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本の紹介

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2011年1月

2011/01/31

散歩だよ、散歩。

散歩に出た。

以前の「里山で遭難」?みたいなことになってはイカンので、絶対に道しか歩かないつもりだ。。服だってコートに革靴と、山に分け入る姿じゃない。

まずは駅前に出た。今日は街の中を歩くのだ。

とはいえ、交通量の多い道は歩きたくないので、路地へ路地へ、できれば知らない道へと、進路を取る。

自動車道の下にくぐるトンネルをいくつも見つけて、抜けてみることにした。

農地を抜けて、いつしか山手に入ってくる。なんだか、山に向かっているみたい。

しかし、道からはそれないぞ。これは散歩なんだ。

なんとなく、ハイキング道に入ってしまう。しかし、しっかりした道だ。大丈夫、大丈夫。

きっと、そのうち舗装道路に出るだろう。

あくまで散歩に出たのだ。ハイキングではない。

こんなときに娘から電話。「切手買ってきて

おお、よしよし。私は街の散歩をしているのだから、切手くらい買って帰るさ。

意外な方向に道は進む。こんなところにハイキング道があるとは。新しい発見だ。
しかも人気がない。鳥の声が響く。これは、今後も歩くのによい道だな、と思う。

山肌をぐるりと周り、尾根から谷に入る。

静かだ。

突然、道が途切れた。そんな。

本当に、ぷっつりと道がなくなったのだ。それまで端に水路まで作られているほど、しっかりした道なのに。ちょっといい加減すぎないか。

もどるか。。。でもなあ。

道の消えた向こう側に、平たい植林地がある。

植林地を抜けたら、向こうに道があるかも。

少しだけ。少しだけ分け入る。まだ散歩の範疇だ。

ブッシュになっていないし、道はなくとも通れるのではないかと思った。

頭の中で地図を作る。この辺りは来たことがないので、詳しくはわからない。しかし、方向から考えると、今自分のいるところは、三角の形に道に囲まれているはずだ。

一つは自動車道の高架に、もう一つはハイキング道に。そして前方には、山麓公園に向かう道があるはず。

つまり、前進すれば、どこかの道に出る。迷うことはない。

そう判断して、道なき道に分け入った(^o^)。

今度は谷に入らず、尾根をよじ登る。

汗をかく。なんの、これしき。

植林地が途切れ、雑木林になる。しかし、ところどころに人の気配。たとえばお菓子の袋が落ちていたりもする。

それが安心感を醸成する。

とうとう、尾根に登ると踏み跡に出くわす。獣道ではない。道というより道の痕跡だ。

ついに、前方にガードレールが見えた。

ほどなく、道路に出た。

勝った。\(^o^)/(何に?)

2011/01/30

粗放だから1400年続いた

昨日書いた、一昨日の会議の話続きだが、取り上げた京都の山国林業は、日本でもっとも古い持続的林業地ではないか、と指摘した。

正確には、滋賀県湖西の安曇川流域(現・高島市)も同じぐらい古いのだが、ようするに平安京の建設前の時分から木の切り出しをやっていて、それが今も続いている林業地なのだ。

古さだけで言えば、藤原京・平城京を建設する資材をだした伊賀・甲賀の方が先だと思われる。実際、文書に出てくる「甲賀山」とか、考古学的に664年に伐採されたことが確認されている甲賀杣の方が古い。さらに飛鳥時代の建築に使われた木材は、おそらく大和川流域(金剛山から生駒山、さらに大和高原まで?)で採取されたと想像できるから、もっと古い。

だが、これらの地域では、早い時期に木を伐り尽くして林業を廃業している。その後は荘園となり、農業生産に切り替わるのだ。

では、なぜ山国地方や安曇川地方では、今に至るまで木材生産が続けられたのか。

この点については、専門家も交えて検討する必要があると思うが、私は大雑把に小規模農民的林業として成り立ち、粗放施業だったからではないかと推測している。

京都という安定した大消費地への木材供給を担う一方、薪などの林産物や農産物などの生産も担うことで多角化経営が行われた。そのおかげで安定した経営が行えたことで、土地所有者も安定した生活が送れた。それが山林の売買を抑え、大山林主の発生を抑制した。

一方、山林の集積が行われなかったことで、資本投下が進まず、新規技術を取り入れるなどの積極的経営も進まなかった。結果的に粗放になったのではないか……。

実は、会場に山国地方(京北町)の山主さんが来ていて、この「粗放的林業」という言葉が心外だったらしい(^^;)。しかし、隣地に当たる北山林業や、吉野林業の精緻な林業技術に比べると、やはり粗放と言わざるを得ないし、より利益を上げようとか新技術を取り入れようという意識が低かったように感じる。

ただ、ここで「粗放」という言葉の語感が悪かったのは仕方ないが、悪い意味で使ったのではない。むしろ、粗放というのは合自然的施業と思っているのだ。

そして、肝心なのは、合自然的だから(粗放だから)1400年間、山は守られたと考えている。いわば恒続林のように、扱われてきた面があるのだ。

吉野林業は、ざっと500年の歴史を誇る(その前の天然林伐採を含めても600~700年だろう)が、森林を持続的に使うということでは300年くらいで、完全に持続し続けるかどうかは今後の経過を見なくてはならない。

そう考えると、山国や安曇川流域は、奇跡の林業地なのである。

ただ、幕末には京都の商業資本が入ってきて、より利益の出る林業への切り換えが始まるし、戦後は全国一律の林業技術の普及が進められた。結果として、現在の山国地域は、植える本数から施業方法まで、たいして特徴のない林業地となっている。

山主さんは、「粗放じゃない、ていねいに育てている」と反発していたが、それは戦後の施業方法である。そして、粗放じゃなくなったから持続的かどうかわからない……。

ちなみに、現在の日本の林業をリードしている日吉町森林組合は、山国地域とは少しずれるが、同じ大堰川流域にある。

2011/01/29

国土のグランドデザインと林学

昨日の研究会。

私は「日本で最初の持続的林業」として京都・山国林業の歴史と位置づけについて語ったのだが、研究会のメンバーで司会役を担当した北尾靖雅氏より、意外な言葉が飛び出した。

北尾氏は、そもそも建築家なのだが、現在は京都女子大学家政学部の准教授である。

が、話していると、建築物の研究というより地域計画、アーバンデザインが専門らしい。とくにオランダに詳しい。そして面白いことを言った。

オランダは、国土の3分の2を干拓で作り上げた人工の土地。その土地を今もしっかり管理しており、農業では世界的な生産額を上げている。一方の日本は、森林が国土の3分の2で、そのほとんどは人工林(雑木林も含む)。それなのに、うまく管理されず、林業も斜陽」。

なかなかうまい比較だ。人工の土地という目で森林を見ると、国土の姿ががらりと変わる。
そして干拓も人工林育成も、国土のグランドデザインに関わるのだ。

 

実は私も、林業・林学がかつて日本国土のグランドデザインとして存在していたことを考えていた。というのも、明治維新後の日本国の在り方を考えた明治の元勲たちは、そのベースを林学に求めるのである。

岩倉具視の欧米使節団は、各国の森林政策を熱心に視察しメモしていたことが記録に残されている。そして先にヨーロッパに留学していた青木周蔵と、プロイセンの森林学校で学んでいた松野礀を招く。青木は、松野に林学を学ぶよう勧めた張本人である。

松野は、留学費用を打ち切られないよう、必死で林学の効用を説いた。それを聞いた大久保利通は、机をばんばん叩いて感激し、林学こそ、国家デザインの基礎であると感化されたのである。そして帰国すると、すぐに山林学校を開校する。

