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2010年6月

2010/06/30

龍馬の国の木材商品開発

話を高知にもどすが、いまや高知の町は龍馬一色

なんでもかんでも、龍馬に結びつけている。酒蔵は「龍馬ともっとも関わりがあった」ことを売り物にし、食べ物も龍馬セット。お土産品も、龍馬グッズがあふれている。そして県内では「土佐・龍馬であい博」を開催中。

私も、取材の合間を縫って、ちゃんと見て回っている(笑)。

まず朝一番に「龍馬の生まれたまち記念館」を訪れ、龍馬の住む居間にお邪魔。

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私も縁側でくつろぎました(笑)。





そして高知駅前の「高知・龍馬ろまん社中」にも入場。ここはNHKの「龍馬伝」におんぶに抱っこされた中身のない展示だったが、それでも生龍馬と記念撮影(笑)。

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あえて、こんな企画にノル私。




そして、その横には「とさてらす」と名付けられた、ようするに観光案内と土産物売り場があった。ここで気になったのが、この壁。

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わかかるだろうか。

この凸凹。木でつくられているのはもちろんだが、材料は何か。

そこで、この商品は知っているかな。

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そう、「木のトレイ」である。ようするに杉を薄くそぎ、それを張り合わせる技術が開発されて、それでトレイをつくったもの。が、全然売れない。

木のトレイの製造を始めた各地の工場は軒並み赤字で、なかには補助金返さず倒産したところも出る始末。まあ、ひどい木工商品づくりの典型例なのだ。

馬路村も同じ。が、そこから違うのは、同じ技術を使ってトレイ以外の商品開発に乗り出したこと。ウチワやクッションなどもあったが、東京のデザイナーと組んで生み出したのが、モナッカというブランドで売り出している木のバックだ。

Photo

これがモナッカ・バッグだ。

高知県馬路村で開発されて、イタリアのファッション展示会にも出品されて、たしか優秀賞取ったんじゃないかな。今では、ものすごい高値で販売されている。

それで名を挙げたわけだが、私からすると、木材の量は出ないことに不満があった。高級扱いして、ブランドをつくるのはいいが、いくら売れても木材使用量はしれている。まあ、利益が山に落ちるのならいいのだが……製造元には落ちても山主には還元されないだろう。

今回見かけた「とさてらす」の壁は、明らかにそれと同じ素材。つまり、壁というインテリア素材としての可能性を示しているのだ。これなら量はある程度出る。

これは、私は注目する。実際に壁素材としてはどんな効果が出て、デザイン的にもどんな味が出せるかは簡単には言えないが、一つの木工技術をバッグだけではなく、さまざまな異分野に応用する姿勢に期待したい。

考えてみれば、薄板を張り合わせて柔軟な木素材をつくることは、商品の素材づくりにすぎない。それをトレイに止めず、バッグや壁に応用してこそ、商品になる。半商品に止めては売れないのである。これは、東濃檜と同じだ。

2010/06/29

加子母の木の家

高知に行っていたので、岐阜の加子母ツアー報告が止まっている。

プレスツアーで行ったのだから、ちゃんと報告したいと思っているのだが、向こうで考えたことをちゃんと書こうとすると何回の連載になることか。そろそろ次の話題に移りたい(~_~;)。
とりあえず東濃檜のふるさとである。商品と価格の問題については、早くまとめよう。

東濃檜は、世間の木材業者が「売り手主導」で売りたいものを売る時代(※消費者無視)に、しっかり消費者に目を向けた製材を行うことで高値を付けた。つまり、買い手目線にたったビジネスを展開したことが成功に導いた。

だが、今や製材のレベルはほかの製材業者も追いついたし、大壁構法全盛の現在はさほど見栄えにこだわらなくなった。次の段階に移らないといけないのである。

ちなみに、前回、東濃檜は製材メーカーの柱の銘柄と説明したが、その点からは加子母の木は原木である。製材は、森林組合直営の工場のほか地元の小さな製材所で行う。(それを東濃檜の柱であると呼ぶのは差し支えない。(原木は東濃檜丸太)

考えてみれば、製材品というのは半商品なのである。だって、消費者(エンドユーザー)は、丸太はおろか、角材や板が欲しいわけではない。そんなもの、持て余すだけだ。

欲しいのは、最終商品である。その商品をつくるために、よい製材(角材や板)を求める。だから製材は商品への道半ばなのである。

では、木材の最終商品とは何か。たいていの場合、住宅だろう。家具もいいが、物量的に建築物が圧倒的だ。

つまり家が売れれば、そこに使う製材は売れる。そして製材に東濃檜が使われれば、加子母の山の木は売れる、という連鎖があるのだ。

今回の加子母森林ツアーのテーマは、実は東京の建設会社・丸二が「加子母の木で建てる家」であった。

丸二という会社は、創業者が製材所経営から立ち上げたそうだが、時代の流れの中で木造住宅から鉄筋コンクリートへと主軸を移していたそうだ。
だが三代目の現社長は、再び木造住宅に回帰することを決め、その際のテーマに「無垢材」にこだわることとして、加子母と組むことにしたのである。これは経産省の農商工連携事業にも認定されたらしい。

ある意味、丸二の戦略と、加子母森林組合の足りなかった部分が結びついたわけである。

そう考えると、理想的な展開だ。

そして打ち上げたのが、CASIMO12501550。そしてCASIMO販売システムだった。数字は、価格を意味する。つまり1250万円の家と1550万円の家。

販売システムとは、加子母森林ツアーや、交流会(セミナーや人材教育)の主催、そして産地直送、植林活動などを通して、建築希望者の募集と普及を計るものだ。

東京と岐阜だから、「近くの山の木」に入るかどうかはともかく、生産者と施主の「顔の見える家づくり」の手法を取り入れた住宅販売というわけだ。

ただ今のところ外観のパースはあるが、あとは平面図だけだ。内装イメージがわかりにくい。部屋は全部洋風で、大壁構法。だから柱は見えない。代わりに梁の一部を見せる(2階の床を1階の天井にする。騒音、大丈夫か?)ほか、フローリング、それに腰板にヒノキを使うそうだ。

さて、肝心の家である。

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正直言って、フツーの家(笑)。斬新なデザインではない。
一目見て、こんな家に住みたい、という気持ちになるほどのインパクトはなかった。

なぜ、加子母の木なのか、ストーリーが見えない。環境を持ち出しているが、エンドユーザーからすると、付け足し部分だ。家としての魅力はなんなのか。

これは加子母森林組合も、丸二も、どちらもなんだが、原木としての東濃檜(の魅力)に頼っているよう。そして総ヒノキの家がこんな価格で手に入る、と宣伝するつもりらしい。しかし、それは最低限の消費者ニーズまでで、次の付加価値がよく見えない。これなら外材の家でもいいユーザーが天秤にかけるだけだ。

もっと、物語を描くべきではなかろうか。この家に住んだ自分の将来が脳裏に浮かぶような感情を刺激してこそ、「それほどの家が、こんな価格で手に入るのですよ」と思わせないといけない。

この家に住むと、どんな楽しい生活が始まるのか。
一本一本の木を育て、加工する間にどんなドラマが展開されたのか。
ヒノキのフローリングは、通常のオークの集成材とどう感触が違い、心地よいのか。
腰板があることによって、どんな住み心地、心理的に影響を与えるか。

上記それぞれのセールストーク、担当者はしゃべれるかな?

