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2010年11月

2010/11/30

就森集会 ~林業界の現実話

なんか、昨日のにpart1と書いてしまったから、part2も必要である。

ともあれ、集会第二部ではパネラーが並んで林業という仕事の現実が語られる。だが、それは笑いに包まれているようで過酷なのだ。みんな、まっすぐ現在の職に就いた人ではなくて、さまざまな職歴があるのだが、それはとりもなおさず、林業と就森との狭間を行き来したことを表しているかのようだ。

たとえば身近に自殺者が3人出た話。

長野県の田中康夫知事の時に雇われて、知事が交代した途端に契約更新を打ち切られた話。

妻が県職員でなければ続けられなかった台所事情。

補助金の申請がしたければ森林組合の木材市場(安い!)に出荷することが条件で、さらに搬出の車も組合のものを使う(有料)ことを強要する囲い込み。

見習い期間中の日給は、4500円だったこと。その後も6000円で、そこからチェンソーを買ったり燃料費も負担しなければなかったこと。

経験を積んでも、いまだ1日1万円を越えないこと。

作業着をファョッナブルにしたくても、お金が惜しくて500円のダサい服に手が延びること。買い換えを惜しんで父の着古した綿のシャツを送ってもらって使っている話を聞いたときは、ジーンときた。
それは何も、私が娘に送る白いシャツを持っていないからではないだろう。色シャツならあるけどさ。いや、そんなことではなく。

ちなみに、このシンポで私の発した発言の中で、もっともみんなの心に響いたであろう言葉は、
「吉野では、少し前まで林業見習いの手当ては、1日1万5000円だったらしい。ベテランになると、2万5000円もらえた」であった。ちょっと会場が色めきたった(^^;)。
もちろん、現在の吉野でそんな金額はもらえないけど。かつての景気のよい時代は、それだけの手当てが払えたのさ。

これらの話は、パネラー以外からも酒の席でも続けられたのだが、森の仕事を求めれば求めるほど、現在の林業現場が、その思いからは遠いことが浮き彫りされる。

どんなに山仕事希望者が出てきても、このままだと、林業は足元から崩壊するのではないか。それを乗り越える「就森」を生み出さないといけない。この場合の就森とは、既成の林業をはみ出した、新たな森の起業である。

そして就森は、社会変革のライフスタイルにならねばならない。

2010/11/29

「就森者大集合」part1

お待たせ? 熊本県水俣市の愛林館主催の「就森者大集合」のイベントを紹介しよう。

思えば、11月始めには「木づかい祭だ大集合!」に出席したわけで、よくよく「大集合」に縁があるらしい。もっとも、どちらとも「大集合」というわりには、参加者はかなり濃いメンバーばかりである。広く関心のある方が集まるというよりは、直接の関係者を集めることが目的だったと言える。

場所は、久木野小学校音楽室。

まず最初に、沢畑亨・愛林館館長が、今回の集会のきっかけであり、目的を説明した。

そこで紹介されたのは、現在愛林館で働く「臨時雇用」の3人。

27歳の女性を例に取ると、高校生の時に森に興味を持ち、たまたま目にした愛林館主催の「働くアウトドア」森づくりイベントに参加。高校卒業後は農業大学校の林業科に進学し、民間の林業事業体や森林組合に勤め、それに挫折したことで?四国巡礼の旅に出て、さらにタイに渡って農場で働き、帰国後愛林館に転がり込んだ……という。

ほかの二人(男、女)も似た経歴を持つ。海外に行ったりサラリーマンをしていたのに、それを投げ打って森林組合等で働いたものの、違和感を感じて行き着いたのが愛林館なのである。

もちろん、愛林館の勤めそのものが補助金による臨時雇用なのだが、なぜ彼女らは、そこまで森で仕事することを求めたのか。そして挫折したのか。

それを、求めていたのは「森づくりの仕事」であり、その中に「林業」は含まれるが、「林業」は「森づくり」そのものではない、という関係性を指摘した。いわば林業は森づくりの必要条件だが、十分条件ではなかったのだ。

そして、彼女らは、林業だけでない森づくりの仕事を求めていたことによって、齟齬を生じたのではないか、そもそも今の林業は伐採ばかりだが、本当はもっと広い仕事ではないか、と考えた。

そこで、森の仕事に就く=林業に就職するのではない、もっと広い概念の「就森」を提案したわけである。

さて、その後の出番が私である。実は「就森」についてそんなに打ち合わせていなかった私だが(そもそも「就森」をシュウシンと読むのかシュウモリと読むのかから、違っていた)、私はパワーポイントを使って、最初に以下のように説明した。

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【就森】(しゅうもり) 名詞・自動詞サ行変格活用

「山村出身でないのに、森林関係の職を選ぶこと」(沢畑亨)
林業のほか、森や木に関わる仕事が生業。
 ⇔ 趣味森、離森

使用例・就森者、就森人、就森活動、就森氷河期、寿就森、
人生いろいろ就森いろいろ、就森ぜよ、就森なう、など。
「会社辞めて、思い切って就森しちゃったよ~」

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まあ、説明はいらないだろうが、「就森」はあくまで生業の仕事に就くことだから、趣味で森の仕事をする場合は「趣味森」とした。また一度は就いた森の仕事から離れることを「離森」と表現している。また自動詞「~する」という言葉を付けて、動詞化できる。

「~ぜよ」「~なう」は、接尾語? 助詞? そうでもないなあ。ま、別格ということで。

2010/11/28

就森集会から帰宅したぜよ!

水俣・愛林館の「就森者大集合!」から帰宅した。

結構、ヘロヘロなのだが、すぐにやったのが、「龍馬伝」最終回を見ること(^o^)。

まっこと、日本の将来を変えるには、こんな役割を果たす人々が必要だったのだろう。

という気分になって、就森集会を振り返る。

そう、11月27日こそ、「就森」が世に出た日として記憶しよう。

就森の思想が、日本の将来の進む方向を示し、就森のスタイルが、社会を変革する一歩となる気概をもたねばならんぜよ!

……と、お酒も飲んでいないのに、気分は大きい(笑)。

2010/11/27

薪ストーブ

薪ストーブ
愛林館の薪ストーブに火を入れる。焚き付けは、天草産の使用済み割りばし。

よく、燃えるよ。

2010/11/26

天ぷら

天ぷら
水俣こ愛林館。つぱき油の天ぷら。 贅沢な夕食です。しかも両脇が林業女子! 超贅沢!!