……というわけで、明治に林学は国土のデザインの理論的支柱になりかけたのだが……残念ながら、どこでどう狂ったのか、いつしか廃れてしまったようだ。

ただ私も、改めて林学の理論や技術を応用し方国土計画を作れないかと思っている。森林を抜きに日本の国土は語れないのなら、林学抜きに地域計画は無理なのだ。

ところで、北尾氏の口から唐突に出た言葉が、「森林美学を学ぼう」であった。

ええええ??? 森林美学~う?  「美しき森は収穫多き森」を援用して、「美しき国土は、生産多き大地」になるのかもしれない。オランダは、それを実現していると言えるかもしれない。美しき景観は、高い農業生産額に通じている。
ここでいう森林美学は、森林管理とか林業経営とは一味違うものであったが、建築と国土計画に森林美学の発想をどのようにクロスさせるか難しいが、興味深いぜ(⌒ー⌒)。

2011/01/28

消えたファイル

来月の講演で使うパワポの資料を集めておこう、と思って少し写真を探していた。

すると、どうしても見つからない写真がある。それは、昨年取材した某工場のものなのだが、ファイルごと見当たらないのだ。

最後の手段で検索もしたし、ごみ箱まであさったが、見つからない。バックアップ用のハードディスクにもない。なくなってから更新したことで上書きする形で消えたのだろうか。

どうやら完全に消えたようだ…。

数十枚の貴重な写真が消えた…。

かろうじて、その取材を元に書いた原稿に添付した写真を数枚拾いだしたが、無力感。

もう、ブログを更新する元気もない。と、このことをブログネタにしてしまう私って、何?

2011/01/27

修羅と木馬

このところ、古い林業づいている(その割には腐している(^^;)が、そこでの以前からの疑問。

木馬は度々紹介してきたが、修羅は知っているだろうか。

林業でいう修羅は、丸太で作った滑り台みたいなものだ。伐採した木を使って、山の斜面に設置して、その上をさらに丸太を滑らせて下に落とす。ようするに搬出手段である。その伐採地の原木を落とし終わったら、修羅も分解して、上から下に落とす。搬出すべき原木そのものを使って搬出装置をつくるわけだ。なかなか合理的だ。

これで山から谷に下ろすと、そこから木馬を使ったり管流し(川を1本ずつ流す)こともあったに違いない。

いつ誕生したのかわからない。おそらく江戸期だろう。今も、ごく一部で使われていると聞いたことがある。また復元も行われているようだ。

こんなニュースもある。高知県で再現したらしい。

http://www.kochinews.co.jp/?&nwSrl=270045&nwIW=1&nwVt=knd

こんな図もあった。
http://www.woodfan.biz/f-7.htm

Photo


一方で、プラスチック系の材料で設置して修羅代わりにする方法も模索されている。簡単で技術もあまり要らない。小さいので運べるのは薪利用の雑木くらいになるが。




これは、滋賀県某所(笑)で行った実験風景。



だが、ここで疑問があるのだ。おそらく、考古学や古代史に詳しい人なら気づくだろう。

そう、古代の木材運搬用に「修羅」という名の道具が使われていたのである。ところが、形状がまったく違う。それは、「橇」だったのである。その写真を探すと、こんなものが見つかった。

大阪の藤井寺で出土した木橇だ。
http://www.city.fujiidera.osaka.jp/9,1075,98,145.html

http://www.city.uto.kumamoto.jp/museum/10hitugi/hukugen2.html

運んだのは、大岩などが主だったように記されているが、当然原木も対象だったろう。いや、量的には木材がかなりあったと推測する。建築材の主流は木材だからだ。

だが、よく見てほしい。この形状、仕組みは、ほとんど木馬ではないか。

古代は、橇の下に丸太を敷いてコロにしたとあるが、木馬道はコロではないにしろ、横木を並べて滑りやすくしている。

いつのまに、修羅が橇から滑り台に変わり、木橇が木馬という名になったのか。木馬そのものの登場は明治に入ってからのようだが、すでに修羅という名は滑り台に奪われた(^^;)から新しい名を考えたのか…。

そんな疑問を持っているのである。

誰か、ヒントをご教示くだされ。






2011/01/26

筏流し・取材顛末

今日は、筏流しを見に行ってきた。

と言っても、喜んで言ったというよりは、渋々。別に見るのはいいのだけど、今は目茶苦茶忙しいのだ。昨日が締め切りの原稿をまだ書き上げていない有り様で。それなのに……と思いつつ、義理もあって出かけた。

でも、片道2時間。スタートは午後1時と聞いていたので、その30分前に着いたのだが、なんと、すでにスタートしたという。おかげでタクシー飛ばして下っている現場を追いかける。

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で、こんな写真を撮った。

もちろん、復元筏である。

比較的緩やかな場所を流している。

            
橋の下を無事くぐった。

                                         

ちょっとアップしてみよう。                                                          

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足元は、水に浸かっているな。

のどかそうだけど、雪のちらつく冬場だからねえ。船頭も大変だ。

意外と丸太が細く、筏も小さい。吉野の筏のイメージとは違うなあ。

ともあれ、取材時間15分、現地滞在30分であった。もちろん、即帰った。2時間かけて。

ちなみに、この取材、どこかに執筆する予定はないので、仕事とは言えないかも。この手の民俗が好きな人は楽しんだかもしれないが、私には徒労?感があった(笑)。

ちなみに、原稿はまだ完成していない(T-T)。

2011/01/25

菅内閣の施政方針演説で連想したこと

昨日は、第177回の通常国会の招集が行われ、菅内閣の施政方針演説があった。せっかくだから、新聞で農林業に関するところを読んでみた。

厳密な林業部分は、「林業が中山間地の基幹産業として再生するよう、直接支払制度や人材育成支援を充実させます」だけ。その後、内閣に「食と農林漁業再生実現会議」において集中的に議論を行い、6月を目処に基本方針を、10月を目処に行動計画を策定……とある。まあ、詳しい中身はまだ決まっていないといをことか。

林業の直接支払制度について触れているが、本当に直接働いている人にお金が渡るのだろうか。たいてい森林組合経由になってしまいそうだが……。

もう一つ注目したのは、その前の農林行業による「平成の開国」について論じたところ。

貿易を自由化したら農業は危ない、そんな声があります」とした上で、「過去20年で国内の農業生産は2割減少し、若者の農業離れが進みました」とある。つまり、開国(TPPのことなんだろう)しなくても、農業(林業も)は衰退しているじゃないか、という指摘だ。

これを菅首相が皮肉な意味で使ったなら意味深だ(^^;) 私も同じことを感じていたのである。

そう、この下りで連想したのは、「外資が日本の森を……」である(笑)。

外資が森林を買収することを警戒する声が強まっているが、そもそも外資ではなく日本人の森林所有者によって日本の森はボロボロにされているじゃないか、それどころか境界線もわからなくなって誰も使えなくなりつつある。外資(あるいは貿易自由化)を敵視する前に、足元を見ろよ、と思うのだ。

私自身は、TPPそのものに過度に期待するわけでもなければ神経質に警戒しているわけでもない。どうせならFTAで各国別に交渉した方がよかったのに……と思っているが。
ただ、この手の貿易自由化は、今や好むと好まざると進むのだ。今、TPPに反対して潰したとしても、次にもっと大きな枠組みの自由化の圧力が掛かってくるだろう。その場合、もはや抵抗などできないほど圧倒的な力で飲み込まれるのではないか。それこそ、徳川幕府のしぶしぶ開国ではなく、中国に対する阿片戦争のような形で。

