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2010年8月

2010/08/31

夏の終わり~ベクトルを思索する

今日で8月も最後である。

8月は、ほぼ毎日朝の散歩を心がけた。きっかけは、7月末に出かけたボルネオ旅行で、早起きして、いつも散歩していた習慣をその後も続けたことにある。もっとも、より直接の理由は、自宅の寝室は真東向きで、朝早くから朝日がカーテンの隙間から射し込んでまぶしくて暑くて早起きしてしまうことにあった。無理に寝直すよりも、朝の散歩をした方が身体にもいいだろう……という目論見だった。

だから、盆をすぎて涼しくなれば、安眠できるから朝散歩は消滅するはず、と思っていた。

しかし。まだ暑いのよ。まぶしいのよ。

かくして朝散歩は、まだ続いている。

1カ月間、できるかぎり同じコースを歩かないように散歩を続けてきたが、つい山に入ってしまう。これも朝日が目に入らぬ方向に向かうと、そこに山がある、という理由なのだが。

今日は念入りに森の中を歩く。汗をだらだらかきながら黙々と歩く。仕事の上でイヤな思いをすることが続いたので、それを払拭するために。すると、意外と新しいアイデアが浮かんだり、ムカムカして興奮していた部分が治まって「大人の対応(^^;)」をするようになれる。

我が家の裏山に当たる生駒山の一角は、ほぼ完璧に頭の中に入っているつもりだった。道なき道を進んでも、自分がどこにいるのか地図上に再現できるので、迷うこともない。
それなのに、毎朝の散歩では、新しい発見が常々ある。

山は、日々少しずつ気がつかないほどの変化がある。それが日を重ね月日、年月を重ねると、大きく表情を変えていた。

我々が今できることは小さい。おそらく日々の変化ほどに。ただ、ベクトルを1度2度変えることができるかもしれない。力も1割増にするくらいのことはできるかもしれない。

それが重なれば、徐々に変化が見えてくるだろう。それは5年後10年後かもしれないが。

むしろ、ここで10度20度、いや90度と大きく方向を変えたり、いきなり力を2倍3倍にしようとするのは危険だ。山は、自然は急激な変化を好まない。きっと反作用が出る。

でも、1度の変化だけで我慢できるだろうか。もっと大きく目に見える変化を求めてしまわないだろうか……。

そんなことを鬱々と考えながら森の中を歩くのであった。

2010/08/30

セアカゴケグモとアフリカケヤキ

奈良は、平城遷都1300年祭で盛り上がっている! 連日の猛暑でも訪問客が途切れないというのが凄い。やっぱり、奈良の都には魅力があるんだ……

ということはさておき、1300年祭の主なる舞台・平城宮跡の大極殿。ここでセアカゴケグモが発見された。

記憶しているだろうか。数年前に日本に上陸した東南アジアからオーストラリア原産の外来種で、毒を持つクモである。最初に見つかった時は大騒ぎになり、駆除に追われたが、どんどん分布を広げる中で、逆に話題にも上がらなくなったように思う。

最初に発見されたのが大阪や神戸、広島の港だったことから、おそらく輸入された木材について上陸したのだと思われる。

それがよりによって大極殿で。もちろん、すぐに駆除されたし、刺された人もいないそうだが、外来種の侵入は止まらないんだろう。

と、そこで思い出した。木材の外来種も奈良の都の伝統建造物に増えているのである。

同じく奈良の都の巨大寺院・興福寺。五重の塔で有名だし、昨今は阿修羅像で知られるようになった。はっきり言って、歴史的には東大寺より権力を持っていたような寺院だ。

そこの金堂は、江戸時代に火災で焼け落ちたが、その再建が現在進められている。

ところが、その木材が国内では調達できない。大極殿の際は、文化庁が威信を賭けて国内でヒノキを集めたが、興福寺の場合はケヤキの大木がいるらしい。

そこでアフリカのカメルーン産のアフリカケヤキを購入した。高さ9,9m、直径77㎝、重さ5トンの柱が2本だそうだ。ほかにもカナダ産のベイヒも使うらしい。

完成すれば、大極殿に匹敵する南北23m、高さ21mの建造物になる予定。

でも、この金堂もアフリカの木でできているんだよなあ……と感慨深く見てしまいそうだ。

いや、アフリカケヤキとセアカゴケグモを同列に扱う気はないけどね。

2010/08/29

手鋸による伐採

昨日に続いて、昔の林業の再現取材。

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伐採である。ただし、手鋸。

最初にヨキで受け口を切り込んで、追い口をノコギリで切る。

最後は、クサビを打ち込んで、倒す。

……まあ、見た通りの手順なんだが。

ここで告発します。

実は、手ノコで伐り始めてしばらくしたら、チェンソーを使いました(^o^)。
やっぱり手ノコは疲れるから。実演してくださった人も齢70を超えているし。

そして、最後の倒すところはチェンソーを外して、クサビを使ったわけです。本当は、鋸、あるいはチェンソーでも、そのまま倒れ始めるところまで切るものだけど。

オマケとして、剥いて切り取ったスギ皮を。なんだかカーペットして使えそう。

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こちらも裏話を。某東映の時代劇では、この杉皮を大量に注文してくれたそうだ。

何に使ったか。実は立木を作ったのである。

この杉皮を丸めて立木のようにして、枝まで模造で付けて。張りぼての森林シーンがあったそうな。

2010/08/28

杉皮剥き

杉皮剥き
京都の山の中。杉の皮剥きを実演してもらう。
今、杉皮や檜皮は、稀少になって高値だそうだ。でも採取する人は少ない。なんでだろー。

2010/08/27

林業は目的か手段か

林業の最新事情を追いかけていると、逆にこれまでの日本の林業のあり方を説明することになる。すると、あまりの体たらくに情けなくなる(;_;)。真面目にビジネスしとらんじゃないか。

そこで考えるのは、林業の現代化だ。具体的に言えば、機械化であり大規模化である。さらにシステマティックな作業法を探り、販売にも頭を絞ることである。実際、現政権が推進しようとしていることも、そういうことなのだろう。

おそらく、大筋では間違っていない。林業を産業として成り立たせるという点においては。

ところが、一つ一つの内容を追っていくと、だんだん暗澹たる気分になってくる。
作業道入れて、重機を操縦して、コスト削減に汲々として、日々各地の木材相場を調べて、営業に出かけて、商品開発にも顔を突っ込んで……。ああ、忙しい。かつてののんびりした山仕事はできない(笑)。

が、そこで、本当にそんな苦労して林業する価値あるの? という疑問がフツフツと湧いてくる。少なくても、これまでの森林所有者および林業の担い手が望んでいることなのか。

「本当にこれでいいのか?」

よくある笑い話だが、南の島に行ったビジネスマンが、のんびり暮らしている地元民に対して、「もっと働き、稼ぎなさい、そうすれば休暇に南の島のリゾートに行ってのんびりできるぞ」と説教しているような気持ちになる。

たしかに都会からすると、もっと木材を消費したいから、しっかり供給してくれ、という要求がある。量も質も、安定供給も達成してほしい。それに応えるために山村の人々は、林業を現代化しなければならない……と考える。ここで林業は木材を供給する目的と化す

しかし、視点を住民側に移すと、豊かな暮らしはほしいが、それは目標であって手段ではない。言い換えると、林業は目的ではなく、生活のための手段である

もしお金を稼ぐことが豊かな暮らしに直結するのなら、何も厳しい林業しないで、別の産業を興した方が簡単かもしれない。都会に働きに出て、稼いでから故郷にたまに帰るという手もある。あるいは、お金をあまり使わない暮らしを模索するのも手だ。
そんなことされたら、都会側では木材が供給されなくなって困るから、木材は全部輸入に頼る、さらに金属や合成樹脂の代用マテリアルに頼ることにする。

もちろん極論で、どんな生活でも「多少の金」は使うので、その金を稼ぐ算段はしなくてはならない。また重機に乗るのが楽しくてたまらない、という林業家だっているだろう。いや、林業自体を趣味でやる、という思いの人だっている。

でも、山を歩いていて、重機のエンジン音がすると、反射的に逃げたくなる私は、林業に向いていないんだろうなあ。

2010/08/26

路網作設オペレーター養成事業

現代「現代林業」9月号のグラビアに、路網作設オペレーター養成事業の記事が載っている。

ようするに作業道をつくる技術を学ぶ研修なのだ。

菅総理の林業再生計画で、作業道入れるにしても、よほど長けた人材がいないと、山が荒れちゃうよ、と書いたが、その「長けた人材」を育成するものらしい。

事業そのものは、大賛成。しっかり技術を身につけないと、作業道づくりは難しい。というより山をズタズタにする。森林だげてなく、地質も傾斜も気候も、さまざまな条件を読んで、その地域にもっともよい路網をつくれたらいい。

だが、ちょっと驚くのは、全国で800人~1000人程度の炉網作設オペレーターを「今年度中」に育成する、という点だ。そして今回の記事にある事業は、今年6月にオペレーターを指導する人材の養成が主眼らしい。