2010/11/25

講演のリアリティ……

先日、地元で里山の講演を行ったことは、このブログにも触れたっけ。

ともかく、地元のNPOに頼まれて、生駒山を中心に据えた話をした。ほとんど内輪の会だから人数も少なく、私としてはボランティアに近い感覚。

ただ、一応告知はされたので、何人か外部の人も参加した。その中に、なんと我が家の大家さんがいた(~_~;)。娘さんと参加していただいたのである。

ちょっと話しにくくはあったが、逆に面白い面もあって、我が家の前にイノシシが出てきた話とか、思いっきりローカルな話題も出せた。

それは無事終わったのだが、そのことを両親に話すと、いたく感心する。姉まで報告したそうだ。なんで、地元で開かれた小さな会に大家さんも参加したことが、そんなに感心されるのかわからない……。

どうも私が、全国各地に行こうと、1000人の前で話そうと、ピンと来ないらしい。大家さんが聴衆になったことの方が、リアリティがあるらしい(^^;)。

まあ、親からすると、私の仕事は正体不明らしく、いまだに「ちゃんと仕事あるの?」と毎度聞かれるし、可能なら今からでも会社勤めしてほしいらしい。

今のご時世、会社勤めの方が、いつリストラされるのかわからないのにね……。

ともあれ、お呼びがかかれば、私はとこでも出かけます。
できれば遠いところが好み。地元より、遠く、できれば何泊かしなくてはならないところの方が楽しめる。見知らぬ町や風景見るだけでも楽しめるし、行程でも何が見られるかワクワクする。ただし断じて鉄ちゃんではないので、鉄道より飛行機で行きたいな。行き先はどうしても山の中が多いのだけど、うまい魚も食いたいし、お酒もね。もちろんネエチャン……もとい、麗しき女性の存在も期待したい。

とゆーわけで、明日より熊本は水俣に行きます。世界3大石組みの一つであり、日本一の棚田を見てきます。愛林館で、ちょっぴりしゃべります(^o^)。ああ、実は取材もします。

では!

2010/11/24

フェアトレードと日本の農山漁村

先に、国産材商品を扱うには、生産者に何を創るべきか、どんな売り方をするか、そのための手続きは、デザインはパッケージは……と全部根気強く教えていかねばならない話を聞いた。

それほど田舎の生産者は、ビジネスのイロハを知らないことを意味するのだが、国産材など資源は充分で、その加工の技術は優れている。潜在的に価値あるそれらの部分を、いかに引き出すかが販売業者の仕事になっている。

これを聞いて思い出したのは、フェアトレードの世界。

発展途上国の資源を、先進国など海外市場で売って利益を還元できるように、何を創るべきか、どんな売り方をするか、そのための手続きは……と、手がける業者が懇切丁寧に教える。そして流行に乗せて売れるべき商品に仕立てていく。ただ、単に自分が利益を上げるためだけでなく、相手にも適正な利益を還元する。そうした結果、地域が経済的に潤い、自立を助けることになる……。どう、似てるでしょ(^o^)。

日本の農山村の将来を考えるモデルは、国内にはなく、海外にあるのではないか、と思った。これは、何も振興策だけの話ではない。

日本の農山漁村が直面している問題は、日本史上、前代未聞の事態かもしれない。交通網の発達、教育の高度化、情報化社会。
それらの理由による、人口減。流出人口だけではなく、少子化も進み、高齢化が進展している。一方で、車社会による交通過疎。医療過疎。

そうした社会変化に対して、辺境の地に住むものは、どう対応していけばいいのか。

その解決モデルを探しても、日本国内では見つけられない。もちろん、世界中でも、こんな急速な過疎高齢化が進む国はないのだが、問題の要素を因数分解をしたら、もしかしたら発展途上国にモデルが見つかるかもしれない……と思えるのだ。
それも、日本人が、各地の海外援助でやっていることが国内向きに役立つような気がする。

たとえば、私が訪れたボルネオの少数民族の村では、若者がどんどん町に出て高齢化が進んでいた。そこで集落丸ごと(ロングハウスという一つの住居なのだが)、幹線道路沿いへの移転が進んでいる。

一方、中米ニカラグアでは、戦乱の中で崩壊した医療を立て直すため、日本人の鍼灸師が活躍していた。鍼灸師は、医者より技術が身につけやすいうえ、気軽に、安く、そしてなかなか効果的だ。

ソロモン諸島には、漁民に獲った魚を町に売りに行く仕組みづくりを行い、その方法を教えようと奮闘する日本人がいた。

日本には、多くの海外援助の実績がある。それも、青年海外協力隊のように、現地に住み込みで入って悪戦苦闘しながら取り組んだ経験者がたくさんいる。彼らこそ、日本の集落援助のノウハウも持っているのではないだろうか。

2010/11/23

吉野材を使った「暮らしの道具」デザインコンペ

早く書こうと思いつつ、今頃になったのだが、先日の「木づかい祭」でご一緒した、ハートツリーの服部さんが仕掛け人の、こんなデザインコンペがある。(一応募集は、奈良県農林部林政課だが、はっきり言って、企画も運営もハートツリーだよなあ。)

吉野材を使った「暮らしの道具」デザインコンペ

応募サイト(ハートツリー株式会社)
http://heart-tree.com/kurashi/index.html

優秀賞の賞金は、破格の100万円! (総額160万円)

作品の条件は、吉野材を使うこと以外に重要なのは、
「量産が可能なもの」
「市場性のあるもの」。そして
「現代の生活様式に適したもの」

文字通り、本気で商品開発に結びつける気であることがわかるだろう。当然、終了後には製造販売にも乗り出す可能性がある。

考えてみれば、吉野材は、素材の優

秀さばかりを誇って、商品としての優秀性を訴えた形跡がない。それが、今になって吉野林業を追い詰めている。

なかでも、デザインとはいうのは、もっとも必要なものだ。

 
応募締め切りは12月3日。選考は、1次と、2次審査で10点ほどに絞り、実際に作品を製作したうえで来年3月中旬に最終審査をする予定だ。

詳しいことは、上記サイトを見てほしい。

今からでも挑戦してみる価値があるのではないかな。

2010/11/22

ナラ枯れは、なぜ問題?

小さな記事だが、ナラ枯れについて触れる機会があった。

そこで「ナラ枯れ」で検索すると、なんと私がブログに記事を書いていた。2006年である。へえ、俺って先見性があるな、と感心した次第(~_~;)。アホ

自分の記事を読みながら、別の記事を書くというのは,ちょっと恥ずかしい。

ま、それはともかく、今年はナラ枯れが大変な話題になっている。ナラ類(コナラ、クヌギ、ミズナラ、カシワ……)などがどんどん枯れているのだ。その原因は、カシノナガキクイムシが媒介する糸状菌だとされている。このムシや菌は、在来種らしい。その点、マツクイムシ(マツノザイセンチュウ)が、外来種であるのと違う。

すると、だんだんわからなくなってきたのだ。なぜ、ナラ枯れがいけないのかが。

今のところ、カシノナガキクイムシが穿孔を開けてもぐり込み、菌を移して枯らすのは直径10センチ以上のナラ類だとされている。この太さがないと、産卵して繁殖できないからだ。
これまでは人間がナラ類を早めに伐採して利用していたから、あまり増えなかった。ところが、戦後は里山の放棄が進み、ナラ類も生長して太くなった。だからカシナガが活躍し始めたのだ……このように説明されている。

で。何が問題?

