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2009/10/02

宮崎駿「不便を忍んで……」

広島県の鞆ノ浦を埋め立てて橋をかける計画が、裁判所の判決で差し止めされた。主な理由は景観保全である。

ここは、宮崎駿が「崖の上のポニョ」の構想を練ったところとして知られ、それが埋め立て反対運動のシンボルにもなっていた。宮崎駿自身も反対運動に加担している。

だから判決後に宮崎駿がインタビューを受けた。そこで彼の発言が、これである。

「不便を忍んで生きるんですよ」

私は鞆ノ浦に行ったことはないし、その景色も知らない。同時に道が狭くて生活にどんな支障がきたすのかもよく知らない。また埋め立て計画を細部まで確認していないし、判決内容も新聞テレビで要旨をかじっただけだ。

だが、この発言はいただけない。これだけはよそ者が言っちゃいけない言葉ではないか。

不便を忍んで生活するのは、宮崎氏自身ではなく、住民である。自分がそこに住んでいないのに「不便なままでいろ」とは、推進派の神経を逆なでするだろう。

今や宮崎氏は、アニメ製作者というよりは哲学者か仙人みたいになっているから、こうした高みからの発言がよく出るが、住民を真っ二つにした裁判の判決への発言としては、もう少し配慮しないとこじれさせる元だ。

そもそも「救急車も入らない」と嘆き、不便だから街を去る人が増え寂れているのに、今回の判決では、解決策は示されていない。景観を守りつつ、生活を改善する計画はないのか。
(余談ながら、テレビに映し出された街並は、そんなに美しく思えなかった。新建材の家も見えたし、電信柱も多いゴタゴタした風景だ。そこに渋滞する車が連なっている。)

この手の問題は、世間に多い。開発反対運動も、多くが地元の住民ではなく、外部者が行っている。外からたまに来て「ここはいいところですね」というのは簡単だが、他人事にしかならない。景観も、そこに住む人々が生活してきた歴史の中で作ってきたものだ。(鞆ノ浦の景観は、明らかに人工物によるものである。)

それを「渋滞なんか、どこでも起きている」とか「不便だから愛着がわく」とは、個人的に思うのは結構だが、公的に言っちゃいかんだろう。宮崎氏が所詮よそ者で、本気で地元のことを考えていないことを世間にさらしたことにしかならない。
彼の立場からできる本来の仕事は、和解の仲立ちをすることではないのか。

私自身も「よそ者」としては、本当に美しい景観の街だというなら、一度訪れてみたい。ただ、安易に「ここはいいところですね」とは口にすまい。

     

我が家の前の道も拡張工事が決まった。景観的には、生け垣と石垣に挟まれ細くてうねった急な坂道は美しかったのだが、車が1台通るのがギリギリで、人とすれ違えない状態である。だから拡張するのに反対はしない(個人的には、人がすれ違えず壁に張りつくのも好きだったが^^;)。 ただ失われる景観をいかに心の中に納めるかを考えている。

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地域・田舎暮らし」カテゴリの記事

コメント

おはようございます。
私も田中さんの言われる視点は大切だと思います。
しかし、この前のブログにも書かれていたように、マスコミは絵になる取材、言葉を流します。
したがって、ああなるのは避けがたいですね。

それが、宮崎監督だからますます絵になる訳ですし、地裁判決が画期的な色彩を帯びる訳です。
しかし、生活する住民からみれば頭に来るでしょう。
行政がもう少し知恵を絞り、景観を害さない町づくりを考えたかどうかではないでしょうか?
素人が考えても、いくつか提案できますが、やはりそこは建築や都市開発の専門家に相談してほしいものです。

開発が一概に悪くてだめだという時代では、もうありませんから。
是非、もう一度開発の仕方について再検討して住民の不満を解消してほしいものです。
という、とこれも外部のものの意見ということですから没ですか(笑)

推進・反対両者とも、アイデアを出しているのか気になるところです。

たとえば埋め立てせずに、海辺に木造の橋を延ばし道にしたら、現在の景色にマッチさせつつも新たな景観が生み出せないか。あるいは埋め立てた道の周囲に古い家を移築して江戸時代の街並みを再現する……突拍子もない案の中に、次の展開があるはずです。
絶対に今の景観のまま維持するという立場には立ちません。構法がどうだ、強度は保てるのか、そしてコストなども別の話。

外部者の役割はそうした智恵を出す点にあるのであって、対立する一方に加担することではないと思うのです。

私もそう思います。
マスコミは、きちんと問題点をまとめて新聞記事にすべきですが、推進派VS反対派というステレオタイプな構図でしか記事が書けないという点が問題ですね。
近年の新聞記者は、全体に情報収集力、情勢判断力、総合的な観点からの問題点の指摘が極めて弱まっている感じがします。要するに勉強していないと酷評されていますが、その傾向は、大新聞の記者が時々犯す、記事の盗用問題に端的に現れていますね。

マスコミ内部事情に詳しい田中さんは、このような日本のマスコミの弱点は、問題点はどこにあると思われますか?

