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森と林業と動物の本

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2010/03/26

書評「奪われる日本の森」その3

なんで、これだけ貶している本の書評を一度ならず二度、三度と書くのか、我ながら不思議。結果的に応援しているみたい(~_~;)。案外、♡だったりして。

さて、やっぱり指摘しておきたいのは、この本のキーワードには「風・桶」とともに「国家主義」があることだろう。

繰り返し強調されるのは、国土が外資に買い占められることの恐怖だ。しかし、それの具体的な問題とは何だろう。
わざわざ第3章には「森が買われることの何が問題なのか」と章立てているのだが、内容は日本の土地所有制度の欠陥(土地収用ができない、権利移転はフリーで、資源の持ち出しも制限がない……)などの指摘ばかり。たしかに土地制度に法的な問題があることは私も感じている。また人々の意識の上でも、山林土地に対する認識が低いとは思う。

しかし、何が問題なのか、という点に明確に答えていない。それに土地収用は誰がするの?  どんな権利移転がいけないの? というところが具体的でない。

ようするに得たいのしれない人の手に渡すべきでない、というのが根幹だ。仮に日本人であっても、「得たいのしれない」人や企業には森林は買われたくないらしい。
この場合、「得たいのしれない」というのは、どうやら国家(指導層)から見て、のようだ。国家の決めた都市計画が進まないのは土地の私権が強いからだと嘆く。放棄地の公有化論も、国家(の優秀な指導者)に任せたら良くなるという前提なのだ。どうやら著者の平野氏は、国家と一体化した意識を持っているようである。

そして国家は善、という前提に立っている。

私には、自分の家が強制的に立ち退きを命じられても対抗手段のない社会の方が怖いのだが……。そもそも高い公的意識とはどんなものだろうか。いや、どんな意識が公的で高潔だと、誰が決めるのか。

さて、こうした思想を支えているのが、もう一人の著者、安田喜憲氏である。

安田氏と言えば、誰もが「環境考古学」を思い浮かべるだろう。環境学と民族学を融合させた壮大な文化論を構築したのだ。この論考には、私も惹かれたものである。

ところが本書で安田氏が書いているパートを読んで、ひっくり返るほど驚いた。

「日本の美しい自然、風土の力が、日本人の慈悲に満ちた優しい心をつくり上げたのである」との日本人賛美はまだいい。

しかしメソポタミアを発祥の地とする「畑作牧畜民族」の文明を、「大地の生き血を吸い尽くす吸血鬼の文明」「森を切り開き、水の循環系を破壊して大地を不毛のの砂漠に変えた」とする
さらに「畑作牧畜民は、森を破壊し無数の生命を奪い、最後には大地を生命のない砂漠に変えてきた」とののしり、「畑作牧畜民は人を信じ、自然を信じる心を失った」と断罪する。ここまで、言うか!

そして「自然を一方的に搾取し、欲望の暴走を止めることのできない」文明であり、「市場原理もまた畑作牧畜民が創造したルール」だとする。だから「市場原理主義の下、お金を手にした富裕層が日本の水源の森を買い占める」ことへの危機感を募らせる。

……正直、内容に関しては、かなり異論がある。とくに日本の森林がどのような変遷をたどったか、なぜ現在の日本の国土は緑に覆われているか、については「美しい日本人」論に与しない。しかし、そうした部分各所以上に、自然環境と民族論が一気に国家主義へと進む軌跡に虚を衝かれた気がした。意外や環境保全とか、自然文化論は、ナショナリズムに近いところに位置するのだ。

そもそも本書の成り立ちは、あとがきによると、安田氏が檄を飛ばし、東京財団が豊富な資金と人材を投入して調査したのが基礎となっているらしい。そしてマスコミに流された。なかでも反応したのが産経新聞などで、その後じわじわと世間に広がっている……という構造のようだ。

全体を通して、現代の日本社会へ大きな不安と不満を抱えていることが読み取れる。それはバブル崩壊後の経済危機による自信喪失と、小泉構造改革の生み出した格差社会への反発反動かのようだ。

奇妙な感覚に襲われるのは、著者らの主張が、国家主義的であると同時に原始共産制に近い過去の「優しい時代」を回顧し、それをよしとすることだ。単純化すると、右翼思想と左翼思想を行ったり来たりする。
たとえば土地の公有化という発想、あるいは中央集権的統制思想は、社会主義的でもある。いわば国家社会主義か。そういえば、戦前の中央ヨーロッパに国家社会主義政党があったなあ……。f(^x^)

そういえば、私の高校生時代の思想信条は、「右往左翼」と標榜していた。当時の流行り歌に載せて歌えば、「右かと思えば、またまた左、浮気な人ねえ~♪」である。本書の著者らも同じかもしれない(^^;)\(-_-メ;)

