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2010/04/27

西原理恵子の「こころの遺伝子」

昨夜、NHKの「こころの遺伝子」を見た。

出演は、西原理恵子。貧困、アルコール中毒、ギャンブル中毒……負の連鎖を誘う遺伝子からの脱出の話。エピソードとしては、すでに知っている内容なのだけど、泣いた(;_;)。

転機は、鴨志田譲との出会いである。そしてキーワードとも言える言葉が

どん底の時こそ、笑え」。だろう。

が、私の注目したのは

人が耳を貸すのは、役に立つことか、笑えることだけ

どちらも鴨志田さんの言葉だが、とくに後者は、重要だ。私には。

これは、西原さんの漫画の根底にあるものだろう。どんな悲惨な事実も、よい話や意見も、それを他人に伝えるにはそのままではダメ。単に悲惨だろと伝えても、あるいは説教しても伝わらない。人は、自分に関係して役に立つことか、あるいは笑える(心の琴線に触れる)ことでなければ、本質的に興味を示さない。そこに、西原さんの漫画にある、毒を読者に伝える超絶テクニックと気合を感じるのだ。
これこそ、まさに執筆の要諦ではないか。

たまにあるんですよ。
これは、絶対世間に伝えないと」。
私がもっとも気に入った部分だから、記事に乗せたい」。

こうした思いで書いた原稿で、出来のよかった試しがない(笑)。

人に伝えるには、「読者にも関係がある、役に立つ」と思わせる条件が必要だ。あるいは、笑わせる、驚かせる、などのカタルシス的刺激を与える要素を盛り込まないと平板になる。

ただし、「泣き」はカタルシスではあるが、あまり直截すぎると読み手に「よかった」と思わせないように思う。同じことは「怒り」にも言える。はっきり言って、下品な手段(~_~;)。感情としては「笑い」の方が、一段上に位置する〔脳科学的にはメタ感情?部位の刺激とでもいうべき〕。

実は、メディア商品だけでなく、すべての商品も同じである。役に立つ機能か、感性に訴え心地よさを与える要素がないと売れない。
たとえば環境を打ち出した商品は、直接消費者に役に立たないし、感覚的にも「泣き」に近くて心地よさがない。ただ、「環境にいいことした」という自己満足的快感という隙間を狙うだけだから、売れ行きに限界がある。

まだまだ修行が足りず西原さんのようにはなれないが、「人に伝える」ことに、私はもっと貪欲に取り組まねば。……と、現在書いている原稿を前に悩む。

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