それより、自由化の枠組みに条件を付けるなどした上で、国内産業を守るのにどんな手立てがあるかを議論した方が建設的だと思うのだけどなあ。

その点は、「外資が日本の森を」の場合も同じである。日本の森を外資が購入しても、木材木や水目当てでないのは自明の理である。その上で、森林の所有者に対して、どんな義務や制限をかけるか考えた方がいいのではないか。もちろん外資だけでなく、日本人の所有者に対しても。

まあ、そうなったら、外資ではなく日本人が反対するだろうけどね(ーー;)。

2011/01/24

沖縄に“国産材”を

国産材を海外に輸出するアイデアはかなり広がっているが、なかなか軌道に乗るまでにはいかないようだ。

その理由を分析すると、相手国のニーズやビジネス慣行、そしてやっかいな手続きなどいろいろあるのだが、大きく言えば日本側に慣れがないことだろう。どんなやっかいな国でも、木材以外の商品ではうまく輸出しているのだから。木材だけがうまく行かないことを、相手のせいにしてはいけない。

……というようなことを考えていたのだが、いきなり沖縄づいた(^o^)こととつなげると、沖縄に“輸出”しないのか、ということを思いついた。もちろん、まったく沖縄に本土のスギやヒノキを使っていないことはなく、それなりに持ち込まれているはずだが、私の知る限り、あまり目につかなかった。おそらく木材の国産材使用率を見たら、本土よりかなり低いはずだ。

沖縄の林業は、目立たない。実際、これまでは薪生産が多かったようで、用材として使えるのはリュウキュウマツくらいしかない。

もともと台風が多い上に、シロアリの害のため木造は寿命が短かった。加えて戦災が戦前の古い建物をなくしてしまった。そのため、今ではブロック積みやコンクリートの建物が大半を占める。木造も外材がほとんどだろう。

だが昔は、やはり木造建造物が大半だった。

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写真のように重要文化財に指定された住宅は、木造である。

丸木をそのまま礎石の上に建てたような柱。

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あるいは板壁も、礎石の上に置いているが、これらはシロアリを防ぐためだろうか。

ところでスギやヒノキなどは、比較的湿気やシロアリ害に強い。もちろん最新の木材耐久薬剤もあるし、構法なども工夫されてきただろう。

ならば、本土の木材を沖縄で使ってもらえる素地はあるはずだ。もちろん貿易障壁はない。日本語も通じる(^^;)し、流通網も完備されているはず。
必要なのは、現地のニーズを汲み上げ、「買いたい!」と思わせる営業努力だろう。

その点、国産材ビジネスの実験場として、沖縄は価値があるのではないか。国産材のシェアが弱い市場を切り開くことで全体のパイを膨らませられる。もちろん実験と言っても、沖縄にとっても新たな木材供給先の確保につながり、価値は十分あるはず。伝統的な木造家屋の復活の一助にもなるのではないか。つまりウィンウィンの関係を築ける……。

沖縄は、海外市場を切り開くワンステップにならないだろうか。

と、そんなことを考えて沖縄の夢を見たい。

2011/01/23

沖縄の書店

沖縄の書店
沖縄に行った友人より届いた写メール。
那覇のジュンク堂書店で見つけたそうだ。よしよし\(^_^)

2011/01/22

惣菜売り場

近くの生協の惣菜売り場。

オカズ類やら弁当が並んでいるのだが、そこにあった張り紙。

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割り箸出さないのは、構わないよ。どうせ、自宅で食べる人も多いのだろうし。また、ほしい人は、レジに行けばもらえるのなら、それでいい。

でもね。なんで「森林伐採保護のため」なんて、書き添えるの。

正直に書こうよ。単に割り箸のコスト削減でしょ。余計なことを書き添えると、急にいやらしくなってしまうなあ。

だいたい、この文面だと「森林伐採」を「保護」するように読めちゃうけどね。そう、世の中から森林の伐採をなくしちゃいけないんだ。……そう、主張しているの?

2011/01/21

最新の林業機械

日吉町森林組合を訪ねた。

ここで見せてもらったのが、最新式の林業機械だ。いまや続々と新しい林業機械が導入されていた。

まず紹介するのが、ハーベスタ

この組合では、プロセッサを使わずハーベスタを中心に作業を行っているが、昨年11月にフィンランドから最新のハーベスタを導入したそうだ。

ハーベスタは、立木を伐採して、枝払いと玉伐りまで、全部1台でこなせる万能機。これが日本に入ったのは、この1台が最初らしい。あとで長野にも導入されたという。

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見よ。KESLA671Hを。って、型番で言ってもわからんが。

特徴は、まずホイール式であること。だから作業道や林内を荒らさず走行できる。実際、道がなくてもかなりの斜面まで登れるそうだ。もっとも最小の形式らしいが、動きがスピーディに感じる。

馬力もあって、かなりスムースにアームが動かせるようだ。

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ハーベスタで伐採した切り口。つるん、としている。チェンソー(というより手動)で切るのと違って、受け口も追い口も、ツルもない。その分だけ木材を無駄にしないで済むとも言えるだろう。もっとも太い部分を伐るのだから、それが10センチほどでも受け口になると使えなくなる。

さて、次が話題の国産フォワーダ。玉伐りした丸太を運び出す林内走行車である。いわば現代の「木馬」というべきところだろう。IHIが開発したのだが、この開発には日吉町森林組合の現場も協力している。現場の意見を取り入れて、使いやすさを追求したものだ。

これまで高性能林業機械と呼ばれるもので、日本製は劣勢だった。土木作業機械の改良にすぎなかったからだ。このフォワーダは、初めて林業機械としてゼロから設計したのである。

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F801と型番が付けられているが、特徴は、操縦席が回転して、座ったまま、走行とアーム操作の両方ができる。これまでのように、アーム操作と車両走行を別の操縦台ですることはなくなった。車両の前方と後方にカメラが付いていて、走行の安全にも期する。

そしてホイールとクローラー(キャタピラ)両方を前後で採用して走行速度が15キロまで上がったという。これだけで往復回数が格段に上がって、生産効率のアップが期待されている。

どちらも、今後の日本の林業の方向を占うような機械である。が、価格もそれなりにするからなあ……。

でも、機械化は、単に生産効率を上げるためだけでなく、労働者の負担軽減と、安全確保にも大きな役割を持つことを実感した。

ちなみに案内してくれたのは、新卒で日吉町森林組合に勤めたという女性の森林施業プランナー。つまり林業女子だ。ほかにも女性はいるそうだ。経験は浅いが的確に質問に応え案内してくれる。こうした点でも、この組合の凄味を感じた。

 

2011/01/20

割り箸需給の動向

またまた割り箸づいてきた。

磐城高箸だけでなく、地元FM局へ出演して割り箸について話したほか、今度はテレビ東京。今日はディレクターが訪ねてきたので、数時間に渡る割り箸談義。

そこで、私が情報を提供するばかりでなく、先に調べてきた資料も見せてもらった。すると、最新の割り箸需給の動向表があった。なかなか興味深い。

需給表は、1999年から2009年までの分だが、割り箸の国内生産量と輸入量の統計として出ている。

ピークは2005年だった。259,5億膳に達している。内訳は、輸入量が約254,06億膳。うち国産は5,45億膳。

2006年が250億膳。この年に私は『割り箸はもったいない?』の取材を行っていたから、データは前年を使ったとして、まさにピーク時に執筆したことになる。

ところが出版した2007年には、いきなり231,7億膳に激減しているのだ。つまり本が出たときには,実際のところ割り箸の供給は減っていたのである。
これは、中国が輸出を渋ったことを意味するのだろう。そして、その事実が日本の外食産業に大きな影響を与えた。割り箸の供給が不安定になったことを意味するからだ。

そして2008年には227億膳まで減った。ちょうど外食産業が我先に樹脂箸に切り換え始めた時期と一致する。
ところが、面白いことにこの年の国産割り箸の生産量は5,96億膳とわずかながら増えているのである。国産割り箸の増産が始まったのだ。

2009年は193億膳。うち国産が6,1億膳。やっぱり全体が減っている中で国産割り箸は増えているのだ。

2010年は、確定数値ではないが、約180億膳前後と言われる。国産は、6億膳を下回ることはないだろう。とくに国産割り箸の新規参入組は、まだカウントされていないから、実質的に増えていくはずだ。

面白いのは、木材の総需要および国産材生産量と割り箸の総需要および国産生産量が相似形の動きをしていること。木材全体の需要は落ちているのに、国産材が伸びているのだ。

ちなみに輸入量の推移を見ると、やはり中国産が激減している。2005年に253億膳だったのが、2009年には178億膳である。
輸入割り箸の中ではロシア産とベトナム産が激増中。2005年にゼロに近かったロシア産が2009年に4,3億膳に。ベトナムも3400万膳が3,8億膳に。

さあ、今後が楽しみだ。反転攻勢なるか?

