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2009年1月

2009/01/30

書評・続「森林の崩壊」

今日の書評、実は続きがあった。途中で疲れて打ち止めたから、ケチョンケチョンに貶しているだけに終わってしまったが(x_x)、私には面白かった点もある。

それは、第3章 補助金制度に縛られる日本の林業

である。ようするに林業関係の補助金の実態が書かれてあるのだが、ようするに複雑怪奇。私も断片的には知っていたが、幾重もの条件をかぶせているうえに、地域差があって、しかも朝令暮改で毎年のように変更される。全部理解している人は日本に何人もいないだろう。

なぜ、こんな制度になったのかと言えば、会計監査のためだという。厳しすぎる(しかも現状を理解していない人が調査する)監査のため、完璧に書類を作っておかないと突っ込まれるからだそうだ。

そして森林組合の人が、「新しい芽が生れるのは、国の補助金なんか返してやる!という勢いのある地域だ」と言った例を上げている。

そう言えば、昨年のシンポで、私が「補助金はもらうな、あれは麻薬だ」とか「(役所は)金を出さずに口を出せ」と言ったら、農水省からの出向者が「金は出す! (口も出す)」と言い返したのを思い出した。お役人は、やはり地域が元気になったら困るんだ。自分たちが口を出せなくなるからね(苦笑)。

もっとも、林野庁の人に調査結果を説明すると、「生々しいお話で」と言われたことも書いている。ようするに林野庁の人が現場を知らないことを指摘しているのだ。海外では、行政担当者がその道のプロすぎて、周りがついていけないそうだが。

ただ、こうした実情を紹介するのは、私のような報道者がやればよいことであって、研究者には(とくにシンクタンクなら)、それを変える処方箋が欲しいところだ。

2009/01/29

書評「森林の崩壊」

新潮新書の新刊 

「森林の崩壊」 国土をめぐる負の連鎖 白井裕子著 

を読んだ。

まず、著者を紹介しておこう。建築学科出身で、野村総研の研究員や早稲田大学の客員准教授などを務める一級建築士だ。シンクタンクの人間が森林・林業に進出するのは流行っているのだろうか、と思いつつ、期待を持って読んだ。

内容は、1章から3章までが、日本の森林の状況。植えられた木はあふれているのだけど、使われなくなって腐っている、補助金でがんじがらめになった林業の紹介もされている。

一読して引っかかったのは、内容が間違っているわけではないけれど、ちょっと古い。だいたい使っている資料が、みんな2005年までだ。つまり統計的には2003年か2004年のもの。これが曲者なのだ。なぜなら、日本の林業は2005年から大きく変わり始めたからだ。その点をまったく無視したのは、著者が知らなかったのかあえて省いたのか。

また最初から目立つのは、現場を大切にしている、ということを繰り返し触れている点だ。書斎で書いたのではないよ、森林や林業の現場を歩いて調査してきたよ、と幾度も示しているわけたが、それにしては、どこの現場を歩いたのか具体的に書いていない。わずかに林業なら岐阜県が登場するだけ。それも詳細な地名や人名は出していない。それにオーストリアなどが語られる。

岐阜県が悪いわけではないが、伝統的な育成林業を俯瞰するなら、吉野や北山、あるいは多摩などを押さえないとマズいし、何より現在の林業を語るのに九州に触れないようでは、話にならない。また日吉町森林組合も八木木材もどこも登場しない。「岐阜は全国の縮図」とあるが、読んでみた限り、そうは思えないなあ。ヨーロッパと比較するのも鼻につく。
どうも仕事で数年前に調査した岐阜だけの事例、それに留学した経験のあるオーストリアの事情だけで本を書いたのではないか。

おかげで新刊にして、古色蒼然とした内容になってしまった(笑)。

4章は、欧州の森の思想や文化論に触れているほか、5章、6章は建築の話。ここは専門分野だからと期待したのだが、なんだかエッセイみたい。

建築といっても伝統的木構造の家ばかりが語られ、伝統構法を礼賛して、それが現在に活かせないことの恨み節。法律の問題など並べているが、どうも勘違いしているようだ。

現在は、施主が伝統木造の家を求めていないのだ。畳の部屋さえいらないと言われる時代に、伝統木造でどんな家を建てるのか提案なくして嘆いても無意味だろう。木を見せる真壁構法の家は、今や1%以下なのである。私は、伝統構法が廃れたのは、顧客のニーズを拾えなかった建築界にあると思っているけどね。
また、ほとんどの大工は、伝統工法なんか興味ないと思うよ。だって、作るの大変だし、注文ないし。大工の方が、外材使いたがることが多いだろう。

ということで、サイドバーに載せるのはやめときます(笑)。

2009/01/28

『田舎で起業!』は誰がする?

相変わらずニュースでは、雇用を農林業に求める声が強まっている。実際、どれほど求人が来ているとか、「緑の雇用」や「新規就農」窓口の開設が伝えられている。前途有望で、また地域づくりにもつながると明るい未来をのたまう。

もう何度も書いたが、農林業は雇用というより自営業で、自分で経営し食い扶持を見つける、作る必要がある。誰かに言われるまま働いて給料をもらう職場ではない。

そこで農で起業、林で起業、ようするに田舎で起業! しなくてはならない。それこそが、本当の意味での地方に活路を求めることだろう。

しかし、誰が起業する? 今、都会であぶれている人が、田舎へ行って、すぐに起業できるだろうか。投資資金さえほとんど持たないのに? ノウハウも持たないのに?

運良く、農業生産法人や森林組合に勤められたらよいが、枠はあまりに小さい。また雇ってもらえても、ずっと食えるとは限らない。そこで技術や経営について学んで、いつか独立するケースが多いだろう。

私は、農林水産業で起業するためには、もっとも優秀な人材を投入すべきだと考えている。彼らが全知全能を費やして起業し、雇用を生み出す。働く人も、そこでノウハウを身につけて、いつか独立する。決して、都会でうまく行かなかった人が徒手空拳で挑むべき世界ではない。

でも、「もっとも優秀な人材」って???