参加者は、47人。この人々が、それぞれの地元に帰って、オペレーターを養成する? う~ん、荒技だ。一人当たり20人以上を「今年度中」に育てないといけない。

集まった47人は、それぞれがプロフェッショナルらしいが、それでも工法などでは激論を戦わせたというから人によって意見の差がある。

そして、こうした養成事業に参加しない路網開設者も必ずいるはず。

そういえば、森林施業プランナーの時もそうだった。

日吉町森林組合で12の組合の人が研修受けて、その12人がまた各地で研修を行い、140人以上の施業プランナーを育成するという計画……。あれ、どうなったのだろう。本当に森林施業プランナーは養成できたのか。

なんで、こんなに急ぐのだろう。いや、急ぐのはよいとして、突貫工事のように養成しようとするのだろう。

本当は、道を造るか、索道を通すか、ヘリコプター使うか、という点から見極める人材がいるし、高性能林業機械のオペレーターの養成も必要なのだろうな。

もっとも、私が思うに、もっとも急いで研修してほしいのは、森林組合のお偉方(笑)。組合長や理事や参事などの意識が変わらないと、まったくもってオーバースペックな人材ばかりになる。せっかく身につけたスキルを活かせる現場がなければ、いやになって辞めてしまうかもしれない。

彼らトップらを洗脳する研修会も開かれているのだろうか。

2010/08/25

農林水産省の食堂の樹脂箸

さいたま市のマイ箸騒動。本日、市の担当者からメールが来て、ホームページを作り直した旨の報告があった。

この件に関しては、すでに幾度か書いてきたし、限界も見えるが、とりあえず先方に深く考えさせるきっかけを与えたという点で、矛を納めたい。本ブログの読者の中にも多くの方が行動を起こしたと聞いているので、改めて感謝します。

さて、そこに新たな情報が。それは、霞が関の農林水産省の地下にある食堂では、プラスチック箸を使っている、というものである。しかも、割り箸を要求しても出てこないというのだ。

足元で何をしているのか。

再び本ブログで取り上げようと思ったが、その前に内実を探ったところ、ことはそう簡単でないことがわかった。

まず、食堂内には3つの業者が入っていて、「和食・どんぶりのおはち」と、「おむすび権兵衛」と「そば・うどん藪伊豆」の3店があるそうだ。そして、国産食材の比率を上げた料理を出している。この点は、以前ニュースにもなっていた。にもかかわらず、箸はプラスチックという石油製なのである。

そもそも昨年早々、それまでの中国製割り箸から国産割り箸(ヒノキ製)に切り替わったのだという。まさに木づかい運動の成果である。この時点では、よくやった、林野庁!なのだ。

ところが今年になって食堂を経営している本社から各店にコスト見直しが要求され、農水省の食堂の店長は、こともあろうに樹脂箸に切り替えたというのだ。

それに甘んじていいのか。

林野庁職員よ、奮起せよ!

j思っていたら、以下のような状況が展開されていたことが判明した。

http://mokuiku.exblog.jp/  (木育のページ・ブログ)

なかなかリアルだ(笑)。

かくなるうえは、これらの食堂をボイコットするか。いや、むしろ毎日押しかけるべきではないか。そして「割り箸ありませんか」と声をかけ続ける。毎日やる。1日50人が「割り箸を」と言い続けたら、店長もまいると思うよ(⌒ー⌒)。

しかし、上記ブログの記事によると、木材利用課以外は動いていないとか。これこそが問題ではないのか。

当面行うべきは、記事でも提案しているとおり、マイ割り箸だろう。ぜひ、割り箸業者は、林野庁に産直で割り箸を送り届けよう。職員も、共同購入を行うべきではないか。兵站を太くしなければ。

それにしても、このままでは恥ずかしいと思うよ。

2010/08/24

WEDGEの森林記事

WEDGEという雑誌を知っているだろうか。

JR東海系の出版社「ウェッジ」が発行している月刊誌だ。その沿線のキオスクで販売している。あとは余程大きな書店でないと手に入りにくい。私も、通常では見られないので、図書館で読む。ちなみに新幹線のグリーン席に備えつけられている。私も乗車時は、いただいてちょくちょく読む。いや、グリーン席には座らないけど(^o^)。

これがなかなかのレベルなのだ。経済記事や国際記事、さらに地方の記事も、私のお気に入り。

で、そのウェッジ9月号で、森林特集が組まれていた。

日本の森林「孤独死」寸前 という記事である。

流行り?の孤独死という言葉を使うとは、なかなかうまいが、煽情的な記事のイメージもある。ちょっと心配ながら興味を持った。

幸い昨日は滋賀県に出かけたので、その際の京都駅で購入できた。

14ページに渡る特集で3部構成。
第1部 問題は荒れた人工林
第2部 菅首相の切り札、林業再生なるか
第3部 100年見据えた森づくりを

これが、実によく取材しているのだ。それぞれのテーマに沿った取材先をうまく選んでいる。なかには対立した識者・当事者を両方登場させているところもあるが、うまく棲み分けさせ、森林科学、あるいは林業界の現状を紹介している。

コラム扱いで「外国資本が森林を買っているってホント?」というコーナーも設けていた。ちゃんと「噂の真相」と付けている(^^;)。なかなかしっかり実情とその裏にある問題点を押さえていた。ただ煽るだけのどこかのバカ執筆者と違う。

記事の取材・執筆者が記されていないところを見ると、編集部で手がけた記事らしい。たしかに一部素人ぽい書き方をしている部分もある。だが、決して本質を外していない。
これは相当内情に詳しい人が編集部にいるか、あるいは取材先のアドバイスや基礎知識をレクチャーした人がいるのだろう。さもないと、これだけの取材先は確保できないし、まとめるのも難しいはずだ。

いや、この記事は買いですよ。現在の林業界を俯瞰するのに、もってこいの記事だ。

私も、この記事をパクッて、別の記事か本を書こうかな(^^;)\(-_-メ;)。

2010/08/23

土倉庄三郎の「日本の林業論」

ちょっと悩んでいる(^^;)。林業と林政に関する基本的な事柄で。

そこで温故知新。土倉庄三郎の言葉を見つけた。

現行経営の施業案は事実に於いて吾が林業上の羅針盤に適さざるを如何せん。吾が今日国有林相は之を独墺のものに比して恰も汽船と和船の差あるが如し、今二十世紀発達進歩の汽船に要する羅針盤を把て之を旧式和船に適用せんと欲す是れ卓上の空論なり……吾が国の山林之を独墺のものに比して却って勝るものあらん

これは、当時の林学・林政がドイツ・オーストリアの林学に傾斜するのに対して、大日本山林会が行った反論の一部である。(明治36年)

ようするにヨーロッパで発達した林学や林業技術をそのまま日本に導入して、画一的な施業案を全国に押しつけることに異議を申し立てたのだろう。

現代にも当てはまるような気がするのは、私の杞憂だろうか。

2010/08/21

切り株更新、見つけ!

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まずは写真から。

何か、わかるだろうか。

どうやらマツの切り株のようだ。

古いから、もう朽ちており、その切り株の上にヒノキなどの種子が落ちたのか芽生えが伸びている。そう、切り株更新である。

土壌ではなく、切り株や倒木の上に新しい世代の木々が育つ現象は、原生林などでみかけることがある。(切り株と言っても、人間が伐ったものだけでなく、自然現象で折れるなどしたものも含む。)

朽ちた木は、下手な土壌より栄養も含み、コケが繁って水分もたっぷり。種子が芽吹くには好条件なのである。

が、問題は、この写真の現場はどこか。

生駒山の側であり、決して原生林ではない。そんなもの、ない。

実は、ゴルフ場なのである。

今日はゴルフ場を訪ねる、お仕事があった。

と言っても、当然ながらゴルフをするわけではなく(できないし)、ゴルフ場には自然がいっぱい、ということを説明するような写真を撮ること。カメラマンも来ている。

ラフの多様な雑草、グリーンを舞う赤とんぼ。場内の池にいるハクチョウやカモ、サギ。それにアメンボなどの虫、メダカ?などの魚などは見つかるが、イマイチ面白いものはない。

「何か、珍しい草花とか、見つけませんか」

カメラマンは気軽にいう。そんな簡単に見つかったら、珍しくないって。

だいたい8月は草木もあまり花を咲かせないし、ブッシュの中に入り込んで調査しているわけでもなし。

「珍しい草花見つけたら、ゴルフ場が保護区に指定されますよ」

「文化庁が出てきたら、どうします?」

支配人は、プレーできなくなる心配をする。

そこで、コースから少し外れたところで見つけたのが、これなのである。

カメラマンや支配人は、これがどのように面白いのかピンと来ないようだったが、とにかくゴルフ場でも原生林と同じ営みが行われていることが説明できてよかった。もちろん、文化庁が乗り出して保護区に指定される心配もない。

