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2010/04/07

名張毒ぶどう酒事件に思う

ほぼ50年前(1961年3月28日)に発生した、名張毒ぶどう酒事件。

最高裁が、高裁に再審棄却判断を差し戻したとかで、マスコミが賑わっている。なんしろ5人の女性が亡くなり、10人が入院した。謎が多い事件だけに、その真偽をここでどうこういう資格は私にはない。

ただ、いくつかの点で感じるところはある。

一つは、舞台は名張市葛尾とあるが、実は山間の複雑な県境部で実態は奈良県山添村に食い込んだ一帯であること。住民の生活圏で言えば、奈良県側である部分も多い地域なのだ。

当時で20世帯だったという小さな集落の生活改善クラブという小さな組織の総会で起きた事件だけに、外部犯行は考えられず、おそらく犯人は集落内の人しかありえない。そして犯人とされて、死刑判決を受けた奥西氏は、そんな集落内に妻と愛人がいたということ。
田舎地域でもあっても、こうした人間関係が渦巻いていたことに人の業を感じる。

そして、もう一つは、この事件が80年代のゴルフ場批判の嵐を吹き荒らした遠因になっているということだ。

詳しくは拙著『ゴルフ場は自然がいっぱい』に記したが、日本全国で最初に反ゴルフ場運動を始めた奈良県山添村の濱田耕作さんが、この事件に関わりがあるのだ。そもそも濱田さんがお住まいなのは、この葛尾地区だったらしい。農地は山添村だけど。

そして濱田さんの身重の奥さんも、毒ぶどう酒を飲まされた一人であった。奇跡的に生命は助かり、無事出産できたが。

ここで誤解のないよう触れておくが、私は濱田さんの反ゴルフ場の気持ち自体は支持する。その理由や経緯などには異議を持つが、山添村はすでに4つのゴルフ場があり、それ以上はいらないだろうと感じていた。また、毒ぶどう酒事件がなくても、そのうち、どこかで反対運動の口火が切られただろう。ただ強固な意志がなければ運動は盛り上がらなかったと思えるから、やはりあの時代に山添村から声が上がったことは、事件と関わっているのだ。

それにしても、この事件の背景や、事件を通して知った当時の農村事情から、田舎地域の社会を学ぶこともできる……というのは、多少不穏当発言か。

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