私に、営業戦略つくらせろ(笑)。台本書いてあげるから。

2010/06/27

龍馬の街

龍馬の街
高知市の街に飲みに出た。手ぶらで風のむくまま、気の向くまま。

街中は、龍馬の絵に写真にブロンズがいっぱい。
ちなみに会った高知人は、「龍馬伝」も見ないし、カツオのタタキも食べないそうだ。人生いろいろ、趣向もいろいろ(*^^*)。

ところで、店を梯子しても、どこでも出るのはタケ箸なのはなぜだ。

2010/06/26

木材の価格付け~東濃檜の現場から

まず、写真を見ていただきたい。

002                                                   

わかるだろうか。名刺入れだ。





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こちらが開いたところ。生き節がアクセントになっている。

これは、私の使っている名刺入れである。実はもらいもの。今年の2月14日バレンタインデーにいただいた。Kさん、ありがとね(^○^)。

土佐檜製だという。オシャレでしょう。今回のツアーにも持参して、名刺交換で披露すると、みんな大いに食いついてくれる(笑)。これをネタに林業話を広げるにはもってこいだ。オシャレだ素敵だ、とほしがる。

で、今月になって、Kさんはこの名刺入れについての裏話を聞かせてくれていた。

「名刺入れの価格は、実は500円です」

ぎょえ。

そこで私も、加子母で一緒になったグリーンプレスの面々に、この名刺入れの値段はいくらぐらいと思うか尋ねてみた。

5000円。3000円。みんなが口にするのは、だいたいこんなところだ。

もし2500円で売り出せば、「安い!」と飛びついて買うのではないだろうか。

にもかかわらず500円。ものすごくお得なのだが、翻って考えてみれば、生産者は2000円分損をしているのではなかろうか。

たとえばエルメスでもグッヂでもバーキンでもよいが、ブランド品のバッグや財布を、原価計算して値付けしたらいくらになるだろう(豪華な店舗や人件費、派手な宣伝費は含めない)。おそらく1万円しないのではないか。それがン十万円もの価格で売り出している。

価格とは、欲しい人の価値基準より、ほんの少し下がよい。すると、喜んで買ってくれる。逆に安すぎるとブランドイメージを損なう。

さて、長い前フリだったが、東濃檜で案内してくださった加子母森林組合の組合長は、
「直径13㎝の丸太だと、1本500円にしかならない。これを1000円にしたい
また長さ4mの柱材を天然乾燥させて「市場では1本3000円にならない。これを3500円にしたい

切なる願いであろう。涙ぐましいというか、現実を考えると、それくらい(500円)の値上げしか見込めないということか。

だが、ツアーに参加した人々の反応は、「そ、そんなに安くていいの?」(~_~;)。

とくに伐採を目の前で見て、加工現場も見学して、1本の木が育つのに50年以上もかかっていることを聞かされた後としては、あまりに安すぎる。

ここにユーザーの潜在的価値観と生産者の原価計算のずれがある。

500円の丸太を5000円で売る戦略を考え、その加工に挑戦した方が(結果的に売値は1000円だったとしても)、よく売れる商品を開発できるだろう。ブランド価値も高められるかもしれない。

問題は、ブランドの築き方である。

昨日、東濃檜は、製材で頑張って価値を高めた、と書いた。世の中に出回っている粗悪な製材品の中で一等抜き出た存在になれたからだ。

が、今後は製材では難しい。まず木材の使い方が変わってしまい美しい柱を市場が求めなくなったし、製材機械の進歩でほかのメーカーにも簡単にできるようになった。

次を考えないといけない。

さて、実は明日より高知に行く。土佐檜の名刺入れ、果たして売っているかな? 何か参考になることを見つけられるか。雨の中、車を走らせる予定である。

2010/06/25

東濃檜のふるさと-加子母

昨日まで訪れていたのは、岐阜県中津川市の加子母森林組合。

グリーン・プレスクラブのツアーに参加したのである。だから向こうで記者会見もあったし、いろいろ案内していただけた。

ただ、加子母と言えば、私にとっては「東濃檜」のふるさとである。ここでは、東濃檜(東濃ひのき)から見える木材の価値について考察しよう。

もともと、この地方は「裏木曽」とも呼ばれ(地元では、今でもコチラの方が多いとか)る東美濃地域にある。木曽と言えば、木曽檜で有名で、日本林業の一方の雄だろう。東濃地方も、江戸時代かららさかんに檜を伐りだしたようだ。
とはいえ、基本的に天然林から伐りだす木曽檜は、育成林業地としてはそんなに知られた存在ではない。植林が一般的になったのも明治以降である。施業も、間伐や枝打ちはほとんどされなかったらしい。
木曽檜が一般に天然林から伐りだされたもの(最近では樹齢150年以上のものと定義付けられている。)であるのに対して、東濃檜は、この造林木の製材品である。

東濃檜が世に出たのは、昭和30年代後半だ。決して歴史的に古いものでもない。にもかかわらず、その名声はじりじりと高まり、とうとう20年前(平成元年周辺)には、吉野材の価格を上回るようになった。

今更だが、吉野は日本最古の育成林業地であり、古くは500年前、全体でも江戸初期から造林を行い、精緻な育林技術を磨いてきた林業地だ。そして吉野杉、吉野檜と言えば、まさに銘木として一般材の3倍4倍、ときに10倍以上の価格をつけられてきた。

そんな吉野材が、世に出て数年の東濃檜に価格で負けたのだ。

なぜか。

少なくても東濃檜の原木の質が、吉野材より優れているとは思えない。なかにはすばらしいものもあっただろうが、全部がそうであるはずがない。無間伐であることで、密生状態になり生長が遅く、枝もこすり合うため落ちて、年輪が密になり節も少なかった…というが、それをもって材質がよいというには無理がある。

答は、簡単だ。製材がよかったからである。

加子母の伊藤林産のほか東濃地域の何社かの製材メーカーは、きっちり乾燥させ、寸法どおりに製材する。扱いもていねいで、流通過程で傷をつけるようなことはしない。材の上を歩いて足跡をつけることもない(^^;)。

すると、価格が上がった。当時の日本の木材取引では、まったくいい加減だった。寸棒も乾燥も、量も質も安定供給もできない中で、正直な商売に徹した製材会社が価値を高めたのだ。

つまり、「東濃檜」とは、製材会社のメーカーブランドなのである。その品質が、吉野材を抜いた、少なくても同等の価値に高めた。

ここで、木材の価値とはなんぞや、ということが問われるのではないだろうか。

何も木材に普遍的価値があるわけではない。それを商品とした時に価値が発生する。その中には、一応木質や色なども含まれるが、同時に寸法とか乾燥、表面加工が美しいかどうか、さらに配達期日や契約の信用性、提供に関するサービス全体が入っている。

たとえば、金はそれだけで価値がある。それが砂金の粒であろうが延べ板であろうが、指輪であろうが、金は重さで取引される。マテリアルとして金は交換性のある物質の価値があるからだ。
しかし、木材はマテリアルそのものの価値より加工サービスによって価値を作り出すものなのだ。

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家一軒分の東濃檜のプレカット材。




さて、現在は銘木も役物も価値を認められなくなってきた。木目や色は気にしない。製材加工の正確さは、機械化が進むと当たり前になる。買い手は、そんなものに大金を払う気がしないのである。
その結果として吉野材も東濃檜も、どんどん安くなって、今や一般材と同じようになっている。

さて、それなら今度はどんな価値をつけるべきだろうか。(続く)

2010/06/24

加子母の熊

岐阜県の加子母に行っていた。

裏木曽とも呼ぶ、有名林業地。ここで何を見て何を考えたのかは、ゆっくり語るとして、最後の最後で見たのが、これ。

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これは、何か。熊なのである。

野生の熊を目撃したのだ。

よ~く、見てほしい。体長1m23㎝。体重21,34㎏。色黒だが、首筋にすっきりした白いラインの月の輪が彩られ、目元は切れ長だが、オールバックに丸くて、意外とカワイイ耳。細い指は、力強く、すらりとした足はカモシカのよう……な、熊(♀)が写っているはずだ。

本当だって。本当。わかるかな~。(わかるわけないだろ。)

ちなみに福島の熊(♀)さんとは違うよ。

2010/06/23

加子母森林組合

加子母森林組合
岐阜県の加子母森林組合にお邪魔している。

そこに展示されていたアカマツ。

2010/06/22

木材自給率、劇的伸長

昨日、書き上げた原稿を編集部に送った。

その中で、日本の木材自給率の中身に触れる部分があった。民主党の「10年後に木材自給率を50%」というマニフェスト絡みである。

すると、深夜に早くも初校が上がってきた。

それは良いのだが、同時に仰天のデータも見つけてしまった。

林野庁のホームページのプレスリリースで、
「平成21年 木材需給表(用材部門)」の概要(平成21年1月~12月:丸太換算)について
である。

もともと、この原稿を書く際に、そろそろ今年の発表があるころだと探したのだが、まだ出ていずに昨年のままだった。

昨年(平成20年度分)は、24%である。それより上がっているのは確実だ。そこで、25%くらい? と思いつつ勝手に決められないから、「24%程度」と濁しておいた。

ところが、初校が上がると同時に見たサイトによると、

「自給率は3.8ポイント上昇して、27.8%となりました。」

な、なんと、いきなり3,8%も伸長したのである。もう少し詳しく紹介すると、

用材の総需要量は6,321万m3となり、前年に比べ1,475万5千m3(対前年増減率(以下同じ)△18.9%)減少しました。

用材の国内生産量は、1,758万7千m3となり、前年に比べて114万4千m3(△6.1%)減少しました。

用材の輸入量は、4,562万2千m3となり、前年に比べ1,361万2千m3(△23.0%)減少しました。

木材(用材)自給率は、用材の国内生産量が114万4千m3(△6.1%)と減少したものの、輸入量はそれを上回る1,361万2千m3(△23.0%)の減少となったことから、前年に比べ3.8ポイント上昇し、27.8%となり、平成元年の水準となりました。
(注)木材(用材)自給率:平成元年26.9%