今、里山の植生は、遷移が進んできたことが問題となっている。放置により落葉広葉樹(主にナラ類)が大木化し、そのため林床に光が入らす稚樹が育たない。代わって照葉樹が伸びてきている……。結果的に生態系が変わってきたと言われているのだ。

森林ボランティアも、大木を伐採せず(できず?)、逆に低木類、稚樹を刈っているから、全然里山再生になっていなかったりする……。

ならば、ナラ枯れで大木が枯れた方が、いいんじゃない?

ナラの大木が枯れた方が、林内が明るくなる。そうすると照葉樹よりも落葉樹のドングリが芽吹くだろう。落葉樹の雑木林が維持されるではないか。もちろん若いナラ類は枯れないから、完全にナラ類が排除されることもない。

これって、生態系の妙かもしれないよ。

しかも、カシナガにしろ糸状菌にしろ、在来種なら遺伝子汚染を叫ばなくてもいいし。

だいたい、防除することなんか、不可能だ。里山は広すぎるし、ナラ類も多すぎる。マツのように経済的価値も高くない。景観は若干あるが、マツほど価値はないだろう。

まあ、枯れた木をシコシコ処分するだけでいいのではないか。

……このように考えると、ナラ枯れが問題だ、という記事は書きにくくなったのである。誰か、ナラ枯れの問題点を教えてほしい。

2010/11/21

「大魔神の精神史」を読む

日曜日に、うだうだ論じるのも疲れるので、先日読んだこんな本の紹介。ただし、書評じゃないよ。

この本のタイトル、本屋で見かけたとき、なんかくすぐるものがあるので、購入した。

大映の映画「大魔神」「大魔神怒る」「大魔神逆襲」の三部作を論じたもの。

たしかに映画「大魔神」は好きだった。大人になってからもビデオで見ている。だが、この映画そのものは、1966年のたった1年間で3作も作られた、いわば粗製濫造?的映画なのである。しかも、その後はパッタリと打ち切られて作られることはなかった。

にもかかわらず、今に至るまでその名が忘れられることはなかった。それどころか、その変身シーンはコントにも使われ、野球選手の愛称になり、最近では「大魔神カノン」という、よくわからない番組まで作られている。

ただ本著は、映画が作られた背景を語る部分はあるにしろ、実は文字どおり「精神史」を論じている。大魔神は古代のアラカツマであり、ダイダラポッチとの関わりを語り、日本の神話世界を訴え……ここまで深読みするか! という代物であった(笑)。

ただ私には、「山の世界」を舞台にしているという点で魅かれた。

この映画は、ガメラやゴジラ全盛の時代に、舞台を戦国時代に移し、怪獣ならぬ巨大石像の怪物を持ち出した点では斬新だ。

大魔神そのものは、背の高さ4,5mとさほど大きくない。しかも3部とも別の話で連作でもなかった。だが、共通なのは、山里が舞台で、農民は登場しないこと。しかも作られた年代は、高度経済成長が始まったばかりで、まだその前の山村の姿を映している。

まあ、山里の民の仕事は、鉱山などで林業的なものは描かれていないが、なかなか平地の民ではない生活が再現されていたように思う。その点からも、類似作はないように思う。

また、DVDで見直そうかな。

2010/11/20

森林の仕事ガイダンス2010

大坂で開かれた森林の仕事ガイダンスに顔を出した。

もちろん目的は、中島彩さんの追っかけ……ちがう、ちがう、現代林業事情を肌で感じるためである、ハイ。ホントだってば。

毎年恒例のように覗きに行くが、その度に会場の雰囲気が違っている。

今年は、会場そのものも変わっており、ゲストを招いてのイベントは一切抜き。各府県のブースが並ぶだけの簡素なつくり。これは経費節減のためだとかで、それ自体はいいのだが、なんと広報費まで惜しんだらしく、ほとんどマスコミで告知しなかったらしい。おかげで来客者も激減。絶対、ホスト側関係者の方が人数多いよ、という有り様であった。

経費削減のベクトル間違っているよ。これでは、ガイダンス開く意味まで失われているではないか。

とはいえ、スタッフに聞くところによると、来訪者は減ったが、その分密度は濃くなったそうだ。これまでの「自然が好きでのんびり暮らしたいんです~」的な人は減って、本気で林業やりたいと考えている人が多いとか。年齢も20代30代が目立つ。

某ブースでは、6人と面談したところ、うち2人は雇ってもいい、と思わせる人材だったそうだ。これは、かなりの確率だ。

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写真は、緑の研修生のトークショー。イベントはこれだけ。

そうした会場で感じたのは、林業界も潮目に差し掛かったという空気である。

もともと緑の雇用事業自体が、今年で一旦終了らしく、来年以降は制度が変わるらしい。今までの1年2年と更新する形から、3年間の全国一律の研修制度になるという。資格なども含めて、きっちり林業従事者を育てる方針である。もっとも細部が決まっていないので、ガイダンスなのに説明できないというが……。

そして森林林業再生プランも、来年早々には本決まりになるだろう。それも内容がまだ見えないが、林業界にかなりの激震を走らせるのは間違いない。
他にも補助金関係で、かなり制度は変わりそうだ。

政権交代の影響はないようでいて、ジワジワ広がっているのではないか。

そんな、変わろうとしているけど、どう変わるかわからない……という林業界の雰囲気が会場で感じられたのである。

このような空気を感じられたことは、収穫だった。ちょうど執筆中の原稿にも、反映できるかもしれない。それと中島さんに、生駒山のスリランカカレーをおごる約束をしたのも、収穫か?

2010/11/19

石畳の道

昨夜の不調を受けて、今日は生姜シロップたっぷりの飲料をのみ、気分転換に森林療法を施した。おかげでわりと快調。

久しぶりの森歩きだった。情けないことながら、森の本を書きながら森には行っていない日々だったのだ。とはいえ、よく知っている山道・遊歩道を歩くコースは心地よい。

遊歩道の一部が、石畳になっていることに気がついた。わりと古い感じがしたから、もしかしたら山中の遊歩道になる前の街道の名残かもしれない。

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生駒山の暗峠。

奈良の都と難波の宮を結んだ日本の街道100選にも選ばれた古い街道。国道だが、峠部分は石畳が復元されている。


ところで石畳を風情があると喜ぶ向きがあるが、実はこの手の道は歩きづらい。完全な舗装とは違ってでこぼこがあるうえ、それが硬いのだから、足裏に響く。

石畳と言えば、世界遺産登録までなって有名な熊野古道は、石畳になっているところが多い。それがポスター写真にもなっている。だが、実はこの石畳の大半は復元されたものだ。世界遺産になる前から、古道の整備が行われていたが、その際に設置したものが多い。

ところが、この石畳の復元の仕方が間違っている。

なぜなら、本当の石畳の道とは、歩道の路面部分を固める意味があるが、そのまま石がむき出しになるものではないからだ。あくまで基礎であり、その上に土を盛る。

当たり前だが、石がむき出しでは歩きづらいからだ。昔は草鞋や下駄のような履物しかなかったのだから、石の上ばうりを歩けば足裏だけでなく膝まで傷めるだろう。クッションになるべく土を盛るのが本当の道づくりだ。石は、流水に道が崩れたり草木が生えないようにしているのである。

