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2010/06/05

里山の生物多様性は本当か

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写真は、京都の総合地球環境学研究所。正確には、「大学共同利用機関法人 人間文化研究機構」という肩書がつく。長げえ~。ようするに全国の大学から研究者が集まってプロジェクトを推進する国家的機関だ。

さて、森(アメリカフウ)の木立の中に伸びる木道……この風景から、熱帯雨林を想像できた人はエライ!

近年の熱帯雨林には、このような地上高くに木道を設けた研究地域が多い。私は樹上回廊と呼んでいるが、樹上を観察するためのものだ。熱帯雨林は地表ではなく樹上により多くの価値がある。

はたして、この研究所は熱帯雨林の現場を模したのかどうかはわからないが、世間的な大学の建物とはかなり違い、巨大な施設ながら木材を多用した内装と外装で、内部に日本庭園まである代物。

http://www.chikyu.ac.jp/rihn/annai/shisetsu.html

ここで、熱帯雨林の生物多様性についての話を聞いた。と同時に、現在進行中の熱帯雨林の開発=二次林の形成が何をもたらしているか、を。

ここでは「熱帯里山」という概念を提唱する研究者もいるらしい。原生林である熱帯雨林を伐採し、その後に成立した森林と農地などの環境である。

そこで「原生林と里山、どちらが生物多様性が高いか」と質問してみた。

すると「それは圧倒的に原生林です」。

この原生林は、熱帯雨林であり、樹冠部にとてつもなく多様な生物の生態系が広がっている。これを破壊することは、生物多様性を破壊することになるのだ。

が、日本の場合は、原生林(温帯林)より里山の二次林の方が、一般的に生物多様性が高いとされる。この違いをどのように解釈するか。

が、ここで研究者はいうのである。

「日本の里山だって、範囲を広げると多様とは言えません。狭い範囲で見ると、原生林よりたくさんの動植物が生息しているように見えるけど、何も里山が新種を生み出したわけではなく、元からいた種ですから」

う~ん、とうなってしまった(・_・)。たしかに里山ならではの昆虫や草木にしても、それらは元から存在した。原生自然でも、どこかに草地部分が広がっていたり、湿地帯があったから、そこにいたのである。ただ数で言えば目立たなかった。それが里山化することで、生息領域が広がって数も生息範囲も増えただけ……。

もしかしたら里山形成時の破壊行為で、完全に絶滅した種もあったかもしれない。それは、二度と復活できず、結果的に生物多様性を減らしたことになる。

いかにも純粋・生物学の立場からのご意見だ(^^;)。

まあ、現実の社会を見渡すと、「範囲を広げる」と言っても、そもそも里山、あるいは原生林の周囲は都市化しているケースもあり、いくら広げても生物種は増えないこともある。また里山が避難場所になっているケースもある。里山がなければ絶滅していた氷河期の遺存種のような生物もいるだろうから、一概には言えないような気もする。目立たずひっそりと生息していた種の数を増やすことは、結果的に後世に引き継ぐ可能性を高める役目を果たしているようにも思う。

しかし、スケールとエリアの視点から野放図な里山礼賛に異議をはさむのは悪くない。

里山を保全すれば、自然を守ったことにはならないのだ。

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森林学・モノローグ」カテゴリの記事

コメント

総合地球環境学研究所、なつかしいです。3年間そこにいました。

奥山と比較して、里山の生物多様性はほんとうに豊かなのか。現在、広域的なデータを使ってそれを調べています。でも、ここで問題になるのが、肝心の「里山」の定義です。ざくざく出てきます。とほほ…。

あら、ここに勤めていましたか。

まあ、里山の定義は難物ですね(^^;)。その前に「生物多様性」の定義も難物。これを持ち出す危険性を指摘する人もいる。
でも、世の中、「地球温暖化」の次は「生物多様性」に向かって動き出していますから。

おっしゃるとおりですね…。「生物多様性」の定義もなかなか手ごわいです…。個人的には生物多様性に対する里山の貢献は大きいと思っているのですが、「数字で」となると頭が痛くなります。

別のエントリーにもコメントさせていただきましたが、あらためてはじめまして。
里山の生物多様性と熱帯雨林の生物多様性を比較すること自体ナンセンスではないかと思えます。太陽エネルギーをたくさん受けている熱帯雨林の多様性の方が高いに決まっているのではないでしょうか。
最近は、農耕地における生物多様性も問題にされるようになってきています。農業生産を上げるための場所の生物多様性を問題にすることがはたして意味のあることなのかどうか、ぼくは大いなる疑問を持っているのですが、でもそういうところに予算がつけられており、ぼく自身は疑問を持ちながらその仕事にかかわっています。

何も熱帯雨林と日本の里山を比べているのではありません。
熱帯雨林の話は前フリ。
日本の原生林と里山という二次的自然を比べて、里山の方が生物多様性が高いとするのは、本当なのか、という問いかけです。

農地が生物多様性を売り物にする点については、私も同感です。それを持ち出した途端に、農業生産力を軽んじてしまい、農業の意味が失われる。なんだか論点のすり替えのような気がしますね。

昔ここの研究員採用に応募して見事に落とされたあがたしです(笑)

一方で,こういう話もあるんですよね:

「文明が育てた植物たち」岩槻 邦男著 東京大学出版会 1997年

http://www.amazon.co.jp/dp/4130633120/

題名だけを見ると,ランやらバラやら各種農産物の品種改良の話っぽく見えますが,実際にはそれこそ原生林の「里山」(やっぱりカギカッコ付きでないと使いづらい言葉だなあ)化により自然に新種が誕生しているという話です.岩槻先生は東大の植物学の人で,モグリで講義を聴きに行った覚えがあります.

