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2010/06/21

「河童の三平」を読む

書店に行くと、水木しげるのコーナーが設けられていた。

NHKの「ゲゲゲの女房」のおかげで水木しげるに注目が集まっているからだろう。私も毎朝見ている。正直、あまりの貧乏話はイタイので、水木しげるの創作活動にもっと力点を移してほしいと願っている(笑)。

いうまでもなく、私は水木しげるのファンだ。それも筋金入りだが、もっとも思い出深く評価しているのは、「ゲゲゲの鬼太郎」ではなく「河童の三平」である。

私が最初に読んだ水木作品が、少年サンデー連載時の「河童の三平」だったことも大きいだろう。ただ、鬼太郎よりも河童に愛着を感じた点もある。あまりおどろおどろしい妖怪よりも、河童ののどかさがいい。
そして、どうしても頭にこびりついて離れないシーンがいくつかある。

まず物語のスタートが、とてつもない山村であることの描写。そして、祖父と二人きりで暮らす三平の暮らしぶりだ。
もう一つ、「山の木を一本ずつ売って暮らしなさい」と祖父が語るシーン。

山村と林業。なんだか今の職業につながるシーンをわりとくっきりと覚えているのだ。子供心に、異界としての山村と、生業としての林業を初めて感じた最初かもしれない。

だから、以前から「河童の三平」を読み返して、そのシーンを確認したいと思っていた。

さて今回の書店には、ちくま文庫の「河童の三平(全)」が並んでいたのだ。即買いした。

一晩で、全部読んだ。

あれほど長い連載だと思っていたのに、分厚いものの一冊にまとめられる分量だったとは。そしてハッピーエンドとは言えない終わり方。

いくつものシーンを思い出す。小学生時代には夢中になったストトントノスの秘宝を探して妖怪と戦う冒険話は、冒険というより意外としみじみしたが、忘れていた幾つものエピソードも甦る。なんと三平は東京に出て、天皇陛下にも会っていたとは思わなかった。

それでも、やはり身に沁みたのは、上記の記憶である。

まさに1ページ目に

「ここは五年か十年に
ひとりかふたりの
人しかはいってこない
という山奥である
そこに一軒の家があった……」

というト書きから物語は始まっていた。別のところには、東京から列車に何度も乗り換え終点の駅からバスに乗って5時間、それから3日も山の中を歩いたところに三平の家がある、と説明されている。すさまじすぎる(笑)。

祖父が死に神にとりつかれていることを察して、三平に事後を託すシーンに山の話は、わりと最初の方に出てきた。

001「困ったことが
あったら
大きくなった
木を一本ずつ
売って
ごはんを
たべなさい」


この時代は、たしかに山の木を一本ずつ売ってもそこそこの金額になったのだろう。同時に、禿山に祖父が植林した山々のシーンは、なんだか感動した。

しかも物語ではすぐに祖父は死ぬため、小学一年生! の子供が、一人で田畑を耕して暮らしていたという設定も、なんだかありそうに思えてしまう。

水木しげるは鳥取県境港の出身だから、そんなに山里や林業に触れて育ったわけではないだろうが、あの時代のその地方の人なら常識でもあったのだろう。

これは今でもだが、たいていの漫画、小説、番組ドラマの舞台は都会、それも東京である。その中で水木は、山村を舞台にした漫画を書いたというのは、結構すごいことだ。

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森林学・モノローグ」カテゴリの記事

コメント

田中さん、初めまして(というか、厳密には10数年前に一度お会いしているのですが、竹の関係で)。河童の三平の連載初回ですよね、確か。このおじいさんのセリフは私も鮮明に覚えています。しかしさすがに「五年か十年に一人か二人」とか「バスの終点から3日間歩く」は記憶にありませんでした。今でも車で行けない所に住んでる人って居るのでしょうか? 近未来に仕事がらみで田中さんにいろいろご教授頂きたい状況が生じるかも知れません。その際にはよろしくお願いします。

水木しげる、私も結構好きです。鬼太郎夜話の載っているガロも何冊か持っていますよ。つげ義春が目当てで買ったのですが。その頃の絵で細かいペンの入ったものは、つげ義春が書いたのかなあと思いながら見ております。

河童の三平は読んでないので、そのうち買います。

とりさん、覚えていますよ。鳥居さんですよね。
なんか、つい最近論文?でお名前を見かけた記憶があります。なんだったか。里山関係だったような。生駒山の竹林、なんとかしたいです……。

さて、さすがに戦後の日本で、そんな山奥はないと思いますが(距離に関する描写は、漫画の中でも矛盾しています)、その山奥=異界感覚が水木氏の作品には常に隠されていますね。

こちらこそ、よろしくお願いします。

沢畑さん、熊本にも河童はいます。ぜひ、読むべきです。

手塚治虫は、水木しげるをライバル視したという説があります。人気の点では雲泥の差(少なくても昭和40年代までは)だったのに。手塚は水木の漫画世界に絶対真似のできないものを感じて、恐れた?のかもしれません。

日本のほとんどの漫画家が手塚の影響を受ける中、水木とそれに連なるつげ義春、あるいは諸星大二郎……の系譜は、もう一つの日本の漫画界をつくったのではないか、なんて夢想します。

つげ義春・・大好きです。

漫画界にそんな流れがあるのは、知りませんでした。

これは水木作品を読まにゃならん。

マッサージは・・小人でなく河童に頼もう。
お皿を湿らしながら、きっと力強く、ぐいぐいと押してくれます。

熊本というか水俣では、山童(やまんわろ)が春の彼岸に川を下って、秋の彼岸にまた山へ戻るということになっていて、川にいる間は河童である話を聞きました。でも、山の神さんが山から川へ下るという話も聞いたので(だから、彼岸には水路とか川の工事はしてはいけない)、何種類かの話があるようです。

もう一つは、中国から海を渡って来た河童が球磨川に着いたということです。

手塚はいろいろな人をライバル視していて、手塚真によればしりあがり寿に対してもすごく対抗心を燃やしていたそうです。水木に対しても、いかにもありそうですね。確かに手塚には描けない世界だと思います。

私は81年頃の学生時代につげ義春のねじ式を読んで衝撃を受けました。それ以来のつげファンですが、水木のアシスタントをしていた時期があったので、水木展を見に行った時も実は「この絵はつげが書いたのかなあ」と想像しながら見ておりました。熊(♀)さんもお好きとは、何だか嬉しいです。

諸星大二郎も我が家には何冊もあります。こんなところで名前が出るとは、田中さんもさすがに守備範囲が広いですね。長友のようです。(この例えは合っていますか?)

河童にマッサージさせたら、油断している間に尻子玉抜かれそう。

長友……サッカーの? 私、この世界には疎いもので。一応ワールドカップを見たものの、退屈で居眠りしてしまったヤツですから。

ちなみに現在好きな漫画家は、清原なつのです(^o^)。萩尾もとは、もう卒業かな?

ところで「河童の三平」では、目草・耳草・おいで草らが革命蜂起するシーンもあって安保闘争や全学連闘争などの時代を感じさせますね。ほかにスーダラ節が出たり。
水木しげるさえ、時流とは離れられなかった……。

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