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2010/02/08

書評「強い者は生き残れない」、とトヨタ

山形までの往復の長い移動時間、とくに遅延した列車の中で読めた本が、これ。

強い者は生き残れない 環境から考える新しい進化論
          吉村仁・著 新潮社(新潮選書)1200円

これは、最新の知見による進化論の本である。これまでダーウィンの進化論は、「自然選択説」として世に知られてきた。それを援用して、強い者が生き残る、弱肉強食の世界観が描かれ、それが社会、経済学まで広がって、新自由主義とかグローバリズムの根幹思想になってきたように思う。

が、その世界観を見事に打ち崩してくれる。著者は、「従来の進化理論を否定するつもりは毛頭ない」としているが、ダーウィンの進化論を基礎とする現状の総合学説の一端を新たに展開して「環境変動説」を打ち立てた。

ここで詳しく解説する余裕はないが、大雑把に私流にまとめれば、自然選択説において欠けているのが環境の変動に対する論考である。(そもそもダーウィンの時代に環境という概念は存在しなかった。)

強者といえども、環境変動は受ける。そして強いだけでは地球規模の環境の変化には耐えられない。むしろ強さが邪魔になる。必要なのは、可能な限り最大最強になることではなく、強さをそこそこに抑えた対応であり、変化に対応できるものが生き残るということだ。

実は、まえがきに著者と同じメッセージをコメントしている人を紹介していた。なんと、トヨタ自動車の渡辺捷昭社長(2008年当時)だというのだ。

強いものが生き残るのではなく、環境変化に対応できたものだけが生き残るのだ

皮肉なことに、現在のトヨタは、世界中でリコールを行うことになり、しかも自慢のプリウスまでブレーキに問題があると伝えられたことを否定したため、バッシングを受けている。環境変化に対応できたと言えるだろうか。(余談ながら、山形の講演会場では、別のホールでトヨタの新車発表会が開かれていた。大雪と、前日の社長の陳謝会見のためか、客がほとんどいずガラガラだった。)

この環境変動説は、今後の社会情勢を占う上で非常に重要なファクターとなると思う。

この説によれば、新自由主義はバブル崩壊を引き起こすのは自明の理となる。どんな生物、社会、産業、企業、団体も、存続するには自身の強さではなく、環境変動への対応度が鍵となる。

そういえば、私は講演で「そこそこ論」をぶったのであった。里山を例に「そこそこ儲ける」システムでなければ、環境と経済は両立・持続できないということだ。生物多様性の確保にしろ、林業を初めとする産業界、森林ボランティアの市民団体にしろ、持続するには、そこそこをわきまえ、時代の変化に対応するフレキシブルさが要求される……。

この本を講演前に読み終えていたら、もっと論理的に訴えられたかもね。

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コメント

>強いものが生き残るのではなく、環境変化に対応できたものだけが生き残るのだ

これ,もとはIBMのルイス・ガースナーの言葉ですね.彼はDarwinの言葉として引いているのですが,実はDarwinの少なくとも著書にはこういう表現は確認できていないと読んだことがあります.

http://members.jcom.home.ne.jp/natrom/koizumi.html

もしかしたら講演や談話の中にあったのかもしれません.あるいは別人の創作かもしれません(*).が,いずれにしても含蓄のある言葉ですね.

* http://transact.seesaa.net/archives/20090321-1.html
によると,Darwin存命中にはすでにDarwinの言葉として広まっていたとのことなので,「後世」というのは正確ではないのですが.

なんと「確認」ボタンを押すと「名前」欄がクリアされるのでした! というわけで直前の投稿は私のものです.失礼しました.

文章で「あがたし」じゃないかなあ、と感じていました(笑)。

するとトヨタ社長の言葉は、パクリだったわけですね(^^;)。その言葉の元がダーウィンだったとすると、皮肉な循環です。(もちろん、著者は知っているのでしょうが。)

たしかにダーウィンの功績の大きなものは、「生物は変化する」ということを示したことなので、「変化への対応」という概念がすでにあったのかもしれません。

もっとも、私が本書で感じたのは、「環境への対応」そのものよりも、対応するためには「そこそこ」でなけれはならないということを、数学的に証明したことですが。

>これまでダーウィンの進化論は、「自然選択説」として世に知られてきた。それを援用して、強い者が生き残る、弱肉強食の世界観が描かれ

先程は無記名書き込み失礼しました.Darwinの自然選択説(natural selection)は確かに弱肉強食の世界観のベースとして「援用」されてきたのですけれど,実際には自然選択は原語からも分かるように(あるいはSpencerが作り出した用語「適者生存」の原語survival of the fittestからもわかるように)最も自然(環境)に適応したものが生き残るといった意味合いをもともと持っていました.Natural selectionを弱肉強食の世界観にただちに結びつけるのは,たいていは誤解なり先入観に基づくものでした(あるいは弱肉強食的世界観を都合がいいと思う人が敢えてねじ曲げて取り入れた).