そこで思い付いた。もっとも優秀な人々、つまり霞が関のキャリアにこそ、田舎で起業してもらいたい。その優秀な頭脳を活かして……(笑)。別に農林水産省系でなくても、経済系なら田舎もしくは起業に興味あるはずだ。彼らの現場経験を積む意味でも貴重だ。

もちろんシステマティックにやる。起業できそうな地域を自ら選択し、テーマを決める。最低限の資金は融資(あくまで融資ね)してもよい。そして数年以内に軌道に乗せる。後継者の育成にも取り組めば、さっさと譲って自分は本庁にもどる。この引き際も勉強になる。ただし赤字を垂れ流していたら、ローンを組んで、それなりの清算はしてもらわんとなあ。

なかには事業が大きく成功させて、役人にもどるよりそのまま事業家として根付く人もいるだろう。成功者は、鼻を高くして実業界で活躍して、雇用も増やせばよい。そちらの方が儲かるし、一国一城の主としてやりがいもあるはず。政治家の顔をうかがう必要もない。役所にもどりたがるのは起業に失敗した人ばかり(笑)。
なんだ、失敗した者ばかりが本庁にいることになる、と思ってはいけない。

数日前に、成功事例は失敗の種、と書いたではないか。失敗した人が、その経験を活かして、本当に役立つ政策を立てるのだ。
そもそも、現場のビジネス経験もないのに政策作るポジションにいるのがおかしい。失敗経験こそが求められている。その苦い経験を活かして、現場の痛みを知った政策を作ってほしい。

……でも、彼らの起業が壊滅して、全部役所にもどって来たがったら、どうしよう……。

2009/01/27

森と脳

森が人の精神に与える影響を探っている時に、以下のような言葉を見つけた。

「脳をコンピュータにたとえるよりは、長い年月を経て成熟を迎えた、鬱蒼とした大きな森と比較した方が良い」

脳科学者として知られている茂木健一郎の発言である。

なるほど、脳の働きは、森林と似ている……正確には森林生態系に似ているのかもしれない。数多くの生物は個別の機能を持ちつつお互い干渉し合い、全体として森林生態系を作っている。脳も、各脳細胞の働きをニューロンで結びつつ全体の統一を保っている。

外界からの刺激(五感)に反応して、何か行動する。それによって脳もまた進化する。

ならば、逆もまた真なり。森林と、よくニューロンを伸ばした脳と比較したら、森林の働きがわかりやすいのではないだろうか。

森林には、脳の旧皮質と新皮質のように、本能を保っている面と、外界からの刺激に対応して変化する部分がある。
外界からの刺激は、少しずつ森を変身させ、進化させる。たとえば温暖化に合わせて構成樹種を入れ換えて、森の質を変えていく。それでいて、昔からの動物や昆虫も滅びないように居場所を残す。一方で新たな生物を受け入れる。その繰り返しで、生物多様性は増していくだろう。

ただ、刺激が強すぎれば、森は破壊される。草原になるかもしれない。沙漠にだってなる。森として残っても、生息する動植物がガラリと代わる可能性もある。
脳も、刺激が強すぎてストレス溜めて鬱になったり、トラウマ抱える場合もあるだろう。

そんなときに森の中を歩いて、森というもう一つの脳にシンパシーを感じると癒されるのではないか……。

「森の癒し」とは何か、と考えていると、……頭が痛くなるなあ。

ちょっと体調不良。

2009/01/26

成功事例は失敗の種

各地の地域づくりや起業、改革、新規取組などを取材に行く。

取材対象は、もちろん成功例だ。その事例をいかに活かすか。

だが、最近になって、そんな事例集めは危険ではないか、と思い出した。成功例を紹介して、それと同じようにやれば、あなた方も成功しますよ、ということの欺瞞を感じているのだ。

なぜなら、成功した条件や環境を調べていくと、いずれも特殊というか、それぞれ固有のものを持っているのだ。それなのに安易に普遍化して語るのは、大きな陥穽となる。
あくまで事例は事例。解の公式ではない

基本条件が違うのに、やり方だけ真似てどうする。そもそも真似ることもできないだろう。

でも、みんな公式を欲しがる。そして失敗する。もっとも大きな陥穽が、政策だ(~_~;)。

各省庁では、全国各地の成功事例をそれこそ血眼で探している。そしてうまく行っている地域に取り付き、視察を繰り返し、一般向きに研修マニュアル化して、リーダーを招いた会を開き、あげくは研修で学んだ資格まで作ったりして全国に広げようとする。

元気な集落に、企業に、森林組合に、行く。バスを連ねて視察団を送り込む。

で、成功事例を真似てうちも成功しました、という話は登場しない……。

もっとも「ここの真似はできない」という結論を得るための視察も多いのだけど。だって、真似るのは大変だから、自分たちのところではできないという言い訳を探したいのだ。だから視察は、観光旅行に化ける。

「成功した要因の中に、将来の失敗の種がある」という言葉をご存じだろうか。

なんだか「夢をかなえる象」のヘタな人生訓みたいだが(笑)、当初は成功した要因が、時勢の変化に合わなくなり、次の失敗を呼び寄せるのだ。

もう、事例を真似るのはやめよう。成功事例は、自らの地域に合った具体的な方策を生み出すための参考にするだけにしておこう。

私も『田舎で起業!』という本を書いて、私の本としてはよく売れている方だが、それは事例集ではない。実は精神論の本であった(~_~;)。ホンマか

2009/01/25

謎の? 光

徳島の某漁村から帰って来た。

昨夜は、久しぶりに読書に耽溺したなあ。

で、朝の散歩で港近くにある神社に登り、何気なく振り向いて山を見ると、怪しげな光が。

Photo                                                      わかる? 山の中腹に輝いている点があるだろう。

なんだ、何か反射しているか。それとも光る物体があるのか。もしかしたら狐火か(笑)。

と、思わず想像力をたくましくしてみたのだが、なんのことはない、朝日が透けて見えているのであった。山の稜線よりかなり下の部分だが、実はそこは森だった。地山はもっと低いところにあり、その上にかなり高木が育っていたらしい。私がたまたま立った位置から、森の木立の間を縫うように、朝の太陽光が射し込んだようだ。なかなかの偶然かも。

しかし、稜線だと思っていたところは林冠であったことに、ちょっと驚き。数十年前は、これらの森の木は小さかっただろうから、山も小さく見えたのだろう。今見ている山の景色は、昔とは違っているんだろうな。

2009/01/24

夜の友

夜の友
某漁村に来ている。
泊まりは、無人のコンドミニアム? テレビもなく、夜の友は、ようやく調達したビールと当てだけだ。

2009/01/23

田舎で働き隊!

本日、山梨日日新聞の1月18日朝刊が届いた。なんで、山梨? なんで1月18日?  というのは、山梨県民だけの秘密(^o^)ということにしておいて、

その一面トップの記事が「農林水産業は求人ラッシュ

そう、派遣切りなどが問題になると、なんとか吸収しようと各地で手が上げられているが、なかでも農林水産業が多い、という記事だ。この時点で全国1800人を突破したという。主に農業法人や森林組合、水産会社である。

これは美しきことだと思うが、実際にこれらの求人に応募し、また根付ける人は何分の1だろうか。
そころが、こうした動きに便乗したとは言わないが、農水省でも第1次産業の雇用吸収に力を入れ始め、石破農相は、農業の雇用事業に乗り出し、二次補正予算、’09年本予算に「田舎で働き隊!」と名付けた政策を打ち上げた。正確には、農村活性化人材育成派遣支援モデル事業である。

この名前だけで胡散臭く感じた(~_~;)。

目的は、農村と都市部の人材をつなぐ仕組みづくりである。と言ってもわかりにくいが、都市部の人材を農村の活性化のために活用するための人材の仲介業務を支援することらしい。