ようするに、木材需要そのものが激減し、それにともなって外材輸入も激減したのだ。ただ国産材は、減り方が少なかった。そのため相対的に自給率は上がった……という構造である。国産材だって、かなり落ち込んでいるが、外材に比べればマシというわけだ。

おかげで、あわてて原稿を書き直さなくてはならなくなった(;_;)。まあ、間に合わずに、掲載される頃に恥かくよりはいいか。
それにしても、この手で木材自給率を上げることは可能かもしれない。民主党がマニフェストを守るためには、木材需給を減らせばいいんだ、なんて。

ともあれ、原稿に統計の数字を使うのも、ヒヤヒヤだよ。自給率約3割というと、なんだかそんなに悪くないように感じちゃう。単に数字を直すだけでは、記事の趣旨が曲がってしまうかもしれない。

今夜、早くも再校が出てくる。怖くて見直すのがイヤ(^^;)。

2010/06/21

「河童の三平」を読む

書店に行くと、水木しげるのコーナーが設けられていた。

NHKの「ゲゲゲの女房」のおかげで水木しげるに注目が集まっているからだろう。私も毎朝見ている。正直、あまりの貧乏話はイタイので、水木しげるの創作活動にもっと力点を移してほしいと願っている(笑)。

いうまでもなく、私は水木しげるのファンだ。それも筋金入りだが、もっとも思い出深く評価しているのは、「ゲゲゲの鬼太郎」ではなく「河童の三平」である。

私が最初に読んだ水木作品が、少年サンデー連載時の「河童の三平」だったことも大きいだろう。ただ、鬼太郎よりも河童に愛着を感じた点もある。あまりおどろおどろしい妖怪よりも、河童ののどかさがいい。
そして、どうしても頭にこびりついて離れないシーンがいくつかある。

まず物語のスタートが、とてつもない山村であることの描写。そして、祖父と二人きりで暮らす三平の暮らしぶりだ。
もう一つ、「山の木を一本ずつ売って暮らしなさい」と祖父が語るシーン。

山村と林業。なんだか今の職業につながるシーンをわりとくっきりと覚えているのだ。子供心に、異界としての山村と、生業としての林業を初めて感じた最初かもしれない。

だから、以前から「河童の三平」を読み返して、そのシーンを確認したいと思っていた。

さて今回の書店には、ちくま文庫の「河童の三平(全)」が並んでいたのだ。即買いした。

一晩で、全部読んだ。

あれほど長い連載だと思っていたのに、分厚いものの一冊にまとめられる分量だったとは。そしてハッピーエンドとは言えない終わり方。

いくつものシーンを思い出す。小学生時代には夢中になったストトントノスの秘宝を探して妖怪と戦う冒険話は、冒険というより意外としみじみしたが、忘れていた幾つものエピソードも甦る。なんと三平は東京に出て、天皇陛下にも会っていたとは思わなかった。

それでも、やはり身に沁みたのは、上記の記憶である。

まさに1ページ目に

「ここは五年か十年に
ひとりかふたりの
人しかはいってこない
という山奥である
そこに一軒の家があった……」

というト書きから物語は始まっていた。別のところには、東京から列車に何度も乗り換え終点の駅からバスに乗って5時間、それから3日も山の中を歩いたところに三平の家がある、と説明されている。すさまじすぎる(笑)。

祖父が死に神にとりつかれていることを察して、三平に事後を託すシーンに山の話は、わりと最初の方に出てきた。

001「困ったことが
あったら
大きくなった
木を一本ずつ
売って
ごはんを
たべなさい」


この時代は、たしかに山の木を一本ずつ売ってもそこそこの金額になったのだろう。同時に、禿山に祖父が植林した山々のシーンは、なんだか感動した。

しかも物語ではすぐに祖父は死ぬため、小学一年生! の子供が、一人で田畑を耕して暮らしていたという設定も、なんだかありそうに思えてしまう。

水木しげるは鳥取県境港の出身だから、そんなに山里や林業に触れて育ったわけではないだろうが、あの時代のその地方の人なら常識でもあったのだろう。

これは今でもだが、たいていの漫画、小説、番組ドラマの舞台は都会、それも東京である。その中で水木は、山村を舞台にした漫画を書いたというのは、結構すごいことだ。

2010/06/20

ゴルフ場で林業講座

近頃、ゴルフ場の拡張工事で国の史跡指定の古墳を削ってしまうという事件があった。

これはオーナーが変わって申し送り事項がちゃんと伝わらなかったことから起きた事件らしいが、情けない話であることに間違いない。もっとも、かつてのゴルフ場開発ブームの際は、開発中に古墳などの遺跡が見つかっても、報告せずに壊してしまうケースまであったそうだ。こんなことが続けば、ゴルフ場のイメージが悪くなっても仕方ないね。

何も『ゴルフ場は自然がいっぱい』を出版したから擁護するわけではないが、できれば地域のため環境のために役立つゴルフ場のニュースはないかと思っていたら、一つ見つけた。

埼玉県の飯能くすの樹カントリー倶楽部では、今年からゴルフ場内の森林を利用して高校の林業講座が開講されたそうだ。

高校とは、自由の森学園高校。この高校では9年前から林業講座を開いていたそうで、手入れのされていない人工林の間伐や下刈りを生徒たちでやっていた。
それを今年はゴルフ場の残置森林行うことになったのだ。コースからは離れているため打球事故の心配はない。まず雑木の伐採を行い、今後は間伐作業、そしてナメコやシイタケ栽培の実習もあるという。ちなみに今年の参加者は17人。

ゴルフ場側は、今回は場所の提供だけのようだが、もっと積極的に関われば、「未来のゴルファー」を育てることにもつながるはず。それは、同時にゴルフ場側が林業に対して理解を深めるきっかけにもなるはずだ。
高校生に限らず、地域の人を招き入れたらどうなのだろう。残置森林の整備が助かるという面もあるし、地域にゴルフ場という環境を理解してもらう効果もある。

埼玉県の飯能は、西川林業として知られた地域である。地域的にも林業と縁が深いのだから、取り組む価値はあるはずだ。

ただ、校長の発言には「現在は低価格の木材が海外から輸入され、家業として成立しなくなっています」というコメントが出ている。
困るなあ。定番の「安い外材」という言葉を使われたら。もっとも、これは校長の勉強不足というより、飯能地域の林業関係者が吹き込んだのだろう。だまされてはダメだよ。

2010/06/19

「アエラ」のパワースポット記事

朝日の週刊誌「アエラ」にこんな記事。

「最強最古」のパワースポット
-暦もわかる縄文時代の天文台

プンプン臭ってくるようなタイトルだ(笑)。

ようは、岐阜県下呂市にある金山巨石群を取り上げ、これは夏至や冬至の太陽の法学を正確に捉え、閏年まで計算し尽くされた遺跡なのだ、そして強力なパワースポットになっている、という記事なのである。

一応、そう唱えている人を紹介しつつ、研究者のコメントも交えつつ紹介しているのだが、筆者が深く共感して信じかけている様子がありあり(笑)。

お笑いだね。いや悲し笑い。

実は、私もアエラに「巨石は古代文明の痕跡か」的な記事を書いたことがある。調べてみたら、7年前だった。各地にある巨石群を、これは古代の天文台かもしれない……と信じて調べている人々を取り上げた記事だ。
だから、今回の記事は二番煎じというより焼き直し。

私の記事で取り上げたのは、主に奈良県山添村と高知県足摺岬だが、今回の金山巨石群だって当然知っていた。ここは古代文明マニアの世界では、有名。かつて岐阜県知事まで賛同してくれたことで名を挙げた。ただ、私の記事は、温かくも斜に構えた(^o^)書き方をしたのだが、今回は筆者がトンデモ学説を信じちゃってるよ。

私は、巨石が好きだし、それを追いかける人も好きだ。さらに地域づくりにつなげたいという地元の気持ちもよくわかっている。だが、今回の記事は……。
筆者がほとんど自分で唱えて、さらにパワースポットまで持ち出して……。編集部の記者のようだが、いいのか、これで。

そういえば、来週私は下呂市に行くのだった( °◇ °)  