脱線した(x_x)。と、ともかく、本書は、そうした現代社会を写す思想的鏡として読んでも面白い。

「著者らの意図とは違った点で面白く読める」本のことをトンデモ本だと定義されているらしいが、その点からも、本書はトンデモ本かもしれない。

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コメント

書評も「その3」まで読んでしまいますと、この本を読みたい誘惑に負けてしまいそう・・・いや、実は負けました。

さっきアマゾンで注文してしまいましたもん。

読まずとも内容がだいたいわかったような。私は買いません。

じつは、この本よりも2年以上前に「中国人による森林買収」説を妄想してみたことがあります。ひとつの思考実験として、最近の「右翼ごっこマインド」に訴える力があるかなと思ってみたのですが、なにしろ裏がとれない。でも、酒の席のネタとして語ってみたら案外ウケが良かったのです。
私は暴走ついでに「北朝鮮」とか「ユダヤ」なんてキーワードまで走って見ましたが、酔った勢いだと盛り上がりました。
で、まちがっても公の場では語るまいと思ったわけです。そしたら、東京財団が30の提言で大々的にとりあげたり、こんな本が出たりということになり、あきれている次第。まさかあのときの酒宴を盗み聞きしてたわけではないでしょうが・・・・現代人の退屈を埋め合わせるに充分なネタではあるんですね。

まさか国家社会主義の政党が出てきたりはしないと思いますが、ネット世界では流行るかもしれません。これをきっかけに「2ちゃんねる」で林業ネタが盛んになればそれはそれでおもしろいかも。

ちなみに私自身は元「優しいサヨク」ですから、この話にはこれ以上のりません。


先に書いた通り、書評とは貶しても褒めても、その本の応援歌であるわけで……(^^;)。

実は私も3年くらい前に「中国人の山買い」の噂を聞いているのですが、その話をある林業家にすると、「いいじゃないか」でした。
「日本人が買おうとしない山を中国人が買ってくれるなら結構なこと。ちゃんと林業してくれたらいい」です。今より林業界は希望がなかった時期でした。

田中さんにここまで書かれると、逆に読みたくなります。トンデモ本ってのは、こうしてその著者の主張の是非とは無関係に売れていくものなんですね。
ところで、同じ山林売買として、日本熊森協会による大台町のトラスト成立というのも、なんだかウラがありそうな話です。
大台ではトヨタも買っているらしいですし、中国資本が狙っているという話もありで。
そもそも、国なり地方なりの「森林計画」がきちんとしていれば、誰の所有になっても問題なさそうなんですが、その「計画性」が、あるいは社会主義的という指摘もあるんでしょうね。
森林ジャーナリストとして、熊森トラストの真実を取材というのはどうでしょう。

トヨタの森林収得も、本書では俎上に上がっているのですよ。そこから中国資本が狙っていると発想が飛ぶ。楽山さんも、引っかかってる(笑)。

で、熊(♀)さんとは何の関係もない(と思う)日本熊森協会ですが、以前取材しています。まあ、キレた人々の集まりですねえ。でも、ツキノワグマを持ち出すことで、人々の共感を集めたのか、結構な規模なんですよ。財政的にも、どこからあんなに集まるのか……。

>そもそも高い公的意識とはどんなものだろうか。いや、どんな意識が公的で高潔だと、誰が決めるのか。

他人の土地に21haの照葉樹林を育成している私やボランティアの仲間が公的な意識を持っていて高潔な例です。従って、私が決めたら大体間違いはないかと思います。

安田氏も何だか遠くへ行ってしまったのですね。もう帰って来られないんだろうなあ。氏に言わせれば、朝青龍なんか吸血文明の申し子なんでしょうね。ダライラマはどうなんでしょう。

いやあ、誰が高潔か決める権限を持つのは、私のような人間じゃないかと、密かに思っているんです(^o^)。

みんな、我こそは、と立候補したらいいんじゃないかな。

>どんな意識が公的で高潔だと、誰が決めるのか。

水を差すようなコメントになってしまいますが…、ある時点でそれを決めることは可能だと思います。しかし、その高潔な「意識」というものが継続する保障というのはありませんわね。

個人・企業・行政・市民グループいずれにせよ、代が変われば意識だったり想いだったりというものは、あっさり吹き飛んでしまう可能性ことがあるというのを仕事柄嫌というほど見てきましたので。

