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森と林業と田舎の本

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2010/05/21

限界集落のモミの木

福島では、集落にある「遊学の森」を歩かせてもらったが、そこで目立ったのが、モミの木である。

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この森には、なぜか、モミの木がたくさん自生しているのだ。

しかも立派なものか多い。なかには稚樹が育っているところもあったから、適地なんだろう。

この集落の人口より、モミの木の方が圧倒的に多いのだと考えると、ちょっと複雑な気持ちになる。

これなんか、パワースポットになりそうな巨木だ。思わず手かざしがしたくなる(^^;)。これを売り文句に集落を売り出せないか……なんて考える。

ちなみに、最近モミを求める業者が増えているようだ。私はアチコチで聞いた。吉野にも現れているし、たとえば、この写真。

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兵庫県丹波市の某製材所にあったモミの丸太。この太さはすごい。

ほかにも板が、かなり積んであった。





この話をすると、なんのことはない、この森にも業者が現れているらしい。この木も高く売れるんじゃないか。国有林だけど。

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こんな風に倒れて朽ちたら、もったいないように感じるのだが。












なぜ、モミを求める業者が増えたのか、少し謎である。しかし、モミ材は、白くて字が書きやすい上腐朽しやすいため、棺桶や卒塔婆などに使われるそうだ。早めに朽ちた方がよいからである。火葬が増えた今は棺桶はともかく、卒塔婆需要が増えているのだろうか。

白くて美しい材は、もう少し注目してもよいと思う。腐りやすいというのも、内装材なら問題ない。輸入されているホワイトウッド(オウシュウトウヒなど)とよく似た材ということになる。

そういえば、佐賀県の吉野ヶ里遺跡の建物は、モミ材でつくられたものが多かったという。地元にモミがたくさんあったからだろう。朽ちるのも早かっただろうが。

成長は早いそうだから、今後はモミの植林などは考えられないだろうか。

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地域・田舎暮らし」カテゴリの記事

コメント

 そういえば、知り合いの方がスギヒノキ伐採現場でモミw売ってくれという話があって、安価で売ったら、買った人が予想以上に高値で捌けて、御礼に来た、なんて話を聞きました。一昨年の冬のことですね。

丹波市でモミの天板大量放出中です。
お立ち寄りください。

全国で起きているモミ人気。一過性ではなく、もしかして本物かもしれないぞ。

ちゃんと供給体制が作れたら、国産ホワイトウッドとして売り出せるかもしれない。

そうなんです。
実は集落再生のスキームにモミの植林は入れてないのは、こっそり始めようと思ったから(笑)。

モミの大木と言えば、信州諏訪大社の御柱ですね。あれは、どのような由来でモミの木を使うのでしょうかね。
昔から定められた場所で伐りだしてきているので、近年はだいぶ大木が減っているという話を前回、6年前の御柱祭の際に聞いた記憶があります。

おうちを建てるときに、木材大大好きの設計士さんに、
「壁にモミを使いません?棺おけの材料になる木なので、気にするんならやめますけど。」
と勧められ、巨大な棺おけを想像し、引いてしまった私。

あああ。使っていれば流行の大先端だったかも。

にしても、上記のセリフ、ものを勧めるときのセリフではないですよね~。

モミの木の棺桶ハウス!
素敵と感じるのは、私だけでしょうか(笑)。

御柱もだったか。
意外とモミ材は、日本の暮らしの中の要所に入り込んでいるのかもしれません。

テレビで卒塔婆生産者の方が出られてましたが、需要は減って厳しいとのことでした。墓の形態の変化と中国製に押されているそうで。ネット上でちらほら樅の木で売りだしてる工務店があるので内装材の需要の方かなと思います。まだ国産樅で売り出し中のとこはないので、チャンスかもしれないとか考えて、自分も狙っておりました(^-^;除伐や間伐でクリスマスツリーとして出せたらおもしろいな~。

やはり卒塔婆需要は増えていませんよね。

ヨーロッパのホワイトウッドで白木の内装需要が増えているのかもしれない。
となると、すでにモミを内装材することに目を向けている業者がいるのか。遅れるな!

「樅の木の家」で検索すると、
何やらいっぱいです。

モミの木ハウス。
素敵だと思っているのは、田中さまだけではなく
たくさんいるようですよ。

いや、私が素敵と思ったのは「棺桶ハウス」でして……(^^;)。

でも、白くて柔らかくて、匂いもなければクセもないモミ材は、意外と日本人の指向に合っているんじゃないか。

そうですか。

「モミの木」の部分ではなく、
「棺桶」の部分が素敵・・・。

そのハウスの売り文句は、
「最期の時間はご自宅で。」
でしょうか。

「ゆりかごから棺桶まで」
「一生…終えても過ごせる家」

いっそ、モミの材で割り箸も作ってくれないか。

今年上社の御柱を見てきました.木落し・川渡し(この二つは同じ日)と里曳き・御建柱(この二つも同日)両方です.

下社のほうでは死者が出たんでしたっけ?上社は柱にいろいろな飾りが付くなど相対的には優美でしたが(それでも一歩間違えれば死人が出かねませんが),映像を見る限りでは下社は飾りっ気のない柱をゴンゴン運び,落とし,建てる豪壮そのものの行事ですね.