現地調査しようかな……。案外、はまったりして。

2010/06/18

「田舎の助っ人」募集の条件

和歌山県那智勝浦町の色川地域、といえば、知る人ぞ知る、田舎暮らしのメッカ……というより先駆的な移住者受け入れ集落である。

30年以上前から移住者を受け入れ、今や集落9つの人口460人中3分の1が移住者になっている。そこで、「助っ人」を募集しているという。

どうやら「田舎で働き隊!」絡みの募集のようだが、すでに一人いる集落支援員とともに7カ月間、色川の地域貢献のために働かないか、というのだ。条件は、40代までで車の免許があること。宿泊所は提供され、手当ては月14万円。

ここまではいい。同じような募集は各地にあるだろう。

が、記事によると、地元の色川地域振興推進委員会の原和男会長は、
「田舎暮らしに憧れ、自分の人生を楽しみたい人よりも、地域貢献をしたい人にぜひ来てほしい」と述べている。

ずばり、本音で条件付けたねえ、と思った(^^;)。田舎暮らしをしたい人に来られても役に建たないのだ。地域貢献の仕事は田舎暮らしそのものと少し違うから。

実は、原さんは30年以上前に移住した一人だ。私も取材したことがある。色川には何度通ったかな。

この色川の移住者の歴史は、先日記した田舎暮らし史をたどっている。最初に入り込んだのは全共闘くずれのイデオロギーを持った集団だったし、次に入ったのは有機農法や自給自足的生活を求めた人々。原さんも、この中に入るかな。そして、その後現在につながるのはライフスタイルとしての田舎暮らしを目指す人たち。

原さんも、いよいよ会長として移住者を迎える中心人物となったわけだが、彼の持論は「田舎暮らしより地域づくり」なのである。今回の募集にも、その意志が伝わってくる。
本当に田舎暮らしをしたければ、まず地域を守ることをしなければならないし、その過程で地域に溶け込まないといけない。イマドキの移住者は、そこがわかっていない……という言い分がなんとなく透けて見えるようで面白い(^o^)。

さて、応募者はいるだろうか。そして適切な人材だろうか。「活動が終わってからも定住したい人なら歓迎する」と言っている。

※色川については拙著『田舎で暮らす!』を参照のこと。

2010/06/17

兼業者のダンピング

田舎社会は兼業社会、と指摘してきた。一つの仕事で十分な収入を得られないからいくつか掛け持ちをする。多品種少量生産であり、多様性職業だ。
それがリスクヘッジにもなる。一つの仕事が失敗しても無収入になるわけではないからだ。

が、一方で、兼業ゆえに真剣さが足りないケースもある。逃げ道があるわけだから、乾坤一擲の勝負を挑む……ということはなく、暇なときにできる仕事をやる感覚になる(^^;)。

どちらがよいか、もちろん程度問題なんだろうが、近年は弊害の方が多いような気がしてきた。

農産物直売所には近隣の農家が出荷するのだから、同じような種類の野菜が並びやすい。同じ季節、同じような土壌条件でつくる野菜は決まってくるからだ。加えて農協などの指導もある。

が、同じ野菜が並べば、売れ残る確率も増える。そんな場で専業農家と兼業農家が争うと、そこで何が起こるか。

よほど品質の差がないかぎり、価格競争が始まるのである。

いかなる結果が出るか。

兼業農家が勝つのだ。誰だって自分の野菜が売れ残るのは気分悪い。なんとか売り切ろうとする。だが専業農家は、原価計算をするし、自分の労働を安売りしたくない考えもあるだろう。一方で兼業農家は、ほかに収入源があるから、見境なく下げることができる。

だが、真剣に農業をやっているのは専業農家の方だろう。にもかかわらず専業者は駆逐され、利益の出ない直売が広がれば、やがて農業自体が衰退するのは目に見えている。

林業でも、たとえば建築業界から参入する場合、本気で林業に鞍替えするのではなく本業の仕事のないときだけ林業をしようという発想だったら、山特有の技術も知識も十分に磨かれないだろう。結果的に赤字になったうえに山は荒れる。

ちなみに、ここで専業と兼業として比較してみたが、これはプロとアマと置き換えてもいい。専門家と、何でも屋の差ということだ。複数の分野でプロ級の人の場合は、兼業を同じように扱ってはいけない。

ま、こんなことを考えたのは、私も基本的に専業者だからだ。

取材して、情報集めて、文章書いて、あるいは人前でしゃべってギャラをいただく。

ところが、ダンピングする人々がいるのである。安い額で原稿を書く、講演を引き受ける。それでは仕事にならないだろう、と思うのだが、彼らは兼業のなのだ。別のところから給料もらったり収入があるから苦にならない。
大学の教員だったり、リタイヤして年金生活だったりする人が、書けるだけで嬉しい、人前で話すことにステータスを感じる、ということで引き受けてしまう。が、それは業界全体のレベルを落としているダンピングなのだ。

私が、金額をどうにかならないかとクレームを付けると、「それなら……」と断ってくる。だって代わりはほかにいるから。

でもね。質は違うと思うよ。(負け犬の遠吠え)

2010/06/16

「田舎暮らし」が変えた社会

唐突に頭に浮かんだ、田舎暮らしの変遷

私の扱う仕事分野に、「田舎暮らし」がある。『田舎で起業!』『田舎で暮らす!』(サイドバー参照)といった本も出版した。まあ、最近はこの分野の仕事の依頼は激減している(-_-)のだが、それでも森林やら林業やら地域づくりやらの分野の仕事で山村など田舎を訪れることも多いから、田舎暮らし業界?には永く触れていることになる。

かつて、私の場合はほぼ20年前だが、田舎暮らしとはまだ社会に十分に認知されていなかった。その当時に田舎暮らしをテーマにした雑誌が創刊されたものの、そこに描かれるのは「田舎暮らしという生き方があるよ」というライフスタイルの紹介・提案だったと思う。

バブル景気の真っ盛りに、出世だ金儲けだ名を上げたい世間をワッと言わせたい……といった目標が人生の主流だった時代に、リゾートでもなくアウトドアでもない、田舎暮らしを提案し、その先駆者を紹介する試みはすごいことだった。

そもそも田舎暮らしそのものは、否応なく強いられた時代(国土開拓など)を除くと、まずイデオロギー的なものとして始まった。共産党の山村工作隊は先駆的存在かもしれないが、その後も全共闘くずれあるいはヒッピー文化の「共同体」建設の場として田舎が選ばれた。(これを第1期田舎暮らしとする。)

その後、政治的というよりは文明論的に田舎暮らしに興味を持つ人たちが現れる。公害問題に触発されたり安全な食品を求める、あるいは自給自足生活への憧れから田舎に入る人も現れたが、彼らもどちらかというとイデオロギー的だろう。いわば「反現代文明」思想である。(第2期田舎暮らし

ところが、バブル景気前後から現れたのは、そんな片意地張った田舎暮らしではなく、田舎で暮らしたい、こんな生活があってもいいんじゃないの、というライフスタイルを追求した人々だった。先の田舎暮らし専門誌も、「ライフスタイル」誌の創刊だったのだ。

それはバブルに踊る世間への反発・反動かもしれない。事実、金儲けに狂奔するのはイヤだ、もっと別の生き方があるんじゃないか、と感じ始めた人が、田舎に目を向けだしたのだ。

さらにバブルが弾けてからも、不況風吹く都会を離れて田舎で新たな生き方探す、といった一群の人が大量に田舎に流れ込んだように思う。

こうしたオルタナティブな(もう一つの)ライフスタイルの舞台が田舎だったのだ。(私は、これを第3期田舎暮らしと名付けている。)

さて、現在はその延長ではあるが、徐々に変質?進化? している。田舎に新たなビジネスチャンスを求めたり、人生リタイヤ組の指向が混交しているからだ。
そして田舎側も、そのライフスタイルを真正面から受けて、それを人口増のチャンスとか、産業化の動きまで見える。また田舎暮らしそのものが、「二地域居住」のようなスタイル(かつての別荘暮らしとどこが違うかは、またの機会にして)も広がりだした。
ビジネス化の動きもある。不動産業界はもちろん、コンサルもいれば旅行業も生まれた。さらに「田舎で働き隊」や「緑の雇用」など政府や自治体政策自体が「事業」であるからだ。

おそらく「田舎暮らし産業」なるカテゴリーを設定したら、数兆円規模になっているだろう。
もはや、オルタナティブなライフスタイルは、国を動かしつつあるのだ。いや、すでにオルタナティブとは言えなくなっているのかもしれない。(これは第4期か、まだ3期半くらいの田舎暮らしかもしれない。)

社会全体が「草食動物」化していると指摘される(その正否はともかく)が、田舎暮らしは草食系ライフスタイルと捉えることができるからだ。利益よりも生き甲斐を求める、量的拡大よりも質を追求する生き方だ。そのうち都会で金儲けに邁進する人が珍しくなる時代が来るかもしれない。その時、求められる社会規模は、大都会ではなく中規模都市、そして田舎になるだろう。

そう、新しいライフスタイルは、社会を変える。変える力がある。
「田舎」という言葉は、かつて悪口であり卑下した意味を含んでいたが、今では素敵な世界的な憧れを持つ層さえ生み出しているのだ。

さて、林業にもっとも縁遠いような都会派のファッショナブルな若い女性たちを林業界に目を向けさせたら、それはライフスタイルの転換と言ってもよいのではないか。そうしたら社会は変わるかもしれない。そしてオルタナティブな林業が生まれるだろう。

……以上、思考実験、思考錯誤(^^;)。

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木を伐る林業女子。

2010/06/15

「林業女子」雑誌

昨夜、京都で「林業妄想会議」が開かれた。

主題は、「林業女子」雑誌の創刊! 