2011/01/19

林業用語?

次に出版する原稿を編集者に送って目を通してもらった。

これは私の方から依頼したのだが、何気なく使ってしまった言葉の中で、わからない林業用語があったらチェックしてくれと言ってあった。そこで帰って来た原稿を見ると数々の赤文字が……。

以下、後学のために紹介しよう(笑)。

皆伐 主伐 

徐伐

施業

樹冠 林冠……鬱閉

枝条

心材

バーク

地拵え

貫、垂木

ほぞ穴、仕口 筋交い

大径木(何センチ以上か?)

……などなど。

ちなみに私も執筆時から、一般に通じない専門用語はなるべく使わないよう、どうしても使う場合は本文に説明を入れるかカッコ付きで注釈を書き込むようにしていた。たとえば「施業」も、できるかぎり「作業」と言い換えて、どうしても必要なところだけ施業にしている。

が、そうした努力から抜け落ちて、なおかつ一般人には通じにくい言葉が上記のものなのである。世間的には「間伐」は知っていても「皆伐」「主伐」や「徐伐」は知らないのだろう。

建築用語も混ざっているが、なるほど私も頭が林業色に染まりつつあったようだ(~_~;)。
今後気をつけよう。

本ブログをお読みの皆さんも、林業馬鹿にならないようにね。世間に通じる言葉で語らないことが、結果的に誤解を招くのである。

さて、これらをどのように処理するか。また頭を悩ましそうである。

 

2011/01/18

磐城高箸

我が家に届いた包み紙。

開けてみると……ブツだ。あれよ、あれ……フフフ。

というほど怪しいものではなく、入っていたのは、割り箸である。

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なかなか高級感のある、利休箸とらんちゅう。

作り手は、株式会社磐城高箸。ちなみに創業者は高橋さんである(^o^)。

実は、以前より故郷の福島県いわき市で製箸に挑戦したいと連絡を受けていて、また実際にセミナーなどでもお会いしていた。

慎重に進めたらしく、時間はかかったが、ついに製造を開始したらしい。まだ量的には少ないのでサンプルだそうだが、高級飲食店向けになるだろう。

なぜか福島県は、割り箸の新規参入が多い。まず樹恩ネットワーク提携の製箸工場が誕生したほか、建設会社系の奥会津エコリード社も作っている。これで3社揃った。

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興味深いのは、裏に原料産地が町名入りで入っていること。そして、箸袋には「赤身」「白太」「黒芯」と色の違いを記していること。

通常は白い箸が好まれ、たまに赤身がめでたいと求められるが、黒い材は嫌われる。

しかし、私はこの黒芯箸に興味がわいた。

スギ材は、一定の割合で心材が黒くなる。これを黒芯と呼んで、建築業界では嫌われるため、黒芯材は価格が非常に安い。これをよい商品にできれば、と思っていたのだ。

なぜ黒芯になるのか、学問的なことは知らない。ただ、水分が多い土壌のスギは、黒芯になりやすいと聞くし、吉野杉も伐採した時は、ほとんど黒芯。「あく」と呼ぶような黒い汁も出るそうだ。それを葉枯らし乾燥すると、見事な赤身になる。

わざわざ黒芯ヲ漂白する業者もいるが、そんな薬剤を使うのもつまらない。むしろ、高級そうな箸袋に入れて、なんたらかんたら黒くなった由来を書いて、高級化することはできないか。黒い箸こその価値を付けるのだ。
「あく」を含んでいることは、抗菌作用が強いかもしれないし、黒光りするものは荘厳な雰囲気を漂わせる。「大王の箸」なんて命名するのもいいぞ(^o^)。

ともあれ、健闘を祈る。

2011/01/17

1400年間の人力林業

昨日は木馬を紹介したとおり、古い林業を追う仕事をしている。簡単に言えば「伝統技術の記録・保存」というやつだ。

私はこういうのは嫌いで、役立たない技術なんか消えてしまえ!派なのだが(笑)、仕事と受けてしまったからには、やらねばならぬ。

が、担当者がどうにも……なのである。「林業技術を記録するって、どの時代ですか」と幾度となく尋ねるのだが「全部」という。全部なら現代も入りますよね、と念押しすると、戸惑っている(~_~;)。ようするに民俗学馬鹿なのだが、現代林業は民俗的に魅力がないらしい。

しかし、それならば、木馬を伝統技術と言ってよいかどうかさえ怪しい。登場したのが明治中期で発明者ははっきりしないが、昭和30年代には消えてしまうのだから。つまり使われたのは50年程度の間なのだ。そのことも指摘するのだが、では止めましょう、とは言わない。

伐採だって、斧で伐るのか、ノコギリかチェンソーか。チェンソー技術を保存してもよいと思うのだが、それは好まないらしい(-.-)。

ま、こんな調子でどうすりゃいいのよ、と思うのだが、現実問題として記録すると言っても、木馬体験者でさえ、80歳を超えている。これを江戸時代の技術だ明治はどうだと言っても、記録しようがないのである。文献調査では出てこないだろう。

苦肉の策として、私の切り口は……

人力林業と、動力林業の線引きだ。

人力林業とは、ようするに人力を主に使っている林業のこと。斧であれ、ノコギリであれ、人の力による手仕事である。搬出も木馬は人力で行う。それに自然エネルギー系(位置、重力、水力など)と動物系(牛や馬)を加えたもの。
一方で動力林業は、動力機関を使うものである。チェンソーやトラックはもちろん、索道もエンジンが必要だ。森林鉄道、そして高性能林業機械は言うまでもない。

ようするに、人力林業を記録したいんでしょ! とタンカを切ろう(笑)。

この分かれ目が、昭和30年~40年である。ここを境に、チェンソーが登場し、ケーブル張って索道で吊り上げたり、トラック輸送へと代わっていく。それに連れてノコギリによる伐採や木馬や筏流しは消えて行った。
一般の産業界は、それより約100年ばかり前に、すでに動力系が入って産業革命が起きているのに、林業は随分遅れたことになる。

この人力林業は、約1400年続いてきた。石斧まで含めたら何千年にもなるが、産業としての林業は飛鳥時代に生まれたとすると、それから延々と昭和まで続いたのだ。

そして、それが動力林業に切り替わる時代が今から50年ほど前なのである。

そう考えると、かろうじて両方の林業に触れることのできる現代は貴重な時期と言えるだろう。

2011/01/16

新木馬道

休みの日に、頭を悩ませるのも辛いので、軽くこんなネタ。

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これは何か、わかる?