上社のときに地元の人に聞いたのですが,かつては原村など近くからモミを切り出していたのですが,現在は佐久の方から持ってきているとのことでした.

この御柱がモミである必然性は何でしょうね。
霊性が高い木……というような話は聞かないけれど。

木の霊性・・・

そんな言葉が出てくると、パワーストーンならぬパワーウッド(ウッドよりツリーのほうがいい感じかも)が存在しそうです。


いろんな種類の木を、あのコロコロした木片やブレスレットなどにして、それぞれにストーリーをくっつけてと。


モミ・・・あらゆる厄よけに。いわき市戸渡産のものがパワーが強く最高とされている。

こ~んな感じで♪

その他、心願成就用、商売繁盛用、恋愛成就用、もろもろ・・・。


ただし、ご加護は1年くらいということで(神棚の御札に倣い)、毎年新しいのを購入してもらう。と。

モミで盛り上がっているところに違う話ですみません。

このところ「限界集落」という言葉がよく出とりますが、ここにお住まいの方々は言葉の定義(65歳以上が半分以上かつ集落の共同作業が困難)を理解して、自覚的に(というかここからまだまだ頑張るぞ、といった感じで)使っとられますか?

それならいいんですが、そうでない場合によその人から限界と言われると良い気持ちがしないのではないかと、よそ事ながら心配しております。私の住む地域も、よそから限界集落と言われることが多いのですが、私はあまり好きではないのです。

田中さんだったら「あなたは限界ジャーナリスト(または限界ライター)ですよね」と言われても笑い飛ばす精神的な強さをお持ちと思いますが、近所の爺ちゃん婆ちゃんを見ていると、そこまでの強さがあるか、ちょっと心配なのです。「予言の自己成就」というように、限界限界と言われたり言ったりするうちに、本当に限界になるのではないかと。

ところで、25年ほど前、京都府美山町の林業家の知り合いが割り箸工場を建てましたが、その時に使ったのがモミ材で、「棺桶工場」と自称していました。

>里曳き・御建柱(この二つも同日)

おっと,間違えました.里曳き(上社本宮は二日間,前宮は一日間)をやった次の日が御建柱でした.失礼しました.

ところで,

>パワーストーンならぬパワーウッド(ウッドよりツリーのほうがいい感じかも)

については思い出があります.元々巨樹マニアだったわたしがいろいろな木をめぐると,たまにその木に抱きついている人がいました(根を傷めないように柵で覆っている木ではもちろんそんなことはありませんでしたが).なんでも,その木の「気」を受け取っているのだそうです. そのほか,抱きつかないまでも,木の前に立って十字懸垂のように両腕を広げ,目をつぶって深呼吸をしているひともよく見かけました.同じ理由だそうです.

巨樹に宿るパワーは、細切れにした木片にもあるか……といわれると心もとないのですが、ようするに「お守り」ですね(笑)。
いっそ、挿し木か実生苗を作って売るか。いや、枝葉を枯れないようにパックして商品化できないか。

ところで、「限界集落」という言葉は、私は自覚的に使っています。もちろん嫌がる方がおられることも承知の上で。その点に関しては、長くなるので改めて記しましょう。

ウチの場合、大野式限界集落の定義には当てはまりませんが、山奥の遠隔地で9世帯なので、ここ数年でコミュニティの維持は困難になります。しかも、住民のほとんどが農業従事者でないので(移住者が半分)耕作補基地の管理は、2人くらいでおこなっているわけです。
限界集落という言葉は私は好んで?使っています。
なぜなら、限界の次にあるものを考えるからです。

yamanogakkouさんはご当地にお住まいの方ですね?

>限界の次にあるものを考えるからです。

そういう方は大丈夫だと思うのです。

うちの地区で考えれば、長年頑張ったけど、棚田耕作やスギ山の手入れも大変になってきた、息子は帰ろうかどうしようか迷っている、でも自分で村づくりの方向性までは考えつかない、といった状況の時に「おたくのような限界集落で・・・」という言葉を見たり聞いたりすれば、「こんな所へ帰って来んでよか」と言う確率が高まるのでないかな、という心配です。

この件、田中さんがいずれ書かれることをお待ちしますね。

せっかくモミの話が盛り上がったところに水をかけてごめんなさい。

自分が80歳過ぎて、独り暮らしで、身体ももうあまりきかなくて・・・という状態で「限界集落」と言われれば、集落がどうというよりは、自分が「限界ですね。」と言われた気になるかも。

言われる側の状態によっては、配慮が必要な言葉かもしれませんね。

沢畑さん
はい。私は当地の人です。


熊♀さん
私は委員を辞めさせられました。やめたのではなく。(笑)

yamanogakkouさま

えええっ!
そこんとこ、詳しく教えてもらいます。
すっかり吐いてもらいましょう。後ほど。

続yamanogakkou様

ふむふむそうですか。

私を巻き込んでくださいませ。
太巻き寿司の具材のごとく。

田中さまも。

あら?
すでに具材?

私、その件に関しては何も知らないので、具材になっても美味しくないかと思います。

まあ、委員会とは、たいてい筋書きがあって、アリバイ的な議論をすることが多い。だから委員って、ぜひともなりたいほどのモノではないですけど。

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