ところが、現代の人は、石畳がむき出しの方が風情がある、これが昔の道だと思い込んで石を表面に露出させたままにしている。観光客は、景観としては喜んで見せるが、歩きづらいことを口にしない。おかげで誤解はいよいよ強まる。

しかし、ハイカーも増えたのだから、そろそろ考えてほしい。長距離の石畳の道は歩けない。
ちゃんと土を被せるべきだ。土が無理なら、チップを固めた簡易舗装とか、いろいろ技術はある。ただ合成ゴムは歩きやすいけど、風情はないな。

2010/11/18

テンプレート冬仕様

今日は、頭が働かない。

このところパソコンばかりに向き合っているせいだろうか。それとも身体がだるいことから初期の風邪症状か。まだ寝込むわけには行かない。あと二週間は……。

というわけで、プログのネタを考える元気なし。代わりにテンプレート変えました。ちょっぴり冬仕様。

2010/11/17

ロードサイド店の盛衰

山間地を車で走ると、道路の改修工事によく出くわすが、その多くはショートカットである。山襞に合わせて曲がりくねって延びていた道を、橋やトンネルでまっすぐにする。道幅も広くする。

すると、スピードアップが可能だ。同じ田舎町に行くのに、以前より時間が随分短縮されて驚くこともある。

Photo

で、この写真。

知っている人は知っている、岡山県西粟倉村の道の駅、「あわくらんど」だ。結構賑わっている。

実は店の中より、農産物直売所が人気。また露天の店もたくさん並ぶ。

西粟倉村では、もっとも賑わっている(^^;)。

中国自動車道から鳥取方面に向かう途中にあり、交通の要所であることが流行っている理由だろう。

だが、今後の道の駅がどうなるか、ちょっと心配だ。

実は、鳥取自動車道が建設中で、現在はこの「あわくらんど」から鳥取方面がかなり開通している。今のところ無料。「あわくらんど」には、これから高速走るぞ、という前に寄り道するとか、あるいは鳥取から帰り道、高速から下りて地道を走る前に一服、という気持ちになる。

でも、ここから南部の道路も建設される予定だ。その際は、中国自動車道と連結するはずだ。すると、高速を下りずに鳥取まで行けるようになる。かなりのスピードアップだ。

しかし、「あわくらんど」の客は激減するのではなかろうか。

さて、どんな対策を考えているのか。高速を下りたくなる仕掛けが必要だろう。いっそのこと、高速のサービスエリアになるという手もあるが、すると地道の客が入りづらい。地元客もそこそこいるようだ。

実は、曲がりくねった道のショートカットは、点と点を結ぶことをめざしており、ロードサイドの経済もカットすることになる。地域経済への影響はどんなものだろう。これまでのロードサイドにあったものが新道路沿いに移転するのが一番なのだが、そうもいかないケースも多いだろうし。

以前、田舎道でガソリンスタンドを探しても探しても見つからず焦ったことがあるが、なんのことはない、ショートカットされた道沿いにあったのだった。地元の人は知っているのだろうけど、遠来の客は見つけられないよ。

実は、限界集落も同じ現象に見舞われている。かつての物資の流通ルートから外れたためにさびれてしまうのだ。やっぱり移転かな。それとも知る人ぞ知る、集落をめざすか。

2010/11/16

林野庁と国際森林年

来年は、国際森林年その点については、すでに紹介した。

2011



はい、これがロゴマーク。

今年の生物多様性年に続く、なかなかタイムリーな設定ではないか。私は、何で知ったのか忘れたが、この二つの国連年の設定を同時に知ったので、なかなか味なことすると思っていた。

さぞかし、林野庁も張り切っているだろう……と思っていたのだが。
いやはや、東京で驚くべきことを耳にしてしまった。

林野庁は、忘れていたらしいのだ。そのため今年度の予算に計上していなかった。しかし、予算年度は4月から3月まで。国際森林年が始まるのは、当然1月から。

つまり、1~3月は予算がない。

かくして何もできないそうである。オイオイ(-_-)。

イベントも広報も何もなし。

4月からは何かするそうだが……。

かろうじて「2011国際森林年を祝うため、UNFF事務局はジャクソン・ホール野生生物映画祭と協力して、国際森林映画祭(International Forest Film Festival,IFFF)を準備しています。」という告知が林野庁HPに載っていた。

まあ、予算がないとできないという発想を取っ払って、自分たちで何か考えてよ。自前の森林はあるわけだし、ネタ次第でマスコミも飛びつく。ネットなら金もかからず、職員の才覚で情報発信できる。秘密暴露したら、海上保安庁並に有名になる(^^;)。

林野庁を森林保安庁に改名したって、話題になるよ。職員は、森林保安官だ。

なんなら、ゆるキャラでもつくってさ(笑)。

2010/11/15

減速社会

私の両親は、どちらも齢80を越えている。今のところ自活できているが、何かと病気がちだし、身体を動かすのがイヤになってきている模様。

しかも年も年だから自動車運転免許を更新しなかった。そのため、買い物が不自由になっている。家はかなり高台にあり、駅前などショッピングのできるところまで距離がある。かろうじてコミュニティバスがあるが、本数も少ないし土日は運行しない。

まさに買い物難民、病院難民なのだ。

というわけで、私が買い物や病院への送り迎えをしている。フリーゆえ時間的にはやり繰りしやすいが、なかなか大変だ。

それでもスーパーマーケットなどに付き添うと見えてくるものがある。

世の中、老人ばっかりだ(笑)。

店内はもちろん、街角も足が不自由なまま歩く人、車でさえ高齢者の運転が多い。すると、レジに買い物籠を移すもの補助が必要だったり、金を出すのが異常に遅かったり、さらに社会ルールまで守らない(ようするにボケてる)老人が多いことに気がついた。本人に悪気があるわけではないのだろうが、普通のカーブをうまく曲がれない(ハンドルを早く切れない)車とか、道の真ん中で停車して次どこへ行こうか考えてる車を見かける。

かくして、そこかしこで渋滞したり、齟齬が起きている。

私は、そうした現場をかいま見て、ああ、日本は減速社会に入ったんだ、としみじみ感じるのだ。

おそらく世界でまれに見る急速な高齢者社会に突入した日本は、こうした現象がどんどん広がるのだろう。行動だけでなく思考も減速するに違いない。素早い決断が苦手になる。これは、いわば社会の減速である。じっくり考え、ゆっくり行動する社会なのだ。

ここで老人の思考と取る行動は、二つある。

一つは、自分の生きている残りの時間だけを考える。あまり将来のことは考えない。年金が破綻しようと、環境が破壊されようと、今が楽ならいいのよ。

もう一つは、次の世代のことを考える。自分の子供、孫の時代の日本社会、地球環境を考える。

私の見たところ、日本の老人の大半は前者だ。だから何十年先の未来を描いた考察はしなくなっていくのではないか。

しかし少なくなったとはいえ若者もいるので、そんな社会になったら、逃げ出してしまうだろう。介護などの仕事は増えるが、これは再生産を生まない後ろ向き経済である。

ところが、政治も経済も世界的に緊密につながり、そこではスピードがこれまで以上に求められている。リーダーが瞬時に判断し、それが正しいか間違っているかに命運をかけるようなシーンが頻発する。