もともとは「林業の好きな女性をなんと呼ぶ?」というツイッター上からスタートし、さまざまなアイデアから、ずばり「林業女子」でしょ、と決まった?のだが、そこから派生して、「林業女子」雑誌をつくろう、と盛り上がった。これこそ林業の人気を高めて、世に彼女らの存在を知らしめる最大のアイテムだ、というわけ。

もちろん言い出しっぺは、京都の女子大生(^o^)。

そして彼女らが「妄想会議」開きませんか、とツイッターつながりで声を掛けて、ホイホイと出かけたのが私らなのである。ちなみに女子4人に男子3人。

案に反して? 最初は真面目な林業論を語り合ったのだが、いきなり盛り上がったのは、この表紙が発表されたからである。

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どうだ! 

「森ガールでも
山ガールでもない
新しい女子の行き方
“林業女子”」

林業女子プロジェクト始動!!   なのだ。

女性陣は、山のイケメンインタビューの話題で盛り上がり、男どもは「森の中、水着姿でチェンソー持つ林業女子グラビア」にときめく(笑)。京都の女子大生なんだから、着物にチェンソーもいいな。いっそ、タイトルを「林業女子どすぇ」にするか?

いや、アイデアはみんな彼女だちだよ。

広く「世界の植樹」コーナーから、作業服ファッションショーに、ミス・林業女子コンテストまで設けたいな。

でも、期待したいのは「現役林業女子のぶっちゃけトーク」だ。どんな本音が聞けるか。重機を操縦する楽しみか、チェンソーで大径木を伐倒する快感か。

創刊号の特別付録は、世界に一つだけの木製ミラーだが、次号はスギのアロマオイルに決まった。

狙うは、現在農水省をバックに電通肝入りで展開されるノギャル、ウギャル路線だ。農業や漁業に国家予算が注ぎ込まれるなら、次はリンギャルでしょ。きっと、チェンソーを担ぐ彼女らの姿に萌える男どもが続出するに違いない。

まずはムックで売り出し、人気を呼んだら、彼女たちはそのまま芸能界入りしてもよろしい、ということになった。

京都の女子大生が登場して、売れないはずがない、とは彼女らの弁である。

2010/06/14

新潟県が木材輸送税?

新潟県が、木材輸送の過程で発生するCO2の量に応じて課税する独自税制の検討を始めたという。

これは、ようするにウッドマイルズCO2の応用だろう。木材を産地からエンドユーザーの元に届けるまでにかかるエネルギー量をCO2排出量で計算する概念があるが、そこに税金をかけようというわけである。

当然、外材のように長い距離を運ばれてくる木材に税金を多くかけることになる。逆に県産材など近くの木材は安くなる。そこで県産材の使用を促進させようということらしい。

もちろん、検討を始めたばかりだし、記事によると厳しい意見も出ているという。

http://mytown.asahi.com/niigata/news.php?k_id=16000001006070004

たしかに、ちょっと考えれば難問疑問だらけ

どうやって徴収額を計算するかだけでも大変だ。さらに誰から税金を徴収するか、税率はいくらか……。そもそも木造家屋でなければ課税されないわけだから、鉄骨ハウスやコンクリート製住宅が増えるかも。

なにより、県産材は、本当に必要な部材が全部供給されるのか? 構造材、内装材全部? もし一部だけ外材が混じっていたら、どのように計算する? どうしても県産木材の部材がないため県外産、あるいは外材を使った場合も税金かけられるのか? 県産木材で建てた家が欠陥住宅だったらどうする? 無理に県産材を使うことで施工碑が膨れ上がると、税金がかからない以上に建築費が高くなるかもしれない。

環境問題を持ち出して林業問題を解決しようという発想がおかしいのではないか。県産材をもっと使ってほしければ、売れる商品(住宅)づくりを進めるしかないのだ。

結局、税金取るか、その税金をばらまくしか施策を押し進める手だてを持たない(いや、考えつかない)のが役人と政治家なのかもしれない。

2010/06/13

ワンフレーズ地蔵とパワースポット

京都府木津川市の海住山寺をご存じだろうか。

ここを訪ねた。

実は奈良に近く(京都府の南端)、しかも奈良時代の一時はこの辺りに都が移されていた。いわゆる恭仁宮である。ここにある海住山寺は、天平7年(735)の創建。

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現在の寺は鎌倉時代に再建されたものだが、国宝の五重の塔がある。

小ぶりながら、整った形の塔である。

いかにも古代史の舞台の風情が漂っているのだが……。

こんな祠があった。

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やる気地蔵

こんなのもある。

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苦抜き観音。苦抜き地蔵。

なんだか、神仏混交だ。

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さらに、こんなのも。

ぼけ止め地蔵

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そして極めつけは、一言地蔵
一言で願うのがよいのだ。ぐだぐだ言葉を連ねてはいけない。

ほかにも、「持ち上げ地蔵」と言って、小さな石仏を持ち上げることで願いが叶う……と書かれたのもある。

思わず、どれも手を合わせ、賽銭を入れたくなる(~_~;)。

だが、よく考えると、いずれも最近の命名らしいし、そもそも地蔵もそんなに古くなさそうなものもある。古くても、さして造形的に優れていると思えないものも……。

ようは、命名したら勝ち、なのだ。
なかなか、ここはお寺として“商売”が上手い。何も賽銭を増やそうしているというのではない、お参りさせる気持ちを喚起するのが上手いのだ。

昨今はパワースポット流行りだが、それも元をたどれば命名の勝利である。

パワースポットという新しい言葉と、断片的・断定的な情報が人々を集めているのだという。難しい理屈よりも、短く断定することで、人々の心にすっと入って行ける。その方が楽だし、効果も出る。とくに癒しとは、理屈ではなく信心である。

小泉元首相は、ワン・フレーズ・ポリティクスと言われて、一つの命題を一つのフレーズで説明することで、それに圧倒的な訴求力を持たせて他の意見を圧倒した。世間は、経緯よりも答を欲している。そして答が自分の感性に合えば、熱狂的に支持する。
パワースポットも同じなのである。この泉は恋愛運を高める! と誰か(できれば有名人)に断定された途端、その情報は世間を駆けめぐり(マスコミだけでなく、ネット口コミも含む)、ブームをつくる。

海住山寺は、何も世間を誘導しようなんて意図はないだろうが(どの地蔵も牧歌的だ)、うまく参拝者をノセる命名術を持っている。この手は、地域おこし、あるいは国産材振興にも参考になるかもしれない。

ただし、気をつけないと、ワン・フレーズは暴走するよ

2010/06/12

所信表明演説

今日、駅前を通り掛かったら、「民主党幹事長代理 細野豪志来る」との看板が。始まりは15分後のようだ。それくらいなら待って聞いてみるかと、駅前にたたずむ。

なかなかの人気だ。昨夏ほどではないが、かなりの人だかり。細野さんは、やっぱり人気がある。山本モナとのスキャンダルなんぞはどこ吹く風(^^;)で、女性が集まってくる。9

細野さんの登場前に、生駒を地盤とする衆議院議員、参議院議員などの演説があったが、やっぱり細野さんが演説一番うまいわ。声の張りといい、口調といい、また内容も、小沢前幹事長のことも触れつつ引きつける。

かつて古代は、言葉には魔力があると思われていた。言葉によって超常的な力を手に入れ、人を操れることを信じていたのだ。だから、呪文という発想などが存在する。
現在の演説は、呪文ではないにしろ、人々を動かす力はあるだろうか。