2010/08/20

森林に「贅沢」を演出できるか

このところ、どうしたことかゴルフ場関係の仕事が立て続け。

おかげで掲載誌が届くのだが、内容はゴルフクラブの支配人向き雑誌だったりして、マジ経営論が並ぶ硬いもの。いかに集客するか、人件費などコストの削減の仕方、さらに芝生の維持管理なんて項目が並ぶ。

その中に「2010レジャー白書」の解説があった。それによると、ゴルフ人口は前年より約10万人増(960万人)。ところがゴルフ場市場そのものは2年連続のマイナス。550億円も減少し゛実質プレー代も1回当たり1000円以上下がっている(7049円)。

面白いのは、不景気の中、「巣ごもり疲れ」が見られ、家を出る傾向は強まっているそうだ。外出するが、いかに安上がりにするかを苦心しているのである。

そして注目すべきは、人口減少・少子高齢化の進む10年後の余暇構造を分析・対応を示したところで、余暇の目的は、

①社会や人の役に立つこと。
②健康や体力の向上をめざすこと。
③贅沢な気分に浸ること。
④実益に結びつくこと。

の4つが伸びるとしているのだ。ゴルフ場業界も、それに合わせた対応を模索しなければならないというわけだが、これって、森林業界、森林観光にも相通じることだろう。

見たところ、①や②は大丈夫だ。④も、内容によっては結びつけられる。山菜とか花とか、木材をお土産にできる。

問題は、③ではないか。贅沢気分を味わえるか。

何も森林の中に豪華リゾートを設けろというのではない。ありのままの森林の中で、贅沢気分、豪華なイメージをいかに演出するかが欠けているような気がする。

これが海辺なら、宿が貧弱でも魚介類たっぷりの食事でカバーすることもできるが、山の場合、そうした素材がなかなか思いつかぬ。

せいぜい温泉かなあ。森の中の温泉独り占め! などを演出する。

いや、100ヘクタールの森の中で、あなた一人(1グループ)だけの滞在ですよ、という手もあるかもしれない。しかし、これでは人数が増えない……。

ただ、ゴルフ場は、こうした専門誌もあって、真剣に経営を考えている。森林観光に従事している人々も、そうしたことを考え試行する場を持たねば置いて行かれるだろう。人口減少時代には、観光客も取り合いになるのだよ。

2010/08/19

焼き畑とSATOYAMA

NHKの「冒険者 精霊の密林に挑む~マレーシア・ボルネオ島~」という番組を見た。

今後、シリーズ化できるかどうか試す「番組たまご」 というシリーズ(^^;)の一つだ。
ようするに旅行者目線で旅の様子を描くものらしいが、今回はボルネオ。

http://www.nhk.or.jp/tamago/program/20100819_doc.html

川を手こぎボートで遡り、ジャングルを突っ切って大木に登ると見えた謎の草原。その奥に村があり(チラリと車が見えた。なんだ、車で行けるんじゃん)、さらに洞窟に潜って、その中で一泊(生理現象、どうしたんだろうな)して通り抜け……と、まあツッコミ処はいろいろあるのだが、中鉢明子さん、頑張った(^o^)。

私もなあ。今夏のボルネオ行が家族連れでなかったら、リゾートにこもらないで行きたいところあったんだけどなあ……と心の中で愚痴。

ところで、最初の「謎の草原」。なんのことはない、焼き畑であった。

ボルネオの焼き畑は、木を伐って火をつけると陸稲や野菜の種子をまく。そして収穫が終わると放棄。そのまま森にもどす。そして7,8年後にまた木を伐って焼き畑を行う。収穫はたった1度というか1年目だけだ。

私も若いころは焼き畑に凝って、わざわざボルネオに焼き畑を体験しに行った。一時は熱帯雨林を破壊する粗放農業と言われたり、いやいや伝統的焼き畑は自然に優しいと擁護されたり。それでも焼き畑のメカニズムは、なかなか魅力的なのである。

政府は、今秋のCOP10、生物多様性条約締結国第10回名古屋会議に向けて、SATOYAMAイニシアティブを打ち出している。日本の里山のように人間の開発と自然の多様性がうまくかみ合って、持続的な利用が可能な社会を築くメッセージを発しようとしているのだ。

そして、世界中にあるはずの「里山的ランドスケープ」を結んだネットワーク「国際SATOYAMAパートナーシップ」を立ち上げることを進めている。http://satoyama-initiative.org/jp/wp-content/uploads/353/%E2%98%85co-chair_summary%EF%BC%88%E5%92%8C%EF%BC%89FINAL%EF%BC%88100304%EF%BC%89.pdf

今のところリストアップしているのは、インドネシアの農家の裏庭森林「プカランガン」や、フランスの「テロワール」、アルゼンチンの「チャクラ」、タンザニアの「ンゴロ」……などが考えられているらしい。

もしかしたら、熱帯雨林の中の焼き畑も、そうしたリストに加えられる要素があれば面白い。一見粗放で、日本の里山のような緻密な管理も行っていないし、生態系への影響もよくわからないが、10年以内に草原(畑)と森を循環する世界には、きっと何か面白いシステムが隠されているはずだ。

もちろんボルネオだけではない。ソロモン・ニューギニアも焼き畑が主流である。とくにニューギニアは1万年前から農耕が行われていた跡があり、もしかしたら世界で最初の農業誕生地帯かもしれないという。それを支えた焼き畑が持続的でないはずがない。

2010/08/18

ソロモン-ニューギニア

「ゲゲゲの女房」で、今週は、いよいよ水木しげるの戦争体験に触れている。

なぜ放映を終戦記念日の後にずれ込ませたのか解せないが、水木しげるを紹介するのに欠かせない部分だろう。彼が戦争中に進駐したニューギニアのニューブリテン島こそ、彼の左腕を奪うとともに、妖怪の世界に間近に接した時期である。そして南洋狂いにした一因でもある。ドラマでは、彼の実体験である「敗走記」を持ち出している。

私は、ソロモン諸島からニューブリテン島を四半世紀前に訪れている(と書くと、私もなんだか戦争体験者みたいな時代錯誤感があるね 笑)。また20年ほど前には、学生を連れた探検隊としてソロモンを再訪した。いずれも日本軍の足跡色濃い地帯だった。

どこを訪れても日本軍の痕跡があり、あるところには兵器の残骸があり、あるところには兵士の残した道具類が残されていた。海に潜れば、そこにも飛行機や船が沈んでいた。怪獣が出るという湖にさえ、日本兵は駐屯していた。
おそらく遺骨もまだ相当残っているだろう。それどころか、今も(当時)日本兵がこもっているという島さえあったのだ。

ラバウルでは、地下壕に入った。上陸用舟艇が残されている穴である。米軍のB25の墜落現場も訪ねた。……そして、私は病気に倒れたのだが。

その旅行記は、「不思議の国のメラネシア」として出版したほか、探検記録としては「ナンバワン ソロモン」として、ホームページに一部アップしている。

だが、実はその旅に関して書かなかった部分がたくさんある。それは執筆の限界というか、分量や読者の興味、全体の構成などを考えてカットした部分だが、経験としては生々しく、忘れることはできないものである。

これは、ボルネオや半島マレーシアでもあるのだが、書けないけど、興味深い体験というのが必ず出てくる。いや、日本国内の取材でもある。

いつか、当時見てきたものを現代にシンクロさせることができるようになるかもしれない。そうしたら記せる機会も生まれるだろう。

2010/08/17

田舎も「動的平衡」

お盆の“民族移動”も終わっただろうか。

この一斉に行われる里帰りとか行楽の旅行というシーンは、見方を変えれば、「都会」、あるいは「田舎」の中身が入れ代わる行為であり、お盆とはその時期である。

そこで思い出したのは、福岡伸一の「生物と無生物のあいだ 」である。サントリー学芸賞の社会・風俗部門を受賞しているし、何よりベストセラーになったので、読んだ人、書名を知っている人は多いだろう。

内容は、タイトルとはかなり違うのだが、生物の「動的平衡」という概念であるということが大きな位置を占める。そして福岡氏の本は、タイトルは変われど、中心的なテーマはいずれも、この「動的平衡」ではないか、と思う。

「動的平衡」を、思いっきりはしょって説明すれば、生物の身体をつくる物質は、日々入れ代わっている、ということだ。食べ物を食べたら、身体の中で分子レベルに分解され、身体の一部になっていく。一方で、これまで身体の一部だった物質は、老廃物として排出される。

このように物質としての人間も、日々入れ代わっている(1ヶ月くらいで全部入れ代わると読んだ記憶がある、が確認していない)のに、その個体としての人間は変わることなく存在する。昨日の記憶は強も翌日も持ち、子供の頃につけた傷も残っている。

中身は入れ代わるのに、外見は変わらない。これを「動的平衡」という言葉で示している。

同じことを地域という組織にも「動的平衡」の概念を当てはめられないか、と思いついた。

地域づくりの必要性が訴えられ、過疎を止めることが重要だと叫ばれ、限界集落を救え、と声が上がる。地域を守りたいという気持ちがある。それは文句を付けられない感情の部分として存在するのだが、肝心の「地域」がよくわからなかった。

