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森と林業の本

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2010/09/27

大滝公会堂

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写真は、奈良県川上村大滝の「大滝公会堂」。

なかなか立派な建物だが、築80数年。大正年間としても、土倉庄三郎が亡くなってからのものだ。

ただ土地は、かつて庄三郎が大滝修身会を開いたところらしい。建物も当時のものを建て替えられたのだろう。

中は、広い板間のホール?があって、ほかに畳の部屋もいくつかあり、結構な掛け軸がかかっていた。おくどさん、つまりかまども揃う。昔は文字通り公会堂として使っていたらしいが、現在は剣道の練習場にされているほか、たまに寄り合いに利用する程度らしい。

これが建てられたのは、その年は非常な不況で材木が売れず、林業で食べていけない村民が出たらしい。そこで、公共事業として大滝区が山の木を購入して建てたという。伐採から建築まで地元にお金を落として貧民を潤したのだ。

自治体ではなく、区が自ら公共事業を行ったのである。それだけの財産があったということか。

もともと川上村は、林業で潤っていたが、とくに大滝はその中心だから裕福だった。また土倉庄三郎が、村に村有林を寄付しただけでなく、大滝修身会にも山を寄付していた。それが事実上の区の財源となっていた。土倉家は没落しても、大滝を支え続けたわけである。

現在も、大滝は住民が区費を払わないでよいらしい。それも自治会が裕福だからだ。もっとも、林業が衰退した今は、ダムの保証金が財源らしいが。

山には、非常用財源という意味合いが強くて、日常の産業になるのは実はまれである。全国にいくらもない。その点からは、この公会堂建設も林業の常道に沿っているといえるかもしれない。

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コメント

山村のお年寄りから、
子供が進学するときやお嫁に行くときとか、
まとまったお金が必要なときに
木を伐って売ったんだあ。
と、よくお聞きします。
先代が孫子のために植えてくれたんだと。

非常用財源というのは、納得ですねえ。

日常的に伐採搬出を繰り返す林業自体が、実はオカシイのでは……
こんなこと言い出すと、現代林業の否定ですが。

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