で、各者が繰り返し触れた菅直人首相の所信表明演説である。じっくりと読み込んでみた。

昨日の国会で行われた演説の中で農林水産業、とくに森林林業政策に関する部分を抜き出してみる。

農山漁村が生産、加工、流通までを一体的に担い、付加価値を創造することができれば、そこに雇用が生まれ、子どもを産み育てる健全な地域社会が育まれます。農林水産業を地域の中核産業として発展させることにより、食料自給率の向上も期待されます。特に、低炭素社会で新たな役割も期待される林業は、戦後植林された樹木が生長しており、路網整備等の支援により林業再生を期待できる好機にあります。戸別所得補償制度の導入を始めとする農林水産行政は、こうした観点に立って進めます。

青く抜いた林業部分は、ツイッターに引用できるほど、短い(^^;)。

ようは、路網整備がキーワード。流通の改善により林業を再生することを考えている。これまでにも触れてきた、コストダウンと品質管理サービスの充実を狙っていると思われる。これまでいい加減だった乾燥や製材寸法、納品の改善も含まれるのだろう。

が、その前段にある「生産、加工、流通までを一体的に担い、付加価値を創造する」という部分も重要だ。これは林業にも適用できる。とくに付加価値の創造には期待したい。

実は、このくだりは、「強い経済の実現」の項目の中にあり、強い経済のための「安定した内需と外需を創造し、富が広く循環する経済構造を築く」ための手段として登場する。
そして全部で6つ語られる戦略のうち、第4番目の「観光立国・地域活性化戦略」の一部である。まあ、林業が観光とは思えないから(^^;)、地域活性化戦略なんだろう。

演説の結びには、

「20年近く続く閉塞状況を打ち破り、元気な日本を復活させることです。その道筋は、この所信表明演説で申し述べました。後は実行できるかどうかにかかっています」
「私は、本日の演説を皮切りに、順次ビジョンを提案していきます」
とある。

次のビジョンと実行を待ちたい。呪文で終わることなく。

2010/06/11

森林経営計画の目的

今朝の林業関係のニュースとしては、農林水産省の「森林林業再生プラン推進本部」が発表した、中間報告の中で「森林経営計画」(仮称)が話題となっている。

これは、木材自給率を10年間で50%に引き上げる政府目標を達成するための方策とされている。

この新制度は、「森林の所有者や森林組合が、隣接する森林を数百ヘクタール規模ごとにまとめて間伐計画や林道の整備計画を策定した場合に助成対象とし、コスト削減によって国産材の競争力を高めることを目指す。所有者らに直接助成する仕組みとすることで、放置され荒れていた森林の整備を進める狙いもある」という。

わかりにくいが、これまでの「森林施業計画」は、手を上げた所有者に助成するため、広範囲に散在する民有林も補助などの対象となるが、それは効率が悪いとされていた。
そこで、隣接する森林をまとめ上げたところを助成対象とすることのようである。また所有者への直接助成もある。

一見悪くない発想だが、この計画の根幹は、集約化を進めることにあるらしい。しかし、よくよく考えると、隣接した林地を数百ヘクタール規模に、誰がまとめ上げるの?

森林組合なら順当だが、それは現在と何も変わらない。なかなかまとめ上げるのに苦労している(いや、まとめ上げる努力をしていない、か?)

では、組合に頼らない自伐林家とか、組合がやる気のない地域の所有者はどうする? 自分で隣接所有者を口説くのか。組合さえも嫌がる手間隙を個人に求めることになる。とても、すんなりいかないだろう。

実は、再生プランのもっとも難しそうなところが、この集約化だと思う。そこの解決策が見えない。機械化(と、そのための作業道整備)は、まだなんとかなる。

ところで林業再生とは、簡単にいって、林業を産業として成り立たせるということだ。言い換えると、現在は採算があっていないものを合うようにする。

そのためには利益を出るようにすることが肝心だ。今は、木材を利用することが赤字を生む構造になっている。

そしてビジネスとして利益が出るようにするためには、二つのベクトルがある。

一つはコストダウン

もう一つは値上げ

森林経営計画、および森林林業再生プランは、コストダウンしか語っていない

商品の価値を上げて、価格を高くする施策が見られない。

なぜなら木材価格は、国際的な取引で決まってくるからだ。値上げすると売れなくなる、と思い込んでいる。もしかして、建築業界の反発が怖いのだろうか。

商品価格が安いまま留まるという前提だから、コスト削減ばかりが課題となる

そして利益が薄いから量で稼ごうとする。だが、量を出すということは、今以上に伐採を進めて禿山を増やすことにつながる。生長量以下しか伐っていないというが、再造林と育林をちゃんとできるようにしない以上、絶対に資源は枯渇するのだ。

もう一つのベクトルの施策も、早く出してほしい。さもないと、木材産業と建築業界だけを儲けさせ、山に利益は還元されず、禿山を増やすだけになりかかねない。

2010/06/10

木の織物

生臭い政治の話のあとは、少し休憩(^o^)。

こんな商品を見つけた。天然木から製造した"縫える木"テナージュ と、それを経糸にした京織物木織テナージュだ。

よくわからないから、発明したゼロワンプロダクツ株式会社のサイトを見て。

理屈はともかく、ようは木材を布のようにできるということだ。それも大量生産可能で、自動機械で大きさも自由に製造できる。

これまでのツキ板とは、また違った分野で活かせるのではないか。ファッション系の商品のほかにも、曲面、凸凹面のあるインテリアなどにも使えそうである。

私の思うのは、木材って、まさにマテリアルだなあ、ということだ。アイデアと新技術によって、さまざまな素材を生み出せる。しかも生物性で再生できるし、廃棄処理にも困らない。

これほどの素材を、これまで十分に活かしてきただろうか。いや、昔は活かしてきたのだが、戦後は石油という素材に目を奪われて、あまりにないがしろにしてきたのかもしれない。

2010/06/09

菅首相の林業観

昨日に続き、政治ネタ。

菅直人新首相は、どれほど林業に興味を持っているか 。また政策はいかなるものか。

そこで、こんな写真を。

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ハーベスターに乗る、菅氏。

場所は、日吉町森林組合である。2007年5月撮影。

菅氏は、東京工業大学の出身の理系だが、実は機械ものが好きらしい。だから、ハーベスタに乗って、なかなかご満悦の様子だった。さすがに操縦はしなかったが、オペレーターに操り方を教わっていた。

感性としては、自然の中の仕事、という草食系の林業よりは、バリバリ重機を機動させる肉食系林業にシンパシーを感じている様子。

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日吉町森林組合の湯浅参事と、森林プランや施業スケジュールの説明を受けているところ。そのシステマティックさが気に入ったようだった。

手前の人は、山田正彦・現農水大臣だろう。

菅氏の林業観は、あきらかに梶山恵司・国家戦略室内閣審議官の影響を受けている。もしかしたら、彼の説明を聞いて、林業に興味を持ったのかもしれない。

だから、旧態依然とした森林組合には、かなり反感を持っていると睨んでいる。

それ自体は私も同じだが(^^;)。

ただ、これは私の見立てではあるが、彼は政治家的な発想としてなのか、理系的感性なのか、問題に対して、ずばり解答を求める様子があり、「林業は、この方法で再生できる!」と信じたようなのである。

そんな単純ではないでしょ。林業は、あまりに地域差がありすぎる。そして人に左右される。何より生物は多様なのだ。それを相手にする産業も多様であらねばならないと思う。

私は、日本の林業にドイツ的な機械化・集約化の方策を取り入れて改革するのは基本的には賛成なのだが、それで救われるのは、ほんの一部だと思っている。感覚的には3割くらいかな。
あとの林業地は、逆に疲弊する。3割の肉食系林業に食い物にされるか、肉食になろうとして腹下しするか、あるいは、どこかに逃げ込むか。逃げて、自分なりの道を見つけるのは、これまたわずかで、下手するとのたれ死にするところも出るだろう。

そのことに気づいてほしい。3割を再生するのはよい。だが、残り7割(全部とは言わないが……)を再生・生き延びる選択肢を模索したい。

2010/06/08

管新内閣

今夜、菅直人・新総理大臣の内閣が発足した。

せっかくだから、これまでの総括? いや感想と、今後の予想? いや想像(笑)を。

私は、鳩山前首相を、マスゴミのいうほど出来が悪かったとは思わない。ただ政治家は結果責任であるから、最終的に普天間移転など重要問題を解決どころか混乱させたのであるから失格であることはいうまでもないが……。

