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2009/08/14

「本当は恐ろしい江戸時代」の文献

一応、カテゴリーは「書評・反響」に分類したが、これは書評ではない。

だって、読んでないんだもの(~_~;)。

書店を覗いて、「本当は恐ろしい江戸時代」(八幡和郎著・ソフトバンク新書)を見かけた。

その帯だかに、「はげ山だらけだった江戸時代の日本」とかいう惹句があるので引きつけられた。世間は、江戸時代をエコロジーな社会と思っている人が多いが、実ははげ山が多くて自然災害が頻発した……ということは、拙著でも繰り返し触れている点だ。

そこでパラパラと捲ってみた。たしかに、江戸時代の山は、どこも木が少なく荒れていたことが書かれている。その点に異論はない。ただ、書き方がイヤらしい。
なんだか人の思い込みをあげつらうような文体で、いかに江戸時代がひどい時代だったかをネチネチと記しているのだ。

実際、ほかの項目でも、「餓死者が出ても平気な幕府」とか「斬り捨て御免は伝説ではない」「農民はほとんど旅ができなかった」「女性の地位がもっとも低かった」「地方は江戸の植民地」、そして江戸時代は、まるで現在の北朝鮮みたいな社会だった! とあおっている。

一つ一つは私の知っている点からも、間違いではないだろう。が、解釈として納得いかないところが多い。徳川幕府はそもそも中央集権国家ではなかったし、当時全国を一律に統治することは不可能なのだ。それを現在の感覚で断罪するのは無茶苦茶だ。むしろ、江戸時代の方が、融通が聞いて、自由度が高い例もいっぱいある。

それにしても……「はげ山」の項目に目を通すと、その証拠として「東海道五十三次」の図絵などを持ち出しているところが気になる。もしや、と最後の参考文献欄を見る。

やっぱり。『森林からのニッポン再生』が入っているではないか。拙著を参考文献に、この項目を書いたのは間違いないだろう。

なんだかなあ。こういう風に引用・参考されても、あまりうれしくないなあ。

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書評・反響」カテゴリの記事

コメント

わたしもその帯を見て本を手に取り、はげ山のところだけ立ち読みしました。他のところはスルーしました。引用文献をちゃんと書いているだけマシかも。

引用部分に間違いがなければ、文句つけにくいのが特徴ですね(^^;)。私も、情報だけは得つつも、論点を変えることはあります。

ああ、東海道53次の絵を見れば、禿山だとわかると教わったのも、太田猛彦東京農大教授からだったよ。他人のこと言えんな(@_@)。

元ネタは太田先生だったのですね。太田先生はその道の専門家ですからね。わたしも太田先生から戦前のはげ山の話を聞きました。

 部分的に違うところがある。松林や、草原、木が少ない状態は、江戸時代からあったのは確かだけど、禿山ができたのは、幕末から明治への移行で、一時的に自治の空白が出来て、それまで御用林など立ち入りが制限されていた場所の木を切ったり、焼畑をしたり等が横行したために、山が禿げ上がってしまったのが事実だと思う。
 それで、土砂災害などが頻発したので、明治政府が植林したり、木の伐採、草の刈り取りを禁止して森林の回復をした。
 明治の歴史を調べると、ここら辺の事情が良く分かる。

たしかに山がもっとも荒れたのは、明治初年時ですが、江戸時代から禿山だらけだったのは間違いないですよ。
当時の文献のほか、屏風や風景画に禿山風景が描かれています。そして土砂災害が頻発したのも、江戸時代から。各地で苦心の緑化政策が取られますが、功を奏したものはほとんどありません。

海や湖の堆積物を調べれば、大規模伐採がいつ頃から起こったか科学的に検証できる。
例えば以下

鈴木ら 2003
十勝地方の森林伐採・開墾に伴う河川環境の急激な変化(1)洪水氾濫堆積物
地形24(3), 336-337
http://ci.nii.ac.jp/naid/110001269602

上記のコメントは、その前にあったコメントを受けたものでしょうが、不愉快な表現(差別意識丸出し)だったので、削除しました。

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