ただ,その「自然」が激しく変動するという前提のとき,ある時期の自然に「完璧に」適応し最高の「適者」となっていた種は自然の変動に追随できなくなってしまうおそれがあるという考え(その本は未読ですがおそらくそういった意味合いのことが書いてあるのでしょう)がDarwin時代からはっきりとあったのかどうかはよくは知りません.

現実に地質時代には信じられないような環境の激変が起こっていたということはDarwin当時にすでに知られ始めていたはずなので,そういった考えがあってもおかしくはないのですが.

ところで「そこそこ儲ける」という言葉を最初に読んだのはたしか田中さんの著書だったような・・・NPOの標語だったはずですが,いかにも田中さんらしいと感心したものです.田中さんにおかれましては,「そこそこに」文章を書き続けて,長く活躍していただきたいものです.今後も期待しています.

この本には、こんなモデル?を示しています。

男は、背が高い方が女にモテる(繁殖力がある)。

ところが日本家屋は鴨居が低く、180㎝を越えると頭を打ちつけて死ぬ確率が高くなる。

だから身長180㎝の男群がもっとも強い(モテる)。

しかし、平均180㎝だと鴨居すれすれで、多少ともオーバーした個体は頭をぶつけて死ぬ。

偏差を考えると、平均身長170㎝くらいの男群がもっとも生き残る確率が高く、繁栄する。


私の身長は、170㎝である。「そこそこ」文章を書き続けて、決して人気作家になることもなく、女にたいしてモテることもなく、細く長く生きていきます。

なお初出は、NPO法人里山倶楽部の「好きなことして、そこそこ儲けて、よい里山をつくる」でした。


身長という形質がはたして遺伝するか,そして遺伝するとしても日本家屋の成立といった数百年のスケールで高身長個体群が淘汰の対象となるかは難しいところですね.いやこれは自分が180cmだから言うのではないですけれど(笑)

強引に話を戻しますと,自然の環境変動は地質学的年代の過去のみならず現代も起きています.自然林ですと19世紀の「小氷期」に成立した森林が20世紀以降の気候に追随できずもはや後継樹(稚樹)の芽生えが見込めない「化石化」状態でいまも存在しているという説があります.もちろん異論も多いのですけれど. このあたり人工林はどうなのでしょう.幕末の気候に合わせて植えられた林が実はいまの気候の下で「苦戦」しているという状況はあるのでしょうか.

こんばんは

身長に対して鴨居が低いというマイナス要素が有る場合、「鴨居を高くする」という環境改変をしちゃうってのは、禁じ手ですかねぇ。
もっとも、進化論としては「ニッチに生存環境を求める」事で、進化の幅を獲得していくのでしょうね。
しかし、身長と鴨居の例題は、昔どこかで読んだ気もするんですけど。
「プリウス」のブレーキ問題は、正に「最強」を目指した結果の、自己崩壊だと私は観ています。メカニカル・ブレーキですら、まともな官能性能を出せないのに、ABSに回生ブレーキまで盛り込んで、収集つかなくなっちゃった。

あがたしは、絶滅危惧種だったんですね(^^;)。

しかし人類は「環境改変」という手口で、環境の影響を少なくしたというのは事実です。これは本書にも書かれています。その環境の影響を緩和する手段としてあるのが「群生」であり「共生」である、と私は解釈しました。ただ「共生」は、個人には不利な面もあり、ときどき共生破りがでる。一人勝ちしたいような連中が……。

気候変動と森林の影響は、なかなか難しいですね。人工林も100年を越えると伐採しがちだし、樹勢の衰えは、老齢化か環境の影響かわかりにくい……。逆に温暖化が進んでいるとすると、生長がよくなる面もある。

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