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2010/11/14

里山の経済圏

ただ今、年内に緊急出版(というと、なんかカッコいいな)する予定の里山の本。

そのための記事を書いているのだが、その過程で考えざるを得ないのが、里山の範囲だ。厳密に里に近い山の部分だけ、それも樹林帯となると、いわゆる雑木林だけになる。が、通常はもっと広い範囲で茅場なども含むし、農地つまり棚田や段々畑も含むだろう。そこに流れる小川や溜め池も道も包含した、広い意味での里山を考えないといけない

そして、その地域には当然集落がある。そうすると建物も含むことになる。平地もそこそこあるはずだから山とは言えなくなる。だから里地とかいう言葉も作られているのだが、やはり「里山」に全部含めてしまった方がわかりやすい。

さて、農地で作られた米や野菜は誰が消費するだろうか。あるいは雑木林で採取した薪や、そこで生産した木炭は。農地の肥料として下草を刈って堆肥にしたはずだが、それもどこから取ってきたか。

ここで里山の経済圏を考えなくてはならなくなる。
里山と言っても、江戸時代には貨幣経済が営まれていたはずだし、そうでなくても完全自給自足ではなく交換経済はあっただろう。さもないと鉄の鎌や鋤などの金属製品や衣料も足りなかったはずだ。すべての里山で麻や綿を栽培して布地を生産していたわけではない。また食料だって塩は自給できない。干し魚も食べただろう。農山村地域にも豆腐づくりとか炭焼きとか、分業体制は作られていたはずである。

そこで思い出すのが、先に開かれた「2010年代のための里山シンポジウム」。

この冒頭の発表が、「里山は『自給『的システムであったか?」である。

そして驚愕の事実が突きつけられるのである(笑)。

大坂の町で消費される薪や木炭は、四国や九州で生産されていたというのだ。

記録によると、伊予から薪、日向から木炭などが運ばれていたという。そして、それらの地域では、大坂に出荷するために山から木を伐り薪を生産したり炭を焼いていたという。

実は、私も土佐の山で薪の生産が行われて大坂に“輸出”していた事実を聞いていた。そのため番繰り山と呼ばれるように伐採順序や間隔を決められていたという。主に土佐藩参政・野中兼山が作り上げたシステムだ。

それと同じことが、四国一円だけでなく九州まで広がっていたのだ。

となると、九州や四国の里山を作ったのは、大坂の町ということになる。それは同じ経済圏で結びついていたわけだ。

もちろん大坂近郊の里山も、商品経済を形作っていた。町でタケノコが売れると知ればタケノコ生産に励み、野菜をつくり、果樹をつくり、薬種をつくり、まさに商品作物を栽培していた。ブランド飾り炭まで焼いた。そこには自給的発想はない。

一方で都会からは糞尿を肥として農民が購入して運ぶ経済もあった。もちろん農民は御礼を払うのであるから糞尿も有価物、つまり商品である。

となると、里山の範囲はとてつもなく広くなる。幸い鎖国していたから日本国内だろうけど、日本列島を全部里山です、なんて定義づけると収拾がつかなくなるよ(笑)。

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森林学・モノローグ」カテゴリの記事

コメント

田中様


おっしゃる通り、燃料革命以前は日本全国が里山だったのではないでしょうか?

なにしろ石油や石炭が大量に利用できない時代では、全国の山々では大量の炭(=燃料、今でいえば石油に相当)が生産されていたことは事実でしょうから。

また、牛馬の飼料や田んぼの刈敷きを採集するため草山だらけだった用ですから。
「日本列島はすべて里山だった!」というような本が書けますね。

いままでの既成概念を打ち破るのが、森林ジャーナリストの役割ですから、頑張って下さいませ(笑)

京都の里山から

あっ。ほんとだ。
なんかかっこいい。
緊急出版。

やはり、
タイトルは過激なのでしょうか?