そして、赤松農相。実は、この人事もさほど悪かったとは思わなかった。たしかに当初は、まったく農政に縁のない人を農林水産大臣に据えるとは、何考えてるんだ、と思っていた。
ただ赤松氏は、党人派であり、行動力はあったんじゃないかと感じる。もしかしたら、農家の戸別所得保証制度を立ち上げるべく、選ばれたのかもしれない。ただ私は、もっとも楽な米作農家に戸別保証とは何考えてるんだ、と思っていたが。
そして、農政通でなかったことが、口蹄疫対策の出足を鈍らせたのかもしれない。多少とも農畜産業を知っていたら、口蹄疫の恐ろしさにピンと来ているはずだ。

もちろん林政については何もぱっとしなかったが、こちらは国家戦略室で、実質的に菅大臣の元で「森林林業再生プラン」をスタートさせたことになる。菅氏は、鳩山内閣で、ただ一人の林業通だったと私は思っていた。
ただ、肝心の菅氏が財務大臣に転出したので、梯子を外された感があったが、今度は総理である。

ちなみに森林林業再生プランに関しては、私もいろいろ意見はあるが、とりあえず林業政策に力を入れているという点だけは評価している。

さて、改めて菅氏が総理大臣である。林業政策に目配りすることは十分期待できる。そして国家戦略大臣には荒井聡氏。彼は元農水省官僚。とくに林政に詳しいとは聞かないが、環境問題にも足を突っ込んでいるらしい。まあ、ど素人ではなさそうだ。

ちなみに山田正彦氏が副大臣より農相に昇格。順当ではあるが、ほかの候補は断ったそうだから、いかに人気のないポストなんだ。

今後は、林業にかなり大胆な変革を迫る可能性はある。ただ、同時にその政策に危うさも感じている。下手したら普天間問題並に、迷走するかもしれない(^^;)。

何より心配なのは、国家戦略室にしろ、官僚にしろ、林業GM(現場を見ない、知らない)なことだ。とくに山村社会や林業関係者の特質をどれほど身に感じているのか。

私は知っている、というほどの自信はないが、少なくても机上の論理が通じない現場であることは感じている。国家レベルで「林業再生」を叫べば叫ぶほど、ずれていく。おそらく想定外の動きが起きるだろう。
そして国家を背負った気になっている輩は、林業再生のためなら山村は滅んでもいい……なんて本末転倒な意識が(潜在的に)広がりそうな気がする。

2010/06/07

日経エコロジーに森林セラピー

日経エコロジー7月号の連載「ウソホント!? 環境の科学」に、森林セラピーが取り上げられた。

ちょっぴり期待したが、内容はこれまでの森林セラピー実験に関する発表をなぞったもの。ただ、『森林のどの作用が効果につながっているかは未解明の部分が多い』として、医学的証拠を積み重ねていけば、医療として認められるようになる、としている。『近い将来、森林セラピーが真の意味での「森林療法」となるはずだ』と結んでいる。

いやはや。

根本的な点で違和感を持つのは、森林セラピーという言葉をいとも平気で使っていることだ。おそらく、取材の過程でわかっているはずなのだが、「森林セラピー」という言葉は、商標登録されている。そのことに対してダンマリを決め込んでいる。それなのにマルcマークも付けず平気で使うのだ。
もちろんNPO法人森林セラピーソサエティ(商標を管理する団体)を取材しているのだから、無断使用で訴えられることはあるまい(笑)が、言葉の使い方からしてオカシイのだ。

そもそも森林療法が提唱されて、その中の一部(森林セラピーソサエティが認定したもの)を森林セラピーと呼んでよい、というのが定義である。だから商標登録もされた。それなのに、まるで森林セラピーが先にあって、それを森林療法に進化させよう、としているかのように記している。

それにねえ。書き手はサイエンスライターの肩書を持つのだけど、記事に紹介している実験データを科学的と思っているのだろうか。

披験者数が13人、なんてのは統計的に意味があるのか……というツッコミは我慢するとしても、全国35カ所の森林で、季節も人物も全部バラバラで行った実験(1カ所約12人)結果を集めて「400人を対象にした実験」というのは、ちょっと理系的感性に欠けるのではないか。
また実験データそのものも、本当に科学的な数値なのか検証してほしかった。私がしたくてもできなかった点だから……。

私は「真の意味で森林療法になる」のではなく、「本来の森林療法にもどしてほしい」。

せっかくタイトルに「ウソホント!? 」とあるのだから、もっと突っ込んでよ。

2010/06/06

日本のチップ材が中国で内装材に

河北新報の記事で、青森県森林組合連合会が県産材を中国に本格輸出する記事が載っていた。http://www.kahoku.co.jp/news/2010/06/20100605t22011.htm

宮崎県が取り組んだ国産材の中国輸出。この事業に取り組んだ相互造林は、その後倒産し、残念なことになったが、私は必ず木材輸出は伸びるはず、と思っていた。

事実、その後も全国各地で輸出が試みられてきたが、そのほとんどはコンテナ輸出で、いわば試験出荷のレベルだった。そのうち国内で需要が高まったので、輸出努力も弱まったかに見えたのだが……。

今回は、大手商社が中国・上海向けの輸出を同連合会に打診したことで取り組んだそうだが、スギとアカマツの丸太計約3万2000本(約3000立方メートル)だという。量的にも、立派な中国輸出だ。

ちょっと驚いたのは、この木材はみんなチップ材だと書かれていることだ。そして、その木材が中国では住宅の内装材として用いられるのだ。

チップ材を内装材に? いくら中国だって(笑)、そんなことあるのだろうか。とくにスギのチップ材というのは、どれほどの曲がり材なんだ。それとも細い間伐材か。

もし、それが本当なら、内装材になるほどの品質だということになる。それが日本国内で売れないというのは解せない。それとも中国人の感覚では、日本人がダメと思う代物でも内装になるというの。
もしかして、青森県では、最初から「この木材が内装材なんかになるはずがない」という思い込んでいただけでは……という気がする。連合会のコメントとして、「内需拡大の見通しが現時点で立たない以上、輸出が選択肢となる」とあるが、本当に内需拡大ができないのか、それとも売り込み努力が足りないだけではないか。

それとも、記事自体が間違っている?

国産材の中国輸出は、私は大いに推進すべし、と思っているが、このニュースにはちょっと引っかかる。

はたして中国へ売る価格は、チップ価格? それとも用材価格? 

2010/06/05

里山の生物多様性は本当か

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写真は、京都の総合地球環境学研究所。正確には、「大学共同利用機関法人 人間文化研究機構」という肩書がつく。長げえ~。ようするに全国の大学から研究者が集まってプロジェクトを推進する国家的機関だ。

さて、森(アメリカフウ)の木立の中に伸びる木道……この風景から、熱帯雨林を想像できた人はエライ!

近年の熱帯雨林には、このような地上高くに木道を設けた研究地域が多い。私は樹上回廊と呼んでいるが、樹上を観察するためのものだ。熱帯雨林は地表ではなく樹上により多くの価値がある。

はたして、この研究所は熱帯雨林の現場を模したのかどうかはわからないが、世間的な大学の建物とはかなり違い、巨大な施設ながら木材を多用した内装と外装で、内部に日本庭園まである代物。

http://www.chikyu.ac.jp/rihn/annai/shisetsu.html

ここで、熱帯雨林の生物多様性についての話を聞いた。と同時に、現在進行中の熱帯雨林の開発=二次林の形成が何をもたらしているか、を。

ここでは「熱帯里山」という概念を提唱する研究者もいるらしい。原生林である熱帯雨林を伐採し、その後に成立した森林と農地などの環境である。

そこで「原生林と里山、どちらが生物多様性が高いか」と質問してみた。

すると「それは圧倒的に原生林です」。

この原生林は、熱帯雨林であり、樹冠部にとてつもなく多様な生物の生態系が広がっている。これを破壊することは、生物多様性を破壊することになるのだ。

が、日本の場合は、原生林(温帯林)より里山の二次林の方が、一般的に生物多様性が高いとされる。この違いをどのように解釈するか。

が、ここで研究者はいうのである。

「日本の里山だって、範囲を広げると多様とは言えません。狭い範囲で見ると、原生林よりたくさんの動植物が生息しているように見えるけど、何も里山が新種を生み出したわけではなく、元からいた種ですから」

う~ん、とうなってしまった(・_・)。たしかに里山ならではの昆虫や草木にしても、それらは元から存在した。原生自然でも、どこかに草地部分が広がっていたり、湿地帯があったから、そこにいたのである。ただ数で言えば目立たなかった。それが里山化することで、生息領域が広がって数も生息範囲も増えただけ……。

