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2010/12/24

クリスマス・イブに思う環境考古学

クリスマス・イブである。

それがどうした、と言えばそれまでだが、ふと昔を回顧する。

意外と思われるかもしれないが、私はかなり長い間キリスト教の教会に通っていた。小学生の時分から高校卒業まで。では、キリスト教徒か、と問われれば、違うと断言できる。

きっかけはボーイスカウトではあるが、それが長く続いたのは別の事情があって……それは省くが、わりとマジメに日曜日の礼拝に顔を出していたのである。

ある年のクリスマス・イブの礼拝にも参加した。ほとんどケーキやプレゼント目当てだったかもしれないが……そこで新しく洗礼を受ける儀式が続いた。私はぼお~と眺めていたのだが、いきなり牧師が私を名指しして、洗礼を受けませんか、と衆人環視の中で勧められた。人々の目が私に集まる。みんな微笑んでいる。身動きできない私。

それでも、やっとの思いで断った。いやあ、ちょっとまだ決心できませんで、と。

なぜ、洗礼をかけなかったか?

簡単である。キリスト教の教義を信じていなかったからだ。

もちろん、幼少の頃から通っていたのだから、それなりに影響は受けている。生き方の指針とか、精神的な箴言として、あるいは中近東の古代史や伝説、ヨーロッパの文化風土を知るという点で興味深かったこともある。

でも、宗教的には、どうも心身に合わなかった。

何がって? それは、私が骨の髄から多神教徒だったからだろう(⌒ー⌒)。どうしても一神教は肌に合わない。そもそも神という概念も本音では受け付けない。それは今も同じで、実は神だけでなくカリスマ的なリーダーとか絶対的指導者なども嫌いだ。

脱線するが、今の日本をリーダー不在として嘆く人は多いが、私は案外今の状態を気に入っている。リーダー不在の方が性に合うのだろう。もちろん折々に的確な指導は必要だが、それは折々に現れた人がやればよろしい(^^;)。そして、その局面が終わったら消えてほしい。

さて環境考古学という分野があって、各地の環境・風土が人間の文化や性向を作ってきたと論じられる。その論によると、キリスト教やイスラム教は、沙漠の風土がつくった宗教であり、それが教義にも色濃く出ていると見る。
逆に日本は神道のほか、仏教が宗教文化の底流だ。仏教は宗派によって多少色合いが違うが、多様性を重んじる教義であり、本来は教祖の崇拝も禁じている。これも熱帯アジアで発生したからと説明する。

私も環境考古学の考え方が好きだったのだが、これを唱える中心人物は、国際日本文化研究センター教授の安田喜憲である。このセンセイが「外資が日本の森を奪う」と号令をかけた張本人であり、無茶苦茶な理論を振りかざすので、私は環境考古学に対して、すっかり腰が引けた(^^;)。だいたい彼の主張自体が、多様性を欠いた権力好きのゴリゴリの沙漠の論理みたいに感じるのだが……。

ともあれ、神道を奉る人や仏教徒が、ヘーキでキリスト教行事であるクリスマスを楽しむ日本は好きである(^o^)。

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森林学・モノローグ」カテゴリの記事

コメント

田中様

私も基本的に、田中さんの心情に同感ですね。

どうも、一神教にはなじめず、教条主義的な言説を弄する先生には違和感を抱いてます。
安田先生のお仕事はほとんど読みました。
花粉分析の研究成果は素晴らしいのですが、その後の解釈が何か押し付けがましく、好きになれないのです。
もう少し、冷静な解釈を述べられると良いのですが、無理ですね。

多神教かどうか別にして、何でも受け入れて適当に融和して行くのが日本的な文化でしょうかね。

七五三を神社でして、毎年年末にはお寺で鐘を撞いて、新年には神社に行き、結婚式は教会で行い、葬式は葬儀屋で行う私たち日本人は、案外合理的かも?

幼稚園がカトリック系で
七五三には、教会に行きました。

写真での確認によると、
みんな教会の庭で千歳飴を持っている。。

かすかな記憶では、千歳飴とメダイユが
セットになっているので、
一緒にもらったのかしらん。

うーん。いい感じに、日本です。

日本人の宗教観がファジーで、都合よくごちゃ混ぜであることを、節操がないと恥じるか、それともみんな取り入れる度量の広さを誇るか。

いずれにしても、変わらないだろうな、変わらないでいてほしい、と思うのです。

キリスト教は、世界中に浸透していますが、それはキリスト教に土俗的な文化と共存する柔軟さがあるからだと思います。
熊(♀)さんの経験されたことが、まさしくキリスト教の柔軟さですよね。
日本人の宗教観もファジーですけど、実は、キリスト教もファジーで柔軟なんですね。 砂漠の宗教だから一神教だから、ゴリゴリで堅いと思うのは、すごく一面的な認識ではないかと思います。

田中様
ボーイスカウトですか!

「三つの誓い」とか「備えよ、常に」でしたか?

懐かしいですね。

そのころ、私もなぜか?ボーイスカウトに燃えていました。

ロープの結び方は、このころから習っていました。

同感です。
実は私、10年前は創価学会の熱心な活動家でした。
が、川辺川ダム阻止闘争に参加したのを契機に、同会から反逆者と呼ばれるようになりました。
今は、多神教を尊重する“愛と平和の国粋主義者”です。
やはり、特定の宗教に拘るのは避けるべきと思います。

くぐりさん、

>砂漠の宗教だから一神教だから、ゴリゴリで堅いと思うのは、すごく一面的な認識ではないかと思います。

この言葉、ぜひ、安田某に言ってやってください(^o^)。

日本の宗教にも、かなり偏狭な教義を持つところはありますね。とくに(宗教)団体となると、異見を排斥することで成り立っているところがありますから。

ボーイスカウトは、日本では母体が教会だったりお寺だったり、結構入り交じっていて面白い。でも宗教心を持つことが大きなテーマだっりします。


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