そう、木馬道である。かつて山から木を出す際に使われた木馬の橇をすべらせた道。

ただし、見た通り新しい。なぜなら、作られたばかりだから。

この木馬を再現することになって、改めて作ったのだ。場所は、京都府亀岡市の山中。

当時の経験者にお願いしたら、あっと言う間に作ったという。ざっと延長50mほど。この上に木馬を置いて、原木も積んで運ぶ実験を2月に行う予定だ。

実際の木馬はこんなもの。

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これは実際に40年くらい前まで使われていたもの。それを少し修繕して使う予定。

意外とシンプル。また大きさは、私がこれまで見てきた吉野や木曽のものよりかなり小さい。おそらく、積む原木が吉野などより細いからだろう。

とはいえ、木馬曳きとはどんなものか、ピンと来ないだろうから、吉野の古い写真をオマケする。

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わかりにくいだろうが、木馬が行列している様子だ。こんな山盛りの原木を一人で曳いたのだから、大変な重労働だったろう。

ただ、経験者に言わせれば、挽くというより斜面をすべるわけだから、ブレーキをかけつつ、ゆっくり動かすのが大変らしいのだけどね。

2011/01/15

中国人研究者と密談

バイオマス科学会議では、懇親会があり、私も出席させていただいた。

多くの面白い方々と話をする機会があったが、なかでも印象深いのは、中国人の蘇教授。中国の大学教授である。

自己紹介で、私か壇上で言った「(バイオマスやる前に)林業を振興させてください」という言葉がよかった、という。なぜなら、彼も西北衣林科技大学林学院に属しているからだ。

この大学、生徒数を訪ねると2万人だという。4学年だから毎年5000人の林学徒が卒業する? 加えて大学院生が何千人もいる。うひゃあ、これは人材面でも圧倒的だ。

でも、話によると「中国は農業国だから農学は仕事があるが、林学は厳しい」とか。そして「日本は工業国でしょう」。

私は、中国で進む大面積植林について指摘した。何しろ毎年数百万haもの植林をしているのだ。日本の国土が数年で緑に埋まってしまいそう。私は、そのうち中国は巨大な木材輸出国に変わるのではないか、と尋ねたら、うなずいた。

「しかし、植えているのはヤナギとかポプラ」だという。これは、薪になる。また近頃は合板やボードにもなる。しかし、高級な建築材にはならない。

そこで「日本は、中国の合板を輸入します。中国は、日本のスギやヒノキを輸入してください」と申し込んだ(^o^)。

商談成立。

ぜひ西安に来てください、と言われた。中国の古都・西安。行きたいなあ。

2011/01/14

予想外? のバイオマス科学会議

昨日は、第6回バイオマス科学会議に出席していた。
なんて書くと、なんか、自分も科学者気分(^^;)だが、なに、シンポジウムのパネリストである。

とはいえ、「科学会議」である。どこにもシンポジウムとかフォーラム、セミナーといったありがちなタイトルは付いていない。しかも私は、これまで木質バイオマスに関しては、かなり辛辣なことを書いてきた。そこにいかなる反論が出るか。ちょっと緊張気味に臨んだのであった。

が、壇上に並び、5人のパネリストがそれぞれの立場から意見をいうと、なかなか想定外のことが起きた。

まず私が、現在の林業事情について語る。そこでは、「もはや国産材が売れない時代は終わった。引っ張りだこだが、価格が安いために量で勝負しようと皆伐が進行し、禿山が増えている」実態を語り、バイオマスはカスケード利用の最後にして木材の値段を上げる必要がある、まずは用材利用の林業振興が欠かせない……という論旨である。

ところが、私の後に徳島県の全国的に知られた某町の町長が、「国産材は売れない。皆伐はどこもやっていない。木はバイオマスエネルギーしか使い道はない」と言い出したのである。

私が反論すると、檄昂?した町長の話が止まらない(笑)。制止も振り切り、会場からの質問も振り切り、暴走した(~_~;)。

そして、地元の木の質の悪さを強調するのである。そして「燃やすしか使い道はない」という。しかし、その質の悪さというのは、節が多いことなのである。節なんぞ、今の木材需要には何の関係もないのに。それに地元の木の悪口を首長自らいうのは、聞いていて気持ちのよいものではない。

さらに別論の日本のエネルギー政策や風力、太陽熱……などの件でも、パネリスト同士が異論反論をぶつけ合う。意外と、木質バイオマスは評価されていないことがわかった。

会場からの質問も、科学者っぽい理論的もものばかりではなく、案外素朴な感情論も飛び出すなど、いやはや、「科学会議」という言葉にびびっていた私が馬鹿だった(笑)。

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写真は、勇気を持って壇上でパネリストたちを撮った。
少しぼけているけど、この角度からの撮影は画期的だろう\(^o^)/。

しかし、改めて考えると、山間ビジネスやゴミ政策、農林業などに先進的な試みをしていると注目されている町の町長が、これほど認識不足とは思わなかった。木材が売れているかいないかなんて、統計や木材自給率を見たらすぐわかる。私が見てきた皆伐地のことを言っても信じない。グーグルアースで見たって、九州だけでなく徳島県も相当な皆伐地だ。それを知らないのだ。10年前の知識?で林業を語っている。

そんな状況で、「先進的」な政策を進めているのか。バイオマス利用だって、それではペイしないことは科学者でなくてもわかっているのに進めているらしい。

その結果、高いものを買わされるツケは誰が払うか。地元か、補助金の形なら税金取られる国民か。

なんとなく、あの町の行き詰まりが見えてきた気がした。

2011/01/13

日本一の書店を巡る

久しぶりに大阪に出た。そこで、時間を作って寄ったのが、話題の「MARUZEN & ジュンク堂書店」。昨年末にオープンした、日本一の広さを誇る書店である。ライバル同士の書店が提携した点でも注目されている。

梅田北の茶屋町、ロフト前……と言っても、大阪の地理に詳しくなければわからないだろうが、ビルの地下から7階までを丸ごと占有する書店である。

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やはり、広い……というより蔵書に圧倒されるわ。図書館形式の本棚がズラズラと並ぶのだ。

で、とりあえず探したのが、この本である。

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ようやく、書店で確認しました\(^o^)/。
いま里山が必要な理由』、本当に売っていたんだ。 コラコラ

「森林」コーナーも比較的充実していましたね。


それにしても、一階ずつ順番に本の棚を見て回るだけで、圧倒される。その分類は、一応分野ごとなのだが、必ずしもそうとも言えない構成になっている。文庫、新書も混じりつつ、なかなか普通の書店では目にしたことのないような本に気づく。棚の一つ一つに興味を引きつける要素が詰まっている。
ちょっと残念なのは、ジュンク堂ならあった「座り読み」のできるイスとテーブルはなかったこと。でも、7階の一角には、少し座れるところがあった。

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こんな棚もあった。「連想本棚」って何? 

