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本の紹介

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2010/03/24

書評「奪われる日本の森」その1

新潮社より発行された

「奪われる日本の森」(平野秀樹・安田喜憲・著)

昨年より繰り返される「日本の水源を中国人が買っている」という風説の集大成?らしいので購入して読んでみた。

サブタイトルが「外資が水資源を狙っている」であり、

帯文は「このままでは日本の国土全体が、中国人や欧米人のものになってしまうかもしれないー」「今まさに私たちの喉元に及んでいる危機」である。

ようするに外国人がどんどん日本の土地、とくに水源地域の山を買っていて、それは国家の危機であるとして、そのための対策を提言している。
余談ながら、この本を書店で探したところ、森林分野の棚にはなく、社会問題の棚にあった。これは、なかなか本の性格を言い当てているように感じた。とはいえ、日本の森林問題であるのは間違いなく、林業も重要な関わりがあるのはいうまでもない。

一日であっさり読了。そして頭に浮かんだ言葉は、「風が吹けば、桶屋が儲かるだった(笑)。

ここに提言されている内容は、少し深慮して感想を記したいが、その前に指摘したいのだが、この本は、少なくてもルポルタージュとしては失格。まったく話にならない。

そもそもの命題が論理的ではないのだ。

外国人が日本の森林地帯を買っているという証拠はどこにも示されていないからだ。

そこに記されるは、まず噂話である。外国人らしき人が、山を買いたいと訪ねてきたとか、中国名の男性が現地を見に来たとか。
一方で、外資が中小企業やゴルフ場を買収した話、対馬の土地を韓国資本が買っている、羽田空港のターミナルビルの株式をオーストラリアの投資銀行が買った……などいった事例を散りばめている。

そして日本の大山主が手放した山林を、林業に門外漢の企業が購入した話を並べる。あるいは中国が日本の木材をほしがっている事例も登場する。

ところが、肝心の噂に上がった山には、売れるような木材資源がない。ではなぜ?

そこで、いきなり話は、水だ! と飛ぶのである(笑)。木材狙いでなければ、水しかないのだと決めつける。どんな論理的結びつきを頭に描いているのだろう。一応、CO2の排出権や生物多様性、そしてバイオマスエネルギーも可能性としては出しながら、その点については十分に検証せず、あっさりと済ます。

ウォータービジネスについても紹介されているが、それは上下水道の運営に関する事業だ。他国の水を汲み上げて、それを輸出入する事例がない。

では、日本の水源林を仮に購入したとして、本当にビジネスになるのだろうか。

さすがに河川の取水は、水利権があるから難しいという認識があるからとくに触れていない。そこで地下水を汲み上げるのだろう、と推測する。

とはいえ水源地域だからといって、簡単に地下水が汲めるとは限らない。本気なら購入前に地質調査をしなければ無謀な投資になる。が、その気配は感じられない。

さらに、極めて単純なことに気づいていないらしい。単に地下水を汲み上げるのなら、井戸の面積だけあればよいということを。極端に言えば10メートル四方でも足りる。ボトリング工場を併設するにしても、1~3ヘクタールもあればよいだろう。何百ヘクタールもの水源林を買う意味はないのである。山の中に1ヘクタールでも平地を作るのは大変だろうけど。
そもそも水源地で地下水を汲むのは、あまり意味がない。地下水が欲しければ、もっと下流の平野部の方が向いている。

そして、汲み上げた地下水は、どうするのか。まさか中国まで運んで水道水にはしないだろうからミネラルウォーターだろうけど、その想定需要は何万トンか。
そして日本の地下水の埋蔵量?はいかほどか。(この当たりはあがたしさんの解説が欲しいところですね。)降水量の多い日本は、慢性的に地下水脈が満水に近いように感じるが、どれほど汲み上げ可能なのだろう。