さあ、どこへ向かうニッポン。

少なくてもスピードと生産性を上げて、世界に伍するという発想はしない方がいいのではないか。これは相手(若者の多い新興国)の土俵に乗るようなもので、スピード感を保てる人間はどんどん減っているのだから絶対にかなわない。

減速するのは仕方ないとすると、じっくり考えて判断を間違わない。そして未来を描く。これが唯一の正しい選択だ。
今のまま世間に付いていこうと無理に速度を上げて、周りが見えなくなり、しかも目先のことばかりしか考えずにいたら、結果的に判断を間違う。あげくに逃げ出す。こんな選択をすると、交差点で車を乗り捨てするようなモンだ。

これは、森林と林業について言っているのだよ。

2010/11/14

里山の経済圏

ただ今、年内に緊急出版(というと、なんかカッコいいな)する予定の里山の本。

そのための記事を書いているのだが、その過程で考えざるを得ないのが、里山の範囲だ。厳密に里に近い山の部分だけ、それも樹林帯となると、いわゆる雑木林だけになる。が、通常はもっと広い範囲で茅場なども含むし、農地つまり棚田や段々畑も含むだろう。そこに流れる小川や溜め池も道も包含した、広い意味での里山を考えないといけない

そして、その地域には当然集落がある。そうすると建物も含むことになる。平地もそこそこあるはずだから山とは言えなくなる。だから里地とかいう言葉も作られているのだが、やはり「里山」に全部含めてしまった方がわかりやすい。

さて、農地で作られた米や野菜は誰が消費するだろうか。あるいは雑木林で採取した薪や、そこで生産した木炭は。農地の肥料として下草を刈って堆肥にしたはずだが、それもどこから取ってきたか。

ここで里山の経済圏を考えなくてはならなくなる。
里山と言っても、江戸時代には貨幣経済が営まれていたはずだし、そうでなくても完全自給自足ではなく交換経済はあっただろう。さもないと鉄の鎌や鋤などの金属製品や衣料も足りなかったはずだ。すべての里山で麻や綿を栽培して布地を生産していたわけではない。また食料だって塩は自給できない。干し魚も食べただろう。農山村地域にも豆腐づくりとか炭焼きとか、分業体制は作られていたはずである。

そこで思い出すのが、先に開かれた「2010年代のための里山シンポジウム」。

この冒頭の発表が、「里山は『自給『的システムであったか?」である。

そして驚愕の事実が突きつけられるのである(笑)。

大坂の町で消費される薪や木炭は、四国や九州で生産されていたというのだ。

記録によると、伊予から薪、日向から木炭などが運ばれていたという。そして、それらの地域では、大坂に出荷するために山から木を伐り薪を生産したり炭を焼いていたという。

実は、私も土佐の山で薪の生産が行われて大坂に“輸出”していた事実を聞いていた。そのため番繰り山と呼ばれるように伐採順序や間隔を決められていたという。主に土佐藩参政・野中兼山が作り上げたシステムだ。

それと同じことが、四国一円だけでなく九州まで広がっていたのだ。

となると、九州や四国の里山を作ったのは、大坂の町ということになる。それは同じ経済圏で結びついていたわけだ。

もちろん大坂近郊の里山も、商品経済を形作っていた。町でタケノコが売れると知ればタケノコ生産に励み、野菜をつくり、果樹をつくり、薬種をつくり、まさに商品作物を栽培していた。ブランド飾り炭まで焼いた。そこには自給的発想はない。

一方で都会からは糞尿を肥として農民が購入して運ぶ経済もあった。もちろん農民は御礼を払うのであるから糞尿も有価物、つまり商品である。

となると、里山の範囲はとてつもなく広くなる。幸い鎖国していたから日本国内だろうけど、日本列島を全部里山です、なんて定義づけると収拾がつかなくなるよ(笑)。

2010/11/13

鹿クリップ

鹿クリップ

昨日受けたラジオの取材でいただいた、鹿クリップ。

単純だけど、一目でクスッと笑顔になれる一品だ。奈良土産にもなるしねえ(笑)。

……これを木で作れないか、とは言わないけれど、こうした感覚が木工品にも欲しいな。

2010/11/12

木づかいは隙間かマスか

まだ続く木づかい祭の話題だが(^^;)、非常に密度の濃い2日間の夜の部でも、多くの人と話し込んだ。さすがに各界の人材が集まっているだけに、含蓄の深い話も出た。

決して、手放しに木づかい各種のテーマを礼賛するとは限らない。厳しい指摘もあった。

その中で、考えさせられたのは「木づかいは、ニッチ(隙間)狙いなのか、それともマスをめざすのか」という点だ。

木づかいとは、ようするに国産材をもっとよく使ってよ、という運動だ。そこには木育など情操教育面、素材としての環境面、さまざまな切り口があるものの、本音は林業振興だろう。木の需要を増やすことを願っている。

だが、現在の木づかい運動で木材を売る場合、国産材グッズなり国産材建材なり、いずれもその商品を特別な付加価値を付ける方向で動いている。昨日指摘した「スイーツ」としての木材もそうだ。たとえば木のオモチャとか木のグッズ類だ。
そしてターゲットは、その価値観をわかる人だ。だが、そういう人は現代社会では少数派なのである。

それでは、本当の意味で木材需要を増やした林業振興にはなりにくい。しかも、売り手は小規模だから、そのニッチの層に売ることで経営が成り立っている。

しかし、本当に量を出すつもりだったら、マス(大衆)に受ける商品展開をしなければならないだろう。たとえば割り箸などはそちらに入るかもしれない。あるいは誰もが気に入る内装材が発明することかもしれない。

もし、その商品が多く売れるとわかったとき、何が起きるか。

大手企業が乗り出してくるのである。そのとき小さくきめ細かく販売してきた会社は吹き飛ばされてしまう。

それがいいとか悪い、ではない。冷徹な経済行為として市場は取られてしまうのだ。

それがイヤなら、ニッチ狙いの商品ばかりを扱うしかない。とても大手には参入できない手間隙かけた商品を限られた層に売っていく。
しかし、その場合は、売れる木材の量は大きくならず、林業振興にはつながりにくい。

この矛盾をいかに解決するか。小さな個人や会社が一生懸命木づかい商品を作り出す際、売れだしたら大手に浸食されるのを覚悟で開発するか。それとも自分が大手になるべく乾坤一擲のビジネス規模拡大を狙うか。

どちらも覚悟が必要だなあ。

2010/11/11

木材はスイーツ!

新潟では、薪屋(薪ストーブ用の薪販売)を取材していたのだが、そこで斬新な言葉を聞いた。

「薪は、スイーツと同じなんですよ」

スイーツ。そう、甘いデザート、ケーキ類のことだ。燃やす薪がスイーツ?

