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2009年2月

2009/02/28

森林のCO2吸収量は減る

CO2削減に、森林の果たす役割は大きいとされている。

日本の場合は、京都議定書の削減義務である6%のうち、3,8%を整備された森林に担ってもらう魂胆だ。その実現のために、現在莫大な予算を付けてしゃにむに間伐を推進しているわけだが、面白い推計が出ていた。

CO2削減の中期目標検討委員会で、天野正博・早稲田大学大学院教授が出した資料なのだが、今後、植林木が老齢化していくと、CO2吸収量が減少していくというのだ。すると、2020年には、現在と同じ整備状況でも2,9%にしかならないという。
京都議定書は12年までだが、その後の削減目標の中で森林への依存率は落とさなくてはならないだろう。

今でも、森林による3,8%確保は難しいのだから、言っても詮ないが、どうしても森林に頼ろうとすると、しゃにむに間伐範囲を広げる必要がある。それには莫大な設備投資が必要だし、労働力も足りない。そもそも需要を生み出さないと、切り捨て間伐の横行となるだろう。

考えてみれば、スギやヒノキなどは、樹齢60年を越せば生長量は落ちる。樹勢はまだ十分だろうが、あまり大きくならない(有機物生産量が増えない)。また幹など光合成に関わらない部分の肥大化によって、呼吸量の増大も考えられる。

それに、現在の林業の方向は、長伐期に移行させることを狙っているが、これも地球温暖化対策の面から見ると、マイナスだ。木は生長量の高い若年のうち(60年以下)で伐採して新たに植林するのが望ましい。苗木の生長がもっとも早いからだ。つまり短中伐期の方が適している。

以前から長伐期指向はおかしいと指摘してきたが、ここでも矛盾が出てきた。高林齢の森は、ある意味極相に近いが、そうした森はCO2の排出量と吸収量が拮抗して、見かけ上はゼロになる。つまり吸収源にはならない。

さて、どうする?

2009/02/27

カーネーションの父

2009年は、日本でカーネーションの生産が始まって100周年である。そして「カーネーションの父」と呼ばれているのが、土倉龍治郎である。

そう、名前から想像がつくとおり、土倉庄三郎翁の息子(次男)である。

今日は少し趣を変えて、カーネーション創世時代のご紹介。

1909年、アメリカ・シアトル在住の澤田氏が帰国の際にカーネーションを持ち帰り、東京に温室を建てて栽培し始めた。だが、栽培方法がわからず、生産も軌道に乗らないまま病没する。その後を引き継いだのが、土倉龍治郎だった。

彼は、台湾に渡り1万町歩の土地で林業を進め、また台湾で初めての水力発電所を建設するなど活躍するが、本家の傾きにより、すべての事業を三井家に譲渡して金を本家に差し出す。そして帰国後は東京に居を構えて、目黒に温室を建設、カーネーション栽培に乗り出すのである。

種子は、あらためてニューヨークの会社から取り寄せるほか、シアトルにいた弟・四郎から送ってもらったり、駐米大使の夫人となっていた妹・政子の手で輸入したりしたようだ。

その後、苦労して栽培方法を確立し、その技術を秘匿することなくオープンにした。それがカーネーション栽培の拡大につながるのである。また品種改良にも取り組んでいる。大規模な温室を経営してカーネーション生産を事業として成功させる。龍治郎の後半生は、こうして花卉産業に活路を見出し、それなりの成果を上げたのだ。

その後目黒の土地も、川上村の土倉本家に差し出す形となり川崎に移るが、1931年には大日本カーネーション協会を設立する。また「カーネーションの研究」という名著も記した。林業でくじかれた壮途を、可憐な花で取り返した、不思議な人生を歩んだのだ。
そして1938年に亡くなるが、その際には「カーネーション葬」でおくられたという。

ちなみに台湾では、「水力発電の父」として業績に光が当てられているし、帰国後もカルピス誕生にも手を貸すなど多方面に活躍するが、これまでカーネーション界では、謎の人物だったらしい。

実は、カーネーション生産100周年の記念誌を作るために尽力されていた方が、土倉龍治郎を調べている過程で、拙ブログに行き着いたそうだ。そして山林王・土倉庄三郎の次男であることがわかり、さらに存命の龍治郎の子孫とも出会うこととなった。末子の正雄氏は、記念式典に出席し、感謝状を受け取り挨拶したと聞く。正雄氏は、庄三郎翁よりも、父・龍治郎への思いが強かっただけに、感無量であっただろう。

そして私の手元にも、丹精した立派な記念誌が届いた。多少とも、龍治郎の名が世に残ることになったのは喜ばしい。

2009/02/26

朝日新聞・森のCO2記事

関西地方では、昨日の朝日新聞夕刊・環境面に、「森のCO2吸収量を資金に」という記事が、わりと大きく載っていた。

カーボンオフセットのための吸収体として森林を捉える考え方を紹介しているのだが、その舞台が、北海道の下川町。ここは、国の環境モデル都市に選ばれ、木質バイオマスボイラーの導入も決まっている。

Img015                                                      

                                                 

……実は、この話を、先週の北海道で聞いていた。そして裏話も(^^;)。う~ん、ここに書かれているほどきれいな展開ではないなあ。なんだか上からの発想で、導入した施設の維持管理が大変そうだ。地元でも不安視する声があった。

ただ、記事に添えられている写真と同じ光景を私も見てきた。

6                                               

こちらが私の撮った写真。                          

                                               

記事には、先にブログに掲載したフォレストック認証制度のことらしい制度にも触れている。また国(環境省)の始めた制度も紹介する。こちらも、そんなにきれいごとではないなあ。

私自身は、カーボンオフセットの考え方自体を胡散臭く感じてしまう。だいたいバイオマスと言ったって、それを木材として使うから意味があるので、いきなり燃料にしたり、間伐すればカウントするというのは乱暴だ。オマケに、森林のCO2吸収量は、今後減る可能性が高い。この点は、そのうちちゃんと考えようと思っている。

しかし、始まってしまったのだから仕方がない。今後の進展を見守ろう。

2009/02/24

北海道でタダ箸

北海道で足止めを食らっている日だっただろうか、夜見ていたテレビのニュースに目が行った。

「道産材割り箸がタダ」

ニュースは、北海道産のトドマツで作った天削げ割り箸を、ただで提供しているというのだ。

なになに? おお、これは昨年夏に訪れた留辺蘂のホクト製箸さんではないか。

3 昨年会った人や製箸現場の様子が放送される。

あわてて、写真を撮る。

なぜ、割り箸をただで配らなくてはならないのか。……と思っていたら、何も損失覚悟の提供ではなかった。割り箸に直接印刷する技術を採用して、それにより広告を掲載したのだ。だから飲食店にはタダで提供できる。そして、消費者もタダで使えるようにしたというもの。

