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2010/03/27

映画「アバター」に見る奪われる側の論理

いまさらだが、話題の3D映画「アバター」は見ただろうか。

私は結構早く見ているが、この映画、3Dばかりが話題先行し、そのストーリーに関して論評されることは少ない。実際、私もストーリーはありきたりと言わざるを得ない。ただ、キャメロン監督は、ストーリーこそ「アバター」の価値だと言っているし、私も3度に渡る「奪われる日本の森」の書評を書く過程で、「アバター」のストーリーを思い出したのである。

一応、未見の人向きに簡単に記すと、この映画の舞台は、惑星パンドラ。ここには貴重なレアメタルの眠る大鉱床があり、それを地球人は開発をもくろんでいるのだが、先住民ナビがいるため、なんとか追い出そうとしている。そのために送り込まれたはずの主人公は、やがてナビの世界とその文化に傾注していくのだが……最後は、地球人側の強奪と、その抵抗のアクションとなる。

最初私は、へえ、アメリカ人も多神教的な自然崇拝に憧れがあり、そうした社会を受容しようとしているんだ、と感心していた。ところが、最後に圧倒的な兵力で先住民の聖地を破壊する地球人に対して、結局ナビ側も戦うことで土地を守ろうとする、ようするに強さで決しようとするアメリカ的思考に辟易した。

さて「奪われる日本の森」の著者らは、この映画になぞらえると、どちらの立場に立つのだろうか。一見、外国人に土地を奪われるな、と唱えているのだからナビ側である。
だが、日本の土地制度や私権の強さを問題視する立場は、地球人側、つまり公的な目的のためには土地収用も認めるべきだ、と主張している。

いや、結局は主人公のように、地球人にもかかわらずナビ側に付き、ナビのリーダーになって戦うことを理想としているように感じる。言い換えると、より優れた人が全体のリーダーになって大衆を引っ張らなくてはならないという「賢人政治」「哲人政治家」を求めているのではないか。現在の日本の政治は衆愚政治であり、確固たる哲学を持つ指導者が現れ、日本国民が団結することに期待しているのかもしれない。う~ん、国家社会主義的だなあ。

しかし、「アバター」の結末に日本的思想、安田喜憲氏のいう縄文の思想を取り入れると、戦わないという選択肢もあるのではないか。すんなり土地を明け渡すのをよしとするのではないが、苦悩の選択、運命を描くと重厚な映画になっただろう。
同じく強欲な市場原理主義に対抗しようと武器を手にとるのでは、アメリカ映画と一緒である。山林所有の問題に、第3の解決の選択肢を考えられないか。

……とまあ、あえて書評と映画評をドッキングさせてみました(^o^)。

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書評・反響」カテゴリの記事

コメント

おっと,この話題,「読んでから自分のブログに書こう」と思っていたことと思いっきりカブりますね.

公共の福祉を実現するために,公権力が私権を一定程度制限するのはやむを得ない.でもその公権力を行使できる主体のあるべき姿はどんなもの?といった件です.

環境史・比較文明論と各国法制度比較論の間の関係を深く考えざるをえない話題です.

あと,仮に日本の「美しい」(日本人からはそう見えるということになっている)国土を守るために,日本以外の人なり資本なりの力の方が有効だとわかったとしたら,いったいどう意思決定しなければいけないでしょう?という点もじっくり考えるべき問題ではあります.

いやまさか,「美しい国土」日本の民が作った政府ならば無条件にその国土を「守る」ために最善の働きをする-それ以外の国の思惑は排除すべきである-と無条件に論じているのでしょうか,この本は.これは読んでみて内容をモトに批評してみたいですね.

こうして田中さんの「罵倒」書評は,一人の購入者を増やしてしまうのでした(笑)

お買い上げありがとうございます……て、これは皮肉じゃなく。
まあ、ここに書いた書評は「思いつき」ですから、十分に煮詰めないといけない部分もあるのですが、「所有と公的意識」の関係は、重要になるのでしょう。

そういえば、かつて、本多勝一がロシアに北方領土を日本に返すな、という申し入れをした(しようとした?)というエッセイを読んだ記憶があります。彼の立場としては、北方領土は日本領であるが、今(ちょうどソ連崩壊直後で、それなりに返還論が盛り上がっていた頃)返還されると、日本の強欲な開発資本(^^;)に野放図に開発され、豊かな自然が破壊されるから、という理屈でした。
この場合、ロシアの方が無作為ながら自然を守るのに都合がよいという判断があったのでしょう。
主権と自然保護とは、いかなる関係を持てるか、考えてみる材料になるかもしれません。

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