そしてコストは。ちゃんとペイすると見込めるのか。いくら富裕層が多いと言っても、高すぎては売れまい。日本の山から港に運ぶのも大変だ。すごい流通コストがかかりそう。

本当にミネラルウォーターとして汲み上げる量で、地域の水資源が枯渇する可能性があるのか、なんら検証……どころか推測さえしていない。これでは説得力はないよ。

そういえば日本もフランスのエビアン水を輸入しているが、現地の水源は大丈夫なのだろうか。

多くの情報は詰め込んであるが、なんら有機的につながっていない。にもかかわらず、3段飛びのように噂話から国際資本の戦略的日本の国土買収への想像力を広げ、ひたすら危機を煽っている。
それは風が吹くと、砂が舞う。砂が舞うと、目に入って目が見えなくなる人が増える。盲人が増えると三味線引きが増えて、三味線用の猫が捕られる、猫が減るとネズミが増えて、ネズミは桶をかじるから、桶屋は儲かるみたいな話なのである。

この手のルポを書く場合、まず外国人が土地を各地で買っていることを証明する必要がある。次にその意図を納得できるほど理論的に推測しなければならない。その上で、それが日本にとってどんな意味を持つか、危険なのか経済活性化につながるのかまで考えて、問題点を指摘してほしい。

それから、各所で数字も含めて間違いが多い。ちゃんと取材していないとわかってしまう(笑)。企業名まで間違えたら失礼でしょう。そこの保有森林面積も違うし、ゴルフ場の面積も違うなあ。この点でも、失格。

思想的に「外国人が日本の土地を買うのは危険」と考えているのは勝手だが、それなら突っ込まれないようなデータを集めるべきだろう。そしてつながりを描かないといけない。その上で理論を構築する必要がある。それに失敗したのに、強引に各事例を並べて、読者に怖い印象だけを与えようとした跡がありあり。このままだとトンデモ本になってしまう。

でも、この手の情報に敏感に反応する人は、意外と多い。極めて理論的と思えた人が、あっさり「外国人が日本の国土を買う!」と聞くと危機感を持つらしい。でも、まず事実を積み上げようよ。

私も研究者ではないから、ルポを行った場合、どうしてもつかめなかった部分を推測で埋める場合はある。だが、そのためには条件証拠を集めるし、これは推測であることを明記する。少なくても推測の上に推測を重ねることはしない。(つもりだけど、もしかしたらわからないよ 笑)

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コメント

未読ですが、「ツッコミ所が多すぎて批評しきれない」タイプの本のようですね。ぜひアマゾンの書評にも投稿してあげてください。
確かに、意外な人が「トンデモ耐性」がなかったりして、驚かされることがあります。

>(この当たりはあがたしさんの解説が欲しいところですね。)

また釣られようとしているあがたしです(笑).ただ,この本自体は未見です.

ものすごく大雑把に言えば,日本に降ってくる降水は1年に6500憶トンで,そのうち1/3は蒸発・蒸散(植物の葉の気孔から大気に戻ってゆく)で失われ,1/3は洪水の形で海に帰り,残り1/3が,人間が普通に作れる水利施設で使える水資源となります.この水資源がすべて地下水というわけではないのですが,可能性としては地下水になりうるわけです.もちろん,現実には河川水としてゆっくりに海に出て行く分も多いのですが,地質学的セッティングさえ許せば極めて多くの地下水をゲットすることが出来ます.

ただ,過去の地盤沈下の件で懲りたのか,日本は比較的地下水水源の新たな「開発」には慎重だとは言えます.

地下水をより多く得ようと思えば,
・誰も掘っていない地下水を狙う
・河川水を地下に涵養(recharge)させ,新たな水資源とする
あたりでしょうか.後者は水利権の問題で難しいですから(農業的水利用の季節サイクルを変化させて地下への水の浸透を狙うというのは狭いスケールならば使えるのだけど,たぶんこの本のスケールとは関係ないでしょう),うーむ,前者ですかねぇ.となると狙う地質・地形は限られます.

そして,田中さんが指摘されるようにそういう「地下水が豊富なのに充分活用されていない場所」あるいはその涵養域ばかりを狙って外国資本からの「買い」が集中的に入っているという事実があったならば,確かに”これは地下水資源狙いか”という仮説(あくまでこの段階では仮説です)を立てることはできるでしょう.まだこの本は未見ですが,そういった事実は紹介されていないわけですよね?