つまり、アド箸である。それも、箸袋ではなく、箸そのものに書き込むのだから、効果は大きいのではないか。おかげで、広告代が入るというわけだ。また広告主も、国産割り箸を使っていることでアピールできる。

何もタダにせず、中国製の割り箸より少し安い程度の価格を設定すればよいのになあ。それでも利益が出るのなら結構なことだ。

……もっとも、実は私は、このことを初めて知ったわけではない。そもそも昨夏に訪問した際に、割り箸に直接印刷する例を見せてもらっている。いや、見本をもらっている(^-^)。

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これは見本だから、書き込んであるのは広告ではなく標語? みたいなものだが、その際にも「箸に印字」計画を聞かせてもらっていた。それがいよいよ実現したわけだ。当時は、広告を載せるのではなく、デザイン感覚で付加価値を付けるような話だったけど、それがアド箸と進化したのだろう。

これって、北海道のローカルニュースで終わらせるのはもったいない。いろいろなところに応用が効くはずだ。

箸袋入りの割り箸は、多少高めになるが、裸箸でもアド箸になるのなら、より広告効果を活かせる。消費者も、デザインによっては捨てずに持ち帰る客も出るかもしれない。いっそコレクターを生み出せるほどデザインにこだわったらどうだ?……と次々とアイデアが出る。

どうです? 採用したいと思うところはありませんか。

2009/02/23

あさひやま動物園の真実

そもそも北海道に、なぜ行ったのか。

それは「あさひやま動物園」でペンギンが見たかったから! (~_~)\(-_-メ;)ウソデス

今やあさひやま動物園といえば、上野動物園を抜いて日本一の動物園とされ、映画にまでなった動物園だけでなく地域再生のシンボル。地域づくりの事例としても注目されている。なにしろ、この動物園に行くツアーが企画されて、全国、いや海外からも人を呼び集めているのだ。おかげでテレビに雑誌に多く取り上げられ、すでにどんな動物がどのように展示されているか知ってしまっている。
実は、私は今ほど騒がれる前に某雑誌に企画を出したのだが、ボツになった。編集者の見る目がなかったと今なら断言できる(^^ゞが、だから今回が初めての訪問だ。

さて、訪れたあさひやま動物園は、いかなるものであったか?

それが……最初に門の前に立って思ったのが……「しょぼっ!」

そう、小さかったのだ。そして入ってからも、意外なほどフツー。そんなにきれいでもなければ、目を見張る造りをしているわけでもない。有名な海を飛ぶ(泳ぐ)ペンギンを見るチューブ状通路も、5mもないかなあ。水槽も傷だらけで汚れてるし。展示説明版も手書き。

それでも、見ていて飽きない。ライオン、トラ、黒ヒョウ、オオカミにエゾジカ、オランウータン、チンパンジー……そして白クマにアザラシ。じゅんじゅんに回るが、一つ一つは、立派な施設でもない。だが、徐々に仕掛けがわかってきた。

見学者にすっと寄ってきた飼育員が、さりげなく生態を説明する。そして隠し事をするように
「ペンギンの散歩見た? あれ、見学者が多くて見づらいでしょう。実は、別の時間にもっと近くで見られるポイントがあるんだ。しかも、一緒に歩けるよ」

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私にではなく、若い女性に言うのが本当ぽい(笑)。

実際、その時間に聞いた現場に行くと、

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おお、人気がないところをペンギンが歩きだした!

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まっ、すぐに人がたかりだしたが。

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それでも、これくらい近くで見られる。

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最後は、こんな感じ。

またオランウータンのコーナーには、こんな展示があった。

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ようするに研修生の体験談の発表。なんだか小中学校の作文みたいである(^^;)。ほかにも、一生懸命さを伝える仕掛けがある。それは、足りない設備を補うために、必死で頭を絞った結果だろう。そして動物好きには伝わるポイントを押さえている。

おそらく、現在観光バスを連ねて訪れる客の中には、大アトラクションが見られると思っていて、がっかりして帰る人もいるのではないか。「えらく人気だと聞いてやってきたのに、この程度かよ」と思っている人は少なくないはずだ。ただし、そうした人は、実は動物に興味がないのであり、単なるハヤリモノに手を出したがる人種である。(もっとも、そうした人は、内心がっかりしても、今どき人気の施設を見たことに価値を感じるから、案外喜んでいるのかもしれない。)

これは、案外高度な地域づくり戦略かもしれない。客を選ぶわけだから、いつまで現在の来園者数を保てるかわからない。それにスタッフの工夫次第、アイデア勝負だから、気を緩めると、すぐにぼろが出る。プレッシャーもあるだろう。
しかし、今目の前にある資源を最大限に活かすという点では、地に足のついた戦略だ。

同時に、ここを視察しても、アイデアの出せる人材がいないと上手くいかないという点でもシビアである。真似て水槽設置しただけではダメだよ。

2009/02/22

グランドホステス

結局、本日帰宅した。昨夜は、深夜に出た羽田行き臨時便にもぐり込むことに成功、しかし東京から先へは進めず一泊、翌朝帰り。千歳空港で泊らずに済んだというべきか、せっかくの貴重な経験(^^;)をしなかったと悔やむべきか。
延長初日は、まだ札幌を楽しむ余裕があったけど、さすがに2日目は疲れたよ。

その中で感心したのは、新千歳空港のグランドホステスだった。つまり地上職ね。グランドスタッフの中の、主に接客の女性たち。

なにしろ何百便もの欠航が起き、空港内には数千人の乗りそこねた乗客があふれたのだ。彼らに直接対応するのは、地上勤務の彼女らである。

私だけでも2時間並んだが、全体なら4時間以上、いやもっと長時間、手続きするために巨大な列を作っている。それらを立って一人一人さばく彼女らの表情は、常に笑顔で、ときに困った顔をしたり、心配そうに話しかける。焦る客の話に耳を傾け、要望に対していくつかのアイデアを出し、素早く処理する。その間にも指はキーボードを叩いて、振替便を探したり、払い戻し手続きを行う。ときに通常時なら規則で無理なことも、臨機応変に対応する(私もその一人)。そしてまったく疲れを見せないよう振る舞う様子に驚いてしまう。
カウンター外では、情報を常に放送したり、客の誘導や困っている人への声掛けをする。女性の航空職と言えば、キャビン(フライト)アテンダントばかりが注目されるが、グランドホステスにも非常時はあるのだ。