もしかしたら里山形成時の破壊行為で、完全に絶滅した種もあったかもしれない。それは、二度と復活できず、結果的に生物多様性を減らしたことになる。

いかにも純粋・生物学の立場からのご意見だ(^^;)。

まあ、現実の社会を見渡すと、「範囲を広げる」と言っても、そもそも里山、あるいは原生林の周囲は都市化しているケースもあり、いくら広げても生物種は増えないこともある。また里山が避難場所になっているケースもある。里山がなければ絶滅していた氷河期の遺存種のような生物もいるだろうから、一概には言えないような気もする。目立たずひっそりと生息していた種の数を増やすことは、結果的に後世に引き継ぐ可能性を高める役目を果たしているようにも思う。

しかし、スケールとエリアの視点から野放図な里山礼賛に異議をはさむのは悪くない。

里山を保全すれば、自然を守ったことにはならないのだ。

2010/06/04

明治の建築・獅子閣

先日のNHK「ワンダー×ワンダー」で、京都嵐山の別荘群を紹介していた。

ここには明治に建てられた政財界の大立者の別荘がいくつもあるが、日本の建築と作庭の粋が詰まっている。

明治といえば、文明開化。石やレンガなどが使われた西洋風の建築が目立つが、実はこの時代こそ木造建築の技術がもっとも高まった時代である。

で、ここで数寄屋造りがどうの、と説明するつもりはないが、面白い建築が生駒山にはある。

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宝山寺の獅子閣という。先日まで修理が行われていたが、このほど完成したようだ。

ちょっと洋風でしょう。

実は、擬洋風と呼ばれる、洋式を真似た日本建築。

宝山寺は、明治になって、時の住職さんが洋風建築を作ってみたくなったんだね。宮大工の吉村松太郎に洋風の建築を依頼した。おそらく困っただろうが、見事に作り上げたのである。

斜面に建っているが、二階建てで寄棟造り  車寄切妻造り、だそうだ。完全に二年建築なのだが、さまざまなところに洋風の仕掛けがある。

ベランダの柱は飾りがついているし、いかにもコロニアル風。
私は修繕前に覗いたのだが、アーチ型の窓や扉、そして中には螺旋階段がある。そして色ガラスが入っているのだ。洋室になっていて、机や椅子もあったと記憶しているが、和室もあったはず。

まだ生駒トンネルもなければ自動車道路もない頃で、おそらく洋風建築の資料さえもくになかっただろうに、よくぞ建てたものだ。

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ちょっと足元まで近づいてみた。

内部は入れない。

木材は何を使っているかまでは確認できなかったが、今の時代なら喜ばれそうな気がする。

ちなみに、生駒山には昭和の始め、ブルーノ・タウトが訪れている。桂離宮や薬師寺東塔に感激して「凍える音楽」と称したように、日本の建築の再評価をしたことで知られるドイツ人建築家だ。

生駒山の山上部分に高原都市を築く設計をしているのだが、はたして、この獅子閣を目にしただろうか。もし、見たら擬洋風建築をどのように評価しただろうか。

2010/06/03

列状皆伐

先日、飲み会の相手のところに、メールで私当ての質問が送られてきた。

「里山の広葉樹を伐採して、チップにして国産パルプを増やすとともに、雑木林を更新しようとすると、市民団体などの反対を受けそうですが、どうしたらいいですか」

たしか、そんな内容だった。これはツイッターかプログか忘れたが、「木材自給率50%を達成しようと思ったら、国産パルプを増やさないといけない。しかも広葉樹材パルプを。そこで雑木林を伐ったらいい」と放言したことへの質問だと思う。

そこで思いつきで応えたのは、「列状皆伐しよう」であった。

雑木林を抜き伐りしたり間伐するのは無理。本当はコストの面からも皆伐が一番よいのだが、たしかに里山の雑木林を丸坊主にしていたら、地元のみならず都会の市民団体が猛反対しそうだ。
そこで、一見皆伐に見えないように、雑木林を虎刈りする。幅は10mか20mくらい。そのままバリカンで刈ったように筋状に伐っていけばよい。もちろん道の両側は保全する。

角度を工夫したら、ほとんど道からは皆伐地は見えずに気がつかないだろう。それで2、3年ばれずに済んだら、その頃には幼樹が繁って、背は低くても雑木林は再生の気配を見せているから文句をつけにくくなる……。という考えだった。

ま、完全な思いつきなのだが、ここで肝心なのは、私は皆伐を推進してもよいと思っていることだ。

ただ大面積皆伐はダメだよ。100ヘクタールを丸ごと禿山などにしたら、再生種子の供給も難しくなる。また土壌条件の変化や保水力にも影響を与えるだろう。

では、どれほどがよいのか。理想的なのは、1区画3~5ヘクタール。どんなに多くても10ヘクタール越えてはダメだ。それを列状かモザイク状に配置すると、里山の動植物は大きく増えるに違いない。
そこで間伐率50%ほどの皆伐をする(^o^)。

たとえば10メートル間隔で無林地と雑木林が並んでいたら、無林地には光がよく差し込むし、草木の種子は隣から供給されるので、回復しやすい。それどころか里山の特徴である生態系の多様性を増すことになる。
間伐では、まだまだ光量が少なく、完全な草原性植物は生えてこない。やはり皆伐の方が生産量は大きいのだ。

この考え方は、林業でも同じである。もっと小規模皆伐をモザイク状に行った方が、施業上も生物多様性にもよいのではないか。

生物多様性。この言葉こそ、里山の皆伐に反対する声を消してしまう魔法の呪文だ(笑)。

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写真は、生駒山の山中に忽然と現れた草原。何かの理由で伐採されたのだろうが、不思議な景色を作っていた。

2010/06/02

合板博物館のベンチ

先に新木場を訪れて見学した「木材会館」を紹介した。

実は、この際に同じ新木場の「木材・合板博物館」にも訪れている。

そこで見たのは……。

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ま、入り口のところに、こんなヘンな彫刻もありましたが(^^;)





注目したのは、これ。
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ベンチである。が、一見、何が材料かわからない。

よく見ると、木目があるので木製であるのは間違いなさそうなのだが、実はパルカナイズドファイバーという特殊な紙に、合板を張り付けたものなのだそうだ。
実は、大学生の卒業製作らしい。

一見、木に見えないようなデザイン。

案外、今後の木材商品のヒントは、この路線にあるのではないか。

日本人は、本当に「木そのもの」が好きなのか。そうした疑問を持っている。というのは、木そのものをむき出しに表現した商品は、意外と好まれないように思えるからだ。
一見、木肌に惹かれても、すぐにくどくなる。たとえば壁一面に木材が貼ってあると、精神的に落ち着かなくなるという実験結果が出ているそうだ。

だから、こんな木なのか、なんなのかわからない使い方も可能性あるんじゃないかな。

2010/06/01

大面積皆伐

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写真は、奈良県吉野郡上北山村の一角。

こんな大面積皆伐地が各所に見られた。ここはまだマシな方で、数十ヘクタールに広がるところも、幹線道路からかいま見られた。
おそらく、奥地に入ったらもっと広がっているのではあるまいか。

かつて「大面積皆伐」がかなり批判された時期があり、ほとんど姿を消していたのだが、最近になって復活している。とくに九州や四国、東北、北海道に顕著だ。
幸い、関西にはあまり見られない……と私は思っていた。だが、そうでもなくなりつつある。

吉野郡は、奈良県南部をすべて含む広大な地域だが、この辺りは吉野林業地ではない。吉野林業とは、基本的に吉野川(紀ノ川)流域の林業地(さらに狭義の定義もあるが、今回は省く)だが、叔母峯峠を越えると、北山川流域になる。

林業の歴史や施業法自体も違うが、こうして大規模な伐採地が広がるのも、さすがに吉野地域では見かけなかっただけに、ちょっとショックであった。

やはり国産材が大量に求められていることを感じさせる。需要は伸びているのだ。しかし残念ながら、その価格はそんなに高値ではないだろう。

よく観察すると、あまりの急傾斜ゆえか、重機は使っていない。作業道もほとんど見えなかった。そのせいか崩壊も見られず、ていねいな施業を行ったように思われる。そして、ほとんど再造林がなされていた。だから、乱伐には当たらない。

とはいえ、日本の森林が動き出していることを感じさせる。

ちなみに、私は皆伐を批判するつもりはない。その点については、また改めて。

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