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2010/09/23

耕作放棄地の再開墾

今朝、NHKで「農ドル」なるドラマをやっていた。

これはNHK島根製作のドラマで、簡単に紹介すれば、アイドルやっていたギャルが、失言が元で謹慎することになり、故郷の奥出雲に帰る。そして実家の農業をいやいや手伝いだしたが……というわけで、農業と地方応援ドラマというわけだ。

まあ、ストーリーは、予想通りの展開で、さほど目立った点はない。ただ、その中で耕作放棄地を映し出して説明しているシーンがあった。そして、「一度荒れてしまうと、元にもどすのは大変な手間がかかる」という、これまたよくある説明がされていた。

私は、この耕作放棄地の再開墾が大変、というのがよくわからない。

なぜ大変なのか。そりゃ草ぼうぼう、ときに竹や樹木も生えているほどのところもある。それを昔ながらの手鎌と鋤などで開墾をするのなら大変だろう。しかし、今や機械化の時代である。ブルドーザーで草木を根こそぎ掘り返して、その後肥料を入れたら、それなりの農地になるのではないか。何も優良農地になるとは言わないが、水耕栽培流行りの現代に、「再開墾の大変さ」を十分説明していないように思う。

実は、先日訪れた弓削島でも、耕作放棄地の再開墾に取り組む人々がいた。

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写真の奥に残る茂みが、放棄地状態である。高さ3mもの竹笹が茂り、草も密生している。それを再開墾したのが、手前の農地。この農地は2年目で、昨年取り組んだという。

「それは大変だったでしょう」というと、「いや、業者に頼みましたから」という返事(^^;)。

もともと自分たち(3人程度)で木を伐り草を刈り、土を掘り返して開墾する予定だったが、農業委員会などの許可を取り付けるのに時間がかかり、作付けの時期を逃しそうになったため、業者に頼むことになったのだそうだ。

もちろんお金はかかった。しかし、1週間もかからず農地になったそうだ

実は、ほかにも開墾に取り組んだ人の話を聞いているが、大変なのは手作業でやろうとするからであって、重機を使うとそんなに苦労はないのだ。

おそらく農家なら、重機を扱うことにもなれているだろうし、耕運機も使える。必要なら堆肥も購入して導入すればいい。

耕作放棄地問題に関しては、私もいろいろ考えるところがあるが、再開墾は困難という言葉を鵜呑みにすると、悲壮感漂う。必要になれば、すぐに農地は作れると考えるべきだ。

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地域・田舎暮らし」カテゴリの記事

コメント

同感ですね。うちも放棄して30年くらいたった田畑を再生して使っていますが、田んぼはマツも生えていたし水路の修復が手間がかかり、畑は残土捨て場になっていて草一本生えない状態でしたが、大してお金もかけないで、3年から5年で作物の収穫が出来るようになりました。お金と時間をもっと使えば、同じ条件でも翌年から収穫は出来ると思いますよ。

↑お金と時間→お金と手間

重機が入る田畑なら、田中さんやunchanさんの書く通りでそれほどでもないと思います。

うちの近くの棚田だと、牛と人間で農耕した時代のままの場所があるので、重機を入れるのが厳しいところがあります。その辺はちょっと大変です。

何年か使わなかった棚田を復田してみて、水が漏る穴が多数空いていて、それを耕耘機で耕しながらふさぐというのは大変でした。毎年使っていれば、少しの穴ふさぎで住むのですが、数年でかなりの数の穴になり、目に見えるような穴はともかく、どこから持っているのかわからないけど水がたまらん、という経験も何回かしました。。。

それから、私は耕作放棄地ではなくて耕作断念地の方が実態に近いと思っております。(誰が発案した言葉かわからないのですが、私のオリジナルではないです。)所有者はやむをえず耕作を止めたので、断念の方がふさわしいかなというところで。耕作を続けるか止めるか、選択の結果止めるということなら放棄で良いのですが。

重機が入らないところは大変ですね。それに段差のある棚田は構造的に水がもれやすい。下の段に抜けますから。草木の根が伸び、それが腐ると水の抜ける穴になるといいますね。

