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2010/09/28

地産地消は「負け犬の遠吠え」

ちょっとツイッターで話題になった「地産地消」について。

以前も書いたような気がするが、私は「地産地消」は原理的にオカシイと思っている。
なぜなら、産地というのは基本的に多くの生産物があるところであり、そして産地はえてして人口の少ない地域が多い。だから産地そのものの消費量は生産量より少ないはず。

〔生産量>消費量〕 である。

それなのに地元で消費を促しても、全部は売れない。無理があるのだ。むしろ、商圏を狭めてしまいかねない。下手すると、消費量に合わせて生産量も調整することになりかねない。  そして〔生産量=消費量〕となる。

一方で都会は、〔生産量<消費量〕 である。こちらは足りない。

それなのに、なぜ地産地消が叫ばれるのか。

単純に言えば、地元も含めてどこでも売れないからではないか。本当は全国全世界で売れてほしいのに売れずに、せっかく生産しても消費されない。そこで、せめて地元では消費してよ、という気持ちが地産地消を訴えている。いわば泣き言。いや、最初から全国では売れないだろうと思っている負け犬の遠吠え(笑)。  ←また、怒りのメール来るな……。

仮に地元だけで売れても産地の生産量から見ると、微々たる量だろう。まったく売れないよりマシではあるが、本来の目的である多く売ることにはつながらない。いや、足を引っ張りかねない。なぜなら商品力を磨けなくなるからだ。

商品力とは、売れないことへの同情を誘ったり、愛郷心や環境(輸送距離が短ければ、輸送エネルギーが少なくて住むからCO2の排出量も減る……とかいうやつ)に訴えるものではない。
価格、機能、魅力みんながバランスよくパフォーマンスされた総合力だ。地元を売り物にした商品は、それが劣りがちである。もちろん、価格も機能もよい地元の品なのに、知られていなかったから消費されないケースもままあるが、知られることも商品力だと理解してほしい。

しかし、地元だって本音ではその商品を使いたくない可能性だってある。だから全国どこでも売れないのではないか。逆に言えば、どこでも売れる商品力を身につけたら、自然と地元でも売れていく。むしろ世間でよく売れていることを自慢して、地元の人が誇りを持って購入するのが、地産地消であるべきだ。

とはいえ、地産地消がすべて悪いわけではない。地産地消が成り立つ、あるいは推進すべき条件を考えてみた。それが次の3つである。

生産量が少なく、地元消費分でなくなってしまう場合。

鮮度などの理由で遠く輸送するのが難しく、生産後すぐに消費すべき商品の場合。

生産した場所が重要で、その地で消費することが魅力的なブランドである場合。

※ もう一つ。全国で売るのが前提だが、まず地元でアンテナショップ的に展開する場合。

こうした地産地消なら、大いに展開して盛り上げてほしい。

かつて一村一品運動が全国の農山漁村に広がった。各村でご当地の物産をつくろうとしたものだ。だが、実は成功したところはそんなに多くない。なぜなら肝心の一品が プロダクトアウトな作り方だったからだ。ようするに生産者の都合で選ばれ生産されたのである。余っているもの、作りやすいものを「地元産品」に指定したのである。しかし、それには商品力がない。もちろんアイデアと努力があれば、最初は魅力のなかった産物も変身させることができるのだが、その力もなかった。

むしろ村上げて一つの品の生産に取組み、モノカルチャーに陥ってしまったケースもあるようだ。もしそれが売れなかったら、村は行き詰まる。

その結果、地産地消に泣きついた……。

やはりマーケットインから商品づくりをするべきだろう。素材が余っているもの、作りやすいものであっても、目の前の産物をマーケットに合わせて加工する努力をしなければならない。そして売れる流通販売のシステムを作り上げねばならない。

一方で、地産地消の典型である家庭菜園の野菜を、外部でよく売れる商品にしてしまった地域もある。こちらは少量で普通の野菜を地元以外でも売る、新しい売り方を考えた結果である。

いっそ一村一販促システム運動をやったらいい。今ならネットもあって、新しい販売チャネルづくりはかなり簡単になった。特産品として売るもよし、ほかの地方と連携して加工するもよし。