事業内容は、人材マッチング支援事業と、農村への人材派遣事業

前者は、人材育成のためのコーディネート機関を支援する。農村での活躍を希望する人材を都市部で募集し、農村地域及び人材のマッチングを行っていくのだそうだ。
後者は、コーディネート機関の仲介により農村への人材派遣する。、農村が研修生を受け入れ、地域資源を活用した事業等に従事させ、自立した事業へと発展させる。また受入農村の希望・課題に合わせて、専門家も派遣う。

ここでいうコーディネイト機関だが、思い描いているのは、NPO法人・大学・観光協会・農業協同組合・森林組合・水産業協同組合・地方公共団体の出資する団体等らしい。
http://www.maff.go.jp/j/nousin/kouryu/zinzai/dantai.html

……なんだかなあ。緑の雇用に似ているような。ただ、今のところ受入れ側に補助金出すわけではないようだが。
おそらく支援を受ける側が企画する「田舎を体験してみよう!」ツアーとか、交流イベント、グリーンツーリズムなどに補助金を出すのだろう。

でもこれって、どう見ても雇用対策じゃない。だいたい、今から交流して、いつ農業を始めるんだ。雇用拡大と名付けたら、財務省の査定が通りやすくなると思って考えたんじゃないのか。おそらく応募した各種団体も、そのことを重々承知で、農水省の意図に乗っかって、補助金取ることをめざしたのではないか。おそらく団体側では、すでにこれらの事業は展開済みだろう。

だまし、だまされ(笑)。片や予算を膨らませたくて、片やどんな名目でもいいから補助金採りたくて。さて、とうなりますやら。

2009/01/22

水産業にも新生産システム

森林ジャーナリストを名乗っているから、森林や林業だけ、山村だけと思われがちだが、実は水産業にも興味がある。

で、最近は水産業界にも流通の変革が進んでいるようだ。

大手小売り(主にイオン・グループ)は、近年になって船買いを進めているそうだ。漁船が水揚げした漁獲物を全部買い取るのである。中には売れ筋とは違う魚も多くあるが、それも買い取り、グループの販売力でさばく。調理法を調べて、それを付けることで売れるのである。

この方式が画期的なのは、現在の水産流通の裏側がある。今や決まった魚しか流通に乗せなくなっているからだ。マグロとタイ、サバ、アジ……とスーパーに並ぶ魚種は極めて限られている。それ以外の魚は、獲っても捨てているのである。

あげく、港から消費者の手元に届くまで1週間ぐらいかかるようになっている。冷蔵設備が進化しているので気づかないが、流通はどんどん遅くなっているのだ。

それを打ち破ろうというわけだ。消費者はいろいろな魚を手に入れられるうえに流通の短縮で安くなって喜び、漁業も得するから文句が出ないような気がする。

ところが、そううまい話ばかりではなかった。……船買いをされると、水産市場に出荷される魚の量は減る。みんな直取引になるからだ。おかげで、市場が衰退し、すると地元の魚屋に魚が回らなくなる現象が起きている。小さな魚屋は、市場で仕入れるしかないからだ。結局、大手だけが救われるシステムになっていた。

……とここまで考えて気づいたのだが、林業の新生産システムとよく似た構造だ。大手が直買いで木材を集めるから、地元の小さな製材所や木材市場が潰れていく現象と同じではないか。

一方で、大阪の「旬材」という会社が考え出した新システムがある。詳しくは

http://www.syunzai.com/

を見ていただきたい。漁場と消費者を直接結ぶ凄いシステムだ。これなら漁師も市場も廃れない。林業にも、こうしたシステムは作れぬものか。

2009/01/21

この制度、何?

いったん終わったと思った原稿が、また一部直すことになって、翌朝までが勝負。

でも、ついついテレビドラマを2本連続して見てしまい、あああ、時間がない。そんなところに、またもや先の「失業者を農業に」の取材先から電話で、

06年にニート、フリーターなどを対象とした「チャレンジ!ファーム・スクール制度」というのが行われたはずだが、その成果は? あるいは失敗したのか? と尋ねてきた。

そんな制度、知らんよ。

まあ、何か「再チャレンジ支援」とか言っていたけど、農業分野でねえ。

知っている人、教えてください。まあ内閣がどんどん代わるんだから、もう忘れられた政策かな。そう言えば、現在の石破農相も、農業の雇用事業を第2次補正予算で組んでいたが、これも何? 知っている人、教えてください。

まあ、緑の雇用制度と変わらないような気がするけど……。

2009/01/20

投稿「若者よ故郷に」から考える

失業者を安易に農業へ送り込もうとするな、と先日記したが、今朝の朝日新聞投稿欄には、「若者よ故郷に帰れ」という意見が載っていた。

筆者は青森県の限界集落在住のようである。本人もかつて農業では食えず、黒四ダムで働いた経験があるそうだが、現在はトウモロコシの地域ブランドを立ち上げて成功したらしい。そして故郷を出て都会で失業して苦しむのなら、故郷の農村へ帰れ。父、母が待っている、米と野菜を作れば食うに困らず、四季の自然が心を癒すだろう……的な呼びかけだ。

自ら真正面より農業に取り組み、限界集落に住む人からの声は胸を打つ。

思わず陶淵明の漢詩歸去來兮を思い出した。あわてて高校時代の詩文集をひもとく。

帰りなんいざ 田園将に蕪せんとす胡ぞ帰らざる,
既に自ら心を以って形の役と為す,
奚ぞ惆悵として獨り悲しむ,
已往の諌むべかざるを悟り,
來者の追う可きを知る。
実に塗に迷う其れ未だ遠からず
今は是にして昨は非なるを覺える

……

自分で訳すのが面倒なので、検索する。
http://tao.hix05.com/102kaerinan.html

(現代訳)
さあ帰ろう、田園が荒れようとしている、
いままで生活にために心を犠牲にしてきたが、
もうくよくよと悲しんでいる場合ではない、
今までは間違っていたのだ、
これからは自分のために未来を生きよう、
道に迷ってもそう遠くは離れていない……

この詩には二段、三段目があって、故郷に帰り和み、田園に暮らす喜びを謳い上げていた。そして四段目では人生の無常観を表している。

なんだか、じ~んと来た(笑)。

農村が故郷で、限界集落といえど帰るところがある人、そして農地も多少は残り、また父母がいて農業を教えてもらえる可能性がある人は、たしかに都会で失業してホームレスになるくらいなら、故郷に帰り農業に取り組むという選択肢は捨てず、様々な事情を乗り越えて選ぶ価値はある。

ただ、そもそも農業では食えないから故郷を捨てたという点は拭えない。限界集落は、陶淵明の詩のように温かく迎えてくれるだろうか? 
先日の取材を受けたときも説明し、先方が驚いたような声を上げたのだが、農業は雇用ではない。基本的に自営業だ。始めるにも資金がいるし、失敗したら自分で責任をとらねばならない。だから農業に就くということは、起業である。ベンチャービジネスに挑むのと同じである。その点では、派遣労働より厳しい。