うーむ読みたくなってきました."made in Japan"ブランドの水が各国でとんでもない高価格になるとか,あるいはsustainableでない水資源開発を目論まれているとか,といったことが書かれているのでしょうか(この両者はそれぞれ違うジャンルに属する問題ですが)

=====
が,そういった事を考える前に何よりも驚いたのが,

>「奪われる日本の森」(平野秀樹・安田喜憲・著)

この著者名ですね.安田さん,最近はこちら方面だったのですか!数千年スケールの環境史・文明史の話からこういう現代社会の経済問題に活躍の舞台を移してきたのは,いったいどういう思考的背景があるのでしょう.もちろん,ある意味通底しているとは言えますけれど.

そうなんです、内容を論じる前に、前提が怪しいという、トンデモ本というよりはコマッタ本(笑)。

あがたしさん、さっそく釣られていただきありがとうございます(笑)。
6500億トンのうち、地下水になる可能性があるのは2200億トン未満ですか。仮にその10分の1が利用可能としても220億トン。やはり日本は地下水王国ですね。でも、地質的に汲み上げ可能な地域はかなり少ないでしょう。よほど地質調査を綿密にしないと、投資としては危険だなあ。

著者、とくに安田喜憲氏の主張については、改めて紹介したいと思います。

こんなにいろいろ書かれていると
読みたくなっちゃいますよ。

トンデモ&コマッタ本。

田中様、売り上げに貢献してるかも・・。

この手の外国人恐怖症、見苦しいですな。

水俣では山林を買った日本人が巨大産廃処分場を作ろうとして、ずいぶん苦労しました。日本の土地所有制度(持ち主の力が強すぎ)がやっぱりいかんような気がします。

私が批判すればするほど本の宣伝になるという……。言い換えれば、書評というのは批判しようがほめようが、有り難いものなのです(笑)。

この本について言えば、日本の土地所有制度のおかしさを突いている点は面白いんです。また林業再生論なども。ただ、その前フリ?根幹?に、外国人恐怖症的ナショナリズムがしゃしゃり出るからみっともない。

「データと事実の蓄積のもとでの議論の必要性」はおっしゃる通りだと思います。但し、そのデータと事実が蓄積され終えた頃には、既に外国資本に日本の森林資源が保有されている状態になっていることが想定されます。そうなる前に、外国資本による日本の森林資源の保有が日本とってどのような不利益となるのかを予め理解し、張るべき防衛策を議論する必要性を啓蒙している点では本書の提言は非常に有益であると考えます。

こんな駄本を有益と感じるとは……。

外資が森林を買っている事実自体をウソだと言っているのに。恐るべきは、外資ではなく、外資恐怖症の人かな。

ちなみに、この本や報道のおかげで、各地に「外資でもいいから、うちの森を買ってくれ」という森林所有者が続出しているという……。そーゆう日本人はどうなんだろうなあ。

簡単に森林を売却しようとする所有者が続出することは問題ですね。この背景には、日本の林業産業の深刻な不振があると思います。森林を所有、管理し、有効に活用することが利益に繋がるような産業モデル、新しい仕組み作りが望まれるのではないでしょうか。そしてそれを先導するのは、外国人でなく、日本人である私たちでありたいですね。(素人ながら偉そうなことを言って申し訳ありません。自分もかつては林業で栄えた和歌山の人間として、郷土への愛着から、森が有効に活用される道を模索するために、恐縮しながらも書き込みさせていただきました。)

いやあ、そのうち「外国人でもいいから、マトモな林業経営してくれ」という声が上がりますよ。今のままではね。

かつて林業が栄えていた時代。。
それは山林不動産が流動化していた時代でもあります。

山林を手放す理由として林業の不振が上げられますが、収益性の高い物件は流動化するという経済の大原則からすると、林業が立ち直れば手放さない、転売されないというのは、歴史上の経験からもマクロでは明らかに間違いですね。

言いたいのは、誰が所有するのかということにこだわりすぎると資金の流れという血液が途絶えてしまい、山村経済が疲弊してしまうということ(現状そうですが)。地元愛の持って行き方というのは、一つ間違うと逆に地域を壊しかねない難しいものと思います。

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