平常勤務の際には、単なるチェックインカウンターのオネエサンなのだが、こういう非常事態にこそ、真価が問われる。しかも2日続きだ。2日並んだ私も辛かったが、彼女らも2日間拘束された人はいるはずだ。
もちろん、欠航時の対応マニュアルがあって訓練も受けているのだろう。しかし、一人当たり百人以上の対応に、まったく笑顔を崩さない姿勢にはプロ根性が伝わってきた。並びながら彼女らを眺めていて、凄味とともに、色気さえ感じたよ(笑)。

ちなみに、羽田でも、同じことを感じた。2日前のチケットを出した私に、すぐ千歳の状況を察して言葉を掛けてくれる。そして、ようやく乗り込んだ飛行機の座席は……ファーストクラスだった。(チケットは、安価な早割なんだけど 笑)

次は、フライトの非常時に彼女らがどのように対応するか経験してみたい……って、それは危険すぎるか。

2009/02/21

本日も欠航

本日も欠航
札幌を楽しんで、さて今日こそ帰れるかと思いきや、なんと振替えた便まで欠航した。
二時間並んでできたのは、キャンセル待ちをかけることだけ。明日の便も満席だという。今晩は空港泊まりか?

北海道恐るべし。

※写真は、雪の北大。

2009/02/20

空港閉鎖

空港閉鎖
北海道から帰る時が来た。で、新千歳空港に着き、お土産見て、さあゲートへ行くと、大渋滞。何事かと思いきや、雪で空港が閉鎖されたという。
帰れない…。雪は明日も降るから、いつ飛ぶかわからない有り様だ。
さて、どうなる?
とりあえずホテル探し。北海道の日々は、まだ続くのであった。

2009/02/19

木遣り歌

木遣り歌
昔の北海道の原木搬出の再現。木遣り歌も聞けました。
やっている人は、85歳だというから、まいる。

2009/02/18

空飛ぶペンギン

空飛ぶペンギン
北海道へ空飛ぶペンギンを見に来ている。やっぱり鳥だったのね(*^^*)

さて、私が見たあさひやま動物園は、いかなるものだったか?

2009/02/17

フォレストック認定制度

フォレストック認定制度が生れた。

フォレストック? なんて訳せばいいんだろう。こんな不思議な名の認定制度を作ったのは、日本林業経営者協会だ。今のところニュースとしてしか流れていず、協会のちゃんとした発表資料がインターネット上では見つからなかった。だから詳細は不明である。

なんでもCO2吸収量と生物の多様性保全レベルが一定基準以上の森林を認証するのだそうだ。認定を受けると、CO2吸収量を1トン当たり年間1000円で企業や個人に販売できるという。
フォレストック認定は、

(1)持続的経営がなされている
(2)生物多様性の保存がなされている
(3)間伐材が活用され、化石燃料の代替機能を果たしている

の3項目を審査する。

日本林業経営者協会の会長は、速水亨氏だ。彼は日本で初めてFSCの森林認証制度を取った人だから、森林の認証について詳しいのはいうまでもない。その彼が、こうした制度を改めて作ったのは、どういう意図があるのだろうか。

FSCやSGECなど既存の森林認証は、森林とその施業が適切に行われているかが基準である。CO2吸収量を算定したりはしない。
高知県が、間伐材を代替燃料として、独自のカーボン・オフセット・クレジットを発行する新事業を行っているほか、アミタ株式会社が、アサヒビールの森をIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の指針に基づいて、CO2吸収量を算定・認証した例はあるが、制度としては日本初だろう。

もっとも、生物多様性保全レベルは、どのように判定するのか。ちゃんと現地の調査をするのだろうか。それなりの時間とコストがかかるように思うが……。

またCO2吸収量を販売するところは、「企業の森」の民間版かもしれない。普通、企業の森というのは、公有林など公的な森林に企業が金を出して保全するものだが、こちらは民有林を、ほかの企業か個人が金を出して守る……。金額的にはたいしたことないけど、構造的にはそうなる。
ちなみに同協会の会員が所有する森林は約70万ヘクタールある。その森が年間に吸収するCO2は、420万トンだ。それを売買できる対象にしたのが目的かもしれない。

続報を待ちたい。

2009/02/16

フィールドミュージアム

最近私が目にして気になるのは、フィールドミュージアムだ。森を歩こうとすると、そんな看板がかかっていることが多い。森全体をミュージアム(博物館)に見立てている。草木や池などを展示物として、自然を知ってもらおうという趣向だ。

建物の中に閉じ込めず、野外全域をそのままミュージアムへ!

こんな掛け声とともにフィールド・ミュージアムという概念が提供されて何年くらいたつだろうか。しかし……。

もともとは、野外の価値あるものを再発見するような意味合いがあり、いわば地元学に近かった。森林療法・セラピーと同じように、すでに目の前にあるものに価値づけする効果があった。

だが、かつて斬新だった発想も、最近では当たり前か、手垢が付いてきたように思う。

そもそもミュージアムを名乗っても、やっていることは、名所を説明する看板立てて、ルートマップなどのパンフレットを作ればオシマイだ。ようするに安上がりなのだ。金をかけずにミュージアム(博物館)を名乗れることに行政が乗っかっただけだ。

かくゆう私の住む町も、フィールドミュージアム構想を打ち立てているのだが、内容と言えば、市内各所の名所とか自然景観などを紹介しているだけ。説明板も通り一遍で、それを読んで訪ねようという気にはなかなかならない。

近頃は、本物の博物館でも、単なる展示では客が呼べないといろいろ工夫している。体験を重視し、展示物を手で触れるようにしたり、研究現場を公開している。あるいは研究そのものをストーリー仕立てで見せることをやっている。また動物園でも生態展示とか言い出した。
それなのにフィールドミュージアムには、何の工夫もない。

本来は野外を博物館にするはずなのに、野外を博物館と呼ぶ、だけの代物である。

見せる、体験させる、学ばせる……には、それなりのプロの感覚が必要ではないか。それが成功して、初めて旭山動物園のように人気を博すのである。

森を人気一杯の博物館にする方法をこれから考えてみたい。

2009/02/15

脱稿

本日、次期出版のゲラ再校を送り返した。かなり赤くなった。

これで、完全に著者である私の手を離れた。あとは編集者任せ。3月初旬に発行の予定である。

ここで先行告知しても、よいだろう。

出版は、角川SSコミュニケーションズの角川SSC新書。タイトルは、

『森を歩く ~森林セラピーへのいざない~

なんだか、私の本にしてはあまりにマトモで真っ直ぐなタイトルなので違和感がある(笑)。内容は、森を歩くと言ってもハイキングではなく、森林療法がテーマだ。

おいおい、中身や取材と執筆の裏話を記していきたいが、8カ月間、全国を歩いて書き上げただけに、完全脱稿となると、ホッとすると同時に疲れを感じる。この疲れをとるためには、森歩きをして森林療法を施す必要があるだろう(笑)。