出稼ぎを経験しながらも歯を食いしばって農業で成功して見せた投稿者のように、現代の失業者は農業がてきるか。少なくても、その気概を持たねば勤まらないだろう。

さて、考えてみれば私も自営業である。歯を食いしばって、残りの原稿書かねば(笑)。

2009/01/19

明日が締め切り

明日が、本文原稿の締め切り。今日は朝から臨戦態勢……。

こんなときに、リビングの電灯が切れて、買いに走ることになる。加えて郵送やら銀行への用件も生れる。本当は病院に行きたいし、散髪もしたい。ああ、晩飯も作らないと。

で、現実逃避に、プログに向かってる(~_~;)。

明日まで、あと30分だぁ。

ま、朝までなら9時間くらいあるかな。

でも、明日は明日で別の仕事もあるし、キャプション書いて、データ作って、取材に出て。

今日はこれくらいにしといたるわ。wobbly

2009/01/18

「失業者を農業へ」を望む人々

1月9日の本ブログに、「不況になったら農林業へ」と題して記した。

ようするに派遣切りなどで世の中にあふれ始めた失業者を、もっとも人手不足な農業や林業の現場へ送り込め、という意見が増えてきた、という内容である。
その後も、こうした声は強まり、最近は「農業で募集しても人は集まらない。これは失業しているのに仕事をえり好みしているからだ」と批判する意見まで出てきた。さらにエスカレートして、派遣で切られた人の自業自得論まで飛び出している。

実は、私も「新規就農」に関する取材を申し込まれた。私に取材して記事を書け、というのかと思ったら、私を取材してコメントを取ろうというわけ。ま、私に意見を聞かれても辛口にしかならないのだが、ここで素人が農業を始めることの厳しさを論じても仕方がない。

むしろ、なぜ「失業者を農業へ」という発想が生れるのかに注目したい。

どうも、多くの記事の構成は、「都会には仕事がない」「製造業は人員が余っている」だから大量に首を切られてさまよう人が出るのだが、一方で「農林業は慢性的人手不足」で、しかも中国製食品などへの不安から「国産食材の需要が増している」「でも、国産食材は足りずに困っている」「作れば求める人は多くいるはず」「そうすれは食糧自給率も上がる」と考えているようだ。

言い換えると、欲しい国産食品を、失業者に作らせようという発想なのだ。

自分が作ろう、とは思わないんだな。作れば売れると思うのなら、これは起業のチャンスと転職を考えてもよいはずだが、自分は農業するの無理だ(やりたくない)から、失業者にやらせれば? と思い付いたのではないか。

そして、失業者がそれに興味を示さないと、「贅沢だ」「仕事ないのにえり好みしやがって」と罵っている図式に見える。

失業者にだって、職業選択の自由はあるし、得手不得手もある。だいたい、農業は雇用ではなく自営業だし、仕方なしに農業に参入させても、絶対に成功しないだろう。
また国が至れり尽くせりの補助をして農業を教え込み雇用の場を作っても、絶対赤字になるから、その分財政負担が増えるだけ。そして補助金を打ち切った途端に農業参入者は食えなくなり、今度は農村でホームレスになるかもしれない。これを世間は、派遣切りではなく、農民切りとでも呼ぶのだろうか。そして派遣村ならぬ、農民村を立ち上げる。……って、最初から農村やん、と突っ込めるか。

もし、自分が失業したら、農業をやるか? この根本的な問いにイエスと言わない人が、「失業者を農業へ」などと口走るべきではない。

2009/01/17

老後と勝ち組

なんだか身体がだるい。風邪を引いたか、二日酔いか……。

そんなときに、出版原稿がいよいよ佳境だ。来週火曜日がタイムリミット。

原稿だけなら、なんとしてでも間に合わせるが、今回はカラー写真も豊富に入り、レイアウトも関係してくるので、結構きつい作業となっている。カラーページの入れ方や、キャプションまで考えないといけない。おそらく、初校・再校も厳しい状況になるだろう。一日でも遅れたら3月の発売日に間に合わない、と申し渡されている(x_x)。

しかも来週からは、もう1冊の本の準備も始まる。一方で連載の取材もしていないし、どうしよう……。2月3月は泣かねばならないかもしれない。

昨夜は、友人のカメラマンと新年会のようなもの。近況は、どちらも仕事をたくさん抱えて首が回らないほどなのだが、いろいろ愚痴を言い合って、ついでに老後の心配をし合う。食えなくなったらどうする? 高齢者になっても仕事の発注ある? どうせ年金もないしなあ……と、お互いメッチャ弱気(~_~;)。

それでも「とりあえずフリーで20年も30年も生きて来れたのだから、『勝ち組』でしょ」という結論になった。
そう、今や生き残ること自体が勝ち組の条件なのだ。今後、まだまだ経済状況は厳しくなると睨んでいるが、まず生き残ろう。そして数年後に訪れるであろう曙光を見たい。

え? もちろんこれは、林業の話だよ。

2009/01/15

使い捨ての作業路

ちょっと前から考えていることなのだが、林道はもちろん、作業道・作業路はどれほどの耐久性が必要なのだろうか。

というのも、道は必ず時間と共に傷むからだ。それを長持ちさせるためには、かなり頑丈に作らないといけないし、さらにメンテナンスが欠かせない。当然コストもかかる。

そこに大橋式とか四万十式の林道・作業道の可否も出てくる。

一度入れた道を木材の搬出後も維持して、その後の造林、そして育林にも使うとなれば、何十年と耐久させないといけない。密に道を入れれば入れるほど、林地面積は削られて狭くなるだろうし、維持コストも跳ね上がる。

ところが、八木木材のようにローコストでハイリターンを狙う素材生産業者は、木材の搬出後に道は使わず捨てる。次の間伐の時期が来たら、また新たな道を入れるという発想だ。

最初、私は森林破壊ではないか、と拒否感を持ったのだが、ここで「捨てる」方法を変えると新たな考え方ができるように思い付いた。それは道を林地にもどすことである。使い終わった作業路の上に造林をするわけだ。もちろん土質などの問題はあるが、可能ならこれで一つの後始末の見識にならないか。

なお造林だけなら、モノレールを使って高度を稼げば、必ずしも自動車の入る道は必要ない。モノレールは幅1mでも可能だろうし、立木の間を通すこともできる。

さらにクレーン型飛行船システムが完成すれば、伐採搬出もそれで行い、道を入れる密度はギリギリまで落とせるだろう。人さえ移動できたらよい。

計算によっては、使用済みの作業路を使い捨てる方が、採算も環境にもよいという、割り箸のような(^^;)施業システムを作れないか。

3写真は、和歌山県龍神村で見かけた、幅の狭い作業道。すでに放棄されており、路面にスギの稚樹が生えていた。

2009/01/14

木粉プラスチック

木粉から木質プラスチックが作られた、という毎日新聞の記事。

それは……と思って調べたところ、大分県日田市上津江町の第3セクター「トライ・ウッド」と産学研究チームが開発したのだという。

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原料は木粉(スギのおが粉や木くず)とポリプロピレン(PP)のプラスチックで、混合比率は7対3。製造工程は、木粉に蒸気圧力をかけ、乾燥して微粒子に粉砕。ペレット化して樹脂を添加・混合し、射出成型、製品化するシステム。これにより、複雑、精密な形状に対応できる。プラスチック製品のほぼすべてで採用されている射出成型がそのまま使用可能なため、大量生産の際はコストを大幅に削減。テスト生産から本格生産への移行も容易という。