生産量と消費量は、イコールであることが理想的だ。無駄が出ないから。しかし、小さな生産地=小さな消費地に陥ってはキケンである。ぜひ地産全国消に取り組んでほしい。

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地域・田舎暮らし」カテゴリの記事

コメント

田中様

まったくおっしゃる通りだと思います。
地産地消とはうまい表現ですが、要するに地元の人が買いたいもので商品価値が低いものを生産する仕組みですね。

そこの地域でしか生産できない野菜や果物で、美味しければ全国区で消費され、引く手あまたとなる訳です。

例を挙げれば、秋田県の有機リンゴ生産農家である木村秋則さんのリンゴは数年前から予約して食べていますが、大変美味しいので本物のレストランはもとより全国に消費者がいます。
木村さんの本物のリンゴの味なので、このリンゴを一度食べると市販のリンゴは不味いです。

今やインターネットで簡単に、全国各地の美味しい物を予約して取り寄せる事が出来ますから、本当に美味しい物は高くても十分に販売できます。

もひとつの例は、元ギャルだった女性が始めた有機農業で作られたニンニクを一度購入して食べましたが、それは美味しかったですね。大量生産して安くするも良いですが、誰かが丹誠込めて生産した物をそれなりの値段で購入するという仕組みが大切なのではないでしょうか?

田中様

群馬県の片品村に住み着いた元ギャルとは、桐山三智子さんでした。
名前を忘れてしまい、調べました。
女性が自然農業に魅了されて、地元に住み着くと活気づいてくるようですね。女子大学生の中にも、農業をやりたいという学生が確実に増加していますよ。

私が以前購入した自然農法のニンニクは、桐山さんが作った物でした。

おばあちゃんに学ぶむらの仕事と暮らしづくり
桐山三智子 群馬県片品村「片品生活塾」主宰

片品村には、豆腐を食べに行きました。あそこには、いろいろな人がいますね。

全国で売るというのは、無理に生産量を増やすとか地域のブランドを失うことではないはず。その価値を十分に残しながら、地域ブランドの価値をわかる人の手元に届くシステムを作りたいですね。

 「地産地消」を言う人は、すべての消費活動を「地」で賄って欲しいです。同じく「国産の木材を使って家を・・・」て言う人も、すべての消費を国産にこだわらなきゃ只のセールストークと思います。好きなスポーツは「サッカー」ではなく、「柔道」。普段着は洋服でなく「和服」ってところまでこだわっていたら言葉に嘘はないなと感じます。ひねくれているので、こんなことしか言えなくてスミマセン。

高桑様>
 片品のニンニクは有機農業ではなく農薬不使用、自然農法だったと思います。

温厚な私は、そこまで言いません(^^;)。
でも消費者が生産地にこだわるのは勝手ですが、生産者が自分で持ち出すのはどこかおかしい。

うがたこ様

仰せの通り,自然農法、無農薬です。
彼女の最初に作ったニンニクを購入して食べましたが,その甘いこと!!
未だにあんなに美味しいニンニク、食べたことはありません!

 地元では「地産地消」、消費地では「産地直送・顔の見える取引」ってことなんだ。

ツイッターで田中さんにネタをふったままでご無沙汰していてごめんなさい。リゾート地東京でうまい酒を飲んで、毎日大変忙しく過ごしております。


高桑さんより
>地産地消とはうまい表現ですが、要するに地元の人が買いたいもので商品価値が低いものを生産する仕組みですね。

「商品価値が低いもの」とは、私が想像するには規格外の野菜などでしょうか。商品を生産する以上、ある程度の質がないことには話になりません。価値の低いものは安い輸入品と競合するので、生産するのも大変だと思いますよ。

規格に合わせての野菜選別作業とか、ブラックツーリズムのネタとしてはなかなか良さそうです。

うがたこさんより
>「地産地消」を言う人は、すべての消費活動を「地」で賄って欲しいです。

そういう生活は現代日本では無理です。私の上流社会(川の上流に住んでいるということです)の暮らしはマチの暮らしよりも環境に良いことをしていますが、アラビアの石油に浮かんだ暮らしに変わりはありません。