とはいえ、のんびりもできない。明日が締め切りの原稿を、いましがた書き上げて送った。
こちらは3月に休刊する媒体の最後に掲載される巻頭言。テーマは、このブログでも何度も取り上げた「雇用と農林業」だ。ブログを書きながら、また皆さんのコメントを読みながら、論考を重ねたような原稿である。

もう一つ仕上げた仕事もある。これは、今週のもの。

ともあれ、長く引きずっていた仕事を、今日1日の間に次々に終わらせていくのは快感である(^o^)。

明日からは、別の本の執筆を始めるけどね……。

2009/02/14

花粉症の効用

またもや花粉症の季節である。今年は例年より早く、しかも花粉量はかなり多いらしい。きっと、世間では「杉憎し」の声が高まるだろう。

それに合わせて私も、何か花粉症について触れようと思うが、あまりネタはないなあ(^^;)。

そこで、「花粉症の効用」について考えてみた。

花粉症は現代病として登場したが、この世の出来事には何事も原因と結果が結びついていて、それぞれに意味がある。その点からは、私は花粉症もシグナルだと思っている。

では、何のシグナルなのか。

一つは、人体の変化だ。花粉症はアレルギーだが、今や日本人の3人に1人が罹患するという。数年前までは4人に1人だったから、あきらかに増えている。花粉の量が年々増えているわけではないから、これは人体に何らかの変異が起きている兆候かもしれない。
なぜ、無害な花粉に過敏に反応する人が増えているのか、もっと研究が進んでほしい。おそらく免疫系の機能に何らかの変化がおきているはずだ。それは、日本人にとって重要なシグナルになる可能性がある。言い換えると、花粉症が人体研究を進めるという効用になるのではないか。

次に、当たり前のようだが、日本国土にスギが多いということを示している。つまり、花粉症が注目されることによって、一般の人も国土に生えている樹木について知ることができた。ついでに林業に関する知識を身につけた人もいるかもしれない。スギを恨む人は多そうだが、いくらかは戦後の日本の林業の状況に理解を得た人が出てきただろう。

もう少し突っ込むと、戦前、そして戦後すぐの日本の山は、禿山だらけだった。それがスギやヒノキを植林することで緑豊かな森林が復活した。花粉症はその代償と見ることもできる。くしゃみしながら、日本の緑に思いを馳せてほしい。

もし、将来スギ花粉症が減ったら、スギ林の伐採が進んだことを意味して、またもや禿山の増加を示す指標になるかもしれない。そして水害や土砂崩れの心配が起きる。花粉症は、災害の危険を示すシグナルである。

そして、今や花粉症産業が誕生している。その経済効果はいかほどか知らないが、マスクなと花粉症グッズが売れ、花粉症対策の医療費が使われ、花粉症逃れの旅が増え……結構な金が動いている。いきなり花粉症がなくなると、それらの業界は仕事が失われる。

う~ん、これ以上書くと、花粉症患者の反発買うだろうな(^^;)。

2009/02/13

日本の農林業は理想的、かも

昨日、某氏と仕事繰りの話になった。

彼のところには仕事が殺到しているそうなのだが、そのための資金と、人材のやり繰りに苦労しているそうだ。依頼を全部受けたら、自分だけではやっていけなくなるから、他人に振らないといけない。しかし、信頼して任せられる人は少なく、そうでない人に任せると、後から何かと気を遣うし、フォローも必要となる。だったら仕事断って、少なくするか……。でも、一度断ると次から来なくなって、じり貧になるかもなあ……という贅沢な話である。

私自身が自営業だから、同じことを感じることもある。まあ、私が書くのが条件の仕事だから他人に振ることはできないが、以前は編集仕事もしていたから、デザイナーやカメラマン、印刷、そしてクライアントとの交渉ごともやらねばならなかった。それは、はっきり言って私には向いていない仕事だ。いや、できないわけではありませんよ。必要ならやるし、結構うまくやる自信もある。

が、楽しくないのである。自らの仕事で苦労するのは仕方ないし、それを産みの苦しみとして楽しむ余裕もあるが、他人のことに気遣いするのは楽しくない(^^;)。仮に儲かっても、そんな仕事するくらいなら規模を小さくしたい……と思って、今ではほとんど断っている。

あくまで、私は書く人、編集する人は別にいてほしい。写真も必要に応じて撮るが、出来に文句がつけられると、ちゃんとプロのカメラマン雇えよ! と毒づく。

で、日本の農林業である。

日本の農林業は、規模の集中が遅れていると言われている。林地も農地も面積が狭く、そのため効率が悪い、機械化が進まない、そして法人化によるビジネスがやりにくい……。

その通りである。世界的に見れば、林業は最低でも1000ha、できればその10倍から20倍ないとビジネスになりにくい。農地も日本の平均で1haいかなかったはず。世界の趨勢の一桁どころか二桁小さい。これをもって日本の農林業が遅れている理由とされる。仮に所有で規模の集中ができなくても、組合などに委託する形で規模を大きくしないといけない……。

だが、最近思うのだ。農業とか林業は、自分の手の届く範囲で行うのが理想的ではないか、と。大きくなれば、個人ではできず、雇用しなければならない。雇用のためには人事管理やら給与や保険など経理面に神経使わないといけなくなる。

それよりも、自分で何を作付けするか、技術はどうするか、収穫と販売をどうするか、目のと研ぐ範囲で考えられる自営の農業は仕事環境としては楽しいのではないか。林業も、自分で森林経営できる立場の人は少ないだろうが、一人親方的に、自分で仕事を請け負って現場をやり繰りするのは楽しそうである。

だから、大半が自営業である日本の農業や林業は、仕事の形態としては理想的かもしれない。何も大規模化の進む世界の趨勢に合わせる必要はない。それは人間性を磨耗させる職場になるだけかもしれない。規模の拡大は、グローバリズムと表裏一体で、画一化と弱肉強食を生み出す。

もちろん効率を考えたビジネスも必要だが、それは生産の現場ではなく、生産物を集荷して販売する時点で規模の拡大を図る方法はあるはずだ。それを得意とする人材もいるだろう。その方が多様な生産物と人材を活かせるのではないだろうか……。