今回の問題は、マスコミ以前ですが……。
マスコミの力量低下は、延々言われていることで。メソポタミアの遺跡の文書に「今どきの若い者は……」と書かれているのと同じくらい、年中批判されています(笑)。

ようは切磋琢磨するしかないんですね。その点からいうと、記者クラブ制度が諸悪の根源。民主党に政権交代しても、大新聞・テレビ局以外は官邸の記者会見に出られませんが、開放を邪魔しているのは記者クラブです。ギルドを作って競争相手を締め出すところから腐敗は始まる。

こんにちは
マスコミ報道ですと、反対派が、まるで開発そのものに反対しているような印象を持つかもしれませんが、そうではありません。
反対派は、山側にトンネルを掘って道路を造るという代替案を出しています。
救急車も通れないような集落を、そのままにして残せ、とは主張していないんです。

その案は知っています。町の中に道を、という声とは違う気がしますが、それも一案でしょうね。

いずれにしても、よそ者が不用意に一方につくのは要注意です。

埋め立てると世界遺産登録ができない(?)
なんてのがありましたが、環境利権に発展する可能性もありじゃないでしょうか?
過去には知床の天然林伐採問題。ナショナルトラストに世界遺産登録、かなりの金額が動いたらしいですが。
景観=国民の財産なら、別に”よそもの”でもいいのでは?
ま、林業やってるとこの手の環境やさんと
よくあいまみえるということです。怨み辛みはありませんが、なんか環境ゴロのほうが儲かりそうだwwwたまに、木を伐るのに街宣かけられるなんてのもありでしょう。ま、冗談じゃないよって感じですかね。

そんな極端なことはいいませんが(^^;)、とりあえず利害関係のないよそ者は、気をつけて発言しようね、ということです。
仮にどちらかの側にシンパシーを感じても、過激に旗を振ると、地元の分裂を促進することにしかならないから。

元地元住民。
不便だし、出て行きました。鞆から数分の所に移りました。
今は賛否両論で地元ではその話題は・・・
地元では今までの付き合いは壊したくないし、親戚もいるとその人達には迷惑かけたくないのでしません。
他所の人に匿名でならいえます。
反対と大きな声で言える人はそういうしがらみの無い人が多いのでは?と思えます。
地元では反対の意見が少ないので環境保護団体や観光客の人に署名をお願いしているようです。
宮崎監督も反対代表の方の紹介で鞆を知りました。
世界遺跡にしたいから反対なのか、本当に架橋に反対だからその手段で世界遺産にと活動しているのかわかりませんが。
管理人の方は鞆には来た事がないと思います。最近は「景観守られた。万歳。」という人ばかりでうんざりしていした所でしたのでこの管理人さんは違うなあと少しうれしくなりました。
ここ鞆もよく調べてみるとマスコミの報道とは違うと感じる人も少なくないと思います。
反対の張り紙の隣の家は「架橋早期実現」の旗その隣の家は「反対」またその隣は「架橋早期実現」の旗。
びっくりしますよ。狭い町でこれは大変だと思います。
賛成の利権、反対の利権、本当に橋を架けてほしくない住民、どうにかして一刻も早く不便から出たい住民(20年以上待ってます。トンネル案は現実的ではないです)
こんがらがっているようです。
私個人は、この町並み景色は捨てがたいものがありますがそれより架橋してほしかった。
転居する前までは・・今は狭い道も使わないのでどっちでもいいです。
新聞やテレビってなんだかなあと感じていた元住民でした。
お邪魔しました。

なんだ、宮崎監督が鞆ノ浦に滞在したのも、反対派が誘致したんですか。しかも署名が観光客相手となると、しらけますね。
私も、よそ者として訪れたら、その景観に喜び、保存を願うかもしれません。でも、それは住民に対する想像力がないことを露呈する。

一度、訪れたくなりました。元鞆子さんに案内をお願いしたい(^o^)。

一度いらしてください。
景色のいい所です。魚もおいしいですよ。
きっと埋め立て反対したくなりますよ。
今日も地方のテレビですが「鞆の明と暗」というニュースをしていました。
司会者のコメントは「今すぐ出来る事。例えば電柱を地下に埋めるとか。」と仰ってました。
やっぱり県民でもわかってない「工事車輌があの狭い道に入ってこられるのか?車輌を止めておく土地もないんです。だから問題なんですけど。」とテレビの前で突っ込んでおりました。
今は観光客が敷地に入ったり勝手に日常生活をカメラに収め「いい所でした」とネットで報告したりしています。
朝から晩まで家の周りに知らない人たちが歩いているのは気持ちの良いものではないでしょう。
鍵もかけないし、道で会う人皆知り合いという土地でしたので、商売してない一般住民は迷惑だろうなと想像できます。
おまけに狭い道は益々不便になりで歩く事も出来なくなってます。
反対住民代表はnpoとかいう団体の代表(鞆でも便利で景色の良い所にすんでおられます。あの渋滞する狭い道を通らなくても市内に行け駐車場も近くバス停も近い所です)もしており「世界遺産へ登録」という目標を掲げています。
地元住民でも本当に架橋反対という方もいるという事ですが、その方々も「世界遺産」という事を思っておられるのかはわかりません。
「世界遺産」になったら鞆の景色は守られても、住民はどうなるのか?
私は錆びれて疲れたような鞆の街が好きでした。
今は景色は変わりませんがなんだか華やいでにぎやかです。
絶対にリゾート化してほしくない・・・と個人的に思ってます。
それから、この選挙区も政権交代で民主党の方が当選しました。「和田たかし」さんです。
この件についてのどう思っているのかマスコミは調べたりしないのでしょうか?
まあこの方も自分の事で一杯一杯なのかも知れません。

事態は、なかなか複雑なようですね。この裁判が話題になることで観光客が増え、それが住民の生活を脅かす……というのは悪循環そのものです。

観光化は、一面の経済的利益もありますが、街を変えてしまうから。

やっぱり、一度訪れないとわからないなあ。

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