分類を超えて、つながりのある本を書店員が選んだのだ。

また「書店員が選ぶベストテン」のような企画棚もあった。

こうした試みを、「広いからできる」といわずに注目すべきだ。

むしろリアル書店こそ、こうした試みをすべきではないか。

昨年は電子書籍元年とか言われて、リアルな書店は衰退の一途のように言われた。実際、電子書籍以前にAmazonのようなネット販売も膨らむ一方。そんな時に、あえて日本一の床面積の書店を出す意義が問われていたのだが、リアルな本だからこそ、目にして、手にとることで欲しくなる欲求が増すのだ。ネットでは、最初から欲しい本を知らないと買えないし、推薦してくる本も、似通ったものばかり。

もの余りで、ものが売れない時代というが、心をくすぐる要素があれば、予定外のものにも手を伸ばす可能性は強い。私も、つい、何冊か買っちゃったよ。

こうした本屋では、最初から計画して、朝から行くべきだね。そして、棚を回りながら、掘り出し物を探す。疲れたら、座り込んでもいい。座り込んだ低い視点で面白い本を見つけることもあるだろう。

腹が減ったら、お弁当を広げる。汁はこぼしちゃだめだよ。ちゃんとシートも持参しよう。
食べ終わったら、本の森の木陰でゆっくり足を伸ばす。少しウトウトしたら、また探索だ。

階を変えたら、また新しい世界が広がる。写真集のコーナーもいいな。洋書も眺めるだけでも楽しめるぞ。連れがいたら、かくれんぼしてもいいな。

夜が来たら、ちょっと一杯。棚の間で静かにボトルを傾けよう。また別の世界が広がるはずだ。買いたい本が随分溜まってきただろうから、それを枕にZzzzzz……。

っといった調子で、本屋での一日を送ってみたい(~_~;)。 て、本気にするなよ。

2011/01/12

生駒山の動物痕

先に生駒山で遭難しかけたことを記した。

なんだか、かなり間抜けに思われたかもしれないが、実はあの程度の遭難はしょっちゅうなのである(^o^)。むしろ、道のないところを歩くことで発見するものもある。で、その彷徨の間に見つけた動物痕を紹介しよう。

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まずは、大量の糞。一体正体はなんだろうか。

溜め糞しているから、タヌキあたりかなあ。



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鳥が襲われた痕。落ちている羽根からすると、ヒヨドリくらいの大きさはある鳥のようだ。襲ったのは、何かわからない。イタチあたりかなあ。


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またしても糞。一瞬、人間の……?と思ってしまったが、やはり動物らしい。 犬かも。




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イノシシの足跡。一面あった。ほかにぬた場や、餌のミミズをあさるために土を掘り返した痕は無数に見つけた。
近いうちに、イノシシは市街地に進出するに違いない。

このように生駒山は、今や野生動物が非常に豊富だ。以前は、イノシシもタヌキもいないとされていたのに、しっかりと復活している。こんな孤立した里山でも動物が増えているのだから、全国各地にシカやサル、クマも増えているに違いない。

 

2011/01/11

ひど~い書評『日本の「水」がなくなる日』

本屋に行った際、新著『いま里山が必要な理由』はあるかと探すが、見つからない。

で、代わりに目についたのが『日本の「水」がなくなる日』(橋本淳司著・主婦の友新書)であった。奥付けには、1月10日、つまり昨日が発行日である。

パラパラとめくって、「外資が日本の森を……」の類の本とわかる。ようは森林問題を水問題と抱き合わせた本らしい。著者は、「水と人間」をテーマに取り組み、水問題に関する本は何冊も出しているようだ。

「森と人間」というテーマに取り組んでいる私としては、うさん臭く思ったが、半分は期待?して、資料として購入。

で、あっと言う間に読んでしまった。読みやすい……というより、内容にいたたまれなくなっての速読に近い(^^;)。

予想外だったのは、「外資が日本の森を」の部分はそんなに多くなく、イマドキの噂を並べただけ。相変わらず北海道の土地が……てな調子。新聞記事をくっつけたようなもので何も新身はない。この点についてツッコミは省略。
むしろ森林問題に紙数を割いている。が、その内容がお粗末なのだ。

あまりに基礎的な森林学も知らず、林業も基本を理解しないまま、手を出しちゃった……という印象。専門であるはずの水に関しても、学問的なことを身につけていないようだ。

たとえば「保水力」という言葉も安易に使っている。

広葉樹の森の土壌はふかふかで水を溜め、人工林=針葉樹林の土地は堅く水を溜めない……おいおい、水を溜めるのは森林土壌じゃないよ。
昔は川の水が豊富だったのに、人工林をつくったら、川の水が減ったのだと。でも木が繁ったら、蒸散力が増して川の水が減るのは当然ということも知らないらしい。
また皆伐すると雨が直に地面をえぐるからいけないするが、本当に地面をえぐる力が強いのは樹冠雨の方だ。

また、ネスレのミネラルウォーターの汲み上げ問題も紹介しているのだが、そこでは「よい水を汲める場所を探すのは大変」と記す。それなら中国人も大変だよねえ。

さらにクマもシカも、山が荒れているから里に下りてくるんだと。数は減っているんだと。だから炭やドングリを山にまくのだと。

たとえば強度間伐したら、急に木が太りだしたとよいことのように記すが、年輪幅が拡がったことを喜ぶのは、林業とか、木材の価値とかわかっていない証拠だろう。

「安い外材」に圧倒され……と書くのは毎度のことなので、今更文句をいう気にもならないが、ヨーロッパのトウヒやマツを、「安いが品質が悪く集成材のような形でしか使えない」とも書く。いいのかよ……。

緑の雇用は、出稼ぎの臨時労働者で、責任感がない、とも……。1日一万円の金目当てだと。一万円ももらえないないと思うけど、かなり失礼だ。そのくせ、林業労働者は7万人まで減ったと指摘している。いやいや4万人台まで減っていますよ(^^;)。

民主党の森林・林業再生プラン批判もしているのだが、林業家の言葉として、「日本の山は人海戦術でやるのが一番」だから、機械や林道つくる金より、人を雇う金をくれ、とのたまう。本気で道なしで林業やる気?

そうそう皮むき(巻き枯らし)間伐も推奨しているよ(笑)。びっくりするのは、皮むき間伐すると、「四面無節」の木材が採れるというのだ。そして価格が10倍から100倍に上がるというのだ。へえ~。皮を剥けば四面無節(四方無節ともいう)? それがそんなに高くねえ(笑)。

ほかにも、つっこみどころ満載。森林のことだけでなく、国際情勢や歴史に関しても、オイオイの連続。一つ一つ指摘しようと思っていたが、気分が悪くなったのでやめておく。

気になるのは、取材源だ。なんと、もっとも多く登場しているのが、日本熊森協会なのである! 熊森だよ、熊森!!
あと、三重県大台町の藤原林業もよく登場する。

彼らの言葉を、そのまま紹介されて、しかも褒めちぎられてもなあ……。

付け刃の知識をくっつけまくって「緊急出版」したとしか思えない代物。よい子は買わないように(~_~;)。

2011/01/10

里山で遭難

今日は一日家にこもって原稿書くぞ~と思ってたけど、午後疲れて散歩に出た。

軽く、生駒山の遊歩道を歩くつもりで出発。

ちょっと、無理して崖をよじ登って、遊歩道着。

遊歩道をゆっくり歩く。カップルとすれ違いムカつく。

山麓公園に着き、ため池の周回道を歩く。

なんだか上にスカイラインの道路が見えるので、よじ登って出る。

スカイラインを歩く。

車が何台も通るのに嫌気をさして、脇道にそれる。

モトクロスの練習風景を横目で見つつ、妙な神社に迷い込む。

近道をするつもりで山中の道を下る。

前をハイカー?らしき人が歩いていたので、踏み分け道にそれる。

踏み分け道の踏み分けが消える。

沢を渡る。崖をよじ登る。

獣道を進む。

獣道が消える。

急斜面に陥り、沢を無理して渡る。

道なき森をよじ登る。

また沢を渡る。細かな尾根-谷が繰り返される。

これは、遭難かな、という思いが頭をよぎる。

頭の中に生駒山のこの付近地図があるので、道はなくてもどちらに進めばどこに出るか見当は着く。が、細かな山襞までは想定外。低い山でも沢周辺は険しいし、落ちて大怪我でもしたら動けなくなるだろう。しかも周囲はイノシシの足跡だらけだ。山をなめてはイカンぜよ。恐るべし里山。恐るべし生駒山。