しかし、ここで守るべき地域とは何か。
そこに住人の存在なのか。それならば、世代交代時に崩壊しても問題はないはずだ。
産業とか暮らし、歴史という名の「文化」「民俗」なのか。それならば、博物館にでも入れてしまえ。
もしかしたら人々の記憶のネットワークなのかもしれない。それは、人が入れ代わる度に新たに築き直す必要がある。

つまり、集落を維持するためには、そこに住んでいる人が全部入れ代わってもよいのではないか、それこそが「動的平衡」の成り立った集落ではないか、と考えたのである。

逆に地域が崩壊するというのは、集落の動的平衡が崩れた状態なのかもしれない。そのため出て行くものが多ければ人口が減り、文化が喪失する。逆に増える場合は、都会の膨張となり、文化が混沌として不安定さを増す。治安の悪化もその一つかもしれない。

ならば、人が入れ代わってもよいのだ。ただし、そこに地域の記憶を伝承し、またネットワークを築き続けることが必要である。そうすることで、たとえば限界集落の住人は全部入れ代わっても、何百年前から続いている集落は維持されたことになる。これこそ「動的平衡」集落だ。

そもそも、現在ある集落(村から都会まで)は、みんな常に入れ代わっていることで維持されてきたのだ。私が聞いただけでも「先祖代々の田畑や山」なんてほとんど存在しなかった。3代遡ると、たいてい土地の所有者は変わっている。人だって、常に外からの血を受け入れることで維持している。

むしろ、ずっ人が動かない集落は、腎盂炎のように老廃物が溜まって身体に毒素が回った状態かもしれない(^^;)。いや、すでに生命のない状態とさえ言える。生命とは、動的なものだからだ。

となれば、限界集落を始めとする危機の地域が抱えるテーマは、いわゆる活気のある地域を作ることではなく、地域の記憶の伝承である。ネットワークも必要だが、こちらは常に変化することが前提で存在するものだから、先につくるものではない。新しい入れ代わった人が自ら構築することだ。ただし、伝承先がないことが問題となる。

そして、より俯瞰的に見ると、各地で集落が消えると同時に新しい集落が生まれることも、地域の「動的平衡」である。問題は、消えゆく集落と新しい村の間に記憶の伝承がないことだろう。

2010/08/16

元興寺に、最古の建材と落書き

全国的にどれほど報道されたのかわからないが、奈良の元興寺極楽坊の禅室(国宝)の屋根裏にある木材は、飛鳥時代に伐採されたヒノキとわかった。

http://mainichi.jp/select/wadai/news/20100815k0000e040009000c.html

年輪からの年代推定で、西暦586年ごろの伐採と確認されたのだ。約1400年前。これまでもっとも古い木造建築物とされていた法隆寺を約100年遡ったことになる。

もともと元興寺とは、日本初の仏教寺院である飛鳥寺(明日香村)を平城遷都に合わせて移転したものだが、建物の一部も飛鳥時代に建てられたものを移築した可能性が高まったのだ。

現在も建っている(使われている)建物の木としては、世界最古の木材だろう。

ちなみに、ほかにも639年ごろ、721年ごろ、1246年ごろの木材も混在していた。おそらく修理の度に新しい木材が使われたのだろう。

……と、まあ、ここまでは全国的なニュースだが、ちょっとマニアックな情報も。

実は、この調査(2007年)の際に、落書きが見つかっている。なんと木材に水上偵察機が描かれていたのだ。さらに土壁には、壁に鶴が飛翔する姿も描かれていた。

元興寺の修理は1943年と1951年に行われているが、その際に職人が記したものと思われる。水上偵察機は、山とともにやりがんなで削られた木肌に小刀で彫り込んだように、そして鶴は左官職人が壁を塗る際にコテで描いたらしい。

国宝へ落書きしたのだから、当時見つかったら、どんな制裁をくらったかわからないが、年月がたてば、それも逆に値打ちとなる。

今秋、この元興寺の屋根裏は一般公開される。と言っても、事前申込み制だし、人数制限もあるが。世界最古の建材と、落書きを見たい人は、早めにどうぞ。私は、どうしようかな。

2010/08/15

エコ・プラモデル

昨日は、ココログの調子が悪くて、更新できなかった。どうやら今も障害が発生しているらしい。書こうと思っていたことがあったのだが。

それにしてもブログは、ナマモノだと想う。もちろん何日間も寝かせてから書くネタもあるのだけど、勢いでさっと書き上げることも多い。昨夜は、それまで用意していたネタもあったのだが、テレビを見ていて思い付いたネタに変えて書き込む予定だった。

が、それが不可能になって、では今日の部分に書くかと言えば、その気が失せている。また、いつかその気分になることもあるかもしれないが、当分はお蔵入りだ。

で、肝心の今日だが、お盆に重いネタでもないだろう。

ちょうどいただいた案内メールにあるクワガタムシの写真をアップしておこう。

S_002

これは、スギ・ヒノキを製材をするときに出た木粉を約70%使用したエコ・プラモデルだそうだ。

開発したメーカー「ヤマトクリエーション和歌山」によると、一般的なプラモデルに比べてCO2の発生を約55%抑制できるとか。

これを送ってくれたのは、奈良県川上村の「森と水の源流館」である。
もともと廃棄されていた紀州の梅干しの種を使って開発されたプラスチックを見て、これなら木粉でもできるはず、と話をもちかけて開発してもらったものだという。

写真を見ると、ちょっとがさついた質感だが、クワガタムシのような模型には,むしろ向いているかもしれない。今後、ノベルティになる品づくりを考えているようだ。

小さな一歩だが、とにかく新商品を開発しよう、という意気込みが出てきたことに希望を感じる。

2010/08/13

国際森林年に合わせて……

来年2011年は、国連の定める「国際森林年」である。

今年の「国際生物多様性年」だって、十分に認知されているとは言い難いが、とりあえず今年来年と、森林環境が注目される(はず)。

国際森林年では、「現在・未来の世代のため、全てのタイプの森林の持続可能な森林経営、保全、持続可能な開発を強化することについて、あらゆるレベルでの認識を高めるよう努力すべき」と、国連で決議されたんだそうだ。

2011

これが、そのロゴマーク。

林野庁が、そのことを発表した。

http://www.rinya.maff.go.jp/j/press/kaigai/100812.html

樹冠の中に、人や家のほか、十字マークのあるビンは医薬品を示しているのだろうか。そしてヤモリにアヒルにシカ。雲と雨は、森林がつくるという発想か? リンゴっぽいのは稔りを表しているのかなあ。

おや、これを読むと、ロゴマークを使うには、申請書を出して許可を得なくてはならないらしいぞ。

もちろん、当ブログは、そんなモン得ていない( ̄ー ̄)。

抗議が来たら、速攻で削除する。……で、ほとぼり覚めたら、また張り付ける(⌒ー⌒)かも。

ちなみに、私は、その来年を狙って本を出版しようと画策している。というか、年初に出すには早く原稿を書き上げなくてはならない。日本唯一の森林ジャーナリストとしては、森林年にぶつけて、森林の本を出さないとね。

今からタイトルを考えている。タイトルに合わせて書く(笑)。

やっぱり「日本の森」という言葉を入れようか。

「失われる日本の森」。
「殺される日本の森」。
「よみがえる日本の森」。
「遊ばれる日本の森」。
「日本の森林革命」。
「日本の森で起業!」。
「日本の森で暮らす!」。
「日本の森はもったいない」。
「日本の森は自然がいっぱい」。
「ニッポンからの森林再生」。

おいおい。自著タイトルをパクってどうする。

いっそのこと「日本の森は、もうダメなんじゃない?」。
これはインパクトあるか? それともありきたりか。

ああ、もう頭が働かない。やっぱりエアコン入れなきゃ、仕事になんない……。

2010/08/12

国産割り箸、大風呂敷!

さいたま市のおかげで、また割り箸ネタで盛り上がっている今日この頃ですが(^^;)、割り箸フリークの皆さん、いかがお過ごしでしょうか。

実は、昨日、「国産割り箸」を大量生産するプラントをつくる」という人とお会いしてきました。彼は、御年85歳、150を超える特許を持つ発明家であります。

老大人のいうには、国産材で250億膳の割り箸を生産して、中国産割り箸を駆逐する計画を進めるつもりだそうです。そのために、1秒間で25膳の割り箸を生産するラインを作って、それを5つ並べて1棟、それを5棟くらいある工場を立ち上げる、というものです。1日2交替制で稼働し、一つの工場で80億膳くらいは生産できるものです。
一気に中国産を駆逐して、割り箸の国産化を達成しようという野心的計画なのです。

そして価格は、1膳が約50銭、中国産の半分を狙います。しかも材料は端材であろうが、丸太であろうがかまわない。切削の仕方に工夫があって、おが屑はゼロです。
また1膳につき1円を山に還元することにして、これで日本の森林を復活させる起爆剤にします。私には、そのための林業雑誌を作ってほしいと言いました。もちろん、資金は全部出す、と断言してくれました。

話を聞いていて、うさん臭げに思っていた私の心もいつしか沸き立ちました。おお、私もこの会社の顧問に納まって、割り箸長者になれるかもしれない、これで老後は安泰だ!