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なんだ、というのが正直な感想。いくら性能がよくてコストもかからないとしても、合成樹脂を混ぜているなら、つまらない。結局、廃棄する時点で処分に悩まなければならない。ようするに石油製品と同じ扱いを受けてしまう。そこに木粉を使う必然性が存在しない。

では、これはどうだろう。

1

                                                 

これは、木粉だけで作られたものだ。木粉に天然生物質のバインダー(デンプンなど)を混ぜて高圧で固めた品だ。結構堅くなる。

実は、こちらの製品は、私の所に持ち込まれた発明品。この技術を活かして、何か商品づくりができないか、という。今のところ、化粧品のファンデーション入れとして開発したらしい。木製だから使い捨てしやすい。ほかに、道路などに交通案内用に使われるコーンも製造しているし、木のトレイも考えられる。

さて、誰かアイデアはないだろうか。使い捨て用のスプーンやフォークとか、文房具に向いていると思うのだが。

2009/01/13

クレーン式飛行船システム

本ブログを立ち上げる前、現・裏ブログの最後の時点で、「飛行船林業」について記したことを覚えておられる方がいるだろうか。もう2年前になるが、そこにコメントが付いた。
http://blog.goo.ne.jp/2005morikoro/e/c52b9f7d7cb55920cbdd19326c507671

この飛行船林業の研究をされている当事者の渡辺氏からである。そこで何回かのやり取りの後、その活動内容を説明するメールをいただいたので、こちらにアップする。

なかなか面白い試みだ。本当にヘリ集材の5分の1以下のコストで行えるのなら、かなりの朗報だろう。とくに林道・作業道があまり入っていない地域にとっては。ただ地形などの条件や、無人式だから操縦能力などが問われるだろうな。

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当NPOは、バイオマスエネルギーの実用化を目指して、3年前に立ちあがった技術者主体の団体です。
ホームページを開設しています。ヤフーで「バイオマスエネルギー」で検索すると出てきます。
主たる目的は、地球環境、気候変動問題に対処し、化石燃料からの離脱を目指す。
そのためには、まずは、日本の森林を健全に育成しながら、林業を活性化して、木質バイオマスエネルギーを、現状から大幅に利用量を引き上げること。としています。
上記の研究会をスタートさせて、キーポイントは、集材、搬送の経費の大幅削減により木材産業、木質バイオマス産業とも、自立できる事業となりうる技術とシステムの開発を優先課題としております。
その中の一つに、私が提案した、「クレーン型飛行船システム」による、伐採木の集材搬送を実用化すること。このテーマを掲げて、調査、研究を進めています。
ヘリコプター集材について、具体的にご存知でしたら、話はすぐに通じます。
ヘリコプター並の運動ができる飛行船を開発して、同じ役割を担う。最大の狙いは、運航費の大幅削減。試算によれば、
・燃料消費のエネルギーは1/10以下になる。
・パイロットは搭乗せずに、地上からのリモートコントロールと、自立航行システムで、運航の安全と、経費の削減につなげる。これも運行経費の大幅削減になる。

以上の2項目は、既存の技術で、ほとんど達成できる見込みです。
最大の課題は、図体の大きい飛行船を、ヘリコプターに近い運動性能に引き上げることが実現できるか?にかかっています。
飯能市の林業地で、実際にヘリコプター集材で材木商を経営している専門家に話をしたところ、ヘリコプター集材は燃料費が大幅にかかるので、それが減らせるのはおお助かりだ。しかし、ヘリのように、機敏に動く飛行船ができるとは思えない。(出来っこない!)との返答をいただいています。
そこで、3年前から、飛行船の研究者と相談、検討をすすめて、新機構の「プロペラシステム」(サイクロイダルプロペラ)を実用化すれば、ヘリコプターに近い性能が得られる。との見通しを得ました。その技術論文は、公開されています。パテントも取得されています。

机上では成立しても、実物を試作して、その運動性能を実証しなければ、誰も信用しない。ということで、2006年からプロペラの試作研究、設計仕様の確立。
その上で、実験機の作成に、2008年から取り組んでいます。
まだ、林業に使えるレベルの吊り上げ能力ではありませんが、100KG程度の積み荷を吊あげて運行できるところを目指しています。
この段階を経て、次の試作機は、300KG。そして、実用機としては、1000KGの吊り上げ能力を実現する目標です。
今のところ、研究費は、産業総合技術研究所のベンチャー支援研究費の枠から、細々と数千万円(年間)の費用が、支援されていますが、これではとても、実用機の試作まではいけないので、取り組む意欲のある民間企業を、来年度から調査、選択、依頼を行う必要がある。
そのような経緯ですので、林業の再生、活性化を支援する方々の知恵と情報をいただき、なんとか研究、開発を続行、加速して、日本で初めてのクレーン型飛行船を就航させ
たい。

釈迦に説法ですが、日本の傾斜の大きい林業地で、作業道を密に開設したり、大型の高性能林業機械を導入するのは、経費がかさむばかりでなく、森林の土壌に過大な負担をかけ、生態系にも悪影響を及ぼすものと、懸念をしております。
このような林業地では、空中での集材、搬送が、もっとも適切ではないかと考えております。
まずは、切り捨て間伐にしか、費用が回らないでしょうが、近い将来には、間伐材はすべて集材、搬送して、残りの端材はバイオマスエネルギーに利用すべきものと思います。
なお、このほかにも、集材、搬送システム、バイオマスエネルギー利用技術に関する研究課題は、各種、推進中です。
ご関心がありましたら、順次、情報提供をさせていただきます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

いかがだろうか。興味のわいた人、質問のある人、いませんか。

2009/01/12

林業人の適性

森林の仕事ガイダンスで、水野雅夫氏は、司会者に「林業に向いている適性」を聞かれて、

「全体を見回せる人」と応えた。目の前の自分の仕事だけでなく、現場全体を見ないと、危険だし、段取りも悪くなる……という意味である。

それに対して司会の寺内ジモンは、「芸能界でも一緒!」と応じていた。ようするに、どんな社会にでも通じることなのだ。

ところで、「緑の雇用」で山仕事を始めた人の定着率は低い。5割残らないだろう。もともと補助金の切れる2年後には放り出される運命ではあるが、その期限とは関係なく、辞めていく人が後を絶たないらしい。多くは職場環境に絶望したり、当初の契約とは違ってしまったことで辞めていく。