とまあ、自分の仕事のスケールを、なかなか大きくできないことの言い訳として考えてみました(^0^*。

2009/02/12

世界最古の木

世知辛い話題ばかりではイヤになるから、たまたま見つけたこんなネタ。

世界最古の生きた樹木が、なんとスウェーデンで発見されたらしい。ドイツトウヒらしいのだが、なんと樹齢9550年だというのだ。

これまで世界最古、もっとも長寿齢の木と言えば、アメリカカリフォルニア州ホワイトマウンテンのブリスルコーン・パインだとされてきた。その樹齢は、約5100年。ただし、この木は枯れている。生きた樹木としては、この木の近くにあるメスーゼラと名付けられたブリストルコーンである。こちらで4600年くらいとされている。これらは年輪を計測して確認されている。

ところが、今回発見されたのは、ダラルナ州の標高910メートルの当たり。面白いのは、高さ4メートルの樹木のうち、地上部分は古くはなく、幹の部分の寿命は約600年だということだ。ところが根系は、9550年間にわたって成長してきたというのだ。これは根に対し、放射性炭素年代測定法で測定した結果わかったもの。

ようするに、幹の部分が枯れても、根から次の芽が出てまた成長したということ。これを一つの木の寿命と見るべきなのか疑問もある。そもそも研究チームは、スウェーデン国内のほかの古いトウヒも調べたところ、のきなみ樹齢は5000~6000年あったらしい。つまり、樹木の寿命が根本的に見直さねばならないわけだ。

だったら、日本の巨木も計測し直すと面白いかも。縄文杉の寿命も延びるかもしれない。あるいは北山杉のように台杉、つまり切り口から枝が出て生長する木も延びる可能性がある。

ともあれ、1万年に近い寿命を持つ生命体が存在したことはたしかのようだ。

2009/02/11

田舎で働き隊!の募集

何度も取り上げた農水省の「田舎で働き隊!」、早くも募集を始めていた。

先週末から今日も、説明会が東京や大阪で開かれたようだ。やけに早い。これも緊急雇用対策の一環だろうか。いや、募集側の仕事として(笑)。

ちょっと驚いたのは、現地研修会に参加すると、交通費などは支給されるのだという。3日~10日間の研修費用も、向こう持ち。至れり尽くせりだ。私もできるだけ遠い地域に申し込んで旅を楽しもうか。

一体何人がエントリーされるのかわからないが、あくまで研修であって、確実に田舎に移住する人ではない。研修受けて、「私には無理だ」と思えば、おしまいである。

税金つぎ込むんなら、絶対移住することを誓約させて、一定期間以内に離脱したら違約金を取るくらいの覚悟を持って田舎暮らしと就農させればよいのに。さもないと労働力として役に立たん。

1年働いて、その結果として「田舎の暮らしは無理だ」とか「農業や林業は向いていない」と気づいて辞めるなら仕方ないが、この制度だと、研修だけの食い逃げが出るよ。

私も、次の説明会覗いてみようかな……。

一応、説明会の案内、張り付けておく。

12009年2月8日(日) 14:00~ 東京都千代田区三番町28番地
アミタ株式会社 東京本社
22009年2月9日(月) 14:00~
32009年2月10日(火) 14:00~ 大阪府大阪市西区江戸堀1丁目9番地1号
アミタ株式会社 西日本営業所
42009年2月11日(祝) 14:00~
52009年2月26日(木) 14:00~ 東京都千代田区三番町28番地
アミタ株式会社 東京本社
62009年2月27日(金) 14:00~ 大阪府大阪市西区江戸堀1丁目9番地1号
アミタ株式会社 西日本営業所

2009/02/10

森林命名権

またもNHKネタなのだが、今度はニュース。

神奈川県が、森林のネーミングライツ、つまり命名権を企業や団体に与えて寄付を受け取る取組を始めるそうだ。いわば命名権ビジネス。これまで公共施設などで例があったが、それを森林に広げるわけである。

対象とするのは相模川や酒匂川上流などの7万haあまり。県有林のほか民有林もあるようだ。これらの森林の命名権を、10ha当たり5年間で300万円で売り出す。

とはいえ、森林だから名前など付けてもアピールしにくく目立たないと思うのだが、命名した森林の名前を県が作る地図に載せるという。また二酸化炭素吸収量の算定書を発行することで、企業イメージを高めるのに使ってもらおうという魂胆である。

全国初という言い方をしているが、企業の森はどこでも企業名を出しているから、ある意味ネーミングライツだろう。全体として、今流行りの「企業の森」「森林アダプト制度」をよりリアルにした印象があるが、さて、このご時世どれほどの応募があるか。ただ寄付といわずに、ビジネスとして発展させてもいいのではないか。命名権も森林資源である。

たとえば、1本1本の木の命名権を販売する。個人でも買えるようにするのだ。公園の木とか街路樹などに命名のプレートを1年間かけることができる。神社やお寺に寄付された鳥居や燈籠、そしてプレートが並ぶのと同じ感覚で。もしかしたら、結婚記念とかにも売り出せるかもしれない。ちなみに離婚したら、ひっそり外す(^^;)。

クリスマスにイルミネーション付ける権利とかもいいな。さらにバレンタインデー・チェコはもう古い、これからはバレンタイン・ツリーだ(^o^)なんて。立木トラストほど重くなくて軽いノリで売り買いできないかな。

そこそこ太い木なら、森林療法的な「私の木」を選んで買うことで、いつも心に巨木を描くことによって、ストレスを解消してもらう。

木1本だけではスケールが小さいと思うのなら、森全体も考えられる。

以前、私は森林の命名権ではなく、森林自体に広告を描く「アド森」案を出したが、これを発展させる。森林の会員権を販売するのはどうだろう。会員制の森だ。会員にならないと、近づけないし入れない。この何十haかの森は「私の森だ」と主張する権利(^o^)。案外、山主気分になりたいと買う人は現れないか。企業の森ほど本格的な契約ではなくて、気軽に応募できる。

ある種のオーナー制度だが、所有権を譲るわけではない。命名権とかその木や森をいじる権利だけである。それも1年とかせいぜい5年の期限を付けることで、柔らかい取引にすることで裾野を広げられないか。

2009/02/09

道路拡幅の人間模様

現在、我が家のすぐ近くで、道路拡幅工事が行われている。

ここは、急坂でカーブがあり、そして幅は車が通れるかどうか、という幅しかない。歩行者がいるところに車が通ると、壁に張りつくことになる。そこで拡幅は、地域の悲願? だったのだが、昨年よりようやく動きだした。