都市が存在する以上、地産地消で余るモノを売るマーケットは常にあります。「農業」の人には、そこを狙って商売をしていただきたいところです。近くの人に小さく売るという行為も「農」には大切なので、私としてはわかりやすく地産地消とうたいながら(身土不二は見た目もなかなか難しいようで)食べ物を売っていくつもりです。

そういうわけで、私の場合は、地産地消は「負け犬の遠吠え」ではなくて、「わかりやすいキャッチフレーズ」くらいでしょうか。使い勝手もそこそこ良いです。

東京はリゾートですか。なるほど。非日常的に過ごすには楽しそう。
私も、大阪のリゾート地でうまいお酒と料理食べてきました。おかげで終電乗れなかった(^^;)。今朝は朝帰り。

さて、規格外野菜の選別作業を黒観光化するのは賛成です。結構強烈なインパクトがあるのではないだろうか。規格外までいかなくても、出荷のためのいわゆる調整作業も見応えがある。農家の本当の仕事は、栽培よりもこちらにあるかも。
そして、こうした黒観光資源こそ、現場から離れられない地産地消になるでしょうね。

リゾート地に行ったり、朝帰りをしたりと、
お二人ともなんて楽しそうな。

いつの間にか、黒観光という言葉が登場したり。

ふうむ。
地産地消については、やはり
いろいろなご意見があるのですね。
私は、メルヘン図書男子がくっついてしまい、
地産地消については暫く考えられません。。。

やっぱり都会は楽しい(爆)。ただし、夜だけね。都会の歓楽街も、地産地消かもしれない。

ブラックツーリズムは長いから、黒観光に縮めましたが、「夜の都会の黒童話」も楽しいかもしれませんよ……。

東京は私にとっては最高のリゾート地で、今回は特に友人知人との議論の場が多くて、普段使わない部分の頭を使い、楽しかったです。

そういうのはいいんですが、それ以外のリゾート要素(寄席とかスポーツ観戦とかタイ料理で飲酒とか)にカネがかかるのが欠点です。。。私の場合は、宿泊費がかかっていない点でだいぶ助かっていますが。今日は末広でナイツを生で見られたのが収穫でした。

ところで、ブラックツーリズム=黒観光をもう少し縮めて観黒ではいかがですか? 農業系では、防毒マスクでハウス内に農薬をまく体験などは希望者がいるとは思えませんが、規格外を捨てる体験は強烈な印象になるでしょうね。映画「命の食べ方」はそういったことを先にやられたなあと思いながら見ました。

ああっ。観黒ですか。
体験内容も強烈なのが、いろいろ出てきそうですね。

ん。観闇でもいけるかな?

>地産地消
 せめて、「エネルギー」の地産地消を認めて
ほしいですね~「マイクロ水力発電」など、
水利権もあるだろうけど、電力の自給自足や
「水道代」などの安さが際立てれば、「移住」を
考えるも増えるのでは?昔いたところでは、独身で
簡易水道だったので、一ヶ月で300円だったな~
(昔の「水車」の皮をかぶったマイクロ発電など
造って、21世紀の日本の農村って感じに景観にも
配慮した形でも面白いと思うのですが・・また、
この屋根には太陽光発電も載せて、いざと
なったら避難所などに・・・って某県の職員に
提案した事あります(^^;))

観黒、カンクロ、カンクロウ、勘九郎、官九郎、いやガングロ、顔黒、ヤマンバ娘(古い)、山に関係あるかも……。
観闇は、カンヤミ? 観阿弥なら猿楽、能、ああ農になっちゃった。

規格外作物の廃棄作業は、黒食育にぴったり。都会人にものすごいインパクトを与えますよ。そして日本の食料自給率のウソも示していますね。低い低いと危機感煽りながら、捨てているんだもの。

そんな田舎の観黒で儲けて、東京リゾートで羽を伸ばすのは理想的暮らし方かな。

実は、エネルギーこそが地産地消に一番向いていますよ。移動させるとロスが出ますからね。
小規模な水力、風力、太陽光、そして木質発電などは、みんな地域固定型(地産)だし、地元で消費するのが望ましい。

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