……ただ、いくつか注文を付けました。

まず、現在の割り箸業者まで駆逐することにならないよう、棲み分けを計る。そのためには、現在の国産割り箸の大半を占める高級割り箸は作らず、元禄などの普及割り箸の生産に絞る。

工場は、一点集中ではなく、各地分散型にすること。それは原木の調達を考えても必要なことである。 材料には、できれば直径12cm以下の小径木間伐材を使う。 現在では林地残材になっているような木である。
また原木集荷のコストを落とすため、製紙会社や大型製材会社と組んで計画を進めるのが穏当だろう。

すでに日本の割り箸消費は200億膳を割り込んでいるので、まず5ライン7億5000万膳/年レベルの工場から立ち上げ(これだけで、現在の国産量をはるかに超えている)、業界インパクトを確かめながら次へと動く。

生産した割り箸を丸ごと購入して消費してくれるような問屋・団体はないから、個々の飲食店の営業が必要になってしまう。それを避けるために、狙うは牛丼や居酒屋など、樹脂箸に転換したファーストフード・チェーンである。彼らは、安ければ乗り換えるだろう。

絶対条件は、
品質を現在の元禄割り箸と同等以上。
価格は中国産割り箸(1膳1円以下)と同等以下。
そして安定供給。原木供給やラインの故障などで生産がストップしないこと

この3条件を満たせば、成功する。再び日本は割り箸大国になれる。そして老大人も、できる! はっきり宣言しました。ちなみに、機械はこれから設計するそうです。簡単とか。

これで私も、割り箸長者になって、林業雑誌「林業女子」の編集長だ!

2010/08/11

速報・さいたまのマイ箸騒動

速報です。本日の朝日新聞奈良県版(正確には、けいはんな版)に、以下のような記事が載りました。奈良県以外では読みにくいと思いますから、転載します。

100811

クリックして拡大して読んでいただきたいが、以前取り上げた、さいたま市のマイ箸運動に関することげてある。

記事は、基本的には吉野の割り箸製造業者の二つの組合(吉野製箸工業協同組合と東吉野村製箸組合。あれ、分かれていたんだ。)が、さいたま市に質問書を送付したことを紹介してている。

そして、近くホームページを修正する方針、とある。



でも、『埼玉県内で「木づかい運動」を進める「木育」教育関係者などから批判が相次ぎ』とも記されている。

ふふふ。この陰で、当ブログの読者、そしてツイッター関係者の動きがあったのだよ。たくさんの製箸関係者や木育関係者、そして割り箸愛好家がさいたま市にもの申したはずである。

ただ、この記事でさいたま市側としては、「国産割り箸は問題ないと職員には説明したが、ホームページにする際、その部分を削ってしまった」と、問題はホームページの説明不足としているようだ。そして、マイ箸運動自体は止めるつもりがないらしい。

そーゆー問題なのかなあ。私は、割り箸を使わなければ環境にいい、という短絡思考そのものを問題にしたかったのだけど。では、使うマイ箸は樹脂箸ではないですか、塗り箸でも外材製ではないですか、洗浄にかける環境負荷はどうなんですか、衛生面は大丈夫ですか……という問いかけをしたつもりである。

ともあれ、安易なマイ箸運動に釘を刺す効果はあっただろう。

また割り箸コミュニティの存在を示せたとも言えるだろうか。

2010/08/10

大林業という概念

林業とは何か。

なんて、根源的な問いかけをするほど青臭くないつもりだが、意外とわかりにくい。

かつて自著では、林業を、「森林育成業」と「木材利用業」に分けて考えようと提案した。
つまり、一般に林業というと、山に木を植えて育てる育成を思い浮かべる人と、育った木を伐採搬出する仕事を想像する人が混ざっている。この混乱が林業理解を間違わせる元になる……という意である。木を育てるまでと、木を利用する分野に分けるのだ。以前は利用を林産業という言葉で表したのだが、今や影が薄くなり消滅したかのようだ。むしろ木材産業という言い方がされる。

実際は、もっと細分するべきかもしれない。山主が森林育成するのは同じようだが、意識の中では治山や環境育成業と木材資源育成業に分かれる。その後も伐採する素材生産業と、製材業は別世界。そして製材と集成材、合板業界はそれぞれ別業界のように振る舞う。またチップを取り扱う製紙業も別枠だ。
加えて、外材業界も別に存在する。同じ木材を扱うのに、林業には入れてもらっていない。

たしかに理解するためには、細分して見るのは有効だと思う。実際、各業は対立していることが多い。いかに安く買いたたくか、高く売り飛ばすか、腹の探り合いみたいなところがある。それらを十把一絡げに「林業」とまとめるには無理がある。

しかし、林業の革新を考える上では、この細分化は困る。とくきに林政に関しては、この分化が縦割りを生み出し、お役所的産業になってしまった。

本当は、林業の要は木材を売る(商品化する)ことのはずなのに、それが見えなくなる。育てることが目的化したり、丸太や製材そのものが求められている商品と勘違いする。木材を売るには、最終商品を考えないといけないのに、その姿を見ないのだ。

実は、この細分化に陥っているのは業界人だけでなく、研究者もそうである。林学と一括りするほど森づくりと木材流通を同時に把握している学者は少ない。さらに役人も細分して縦割り行政をしているし、政治家に至っては細分業界のことさえ知らない人が多い。

しかし、森林ビジネスの全体像をつかみ発展させるためには、分化させるのではなく、むしろ全体の流れを俯瞰することが大切だ。

そこで森林育成から伐採搬出、製材加工、そして木材商品加工までまとめた区分けをしたい。いわば大林業構想である。山の木が、家になる、家具になるまで一つの産業として俯瞰してこそ、本当に実のなる政策も作れるというものだ。

※ もっとよい言葉はないだろうか。大林業がおかしければ、拡大林業。汎林業。森林材業。グレート林業(笑)。

俗に言う川上-川中、川下をまとめて一つの産業と見なして政策を考える。外材の扱いから、国産林業外国林業の融合も考えるべきだ。すると貿易分野まで広げて輸入木材と国産材輸出も一元的に扱うのである。
むしろ、治山とか環境、里山、生物多様性なんぞは切り離す。そんなもの研究したり政策したい人は、大林業に入れてやんない(笑)。あくまで大林業は、産業と経済の概念なのである。

自治体の役所は、林業課ではなく大林業課と名付ける(^o^)。林野庁も大林野産業庁である。当然、建設業界にも口を出せるようになる。すると山村振興や木の街づくりまで含めることができるのである。

こうした意識改革を業界内に持ち込みたい。マネジメントでいう「顧客の創造」の前に、「業界の創造」を行うことが、真の新産業の創出につながるのではなかろうか。

2010/08/09

菅総理への一般視線

先の土曜日は、地元の祭だった。

私も同窓会気分で出かけたら、地元選出の国会議員に会う。

手を伸ばされて思わず握手し、立ち話。

そこで話したのは、菅総理の例の林業を成長政略に、という記者会見のこと。

首相が林業について触れたことを歓迎しつつも、あのまま作業道づくりの大号令をされたら危険……とかいう話になって、どこの作業道の作り方がどうの、大橋式と四万十式がどうの、あの内輪もめは止めさせようよとかナントカ。彼も政府の一員なんで、いや、道づくりの補助金だけにせず、道づくりの研修や規格づくりをしてから……と、なかなか熱心に語ってくれた。

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祭の喧騒の中で、ウチワをパタパタさせながら立ち話で林業政策を暑く語る我々の姿は、いかなるものであったか(笑)。




そして翌日、つまり昨日。某週刊誌の記者が来生駒したので、例の棚田の中の応接間・スリランカ料理店で話し込んだのだが、そこでも菅総理の記者会見について触れた。

彼は経済関係が専門なのだが、記者会見でのほかの記者の反応は冷たいものだったそうだ。「林業」を口にした途端、経済記者はまったく無視無反応になったらしい。林業再生が日本の成長に結びつくわけない、林業の経済波及効果なんてどれだけあるんだ、という見立てなのである。

たしかにGDPのコンマ以下にすぎない林業生産高が多少増えようが、巨大な日本経済に影響を与えられるわけない、というのが経済の専門家の計算なのだろう。

その見立てが正しいかどうか、経済だけでない日本社会への波及効果はどうか、など反論はこの際置いておく。

私も、森林・林業にどっぷりつかってしまっている。私の周りの人、このブログの読者も、皆さん林業に興味を持っている人が多いのだろう。だから菅総理の発言には、批判も交えつつ期待しているところもあるわけだ。