最近では、もっとも先進的でモデル扱いされている森林組合で、若手が続々と辞めていく話を聞いた。待遇はほかの地域と比べて悪くないし、全国的に注目されているし、若いIターンが多くて気の合う仲間も多いし……という状況でも辞める。

その理由を直接確認したわけではないが、どうやら「望んでいた山仕事」とは違うからのようだ。

Iターンで山仕事に就く人は、田舎暮らしができるからとか、自然と関われる仕事、環境を守る仕事、といったイメージを持っていることが多い。仕事も、草木と触れ合えると思っていたら、今の現場は重機で山を削るばかり。効率や生産性ばかりを強調される。のんびりどころか、常に金のことを言われて、採算を合わせるためには、手抜きの作業路を作り、必要以上に木を伐る。そして、次々と課題を押しつけられる……。なかには森の現場の仕事をしたかったのに、森林施業プランナーにならされて見積りばかりのデスクワークだ……という不平も聞こえてくる。

これでは、都会のビジネス社会と変わらんじゃないか、と感じてしまうわけだ。

一方で、重機を操縦するのが飯より好きで、ライトを照らしながら深夜まで山仕事をしている20代の話も聞いた。

そうか、林業やる人の適性は、あまり自然が好きでないことだ! ……なんて思ってしまった(笑)。もちろん冗談だが、先進的林業では、昔の山の暮らし、山の仕事をイメージしてきた人には合わないのだろう。むしろ車や機械いじりが好きな人の方が向いているかもしれない。

、今後の林業は、都会の仕事以上にノルマや効率に厳しいストレスのある職場になる可能性だってある。果たして、それがよいことかどうか……。
昨日の「林業技術の伝承」とも絡むが、古い技術を伝承したい人にとって、こんな職場に入りたくないだろう。

林業をビジネスとして成り立たせるということは、都会のビジネス環境と同じようにならざるを得ないことなのかどうか。

2009/01/11

林業技術の伝承

昨日の「森林の仕事ガイダンス」の続きだが、水野氏の発言の要旨は「今、林業技術を次世代に伝えないと、途絶えてしまう」ということだ。

NPO法人ウッズマン・ワークショップも、そのために「林業寺子屋」を開いたり、Iターン・ミーティングをしているのだろう。

ただ、ここで疑問がある。本当に、現在の日本の林業技術は伝承に値するものなのか?

というのは、彼のいう技術は、たとえばチェンソーの使い方であったり、ロープワーク、掛かり木の処理、そして森の中の身のこなしとかである。しかし、彼はこういう発言もしている。

スウェーデンなどでは、林業現場ではチェンソーは使われていない

そうなのだ。ヨーロッパなどの先進林業では、作業はみんな重機でやる。作業員が自ら現場を歩き回ったり、伐ったりすることはほとんどない。日本が完全にそうなるとは思わないが、そのうち林地に一度も足を付けないで行う作業というのも出てくるのではないか。
間伐も、いくら列状間伐が嫌いと言っても、時代はその方向に行くのは間違いない。重機で列状に伐るのが、もっとも効率的なのだから。

今もっとも急いで覚えるべきは、使わなくなるかもしれない古い技ではないはずだ。全国に広く伝えるべき林業技術は、たとえば重機の操り方とか、崩れない作業路を作る方法とか、安全で効率のよい伐採と搬出のノウハウではないか。

実は、水野氏にその点を突くと、「そうしたやり方は好きではない」という応え方をした。
その気持ちは十分にわかるが、林業の技術を匠の技としているかぎり、それは産業技術にならず、趣味の域に陥ってしまう。
もちろん、山の技を知ることは大切なことだが、すべての新人に要求するのは無理だ。まず必要なのは、それをビジネスとして成り立たせることだ。さもないと新規参入は増えず、林業そのものが営めなくなる。

自動車産業にだって一部に匠の技はあるだろうが、普段の生産は未経験の者でも務まるように仕事を単純・システム化している。だから派遣や期間工でも任せられた……という副作用もあるが、林業もそうならないと、従事者を増やすのは夢のまた夢だ。

今後の林業技術の課題は、安全と効率と環境、そして普及しやすさだと思う。

チェンソー技術で残るのは、チェンソーアートだけ、という時代が来るかもしれないよ。

2009/01/10

森林の仕事ガイダンス09

昨日、友人より、「今、森林の仕事ガイダンスを覗きに来ている、天野礼子が講演しているよ」と電話があった。

「何、話している?」と聞くと、

「自分の本の宣伝してる」(笑)

このガイダンス、今日だったな。ツインタワーの梅田スカイビルだ。梶谷君がチェンソーアートの実演をすると聞いていて、覗きに行こうかと思いつつ忘れていた。
ちょっと悔しくてインターネットで調べてみると、二日間やっていて、翌日(今日)は、ウッズマン・ワークショップの水野雅夫氏がゲストだった。ウッズマン・ワークショップは、林業技術者の養成に取り組んでいるNPO法人だ。

天野氏に興味はないが、水野氏には会いたいなあ、と思って、急遽本日、大阪に出かけることにした。

ちょっぴり遅刻で、着いたときは水野氏の講演(というより、座談)は始まっていた。
会場は、大変な混みようだ。ここ数年、ガイダンスへの参加者は減少気味の印象があったのだが、今年はかなり多い。しかも若者、しかも女性が多いように感じる。不況の影響? だろうか。その中をかき分けて、ステージに近づく。

水野氏は、林業技術のウンチクと、新規就職で山仕事をやろうと思う人への心構えなどを司会者二人に挟まれて話していた。

Photo                                                

ごった返す会場。真ん中が水野氏……って、わからないか。

                                               

ここでの内容などは、また別項で記すとして、終了後、梶谷君も来たので、水野氏を紹介してもらう。その後も、あちこちで立ち話ながら熱く語り合った(笑)。

一方で各県のブースを周り、知り合いを見つける(声をかけられた)。その県のブースで聞いてみると、やはり来訪者は増えているという。それも女性が何人も来たらしい。女子大学生もいたとか。本当に林業がしたいのだろうか。アンケートの動機欄には、「環境に関わる仕事がしたいから」とある。う~ん。しかし、最近はこの手の人があなどれんぞ。

その後、ステージでは「緑の雇用」で就職した人の声を聞くコーナーがあったが、今回は女性二人。一人は元バレリーナ! という経歴の持主である。彼女に、水野氏と二人で声をかけて(ナンパじゃないよ)話し込む。舞踏と武道と林業技術の相似関係???という難しい話になった。

1                                              

女性二人の経験談。楽しく、応募を呼びかけるが、果たして……?

                                                

緑の雇用、希望する側の真剣さは、かなり伝わってきた。でも、元バレリーナも言っていたとおり、本当は入ってからなんだよ。迷うのは。

2009/01/09

不況になったら農林業?