ほんの5、60年前は、天然林を伐採してスギを植えることが「正義」とされた時代があったわけで。例えば2050年頃にはどんな世の中になっているんでしょうね。

まあ、そんな予測のつかない将来を想いながら今をやらなければならないのが、林業や山いじりの難しさ・辛さであり、楽しみでもあるのでしょうか。

「その2」でコメントしましたが、官僚・役人が悪いというつもりはなく、また民間ならいいとも言えない。ただ、数年で異動・代替わりすることがわかっている状態で長期プロジェクトを立てるモチベーションも責任も持てないでしょう。
その中で、より「高潔」「適切」な仕事を維持するには、常に緊張を伴うシステムをつくることと、その時代状況ごとに施策を転換する、やる気のある人・組織に乗り換えていく交代のプログラムを持つことだと思います。
森林所有・管理も、手がけた人に責任を持たせること、そしてよりよい策・人に移転することが必要だと思う。

本が来ました。
まだ読んでませんが、
通勤途中に読もうかなと思います。

カバーが必要かな?
ちょっと、何となく。
恐い感じを周囲に与えそうなので。

今日の産経新聞の1面で東京財団がまとめた調査報告書の記事が載っていました。

「日本の水と森むさぼる外資」
「埼玉、山梨、長野などで買収話急増」
と見出しがありました。

ご購入ありがとうございます、て、私が言うことじゃない。ゆっくり読んでください。私は1日だったけど。

産経新聞の記事、私もウェブで読みました。
http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/100329/crm1003290107000-n1.htm

まあ、これまでの記事の焼き直し感が強いですが、キャンペーンを張るつもりですかねえ。

その産経の記事のブックマークです
http://b.hatena.ne.jp/entry/sankei.jp.msn.com/affairs/crime/100329/crm1003290107000-n1.htm

どうやら、真に受ける人もいるようですねぇ。
日本だって、外国の森林資源やら水産資源やらを、食い散らかしている・むさぼっていると、さんざん批判されてきたのに。

「日本だってバブルの頃は外国の不動産をたくさん買ってきた」というと、「リベラリスト」と揶揄されるのです(笑)。私は、ほめ言葉と捉えているけど。
自分(自国)に甘く、他人(他国)に厳しい論調を、ナショナリストと揶揄しておきましょう。

で、読みました。

Ⅰの方。
「ふむふむ。」な部分もありますが、「ええっ?」の後だったり、混ざっていたりなので、読んでいるうちに(私の頭では)何だか分からなくなってきました。
いろんな人の思惑?が入っているのでしょうか。
自分と他人が混ざってるような感じがするので・・・。

Ⅱの方。
Aさんというおばあさんを思い出しました。

「誰か知らない人が家に入って来て家捜しをするのよ。」
(それ、家族です~。)

「洗濯物干して置くと、とおり掛かった人が持って行ってしまう。」
(多分、それ、お嫁さん~。)

「じいさんが夜中に血を吸いに来る。」
(ないない。そんなこと~。)

でも、彼女にとってはどれも本当で、怯えた顔で真剣に何度も繰り返し繰り返し伝えます。

そんなことはあるわけないんですが、現実だと信じている人が
「血を吸いにくる。」を何度も何度も繰り返すのを聞いているうちに・・・・頭に「吸血じいさん」が浮かんでしまいましたよ。

と、そんな怖さがあります。Ⅱの方。
危ないですね。
書いている人は、真剣に繰り返していますから。

Ⅰが平野氏、Ⅱが安田氏ですね。

わかりにくいのは、個々の情報は正しいものも多いこと。でも、各情報をつなぐのに変な接着剤(それ、糊じゃなくて海苔です~。)使っていたり、怪しげな紐(それ、蛇です~。)で結んでいるような。でも、そこに彼らの内面の怯えを感じる。誰か敵を作りたいんでしょうか。


さすが田中さん、いいところ突いてきますね。

彼らの思想の中では、仮想敵国を作らなければ話が始りませんし、純粋に安全保障を論じる上で決して悪いことではないと思います。

しかし田中さんが再三指摘されるように、そこには「理」がなければならない。これが無い彼らの論には、愛国心を装った別な意図があると邪推されても仕方がないでしょうね。

仮に万一公有林化が進んだら、誰が儲かるんだろう・・・なんてね(笑

熊(♀)さんの例えには感服。

公有林化とは、税金で放置林を買い取ることだから、儲かるのは放置林の所有者……ではなくて、税金で自分たちのオモチャを手に入れられる官僚でしょうね。
もっとも目的はオモチャ(放置林)で遊ぶんじゃなくて、買い取る資金を動かせること。手数料や管理料名目で「人件費」が捻出できます。もちろん天下りの給料ですかね……。

この記事のコメントで見かけた「日本熊森協会」
が「学会」なんかを設立したそうですね~
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100410-00000069-san-soci
私も以前から「臭い」ものを感じていて、実際に
取材された田中さんのコメント見て、納得して
いたのですが、学会設立&会員が2万人以上!
思った以上にお金も持っていそうですね~
(原理主義の香りは、周りにはキツイのですがね
~本人たちは香ばしいと思っているから・・)

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