しかし、これって狭い林業のコミュニティ、いやゲットー(~_~;)の中、井の中の蛙の話題なのかもしれない。

世間の大半、政治や経済を論じている人々の大半は、林業なんぞは眼中にない。こちらが熱心になればなるほど、白けているのかもしれない。

この一般目線を忘れてはいけない。一般人を見る目がないとか、森林や林業の大切さを知らないなんてダメな奴……と線引きをした途端、こちらの負けだ。

そう、世間は森林にも林業にもたいして興味は持っていない。その中で、何を主張すべきか、どのようにしたら伝わるか、を考えなければならない。

2010/08/08

ボルネオとぽんぽこ

なんちゅうタイトル付けてしまったんだ……。

これまで紹介してきたとおり、ボルネオ(マレーシア)は、21世紀に入って激変している。

熱帯雨林の伐採は続き、代わりに油ヤシの農園と、パルプチップ用のアカシアなどの早生樹種の人工林が増えている。そして少数民族の生活も変わらざるを得なくなった。

ムルで案内についたガイドは、なかなか博識で、ジャングルの中を歩きながら多くの動植物について説明してくれた。植物に昆虫に動物に、そして森全体のことや環境にも触れた。ときに「この植物は、私たちのトライブ(族)は吹き矢の毒に使う……」といった言葉も出た。

一方で、冗談も多く、話し方もうまい。名前をリバンといったが、「タリバンじゃないよ」と付け加えた(~_~;)。

何族の出身なの? と尋ねると、ケニャ族だという。サラワクではメジャーな少数民族の一つである。全体ではイバン族が多いが、東地域ではカヤン族とケニャ族が優勢である。プナン族は非常にマイナーな少数民族になる。

そしてムル出身かと聞けば、違った。バラム川上流域の村だそうだ。

バラム川と聞いて、血が沸き立つ(^^;)人はいるだろうか。かつて野放図な木材伐採が進んで、少数民族とのトラブルが相次いだところだ。すでに触れたが、プナン族などが林道にバリケードを築いて、伐採会社を入れないようにしたこともある。いや、今も相次いでいる、というべきであろう。今年4月にも、林道封鎖は行われた。また逮捕者を出したのではないか。

1990年代は国際的なニュースになったが、今ではローカルニュース扱いだ。すでに資源量は減っているうえに、伐採した木材の行き先が日本は減りインドや中国が多くなったからだろうか。

彼の立場もあるから、あまり突っ込んだ話はしていないが、やはり「多くのトラブル」を体験したそうだ。そして、生活のためにバラム川の村から離れて、ムルのガイドになったのだ。

伐採を止めるために、多くの土地をナショナルパークに指定した。今ではナショナルパーク(国立公園だけでなく、各種保護区なども含むようだ)の森林だけが残された」

そして、そのナショナルパークに観光客を誘致し、彼らを案内するガイドとして生計を立てる人々が生まれたわけである。

ある意味、ぎりぎりの棲み分けを図り、政治的に言えば、「落としどころ」なのかもしれない。木材や農園などに土地を奪われた人々のために、新たな職業を作り出したのだ。

が、これでメデタシ、と言えるのだろうか。

たしかにリバンのようにガイドとして、うまく生きていく人々もいる。だが、彼は、ある意味エリートであり、優秀な一握りの村人ではないだろうか。動植物の知識はあっても、英語がうまくない、語り方もうまくない人は、ガイドとしての能力に欠ける。接客能力も求められるからだ。

実は、私が前回訪れた際についたガイドがそうだった。一緒に森を歩いても、何も話さない、説明しない。単なる道案内だな、と思っていた。もっとも1本の木道の上を歩くのだから、迷いようがないのだが。

はたして、ガイドになれた少数の人々以外は、どうしているか。もはや森の産物を採集することもままならなくなったはずだ。別の職業につかねばならない。人数的には、ガイド以外の人の方が圧倒的に多いはずだ。町へ出稼ぎか。伐採会社や油ヤシ農園に雇用されるのかもしれない。

私が連想したのは、「平成狸合戦ぽんぽこ」である。

このジブリアニメの結論を思い出してほしい。多摩ニュータウンの建設に追われたタヌキたちは、化け学で人間たちに戦いを挑むが、ついに破れてしまう。そこで、どんな選択肢が残ったか。

キツネが提示したのは、「化け学を駆使して、人間に化け、人間社会で生きる」という道である。事実、ラストシーンで主人公たちは、人間として満員電車に乗って会社勤めをしていた。

だが、化けられないタヌキはどうしたか。

彼らも人間社会に紛れ込んでいた。下水溝などをうまく使って生活の場を確保し、残飯をあさって食べ物を得る。そして街の中に作られた緑地「ゴルフ場」に入って、踊るのである。

人は、(タヌキも)、なかなか適応力があって、環境が変化してもなんとか生きていくものである。ただし、どちらの選択肢も、彼ら自身が真に望んで選んだものとは言えないだろう。

2010/08/07

油ヤシ・プランテーション

ボルネオ談。オイルパーム(油ヤシ)について。

ボルネオ(サラワク州)の町・ミリは、漢字(つまり華人の表現)では、「美里」と書く。なかなかオシャレな語感である。が、ミリの町を歩いていて、別の漢字表記を見つけた。「油城」である。

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サラワクで最初の油田。「オールドレディ」の名前が付けられ、記念碑が立つ。この横には、石油博物館も。

現在は、ミリの沖合に海底油田がある。隣のブルネイも産油国として有名だ。たしかに油の城なのである。

だが、近年は新たな油が登場している。それが、油ヤシから取れるヤシ油。

パームオイルは、今世界的に非常に注目を浴び、増産が続いている。食用油になるだけでなく、バイオマス燃料にもなる。また洗剤やアイスクリームなど、融点の関係で使い道が広い。おそらく日本人の食生活も、ヤシ油を抜きに考えられないだろう

そして、その大生産国がマレーシアなのである。なかでもサバ、サラワク州というボルネオの地が非常に多い。

前回も熱帯雨林のど真ん中を焼き払って農園開設を進めている写真を掲載したが、それが広がるとどうなるか。

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ムルからミリへ飛ぶと、突然、下界の森林が途切れたと思うと、広大な農園が空から目に入った。

油ヤシのプランテーションである。

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少し拡大気味に見ると、農園の中はうずを巻いたような文様があった。油ヤシを植えた筋である。

こんな光景が珍しくない。すでにボルネオは全土が油ヤシ・プランテーションになっている、と思うほどだ。わずかに森林が残っているところは急峻な山岳地帯と国立公園・保護区のみ。一応、緑に覆われていても、林道が縦横に入り、スカスカの森になっているところが多い。

ボルネオは熱帯雨林に覆われた島と思うと、肩すかしをくらう。ボルネオは油ヤシ農園の島である。

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これは、ミリの街の高台から見た景色。地平線まで油ヤシ農園? と思わせた。

いまや熱帯雨林の研究者が、油ヤシ園内の生態系を無視できないのも、これほどの規模になったからであろう。

そこで、、肝心の農園に押しかけてみた。広大な敷地をトラックが走っていた。

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なんだか古生代のシダ類の森を想像するような景観である。

間にトラクターが入る。

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そして、これが油ヤシの実。赤く熟すと、非常に油成分の含有率が高い。

果肉だけでなく、中の種子の核からも油が採れる。

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ただし、収穫後はすぐに分離精製しないと変質してしまう。そのため近くに工場が必要となり、また工場周辺にプラントを稼働させるだけの油ヤシの実がないといけない。おかげで、大規模化が進んでいる。

マレーシア政府は、この油ヤシを植えることを「緑化」と呼ぶ。森林は減っていない、改変しているだけだ、と。

なんだか、低質広葉樹林を伐採して、スギやヒノキなど有用樹種に変えた拡大造林を思い出させる。工場の大規模化も、今の日本の林業を連想させる。

しかし、油ヤシが整然と植えられた農園の生物多様性は、天然の熱帯雨林に比べて確実に低い。林業でなく農業なので、農薬や肥料もまく。ヤシそのものも10年くらいで植え換え、回転が早い。木材より有効な資源である。おそらく政府も、木材輸出は今後縮小して、ヤシ油生産が主流になると捉えているのだろう。

そして、農園を開いた村は、物質的に豊かになっているのである。

これが曲者だ……。

2010/08/06

ランビルの研究

ボルネオ・ランビルの熱帯雨林の研究で注目されたのは、「一斉開花」の謎だった。

東南アジアでは、数年に一度、種の違う植物も含めて多くの樹木が一斉に開花する。季節のない熱帯で、それも数年に一度の頻度でいくつもの科にまたがる樹木がなぜ一斉に開花するのか。
その謎を追うことが、熱帯雨林の生態系を解明するのに大きな手がかりになるとともに、生物多様性が誕生した秘密に迫ることができる……とも言われた。

この謎は、研究者の心をいたく捉えたようだ。ランビルに樹上回廊やツリータワーが作られたのも、花の咲く樹冠に近づく手段だと言ってもよい。実際に1996年に一斉開花を始めた時は、みんなこぞってランビルに駆けつけ、昼夜を違わず調査したという。