本当かどうか、「100年に一度」の大不況だそうである。

たしかに巷には失業者があふれ始めた。非正規雇用が多い分、失業者増加の速度は猛烈に早い。とくに目立つのは製造業からだ。しかも家なしで、過去の日本にはあった緩衝装置がまったく効かなくなった。

そこで、政府や識者が目を向けるのが、「農林業で雇用しよう」。慢性的な人手不足で、しかも国産品が求められ始めた今、この業界に失業者を送り込め。この手の仕事は田舎にあるから、人口バランスを取り戻すのに好都合だし、田舎には空き住居も比較的ある。千載一遇のチャンスだ! ……という大合唱である。

果たしてそうか?

なんだか、困ったときは田舎に押しつけろ的発想ではないのか。

だいたい国内の農業や林業が細った原因は、「食っていけない」からだ。そして職の現場は日雇いに近く、安定雇用ができない。今問題の派遣や請負雇用と同じ、いやもっと酷い職場かもしれない。

そして、不景気になれば、食の安全とか自然素材指向なんて吹っ飛び、安いものが求められる。高級品指向の高い国産農産物や材木関係の商品は売れなくなるのではないか。そもそも需要そのものも減る。
食べ物は、「貧乏人は麦を食え」じゃないけど、米やめてパンやウドンを増やすかもしれないし、野菜も餃子も中国産でいいや、となる可能性は高い。

木材も一緒。すでに合板大手は軒並み減産を始めた。最大手セイホクなど、5割減産だよ。国産材合板は広まっているが、減産されちゃ国産材の需要だって減る。いや、少しでも安い原料を求めて山元をたたいて安値にするか、円高で安くなった外材にもどるかもしれない。

果たして山の現場が、新たな雇用を受け入れて増産する余地はあるのか?

そもそも赤字体質の農林業に素人が参入して食って行けるのか?

結局、補助金で食うことを考えているのではないだろうか。田舎の人だって、補助金で仕事作ってくれなきゃ、よそ者を受け入れたりしない。

……でも、まあ、都会にしがみついてホームレスになるより、田舎に活路を求めるのは悪くないかもしれない。100人に一人くらいは農林業で成功するかもしれないし。新しい血が入るのは悪いことではない。農林業にとってはチャンスだ。

ただし、都会で失われた雇用の受け皿に田舎の農林業がなるには、現在の農林業のシステムを変えないと無理だろう。

2009/01/08

クローズアップ現代「故郷はよみがえる」

8日のNHK午後7時半からのクローズアップ現代で、田舎問題を取り上げると知って、見た。

タイトルは「故郷はよみがえる」で、今一部で話題の「集落支援員」制度について紹介するらしい。これは総務省の政策で、過疎地域の生活支援のための人材派遣制度だ。人件費は国が出す。今春から始まるはずだ。

番組か始まると、しょっぱなで登場したのが、新潟県上越市のNPO法人「かみえちご山里ファン倶楽部」。おお、知っている面々や景色が映ったぞ。

驚いたのは、集落支援員制度は、この山里ファン倶楽部の提案だということだ。外部の人間が、集落の問題点を調べ、その解決方法を考え実行する仕組みである。このNPOが上越で取り組んできた実績が、制度を作らせたらしい。

本ブログでも、以前「山里ファン倶楽部」の記録集である「未来の卵」を書評の形で4、5回に渡って紹介したが、それが政策化したようなものだ。

集落を建て直すのに必要なのは、外部の人材である。しかし、外部の人が入って生活できる収入源がない。それを支援員の手当ての形で出るようになれば……何かができるような気がする。これを利用した田舎暮らしも可能になるかもしれない。

番組では、ほかにも島根などの事例が紹介されてきたが、悪戦苦闘の様子が伝わってくる。もちろん制度は、実際に始まらないと本当に機能するのかわからない。役割を自覚して、それを実行する能力を持った人を任命できるだろうか。
とくに支援員に誰を選ぶかが重要だ。結局、役所や農協のOBを選ぶ可能性も高いのだが、それではよそ者の目と智恵を入れたことにならないのだが……。

それでも、ようやく田舎問題にとって明るい話題のように感じた。

2009/01/07

日本の里100選

朝日新聞に、「にほんの里100選」が発表になっていた。

これは、財団法人森林文化協会が行ったものだが、この協会自体が朝日新聞社の出資による財団だし、この事業も朝日新聞創刊130周年を記念して企画されたものなので、事実上、朝日新聞社が選んだものと言ってよいだろう。

ざっと見ると、私の訪れたことのあるところも多いのだが、全体を見回すと北海道が2つと面積の割りには少なく、もっとも多いのは長野県の4つ。本当に小さな集落もあれば、数千人が住む村全体の景観を指定したものまである。そして、やはり棚田など農地の風景が多い。人の営みが作った風景というのが「里」という定義からすると、農林業になるのだろう。

選定に当たっては、候補地を募集したところ4474件の応募で2000地点以上となり、それを400地点まで絞り込んでから、実際に訪ねて現地調査したそうだ。基準は12あったという。そして150地点に絞り、それを選定委員会(委員は5人)が100選んだ……とある。

ここで、選定地がふさわしいかどうか、なんて野暮なことは言わない。それぞれ美しく価値がある里なのだろう。ある種の選定者の思い入れがなければ選べっこない。

ただ、選ばれた土地の人はどのように感じているのかな、思う。自ら立候補したところなら問題ないが、誰かが推薦して、知らないうちに選ばれた……なんてこともあるかもしれない。
選ばれて文句いう人もいるまい。素直に喜べる。100選入りをネタに地域づくりを行えるのなら、より結構だ。

私が取材に訪れたところは、そうした選定地が比較的多い。朝日のライバルである読売新聞社は「遊歩100選」を作っていた。
国がらみの「棚田」やら「街道」やら「名水」やら「巨樹」やら業界団体の「かおり風景」やらなんとか100選ばやりだが、それをいかに活かすかが課題だろう。

ちなみに森林セラピー基地に認定されるのには、立候補しなくてはいけないし、審査・認定料を400万円~500万円支払わなくてはならない。審査なんだから落選することもある……はずだが、実はない(笑)。審査でよい数値が出なくても、ちゃんと認定された例がある。まあ、これだけ金取って、落選させたら訴えられるよな。言い換えると、金で買えるのよ。

2009/01/06

ビニールハウスで木材乾燥

先日のブログに、新年早々、パソコンのプリンターが故障したと書いた。

正確には故障ではなく、廃インクタンクが満杯になっただけで、吸収パットを交換するだけでよいはずだった。ところが今日来た回答は、「新しい機種のプリンターと交換します」。

機種が古くて部品がないのか? そうではなかった。その機種は、元から吸収パットの交換だけでなくどんな故障の修理にも応じず、新製品と交換する方式だというのだ。メーカーが、そう決めているのだという。ようするに修理に手間をかけるより、新品を使わせた方が安くつくというわけだ。まさに使い捨ての思想
しかし、機械は壊れていないのに捨てるわけだ。しかも機種が変わればインクの形式も変わるから、ストックしていたインク(実は年末に大量に買い込んだ)も無駄になる。

