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2010/09/24

昔の山里の高齢者を考える

撤退の農村計画」の最初の章で、過疎集落の現状に触れている。そして公共交通機関がほとんどなくなってしまった集落の生活を説明している。それによると、マイカー持っている・運転できる人にとってはあまり影響ないが、今以上に高齢化が進むと車の運転が困難になる人が増えて、本当の試練が始まるとしている。

そこで、ふと思った。そもそも公共交通どころか車社会ではなかった時代(たとえば江戸、明治時代)の辺境の山里では、どんな生活を送っていたのか。当時から、驚くべき奥地に集落はあり人は住んでいた。

山を越えて歩けないような老人は、どのような生活をしていたのか。その生活を現在にも応用することで、過疎地の交通機関の問題を考えるヒントにならないか。

① まず考えられるのは、集落から出ない生活

ほぼ自給自足生活を行うのである。食べ物は、集落近くに焼き畑、山菜、漁・猟などに頼る。どうしても自給できず必要なものは、年に何度か通ってくる行商人頼り。
自給自足と言っても、おそらく集落経済としては、木炭など換金商品はあったから、山の産物を売りに出るような交易はあったはずなので、その人の行き来に期待することになるだろう。

ただし、これは健康であるのが条件。集落内、その周辺は自分で歩ける段階である。

② 誰か支える人がいる

身体が弱った時を想定すると、考えられるのは、家族の介護である。当時は、どこも大家族だったろうから、若者も少なからずいた。むしろ子供が戦力だった。家の中に足腰立たない老人がいても、家族の助けを期待できる。
介護側も人数が多いゆえに負担は分散されるから、耐えられたのかもしれない。

③ 実は、長生きしなかった

足腰が立たなくなったり、病に臥せっても、医者にかかることはほぼ無理である。また気候なども過酷だし、栄養状態がよかったとも考えにくい。自家製の薬草類では間に合わなくなった場合、長生きできなかったと考えられる。それゆえ、長く寝たきりの生活が続くということが少なかった。

では、これらの条件に現代の限界集落を当てはめてみる。

少なくても、③を前提に考えるわけにはいかない。ただ、齢を重ねれば病気持ちが増えるのは事実だ。動けなくなれば否応なく、病院なり施設なりに入居する形で集落を離れなくてはなるまい。つまり、集落に居残る選択肢はない。

②も、何らかの代行要員がいる状態ではない。子孫が出ていったことで過疎は極限まで進んだのだから。行政などももはや期待できない。

①も、事実上不可能だ。自給自足と言っているが、今どき焼き畑で陸稲や蕎麦を作ることはない。衣装も自分で作るわけではない。電気のない生活はまず無理。

と、3つとも否定してしまったが、少し前向きに変形させてみよう。

完全自給自足は無理だが、冷蔵冷凍食品の発達や、情報通信の進展も含めて、ストックを増やして買い出しを少なくすることはできる。

たとえば月に1回だけ町に出る生活を設定する。また移動販売車を一定の間隔で通わせる。それらの時は行政なりが送迎をする。集落ごとまとめたら、月に一度のバスを出すくらいの負担なら、なんとかなるのではないか。また小売店と提携して、一度に大量配送する制度を作ることも考えられる。いっそ、集落に巨大冷蔵倉庫を共同で建てる。(ボルネオのロングハウスでは、ハウス内に倉庫と住民運営の小売店を設置しているところもある。)

介護要員を過疎集落に張り付けることは無理だが、それが職業として成り立てば、就職口を提供することができる。過疎集落にグループホームのような介護施設を作り、元気な住民が勤める形を考える。
専業職員の配置は難しいが、副業なら可能ではないか。NPO委託のような状態で、週に2日分働いて月5万円の収入を得る感覚である。。10人の被介護者を30人の住民が支えるのだ。問題は、その費用を誰が負担するかである。やはり税金ということになるか。ただ集落内施設ということで、初期経費をかなり落とすことができるはずだ。

もちろん、こうした生活は、各人の要望や好みもある。募集して移住するような新集落ならともかく、古くから住まう人々を対象に行うのは合意が難しい。
だが、絶対防衛生活水準を維持して、それに納得した住民による集落の維持という選択肢を考えることはできるだろう。

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地域・田舎暮らし」カテゴリの記事

コメント

「撤退の農村計画」の林です。絶対防衛生活水準を満たすかどうか―の決め手は「介護」になるような気がしています。過疎集落における介護施設の整備は大いに進めるべきと考えます。ただマンパワーが心配です。たとえば石川県旧M町の場合、2030年の生産年齢人口は1,131人、それに対し老年人口は2,213人です。国立社会保障・人口問題研究所・編集(2004):『日本の市区町村別将来推計人口―平成12(2000)~42(2030)年― 平成15年12月推計』,財団法人 厚生統計協会,東京.

老年人口が生産人口を越えてしまった地域では、集落内介護事業は不可能でしょう。
でも収入になるのなら、集落外から通勤する人が出る可能性もある。

ただ介護が必要な人ばかりの集落というのは、もはや集落維持の意味をなさないように思うのですが……。あえて言えばターミナルケアの場としての「介護集落」存在価値があるかも。

極端な奥地ではなく、そこそこの田舎。

最先端ではないにしろ都会とそれほど格差のない
医療・介護を享受できる田舎。

なおかつ、自然環境の良さ美しさ、
人の暖かさ、都会より優れた部分にあふれている。
そんな田舎を目指さないと
他所から移り住んではもらえない。

田舎にも顧客満足、顧客便益が求められる。

田舎格差社会。

集落とは何か…。なかなかむずかしい問題ですね。

過疎集落、田舎集落、山間集落……とまとめてしまうから混乱するのかもしれませんよ。
たとえば「危機度」に合わせて何等級かに分けてみる。その線引き基準はわかりませんが、限界集落に合わせて高齢化率でもいいし、経済力紙数を作ってもいい。

3等級集落は、むしろ人を集められるけど、1等級まで進むと移転した方がいい……とか。

ま、こんな考え方自体が不遜と言われそうですが。

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