こうしたところは、いきなり水田に固執しないでもよいと思うのですが……。畑地なら水漏れはあまり気にならないでしょう。

沢畑さん

確かにそうですね。うちも田んぼの穴というか水は溜まりません。いまだに地面がいきなり沈む場所があって、トラクターやバックホーが沈んでしまうし、水を抜いてもいつまでもぬかる箇所にトラックが埋まってしまったりしました。普通の耕作を想定したら途方もなく大変ですよね。
出来ないことではないけど、大変っちゃあ大変です。
それが重機が入らないということになれば、尚更難しいでしょうね。

里山関連、限界的集落関連の様々なことで、いつも気になるのは、一般的に括り方が十把一絡げというかんじで、例え集落移転にしても、その対象になるところがどのくらい困窮している状態なのか、ということに共通認識がないまま話されているようなきがします。
なので、よく考えてみると、再生する放棄地もどのような条件下にあるのかでまるで答えは違ってくるのかも知れません。

また、大変さの基準もどこにおくのかで答えは違ってくるということですね。

私もこのことは気をつけなくてはならないと反省。

そういえば、集落移転先にも農地を設ける場合、その場所は山林原野の開墾? それとも放棄地? 

こまかなようだけど、日本の国土にとっての農地の存在を改めて考えるべきかも。本当に農地が減ることで日本は困っているのか。土地生産性を上げることで農産物の生産量はたいして変わっていない気がする。
また食料危機に対応するべく農地を急遽増やさないといけないのなら、そのノウハウも必要となる。たとえば水田にしなければならないなら、ユンボで掘って、底に不透水シートを張る手もあるのでは。

耕作断念は波及するので、何とか頑張っている耕作者が「隣が止めたから俺も止めるか」と思わせる力があります。草むらが広がると、住民にとっては猪などの獣害増、景観悪化などで、精神的に追い込まれるように思います。私の村おこしは「生活の安心感」(水、食糧を自分で確保できることは大きな要素)の保全なので、ここは重要な要素です。

山村の棚田は農地であり生活基盤でもあるので、そこが失われると山村に暮らしにくくなる→人工林(九州の森林の6割、うちの地区の森林の9割)の手入れがますます不足→人工林の森のめぐみ(公益的機能)が減少
ということで、日本の国土にとっての意味は大きいと考えています。

でも、断念地の草刈りをすると、草刈りも波及するので、今後も頑張らねばと思う理由でもあります。だから、重機で断念地を農地に復活できれば、それも大きい意味があると思います。

川辺川ダム建設(何とか止まりそうですが)で、五木村には代替住宅地がありますが、農地は離れたところにできたので、すごく不便という話は村長さんから聞きました。

“撤退の農村計画”の中での集落移転の具体的なプランについては私は分かりませんが、開墾か放棄地か、といえばその対象になる移転先の情況で変化するのだと思います。よい休耕田があるに越したことはないです。
おそらく、日本が困っているのは農地が減ることよりも担い手がいなくなっていることなのでは。
沢畑さんのご意見にも共通するのですが、言わば、ハードとしての農地ということでは、もしかしたら減ってもいいのかも知れない。でも農地を効果的に維持するという農民のソフト面的効果から見たら、その必要性はあるようにも思います。

耕作によるソフト面、間接的な効用については悩ましいです。これは人口減少時代の日本という国の形をいかに捉えるかというヴィジョンの問題になるかもしれない。

ただ、絶対に必要なことはどのようなヴィジョンであろうと、その位置に軟着陸させることではないでしょうか。住民が無理なく落ち着く場所に誘導しないと、「強力なリーダーシップ」による強硬着陸ほ、将来に禍根を残す。