といっても地球研レベルの専門家がこういう話題を知らないわけがないですから,量的には原生林破壊によって失われた種の数のほうが明らかに多いということなのでしょうね.

そういえば地球研って,僕が応募したときにはまだ上賀茂ではなく御苑の近くのかつて小学校だった建物にあったっけ(会合で何回か行ったことがあります).オールドスタイルの木の床に最新型コンピュータのラックが置いてある姿は不思議だったなあ.

田中さんのブログで、読者同士の意見交換は控えた方がいいと思ってはいるのですが、Ohrwurmさんの問題提起が面白かったので、どうしても反応したくなりました。長文ごめんなさい。

Ohrwurmさんより
>農業生産を上げるための場所の生物多様性を問題にすることがはたして意味のあることなのかどうか

ということです。田中さんも賛成されていますが、私にはちょっと賛成しがたいところもあるのです。

私は山村に住んでいますから、棚田耕作はあっても農業経営は無理です。6、7枚でやっと1反になるような棚田で、米を作っても投入した機械代は絶対に取り返せません。

でも、そうした棚田耕作を続けている皆さんの心の中には生物多様性(日常生活ではそうは言いませんが、赤トンボが出てきたなあとか蛙が鳴いているなあとか感じてはいます)への意識はあります。儲からない棚田耕作を支えている要因の一つです。小さいけど。

こういう心情は、平地で農業をしている皆さんにもあるのでは?

もう一つは、ちょっと別な話ですが、農業生産を追求しても農村が豊かにならなかったのではないか、という疑いを持っております。現在の農村はそこそこ豊かですが、兼業や不動産収入を除けばどうなんでしょう。

こういう風ですから、田中さんの言う「論点のすり替え」でもして、農地の評価(精神的な評価も含む)を少しでも上げて、耕作放棄地(うちの近所は耕作断念地ですが、近郊農村では耕作と放棄をてんびんにかけた放棄地でありましょう)を少しでも減らせないかなという期待もあるのです。

ついでに、Ohrwurmさんに触発されて「林業生産を上げるための場所の生物多様性を問題にすることがはたして意味のあることなのかどうか」という問いを考えてみたのですが、こっちは明らかに意味がありそうです。

長文失礼しました。

あがたしさんが、京都人になる可能性があったんですね(笑)。
「文明が育てた植物たち」は、読みました。たしかに二次的自然が生み出す新種はあるようですが、ちょっとレベルが違う気がしますね。

熱帯雨林の場合は、樹冠という特殊な?生態系があり、その生物多様性は温帯の原生林や里山とは、これまたレベルが違います。だから熱帯雨林を破壊したら、仮に熱帯里山が多様な生物の生息域になっても、全体としては生物は減るのは仕方ないような気がしますね。

読者同士が意見交換してもいいですよ。盛り上がればいいのよ(^^;)。

さて、農地の生物多様性が耕作者の精神的糧になっているというのはすばらしいことです。
でも、それを口にしてもいいのは、当事者、つまり耕している人でしょうね。外部の人が、水田の水生昆虫を守るために耕せ、などというのはいかがなものかと。

皆さん、こんにちわ!

里山における環境教育、里山の現代的な利用とかいう研究テーマで研究?をしていますが、ここで出てくるような根本的な疑問、つまり「里山」の定義ってなに?とか
「生物多様性」ってどう定義されるの?とかの疑問は絶えずつきまといますね。キチンとした誰もが納得する、一般的な定義はあるんでしょうか?

研究者により里山の概念は微妙に違うし、生物多様性の定義をわかるように解説した本はあるんですか?

曖昧な概念で、話が進んで行くころが面白い分野ではありますが。

要するに、研究者が使う言葉の意味は市民には伝わっていない気がします。実際に、里山を利用したり、生物多様性を楽しんで利用する市民はどのくらいいるんでしょうか?マイナーな世界のような気がします。

とくに、日本では生態学の基礎知識が不足しているため、生物多様性という西洋からきた言葉の意味が今ひとつ十分に理解されていない気がします。勝手な思込みかも知れませんが。

今の学生を見ていると、年々自然との接点がほとんどない学生が増えていますので。

言葉の定義をしだすと、一般人は逃げ出すだろうな(^^;)。私も、厳密にはわからない。だから、自分なりの定義を最初に打ち出しておかないと執筆する際にもつっこれまそうで怖い。

生物多様性も生命多様性に言い換えろとかいう人もいるし、生物多様性条約締結国会議は「いきもの会議」に略されちゃったし。

2009年-2010年「地球温暖化ニュース」から。
「魚の平均体重がこの30年で半減している。」
「野生の脊椎動物の個体数は1970年に比べて2000年には60%までにも減少している。」
現状がここまで酷いとは驚いた。排気ガスを垂れ流す、石油文明がここまで酷いとは。
乱開発、乱伐採によりすでに世界の原生林の76%が失われました。

この手の情報、はっきりと反対はしませんが、誰かどんな調査をしたのか。よく根拠のわからない数字です……。

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最近もてはやされている「里山」の生物多様性について、面白い記事がありました。 「里山の生物多様性は本当か」 http://ikoma.cocolog-nifty.com/moritoinaka/2010/06/post-1fef.html この著者が「原生林と里山、どちらが生物多様性が高いか」と研究者に質問したところ、 ... [続きを読む]

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