その心は、別腹(^o^)。

薪ストーブおよび薪は、非常に高い。もし暖まることを目的にしているのなら、灯油かガス、電気ストーブの方がはるかによいだろう。薪ストーブは着火に、温度調節に、後片付け、手入れに手間がかかる。すぐ暖まるのに不向きだ。そして何より高い。

経済的には、薪ストーブは何十万円とする。薪も、灯油よりはるかに高い。自分で作れる人ならよいが、それでも伐採から割り、乾燥、保存と、大変な手間がかかる。

それでも注文する人がいるのは、薪は情緒を買うのであり、心理的に出す財布は、一般の家計の光熱費とは別なのである。まさに別腹だ。

スイーツも、食事とは別腹で食べるし、また美味しい店があると聞けば、距離を無視して足を運びがち。まさに薪はスイーツと同じなのである。

もっとも、そのためには見かけがよくないといけない。樹皮が汚かったり、カビが回っていたり、砂や土がついていると評判を落とす。テーブルに乗せて鑑賞するほどの薪でないと高く売れない。だから見た目も重要だという。この点もスイーツ的だ。

またカロリーなども考えない。ダイエットしたい人はスイーツを食べてはダメなのであり、地球環境を考えて二酸化炭素排出削減を考える人は薪ストーブを使うべきでない(^o^)。薪は伐採から運搬まで、二酸化炭素を排出することばかりだからね。

この話に感心したのだが、ふと考えると、そもそも木材自体がスイーツではないのか、と思いついた。

先に住宅の構造材は鉄骨で十分、木材の独壇場は内装材であることとシンポジウムで話したが、まさに内装材はスイーツなのだ。

機能性よりも、見た目、情緒を楽しむものだからだ。

こんなこと、昔の人はよく知っていて、だから役物(銘木)を流行らせたのだが、それは羊羹やきな粉餅のような昔の和菓子なのだ。今消費者が求めるのは、パティシエのつくる洋菓子であったり南国のフルーツなのだろう。

具体的に洋菓子のような内装材とは何かわからないし、それを国産材で作れるのかどうかもわからないが、スイーツを意識して開発してほしい。
いっそのこと、内装は住宅建築費と分けて、スケルトン(骨組みだけ)で販売(料金表示)したらよい。そして内装は、新建材クロスと木装の見本を用意して、好きな方を別料金で選ばせる手もある。まさに別腹だから。

2010/11/10

ヤフー・ウェブに林野庁解体論

私は、これまでウェブの記事をほとんど書いていない。あっても、ごく短いものだ。

そんな私が、ついに書いた記事。それはヤフーのオルタナ記事である。

http://www.alterna.co.jp/3070

と言っても、読めばわかる通り、本ブログで記した「林野庁解体論」を元にしたものだ。2部構成である。

何しろ執筆して、編集部に送った数時間後にはアップされているのだから、これまで紙媒体中心に仕事してきた身には、驚異的な速さ。

あああ、初校なかったのね……と焦ってしまう(~_~;)。

さて、これを読んだ人は、この通り林野庁を解体しろ、と思うかどうか。ちゃんとオチも付けておいた。(オチと書くと、語弊あるかなあ。)

ついで?だから、もう一点。

実は東京に行く前に毎日新聞の取材を受けていた。と言っても電話である。たっぷり1時間ほど話したと思うが、それが11月4日の夕刊に掲載された。当日は私も東京にいるので、現地で買うなりして読めるかと思っていたが、あっさり忘れていた。記者も、会場に来ると言っていたのだが、別件取材は入っていけなかったとかで、自宅に掲載紙を送ってきた。

それを読んでから、たまたま毎日新聞ウェブ版(毎日JP)にアップされていることを知った。

http://mainichi.jp/select/science/news/20101104dde012010005000c.html

こちらの私は、コメントだけだ。話した内容の何十分の1(~_~;)かが載せられている。

ただポイントは外していないのでホッと一息。よく読むと、大林業構想の一端にも触れている。現在の林業がおかしいのは、小林業に留まっているからだ。

ところで、これを読むと、菅首相も頑張っているイメージになる。ヨタヨタした政権運営の続く首相には、今や林業改革しか目玉が残っていないのではないかと思ってしまう(^^;)。ぜひ、起死回生を狙って力を入れていただきたい。
もっとも、力の入れる方向を間違うと困るのだけど。

実は、朝日新聞の取材も受けていた。もちろん電話取材。こちらの記者も、東京で会いましょうと言っておきながら、すっぽかされた。まあ、記事はまだだけど。

とりあえず、林業関係の記事が随分増えてきた印象がある。

2010/11/09

木づかい祭・分科会のレベルの高さ

これまで木づかい祭の様子を何度となくレポートしておきながら、脇道にそれてばかりで真っ当な内容を紹介していない(^^;)。

というわけで、今回は核心部を。

とはいえ、実は本ブログの読者には、そんなに目新しくないかもしれない。
というのも、私がシンポジウムで笑いを取ることに腐心しつつも、訴えたことは、まず「林業は幸せな産業」であること。そして、「大林業構想」であるからだ。

そう、これまでブログのネタにしてきたことを伝えたのだ。いやあ、思いつきで書きつらねている本ブログの内容が、しっかりした主張に化けたことに私も感心している\(^o^)/。

それどころか、さらに発展した。

実はシンポの合間に分科会が開かれ、私も「資源流通系」を担当したのだが、そこでは、参加者とかなり活発な意見交換が行われた。

「現代の林業がうまく機能しないのは、各部分がぶつ切れで、ちゃんとつながっていないから」という命題に対して、では何ができるか、と討論に持ち込んだ。

参加者は、基本的に木づかい企業関係者である。家具メーカーもいれば住宅関連企業、建築家、木材関係……と実業に携わっている人が多い。それだけに実情に沿った意見が出る。

そこでは「和室が一番」「無垢材が一番」という声もある一方で、伐採から製材まで一つの町で一貫して行う体制を作って、山に返せる金額を10倍にしたという事例報告も出た。

また、今の林業に足りないものは、山から製材、建築、そして施主まで結ぶコーディネーターが必要という意見が出ると、すでに地域材コーディネーターとして、山と建築を結ぶ仕事をしているという人も現れた。

そして大手ハウスメーカーの功罪から導き出されたのは、

今後、家づくりに国産材を使う方策として考えられるのは、3つのベクトルがある。

1、徹底的に顧客のニーズに従う。施主が求めるものを国産材で作り、また価格も希望に近づける。

2、顧客を教育する。国産材の良さを伝え、できれば和室をつくり、無垢材を使う気になるように仕向ける。

3、デザインで顧客を引きつける。それが和室であっても、国産無垢材であっても、デザインが今風でよければ飛びつくはず。

どれも、正解だ。さあ、どの道を選択するかは、あなた次第。

また、私が挑発するべく投げかけた、「柱や梁など構造材に木材はいらない。鉄骨で十分。その方が強度もある。木は目に見える内装材として使うべきだ」という意見に、意外や多くの賛同者が現れた。これも、今後の方向性だろう。