それは、「研究者の熱狂」と言ってもよいものだった。オタク的でもあった(笑)。

実は、私もその熱に当てられて夢中になった一人だ。研究者ではないけれど、研究する人々を追いかけて取材したのである。かなり記事も書いたなあ。

そして、一斉開花の理由は、エルニーニョ現象と関係あるのではないか、とか、いやモンスーンかも、乾燥が重要だ、花粉を運ぶ昆虫たちが鍵を握る……とか、いろいろ推測された。

たしかに興味深い。今でも、その謎は完全に解けていないが、注目したくなる。

でも、改めて距離と時をおいて眺めてみると、この研究テーマは、かなりマニアックだ。世間一般の人からすると、ピンと来ないだろう。その研究が何の役に立つの? と問いかけるかもしれない。

実は、一斉開花は、小規模ながら1998年や2001年にもあったようだ。その後も、起きているはずだが、私は耳にしていない。

なんだか研究者の熱が冷めたのだろうか? そんなことをいうと怒られるかもしれないが、研究テーマにも流行があるから……。とくに中心人物だった井上民二教授が亡くなったことが大きいのかもしれない。

では、今は何が研究されているのだろうか。

実は、ランビルのタミジハウス(井上教授が亡くなった後、遺族が寄付した現地の研究拠点)に、研究者はいなかった。朝早く出て、夕方まで帰らないといわれて、お会いすることができなかったのである。

どうやら、ランビル国立公園外の農村地域に調査へ出かけているらしい。

実際、現在サラワクで行われている研究のテーマを調べると、焼き畑とかオイルパーム農園とか森林開発とか、地元の住民たちの土地利用が与える環境変化に関するものが多い。
熱帯里山」という概念を提唱して、人の利用と生物多様性を考える人もいる。

純粋学問ともいうべき「一斉開花の謎」を追うことから、人間が熱帯地域の森林に及ぼす影響に軸足を移しているように感じる。

実際、ツリータワーに登ると見えた景色が、コレである……。

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国立公園に面したところで、大規模に山を切り崩す工事が行われていた……。農園開発ではないかなあ~と思う。

ちなみに、こちらがムルの奥地。

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よく見てほしい。林道に加えて作業道が、それこそ網の目に入れられている。すでに伐採済の森林だろう。そして、その奥に広がる裸地っぽいのは、オイルパーム、つまり油ヤシの農園をつくるために切り開かれた農地である。

これでは、プナン族も狩りで飯は食えない。

なんだか、日本の奥山にも同じような光景が広がっているような気がした。

2010/08/05

樹上回廊

ボルネオのムル国立公園は、巨大洞窟で有名。観光客も、ほとんど、というかほぼ全員は行くだろう。

その道筋は、すべて木道が敷かれている。

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これは、観光客がジャングルの中を歩くに際して、非常に有効だ。結構な距離はあるが、おかげでサンダルでもすいすい歩ける。体力・技術がなくても訪問できるのだ。地元の人なんぞは、自転車で通っている(笑)。

が、同時にオーバーユースでジャングルが傷つくことを防ぐ役割も大きいに違いない。そもそも木道からそれることができなくなるので、妙なところに分け入る人が少なくなり、危険も減る。

こうしたシステムは、日本の自然観光地でも非常に参考になると思うが、今回は別の紹介。

それは、木道よりももっと面白い樹上回廊だ。(英語直訳では、樹冠歩道)

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ムルのジャングルは、ほぼ原生林に近いと思われるが、いわゆる超巨木も林立する。その高みの樹冠部分を歩けるよう吊り橋のような歩道が設けられているのだ。

その長さ、480メートル。ぐるりと木から木へ高さ30メートルになる樹上を巡れる素敵な回廊だ。

実は、樹上回廊というシステムは、もともと樹冠研究のために作られた。1990年代に世界の森林の樹冠研究が、とくに熱帯雨林で始まった時に、ツリークライミング゙ではなく誰でも簡便に樹冠層にたどり着ける手段として、ツリータワーと樹冠部の歩道づくりが進んだ。中米や南米から始まったはずだ。

この樹冠にこそ、生物多様性の秘密が隠されているとされていた。

実は、私もこの世界に圧倒され、毎年のようにボルネオを訪ねて、研究現場を取材した。

その際にとくに訪れたのは、ムルではなく、ランビル国立公園である。ここに日本の研究者(当時は京都大学がメイン)が研究フィールドを築こうとしていた。

そしてツリータワーと樹上回廊が作られた。その長さが、たしか300メートルはあるというので、世界一長い? と自慢していたものだ。

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これが、ランビルの樹上回廊。見た通り、網が張っておらず、ハーネスにカラビナを通して歩くもので、決して安全ではないが、素人が来る観光用ではなく研究用なので、これでよかったのだ。

しかし、ムルに、ランビル以上の回廊が作られるとは。(ムルでも研究に使われているらしい。)

平地ジャングル(ランビル)と、山岳ジャングル(ムル)の違いがあるから、どちらも意味があるのだが。

ただ、ランビルのツリータワーは現在修理中で、樹上回廊なども、それほど頻繁に使われている様子はなかった。

かつてランビルを訪問したら、いっぱいいた研究者の姿も見えない。
彼らは、ランビルの施設に宿泊しているが、研究フィールドは、公園内ではなく、別に持っているのだという。

今年は、名古屋でCOP10こと、生物多様性条約締結国会議が開催されるが、その割には研究現場では生物多様性より別のテーマに移っているのであった。

(この話題、続く。)

2010/08/04

ボルネオの割り箸

また話題をボルネオにもどそうと思ったところで、紹介するのが「割り箸」とは、いかに?

まずは、写真を。

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これは、何か。実は先に紹介したプナン族の村で買った、土産物なのである。何かと言えば、そう、箸だ。

上は箸と箸置きがセットになっている。黒檀のような黒くて硬い木製である。が、塗料やオイルなどは塗っていない。
下は竹のように見えるが、木製のフォークだ。

もちろん、プナン族に限らず、ボルネオの少数民族は箸を使わない(はずだ)。マライ人も使わない。スプーンとフォークは使うようになったが。

ただ中華系の人々は、箸を使う。現地で出るのは樹脂製の太くて長い、先も尖っていない特徴的な箸である。これだけは文句言えずに使っていた。

が、土産物としては、木製の箸が結構あるのだ。なかには、カラフルなラタンやバティック(ろうけつ染め)の袋や容器入りもあった。

土産物は、なんだかマイ箸として日本人向きに作っている気配もあったが、プナン族のものは、割り箸である、ということで購入した。とくにフォークの方は珍しい。

おそらく、中華系の街の人から、売れる商品づくりとして提案されたのではないか。自身が使わないものであっても、作ったのだろう。

もちろん、割り箸と行っても使い捨てではないし、最初から割った状態である。

しかし、私の中の割り箸の定義は、素の木材で作った箸なら割り箸なのである(^o^)。

たとえばランチュウのように、最初から割れている高級割り箸もあるし、私自身が自宅では割り箸を1回では棄てずに1~2週間使っている。その中で、塗り箸や樹脂箸との違いを説明しようとすると、材料が木であること、塗料を使っていないので、ある程度の期間がたつと汚れて使えなくなること、である。

だから、素の木製箸なら、割り箸なのである。

買った箸は、それに該当する。これも「割り箸」なのだ。

ということは、ボルネオも割り箸文化圏なのである。

ちょっと、強引か(笑)。

ちなみに、今日は8月4日。ハシの日である

2010/08/03

菅首相の「森林からのニッポン再生」論

ちょっと、ボルネオ話は小休憩。

私がまだ帰国する前だが、菅直人首相は、7月30日の記者会見で、日本の成長政略として林業を取り上げたそうだ。そして熱く、林業の復興が雇用を生み出し、地域再生にも結びつくと語った、らしい。
また国会冒頭の田中康夫・新党日本党首の代表質問でも、林業再生問題に突っ込んだ質問をしていた。

少なくても、与党内では、林業は注目すべき政策になろうとしている。これで参議院選挙敗北からの転換を狙っているのかもしれない。

これをもって菅首相の『森林からのニッポン再生』だ、と持ち上げたい(^^;)。

ところで、その中身だ。林業を復活させる方策として、強く主張しているのは、林道・作業道の開設だ。ドイツの10分の1、20分の1しかない林業の生産効率を上げるためには、高性能林業機械(ハーベスタという名称まで出している。やはり、日吉町で自ら乗ったからか?)を入れるための作業道が欠かせないというのである

まあ、ツッコミどころはいっぱいあるのだが、足を引っ張るつもりはない。たしかに今日本の林業で一番足りないものは、と言えばハードでは作業道だろう。どんな作業をするにも、道は基本だ。伐採搬出だけでなく、育林を考えても、現代の林業は車両が必要である。だから、一義的には賛成する

しかし、ねえ。林道・作業道をどんどん入れるために特別枠で予算をつける、と言っても、それで道が入れられるだろうか。

私の感じるのは、急な山林に効率的な道をつける(それもコストを考えながら)のは、特殊な技能と知識が必要な技である。そして、技のない人が道をつけようとすると、とてつもない失敗をしでかす。