楽しみに待ってようっと。

緊急出版の本とは……知るとがっくり来るかも(笑)。もう少し待って。お楽しみ(^o^)。

でも、本当に「日本全部が里山!」という本書けたらいいな。
考えてみれば、里山とは奥山とも都会ともつながっていたわけで、全体が大きな里山システムだったと言えなくもない。逆にいうと、現在の里山の危機とは、肝心の里山がシステムから阻害されていることじゃないですかね。
燃料供給も、食料供給も、文化さえ生み出せない状況に陥っていることが、里山を衰退させている。都会は、資源を奥山や海外から直接手に入れているから。文化は人材を全部吸収して自前にしてしまったから。

田中様

「でも、本当に「日本全部が里山!」という本書けたらいいな。
考えてみれば、里山とは奥山とも都会ともつながっていたわけで、全体が大きな里山システムだったと言えなくもない。逆にいうと、現在の里山の危機とは、肝心の里山がシステムから阻害されていることじゃないですかね。
燃料供給も、食料供給も、文化さえ生み出せない状況に陥っていることが、里山を衰退させている。都会は、資源を奥山や海外から直接手に入れているから。文化は人材を全部吸収して自前にしてしまったから。」

その通りですよ。
日本社会の仕組みを、新しく構築する青写真をラフでもいいから示すことが大切です!
代替エネルギー、自然エネルギーといった矮小化した考えでもなく、縮小社会といったマイナスイメージもなくて、もっと明るい、楽しい、のんびりしたすべてのいのちが楽に生きてゆける社会が、農村や山村,漁村から始まるのが21世紀の社会ではないでしょうか。
何もヨーロッパやアメリカの社会政策をまねなくても,日本には日本のモデルが必要です。
また、実際に各地で独自の社会システムを運営している所が沢山あると思います。
私たちは、知らないだけでしょうか?
田中さんのように各地に人脈があるジャーナリストの指名として、是非とも「日本全部が里山!」(仮称)という風な過激な書名で緊急出版して下さいませ!

京都三山のナラ枯れで悲鳴を上げている老人より

田中様

日本社会の仕組みを新しい里山構想で再構築するアイデアや青写真をこのブログのメンバーで議論をして、それを田中さんが纏めるのも良いかも。

私は,気楽に生きてゆける社会が21世紀の社会ではないかと考えています。

是非とも「日本列島をすべて本物の里山にしよう!」(仮称)という風な過激な書名で緊急出版して下さいませ!

無責任な老人より

>無責任な老人より

あ、逃げ腰だ(笑)。

私が先に唱えた「大林業構想」(森づくりから建築や木工まで木の流れをすべて含んだ林業概念)をさる人に話したところ、「日本は循環型社会を築くヴィジョンが求められているが、今の構想に、農業はアイテムに入れられているが林業は入っていない。大林業の前に循環型社会の中における林業の位置づけを考えるべきではないか」とアドバイスを受けました。

そこで大林業構想を含むさらに大きな枠組みとなる「巨大林業構想」をつくろう、という話になりました。

この巨大林業こそが、里山ニッポンかもしれませんね。

田中さんへ

なんか、巨大林業と聞くと大規模林業かと思いますね。

少なくとも農林業を包括する内容でお書きになれば良いでしょうが,やはりそこは森林ジャーナリストですから、林業にしぼって日頃の論を正々堂々と展開されたら良いのではないでしょうか?

ひょとすると、緊急出版すると霞ヶ関からお声がかかるかもしれません。
何しろ、あちらには100年先の日本の林業を
構想する基本的な考えはないようですから!

インターネットで構成された勝手連シンクタンク(田中人脈ネットワーク:理事長は田中淳夫さん)がサポートしますので,どんどん発言して下さい。

影ながら応援致します。
未だに及び腰の爺さんより(笑)

巨大林業で止めちゃいけませんね。あくまで「巨大林業構想」(笑)。
もっとよい呼び方考えないといけないなあ。

林野庁が先のこと考えていない例は、また明日。

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