と、そこに携帯のメールが。

娘からだった。「帰りにキャベツ買ってきて」 

無視して山から脱出することに全力を。

またメールが。「タマネギと牛乳も買ってきて

キレかかる。

…………

その後、なんとか砂防ダムの上流部に出て、そこから道を発見。無事、市街地に下りられた。生駒山の周りは、ニュータウンばかりだ。仕方ないから駅前に出て、キャベツとタマネギと牛乳を買って帰ったよ……。

2011/01/09

山里への薪の宅配事業

木炭に続いて? 薪の話。

高知県で、薪の宅配事業が始まった。と言っても、補助金使った社会実験だが。

行うのは、NPO法人土佐の森救援隊。セミプロの林業家集団だ。「林地残材を搬出して、晩酌ができる程度に稼ぐ」ことで有名になったNPOである。

ここが、高知で、今も薪を風呂や煮炊きの燃料としている山里の人家に、薪を無料で宅配しているのだ。高齢化が進んで、自分で薪を作るのが難しくなった過程が対象で、現在14世帯ある。毎週、約100キロずつというから、かなりの量だろう。実験は2月までの3か月間だから、いつまでも続くわけではない。

http://mytown.asahi.com/kochi/news.php?k_id=40000001101080004

これまで、薪を必要とするのは薪ストーブを使う人=街の人のイメージがあったが、よく考えると山里ほど薪利用が今も続いている。ただ自分で調達できるものを思い込んでいたが、高齢化が進むと、それも厳しくなってきているのだ。とはいえ、今更プロパンに切り換えるのも金銭的に大変だし、高齢者には逆に使いづらいかもしれない。プロパンだって、配達はどれほど行き渡るのか。これは盲点だった。

ただ、では住人が薪を相応の金額で買ってくれる……ことはないだろう。もともと裏山で自家調達していたのだから。薪の生産と配達料は、どこが負担するのかが事業化のポイントだ。

薪割りを趣味にするボランティアを募集するとか、自治体の福祉的なセーフティネットに組み込むとか、工夫が必要だろうな。

国が、バイオマスエネルギーを推進するのなら、こんなところから取り組んだ方がいいのかもしれない。

2011/01/08

全自動備長炭製造機

来週、大阪でバイオマス科学会議というのがあって、そこにパネリストとして招かれている。この会議、ホームページを見ると、「バイオマスエネルギーの推進の立場から~」という文言があった。私に木質バイオマスのことをしゃべらせたら危険だと思うのだが(^^;)。

どうやら科学会議と名を打つだけあって、木質エタノールとかバイオディーゼルとか木質ペレットなど、二酸化炭素削減政策などを扱うようだが、こんなくだらない(⌒ー⌒)研究より、もっと有意義なテーマで研究してほしい。

とくに、お願いしたいのは、木炭だ。

 

折しも中国からの木炭(主に備長炭)輸入が滞っているらしい。それも、理由は尖閣列島問題に端を発した政治的な嫌がらせ?という。ようするに通関を厳しくすることで輸出入のスピードを大幅に落としているというのだ。

おかげで、テレビなどでは、炭が手に入らずに困っている炭火焼き店などを映して、毎度のコメントを発していた。

しかし、考えてみれば2004年に中国は木炭全面輸出禁止にしたのではなかったのか。それがなし崩しに解禁になっていたらしく(当初は、ラオス産などと偽った木炭が輸入されていたが、近年はずばり中国産で直送らしい)、困った困ったばかり。

同じ理由でレアアースなども輸出を絞ったために、レアアース業界は、中国以外での開発を進めて中国一辺倒を改めようとしている。
木炭は、7年前に供給体制を改めるチャンスだったのに活かせなかったようだ。おそらく今回も、政治的緊張が緩むのを待つだけなのだろう。

実は以前から不思議に思っていたのだが、なぜ全自動の木炭製造機を開発しないのか。本気で研究したら、品質も紀州備長炭に負けないものができると思う。それも材料をウバメガシに限らず、雑木のおが屑から作るのだ。その程度の機械技術はあるはずなのだ。
おそらく、作っても開発資金を回収するほど売れないと見込んだのだろう。

しかしバイオマスは、地球温暖化防止のためだけに復権させることはない。そんなものは幻想なのであって、本来価値あるのは、情操面ではないのか。炭火による調理(味)だけでなく、炎や赤い炭火を目にすることの美しさ、心の癒しに注目したらいいのに。

もっと大きく言えば、日本文化の維持継承だ。それを中国に牛耳られていいのか! 森林の下の水源の次は薪炭林を買い占められるぞ! 外資が木炭を買えないよう法律を整備しよう! (ちょっと暴走気味(~_~;))

でも日本の木炭文化を守る方が人々の心をうつと思う。

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菊炭。茶道用の高級クヌギ炭だ。

だから備長炭自動製造機を開発することも国家安全保障だと思うけどね(~_~;)。

 

2011/01/07

UターンIターン手当て

すでに昨日のコメント欄で高桑先生が紹介したとおり、農林水産省は、「Uターン・Iターン手当」制度を創設する方針を固めたと、報道されている。

http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/news/20110105-OYT1T00664.htm

制度は、故郷で農業を継いだり、都市出身者が農業に就いたりする場合など、就農から5年間、年間100万円程度を交付する構想らしい。これを林業、漁業も対象にする方向で考えているそうだ。

菅内閣は、農林漁業に関心が強いらしい。今日も、菅首相は、「農業制度の開放で新規参入を呼び込む」旨の発言をしたという記事もある。票にはならない分野で熱心なのは有り難い(^o^)。

しかし、年間100万円というのは、手当てというより収入保証に近いかもしれない。農業の場合の初期投資と考えると少額すぎるから。また地元に土地も、農機具もそれなりに揃っていることが多いUターンと、徒手空拳のIターンを同じに考えては危険かもしれないし、支払い方に工夫がないと、既成機関に中抜きされる心配もある。
さらに5年間で自立できない場合の処理方法も考えておかねばならないだろう。

……と、あら探ししてしまいそうだが、詳細はこれから詰めるわけだし、なにより第1次産業に人を呼び込もうという姿勢には賛成する。ぜひ、煮詰めて斬新な政策として機能させてほしい

でも、本当に始まったら、既成の業界・就業者からは、きっと激しいバッシングがありそうだなあ。そして新規参入を邪魔するのではないか。本音は、よそ者に参入されたくないのだろうから。自分たちの職場を新参者にかき回されるのがいやなのだろう。もし、新規組が成功したら悔しいからね。
そして元から頑張っている者にも払え、というのが一番の本音かも。でも、それこそバラマキだと思うよ。そんな圧力に屈したら、せっかくの制度もズタズタになってしまう。

早ければ2012年度にもモデル事業を開始する」とあるから、まだまだ先だね。それまで菅内閣続いてね(~_~;)。

2011/01/06

コナラの伐採

シイタケの原木にするコナラを伐採に行った。

ただ、我が地所はそんなに広くないし、毎年コナラなどを伐っているから、ちょうどよい木がなかなか見つからない。かなり巨木になっていたり、斜面の下の方にあるものは、伐採後に運び出すのに苦労しそうだったり。木材は、伐採より搬出が課題であることを、こんな身近なところから感じる。

それでも、下見で目をつけていた木にチェンソー持って近づいてみる。

記憶より太い。しかも大きく湾曲しており、枝が四方に伸びている。これは……。

昔なら、あんまり気にせず無造作に伐っていたかもしれない。しかし、私も視察やら取材で耳年増になっており、伐採の怖さをそこそこ知っている。この木を伐るのは、かなり難儀であることがわかる。

まず重心がどこにあるかわかりにくく、思った方向に倒せるかどうかわからない。弓状に湾曲した幹は、どこからチェンソーを切りこんだらどちらに跳ねるか読めない。もし幹が回転して跳ねて私を直撃したら、大怪我しかねないだろう。今日は、ヘルメットをかぶっていない。ロープもない。