今回の聴衆、とくに分科会の参加者は、非常にレベルが高かった。木づかい祭という軽いネーミングとは違い、なかなか深い会合だったのである。

2010/11/08

木づかい祭より~割り箸最新情報

木づかい祭では、初日シンポのパネラーの一人である服部さんのハートツリーが吉野heartプロジェクトとして割り箸に取り組んでいる。そして2日目のミニセミナーでもワリバシカンパニーの池田さんが和RE箸大作戦について熱く語る。

つまり、このイベントでは割り箸が大きなテーマであった。おかげで最新情報も仕入れられる。

まず吉野heartのアドバシは苦戦。この不景気では、全体の4分の1くらいしか広告が入らない。しかし、箸をヒノキからスギに変え、中本製箸のみかん割製法によって大量生産することでコストを圧縮、ナチュラルローソンへの国産割り箸納品を続けている。ゆくゆくはローソン全体4億~5億膳の割り箸を全部国産に変える作戦は止まっていない。「必ず儲かるビジネスにする」と意気軒昂だ。

一方、ワリバシカンパニーは、正真正銘の間伐材割り箸づくりに挑んでいる。これまでの割り箸は、正確には端材割り箸であり、大径木間伐材割り箸だった。それを小径木の間伐材から割り箸を作り出すべく、「伝説の割り箸製造機械開発者」が研究を重ねているのだ。

そして、この前日、「完成した!」という連絡が入ったという。だからまだ見本もないのだが、本当に山に切り捨てられている間伐材が割り箸になるとしたら、大きな可能性が広がる。捨て木が商品になるのだ。こちらも全国で生産を行う予定。しかも使用済み割り箸を回収しておが屑にして畜産用敷き藁-堆肥へと循環させる計画も進んでいる。

では、割り箸はどこに供給するのか。実は、現在は樹脂箸を使っている某大手ファストフードチェーンが割り箸切り換えの話が進んでいるというのだ。ここが動けば、1億膳近くの割り箸需要が生み出せる。彼の会社は、自前の割り箸工場を建てる計画も進めているそうだが、おそらく他者にも大きな影響を与えるだろう。

割り箸復権の光が見えてきた

それも樹脂箸を割り箸にもどす動きだから、吉野のような高級割り箸のシェアを食うことはないだろう。もちろん高級割り箸の需要自体が縮んでいる現状は由々しき問題だが、割り箸復権が進めば、また別の道が見えてくるだろう。

……と、喜んでいたら、泊まったホテルの朝食には樹脂箸が出てしまった。しまった、割り箸を持参していなかった……。

2010/11/07

3泊4日の旅で見た男と女の風景

ちょっと意味深なタイトル(^^;)

東京の「木づかい祭」などで3泊4日の旅をしてきたわけだが(本日の仕事を含めれば5日)、その様子を知りたがる声もあるようだ。まあ、せっつかれると隠したくなるのだが(^^;)、せっかくだから私がかいま見た3つの男と女の風景を紹介しよう。

その1

木づかい祭の初日のシンポでは、私は以前から知っているパネラーが揃っていた。(「木づかい祭の出演者」参照)

そこでも触れたが、生活アートクラブでは、国産材グッズを扱っているが、それが元で夫婦喧嘩が絶えなかったという話題を、会場で暴露した。そして、儲からないのに、夫婦仲が悪くなるのに、それでも国産材グッズを扱い続けたのはなぜか、を問うた。それが判明した。

まず奥さんが、気に入った木製品を発見する。「これ、扱う!」と決める。そして、それを夫の社長に任すのである。夫は、それを必死に売る。それだけのことであった。これの繰り返しで今や1500アイテムを扱うようになったという。

社長の答は「妻が強いからです」。
いや、「妻を愛しているからでしょう!」と返しておいた。

その2

木づかい祭の担当者は、実質女性である。彼女が細々としたところを仕切っている。
「使えねえ上司!」と毒づきながら、走り回っているのである。打ち合わせでパネラーが馬鹿話ばかりして盛り上がり、何も決めなくても、ちゃんと仕切るのは彼女だ。

それでいて、イベント終了後、「これから事務所に帰って残業する」という上司に、「遅くまで残っちゃダメですよ。さっさと帰りなさい!」と、どやしつけるのも彼女なのである。

その3

長野で訪ねたNPO。もともと大学の指導教官と学生の間柄なのだが、副理事長でもある元学生は、理事長を「ボス、ボス」と呼びつつ、怒る。どやす。くさす。ぽんぽん言い負かす。ボスは、静かに耐えている(^^;)。

車の運転もボスが行うが、「ああ、アブナイ。ちゃんと前向いて運転してる?代わります!車止めて!」
「ボス、話聞いてる? 今いいところなのよ!」
「ボス、ここで待ってて。どっか行ったらダメよ!」
ボスは、なんと言われようと静かなのであった。

いいなあ。横で見ていて、なんだかほのぼのとした気分になる。

ああ、私もこんな姐御肌の女性にどやされたい……と思う私は、ちょっとMっ気入っているか?

2010/11/06

無事、3泊4日のロードより生還

さきほど、帰宅しました。干物になっていましたが、風呂入って、多少甦ったところ。

さすがに疲れた。新潟-東京-長野と回り、毎晩酒ばかり飲んでいたこともその理由だが、やはり非常に濃密な時間を朝から晩まで過ごしたことが疲れた理由だろう。

人に会うということは、やっぱり疲れるのである。しかも、誰とも、かなり突っ込んだ会話を飼わし続けたのだから。飲み会というのも,実はその延長。非常に勉強になる点も多かった。

今回は、ブログでツイッターで途中経過を実況したり、愚痴ったりしたが、それらに対する皆さんの応援コールに随分助けられた。改めて感謝m(__)m。

とはいっても、まだ明日は講演があるし、中1日空けてまた会議もある。一体、いつ原稿書くンだ……と思う(~_~;)。

ともあれ、コツコツ報告も兼ねて書いていきます。

長野の森にて

長野の森にて
今日は長野県大町の森を訪ねる。いや、正解には森ではなくて人の取材なんだけど。

この森はカラマツと広葉樹の混交樹林。やっていたのは新月伐採(((^^;)。そして焚き火を囲んで…。私はここでも林業女子の話をさせられたぜ。

写真は決意表明?する林業女子会@長野。(ホントかなあ)

2010/11/05

弥生講堂にて

弥生講堂にて
東京大学なう。

ミニセミナー終わり。林業女子について熱く?語る。そして今はワリカンの割り箸事業について聞く。

それにしても会場の弥生講堂アネックスは木だらけだよ。

木づかい祭

木づかい祭
ただいま、シンポジウム終わりました!(懇親会含む)
写真は、大胆にもシンポジウムの最中に会場を撮ったのだよ。

2010/11/04

聖地へ

トンネルを抜けると関東平野だった…。

昨日は新潟の驚異のずい道を抜けてパワースポットの「聖地」を訪れたが、今日は一転東京です。めざすは一部の学生にとっての「聖地」東大(笑)。

どちらも快晴。面白いのは、新潟の山は紅葉していたのに、関東に入ると緑一色になること。

2010/11/02

里山シンポ~鎮守の森の変遷

先週末の30日、31日と大阪で「2010年代のための里山シンポジウム」が開かれた。シンプルな名称だが、実は研究者による学会並の内容の濃い代物。参加者も全国から集まっているらしい。そして私の知り合いも幾人かと出会った。

