のインテリアに仕上げて売り出すのはアイデア商品だ。結構な土産物になるかも。
できれば、さまざまなデザインと、簡単に大量生産できる作り方、考えてください。

2008/12/16

智頭町の百人委員会

鳥取県の智頭町は、今面白い試みをしている。

町民による百人委員会を立ち上げ、公開予算ヒアリングを実施しているのだ。

http://mytown.asahi.com/tottori/news.php?k_id=32000000812060001

http://mainichi.jp/kansai/news/20081202ddf001040002000c.html

具体的には、応募して委員になった140人が、町の商工観光、農業林業、生活環境、教育文化、行財政改革などの検討部会に入って、政策提案に加えて予算折衝や事業運営まで行うという。たとえば林業・作業道の開設に3億850万円を計上すべし、という提案が出ている。森の幼稚園づくり、また町議の給与を日当制にすることや、役人の給与を町内企業並に引き下げる改革案も出たそうだ。
実は、私が先日取材に行った際も、住民側の提案による地域づくり案件への支出を行った例について聞いてきた。

言い換えると、議員の仕事のもっとも根幹部分[政策立案・予算折衝]を町民が無報酬でやるようなものだ。議員の立案能力は国会レベルからひどく、だから官僚が出しゃばって政策を作るものの、こちらも地に足がついていないものだから机上の空論になる面があった。この委員会は、その立案-事業化部分に住民が参加することでインパクトを与える可能性がある。議員の仕事は、単に提言の中から選ぶだけ、になるかもしれない。役人も、公開でヒアリングされたら住民の目が怖いだろう。

これこそ、直接民主制の中の、さらに進んだ直接自治の可能性を感じる。あるいは議員・役人に自己精進を求めるのは無理と最後通牒を突きつけたようなものになるのか。いずれにしても智頭町だけの試みに終わらせるのはもったいない。

もう、問題提起→陳情型の政治は機能しなくなるのではないか。あそこに問題があるから何とかしてくれ、と役所や議員に願い出るのは古い。解決法や財源も考えた上で、役所・議会と折衝するのが当たり前になるかもしれない。

ただ皮肉を言えば、これを広範囲に広げると、立案・折衝能力の高い住民のいる地域ほど自治もよくなるという、地域の弱肉強食時代になるとも言えそうだ。

2008/12/15

クリスマス・イブ

昨日は、チェンソーアートスクール。

今回のテーマは、サンタクロースだった。08_003

                                                 

                                              

   

目玉が入って、赤く塗装すると、一気に可愛くなって雰囲気が出ますね。

考えてみれば、来週はクリスマスである。で、突然だが、私は24日のクリスマス・イブに東京に行くことになった。何もクリスマス・パーティに参加するのではなく、仕事である。みっちり来年の出版について打ち合わせる予定だ。おそらく夕方まで缶詰だろう。

しかしだなあ。24日の夜を帰りの新幹線に乗って過ごすだけ、というのも寂しくないか?

まあ、自宅にいても寂しいのだけど(-.-)。

そこで、クリスマス・イブの夜に何の予定も入っていない人、この日に東京の都心部に滞在している人、いませんか? クリスマスのイルミネーションを見て歩く、あるいは単なる忘年会でもよい。ちょっぴり東京滞在に色をつけてくれる方、募集しま~す(^o^)。

2008/12/13

智頭の石谷家

今日は、急遽、鳥取県の智頭町に行った。日帰りだから、きつい……。

もちろん仕事だが、わずかな時間を割いて寄ったのが、智頭宿の石谷家住宅。国の登録文化財にも選ばれ、ちょっとした観光地にもなっているが、大正時代に建てられた地元の名士の豪邸を開放しているのだ。

建てたのは、石谷伝四郎。衆議院議員やら貴族院議員にもなったり、農民金融を手がけて町の発展に尽くした篤志家だが、その基本には山林経営があった。智頭林業の立役者なのである。

土倉庄三郎のことを調べていると、智頭の林業家との交流も出てくる。また智頭林業自体が、吉野林業に学んだところが多いようだ。そこで、何らかの関わりが見つかるかも、ということと、戦前の林業資本がどれほどの財産を持っていたのかイメージするのによいと思ったのである。

たしかに凄い豪邸である。一体いくつの座敷があるのか。二階には邸内に橋までかかっている。中庭だっていくつもあるし、庭園がまた広い。
そして掛け軸、屏風、鴨居の彫刻……など当代の逸品揃い。おそらく観光客の多くは、そちらを見るために訪れているのではないか。でも私は……。