昨年は、一部に車のすれ違える空間を作ったのだが、今年度は一部の家が敷地を提供して30メートルあまりの拡幅を行っている。来年度は、さらに別区域の拡幅が進むはずだ。

私のところは駐車場の一部が削られて狭くなる程度の影響がある。どうせ借家借地なので私がどうこういうことではないが、この工事を通じていろいろな人間模様が見られた。

まず通行に関しては、たしかに狭かったのだが、景観的にはカーブした坂の小路は絵になる。その点を惜しむ声がある。一方で、面した家々の中には、道が広がるのはよくても自分の土地を供出するのはいやだという人もいる。わずか70㎝でも削られるのはイヤなのだろう。また、町内の人間関係も響いていて、推進派と仲が悪い人は反対する……なんてことになる。

また自然石の塀が飛び出しているので引っ込めるように交渉したところ、親はOKを出したのだが、地域社会と交わらない息子が断固拒否、なんて家庭もある。

一方で、別区画での拡幅の際に、石垣を取り壊して拡幅を願い出たところ、拒否されたので自治会がその顛末? を広報に流していざこざになった事件もあった。

私も自治会役員をしたことがあるから、それなりに双方の事情は読めるのだが、結構ドロドロしている(^^;)。案外、田舎社会では、こんな賛否は出ないかもしれない。内心はともかく、地域の公的意識が強いからである。

2009/02/08

モンゴルのマイ箸

なんだか、仕事がたて込み、しかもやり直しが多くて、ヘトヘト……。

疲れモードなので、久しぶりにお箸の話題。

以下の写真は、徳島県鳴門市にある鳥居記念博物館で見かけた展示。鳥居龍蔵は、明治時代の世界を股に掛けた考古学者であり民俗学者。もっとも私は、偉大な探検家だと思っている。なにしろ、あの時代に世界各国で発掘調査や文化人類学調査を行っているのだから。

で、写真は、モンゴルのお箸である。友人にプレゼントしたものが、博物館を作る際に寄贈さたらしい。象牙?の箸と小刀がセットになっている、いわばマイ箸だ。小刀は、やはり肉を食べるためだろうか。こんなマイ箸なら、持ってみたいね。

7

2009/02/07

NHK関西・大橋慶三郎の「山の声を聞け」

昨夜は、予告どおり、テレビはNHKのかんさい特集「山の声を聞け~林業再生にかける80歳」、つまり大橋慶三郎の番組があるのだが……裏番組で「劇場版ドラえもん 緑の巨人伝」があった。どちらを優先するか?

思わず「ドラえもん」を見てしまった……(^o^)。

一応、森林破壊をテーマにしてるのだが……それが、つまんないの。なんだかシュールな展開で、やたらメッセージを詰め込もうとしたのか中途半端な難しさと子供だまし的ストーリーでげんなり。映画のドラえもんは、それなりの評価をしていたこともあるのだが、もはや品質崩壊である。

口直しに録画した大橋慶三郎を見ようと思ったが、つい「隠し剣 鬼の爪」を見てしまい、さらに「探偵ナイトスクープ」を……(^o^)。

ようやく大橋さんにたどりつけたのは、深夜だった。

この番組、「プロフェッショナル」より林業をきっちり描いている。林道づくりの極意に関してはさわりだけだが、いかに山の状態を読むか、「山の声を聞く」ことが重要か、非常に丁寧に説明されていた。大橋さんの山に対する思いが伝わってくる。彼を囲む弟子たちがいて、その技術を広げようという意志が感じられて……素晴らしい。

が、やはり名人芸の世界なんだろうな。全国の林業現場で誰もが真似ることはできまい。なにより「山の声」に従った道だけでは、生産性などを考えたら無理が出るだろう。それに大橋さん、そして一番弟子として紹介された吉野の岡橋さんの山は、高級材生産を行っているから可能な面がある。

長伐期で、高い木を出せるから、きっちりした道を作れる。するとトラックで搬出も行えるから、フォワーダのような林内運搬車を使わずに済む。
しかし並材生産地では、こうした高品質な作業道を入れられない。だからフォワーダなどに頼る面もある。すると道は傷みやすくなる。

大橋式の道づくりを学んだ人が、自分なりに工夫してより安上がりに作る四万十方式と呼ばれる作業道を提唱した。だが大橋さんは、その道が大嫌いのようだ。四万十式を大橋さんより学んで作った、と報道されたら烈火のごとく怒って騒動になった話もある。
四万十式の道だって、これまでのいい加減な道と比べると、非常にしっかりしていると思う。また、四万十式も、各地に伝播してそれぞれ工夫を凝らした新たな道づくりの方法を生み出している。

私には、双方の違いがよくわからないんだけど(^^;)。なんだか感情的に争っているようにも見える。

また大橋さんは、列状間伐もお嫌いのようだ。
しかし、列状間伐を提唱したのは、大橋さんと並ぶ林業界のカリスマ? で、山の現場にこだわり続けた元・信州大学演習林教授の島崎洋路氏である。彼は、荒れる山をなんとか手入れする方法を考え、いろいろ実験した結果、列状間伐方式に行き着いたという。これなら技術のない人でも取り組めて、しかもコストや時間がかからず、多くの面積で間伐が進む……という思いからである。

ここに名人としての技術と、現実に向き合い妥協線を探った技術の相剋があるのだろうか。

技術的な優劣はともかく、現場現場に合わせた技術が必要であり、多様な林業技術を認める林業再生の試みがほしい。画一化こそ、林業のもっとも大きな敵ではなかろうか。

2009/02/06

研修事業は誰のため?

農業や林業のほか、福祉関係は人手不足である。そこで働く人を増やそうと考えられ、まず行われるのが研修だ。それぞれの仕事に就けるように税金で職業研修を受けさせる。

一見、よいことのように思うが、実態を見ているうちに、どうもおかしく感じてしまう。

とくに驚いたのは、外国人労働者の受入れだ。今話題になっているのは、インドネシアからの看護師、介護職だろう。

これが不思議、というより不可解なのだ。高収入という餌で日本に呼び寄せながら、日本人でも難しい介護福祉士の国家資格を取得しろと言って研修する。3年で取れなければ失格だそうだ。とはいえ、漢字まじりの日本語で書かれた問題を彼らに解かせるのは酷だ。大半(全員?)は合格できず、帰国を余儀なくさせられるだろう。最初から仕組んだように。なんだか、研修することだけが目的のように感じる。