1
会場は、大阪市立自然史博物館ホール

朝から夕まで長時間に渡って、凄く勉強になった。私は聞いているだけなのに、ヘトヘトになってしまった。興味深い点はいくつもあるが、ここではそのうちの一つを。

タイトルに付けたように、鎮守の森の歴史を地理学的に調べた発表があった。

里山は、人間が手を入れて作り出した二次的空間というのが一般的理解だが、その中でも神社の境内である鎮守の森(杜)は、神のいる場所として人が手を付けない空間とされてきた。だから、そこに広がる植生は、原植生・潜在植生が残されていると考えられるのだ。

とくに西日本なら、それは照葉樹林である。

ところが……ある時発表者が古地図を見て、鎮守の森に針葉樹林の印が描かれていることに気づく。そこで調べだしたのだが、戦前は鎮守の森でマツタケを採取して販売していたことがわかってくる。つまりマツ林だったのだ。

そして全国的にも鎮守の森は、幾度も伐採され草を刈って肥料にし、その後は植林していたことがわかってくる。

鎮守の森も、潜在植生=原生林ではなかったのだ。

なかなか面白い調査である。ホント、里山の鎮守の森幻想は崩れたのである。

では、いつから伐採が行われなくなり、原生環境に遷移していったか。照葉樹林になったのか。それは、どうやら外部から肥料が導入されて、草や落葉の堆肥づくりが行われなくなったことによると気づく。

そして、それは日露戦争後に、大陸から大量の大豆粕が輸入されたことに関係あるのではないかと推測する。南満州鉄道の主要な貨物が大豆粕で、販売肥料の首位になっていくからだ。

化学肥料が普及する前は、大豆粕肥料が非常に人気が高かったのは私も知っている。通常の堆肥より効果が大きく、散布にも手間がかからないので重宝されたのだ。しかし、その大豆粕が中国からの輸入だったとは知らなかった。

そして時期を同じくして、この頃から草山への植林が奨励され火入れがされなくなったことも、原生植生を回復させる要因になったと考えられるそうだ。

この点については、私も大いに意見がある。日露戦争後、たしかに植林が奨励されたのだ。

それは土倉庄三郎が関わっている。日露戦争では莫大な戦費と多大な人的消耗を費やしたが、その結果得られた領土や権益はわずかで(それも三国干渉で返還する)、賠償金も得られなかった。そんな戦争をするよりも、荒れ地に木を植えるべきだ。そうすれば毎年成長する木は、莫大な利益を生み出す。それは年々戦勝しているもどうぜんである……これは土倉庄三郎の年々戦勝論と呼ばれた。

そして全国を植林指導に回るのである。

なるほど、鎮守の森を始めとした潜在植生がとりもどすまでには、こうした運動や外来肥料の増加が関係していると考えられるのかもしれない。

2010/11/01

関西広域連合と奈良

おそらく関西周辺地域に居住している人以外は、ほとんど知らず、また興味を持っていないのではないかと想像するが、このほど「関西広域連合」の結成が決まった。

この連合、ようは府県の境界を越えた自治業務を国から受け持つための超自治体組織である。今も国会で取り上げられている国の出先機関を廃止するための受け皿にする発想もある。そのため、各府県の権限の一部を連合に委譲することになっている。また議会も作られる。どうも道州制を睨んだ関西州に相当する組織を連想する。

もっとも、参加した首長は、それを否定している。とくに京都府、兵庫県は、それを警戒して牽制している。だが最大の推進者が、橋下徹大阪府知事であることからしても、あきらかに関西州を狙っているだろう。

と言っても、参加するのは大阪府、京都府、滋賀県、兵庫県、和歌山県、徳島県、鳥取県の2府5県。従来の関西というエリアからはみ出している反面、奈良県は入っていない。ほか、声をかけられていた三重県、福井県も入らなかった。

これを巡って橋下府知事は、来年早々の奈良県知事選で結論を出せ的な言い方をして挑発をしている。荒井正吾奈良県知事は、その度にカッカと来ている様相だ(笑)。

さて、この関西広域連合。一見、国の行政改革に先んじた行動のように見える。

だが、私は奈良県民としてだけでなく、参加しないでよかったと思っている。なんだかうさん臭いのだ。

奈良県が参加しなかった理由として、現在の自治体組織の上に新たな官僚組織を作ることになり、意思決定の手続きに時間がかかるうえ、お金もかかるから、としている。

もちろん、それも事実だが、何より地方分権に見せかけた新たな中央集権体制が築かれそうな気配だからだ。すでに市町村合併が進んで、地域から行政が遠のいたと言われるが、その傾向がさらに強まるだろう。

いくら否定しても、将来の関西州、いや内政全般を牛耳る組織を目指していると思われても仕方あるまい。

とくに橋下知事の動きを見ると、地方分権を口にしながら、大阪府内ではどんどん強権的になっているんだよね。大阪市を解体して大阪都にするという構想もそうだが、府(自分)の方針に従わない市町村を締め上げて、議会さえも屈伏させようとしている。結局、国の権限を府知事が行使したいだけではないか、と疑念を持つ。

奈良県(最初は奈良府だった)は、明治の初年に堺県、ついで大阪府に合併された歴史を持つ(明治9年~20年)。それは明らかに大阪に権限と財政を集中させることを狙った政府の方針に寄るものだった。この間に奈良は、すっかりさびれたという。
奈良県が復活するまで長い年月運動が繰り広げられたのだ。奈良における自由民権運動は、奈良県再配置運動でもあったとされるほどだ。

だから奈良県は、本能的に広域連合のうさん臭さを感じたのかもしれない。

奈良県としては、しばらく模様眺めして、うまく機能するなら参加すると腰が引けている部分もあるが、覚悟決めて反対しなさいよ。

まあ、奈良県が参加する条件としては、奈良に連合の本拠を置くことだね。そして関西州が結成された時にはその州都も奈良に置くこと(⌒ー⌒)。だって、関西地域の地理的中心は、南京都から北奈良なんだから。

ちなみに、奈良県は遷都1300年祭に引っかけて、10月に第1回「東アジア地方政府会合」を開催している。日本、韓国、中国の19地方が提唱者となり、フィリピン、インドネシア、ベトナムの地方政府も加えた40の自治体が参加し、奈良憲章を採択している。知らないでしょう(^o^)。これも地味で、報道もどれだけされたことやら。

ま、これも地方政府の首長が集まって話すだけで何ができるの? と思わぬでもないが、少なくても窮屈で強権化しそうな広域連合よりは国の枠を越えた結びつきで楽しそうである。

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森と林業と田舎