まず見たのが、土間の上の吹き抜けに見える梁だ。直径1m近いマツの大木が何本も使われている。そして大黒柱は辺60センチはあるケヤキ。通常の柱も、おそらくヒノキだろうが、いずれも無節なのだ。全部、自分の山から伐りだしたのだと説明を受けたが、これほどの太い木が無節ということは、大昔から手入れをしていることになるが、智頭林業にそれだけの歴史はあるだろうか。(智頭林業自体は、江戸初期に起こされたが、枝打ちや間伐などの手入れが行われたのは、おそらく明治からだろう。)

030                                                 

写真は、土間部分だが、広い。ここで、山番(吉野の山守と同じような制度がある)が当主に拝謁?して、仕事の打ち合わせをしたそうだ。

かつての土倉家の屋敷も、このような土間とその奥に座敷がいくつもあったそうだ。ちょっと当時の雰囲気を想像する。

ただ話を聞いているうちに、伝四郎は庄屋としても財を成していたそうだし、むしろ農業や金融で稼いだ金を山林につぎ込んでいたらしい。
また庄三郎と交流があったのは、伝四郎ではなく、分家の石谷源蔵ではないかと思えた。同時期に吉野を訪れて林業技術を伝えたのは、源蔵だからだ。

ともあれ、智頭林業も林業界に覇を競った時代があったことを忍ばせた。

2008/12/12

木造文化財と木材

昨日の話題ともつながるのだが、先日、「文化遺産を未来につなぐ森づくりの為の有識者会議」が結成されて、主に歴史的木造建築物の修理修復に必要な大径木を今から作る、そして残しておく運動が始まっている。
すでに吉野杉など各地の大木が登録申請に手を挙げたようだ。

同じような動きは、すでに10年近く前から立松和平が仕掛けた「古事の森」づくりがある。今から林齢300年400年の森を作ろう、という運動だ。

実は、その時から疑問に思っていたのだが、どうして歴史的建築物の修理には大径木が必要なのか。たしかに現在残っている建築物の素材は大径木だったとしても、それを修理するのに同じ大径木にする意味はあるのか。

今の技術なら、小片を組木にしてもよいし、集成材や合板だってよいのではないか。接着剤の寿命がどうの、いうのは言い訳だ。その点は技術力でクリアできる。

そもそも歴史的建造物は、長い間に修理する時、常にその時代の技術を取り入れてきた。また素材も変えてきた。
法隆寺だって、創建当時にはなかった筋交いが入っていたり、唐招提寺も木小屋、いわゆるトラス構造を後世取り入れている。そして、東大寺大仏殿では、明治の大修理の際に、イギリス製の鉄骨を屋根に入れたし、一部はコンクリートを使っている。当時は、それが最新の技術であり建築素材だったからだ。また木造の柱も、寄木だ。

今でも、国産の大径木がないからと、台湾やら北米、アフリカなどから仕入れた外材を使った歴史的建造物は多い。

さすがに木造建築物の修理に鉄やコンクリートを使えとは言わないが、現在の人工林から取れる木材を集成して大径木に仕立てて見せることも、後世に残す技ではないかと思う。そして、本当に価値ある歴史的建築物なら、素材や構法がなんであれ、価値は減じない。

たまたま残ったのではなく、残したいという思いが今に伝えたのだから。

……とまあ、理屈こねるよりも、今から300年後目指して大径木を育てるとか、あと200年伐らないと登録するという発想に、何かうさん臭さを感じるのだ。きれいごとすぎる。どうも今は材価が安いから伐って売るより登録しておこう、上手くいけば補助金もらえるかもよ、というような意図が透けて見えてしまう。
いくら今約束しても、100年もしたら、後継者はさっさと高値の時に伐ってしまいそうな気がする。

Photo                                                  

大仏殿の柱。人がくぐり抜ける穴があるので知られるが、よく見ると、この柱は寄木であることがわかる。鋲と鉄輪で集成してあるのだ。大仏殿は集成材づくりである。

2008/12/11

関西の林業

先の宮崎を例にしたログに対するコメントなどからもわかるが、日本の林業は地域によって大きく事情が違う。

九州と関東や北海道では大きく違うが、九州の中でも熊本、宮崎、鹿児島、大分……と全然違う。もちろん、関西はもっと違う。

昨日の朝日新聞、おそらく関西版だろうと思うが、日本林業経営者協会会長の速水亨さん(速水林業)のインタビューが大きく載っていた。関西の林業の復権に関することだ。

奈良の吉野、京都の北山、三重の尾鷲……と伝統的な林業地が多くある関西だが、その内実はみんな苦しい。それに対して、林野庁の補助金の出し方や、長期育成を阻む相続税の問題、そして流通の近代化などを指摘している。また寺社などの木造文化財に絡んだ木の文化にも触れている。

