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2010/09/13

土倉庄三郎の残した言葉

先週、土倉庄三郎について学ぶ、「芳水塾」の会合に参加してきた。川上村で夜開かれるので、なかなか出かけるのが大変(^^;)。

さて、この日は土倉家と非常に関係が強い、吉野町の上田家の当主のお話を聞く。

両家の関わりは、なかなか興味深かったのだが、なかでも思い出話に登場したのが、写真の書である。

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当主(現在76歳)が大学に進学で京都に行った際にあったのが、佐伯理一郎だった。佐伯病院の院長だが、元は同志社大学病院を設立した人で、土倉庄三郎の娘婿だ。

お会いしたときで90歳を越えていたが、まだまだかくしゃくとしていたそうだ。そして入学祝いを上げようと、筆を持って書いた。

さすがにお年から、ちょっと字は乱れているが、なんと書いているか読めるだろうか。

本文を書き写すと、

積金以遺子孫 子孫未必能守
積書以遺子孫 子孫未必能読
不如積陰徳於冥々之中 以為子孫長久之計
此先賢之格言 乃後人之亀鑑

これは司馬温公家訓である。司馬温公こと司馬光は、中国・北宋の儒学者にして歴史家、政治家だが、家訓として、上記の言葉を残したのである。読み下すと、以下のようになるらしい。

金を積んで以て子孫に遺せども子孫未だ必ずしも能く守らず
書を積んで以て子孫に遺せども子孫未だ必ずしも能く読まず
冥々の中に陰徳を積んで以て子孫長久の計と為すに如くはなし

ようするに、金を子孫に残しても、うまく使えないだろう、
ならばと学問を身につけさせようと本を残しても、読まないだろう。
ただ陰徳を積むことが、子孫が平和に暮らせることだ。
このことを後世の人々に伝えよ、てな感じであろうか。

で、何が言いたいかというと、この言葉を土倉庄三郎が愛用していた、と伝えたのである。佐伯氏は、司馬光の言葉を伝えようとしたのではなく、庄三郎の言葉を若木上田家の跡継ぎに伝えたのだろう。

思えば、土倉家が逼塞していく過程は、上記に近いかもしれない。財産は消えてしまい、明治時代に子息令嬢に学ばせた教育も、必ずしも役に立ったとは言えない。しかし、庄三郎の功績は、今も子孫に語り継がれているようである。

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コメント

>金を子孫に残しても、うまく使えないだろう、
>ならばと学問を身につけさせようと本を残しても、読まないだろう。
>ただ陰徳を積むことが、子孫が平和に暮らせることだ。
>このことを後世の人々に伝えよ

林業も同じ部分が多々あるのではないかなーと。ふと思うのでした。

……誰が、どんな陰徳を積めば、未来に森を引き継げるのでしょう。

この言葉を庄三郎が愛用したのは、きっと晩年ですね。
財産を失った土倉家ですが、実は挽回のチャンスは幾度かあったようです。でも、それに手を付けず、むしろ手放してしまった。受け取った金も寄付してしまった。それも陰徳だったのかもしれません。

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