じっと木を見つめること数分。

諦めた。

私の技量では伐らない方がよいと判断したのだ。ゆっくり切り込み、少しずつ傾ければ心配いらないと思いはするが、10にひとつの危険を感じる。こんな時はやめておこう。

どーしよーかなあ。と迷ったが、その後奇跡的?に、都合のよい木を見つけた。太さはそこそこで、わりと直立しているコナラを発見。ちょっと樹肌が通常のコナラと違っていて、見落としていた。これなら大丈夫。

あっさり倒した。ただ雑木林ゆえ、想定通り、掛かり木(^^;)。それを下から順番に切り落としていく。そして掛かった木も切り倒して、終了。

今度は、それをシイタケのホダ木向きで運べる長さに玉切りして、道路沿いまで何度も往復して運ぶ。そして車に積み込み……。たった1本の木でも、これほど手間がかかることを実感。

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ちなみに、立木の撮影を忘れた。これが玉切り後。枝もできるだけ収穫した。

運び出し可能な太さと場所のコナラは、これが最後かもしれない。来年以降はどうしようかなあ。

実はシイタケに菌の駒を打って、栽培をするのは父の役割。実家に原木を運んだが、父も年だ。もう来年は作れないかもしれない、と弱気な発言が出た。

なんの、来年までに、あの曲がり木を伐る技量を身につけようかな(^o^)。

2011/01/05

『いま里山が必要な理由』発行へ

昨年末に、次に出す『いま里山が必要な理由』の見本刷りが届いたことを記したが、いよいよ出版である。

奥付けの発行日は、1月25日になっているし、出版元(洋泉社)のホームページでは、1月11日(2011年もくっつけて、1並びを狙ったのか?)とある。

が、私のところには1月8日に書店に並ぶだろう、と聞いている。

そこで、少しフライングして紹介しておきたい。

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写真は、生駒山の暗峠付近の空撮写真。







太い帯は外した。

目次は、

はじめに―新しい里山を探して
旧版・はじめに―「里山」からのメッセージ
第1章「里山の自然」はどこにある?
第2章「里山の危機」の正体
第3章 里山を取り巻く〝自然界の掟〟
第4章 人が里山にできること
補論 里山は日々進化する
旧版・あとがきー日本最古の里山で考えたこと
あとがきー巨大な奥行きのある世界
参考文献
目次を見たらわかるとおり、本文は、新書で出版した『里山再生』を現代に合うように加筆訂正したもの。書き換えるのが無理な場合は、注釈を付けている。
裏帯も紹介。
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新版の前書きの引用だ。






とりあえず、書店を巡って、本書が並んでいるのを探したい。もし見つけたら、コメント欄に一報を。もっとも早く確認した人には……何か、プレゼントするかなあ(笑)。生駒山の美しい里山写真とか。

2011/01/04

火の神様

正月三が日にいくつの神社仏閣を回ったか。

いや、何も最初に訪れた宝山寺で引いた御神籤が凶だったからというわけではなく、決して気が動転したわけでは断じてなく、それは私の厚い信仰心の賜物なのであるが、ともかく、最後には大吉を引き当てたのは、私の日頃の行いの結果であろう。

というようなことを記したいのではなく、ふと思いついたのは、どこの神社でも「火」があったことだ。もちろん、線香やロウソクの火もあれば、護摩焚きもある、そして暖を取る焚火もあったのだ。

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生駒大社の焚火。この神社は、火祭りで有名。

考えてみれば、こうした宗教的な場所には、火にまつわるものが多い。

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これは昨年9月の宝山寺の万灯会の様子。

これも火を利用して効果的に演出している。



神聖なる場所、そしてたいていは森に囲まれた神社で火というのは、火事を引き起こす心配もあるし、それなりに危険もあるはずだが、宗教に火は、わりと重要な位置を占めているような気がする。

世界で初めての一神教はゾロアスター教(正確には2神だけど)だそうだが、別名拝火教ともいうとおり、火を重要視している。火は、神秘的なのだろうか。

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ところで、これは宝山寺の烏枢沙摩(うすさま)明王堂。

「うすさま」とは、何の神様か? 以前から不思議だったのだが、これは火の神様だった。インドのアグニ神のことだそうだ。これも元を辿れば、ゾロアスター教に行き着く。

宝山寺の御本尊は聖天さんこと、ガネーシャー神だから、なかなかインドのヒンズーとも縁の深い寺院・神社であるが、この火の神様は、世の汚れを炎で焼き払うそうで、とくに焼き尽くすのが、トイレの汚れ(~_~;)。つまり、トイレの神様なのだそう。

ということで、昨年流行った歌に行き着いたのである。

……と、これは昨夜アップするはずだったが、娘の「語り合い」に朝の3時半まで付き合わされて、ついに断念したのであった。

2011/01/02

「就森」という進路

新年明けましておめでとうございます。

大晦日、元旦とブログを休んだ。このまま何日か休止してもよかったが、娘に「元旦こそ、挨拶で書き込む日やろ!」と言われ、書くことにした。

昨夜は、深夜映画を見ようかとリビングに居すわっていたら、娘がやってきて、ヒマしてるらしく「なんか、話しよう」とせっつかれる。

「じゃあ、進路の話」

と、今年高3生になる身には、イタイところを突っ込み嫌われる(~_~;)。

それでも、なんとなく私の高校生時代の進路を決めるまでと、大学入学してから、そして現在の仕事につながる話、ついでに高校時代に谷山浩子にハマった話、部活に、ほのかな恋心を持った同級生との顛末……までペラペラ話した。

そこで思い出したのが、昨秋の「就森」である。

森に関わる仕事に就きたいという人は、少しずつ増えているようだ。それは林業に限らず、条件的には決してよいとは言えず、さらに幾多の困難が見込まれる分野だろう。にもかかわらず、望む。

「就森」というからには、趣味の森林ボランティアとか、森林学を学ぶ学生とかは含まない。これらは「趣味森」だ。それなりに森の仕事で稼いでいることが前提である。それだけでは食っていけないにしても、多少は生活の足しになっていないと「就森」にならない。

と、そこで私の職業は、「就森」になるか? と考えた。森を執筆ネタにはしているが、どれほど森と直接関わっているか。 森の情報を扱うのは、森の仕事と言えるのか。

そう自問すると、境界線の上という気がする。境界線上の森林ジャーナリストである。食えるかどうかも境界線上だけど。

私の森を仕事にするようになったのは、いつからだろうか。
基本的に幼少の頃から森の近くに住み、森の中で遊ぶ環境にいたことがある。高校生の時には、山岳部に在籍したことも大きいだろう。山に登ることは、森に入ることだったから。それが大学の林学科に進むきっかけになったとも言える。これは、一歩「趣味森」から「就森」に近づいたが、まだ「就森」ではない。

結局、卒業後の進路に林業はなかった。当時の森林組合は林学徒にとって就職先としては別世界だったし、公務員の道はハナから拒否していたし。そこで場末のマスコミ業界にもぐり込んだが、町ネタばかりに飽き足らず、転職を繰り返し、その合間に海外の森に通っていた。これも、まだ「就森」ではない。どちらかと言えば「趣味森」。

結局、勤めている限りは森(野外)をテーマにした執筆活動は難しいと感じて独立し、少しずつ仕事の範疇を森に引き寄せた……というのが本当のところか。

とすると、私が本当の「就森」をしたのは、森に関する本『「森を守れ」は森を殺す!』を最初に出した1996年かもしれないなあ。でも、初著作『不思議の国のメラネシア』1986年)も、話はジャングルの中ばかりだけどね。

……と年頭に、自分の歩みを振り返ってみた。

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森と林業と田舎