それぞれ含蓄はあるが、やはり関西に特化した林業事情だなあ、と感じた。

今ほどグローバル化が叫ばれ、事実、情報だけなら瞬時に世界中を駆け巡り、アメリカのバブルが弾けると世界中が七転八倒するほど経済も連動しているのに、林業だけは不思議なほど地域性を保っている。

それが悪いというのではない。むしろ地域性を保っていうことは産業としては誇るところだと思う。ただ、各地の林業地が各々独自の林業経済を展開しているのならよいのだが、どうもそうではない。単に施業方法や流通、加工、消費などの違いだけが際立って、経済的には壊滅している。
そこに林野庁が妙に全国画一的な施策を押しつけている……というちぐはぐさを感じる。

記事の中に「木は生きている。だから奇策は通じない」という言葉があった。

行政があまり復権とか再生を掲げて、新たな政策をぶち上げると、一部は成功しても、どこかにしわ寄せが出たりする。なるようになると距離を置いてみるのも手じゃないかな。
関西の林業は伝統があるのだから残さなくてはならない……と気張るのではなくて、自力で残れないのなら消えていく覚悟をするのだ。だいたい、これまで幾多の歴史の荒波を越えて生き残ったから「伝統的林業地」になったのだから。

テンプレート変更……

久しぶりというか、またもや発作的にデザイン変えました。

あまり、よく考えないで選んだので、また変えるかもしれません(笑)。でも、シンプルでいいかも。

2008/12/10

200年住宅

国土交通省が提唱する超長期優良住宅、いわゆる200年住宅の先導的モデルとやらが発表になっている。

やはり新築、それも木造住宅が多いらしい。それ自体はいいのだが、どうも解せない。というのは、そこで語られる200年の寿命とは、まず強度である。耐震性などを重視しているようだが、それは当たり前だろう。しかし木造は、本来そんなに長持ちするだろうか。
そう言うと、すぐに法隆寺なんぞを持ち出されるが、あれが1000年保っているのはしょっちゅう修繕しているからだし、その度に部材は交換している。そして莫大な補修費をかけている。

住宅は、そうまでして維持すべきものか?

たしかに日本の住宅の寿命が平均30年を切るのは短すぎるとは思うものの、ライフスタイル自体の時代の変化もある。今から30年前の住宅と比べると、現代はパソコンなどのネットワークが必需品だから、住宅もインテリジェント化が求められる。

ただ、私が気にするのは、住む人の趣向でありデザインだ。どんなに強固で便利で合理的な構造でも、自分の感性に合わないと住みたくない。親の建てた和風住宅はいやだ、という子供もいるだろう。

実は、私自身がその問題に直面している。私の両親は今だ健在で近くに家を構えているが、もういい年だから同居も考えないといけない。しかし、両親の家のどこに私が仕事場を構えるのだ? と悩んでしまう。それなりに仕事のしやすい(そして生活もしやすい)環境にしようと思ったら大改造が必要だが、それを両親が認めるとは思えない(-.-)。どうせなら両親がいなくなってから、自分好みに建て替えて住みたいと思ってしまう(~_~;)。

そこに日本人的な、代が変われば新しい器を求める感性もあるように思う。

200年住めます、と言われても、30年前の住宅には住みたくないです、と思っている人も少なくないのではないか。そもそも子供の代が同じ場所に住むとも限らない。田舎暮らしに憧れる夫婦の子供は、ほとんど都会に憧れる(^^;)という事実もある。

無理して長期住宅を設定するより、解体の楽な(環境に優しい)建築方法を開発するとか、中古建材の流通機構を整備する方がよいのではないか。また同じ家族・親族が住み続けると設定するよりも、持主が変わることを前提にした、中古住宅の取引市場を活発化する方がよいのではないか。
さらに日曜大工的リフォーム素材の充実のような、安上がりで自分好みを実現しやすいリノベーション市場を作るのも面白いかもしれない。