人口減少時代、経済的疲弊の中で都会に集中していた人口がある程度分散して山間部に戻ってくる、という想定はありなのではないか、と。そこに至るまでの集落維持は必要だと感じています。
また、住民が無理なく落ち着ける場を用意することは、本質的な意味で自主性尊重だと思います。
そこへ辿り着く行程として、多少の無理はやむを得ないこともあるとは思います。リーダーは常に、住民は本当のところどうしたいのか、どうしたら無理なくおちついた生活に辿り着けるのか、と、自問し、住民と意識の共有をしなければならないですね。
そういう意味では、住民がリーダーになることもあっていいのか、とおもいます。その場合、渦中の確執は当事者の一人としてダイレクトに受けるので、リーダーが憤死する可能性はありますけど。(笑)

 耕作放棄地が増えていますが、単純に生産コストに対して収入がマイナスであるが為に放棄されているからマイナス分を補助金で補えば生産が再開するか?

耕作放棄される理由に農業用水の不足していることがメデアで案外議論されていなと感じています、稲作・畑作に限らず農産物を消費者に満足していただける品質にする為には安定的に農業用水を確保できなければ品質・収量が安定しない。
もしも自給率40%を100%にするとしたら農地の造成のほかに農業用水を今の2.5倍確保しなければならない、結局自給率を上げるのは限界があります。

農業の長い歴史の中でどの地域でも「水騒動」あったはず、都会から田舎に移り住んで農業をする人が増える事は地域の活性化を考えれば結構なことですが農村の地縁血縁の根は思った以上に深く、都会の人を受け入れるキャパはそれほど多くは無いように思いますがね~

林家さま
農業用水語りないと言うことは全く知りませんでした。
減っているのはどうしてなんでしょうか。

都会の人を受け入れるキャパは少ないという面はありますね。でも、その移住者が血縁者ということもあるでしょうから。(Uターンですね)

↑農業用水語りない→農業用水が足りない。毎度すみません。

田中さんより
>耕作によるソフト面、間接的な効用については悩ましいです。これは人口減少時代の日本という国の形をいかに捉えるかというヴィジョンの問題になるかもしれない。

間接的効用は数値化や測定が難しいですね。でも測定できないからといって存在していないわけでもないでしょう。人口減少の先進地としての山村では、生活基盤としての農地に大きな意味があると思うので、日本全体でも今後そうなって行くでしょう。と言い切りたいけどちょっとこの展開には無理もあるな。。。

都会のちょっとした土地でも一株のトマトとかにがごり(ゴーヤの熊本弁)を植えて心の平安を得ている人も多いと思うのです。

>unchan10さん
 水が減っているのではなくて不足しているのです。
地域差がありますので僕の集落の場合で回答させていただきますが、耕作放棄地になっている農地は天水田で灌漑設備がありません、耕作再開するからといっても供給する農業用水が足りない訳です。

僕も天水田の耕作放棄地を40アールほど借地していますが、比較的農業用水のいらない畑にすると山に隣接している為に鳥獣の餌場になってしまいます。
耕作放棄地を考える前に里山を考えるのが先のように感じています。

血縁者のUターンは大歓迎だと思いますよ、となりの親父さんは来春都会に住む孫が農業やりに帰ってくると農業機械を入れ替えました(笑)

政治には、「強引」に引っ張る場面も必要ですが、住民が絡んだ事象では危険です。引っ張る場合も、拙速ながら、あくまで「仕方ない」気分を醸成しつつ「軟着陸」することを望みます。

食料自給率40%は、かなりいい加減な数字なので私は気にしていませんが、水の問題は、もともと耕作困難地を農地化した面もありますね。
中山間地を農業生産地と位置づけることから切り離し、別の役割が求められるかもしれません……。

林家さま
田中さま

理解できました。ありがとうございました。

耕作放棄地の再開墾は重機でできますが
一度放棄してしまうと草の種がびっしり落ちてますので
雑草がかなり生えてきます

雑草が増えるという話もよく出ますが、別に心配いらないんじゃないですか。農薬たっぷり撒いたら片づく。
私、無農薬信者ではないので。


食料増産が必要で耕作放棄地を再開墾しようというのに、それを気にする必要はないでしょう。あるいは、焼き畑みたいに焼くという手もあります。

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