ちなみに外国人の研修費は、税金だけでなく施設側からも徴収される。それらは、しっかりと厚生労働省のほか経済産業省と外務省の外郭団体に落ちる仕組みだ

一方で、日本人の雇用ができない理由である福祉現場の低い待遇と過酷な職場環境の改善の様子は見られない。派遣労働者よりも給与は低く、仕事は厳しい。失業者でも、その現場を見たら逃げ出すという……。これで人員不足を言ってもしらけるばかりだ。

さて、この構造は、林業現場にも進んでいることをご存じだろうか。今、盛んに林業研修が行われている。ところが内容を見ると首を傾げざるを得ない。たとえば重機のない林業現場の人を集めて、重機の扱い方を教える。で、研修後は捨て置く。森林プランの作り方を教えても、肝心の森林組合は森林プランを作る気はない……。ほかにも研修は受けても、現場で活かされない(活かせない)ケースが多い。

そして、林業現場にも、すでに外国人労働者が入ってきている。主に中国人らしいが、人数的にはかなり増えている。主に重機を扱っている。林業的な技術はないが、(本国より給与はいいから)仕事の意欲は高くて、使えるそうだ。日本人の給与より安いのに。

労働現場の改革はせずに、過酷な現場に合わせられる(合わせるしかない)外国人を導入するのは、おかしくないか。

本当に研修が必要なのは、トップの人間だろう。たとえば森林組合の幹部を集めて経営学を研修するとか、改革意識を洗脳することから始めたらよいと思う。そして労務の改善やコストダウンによる収益増を達成させたら、現場の人も働きやすくなって、自然と増えるのではなかろうか。
だが、そうした抜本的改革は手を付けようとしない。研修対象は、常に末端の現場の人々だ。教えやすいから? 反抗できないし(笑)。

研修事業は、研修を受けさせる側のために存在する……そんな気がしてきた。

2009/02/05

NHKに日吉町森林組合の湯浅勲氏

このプログで幾度も紹介している日吉町森林組合の湯浅勲参事が、NHKの番組「プロフェッショナル」で、取り上げられた。

森林プランの作成や機械化林業などで仕事を創出し、コストダウンで利益を出してきた立役者である。森林組合の業務のあり方を大きく変えて、森林再生に尽力している。
おかげで森林組合は視察が絶えず、こ林野庁もこのケースをモデルに全国で森林施業プランナーの養成まで行っている。

番組を見て感じたのは、彼の孤軍奮闘ぶり(^o^)。たしかに日吉町森林組合は全国トップレベルの内容を誇るが、そこに近づける森林組合は極めて少ないことを感じさせる。
彼は「全体の1割の森林組合が変われば、一気に変わりますよ」と言っていた(この言葉、別のところで聞いたな)が、その1割に達するのがいつになるやら。

まあ、「プロジェクトX」の後がま番組だけに、なかなか感動的に盛り上げる。ただ、私なりに引っかかった点もあった。

紹介された改革の具体的な点は、「森林組合の現場・作業班の待遇を常雇いにして、職員と一体化すること」であった。これが劇的な効果をもたらしたことを語りつつも、ほかの森林組合にはなかなか取り入れられない点を映し出していた。

日吉町森林組合が、作業班全員を常雇いにできたのには訳がある。組織的にも危機感があったが、何よりも資金的余裕があったことが大きい。当時、ダム工事に付随して大きな公共事業を請け負ったからだ。そのことを抜きに、ほかの組合も常雇いにしろ、と言っても厳しいだろう。つまり、特殊ケースを無理に普遍化させようしている。先に記した「成功事例は失敗の種」になってしまいかねない。

実は、数年前、私も某政党の勉強会で、「林業を建て直すなら、森林組合の労務体制の改革から」と主張した。システムをいじる前に、人の持ちベージョンが高くならないと機能しない。残念ながら聴者(議員)はあまりピンと来なかったようだ。
しかし、今や派遣や請負業務の問題点が指摘されているのだから、いっそ法律で完全出来高払い制とか日給雇用を禁止したらどうだ? 職員との待遇差別にもっと切り込んだ方がよい。

閑話休題。

もう一つ気になったのは、日吉町内の森林の7割は整備が終えたと語られたことだ。残り3割に尽力しているそうだが、早晩終わるだろう。とすると、その後どうする? 日吉町外に出て行くだろうな。周辺組合とバトルか始まるかも。 また2度目の間伐と、主伐も始まるだろう。
番組では森を守るために間伐をする、という論調一辺倒だが、そもそも林業は木材を得るために木を伐る産業であることを忘れている。その点を一般の人は誤解されそうだ。

またナレーションで、切り捨て間伐は天然の森を復元するため……という意味の説明をしていたが、とんでもない間違いだろう。だいたい針葉樹は萌芽更新しないよ。

ただ番組では、そんなに制度や林業技術の問題を取り上げていたわけではない。むしろ道づくりとか間伐に関する湯浅氏の智恵にクローズアップしている。つまり、湯浅氏を描くのが番組の趣旨であり、森林・林業問題は二次的だ。だから、湯浅氏は、プロというより日本の森を甦らせるカリスマ・リーダーとして扱われていた。

たとえば番組では、湯浅さんが、間伐の選木や道の設計などを指導している光景が描かれていた。これがヤラセでなければ、こうした指導はよいのか。現場の実務は、作業班レベルの長がするべきであって、参事が口出していいのかなあ、と感じた。改革は「現場に責任持たせること」と言っていたセリフとズレを生じる。命令系統を飛び越えて口を出すと、後継者(次世代リーダー)も育たないでしょ。
小さな組織では、経営の長と現場作業の長が重なることはままあるが、今や「森林組合のモデル」の長である。ましてやテレビでその姿を映せば、影響力が出る。

そもそも、組織の長がカリスマになってよいのだろうか

カリスマなんて、私のような仲間のいない一個人がなればよいのであって(~_~)\(-_-メ;)コラコラ 組織を率いる人間がなると、何かと副作用が出る。とくに部下は、カリスマには逆らえず、やがて組織が硬直する。

時折思うのだが、戦国武将の中で一番人気が織田信長。カリスマ性を備え、当時の常識を覆して改革を断行したことが理由だろう。しかし、信長の下で働きたいと思うだろうか。私はイヤです(笑)。いつもビクビクしなくてはならず疲れそうだもの。下手に反論したり使命を失敗したら、首切られる。