2008/12/09

大径木の値段

また宮崎の話に舞い戻るが、都城の木材市場で言われたのは、「間伐材は安くない」「太い木は売れない」等の言葉だった。

具体的にいうと、
「安い間伐材を買いたいという声があるが、実は間伐材は安くない。30~40年生くらいなら柱を取るのによいから高くなる」
「80年くらいの材は、太くて製材機に入らないから始末に悪い。それに太い木の辺材で間柱取っても、強度がないから売り物にならない」

ということだ。木は太けりゃ高いわけではないというのだ。ようするに売れる商品を作るのに適した材が高いのであり、また製材の手間などコストが少ない材が求められる。至極真っ当な発想だ。
仮に大径木からよい製品が作れても、製材するのに手間がかかれば生産効率が悪いから儲からない → 買手が着かない → 価格が下がる という結果になる。

案外、こんな簡単な商売の原則を忘れているケースは多いのではなかろうか。

ただし、120年ものになると、さすがに銘木扱いになるので高くなるそうだ。

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写真は、めったに出ないという120年もの。宮崎は、やっばり生長がよいから太い。吉野なら150年もの?なみか。

で、どれくらいの価格かと言えば、6万円だという。1立米6万円なら、まあまあか……と思いきや、1本の値段だった。だいたい2,5立米あるから、1立米なら2万4000円くらい?

えっ、そんなに安くていいの? ここでも宮崎は価格破壊(笑)。

2008/12/08

森林鉄道とトロッコ道

Photo                                                     

写真は、宮崎県日之影町の森林鉄道。もちろん、今はない。

これは過去の写真を複写したものを、また私が複写した代物だ。だから映りはイマイチだが、これで小さな軌道を走る蒸気機関車が、直径1mを越える大木を運んでいることがわかる。

かつて日之影には営林署があり、九州の屋根部にあった原生林を伐採していたのである。伐りすぎて資源はなくなり、営林署→森林管理署も今はない。

そして軌道跡は、細い、車も通れない道として残った。幸い傾斜は緩く、幅も2mほどあるので、歩くにはよい道だ。

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美しい景色も広がっている。

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こんな断崖絶壁を走っていたんだなあ。

                                                 

                                               

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岩肌むき出しのトンネルも各所にある。

今や、このトロッコ道こそが資源と言ってよい。

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ちなみにこれは、高千穂鉄道。一昨年の水害で断線し、とうとう廃線が決定した。ここも新たなトロッコ道として資源になる日を楽しみにしている。

すでに、鉄ちゃん、つまり鉄道おたくの中の廃線マニア垂涎の地になっているけどね。

2008/12/07

生駒山空中散歩

今日は、朝からヘリコプターで空中散歩。

友人のカメラマンが空撮のためヘリをチャーターしたので、空き席に乗せてもらったのだ。
大阪・八尾空港より離陸して、撮影目的地は京都・嵐山から保津峡だが、帰りには生駒山を回った。

いやあ、ヘリコプターは楽しいですなあ(^o^)。ホバリングもできるし、細かな動作も可能。そして高度も自在に変えられる。そして意外と速い。

ただ上空は寒かったけどね。すきま風が多いうえ、撮影では窓を開けるため。

嵐山も生駒山も、赤茶色に染まっていた。主にコナラ・クヌギ林が紅葉しているのだ。真っ赤なモミジなどとは違った風情だが、それが里山ぽい。棚田にため池に人家。隠し田。人工林の緑とのコントラスト。マツ枯れ。竹林の浸透。植生だけでなく、地形から地質も読み取れるし、人の営みと歴史が想像できる。そしてニュータウンの広がりもよくわかった。

                                                            

073写真は、生駒山の暗峠付近。奈良側の竜田川からせり上がってきた棚田(左手)が、峠を越えて大阪側(右手)に下っているのがわかる。 尾根越えの棚田とは、かなり珍しい。ちなみに尾根を通るのは、信貴生駒スカイラインだ。

                                                           

076

生駒山(標高642m)。遊園地とテレビ塔が林立している山頂部が、押し寄せる紅葉に囲まれている。ほんの数十年前には、尾根部に樹林は少なく草原だったのに……。あと幾日かで赤茶けた葉は落ち、地肌を見せるだろう。

                                                  