ムカムカした。なんという経営方針か。

このメーカーは、キャノンである。そのことに気が回ると、いよいよムカムカした。キャノンの御手洗会長は経団連の会長であるにも関わらず、真っ先に派遣切りをした会社ではないか。……そうか、人をモノ扱いして使い捨てした会社か。自社製品を修理するよりも、新品を配ればいいという考えができるのは、モノに対する愛着はなく、元から使い捨て体質なんだろう。

腹が立って、交換をキャンセルした。見積り料2100円はもどってこないという。その点でも腹が立ったが、二度とキャノンの製品は買うまいと心に決めた。
ついでに言えば、トヨタの車も買うまい。業界のトップとか財界を気取りながら、日本経済や社会的使命よりも、自社の利益を優先した会社の商品はボイコットしたい。

……と、なかなか本題に入らないが、和歌山県の林業試験場が農業用ビニールハウスで製材品の乾燥をできないか実験をするというニュースがある。(紀伊民報)

http://www.agara.co.jp/modules/dailynews/article.php?storyid=159746
「県内には人工乾燥施設を持たない小規模の製材所が多いため、
乾燥時間を短縮して経営の効率化を図る。近年、県内各地で使わ
れていないビニールハウスが目立つようになり、雨や湿気を避ける
簡易な施設として着目した。ビニールハウスの再利用にもつながる。」

これを読んで、あれ? と感じた。なぜなら、昨秋、栃木県の製材大手「トーセン」を訪ねた時に、ビニールハウスの製材保管倉庫を見たからだ。聞くと、何も乾燥のためではなく、単に買収した土地にあったビニールハウスを有効利用しているらしい。ほかにも元靴工場を再利用してフィンガージョイント工場にしていた。
こうした再利用施設は、減価償却が終わっているから、金利もかからず、非常に財務体質がよい。そして、元の施設の雇用も守っている。地元の製材工場と連携することで、自らの生産規模を高める手法だ。しかも工場が分散しているから、原木の輸送コストも削減できるという。

ほかの製材大手が、新生産システムとやらの林野庁の補助金をジャブジャブ使って新工場を建てているのと大きな違いを感じた。たしかに新工場・新設備を入れれば見かけの生産性は上がるだろう。だが、本当にそれが経営的に有利なのか、そして地域経済に寄与しているのかというと疑問がある。新生産システムが稼働した地域は、地元の中小製材所がどんどん潰れて地盤沈下を続けている。大手だけが生き残る施策だ。

資源とか経済を考える場合、目先の利益を追うと、必ずマクロでゆがみが出る。キャノンはどうかな。

2009/01/05

富山和子「水の文化史」

年末-正月と読んだ本は、「水の文化史」(富山和子・著)である。

今更紹介するのも恥ずかしくなるような名著であり、しかも初版は1980年。ほとんど30年前の本だ。それを、これまで読んでいなかったのだから私が恥ずかしいのだが、とにかく手に取る機会があったので、正月の合間に読んだ。書評というより、圧倒される内容を紹介したい。

副題に「四つの川の物語」とあるように、淀川・利根川、木曾川、筑後川の4つの河川を取り上げているが、内容はもっと広範囲だ。
たとえば淀川の章は、上流の琵琶湖から日本海へと遡り、それは北陸-東北へとたどったかと思えば最上川を通じて内陸部に至る。利根川の章に至っては、治水論の展開からイタリアのバイオレント・ダムの悲劇へと移り、洪水論が展開される。木曾川はもちろん、木材の川であり、そこからカモシカ保護論争、鳥取砂丘の話まで飛火しながら、山の民の文化へ、と広がる。そして江戸時代の地方自治と比べて、明治の圧政が引き起こした現代社会の矛盾を突くのである。

全章を通して、平地の都会の論理を糾弾している。水と土と森の関連と、山の営みとしての林業、そして山村が守ってきた国土を描く。その舌鋒の鋭さは只事ではない。

執筆は30年前というのに、読んでいてまったく古びていないのに驚いた。せいぜい、林業従事者は18万人しかいない、と嘆いているが、今や5万人を切っていることに時代の流れを感じて、はるかに深刻化している現代に思いを馳せる。

私は、近年発行の森林関係の本を読むと、つい突っ込みどころを探してしまう癖があるが(^^;)、この本に突っ込むところはほとんどない。

富山和子さんの著作、改めて目を通す必要性を感じた。

2009/01/04

謹賀新年、だけど……

2009年になった。

謹賀新年、とめでたくスタート切りたいところだけど、どうもいかん。

元旦の朝に新しいシャツを出して着ようとするとサイズ間違いで買っていたり、夜には室内の電球が次々と切れたり、娘が忘れて風呂を沸かしたので1日の垢をさっそく落としたり……。年末大掃除にするようなことを新年にやっている。
また急にテレビの映りが悪くなった。暗くて色が出にくくなる。ほとんど見えないシーンもある。寿命だったら買い換える必要があるだろう。当然、地上波デジタルに液晶テレビ……という選択が浮かぶが、これまでビデオ内蔵型だったので、一緒にビデオやDVDレコーダーも買う必要もありそうで、するとブルーレイやらHDD内蔵なんて機種も頭の中に並ぶが、セットにすると馬鹿高くなるじゃないか、なんてことを考えていると、今日はパソコンのプリンターが壊れてしまった(>_<)。あわてて修理に出したが2~3週間かかるというから、もう年賀状の刷り増しはできない。いや、仕事先に送る書類もあるから今すぐ必要なのだが。どうしよう。

そもそも年末よりインターネットがつながりにくくなっていてメールもネット検索も止まってしまい、仕事をするのにイライラする。これはサーバーの問題か。おかげでブログの更新等もしにくい。

こんな調子だから、どうしても幸先よい出だしとは言い難いのである。世間の荒波に比べたらたいしたことない、と慰めたいところだが、しょっぱなから凹む。一年の計は元旦にあったら、もー大変だよ。

少しは景気のよいことも書こう。

今年は最低でも2冊本を出す予定である。

まず3月。テーマは、昨年さんざん森歩きをしてきた成果としての「森林療法」である。写真たっぷりで紀行文も含む、私にとっては珍しい形態の本とある予定。
森林セラピーはちょっと胡散臭い、とこのブログで書きつらねてきたのに、本を出してよいのか(笑)と思わぬでもない。
そして、もう一冊は夏ごろには出したいと思っているのだが、こちらはゴルフ場がテーマ。これまたゴルフをしない私が書いていいのか(笑)と自分で突っ込みたい。

いずれも林業とは関係のない内容という点が、私の著作としては珍しいかもしれない。
一方で、ガチガチ林業に関したテーマや、大上段に田舎論、地域づくり論に切り込む構想もあるのだが、それはまだ発表する段階ではないだろう。

ともあれ、なんだかんだと愚痴を言いつつもコツコツ仕上げていきたい。今後、大乱世が来るかもしれないが、こういうとき生き残るには、自らの筋を曲げない、忘れないことだと思う。

ちなみに初詣の御神籤は、「吉」であった(^o^)。

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森と林業と田舎