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2010/10/20

地域の活性化って何?

よく言われる、「地域活性化」。私も、よく使うフレーズだなあ~。

でも、「地域の活性」って、なんだ? 活性化するとは、何がどうなることか。

たとえば経済的に動くお金の量とか、人の数で判定するなら、都市の方が高いに決まっている。人口減少が深刻な地方都市でも、2~3万の人口があるのに対して、町村では5000人を切っているところが多い。当然、お金の動きも都市の方が多くなる。

しかし都市が、常に活性しているかと言えば、ノーだろう。逆に1000人そこそこの村が“活性化している”“元気だ”と言われることもある。衰退する都市と、元気な山村というケースは、何を判断材料にしているのだろうか。

そこで取り出すのが、変化に対する捉え方である。世の中の変化に合わせて自ら(地域)が変わろうという動きがあるかどうか。それがあると、活性化していると見られる。つまり活性化とは、ある一時期の状況(人口、経済など)を捉えるのではなく、地域にある人や組織の変化を見なければならない。

だが、難しいのは、その対応の仕方だ。たとえば、経済的衰退に合わせて行政や住民の暮らしも縮小させていく動きは、活性化ではないのか。逆に、激しく変動を繰り返す地域で、その変化に合わせることに必死で振り回される住民。これを喜ぶべきかどうか。

最近私は思うのだが、なぜ、地域を活性化させなくてはならないか。地域に住んでいる人、関わっている人が、本当に活性化を望んでいるのかどうか。

変化に対応するということは、自分の生き方も変化させる必要がある。仕事を変えるとか、住み方、暮らし方を変えることも求められる。その結果として得るものはどれだけあるか。

このコストパフォーマンスを見極めないといけない。もしかしたら、差し引きマイナスかもしれないのだから。

現在衰退している地域に住んでいる人がいたとして、その地域の衰退という事象は、いきなり訪れたのではなく、時間をかけて進行したはずだ。言い換えると、衰退の進行に人はなれ親しんできたとも言える。経済力の衰退が人口減少を招いているのは、ある意味「適応」である。徐々に進む変化に、対応してきたのだ。

ところが地域の活性化を目指して、移住者を取り込み、新産業を興し……と大きな変化を呼び込むと、なれ親しんだ環境を破壊することになる。果たしてついて行けるか。とくに高齢化が進むと、環境の激変は望ましく感じない可能性が高い。
地域を元気にしようという企ても、衰退進行にかかった際に近い時間をかけて緩やかな変化にしないと、人がついてこないかもしれない。

必ずしも活性化は善ではない。誰が何を求めているのかを考えなくてはならない。

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地域・田舎暮らし」カテゴリの記事

コメント

>最近私は思うのだが、なぜ、地域を活性化させなくてはならないか。地域に住んでいる人、関わっている人が、本当に活性化を望んでいるのかどうか。

当然、地域の人々の中に衰退していくことが淋しいという想いがあり、活性化を望んでいるからこそ、機会を得たときに地域活性化の取組が始まるのだと思いますよ。
それはつまり様々な変化も受け入れる覚悟があるということになりますが。もちろん地域の住民全員の意思がまとまるとは考えにくいですし、説得しながらだとは思いますけども。


そうでなければ、そもそもなぜそういう取組が始まるというのですか?

活性化とは何か、大変難しい問いです。とりあえず、「住民がにこにこする回数が増えること。ただし、にこにこの原因が地域の風土と歴史に関係がある場合に限る。」くらいかな。必ずしも顔がにこにこしなくても、心中は満足という場合でもOK。

地域の参加ということでは、私は世帯数の1割の人数(ややこしくごめんなさい)が参加すれば地域全体で取り組んでいると考えても良いと思っています。それくらいに考えておかないと、何を言っても無関心な人に押しつぶされそうです。

地域の中から自然発生した
活性化ならよいのですけれども、
今の風潮は、
確かに活性化が「善」みたいなところがあって、
元気がないのは悪いことだ。「悪」は、いかん。
で、始まることもあるのでしょうね。

さきほどの書き込み、名前を書き忘れました。

「地域活性化」というのは、ある意味建前として誰も反対できないお題目だと思います。世界平和、人権尊重と同じような。あるいは「総論賛成、各論反対」とでもいうかな。

活性化は反対ではない、でも活性化するために流さなくてはならない汗と金銭、そしてさまざまなリスクを考えると、動くことを止める人が確実にいる。

おそらく1割どころか一人でも活性化を望み、がむしゃらに活動を始めたとき、消極的だった8割を巻き込んで動き出すものではないでしょうか。

活性化と言っても、目指す方向や実現する手法などは複数あるわけですが、地域の活性化の難しいところは、本音ではその方向・手法に反対でも、参加しないといけないということ。もともと、人が少ないですから、やりたい人だけでやるでは、立ちゆかない。けれど、“動員”すれば、活動は心のないものになって質は低下する。
いつでも、人が少ないためのジレンマはつきまといますね。

僕は、静かな生活ができれば満足なのですが、いわゆる活性化は、住民の生活に介入してくるものなので、基本的に嫌いです。


おお、私の見てきたケースの裏返しですね。「活性化は賛成だけど、参加するのはイヤ」ではなく、「活性化はイヤだけど、参加させられる」ケースだってある。

おそらく、くぐりさんのような「静かな生活」を求める人も少なくない。

杉の調査であちこち地方に出かけますが,地域の様子が既に活性化している場所と,衰退してゆくのが町並みに出ている場所があります。

そこに住んでいる住民の方々が、自分たちの地域を活性化しないと行けないと強い思いがある地方は、本当に努力されていろいろと取り組んでおられますが,そうでないところは高齢化した静かな地域です。
どこに人が住んでいるのかわからないほど人の姿がない所も多いですね。

都会に住んでいる,私たちが勝手にイメージして地方を「活性化」しなくてはと、踊らされている(誰に?)風潮も感じます。

その良い例が、道の駅ですね。
最近は、里の駅とか○○の駅が新しくできているところをみると、先進的な(?)地域では何か新しい趣向でないと、都会の人が来ないことに気づいているようですね。

今後、ものすごい勢いで村落が消滅して行くでしょうが、生き残れる村はどのくらいあるんでしょうかね?

人口減少時代に入り、確実に集落の数は減っていくでしょう。全部「活性化」なんて無理のは、現場の人はみんてわかっている。

ただ「活性化」のために疲れ果ててはなりません。いや、活性化という成果を出さないで、活性化しようとあの手この手を行う過程を楽しむくらいでいいのかもしれませんが。

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