1時間半の遊覧飛行? いえいえ、これもお仕事ですよ(^o^)。

2008/12/06

失敗例の視察会

宮崎では、皆伐が一般的だ。それも作業路を入れて、高性能林業機械という名の重機で伐採から搬出までこなす。大型になると、冷暖房完備だから冬も夏もない。時にライトによる夜仕事もある。人は現場で土を踏まないで仕事を終えることができる。

そこで問題になるのが、作業路の作り方だ。伐採面積が大規模か否かは別として、林地を破壊しがちなのは重機の入る作業路から山が崩れることである。コースの取り方、カーブや水路、土固め、法面……など施工によって、荒廃するかしないか決まる。あえて言えば、道の作り方、木材の引き出し方などを十分に配慮すれば、どんな大面積皆伐であろうが、山は荒れない。もちろん再造林は必要だけど。

そこで、作業路の作り方が重要なのだけど、それを学ぶ試みが進んでいる。

20写真は、作業路の入れ方がうまくなく、その後の修復もうまくいかなかったところ、つまり失敗例の視察会
驚くのは、この視察の案内は、この伐採を請け負った素材生産業者である。そこには社長も、道をつくった当の本人もいるのだ。

そして、なぜこんな道を作ってしまったのか、どこが悪かったのか、そしてどのように作るべきだったのか、をみんなで討議しているのである。

これって、画期的な勉強会ではなかろうか。(主催は、ひむか維森の会
作った本人は辛い思いをしたかもしれないが、まだ20代の若者だったし、おそらくものすごくためになったのではないかと思う。ちなみに、この視察には、九州森林管理局長も参加している。

また、ひむか維森の会は、伐採搬出ガイドラインという指針を作っていて、山林を破壊しない伐採搬出を行うよう会員の素材生産業者に枷をはめているのだ。(それでも失敗してしまった、というのが上記の例なのだが。)
しかし、その失敗例から学ぼうという視察を行えることに、宮崎の林業関係者の底力を感じた。

私は鹿児島の林業を見て、「吉野より10年進んでいるなあ」と思ったが、宮崎に来て「鹿児島より10年進んでいる」、つまり吉野は宮崎より20年遅れていると思わざるを得なかった。

2008/12/05

大規模皆伐地

100ha_19 まず、写真を見ていただきたい。拡大すると迫力が出ると思うが、皆伐地である。それも、100ha。まさに大面積皆伐だ。

写真は、宮崎県都城市の一角。

やはり、これだけ山が禿山になっているとショックだ。それも1年半で伐採を終えたというから、近くの人にすれば見る見るうちに景色が変わったことになる。
実は、この程度の大面積皆伐地はほかにもいくつかあるそうだ。

宮崎県で林業と言えば、皆伐が普通である。列状間伐論議なんてない(笑)。これだけ広いと、1ha当たりの伐出コストは2500円~3000円くらいにできるという。通常の半分以下。売上が3億円くらいとのことなので、何だかんだ言っても、1億円以上の純益という計算になった。

さすがに伐りすぎだ、という声がある。「これまで皆伐ばかりしてきたが、今後は間伐もしなくては……」という声が聞こえる。そして、新たな取組も始まっているのである。その勢い。前向き指向。何から何まで宮崎は、日本林業の別天地だ。

そこに、私は宮崎の林業の底力を感じたのだが……。以下次号(笑)

2008/12/04

南国・宮崎

265 宮崎旅行から帰りました。

非常に勉強になり、かつ仕事上も成果は大きかったのだが、なにはともあれ感じたのは……暑い!

とにかく暑いのだ。奈良を出る朝は、多少厚着をしていたのだが、どこもかしこも温かい。

最終日は、写真のとおり、南国気分。バナナとフェニックス(椰子)、ブーゲンビリア……などに囲まれていましたよ。海に飛び込みたくなるほどだった。せっかくだからと買ったお土産は、パパイヤだからね。

ちなみに、今回は熊本空港から宮崎北部に入り、帰りは鹿児島空港という、南九州縦断コースであった。

2008/12/03

ボスター

ボスター
宮崎の林業は、やっぱり元気だ!

しかし、どこでも知事は登場するなあ。

2008/12/02

蜜蜂の巣箱

蜜蜂の巣箱
宮崎県日之影町に来ている。
山の中を歩くと目につくのが、蜜蜂の巣箱。丸太を利用したものが多いが、写真のような一見ホコラに見える形まであった。県外まで蜂蜜を取りに行く人もいるらしい。
趣味としては高尚だし、実益もあるからね。

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森と林業と田舎