日本各地の大規模伐採地では、下手な道の入れ方が森林土壌を破壊し、取り返しのつかない荒廃を招いている。伐採だけが悪いのではない。たしかに木が一本も残らないような皆伐地はイメージが悪いが、ていねいな施業を行えば、崩壊は最小限に抑えられる。再造林も必要だが、天然更新のように、自然にまかせても森林が復活させることも可能だ。

しかし、土壌をかき回す道づくりは、失敗すると、そこに草も生えないし土壌流出・斜面崩落を引き起こす。もっとも危険な作業と思う。

つまり、全国的に作業道の開設を行うというのなら、まず作業道づくりの技術者を養成しないと危険なのだ。施業に則したルートの設定から、地質の読み方、地盤の削り方、土砂の積み上げ方、排水路など、細かな技術がないと、トンデモ道づくりになる。平地の道路建設をしていたような建設土木業者に作らせたら雇用対策になる、と短慮してもらいたくない。
この際、大橋式がいいか、四万十式がいいか、なんてレベルではなく、基本を学ぶ必要がある。

かつて、私は鹿児島大学の林業技術者養成講座に参加したが、その中で作業道づくりは大きなテーマだった。こうした講座を全国的に展開して、また練習させてから、本当の現場に向かわせるべきだ。それこそ、コンクリートから人へ、である。ハードの整備の必要も否定はしないが、それをすれば林業が復活すると単純に言えるほど甘くない。そして、それ以前にハードを整備するにもソフトが必要なのだ。

さもないと、作業道の開設が、日本全国の山をズタズタにして、林業の効率を上げるどころか大破壊を押し進めることになりかねない

2010/08/02

テンプレート変更

久しぶりにテンプレート変更しました。

かなりシンプルです。この方が暑い夏には向いていますね(^o^)。

プナン族の村

ムルでは、プナン族の村を訪ねた。

プナン族を知っている人は、ツウである。地上最後?の狩猟採集民族とも言われたこともある、ボルネオの少数民族だ。常にジャングルの中を移動しつつ、狩りと野生植物の採集によって生活を送っている。

だから1980年代に急速に進んだボルネオの熱帯雨林の伐採では、大きな矢面に立った。ある時は悲劇の主人公であり、ある時は開発推進側に抵抗する英雄であった。林道にバリケードを築いて、伐採会社を入れないように抵抗運動を行った。そのために逮捕者もたくさん出したが、彼らの戦いは世界に報道された。世論はプナン族を救え、と騒いだのである。

まあ、その頃の話と裏話は別の機会にするとして、結果的にサラワク州政府は、彼らを半強制的に定住生活させる方針だった。実際,遊動生活を送れるほどの森林は残されていず、栄養失調に陥っていたからである。

しかし、無理やりの定住と、農耕を押しつけることにも国際世論は反対したのだが……。

ともあれ、そのモデル集落が、ムルに作られていた。

私は、十数年前に訪れた。ボルネオの少数民族は、だいたいロングハウスと呼ぶ大きな長屋に集落民全員が住むのだが、同じ生活を送らされていた。本来のプナン族は、小さな家族単位の小屋を築いて数週間単位で住むのに。それは貧相なロングハウスだった。

前回訪れていた時、薄暗いハウスの中で、彼らは、私たちに木工品を示して買ってくれ、と持ち寄った。経験のない農耕もうまくいかない中で、土産物を作って来訪者に売ることを生活の糧にするように勧められたのだろう。
しかし、それはお粗末なものであり、値段を聞いたらやたら高い。とても買う気にならなかった。

このままでは、プナン族は滅びるのではないか。少なくてもプナン族の文化は消える。
何より森から切り離された彼らの生活は哀れに見えた。

さて、今回の訪問である。川をボートで遡って、ガイドに案内される。これは、お決まりのコースだ。ムルは基本的にガイドを付けないと入れないし、ガイドはこの村に案内することになっているのだ。

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村は、様変わりしていた。広いグラウンドが作られ、その奥にかなり新しく巨大なログハウスが建っていた。政府が建てたのだそうだ。

また、個人家族向き住宅もある。こちらは自分たちで建てたが、若い世代向きだそうだ。隣接したところには、おそらく学校だと思える施設もあった。前回とは人口も増えたようで、かなり立派な集落になっていた。

一角には、パネル展示があり、写真と文章で、プナン族について説明されていた。

そして、そんな村の一角に、屋根のある土産物売り場が作られていたのである。

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そこには木工品や木の皮細工・ラタン細工、ビーズ細工などが並んでいる。

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籠やバック、吹き矢とか楽器、アクセサリーなど、その商品構成も幅広い。そこにおっちゃんやおばちゃんが並んで客(つまり我ら)を待っていた。

見て回ると、なかなかか魅力的な商品が多い。何よりデザインがいい。カラフルになったり、彫り物もある。価格は、まだ高く感じたが、許容範囲か。

彼らの中には、多少の英語をしゃべるものもいて、商売のコツもつかんだようだ。目の前で楽器を演奏したり、使い方を説明する。思わず、いくつか買ってしまった。

彼らは商売がうまくなったのだ。顧客の求めるものを考えて、それに合わせて商品をつくり、価格も設定した。おそらく本来のプナン族がつくるものではない商品も多い。それでも売れるものを作る。教えた人もいるのだろう。
そして、生活も豊かになっていた。

……彼らはドラッガーの「マネジメント」読んだ? とアホなことも考えた(笑)。

そう、もはや彼らに過去の哀れさはない。プナン文化は変容しただろうが、生き延びたのだ。それでも、今でも季節ごとに森に何ヶ月か入る生活を送っているらしい。

でも……これでよかったのだろうか?

2010/08/01

もしボルネオで『もしドラ』を読んだら

さっそくボルネオ話を書きたいと思ったが……今日は日曜日で、しかも暑い(~_~;)。

まず、ボルネオで訪れたのは、サバ州のコタキナバルだが、そこからすぐにサラワク州のムルに飛んだ。そこは、かなりの内陸部で、ジャングルに囲まれた土地だが、同時に世界遺産の観光地としても知られている。その自然は改めて紹介したいが、とにかく観光地なのだから、リゾートになっている。

ロイヤル・ムル・リゾート。ちょっとボルネオに興味のある人なら、知っているだろう。なんたって、ジャングルの中のリゾートホテルなのである。

私は、ここにオープン前(仮オープン時)に訪問したことがあるのだが、それから十数年ぶりである。当時より規模も施設も拡張していた。

で、プールがあった。

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リゾートとなると、そこでやるべきは「プールサイドで寝そべって本を読む」ことである。これをしないとリゾートにならない、と私は思い込んでいる。

そこで、さっそく実行した。ジャングル歩きを終えた後、さっそうとプールに飛び込み、その濡れた身体をプールサイドに伸ばして本を読むのだ。




そこで読んだのが、話題の「もしドラ」こともし高校野球の女子マネージャーがドラッガーの『マネジメント』を読んだら(岩崎夏海・著 ダイヤモンド社)である。

すでに100万部を越えたベストセラーを今更ながらに読む。それもボルネオで。しかもプールサイドで。

もともとは、娘に読ませるため(読みたいと言ったのだ)に買ったのだが、肝心の娘がなかなか手にとろうとしないため、私が一足先に読もうというわけ。

いやあ、するすると読んでしまった。あっと言う間に読了。

正直言って、小説としては稚拙だが、実によく読ませる。そして感動させる。思わず目頭が熱くなったぞ。描写や人物設定がありきたりながら、ツボを押さえているのだ。

そして思った。

「もしドラ」は、小説の形を取った、ドラッガーの名著「マネジメント」紹介本である。つまり経営学の本である。だが本書のストーリーが、「マネジメント」の説く経営術を企業ではなく野球部のマネジメントに利用したように、ここで語られていることは、地域づくりに応用が効く……いや、企業経営より地域づくりの方が向いているのではないか、とさえ思えた。

なぜなら、企業の経営(マネジメント)とは、つまるところ組織論であり、組織の運営術だからだ。そして組織論を学ぶ必要があるのは、とくに運営システムが確立されていないNPOのような団体ではないか。もちろん組織の中の組織と言える行政組織(でも、実態は経営がまったくできていない組織)だって、そのノウハウを学ぶ必要がある。

「もしドラ」の語るマネジメントを、私が思い切り要約しよう。

まず「顧客の創造」である。誰のために事業を行うのか。

次にマーケティングである。顧客の声を聞くことで各人の要望を知る。

そして「人こそ最大の資産」という考え方であり、その活かし方である。

最後に「イノベーション」が必要だとしている。さもないと飛躍も持続もできなくなる。

これって、みんな地域づくりに活かせる……いや、地域づくりのテーマそのものではないか。

人を活かして常に持続的発展を行う。「もしドラ」を読んで。

本当は、原典である「マネジメント」(エッセンシャル版と完全版)を読むべきなんだろうけど、それは面倒くさい。私には「もしドラ」で十分だ。組織運営に悩んでいる人も、とりあえず「もしドラ」から始めよう。

※ 右サイトに、Amazonの「もしドラ」を挿入しました。

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森と林業と田舎