もちろん、湯浅さんは優しそうです(笑)。反対しても失敗しても首にはならないでしょう。

ただ、多様な形での日本の森の再生手法を許容される雰囲気がないと、またも画一的な森林再生モデルが、全国に喧伝されるだけだろう。

なお、近畿地方では、明後日6日のNHK番組・かんさい特集で「林道づくりの神様・大橋慶三郎」の番組があります。見られる人はお楽しみに。

2009/02/04

田舎物件バブル

2月3日は拙文、じゃない節分の日。

節分と言えば、鬼は外! の鬼追い行事。

鬼追いと言えば、鬼退治。

鬼退治と言えば、桃太郎。

桃太郎と言えば、きび団子。

きび団子と言えば、吉備の国。

……というわけで、岡山県に出かけてきました。そこで鬼ならぬ山の主に会ってきたのだけど、そこは田舎暮らしを求める人が集まっていた。田舎物件(土地、家、山林など)が売買されている。

すると何が起こるか。バブルである(^^;)。田舎物件の値段がつり上がっている。

会った人は、すでに広大な山林を買い取って「楽しい山暮らし」を続けているのだが、「うちの土地も買ってほしい」と持ちかけられるそうだ。そこそこよい土地だから、と乗り気になって、250万円で決着して、先日現金を持って契約しに行った。すると、

「ごめんな。ここ、500万円にしたわ」

いきなり2倍である。吹っ掛けるにもほどがある。もちろん決裂した。だが、こんな話がざらにある。700万円と言っていた土地と家を、別の都会もんに1800万円で売りつけたとか、30万円のはずの土地が1年後に90万円に上がっていたとか。

2倍3倍の値上がりなのだ。世界中の大不況真っ青の田舎物件バブル

もともと田舎の土地には値段がない。買う人もいないという前提だったから、捨て値が付けられていた。ところが、そんな土地を都会人が欲しがっていると気がついたのだろう。

どうやら政府も、農林業へ失業者を送り込むといを政策を打ち出した。今後、需要は増えるに違いない。イケイケドンドン、足元を見るというか、駆け引きというか、吹っ掛けるだけ吹っ掛ける。もはや契約とか約束とか信義なんてものはない。都会人からむしれるだけむしれ! が合言葉になっているらしい(^o^)。 いや、これは移住者側から見た話だけどね。

もちろん、高くなったと言っても、都会の不動産に比べると圧倒的に安い。だから都会人は騙されるのだろう。いや、本人たちが納得で買うのだから、騙されたのではなく、経理学的には適正価格か。宝石屋ブランド品と同じである。

結局、地主も、その土地で食っているわけではないから、売れなくても困らない。高く売れたら大儲け、売れなくても今のままだから損はない。そういう心理が働いているらしい。
買い取って移り住んだ人も、地元に溶け込めないケースが多い。辛くなって出て行く。おかげで土地は不在地主化する。それがまた出回る。かくして価格は乱高下する。

実は、私も約900坪の山林を80万円でどうだ、と誘われた。ほとんど平地で、近くに清流が流れていて、しかも周りに人家なし。上記のような都会人からの流れ土地だ。あまりの好条件で食指が動いた。

ただ、岡山だからなあ。鬼が棲んでいるからなあ……(~_~)\(-_-メ;)。

2009/02/02

「農林業に就職」のイメージ

相変わらず、農林業に雇用を求める声は大きくなるばかり。実際、新規就農相談の窓口には失業者や失業予備軍が殺到しているそうだ。

で、それに対してテレビのコメンテーターの発言。コラムニストという肩書のK谷誠彦である。

「派遣など製造業に働いていた人は、人間づきあいがうまくない人が多いから、自然相手にもくもくとやる農業などは向いている」(だいたいこんな感じかな?)

わはは、と思わず声を上げて笑ってしまった。何事も断定的なコメントをする男だが、得意分野でもないところで、こういった発言を断定的にすると逃げ場もなく恥ずかしい。農業はもくもくとやる仕事だと?
それで農業ができるわけない。いや、農村に住むことも厳しいだろう。

イメージは、アメリカの大農場で「もくもくと」働かされていたかつての黒人奴隷か、現代ならさしずめメキシコからの不法入国者か。朝から晩まで他人と口を聞かずに収穫作業とか?
ようするに「雇用の場」として雇われる農業者をイメージしているのだろうが、残念ながら(いや、幸いにも)日本の農業現場はそんな雇用は少ない。研修中でも、無口な人は付いていけないだろうし、独立を考えているのなら、農村社会に溶け込まないといけないのだ。
加えて、自然相手の仕事ゆえに、定期的な休みがなかったり、終身雇用も考えられない。あくまで研修だ。いつか自分で立たなくてはならない。

この点は、実際に新規就農、就林を考えている人々にも問題があるだろう。

「自然の中でのんびり、きままに仕事がしたい」
「人間関係に疲れたから、自然相手に働きたい」

どうも、農業自体をやりたいというわけでもなさそうだ。とりあえず逃げ込める職場か。

それでは、勤まりません。やっぱり派遣で切られる人間は、人生舐めてる、と揶揄されてしまう。実際、農業現場で働きだしても、数日で逃げ出す例も多いらしい。ネットカフェで何年も暮らすことはできたのに、農村では暮らせないのだろうか。

農業現場に求めるのは、やはり人間的な職場だが、そこに働く人も、ごく普通の仕事に対する感性と゛人間関係を築く気構えを持つことだろう。

2009/02/01

農林業系雑誌の廃刊

某農林系の媒体が3月一杯で廃刊するという案内が届いた。

これは大ショックである。

私が関わって廃刊・休刊になった雑誌などは数多くあり、私が書くと廃刊になるのか、とさえ思うほどだ(x_x)。だから、それ自体には驚かない。

が、今度はちょっと意味合いが違う。なぜなら、農林水産業の専門誌であり、とくに私には林業について専門的な記事を書かせてくれるほとんど唯一のメディアだったからだ。

たまに林業関連記事の依頼がある雑誌はあるが、どうしても万人向きにかみ砕いたり、また単発ゆえに微に入り細に入り書けない。その意味でも、この雑誌は貴重だったのだ。

たとえば、新生産システムのナンタラとか、製材のウンチクなんて、マニアックな分野でも、書かせてくれた。かといって業界誌ではないし、また論文誌でもない。長さも比較的自由だ。こんな媒体、ほかにない。これがなくなるということは、今後、私が林業の記事を発表するところがなくなるということだ。

これまで、どんな専門的、マニアックな林業関係の記事でも、最後はそこに書けるからと、取材することも多かったのに、今後はいくら取材しても発表舞台の心当たりがなくなると、取材自体がしにくくなるだろう。私も林業の最新情報から離れることになりかねない。

これも不況の煽りだろうか。世間は農林業に目が向いていると言っても、実態はこのとおりなのだよ。今後、どんどん世間は締めつけられていくだろうな。

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森と林業と田舎