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2010/01/17

阪神大震災と木材産業

今日は、1月17日。阪神淡路大震災15周年である。

この震災を身近に体験した人は、今もなにがしかの心の傷を抱えているように思う。ふとしたときに、感情がほとばしるような……。

さて、15日のシンポジウムは、6人の講師を迎え、さらにパネラーやコメンテーターとして2人が加わっているので、非常に盛りだくさんであった。が、そのために一人の講演持ち時間が25分しかなかった。パネルディスカッションも、かなり時間的にタイトな展開だった。

私は、少々オーバーしたって…と内心思っていたが、なんと「あと5分」「0分」というフリップを示されて、時間厳守を求められる(^^;)。

そのため早口になって、割愛した話題も少なくないのだが、そのうちの一つをここで紹介しておく。

それはシンポジウムから2日後、つまり阪神大震災に関わることだ。

震災発生時、私も翌日現地に入ったが、まさに瓦礫の街であった。そして、目にしたのは、木造住宅の倒壊である。

全壊住宅は、約10万5000棟という。そのうち木造住宅が何軒かは知らないが、実は、倒れた木造住宅には、特徴がある。戦後、昭和30年代から40年代に建てられた住宅が圧倒的に多いのだ。

戦前の住宅は、意外と倒れていない。そして50年代以降の外材を豊富に使った家も倒れていない。私が友人宅を訪ねると、なんとその町内全域が壊滅していた。が、唯一残っていた住宅が、友人のものだった。彼の家は、震災前年に建て直したツーバイフォー住宅なのである。まるで瓦礫の地平線が見えるかのような町内に、さん然と建っている彼の家の雄姿?は忘れられない。

だから、私は今も国産材住宅に不信感を残している。

シンポで私には「国産材が使われない理由」というお題をいただいたので、まず「国産材が売れた時代」を紹介した。そのころの(今も?)木材産業の阿漕なビジネスを…。
たとえば三寸五分角材という名の材が、三寸三部であり、それが三寸二部、三寸一分……と細くなっていく話である。もちろん材質も、乾燥もいい加減なものだった。
加えて、建築そのものも手抜き工事が少なくなかった。

そう、こうしたいい加減な木材によって建てられた当時の家が倒れたのだ。
阪神大震災が6000人を超える死傷者を出したことの責任の一端は、当時の木材産業の関係者にもあるのではないか、と思う。そのことを当事者は、自覚しているだろうか。

今、「安い外材に押されて……」などと、苦境を訴える資格があるのか。

ぜひ、自問していただきたい。

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コメント

地元住民として近隣の住宅の倒壊を見聞きしてきた経験を元に意見させてもらいます。

絶対数も戦後から40年代に建てた住宅が多かったと思いますので倒れた住宅もそれなりに比例しているのではないでしょうか?築年数の新しい新興住宅地は揺れが少なかった山向こうですし、揺れが集中して増幅しやすい地形であったかどうかでも変わります。同じ区内でも古い年代の地盤が出ている山の手と堆積地である浜手では揺れ幅が変わっているようですし、未知の断層の影響もありますね。
 それに、耐震基準が時代によって変わっていることも考慮しないといけないですね。(建て方で倒れやすい固有振動数というのも変わります。今回持っても別の揺れ幅では倒れる可能性もありえます。)

とはいえ、にわか大工の問題や柱が細くなっているなど建て方も問題がありそうだが、それにも増して住み方にも問題があることも倒壊した原因であるのではないでしょうか。
 昭和30年代頃の住宅は定期的にメンテナンスをすることが必要だったのではないでしょうか。(台風等で瓦がずれたりするし壁も土壁だし)
基礎に開いている換気口を家財道具などで塞ぎ湿気を溜めてしまい土台部分を腐らせた&シロアリにやられた。

 近所の家で多かったのは、直後は壁が傷み若干柱が傾いた状態だったのが1週間ぐらいかけて1階部分だけがつぶれて2階はそのまま残った二階建てが多かったですね。

戦前に建っていた家は基礎と土台を固定しなくて良かったので免震効果が高かった?
屋根も瓦がずれやすいので落ちて軽量化してくれるようですし。
屋根といえばツーバイフォーの屋根はアスファルトシングルなどの軽量の屋根なので瓦屋根と比べて軽かったので倒壊を免れたとも考えられます。
軸組み構造でもスレート屋根のアパートなどは助かったりしてます。
最近は釘で固定する瓦屋根が出ているので住宅の強度はより高くしておかないと倒れやすくなっていますね。

統計データの問題を言えば、一部損壊などは被害の少ない地域では屋根にブルーシートを被しているだけでも出やすかったようです。被害の多い地域では、判定が辛くなっていました。被災状況を判定する人によって変わりやすかったみたいですね。

ブログよりコメントのほうが長くなってしまったかな

統計的な検証はさておき、昭和30~40年代に建てられた住宅が、極めて脆弱…というより、欠陥住宅が多かったのは間違いないでしょう。
そして、ハウスメーカーが宣伝したように、パネル工法やツーバイフォー工法の家が、ほとんど倒れなかったのも事実。軸組工法が悪いというのではなく、使っている木材量が違うと思います。

ともあれ、自ら育てた木、そして加工した木が、この地震の際にどうなったか、山の人も知っておいた方がよい。

 記事とは関係ありませんが、仕事で調べものしていて林政ニュースを発行しているJ-FICのトップページを見て驚きました。ここでもリンクされている森田稲子さん、亡くなられたのですね。12月20日とのことなのでしばらく公表されなかったのでしょうか。田中さんとのペレット論争も記憶に新しく、ブログ記事やコメントに残っているのを見るとなんだか不思議な感じです。感情的でなく、謙虚で丁寧な受け答えが印象に残っています。ご冥福をお祈りしたいと思います。

私も、シンポの後に元林野庁長官から、なくなったらしいということを聞きました。
独り暮らしでしたから、もしかしたら死後すぐには発見されなかったのかもしれません。死因はわかりませんが、パーキンソン病を患っていました。会社の閉鎖・誌の廃刊されたことも影響しているのかと考えると、ちょっとショックです。

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